蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ルーファス、ダンブルドア(中年期以降)、ハーマイオニー、原作ハリー→ロウ
ヴォルデモート、セブルス、グリンデルバルド、若ダンブルドア→カオス
蛇ハリー、ルナ、→ニュートラル
異論は認めます。


RAGE OF DUST

 

 アズラエルの持つデイリー・プロフィットの一面には、痩せ細った狼と、周囲への憎しみを滾らせたような凶悪な人相の人間の写真が載っていた。狼とそして人間に共通しているのは、青い瞳と灰色の毛を持つことであった。

 

「ハリー。ホグズミードでウェアウルフの被害が出たそうです。フェンリル・グレイバックに従う一部の凶悪犯の犯行らしいです」

 

「うーん……」

 

 ハリーは狼形態と人間の姿のフェンリルを見比べた。狼人間の王とでも言うべき大層な名を持つならず者、フェンリルの顔を見ても、ハリーの心は動かなかった。

 

(……ザビニやシリウスを見すぎているからかもしれないな……)

 

 内心で男前な顔についての基準が天井知らずに高くなっていることを自覚しながらハリーはザビニへと話題を振る。

 

「連中の狙いは何だと思う?ザビニ。わざわざ自分達が嫌悪するウェアウルフを使う理由はあるのかな?」

 

 

「狙いねぇ……。そりゃ、脅しだろ……?ウェアウルフにされたくなければ従えっていう」

 

「自分しか大切なものがねぇようなヤツなら、殺すぞと脅されりゃあ従うだろうよ。……そうじゃねぇやつに対してはウェアウルフの方が有効だろ?人は死ぬことだけが辛い訳じゃねぇ。身内が傷つけられる方が辛いやつだって居るからな」

 

「『恋人や家族を噛むぞ』と脅されたらそういうやつでも黙って従うだろ?……中々頭が回るぜ、敵さんも」

 

 話ながら、ザビニの口調は不快感から少し荒くなっていた。ザビニはスクランブルエッグを胃袋に納めると忌々しそうにアズラエルの持つ新聞をフォークで刺した。一面の写真に載っていたフェンリル・グレイバッグの写真はその眼球ごとぶち抜かれ、写真のグレイバッグは断末魔のような唸り声をあげていた。

 

 アズラエルは文句も言わずに、器用にもレパロ(修復)によってフェンリルの写真が破れたまま裏の記事だけ読めるよう直した。

 

「仲間割れのリスクを抱えてまでウェアウルフを運用するメリットとしてはほかに何があると思う?」

 

 ハリーは何の気なしに尋ねた。正直なところ、ハリーはウェアウルフの問題にさほどの関心を持っていなかった。応えたのはアズラエルであった。

 

「デスイーターがするまでもない小さな悪事をウェアウルフにさせるとか、彼ら独自のネットワークからの情報を仕入れる。……何より……敵に回して士気を下げる恐れが無くなる……辺りでしょうか?」

 

 

 アズラエルの分析は個人的な見解を。

 

「正直なところ、僕も含めて魔法使いはウェアウルフ……というか、純魔法族以外を見下しています。だからこそ、純血派閥もウェアウルフたちと敵対したくはないでしょう。敵に回す前に率先して味方につける、というのは中々理に叶ったやり口ですね……」

 

「まぁ……満月の夜には狼人間になって連携とか取れなくなるけどな」

 

 ザビニはそう皮肉って肩をすくめる。ザビニは高潔であり、そして勇敢でもある。しかし、どう足掻いたところで、こういう部分での差別意識は無くならない。

 

 差別心というのは意識して根付くものと、無意識に根付くものがある。無意識的に染み付いた見下し、当たり前だと思っている固定観念は恐ろしいものである。人は、常識……当たり前だと思うことを疑わない。そこに落とし穴があったとしても。

 

 だからハリーはそっと注意を促した。

 

「それは違うよ。フェンリル・グレイバックは……意図的に狼形態を使って子供を優先して狙う知性を持っている。……厄介な敵だと考えておいた方がいい」

 

「……油断は出来ねぇってか。そりゃそうか。やつらも闇の魔術くらい使えるだろうしな……」

 

 ハリーの言葉がどれだけ響いたかはわからない。しかし、ザビニもアズラエルも慢心出来る状況ではないことは理解していた。

 

 戦争とは、人の命を消費していく行為である。中長期的視点にたてば、必然的に、少ない人員をいかに効率よく運用できるか、いかに味方陣営の損耗を抑え、敵陣営の損耗を拡大化させるかが鍵となる。

 

 ヴォルデモートが狼人間を運用する最大のメリットは、光陣営……もとい、英国魔法族に恐怖を蔓延させ、狼人間への差別心を肥大化させ分断を招くことにあった。

 

 

 

「……ウェアウルフによる襲撃は今月に入ってもう三件ですね。……ムーニーがウェアウルフの暴走を止めてくれることを祈りましょうか……」

 

「ああ……」

 

 アズラエルに相槌をうちながらも、ハリーはウェアウルフの襲撃とは別のことを考えていた。ハーマイオニーが食事を終えて席を立ったのが目に入ったからだ。ハーマイオニーに連れ合って、ロンもコンジュレーションの講堂へと足を伸ばし始めた。

 

(……ハーマイオニー……いや、駄目だ。)

 

 ダンブルドアの個人授業が打ち切られてから、ハーマイオニーとの和解は果たせていなかった。ハリーは謝ろうなどという都合の良い考えに耽ろうとする自分を戒めようとした。

 

 そもそもハリーがハーマイオニーを頼らずにザムザと研究する道を選んだのは考え方の相違が原因だった。

 

 ヴォルデモートを殺害するためにはある程度の過激な手段も厭わないし、その課程で闇陣営が死のうとも気にしないというスタンスのハリー。

 

 この戦いはあくまでもヴォルデモートの支配に抵抗するための自衛であり、過剰防衛になってはならないと主張するハーマイオニー。

 

 ハリーがハーマイオニーに己の構想を打ち明け協力を仰いでいれば、或いは今よりもっと早くに永遠の炎を攻撃に転化することの不確実性に気づいたかもしれない。

 

 しかし、ハリーがハーマイオニーに頼らなかったのは、ハリーがハーマイオニーとの議論を放棄したからであった。

 

(……僕は……ハーマイオニーを説得できる自信がなかったんだ。……いや……議論することを面倒くさがった。頑固なところがある彼女と決定的に対立して、そればかりか、研究に着手できなくなる可能性を恐れた……)

 

 ハリーは改めて思う。これ程都合が良く、ハーマイオニーの意思を蔑ろにする行為は無いと。

 

(……今さら謝るなんて単なる自己満足に過ぎない……)

 

 表向きはハーマイオニーの意見を尊重しつつ、裏では裏切り続ける。ドロレス・アンブリッジのような敵にする行為をハーマイオニーにやったのである。

 

 これでどうして親友のままで居られるのだろうか。

 

「どうかしたのかよ、ハリー?やけに大人しいな」

 

「えっ?」

 

 ハリーを、心配そうに見てきたのはザビニである。ザビニは気が回るのだ。

 

「お前ならホグズミードを捜査してウェアウルフどもの拠点を見つけてオーダーに連絡するくらいは言うと思ってたぜ」

 

「ザビニは僕を何だと思ってるんだい?僕はこれでも平和主義者だよ。トラブルの方が向こうからやってくるだけでね」

 

「言ってらぁ」

 

「ま、冗談はその辺にして僕たちも行きましょうか。一限目から遅刻してマクゴナガル教授の不興を買いたくはありませんから」

 

 ハリー、ザビニ、アズラエルも席を立ち廊下へと進むと、ハリーは頬がこけたドラコとすれ違った。

 

 ドラコの変わりようは、脇を固めるクラブ、ゴイルと比べれば一目瞭然であった。

 

 ドラコはろくに食べていないどころか睡眠も取っては居ないようで、目の下には大きな隈が出来ていた。ハリーはドラコと目を合わせたが、互いに何も言わずにマクゴナガル教授の待つ講堂へと足を踏み入れた。

 

***

 

 やってしまった、とハーマイオニーは思った。

 

 ハリーやザムザ、そしてダフネの裏切りはハーマイオニーにとって少なくない精神的苦痛を与えていた。ハーマイオニーはザムザやダフネからそれこそ地面に頭を擦り付けるかのような謝罪を受けたが、裏切られたという思いは消えなかった。

 

 魔法の研究・開発というのは一日では出来ないものだ。自分が、長い間裏切られ続けたという衝撃はハーマイオニーの心に暗い影を落としていた。

 

 0からひとつの、特別な効果を持つ魔法を造り上げるにしろ、既存のひとつの魔法を、目的の効力を持つ魔法に改良するにしろ、まず基礎的な魔法の知識をしっかりと抑え、修得しなければならない。

 

 例えば、半純血のプリンスが造り上げたセクタムセンプラ。あれはディフィンドという切り裂き効果を持つ魔法に、怪我の治りを阻害するカースと、血液をサラサラにして固まらせないヘックスを組み合わせた高度で悪質な魔法である。その成立のためには膨大な数の実験体を犠牲にしたことは想像に難くない。

 

 ハリーとザムザが共同で造り上げたという魔法……サペレ・アウデは、なるほど理論上はデスイーターとヴォルデモート以外に危害を加えることはない。

 

 しかし、あの魔法を作り上げるためには前提として最低でも、悪霊の炎(ペスティス・インセンディウム)、大気中の窒素を酸素に変えたり燃焼によって生じた二酸化炭素を酸素へと戻すコンジュレーション、膨大な数の闇の魔術の知識と実践が必要となる。

 

 闇の魔術ではない魔法を造り上げるためには、闇の魔術の知識が必要となる。ハーマイオニーはそのことを知っていた。そのためにハリーとザムザが注いだ労力と努力の跡も察することは出来た。

 

 だからこそ、それこそ去年、五年生の時から裏切られていたという思いが頭から離れない。裏の集会で顔を合わせても、仲間として表面上は以前と変わらぬ態度を取っても、もう以前のように心の底からハリーを友達だと思うことは出来なかった。

 

 

 そんなハーマイオニーにとって更なる不幸が積み重なった。

 

 ホラス・スラグホーンの主催するクリスマスパーティーにロンを誘おうとして、誘い損ねたのである。

 

 これまでのどんな嫌なことも、折り重なるプレッシャーも、本当に側に居てほしい人とのささやかなひとときがあれば流せた。クリスマスパーティーにロンを誘うことが出来れば、ハーマイオニーはハリー相手にすら仮初めの笑顔を見せることも出来ただろう。

 

 だが、ロンを誘うことは出来なかった。

 

 会話の流れでホラスがクリスマスパーティーを行うことを話して、ロンにパートナーになってほしいとそれとなくアピールしたつもりだった。

 

 だが、ロンにはそうは聞こえなかった。

 

 ロンもロンで現在は大変な日常を過ごしていた。バナナージから受け継いだ決闘クラブの運営は、DAや裏の集会での経験が活きたのかすこぶる順調だった。

 

 そこだけでもロンは己の誇りにすべきところであったが、ロンに生まれた自尊心を踏み荒らす人間が居た。

 

 グリフィンドール・クィディッチチームのシーカーであるコーマック・マクラージェンであった。

 

 コーマックはキャプテンであり同学年であるケイティ・ベルが不幸にも戦線離脱したことで完全にたがが外れていた。チームメイトに対して不必要な指示を繰り返し、チームの雰囲気を最大限に悪化させていったのである。

 

 ホグワーツの学生クィディッチチーム最大の欠点は、指導者の不在である。

 

 コーチも監督もそれぞれの寮の監督が兼任している。しかし、寮監は普段の授業の準備で手一杯なのである。

 

 だからチームの運営はキャプテンの仕事である。今では伝説と化したオリバー・ウッドが卒業し、オリバーからクィディッチ魂と狂気を受け継いだアンジェリーナが抜け、調子に乗った人間は誰彼構わず叩きのめしてコーマックを押さえつけていたフレッドとジョージが抜け、そして、オリバーの時代からレギュラーを努めた生き残りのケイティが抜けた。

 

 コーマックを止めるものは居なくなったと言って良かった。

 

 グリフィンドールチームにとって最悪なことに、コーマックは口だけの男というわけでもなかった。あれこれとチームメイトのプレーに口を出すコーマックは、シーカーとしてはたしかな実績があったのだ。

 

『お前はビーターじゃあねぇだろう、コーマック!何だよ、『フレッドとジョージなら出来た』って!?リッチーとジミーにはやつらにないフットワークの軽さがあるんだよ!あんま無茶言ってんじゃねぇ!』

 

『無茶?言っておくが、俺が指示を言うのは出来ると思ってるやつに対してだけだぞ?』

 

『他が怠けてるとでも言いてーのかテメーは?理想のプレーなんてそう何度も出来るわけねーだろ』

 

『それを出来るようにするのが練習だろ?……言っていいなら言ってやるが、お前はいつになったらしっかりと安心してゴールを任せられるようになるんだ、ロン?』

 

 チームは崩壊寸前であった。ケイティの代役として加入したディーンも真っ青な状況で、コーマックがロンにとどめの一言を放った。

 

 ロンは言い返すことすら出来なかった。キーパーとしてのロンはお世辞にも優秀とは言えなかった。

 

 自分でも悲惨なほどに安定感に欠けていたのである。

 

 特にスリザリンに対しては、コーマックが居なければ三百点ものの差をつけられて負けていた。

 

 コーマックからの言葉はロンの自尊心を再び地の底に沈めていた。そんなロンにとって、ハーマイオニーからのサインに気付くことは出来なかったのである。

 

***

 

「ハーミー、元気出して。森には……僕には小さすぎるけれど花もある」

 

「グロウプに気を遣われるなんて。……本当に英語が上手くなったわね、グロウプ」

 

「ハーミーのお陰。……練習をしたから」

 

 ハーマイオニーはハグリッドの弟の確かな成長に微笑んだ。

 

「ハーマイオニー、グロウプ。お菓子持ってきたよ。グロウプは食べたらちゃんと歯を磨くこと。また虫歯になるからね?」

 

「約束します、ルナ。……いただきます」

 

 グロウプはしゅんとしてルナがエンゴージオ・マキシマ(極肥大化)で肥大化させたハグリッド特性の糖蜜ヌガーを頬張った。ハーマイオニーの歯には固すぎるお菓子も、純巨人族のグロウプにとってはちょうど良い固さであったらしい。

 

 ルナは耳栓をしながらハーマイオニーの横に腰掛けていた。その耳栓にはハーマイオニーも見覚えがあった。

 ホグズミードの文具店にある古代ルーン文字のリスニング教材である。

 

「ルナもしっかりと勉強しているようね。私も嬉しいわ」

 

「えー?単なる暇潰しだけど?」

 

 ハーマイオニーは微笑みながら魔法でヌガーを柔らかくし、グロウプに巨大なティーカップと紅茶を用意しながら自分もルナと糖蜜ヌガーを頬張った。

 

 英国人はお菓子には情熱を注ぐ。いくら優れた食器と紅茶があっても紅茶に合うお菓子がなくては話にならないからだ。固ささえなんとかなれば、ハグリッドの腕はそう悪いものではなかった。ハーマイオニーとルナは少しの間だけ近況を話した。

 

 ハーマイオニーはダフネのことを、数少ない同年代の友人だと思っていた。互いに黒歴史を共有した仲であり、ホグズミードや神秘部の戦いを共有した友達でもあると。

 

(……ルナは、どうなんだろう……)

 

 ハーマイオニーは自分の中に疑念が沸き上がってくるのが止められなかった。

 

「……でさー、ゾルタンとマルタンって双子だったらしいんだよねー。なのに滅茶苦茶似てないの!あたしだけその事知らなかったみたいだから、滅茶苦茶ビックリしたよ」

 

「本人たちには言っては駄目よ?気にしているかもしれないわ」

 

「ほーい」

 

 適当な相槌をうちながらも、ルナは気にしている素振りは見せなかった。ハーマイオニーは冷静にルナを吟味していた。ブロンドの髪が風に乗ってふわりと揺れた。

 

(……どうかしら。……私がハリーの立場であったとして、ルナを巻き込んで悪事を働こうとするかしら……)

 

 ルナはメンバー間の細かなスタンスの違い、政治についてはほとんど興味がない。ゆえに、味方にするメリットはほぼない。

 

(……ハリーの側につかれる前に、何とか……)

 

「……ねぇ、ルナ。……ハリーのことで、何か変わったことはあった?」

 

 だからこそ、ハーマイオニーはルナにかまをかけた。

 

 ハーマイオニーは、裏切られない同性の友人が欲しかったのである。ルナとは明らかにタイプが異なり話も合わないが、ことここに至って、ハーマイオニーは弱りきっていた。ハリーもまさかルナまで悪の道に引摺り込もうとはしないだろうと思ったのである。

 

「……変わったことって?……どうかしたの、ハーマイオニー?」

 

「……実はね……」

 

 ハーマイオニーが打ち明けた話を聞いてもルナは表情を変えなかった。

 

「そっかー。ザムザザーとダフ姉がねぇ……」

 

 口調とは裏腹にルナの表情に普段の軽さはなかった。ハーマイオニーは、これならば、自分の味方に引き入れることも出来ると思った。

 

「……人を殺す魔法を教えていって……また……目の前で死ななくてもいい人が死ぬのは怖いわ。そうでしょう?」

 

「そうさせないためにも、私と協力してハリーを……いえ、ダフネやザムザのことも説得してみてほしいの。……ザムザはたまにここを訪れるでしょう?」

 

「ハーマイオニーがそうしろって言うならいいよ。でも、説得はしないよ」

 

「どうして?」

 

「だってハリーたちは生存競争をしてるだけだから。それがハリーが作った群れのルールなら、私がそのルールを変えることはないよ」

 

 ハーマイオニーにとって意外すぎる答えが返され、ハーマイオニーは驚いた。

 

「ハーマイオニーの言ってることも正しいって私は思うよ?二年生のときに、みんなで日記の人を殺したときは……『何もそこまでしなくてもいいんじゃない?』ってちょっと思ったりもしたし」

 

「殺……」

 

 ハーマイオニーは、はっとした。

 

 ハーマイオニーが衝撃を受けたのは、ルナが『殺した』と言及したからだ。

 

 日記に刻まれていたというトム・リドルの情報は、精巧に作られていた偽物だとハーマイオニーは認識していた。

 

 しかし、実際にそのリドルを目にしてきたルナや、ロン。パーシー。そして、ハリーにとっては……人とかわりない存在であったのである。学術的定義の是非ではなく、感触として、そうなのだ。

 

 今となっては幸せであったとすら思える懐かしいあの頃。まだファルカスが生きていたあの頃でさえ、実際には平穏などなかった。その事実を思い出したからハーマイオニーは二重に衝撃を受けたのだ。

 

 さらにルナは、魔法生物学者としての見解からハーマイオニーに別の価値観を提示した。

 

 

「森の生き物を観察しているとね。群れには群れのルールがあって、それに沿って動くように出来てる。生き物同士の生活圏があって、ルールに違反したら追い出されるのは当たり前だけど……」

 

「……穏やかな群が……お腹を満たして生きるために他の魔法生物を補食するところも、私は見てきたよ」

 

「ハリーたちは動物ではないわよ。知性と理性があって、それをコントロールすべきで……」

 

(……何を、私は。それがハリーには出来ないって知っているじゃない……)

 

 ハーマイオニーは最後まで言い切ることは出来なかった。

 

 闇の魔術という手段や殺人という選択をしたことは、ハリー個人の選択である。

 

 しかし、ハーマイオニーはハリーが己ではどうしようもない運命を背負わされていることを知っていた。

 

 若き日のトレローニが下した預言を、トム・リドルとアルバス・ダンブルドアが信じたことによって。ハリーは有無を言わさず戦いの中に放り込まれることを宿命付けられたのである。

 

 異常な環境下にあるハリーに常識や道理を説くことがどれだけ無責任であるか、ハーマイオニーは改めて痛感していた。

 

(……あー、ハーマイオニーはハリーとケンカでもしたのかな…)

 

 何となくではあるが、ルナはハーマイオニーとハリーとの間に起こった何かを察した。元来他人に興味がないルナがそこまで洞察するに至ったのは、きっとコリン・クリービーやシュラーク・サーペンタリウスとの交流があったからであろう。

 

「……大丈夫だよ、きっと。ハリーだって、殺さなきゃいけない相手は解ってるから」

 

「ハーマイオニーは難しく考えすぎてるけど、フラットに考えればいいんじゃない?これまでと変わんないよ。ハリーは生き残るために殺す。私達は生き残るために、なるべく生かす。この戦いが終わるまではそそういう群れの方針に変わりは無いと思うよ」

 

 ルナはそう言い切った。そんなルナがハーマイオニーには羨ましかった。

 

 実際のところ、ルナがそう言い切れるのは、これまでハリーと対等に対峙したことがなかったからである。

 

 自分を殺せるほどの力を持った人間から、その力の象徴である杖を向けられる、という経験は、ハーマイオニーの心にも確実に恐怖を蔓延させていた。それは、ハーマイオニーではなくハリーの罪であり、ハーマイオニーから疑念を抱かれることこそが、ハーマイオニーとの友情と彼女からの信頼を踏みにじったハリーに対する罰であった。

 

 獅子とは爪と牙を持ち、狩りによって己と群れの腹を満たす生き物である。

 

 しかし、身内に対してすらむやみに爪と牙を振りかざす獅子の牙に小鳥は止まらないのである。

 

***

 

 

 ファーゼンバーグ診療所に、一人の患者が転がり込んできた。その患者は筋肉質な十代の若者で、茶色い髪と、180を越える身長、そして、30センチほどの杖を持っていた。頬からは刃物によるものか、血液がとめどなく流れ出ていた。

 

 英国の僻地にあるファーゼンバーグ診療所は受け入れる人間を選ばない。より正確に言えば、人間だろうと、狼人間であろうとヴィーラであろうと受け入れる懐の深い診療所であった。

 

 若者の人相が剣呑で、薄汚れた灰色のローブに血を付着させていて、怪我の理由も言わず、明らかに不穏な雰囲気を抱えていようとも、来たからには理由を詮索などしないし、拒まない。ここはそういう小さな診療所であった。

 

 運び込まれた若者は、若いヒーラーの魔女から治癒を受けた。若いヒーラーはプラチナブロンドであり、右耳にはピアスを着けていた。魔女の顔には人生経験を思わせるような皺が刻まれており、年齢は三十代ほどに見えた。

 

 プラチナブロンドの魔女から手厚い治癒を受けた若者は、その魔女の手を取った。

 

「あの、患者様。この手を離して頂けますか?」

 

「キアラ……俺……俺は……グレイバックに着いていこうと思う。……俺と一緒に着いてきてくれないか……?」

 

「患者様、只今は業務時間内ですので……」

 

 スルリと若者の手をあしらうと、キアラは次の急患のもとに足を運んだ。若者の瞳はぎらぎらとねめつけるようにヒーラーの魔女の後ろ姿を見ていた。若者は入院することもなく、その日のうちに診療所を去った。

 

 

 

***

 

 ファーゼンバーグ医院のある小さな村には、古びた教会があった。

 

 元々は土着の神が信仰されていた寄合所である。しかし、キリスト教の普及に伴いその機能は変更され、建物が老朽化を隠しきれなくなると、新しく立派な教会が立てられ、古びた教会は誰からも忘れられた。

 

 そんな教会には、浮浪者のような薄汚れたローブを身に纏った男と、プラチナブロンドの魔女。そして、昼間はいなかった男が集まって言い争いをしていた。

 

 言い争いが外部に漏れることはなかった。元々、この廃墟に近づこうという住民はいない。普段見ない男がいたからと言って余計な詮索はしない。この村自体が、そういう小さなことを気にしない村なのだ。

 

「……なぜだ、キアラ?お前だって同じ狼人間だろ?俺たちは同胞じゃないか。どうして同じ狼人間のために立ち上がらないんだ?」

 

「それでも狼の誇りがあると言えるのか?」

 

 ことさらに誇りを強調する男はキアラと呼んだヒーラーの魔女に詰め寄ろうとする。そんな魔女を守らんと男の前に立ち塞がったのが、昼間はいなかった男である。

 

 その男は、若者やキアラと比較すると更に老けて見えた。

 

「バカなことはやめろ、ライド」

 

「バカなこと?良いように利用された挙げ句突然クビにされて、泣き寝入りするのがバカなことか!?」

 

 ライドと呼ばれた若者は激昂していた。明らかに、怒りと苦しみで我を失っていた。

 

 ライドは元々、運送会社に努める魔法使いであった。ウェアウルフである父と母の教育方針からホグワーツに通うことは許されず、自宅学習でowlの呪文学資格(O)を取り、独立して十五歳から働いていた若者であった。

 

 そんな彼は、今日突然クビを宣告されたのだ。

 

 理由は、昨晩グレイバックによって得意先の社長宅が襲撃され、社長の息子が噛まれたからである。

 

 若者はその件に一切関与などしていなかった。月に一度、どうしようもない理由から休みを取ること以外は、理不尽な上司にも文句ひとつ言わない仕事人であった。

 

 突然職場を追い出され、ガラス瓶を顔に投げつけられたとき、若者は……ライドは、気がついたのだ。

 

 自分は、会社からいいように利用されていただけで。

 

 都合が悪くなれば棄てられるだけだったのだと。

 

「その腹いせにグレイバックに着いて、社会に害を振り撒こうと言うのか?いいか、落ち着けライド。お前がすべきことはな……」

 

「アンタのことは知ってるぞ、リーマス・ルーピン。オーダーなんだろ?何でキアラが男を連れてるんだと思ったが、ウェアウルフの裏切り者を選ぶなんて見る目が無いな」

 

「裏切り者?何を言っているの、ライド?リーマスとは古い友人であってそういう関係ではないわ」

 

 不快そうに話すキアラの言葉もライドの耳には届いては居なかった。ライドの頭にあるのは、己を虐げた社会に対する憎しみだけであった。

 

「リーマス・ルーピン!アンタはダンブルドアじゃなくて、グレイバックにつくべきだったんだ!」

 

「狼人間の数が増えなきゃあ、誰も俺たちのことを理解なんてしないっ!俺たちが、ほかの魔法族と同じくらい魔法が使えるからって、誰も俺たちを認めやしないんだっ!」

 

 ライドの言葉を聞いて、リーマスは否定しなかった。

 

「……グレイバックのやり方で強引にでも仲間を増やし、少数派であり、庇護される立場であるのは変わらないと。そう言いたいのか、ライド?」

 

「そうだ!団結できるだけの数が無いから、何時までたっても俺達の暮らしは良くならない!キアラだってそうだろ!社会が、俺たちウェアウルフを排斥さえしなければ……!」

 

 ライドは教会の壊れた椅子を蹴飛ばした。椅子としての機能を失っていた椅子の柱は、ぺきりと嫌な音をして折れた。

 

「こんな場末の寂れた診療所じゃなくて!もっと良い病院に勤務できた!」

 

(このクソガキ……)

 

 キアラは始めて、目の前にいる怒った子供に対して怒りを覚えた。

 

 キアラはヒーラーとしての資格を取り、確かに就職難に喘いだ。しかし、ファーゼンバーグ診療所はキアラにとって誇るべき居場所であり、過酷ではあるが、その仕事にもヒーラーとして誇りを持っていた。

 

(……我慢よ、我慢……)

 

 しかし、それをいうのはあまりにもライドに酷すぎた。口を開けばライドの心をへし折って闇に進ませてしまうかもしれない。そう思ったから、キアラはライドへの対応を旧知のリーマスに頼ったのだ。

 

 

「リーマス!アンタだってそうだろ!?『闇の帝王』に与して世界を変えてもらえれば、その日暮らしよりもマシな生活が送れた筈だろう!」

 

「……その日暮らしよりも……か。それは正しいが、間違いも多い。まず、私の時代は今よりもっと悲惨な恐慌時だった。誰も彼もが就職難に喘いでいて、定職に就ける人間はごく僅かだった」

 

 リーマスはあえてライドの言葉を否定しなかった。

 

「……そうしたのは、闇陣営だ。ライド。人々が心安らか人間はその日暮らしができたのも、平和があったからだろう」

 

 リーマスはホグワーツに通い、NEWTでも優秀な成績を修めた。にもかかわらず、その能力とは不釣り合いな仕事に就いている。

 

 しかし、それはリーマスに限った話でもないのだ。

 

 リーマスはライドと話すことによってまずはライドの怒りを吐き出させようとした。

 

 一般的な魔法族から見れば、今のままでは、憎しみに突き動かされたライドが闇に進むのは時間の問題だと見るだろう。所詮は危険なウェアウルフだと見向きもしないだろう。しかし、リーマスの見解は異なっていた。

 

「どうだか……!社会のために頑張ったアンタにさえ、魔法省は手を差しのべなかった……!」

 

 ライドは悪態をつきながらも、心のどこかでは救いがほしいのだ。

 

 自分自身の問題を解決できる救い。怒りを理解して寄り添ってくれる誰かを、ライドという若者は求めていた。

 

 フェンリル・グレイバックは狡猾な男である。

 

 フェンリルは自分自身で子供を噛んで仲間を増やしながら、社会が、その子供を排斥し始めた頃に現れて心の隙間に入り込む。ウェアウルフの中で少なくない数のものがフェンリルに着くのは、居場所がないという絶望と、怒りが原因なのだ。

 

 ウェアウルフが魔法族の中に居場所がないなんてことはないと、リーマスが示さなくてはならなかった。

 

「魔法省のカスどもは自分達より仕事が出来るあんたらオーダーが目障りで仕方なかったんだ。そうだろ?だからオーダーと協力したアンタがいても態度を変えなかったし、マッドアイ・ムーディーを冷遇したんだ」

 

「陰謀論に毒されているようだな。……集会でフェンリルから吹き込まれたのか?」

 

「……だったら何だよ?」

 

「私はともかくマッドアイは、自分の不遇を他人のせいにする弱い人間だと思われるのは心外だ。取り消しておいてくれ」

 

「…………アンタはいいのかよ……」

 

「ああ、そうだ。自分の弱さを認めて無理をしないことが、長生きする秘訣なんだ。私が今こうしているのは、ほかの誰でもなく私自身の選択の結果だよ」

 

「………………俺がこうなったのも、俺のせいだって言いたいのか?」

 

「他人の話は最後まで聞け、ライド」

 

 リーマスは腕組みしてライドに言った。それはライドへ攻撃の意志が無いことを示しており、杖を握りしめていたライドは明らかに、毒気が抜かれたようにリーマスの言葉に耳を傾けていた。

 

「君はキアラに職場の上司の愚痴を打ち明けていたそうだな?明らかに、法律違反と言えるものがいくつもあった。不当な理由による解雇もそうだ。それだけの事実が揃っているなら、弁護士を紹介できる」

 

「弁護士……?えっ?」

 

「いいか、ライド。怒りには、怒りの正しいぶつけかたというものが山程存在するんだ。まずはそれを知ることから始めてくれ」

 

 リーマス・ルーピンのオーダーとしての活動は、決して血と戦いに明け暮れるだけのものではなかった。

 

 リーマスは十六年もの期間を社会の荒波に揉まれ、世間の冷たさと狡猾さを知って生きてきた。

 

 

 その年数の分だけ、リーマスは大人としての狡さを知った。そして、それは無駄ではなかった。

 

 弱い立場の人間が取るべき手段というものを理解し、同じ弱い立場の人間にとって必要な手段を提供することが出来たのである。

 




今回出てきたウェアウルフの魔女は一応『ホグワーツの謎』出身の方です。まだ二十代前半くらいです。ウェアウルフ男性はオリキャラです。

シリウスの尽力のお陰で反人狼法は否決されているので原作よりはウェアウルフの就労環境は良いですが、フェンリルが暴れれば暴れるほど狼人間への風当たりは強くなり戦後排斥すべしという風潮が強まるかもしれません。

ルーピン先生は原作でもこっちでも滅茶苦茶大変です。
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