蛇寮の獅子   作:捨独楽

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『権力の座は、それを最も望まない人間にこそ与えられるべきである。
なぜなら立候補して権力の座を望む者は、その頂きにある栄光と、己を満たす欲望を求めているからだ。自ら権力を求めたものがいざその座に登れば、権力の維持に腐心することになるだろう』
だからファンタビの麒麟はあの方を選んで……あの方はああしたんですね。


After the Nightmare Christmas

 

***

 

「ハリー、ザビニ。緒戦勝利、おめでとうございます。その場で見ることが出来なかったのが残念ですよ」

 

 無念そうに言うアズラエルは渋い顔でハリーにマローダーズマップを返した。勝利に沸くスリザリン寮のパーティを楽しんだハリーとザビニは、寮の自室でアズラエルに迎えられた。

 

「……その顔だと……ドラコを見つけることは出来なかったんだね?」

 

「ええ。マローダーズマップで追跡をしていたところ、マップ上の反応はあったのに見失ってしまったんです。恐らくはどこかに魔法空間を造り出して、そこで何かをしていると思われますが……」

 

「現場を抑えることは難しいか。……何にせよ、君が無事だったならそれでいい。例の……ドラコの周辺でたまに見る女子の名前は誰だったんだい?」

 

「もちろんマローダーズマップで確認しましたよ。女子生徒たちはセシリア・ボーディッヒとバンデバイン・バスターバインでした。どちらもスリザリンの一年生です」

 

「話は聞けたのか?」

 

「……いや……面と向かって遭遇したら尾行してますよと言ってるようなものじゃないですか」 

 

 

「そりゃそーだな。悪い」

 

 

「……それにしても、聞かない名前だな……」

 

「純血でもねぇし、有力な(金とコネがある)家でもない。言っちゃ悪いが、あのハゲにしてみれば使い捨てにしても惜しくねえ駒だな」

 

 ザビニはそう呟いた。

 

「クラブやゴイルを外してでもやりたいことをしている……か。クラブやゴイルはどこで何をしていたんだい?」

 

 ハリーが尋ねるとアズラエルははっとした。

 

「それは……確認していませんでした。僕としたことが迂闊でしたね……」

 

 

「まぁあいつらに何か悪事を働こうなんて知能はねぇだろ。案外、クィディッチ競技場で騒いでたんじゃねぇか」

 

「二人が無関係ならそれに越したことはないね」

 

(よかった……)

 

 ハリーはほっと胸を撫で下ろした。ハリーたちはドラコが案外面倒見がいい部分もあることをよく知っている。口は悪く、友達というにはやや距離があるが、ドラコなりにクラブとゴイルのことを気遣ってはいるとハリーは知っていた。

 

(……いや、よかったと思うのも変な話だな……)

 

 ドラコの協力者と思わしきふたりは純血主義のセイクリッドトゥエンティエイトでもなく、かといって、マグルらしい姓でもない。ひどい話だがドラコに利用されているのだろうとハリーは思った。

 

 

「気になるなら話を聞いてみっか?ラフタさんに頼めば、一年生たちを呼び出すことくらいはできるだろ」

 

「どうせ何も知らないだろう。ドラコに頼まれたか、金で雇われたかだろうし。……下手に話しかけて尾行がばれる可能性の方が僕は怖い」

 

 ハリーは念のためにアズラエルに確認を取った。

 

「その少女たちやドラコとは接触してないんだね?」

 

「当然です。僕としては乗り込んで現場を抑えてやりたい気持ちで一杯なんですが……」

 

(……良かった。アズラエルも無茶はしていないみたいだ……)

 

 アズラエルの目を見てもおかしなところは感じられなかった。このところ、ハリーは杖なしで、無言のレジリメンスを使う訓練をしていた。

 

 ハリーたちの中で最も闇陣営への敵意が強いのが誰かと問われれば、裏の集会の大半はハリーだと答えるだろう。しかし、ハリー周辺に問えばアズラエルだと答える。

 

 アズラエルはファルカスが死んで以来、それまでの慎重さをかなぐり捨てていた。元々感情的になれば仮面が剥がれて熱いところを見せる少年であったが、友の死と、闇陣営による死の恐怖はビジネスマンとしてのアズラエルの仮面を剥がして内面の熱さをむき出しにさせていた。

 

「無理はしなくていい。君が無事だったならそれで十分だ。ドラコの行動については焦る必要もない」

 

「何でだよ?」

 

「手を打つなら、ダンブルドアに報告をしてから、だ。ダンブルドアが見逃しているということは、まだドラコは僕たちの脅威ではないということだ」

 

「そうやって安心するのは危険だと思いますけどね。ダンブルドアでも間違えることはありますよ。ムーディの正体に気付かなかったことのように」

 

「……」

 

 ザビニもハリーも何も言わなかった。ムーディとクラウチJr.の一件にアズラエルが触れたのはこれが始めてだった。

 

「確かにケイティ・ベルの一件もあったし……早めに黒白の判断ができる証拠を掴みたい気持ちはわかる。けど、アズラエル。まずは君の安全が最優先だ」

 

「ドラコがわざわざ隠れて何かをやっている……ということがはっきりしただけでもダンブルドアに報告する価値はあるんだ。十分にお手柄だよ」

 

 ハリーが一度強く褒めるとアズラエルも仕方なさそうに頷いた。

 

「……ところで、ハリー、ザビニ。話は変わりますが……聞いたところによると、ロンとハーマイオニーが近頃様子がおかしくて心配しているんですよ。何か心当たりはありませんか?」

 

「知らね。クィディッチの成績がよくないからじゃねぇか?グリフィンドールはキャプテンのベルが抜けたし、ある程度がたつくのは仕方がねぇだろう」

 

「心当たりはないよ。……でも、心配だね」

 

 ハリーは咄嗟に嘘をついてしまった。

 

(……何を言ってるんだ。ハーマイオニーの方は僕のせいだろうが……)

 

 内心でそう自嘲する。

 

 親友を一年以上もの間裏切り続け、それが原因でハーマイオニーの調子を落としたかもしれないという事実はハリーの中に少なくない負い目と罪悪感を与えていた。

 

「ロンの方は-……」

 

 ザビニが真っ先に口を開いた。

 

 

「俺らが触れるのもアレだろ。スリザリンは勝ってて、グリフィンドールは負けてるからな。……何か言ったって、上から目線の煽りにしかならねぇし。あいつがプレイヤーとして燻ってるならマクゴナガルに相談して自分で壁を超えるしかねぇよ」

 

 ザビニは腕組みしながら言った。

 

「選手としてのロンは振れ幅が大きすぎるのがな……何でああなるんだろう。僕とのデュエルや闇の魔法使いとの抗争ではいつも強いのに」

 

 ハリーは心の底から不思議そうに言った。

 

 ハリーのなかでの魔法使いとしてのロンに対する評価は決して低くない。それは決闘クラブやDA、裏の集会で過ごした日々が裏付けていた。

 

 一年生の時も二年生の時も三年生の時も、そして五年生の時も、ロンは自分にできることを土壇場でやりきって見せた。ハリーから見てロンが能力的に劣っていると感じたことは一度もない。

 

 ちなみに四年生の時のハリーが代表に選出されてからのあれこれについては、ハリーはトラウマとして記憶から抹消していた。

 

「……これは仮定なんですが。ロンは余計なことを考えすぎているのではないですかね」

 

 アズラエルは顎の下に手を置いて一考する。

 

「闇の魔法使いとの決闘においては護るものがありますし、自分のことや周囲からの視線などを気にする必要もありません。生き残ることと仲間を護ることが全てですしね。でも、クィディッチは違います」

 

「雑念が混じってプレーに専念できないせいで動きが悪くなるのでは?」

 

「いいプレーをすれば称賛の言葉は貰えるが……下手なプレーはボロクソだかんな。しかもキーパーだ。正直、向いてねぇってのはあるかもな。あいつくらいプレーの質に幅があるならキーパーじゃなくてチェイサー辺りの方が良かったまであるかもしれねぇ」

 

「…………手強いときのロンは本当に怖いんだけどな……」

 

 ハリーはロンの才能を惜しんでいる。チェイサーだったハリーは、調子がよいときのロンがどれだけ恐ろしいかは身に染みて理解している。

 

 

「才能があるのは俺も解ってる。けどロンの場合、誰よりあいつ自身が自分の才能ってやつを信じてねぇ」

 

「正直このレベルまで来て自分に才能がねぇなんてのは単なる言い訳だろ。本当に才能がねぇってのは、箒に乗ることすら覚束ないネビルみたいなやつのことを言うんだ」

 

「選手として大成してぇなら自分の才能を信じて得意を伸ばして、自信を持ったプレーで周囲を盛り立てなきゃいけねえ。……いや……まさかあいつ、そんなこと考える余裕もねえくらいに追い詰められてんのか?」

 

「……ロンのプレーの質が良くなかったのは今に始まった話でもない。去年もそうだった。だから尻上がりに調子を上げてくる可能性はあると思うんだけど……」

 

 ハリーは少し違和感を持った。

 

「……おかしいな。クィディッチのプレーが悪いってだけであそこまで荒れるか?」

 

 ザビニもアズラエルも、ハリーの疑問に答える術を持たなかった。

 

「つっても聞いたって理由を話そうとしねーしな~ロンのやつも」

 

「……クリスマスなんだし、気分転換でもすればいいんだけど」

 

「……そうですね。折角クリスマスなんですから、彼女たちはもっと楽しむべきなんです。グリフィンドールチームの敗北は忘れてね」

 

 アズラエルも頷いて時計を見た。もう八時を過ぎている。

 

「先に使えよ。俺たちはもうグラウンドで浴びてきたから」

 

「ではお先に。いやはや、手柄を立てていないのにすみませんね」

 

 アズラエルは苦笑いしながらシャワールームへと駆け込んだ。魔法によって降り注ぐ湯の音が部屋のなかに響き渡った。

 

 

***

 

「……みみっちぃと思うか?ハリー」

 

「何がだい?」

 

「……さっきな。もっともらしい言い訳を並べ立てたが……正直、俺はロンが復活しねぇ方がいいと思った。」

 

「……グリフィンドールのキーパーは弱い方がいい。俺にとってはな」

 

「!」

 

 ハリーは一瞬レポートを書く手を止めた。が、すぐに書き直した。

 

「おかしな話じゃない。ロンは友人である前に、クィディッチプレイヤーとしては敵だからね。チームが別れている以上、ロンの不調を願うのは構わない」

 

「……むしろロンを強くする方がロンのことを舐めているということになるよね」

 

「……そうだ。」

 

 それがロンに対する友情を否定しているようで、ザビニは負い目を感じているのだろうとハリーは思った。

 

「……まー、アズラエルには言ったし、ハリーにも言っとくか。俺はプロを目指してんだよ」

 

「プロを?」

 

 いつになく真剣なザビニは、懺悔するようにハリーに告白した。

 

「……スカウトの前で良い評価を貰いたいと……マジで思ったんだ。チームのことを考えていた訳じゃねぇ」

 

「……ロンのことはダチとして好きなんだぜ?けど、それより……自分のことを優先するのはやっぱカスの所業なんじゃねぇか?」

 

 ザビニの姿が自分と重なってしまい、ハリーは思わず口から言葉がついて出た。

 

「違う。そういうエゴはプロでやっていくためには必要なことだと僕は思う」

 

 ハリーは言った。ロンのためではなくザビニのための言葉であった。或いは、ハーマイオニーを裏切ったことに対する罪悪感がハリーにその言葉を言わせたのかもしれない。

 

「……僕はまだ学生で、プロの世界なんて知らない。だからこれは僕の想像によるプロの世界の話だけど……」

 

「プロで食べていく覚悟があるなら、君は他の誰よりも自分に才能があるってことを見せる必要があると思うんだ。……誰にも負けたくない、負ける可能性なんて1ミリも残したくないっていう意識は必要なことだ。誇りこそすれ、恥じるべきことじゃない」

 

「……ありがとよ」

 

「……しっかし……そーするとどうすっかなー。ロンの方はもう時間に任せるしかねぇとして。ハーマイオニーだけでも上向きな気持ちにさせたいよな。……俺、クリスマスは何もできねーけどよ。ハリーはホグワーツに残るんだろ?」

 

「うん」

 

「ハーマイオニーだけでも、ハリーにフォロー頼めねぇか?」

 

(……)

 

 ザビニの願いはハリーにとって重すぎた。

 

「……やってみるよ。あまり期待はしないでくれ」

 

「頼むわ。……ハリーなら出来るぜ」

 

 ハリーは胸中の罪悪感を抱えながらザビニに頷いた。

 

***

 

 しかしながら、事態はハリーらスリザリン生の思惑を超えて加速度的に悪化、或いは好転した。

 

「Won-Won!!」

 

 大広間という公衆の面前であっても、二人にとっては……否、その魔女にとっては気にならないらしい。

 

 それは生まれて始めて幸せを手にし、幸福の絶頂にある浮かれたバカップルという表現が正しかったであろう。グリフィンドールの六年生に、一組のバカ夫婦が誕生していた。

 

 燃えるような赤毛を持つ監督生の男子の隣で浮かれているのは、栗色の髪の毛を持つ優等生の魔女。

 

 ではなく。

 

 ブロンドをピンク色のリボンで結び、ところ構わず赤毛の男子に笑顔を振り撒くグリフィンドールの魔女。

 

 ハリーにとって因縁浅からぬ相手、ラベンダー・ブラウンであった。ハリーが異性に対して純粋な怒りを抱くというのはなかなかないことであったが、ラベンダーはその貴重な相手であった。

 

 思わぬ伏兵がいたことに対するハリーたちの反応は様々であった。。

 

「……いやー、あいつもやるじゃねーか。心配して損したぜー」

 

 ゲラゲラと笑うザビニは事態を深刻に捉えてはいなかった。そもそもザビニ自体がスーザンと落ち着くまでは浮気性であったのだ。

 

 『気分転換に異性と付き合う』ことに対して肯定的なザビニとは対照的に、ハリーとアズラエルは互いに顔を見合わせて途方に暮れていた。

 

「……一体なんでこうなるんですかねぇ。……ロンとハーマイオニーって、もうどちらかが告白すればそれで済む両片思いだったじゃありませんか」

 

「僕に聞かないでくれよ……」

 

(これは僕のせいじゃない。ないけど……)

 

 ハリーは吠えるようにやかましいラベンダーとロンの周囲に居ない一人の魔女のことをおもんばった。そのとき、どこからともなく飛来した何羽もの鳥がロンの頭へと襲いかかった。

 

「ま……待って!ハーマイオニー!!」

 

 大広間から走り去っていく親友だった魔女の後を追ってハリーも駆け出した。ハリーの後にザビニも続いた。

 

 自分もハーマイオニーを追おうか、と思ったアズラエルは、ふと見間違いかと思って足を止めた。

 

 ロンを甲斐甲斐しく世話するラベンダー・ブラウンがアズラエルの視界に入った。グリフィンドール生の『魔女』はロンから見えない角度でほくそ笑んでいた。

 

 単に浮かれてハイになった、というだけではない。ハーマイオニーに見せつけるためにわざとやったのだと、ラベンダー・ブラウンの表情は雄弁に語っていた。

 

(……れ、恋愛というものは……こうまで人を変えるものなのですね……)

 

 言い様のない恐怖を感じたアズラエルは見たことを自分の心の中に留めることにした。知らない方が良いことなどこの世にはいくらでもあるのだから。

 

***

 

「ハーマイオニー……」

 

「来ないで!あなたなんか……!」

 

 ザビニと共にハーマイオニーを追っていたハリーはすぐにハーマイオニーに追い付いた。いくらハーマイオニーが勢い良く駆け出したとしても、ハリーとザビニの足を振りきれるものではない。ちらちらと視線を向けてくる生徒たちの対応をザビニに任せて、ハリーはハーマイオニーを空き教室に連れ込んだ。

 

「君の言うとおりだ、ハーマイオニー。僕は君に何を言われても仕方ないけど」

 

「……その顔のまま授業に出るつもりかい?見苦しいよ」

 

 ハーマイオニーの瞳から滲み出る涙で、彼女のアイメイクが崩れ落ちていた。ハリーはテレジオ(拭え)でハーマイオニーの涙を拭って手鏡を差し出した。

 

「マクゴナガル教授には僕から話しておくから。今日は休みなよ、ハーマイオニー。……今は気持ちを落ち着かせた方がいい」

 

 

 気の効いた励ましや慰めの言葉などかけられるはずもなかった。複雑骨折したハーマイオニーとロンの関係を取り持つというのは、あまりにも難しく困難であると思わざるをえなかった。

 

「心配していただかなくても結構よ」

 

 ハーマイオニーはハリーの忠告には従わなかった。魔法で顔を整えたハーマイオニーは、その日の授業を休まず出席した。

 

 ただし、ハリーともロンとも口をきくことはなかった。

 

***

***

 

 クリスマスの夜。グリモールド・プレイスのブラック家邸宅において、ささやかなパーティーが催された。

 

 シリウスの合図と共にグラスが掲げられ、参加者であるオーダーの面々は思い思いにグラスを掲げると、中の白ワインを飲み干す。シリウスは集まったオーダー団員を眺めながらローストチキンにかぶりついた。

 

 ニンファドーラやリーマスの姿はない。ダングが宴の料理を拝借して懐に入れ、アーサーがマグルの発明品(新しい車のエンジンの性能)について語る中、宴は和やかに進んだ。

 

 モリーとマリーダが子供の教育についての話し会いに夢中になっていることを確認すると、シリウスはムーディに囁いた。

 

 

 

「少し貴方の時間を頂いて聞いていただきたいのです、ムーディ。それからアーサーにも聞いておいて欲しいことがあります。……お願いできますか?」

 

 ムーディは携帯用の小瓶をスッとシリウスに掲げた。オーケーのサインであった。

 

 宴が一段落して皆が屋敷の客室に戻る。シリウスはブラック家家長の書斎で二人を待った。待ち人は、宴の終わりから5分とかからずに書斎を訪れた。

 

 アラスター・ムーディとそしてアーサー・ウィーズリーの二人に、闇陣営から取引を持ちかけられていると明かした。

 

「…………純血派閥の若造が取引をしたいと?シリウスに持ちかけてきたというのか」

 

 

「ああ。……児童福祉部に所属しているマクギリス・カローだ。彼から俺に接触してきた」

 

「カロー家の人間か。悪い噂は聞かないが……この状況では『だからこそ怪しい』な」

 

 アーサーの反応は芳しくなかった。当然のことだ。

 

 闇陣営に近しい人間がこの状況下で近付いて来るなど、罠を疑わない方がおかしいのだ。マクギリス・カローは、以前同僚のユルゲン・スミルノフを操ってシリウスを襲わせた首謀者ではないかとオーダーから疑われていた。

 

「彼は何と言ってきた、シリウス?」

 

 義眼はくるくると視線を回しながら、シリウスが話し始めるとピタリとシリウスに焦点を合わせる。

 

 

 ムーディーにシリウスはフラットに答えた。

 

「……何でも、『現在までの魔法省は、過去の歴史から積み重ねられた歪みの中にある。今、この時代こそその歪みを糺せる唯一の機会だ。オーダーに秩序を再構築する気概があるのであれば、闇陣営の内部から協力するのもやぶさかではない』と言って、俺にスパイとして闇陣営の情報を提供したいと言ってきた」

 

 

「……例のあの人を欺いてスパイを実行するなど不可能だ。……マクギリスは例のあの人の所在を明かしたのか?」

 

「いいや。契約魔法によって縛られていて、現在の所在を明かすことは出来ないと話した。しかし、やつは己がデスイーターであると明かしたよ。それから、敵の協力者も何人か。シックネスを操ろうという動きが闇陣営の中で活発になっているらしい」

 

 シックネス。魔法法執行部の部長であり、アメリア・ボーンの腹心であった男である。

 

「大臣になるはずであったアメリアが死亡し、後を引き継ぐ人間が誰かという話が出た時。議会の誰もがスクリンジャーを指名し、シックネスは議題にも挙がらなかった。……だが、堅実に己のすべきことを成している。闇陣営からすれば鬱陶しい男だろう」

 

「……ふざけた話だ。信用できるわけがない」

 

 あまりに都合のよい話に、アーサーは唸った。

 

 なるほど執行部の部長を襲撃して操るという話はあり得る。しかし、それを言えば魔法省におけるほとんどのオーラ-が闇陣営の襲撃対象なのだ。

 

 他の誰よりもまず標的となりえるルーファス。ルーファスの後を引き継いだオーラ-のトップ、ガヴェイン。マグルの首相を護衛しているキングズリー。純血でありながら闇陣営ではない目障りなアーサーやシリウス。闇陣営に対してかつて少なくない戦果を挙げたドーリッシュ。ウェアウルフ対策室室長のガエリオ。連鎖インペリオの起点にされかねない末端の局員達。デスイーター側が狙う魔法使いの候補は両手の指では足りない。

 

 闇陣営にとってのブラックリストは数多く、魔法族の常として、どれだけ優れた魔法使いであっても数の不利があった上で奇襲を受けた場合は脆い。少数精鋭のオーダーが警戒しなければならないのは、誤った情報に基づき警戒すべき対象を見誤ることであった。

 

「……こちらの二重スパイは既にセブルス・スネイプが居る。敵の本拠地も闇陣営の情報もはスネイプが知っている……或いは、知る機会がある。わざわざリスクを取る必要は無い。今すぐ捕まえるべきだ。そうでしょうマッドアイ?」

 

 アーサーは専門家たるオーラーと元オーラーに意見した。過去に親戚を失った経験のあるアーサーにしてみれば、スリザリン出身者かつデスイーターの話を信用するなどあっていいことではなかった。

 

(ああそうだ。俺も、アーサーのように割りきって行動できたら!昔の俺なら迷わずそうしたというのに!!)

 

 アーサーの反応は至極正しいとシリウスは思った。アーサーの姿を見ながら、シリウスは自分がかつてとは変わってしまったことを虚しく思った。

 

 

 

「……仮にだ、シリウス。その若者が闇陣営の情報をこちらに流したとしても、それが真実かは疑わしい。十中八九、例のあの人が仕掛けた罠だろう。シリウス?何か考えがあるのか?」

 

 ムーディはシリウスに発言を促した。

 

 マクギリスの真意が何であれ、到底信用などできるものではない。さっさと捕えてしまえばよいのだ。シリウスがそれをせず、わざわざ話を持ち帰ったのはシリウスなりの考えあってのことだ。

 

(……シリウスは直情的な男だ。その若者と接触したとき、インペリオで操られたという可能性も十分考えられるが……)

 

 

(一方で、ポッター家の忠誠の呪文の一件からも、策を弄する一面もある)

 

 マッドアイはシリウス・ブラックという人物についてはかなり正確に評価できていた。だからこそオーダーにおいては現場指揮の役割を任されているのだが。

 

 シリウスは直情的な人柄である。それは否定しない。しかし、一方でシリウスは、自分が思っているよりずっとスリザリン的な策を弄する傾向も持っているのだ。

 

 ジェームズ・ポッターと共に遊び歩いたホグワーツにおける七年間という歳月は、シリウスにグリフィンドール生らしい勇敢さと反純血主義と言って憚らない倫理観を叩き込んだ。   

 

 しかし、シリウスはシリウス本人が理想とするグリフィンドール的な性質に加えて、回りくどく策を凝らす一面も持っていたのである。

 

 その傾向を一概に否定する気はムーディーにはない。

 

 

(……話を聞いてから考えるより他にあるまい……)

 

 ただし、シリウスからの提案の内容による。話の内容によっては採用する価値もあるし、有用だと思えばムーディ-はシリウスだろうがダングの案であろうが採用するのである。

 

 シリウス・ブラックの行動でムーディが真に問題視していたのは、ポッター家崩壊に繋がったシリウスの独断による忠誠の呪文の使い手の変更である。

 誰がスパイであるかわからないために真の守護者の存在を隠すということは理に適ってはいる。しかし、その時現場のオーダーを指揮する立場にあったムーディにとってはたまったものではなかった。

 

 今回のように事前に考えを打ち明けて提案という段階を踏んでいるだけでも、ムーディにとってはありがたいのである。

 

 

「俺はカローを利用して、スネイプの黒白をはっきりさせたいと考えている」

 

「……!」

 

「……と、いうと?」

 

 ムーディが続きを促す。ムーディはぐいっと携帯している小瓶から水を飲み干して、本物の眼と魔法の眼の両方でシリウスを見据えた。過労からか、シリウスの顔にはほうれい線が浮かび上がっていた。

 

「先日、オーダーの一員であるエムライン・バンスが死んだ。彼女に与えられた任務を知っていたのはマッドアイと俺。そして……スネイプだけだった。あの日の会議に出ていたのはその三人だけだからな……」

 

「……バンス……第一次からの生き残りの魔女ですね」

 

 アーサーが尋ねるとムーディは無言で頷いた。

 

「豪放磊落な魔女であり、真に勇敢な英雄だった。……任務にしくじるような甘さはなかった。情報が漏れたとしか思えん」

 

「スネイプは黒だと……ダンブルドアに言ったが聞き入れてはもらえなかった。そこでだ」

 

「カローからの情報とスネイプからもたらされる情報の違いを精査する。……その上で、スネイプが白か黒かを判別する」

 

「「……」」

 

 アーサーとムーディの双方に一瞬の沈黙があった。

 

 スネイプのことを心の底から信用している団員は居ない。というより、バンスの死亡以来、白だとされていたスネイプのことは団員のほとんどが疑っていた。

 

 皆がこう思っているのだ。スネイプならば、こちら側の情報を流すことも容易いと。

 

 

「……いや……リスクが高い賭けだ」

 

 アーサーはストップをかけようとした。

 

「スネイプはダンブルドアの信用するスパイだ。我々がどう解釈しようと、その座から降ろされることはない。……我々が勝手にスパイの存在を抱えれば、そこから情報が錯綜し……下手をすれば、シリウスを通して情報が漏れる可能性もあります。アラスター、キングズリーに通報してカローは今すぐ捕縛すべきです」

 

「……」

 

 ムーディはじっとシリウスの顔を見ていたが、やがて話を聞くことにしたようだ。

 

「その若者は何と言っていた?シリウスを動かそうとするなど尋常ではないぞ」

 

「マクギリス・カローは……革命家でした」

 

 アーサーはじっとシリウスの話に聞き入っていた。

 

「高官も我々役人たちも、各々が自らの保身と現在の体制の維持にしか興味がなく、制度そのものの歪みを正そうとはしていないと。ゆえに、一度ヴォルデモートの手で古い体制を破壊する必要があるというのがマクギリスの主張だ」

 

「耳が痛いな。学生時代の息子をそのまま大人にしたような若者だ……」

 

(息子……?誰のことだ?案外ビルだったりするのだろうか?)

 

 アーサーはマクギリスの主張に顔をしかめた。息子というのが誰のことを指しているのか、シリウスは尋ねたい気持ちに駆られたが自重した。

 

 シリウスもアーサーも、キングズリーもドーラもそして、かつてのムーディも。各々の立場と、人生の中の経験から来る視座で現在の魔法省の施策に思うところはあった。しかし、彼らは現在の魔法省の制度の範囲内での緩やかな改善、という名の秩序の肯定を選んだ。

 

 長期的な現状維持。それは緩やかな魔法世界の衰退を意味する。

 

「マクギリスは……マグル産まれであろうと能力ある人間に対しては門戸を開くべきだと考えていた。英国魔法省が転換するには、闇陣営の手で旧体制が破壊された後に闇陣営が倒れ、新しい政権を樹立する必要があるとまで訴えてきたよ、アーサー」

 

「錯乱の呪文でもかけられているのか?」

 

 アーサーが思わず言うと、いや、とムーディは言った。

 

「…………そのマクギリスという若者はカロー家なのだな?」

 

「ええ。俺は仕事の途中で学生時代のマクギリスを見たことがあります。よくも悪くも行動力溢れる若者でした。古の秘宝とやらを探索していましたよ」

 

「……そういった話は聞いたことがないが……」

 

「表面上は取り繕う術を覚えたということだ。しかし、実際は青さを残したままより過激な方向で理想に邁進しようとしている」

 

 ムーディはマクギリスについて思いを巡らせた。ムーディは人より長く生き残ってきただけに、人より長く純血主義の闇を知っている。

 

 

 

(……純血主義のカロー家。イズナリオの息子か……そうか……外の血を入れた後で家系図から抹消したか、インペリオかアモルテンシアで強引に既成事実を作ったか)

 

 ムーディもまた、長い間を闇陣営との闘争に明け暮れてきた。当然、ムーディは魔法によって、相手の意思を顧みずに従わせることができるという人間たちの犯す悪事がどんなものであるか、その闇を把握している。

 

 その家に産まれた……否産まれてしまった人間がどう考えるか。

 

(……純血派閥の家に産まれるということは、魔法世界とマグルの世界の知識と教養を教え込まれるということでもある。……一般的魔法族よりも知識と教養が深い部分はある)

 

(……だからこそ。恵まれた人間の視点から、現状の改善を志す人間が出てもおかしくはない……)

 

(……手段が過激なのは……なるほどシリウスの言うとおり。根っからの革命家だな)

 

 20年前のシリウスのように家に反発し否定して抗うという選択もひとつの手段である。しかし、それは個人としての自由と束縛からの解放を意味こそすれど、家や純血主義というシステムそのものを壊すことはできない。

 

 ならば、この機会に魔法省の腐敗した体制にダメージを与え、構造を変えざるを得なくする……という発想そのものは危険ではあるが、筋は通っていると言えた。

 

 現状でうまく組織が回っているうちは、人はそれを変えようとは思わない。下手に組織をいじくり回そうとする人間は敵視され潰される。ドロレス・アンブリッジがいい例である。

 

 悪い例で言えば。ディメンターが存在するアズカバンの危険性をダンブルドアが常々警告していても、誰もそれを変えようとはしなかったのも、それで表面上は上手くいっていたからだ。

 

 そこにどんな欺瞞や腐敗があろうとも、大多数の人々にとって……否、大多数の中に居る自分にとって有益なら、悪を益として、『必要悪』として許容する。それも大人の、そして社会の縮図なのだ。

 

 それは一概に責められることではない。

 

 秩序を維持するシステムが存在しない場合の世界がどうなるか。

 

 

 魔法省の存在がなければ、英国で最も力を持つ武装組織。つまりはデスイーターが幅をきかせることになる。ダンブルドアがいかに最強でも、オーダーがいかに正義感を持とうと、何十というデスイーターが個別に働くテロ活動を阻止することはできないのだ。

 

 戦いとは数である。その数を維持するには、システムが必要なのだ。自警団であるオーダーになく、魔法省に存在するものこそ、どんな時でも、最低限のサービスであるとしても、そこに存在するという事実なのだ。

 

 魔法省が敗北し、その機能を喪えば、魔法族ではない弱者は今よりさらに虐げられることになることは想像に難くない。

 

 マクギリスの荒唐無稽な話について、ムーディは嘘だとは思わなかった。嘘をつくならばもっともっともらしく、信じやすい話をするからだ。

 

「この件に関してはダンブルドアに報告する。ダンブルドアの指示があるまではシリウスはカローを監視しろ。決して安易に手を出すな。いいな?」

 

「承知しました」「……油断は、するな」

 

 アーサーがぐっとシリウスの肩を労うように叩いて去った後、ムーディはシリウスに尋ねた。

 

「……カロー家の若者が心配か?」

 

「それは……自分でもわかりません。ただ、あのような若者が殺しを選択したことは悲しくあります」

 

 

「情に流されるなよ」

 

 社会にどんな不条理があったとしても。自分自身がその不条理の恩恵を受けていたとしても。それでも変える。だからこそ変える。そういう熱意と理想を持った若者を否定したくないというシリウスの気持ちをムーディは汲んでやりたかった。

 

「……ところで、シリウス。話は変わるが。リーマスについて聞いておきたい……」

 

「リーマスについてですか?何を?」

 

 ムーディは腕を組んでシリウスを見た。

 

「私はリーマスを高く評価しているつもりだ。魔法使いとしての力量、人格共に申し分ない。……あの男が、他人の好意を蔑ろにすることに気付いていないとは思えんのだが……」

 

「トンクスの事ですか」

 

 シリウスは苦笑いしながら言った。リーマスとトンクスが互いを意識しているというのは、二人のどちらかに親しい人間なら気がつくことであった。

 

 ムーディもそれだけならば気にすることはなかったであろう。

 

 しかし。

 

「トンクスはこのところ調子を落としている。元々、魔法というものが精神の状態に左右される代物であるのは確かだが……あの状態が長く続けば命を落とす可能性もある。現場指揮官としてそれは看過できん」

 

 ムーディは管理人として部下をマネジメントする責任があった。ここで問題となってくるのが、トンクスが調子を落とした原因についてである。

 

「リーマスについてもそうだ。……リーマスはあえて己を苦境に置きたがる傾向にあると見える。それは決して良い兆候とは言えん」

 

 

 ムーディから見て、危うい傾向はリーマスにもあった。ムーディはリーマスが志願して狼人間の集団のスパイ活動をしていると知っている。

 

 しかし、リーマスは加速度的に荒みやつれていた。

 

 それは、心の中の本心と今やっていることが一致していないからではないかとムーディは危惧していたのである。

 

 能力を越えた任務によって体調を崩したとか、敵の魔法によって負傷したとか、そういう問題であればムーディの対応も楽であった。

 

 しかし、ことが恋愛沙汰となると下手につつくのは憚られた。自分が老人であると自覚しているムーディは、トンクスの触れられたくない部分を刺激してメンタルをへし折ってしまうのではないかと恐れた。

 

 ことの問題は、リーマスの方にあった。リーマスがトンクスを避けているのだ。

 

「……リーマスは、幸せになることに興味がないわけではありません。ただ、あいつは俺よりよほど思慮深い男です……」

 

 シリウスにはリーマスに一生かけても償いきれないほどの負い目があった。

 

「リーマスは狼人間が世間からどういう扱いを受けるか、狼人間と暮らすことのデメリットというものを誰よりも気にする男です」

 

 シリウスは言いにくそうに一呼吸置いた。

 

 リーマスから自己肯定感というものを奪い去ってしまったのはひとえに自分の過去の過ちも関係しているのではないか。そう考えると、いくら相手が上司であり、尊敬するムーディであったとしても、勝手にリーマスの内面について想像を巡らせて話すのは親友に対する裏切り行為ではないかとすらシリウスは思う。

 

 しかし、時として伝えておかなくてはならない情報もある。特にリーマスがこの一件に関して他者からの干渉を嫌っているのなら尚更だ。

 

「あいつはこう考えていることでしょう。『俺が誰かと交際すれば俺は幸せになれる。しかし、必ず相手を不幸にしてしまう』と」

 

「…………そうか…………いや、話をさせてすまなかった。シリウス、わしは何も聞かなかったことにする」

 

「……そうして下さい」

 

 マッドアイは義足を引き摺って書斎を後にした。シリウスは書斎の中にしまっていた一冊のアルバムを取り出した。

 

 学生時代の、まだ自分達に待ち受ける未来など知らなかった頃の過去の自分や、リーマスの姿がそこにはあった。シリウスはしばらくの間過去の自分達の姿を眺めるとアルバムを本棚に戻し、書斎を出た。

 

***

 

「はーいジェームズ?お父さんですよ~?」

 

 溢れる魔力で玩具のミニカーを壊してしまい泣きじゃくる息子を宥めようと、マリーダとシリウスは最終手段に出た。

 

 シリウスの変身呪文の極致。杖なしで発動できる、自身を黒犬へと変じさせる大魔法。アニメイガスとして黒い犬の姿になったシリウスを見て、幼いジェームズ・ブラックは歓喜した。

 

「パァパ!」

 

 幼いジェームズと戯れている間は、シリウスは自分自身の中の複雑な感情を放棄することができた。ジェームズが遊び疲れて眠りにつくまで、黒い犬の姿でシリウスは過ごした。

 

 やがて元の姿に戻ったシリウスは、すやすやと眠るジェームズの側に兎のぬいぐるみを置くと自分の部屋に戻った。

 

 我が子の温もりとそこにある確かな命。それはシリウスの心を確かに暖めた。そしてその幸せを享受する度に、シリウスの中で言い様のない感情が沸いてくる。

 

(……俺は腐っている。今の俺は何だ?)

 

(……家庭を持ったのもスリザリンの純血派閥と交流を持ったのも、ハリーを守るためだった。だが、何を守れた?)

 

 マクギリス・カローを見て現在の自分と比較したとき、シリウスは自分が過去と比べて確かに腐敗したことを認めなくてはならなかった。

 

 魔法省のスタンスは『秩序維持のための正義』である。個々の人々や弱い立場に立たされた人々というよりも、英国という広い視座で、諸外国から英国魔法族を庇護するという役目を負っている。

 

 しかし、魔法省はそれにかまけて狼人間やマグルなどの弱者を舐め腐っていた。

 

 英国魔法界そのものが、魔法使いや魔女の存在を前提としているのだ。その定義から外れた存在に対して向けられるのはけして肯定的なものではない。

 

 誰だって自分達の働きが自分達に還元されないのはおかしいと思う。だから、英国魔法界は小さな政府を標榜してきた。

 

 税率はなるべく安く、低所得者であっても魔法が使えれば、暮らしていく上で最低限の職業には就くことはできる。そのラインに満たない存在に対する社会保障などは、自由な競争を妨げる悪しき行為という風潮もある。

 

 マクギリスが問題視している英国魔法界システムの欠陥は、その古くささにあった。

 

 英国魔法界は、中世的価値観でありながら中途半端に資本主義社会的価値観を導入してしまった。それによって、貴族が本来成すべき弱者に対する社会保障などはなおざりにされてきたのである。

 

 シリウスはハリーによって無実が証明され、社会に出てから、己のすべきと考えたことに全力を尽くした。ドロレス・アンブリッジの起草した悪法を叩き潰したのは、シリウスにしか出来ないことであった。

 

(カローか。…………ただただ自分の理想だけを信じて暴れる……それが出来ればどれだけ楽か!)

 

 しかし、シリウスは政治的視野に長けているとは言えないし、それを自認している。ときには悪を必要悪として許容し、利害によって動く社会の中で過ごすうちに忘れていた過去の理想の姿を、シリウスはマクギリスに見たのだ。

 

 ジェームズが側にいれば、シリウスはそれで良かった。マクギリスにとっては、夢があればそれで良かった。

 

 過去の自分のようにシンプルにただ理想のために暴れられたならと、シリウスは強い欲求を抱えるようになっていた。

 

 

 要するに。

 

 シリウスは、昔の自分に戻りたかったのだ。

 

 ジェームズと、かつてのリーマスとピーターが居て、敵のことなど気にする必要もなく闇陣営と戦っていたあの頃の自分自身に。

 

 自らが失った青さと若さ、若い頃の自分にしか持てない熱。

 

 それを見た後で、それを捨て去ってまで最も守りたかったハリーの手を血に染めてしまったことがシリウスを苛んでいた。

 

 客観的に見て、シリウスは最善を尽くしていた。シリウスにしか出来ないことは山程やったし、ユルゲン・スミルノフのような闇陣営に操られた被害者を救助したことも数えきれないほどある。

 

 過去のシリウスにしかできないことを過去のシリウスは成し遂げた。そして、社会的な立場を得た現在のシリウスでしか成しえないこともシリウスは成し遂げた。

 

 ……それでも。

 

 救えなかった命や、守れなかったハリーの心を思う度にシリウスは己を責め苛むのである。

 

(今の俺はどうだ?死んだ先で……俺は地獄でジェームズは天国にいるのかもしれないが……ジェームズにやってきたことを誇れるのか?俺は)

 

 かつての自分と比較してとても勇敢とは言えない己の本音を、シリウスは誰にも明かすことはできなかった。今はリーマスも己のことで手一杯で、内心を明かしあうどころではなかったからだ。

 

 




魔法省内部にも改革派は居たと思います。大きな組織ほど色んな派閥があるものですし、色々な人が居たと思います。

ぶっちゃけダンブルドアは『頼まれたらやるけど政治に関わりたくない』というスタンスなのを知っているけど、ダンブルドアの自尊心と虚栄心が高いところをうまく利用している初期ファッジとかムーディとか。
ダンブルドア個人の善意だけで持ってるような現状は魔法省の体面とプライドに傷をつけるからダンブルドアの干渉は極力シャットアウトして、魔法省の独立独歩でやっていこうという脱ダンブルドア派閥(後期ファッジ)とか。
改革は必要なんだろうけど自分が面倒くさいことをして突き上げをくらうのは怖いし、目の前の仕事に専念したいという現状維持の日和見主義者(キングズリーたちほとんどの職員)とか。
そもそも魔法族そのものがマグルに寄生している弱小種族ので現状維持という名前の緩やかな衰退をしても構わないし、将来的な天下り先が確保できて自分が益を得ることが出来ればそれでいいというアンブリッジのような人たちとか。
大半の大人は現実を見て折り合いをつけ、妥協して幸せにやっていくものです。真面目にやりすぎると煙たがられて十代の頃のシリウスとかマッキーみたいにろくなことになりませんし。
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