蛇寮の獅子   作:捨独楽

309 / 330
ロンさんという割とモテモテな男。
正史ではラベンダーと付き合いハーマイオニーを射止め、呪いの子時空のあったかもしれない未来ではではパドマと結婚しているという。


魔法族の改革

 

***

 

 グリフィンドール女子寮。人数の少ないスリザリンとは異なり、五人が一室に纏められた部屋においては、大なり小なり派閥が出来る。

 

 皆がほどほどに仲のいい友人、という部屋も中にはある。しかし、趣味が合わなかったりマウントを取り合ったりと些細な切っ掛けで二人と三人、一人と四人といった風に友人のグループが別れていくこともしばしばある。例えばロンの部屋はロンとシェーマスとディーンというグループがあり、その輪に入れないネビルとザムザというぼっち同士がつるむという関係であった。

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの住む部屋もその傾向はあった。入学当初のハーマイオニーは知識でマウントを取ろうとしている部分があり、女子たちの中でも敬遠されていたのである。

 

 その後も些細なわだかまりはありながらも、ハーマイオニーの居る部屋は穏やかな均衡を保ってきた。一人と二人と二人というグループに別れ、それぞれの友人関係には干渉しないという不文律が彼女たちの秩序を形成していた。

 

 しかし、今現在部屋の雰囲気は過去最悪を迎えていた。

 

 カリカリとシャープペンシルを動かし勉強にふける音は聞こえない。ハーマイオニーは自分から出る音も、外部から出る音も全てをシャットアウトしていた。

 

 代わりに響くのは、ラベンダー・ブラウンの惚気話であった。

 

「……でね……ダーリンったら私の頬に手を当ててこう言うの……」

 

「ふんふんそれで?」

 

(……胃が……痛い……)

 

 パールヴァティー・パチルは少しだけうんざりしながら親友の話に聞き入っていた。ラベンダーが以前からロンのことを憎からず思っていたのは知っていたし、親友として応援もしていた。

 

 しかし、内心、親友の思いが報われることはないだろうと心の何処かで安心していたのだ。

 

 ロン・ウィーズリーの側には、何時もラベンダーではなく栗色の髪の才媛……ハーマイオニーが居たからである。

 

 ラベンダーは恋愛に関しては大胆にして狡猾、そして、勇猛果敢であったと言えるだろう。ハーマイオニーが安心しきって互いの関係を進展させない心の隙をうまく付き、ロンの心が弱っていた瞬間をうまく見計らって、付き合うことになった。

 

 ラベンダーがその思いを成就したことで、ハーマイオニーはラベンダーとは口もきかなくなった。表面を取り繕う余裕もないほどに、あまりにも想定外の事態であったのだ。

 

 ルームメイトのティータとエトワールは我関せずを徹底していた。下手に関わるとろくなことにならなそうだという防衛本能の現れである。

 

 彼女たちはラベンダーの惚気話に付き合うことはないが、止めもしない。そのため、ハーマイオニーが部屋のなかで孤立しているような状況が完成してしまっていた。

 

 必然的に、ラベンダーとパールヴァティーの二人でハーマイオニーに精神的ダメージを与え続けるような構図になっている。

 

 パールヴァティーは親友の恋路を応援するというスタンスの手前、ラベンダーに『ちょっと黙れ』とか『はしゃぎ過ぎ』だと伝えるのも憚られた。

 

(ま……まぁ……ラベンダーも今はハイになっているだけで。そのうち落ち着く)

 

 パールヴァティーは目の前のラベンダーが幸福の絶頂を味わっているのを聞き流しながらそう願った。

 

 パールヴァティーは自分自身の経験から照らし合わせてそう判断していた。男子というものは、付き合うまではあれこれと自分たち女子に世話を焼いてきても、いざ付き合ってからは途端に扱いが雑になる。

 

 要するに。

 

 下半身のことしか考えていない男がほとんどなのだ。

 

 なまじ人より容姿がよいパールヴァティーはそういう男の下衆さを理解していた。

 

 ロンがそうだとは言わない。言わないが、男と付き合っていればそういう瞬間は必ず訪れる。

 

 そういうところを見れば、ラベンダーも夢から醒めるだろうとパールヴァティーは考えていた。

 

 少なくとも、自分はそうだったのだから。

 

(たぶん、きっとその筈……)

 

 そう思ってラベンダーを見るパールヴァティーはなぜか背筋から一筋の汗を流した。

 

(……大丈夫、のはず……)

 

 パールヴァティーはラベンダーに一抹の不安を覚えた。恋に浮かれた友人の姿は過去にないもので、親友である自分でさえ予測できなかったからである。

 

 ……ちなみに。

 

 ロンとラベンダーが付き合ったことに双子の片割れ(パドマ)が割りと本気でショックを受けていたことをパールヴァティーは知らない。

 

***

 

 ホラス・スラグホーンという教授の見栄と矜持は相当なものであった。

 天井と壁は、エメラルドと深紅と金の布で飾られ、赤い光がその部屋を艶やかに照らし出す。金色のランプから放たれる魔法の光はまるで来るものを祝福しているかのようであった。

 

 

 ダフネは天井を羽虫のように羽ばたくフェアリー達に鬱陶しそうな、そして、少しだけ微笑ましそうな笑みを向けた。フェアリーの放つ光は薄暗い部屋のなかにあっては星のようである。

 

 ホラス・スラグホーンが主催したスラグクラブのクリスマスパーティーは、いい意味で招かれた人間の記憶に残るようなとても華やかなものであった。ハリーは教授のお気に入りということでダフネと二人でホラスに招かれた著名人たちと握手を交わし、ホストの役をこなした。

 

「ハーピーズのことは僕も注目しています。最初は旗がスリザリンの緑色だったから気に入ったんですが、プレーに幅があって、自由度が高くて」

 

 スラグクラブのOGであり現在のホリヘッド・ハーピーズキャプテン、グウェノグ・ジョーンズとハリーは話し込んだ。ハーピーズのキャプテンは有名人ということで様々なタイプの人間との交流にも馴れているのか、悪評が溢れるハリーに対して嫌な顔を見せなかった。

 

 ハリーはパーティー用の燕尾服にバッジを着けていた。バッジには小さな緑色のビーズが固まっており、ビーズは蛇の模様を描き出していた。ダフネがコンジュレーションの魔法で作り出したものであった。

 

「特にプレーオフ進出を決めたときのプレーは圧巻でした。僕の後輩の一人も先輩のことをとても尊敬してプロを目指しているんです。お会いできて光栄です」

 

 ハリーの言葉は100%嘘というわけではなかった。ハリーは後輩のマファルダがグヴェノグのプレーについて暑苦しくチームメイトに語る姿を耳にタコが出来るほど聞いたからだ。

 マファルダから見せられた雑誌に載っていたグヴェノグの動きは圧巻であり、あの双子と比べてすらレベルが違った。グヴェノグはその手の称賛には慣れているようで全く表情を変えることはなかったが。

 

 グヴェノグは褐色の肌を持つビーターである。女性のビーターとして高い技術と戦術性でプロリーグの中でも高い戦績を残したその腕は、マファルダにとっては目指すべきひとつの指標となるのだ。

 

 

「それは嬉しいね。その後輩のポジションは?」

 

「先輩と同じビーターです」

 

 

「ここに居ないブレーズ・ザビニと並んで、僕の知る中で最も優秀なプレイヤーの一人ですよ」

 

「……ふぅん。そうなんですか、教授?」

 

「ああそうだとも!私もこの間の試合は観戦させて貰ったが、ミスタ・ザビニは素晴らしい速度の箒を巧みに操る!私の時代からは考えられないことだ!勿論、このポッターも負けず劣らずだがね!」

 

 この段階で彼女は有名人としての顔から、クィディッチチームキャプテンの顔になったとハリーは思った。将来的に出てきそうな選手というものを良く観察してみようという気になったのだろう。

 

「教授から、スリザリンチームはニンバスシリーズを使いこなしてるって聞いたよ。良いことだね」

 

「箒の性能が良いだけですよ」

 

 ジニーは不愉快そうに話に割り込んだ。そんなジニーを見てグヴェノグは悪戯っぽく笑った。

 

「あれ?スリザリンにとってもグリフィンドールにとっても学生のうちから速い箒に慣れておくのは良いことだと思うよ、私は」

 

 グヴェノグはワイングラスを片手ににこやかにハリー達へ語った。プロの世界でも、箒の高速化によって革命が起きたと。

 

「私たちの学生時代は君たちほど箒の性能は良くなかったし、クィディッチも今よりスローペースだった。だからかな、新しく性能の良い箒が出てきたとき、対応できずに何人もの先輩達が職を追われていったよ」

 

「そうですか、それは凄いですね」

 

 グヴェノグの語りはクィディッチのプロとして真に迫っていた。ジニー・ウィーズリーは引き込まれるように話に聞き入っていたが、クィディッチに大して興味がないハーマイオニーは適当に話を合わせるモードに入った。

 

「今の段階から早い箒に慣れることが出来るのは恵まれているわね」

 

 鋭い目で品定めするようにグヴェノグは視線を回した。ディーン・トマスがグヴェノグから視線を向けられてどぎまぎした瞬間、ジニーがディーンの左足をヒールで踏みつけたのをハリーは見た。

 

「この中でプレーが一番上手いのは誰だい?」

 

「それはもちろん……」

 

「ウィーズリーです」

 

 この俺です、とコーマックが名乗り出ようとしたときハリーはジニーの名前を挙げた。ジニーはびっくりしてハリーの顔を見た。

 

 ハリーに他意はなかった。

 

(最近のコーマックは調子が良くないしな……)

 

 ハリーはクィディッチは好きだが、プロとしてそれで食べていく気はなかった。ザビニがここに居たならばザビニを挙げただろうが、居ないので順当にジニーを挙げただけである。

 

 コーマック・マクラーゲンのプレーに対するハリーの評価はここ数週間の間に下落していた。今のコーマックと一年前のドラコを戦わせればまず間違いなくドラコが勝つとすら思ったほどだ。

 

「ジニーのポジションは?」

 

「チェイサーです。でも、正直なところ最近はシーカーをやってみてもいいかなって思っています」

 

「……なっ!」

 

 

 コーマックは驚いたようにジニーを睨んだ。グリフィンドールチームのシーカーとして聞き捨てならないと思ったのだろう。そんなコーマックとジニーを面白そうに見比べながら、グヴェノグは手に持ったグラスを呷った。

 

「……将来有望な後輩たちにアドバイスだ。プロでやっていきたいなら後ろにも目を付けること。それが出来ないうちは、まだプロになるレベルじゃないね」

 

 抽象的かつ天才的なアドバイスを残してクヴェノグはホラスの元へ去っていく。その背中に聞こえないようにハーマイオニーは呟いた。

 

「ちょっと自信家で自惚れた人ね、クヴェノグ・ジョーンズって。『後ろにも目を付けろ』だなんて……」

 

 それは相づちを打つ人間を期待しない、謂わば独り言であった。が、ダフネはハーマイオニーの言葉にぎこちなく同意した。

 

「そうでもないようだわ。少なくとも、クィディッチが上手い人にとっては理解できるアドバイスであったみたい」

 

「…………そう」

 

 ダフネに言われハーマイオニーはコーマック達の様子を観察していた。コーマックは(ハーマイオニーは自分を大きく見せるための嘘だと思ったが)なるほど、そういうことかと頷いていた。

 

 ダフネとハーマイオニーとの会話はそこで途切れた。ダフネが関係の修復を望んでいることはハーマイオニーも知っていた。だが、どうしてダフネとの友情を信じれると言うのだろうか?気まずい雰囲気のまま、魔女達はクィディッチ談義から距離を置いてハリー達を観察していた。

 

 興味深いのはハリーとジニーで、ハリーはジニーから盛んに問いかけられていた。

 

「……だから、どういうこと!?後ろにも目を付けろって何?わかってるって言うの?」

 

「いや、それは単に感覚的な問題でクィディッチが上手い下手とは別の話だと思うよ。グヴェノグが言いたいのは、『フィールド上の情報を頭の中で整理して空間を認識できるようにしろ』ってことで……」

 

「何それ!?どうやってやるの!?どうやったら出来る!?」

 

「ねぇジニー?ほら、妖女シスターズの演奏が始まったよ。僕らで踊らないか……?」

 

「いいから黙ってて!今大事な話をしてるの!」

 

 ディーンはジニーと共に踊らないかと誘ったが、ジニーは夢中でハリーから『後ろに目を付ける』コツを聞き出そうとしていた。コーマックからは教わりたくはなかったらしい。

 

(……何かしら……凄く……楽しそうな……)

 

 ジニーからの質問責めを受けるハリーの姿を見て、なぜだかダフネは胸騒ぎを覚えた。クィディッチに関してはダフネは適当で、ハリーの話の半分も理解できはしない。しかし、ジニーはクィディッチに関してハリーに追い付き、対等に話せるだけの腕を持っているようであった。

 

「ごめんなさい、ミス・グレンジャー。私はハリーのところに戻るわ。ハリーのパートナーが誰なのかを思い出させてあげないと……」

 

 コーマックが胸を張ってハーマイオニーの元に向かってくるのを見ると、ダフネはハーマイオニーに断りを入れてその場を離れた。

 

***

 

 執拗に自分に話しかけるジニーの応対を終えた後、ハリーはトレローニ教授とも引き合わされた。トレローニ教授は『大預言者の孫』という経歴からホラスクラブに招かれたOGであった。

 

 トレローニ教授との間にもハリーは因縁があった。去年ハリーはドロレス・アンブリッジの追及を避けるため、尋問官親衛隊に就任してトレローニ教授が職を追われる一部始終に加担したのである。その後トレローニ教授はフィレンツェ教授と授業を分担する形で復職したとはいえ、ハリーは尋問官親衛隊に就任した過去を教授に詫びたわけではなかった。

 

 だからハリーはトレローニ教授に対して過去の非を認めて謝罪した。

 

「過去のことは申し訳ありませんでした、教授。この場を借りてですが謝罪をさせてください。僕には教授のような真眼がありませんでした。物事の善悪を見極める力がなかったのです」

 

 公衆の面前で頭を下げる。つまりは、己の過ちを認めるというのはなかなかに難しい。これはハリーにとっても賭けであった。

 

 ハリーはトレローニがこの華やかな場所で謝罪を受け入れないという真似が出来ないことに賭けた。トレローニはハグリッドに負けず劣らずの変人ではある。しかし、アンブリッジの一件で自らの社会的立場を失う恐ろしさを気付いたはずだ。

 

 いかにトレローニがハリーのことを腹立たしく思っていようとも、自分の授業を取っている教え子から謝罪を受けて受け入れないという選択肢はない。ハリーはスリザリン生らしく、狡猾にそこまで計算してやっていた。

 

「……あら。私は凡俗が真眼を持たぬことに対してとやかく言う人間ではありません。真の預言者はいつも大衆に追いやられ孤独なものですわ」

 

 トレローニ教授との表面上はにこやかな、しかしながら、ハリーのことを絶対に許さないという意思を込めた和解の握手を交わしたハリーに更なる攻勢が続いた。

 

 ハリーが次に話し込む必要に迫られたのは、エルドレド・ワープルという作家だった。

 

「ミスタ・ワープル。大変恐縮ですが、僕は自分の経験について本にしようという予定はありません。まだ僕は、何も成し遂げてはいませんから」

 

 ハリーは自らに取材を申し込むエルドレド・ワープルの執拗な攻勢を丁重にお断りした。

 

「……で、では……もしも『その気』になったのであれば、私を頼ってほしい。出版業界にはコネがある。私なら、君の意見を正しく世の中に伝えることが出来るだろう」

 

「考えておきます、ミスタ・ワープル。そう言って頂ける方が居られるというだけで救われる気がします」

 

 ワープルはバンパイアを兄弟に持つ魔法使いであり、その事を本にして多額のガリオンを得た著名人である。

 ワープルは、ハリーが経験したことの一部始終を、例えば、ヴォルデモート復活の出来事を本にしたいとハリーに申し出てきた。

 

 その話は一年前であれば効果的であったかもしれない。社会的地位がある人間の書いた本であれば、ファルカスの両親の了承を得た上でハリーの証言に一定の信憑性を持たせることになったであろう。

 

 しかし、現在のハリーにとっては遅く、或いは、早すぎた。

 

 ハリーは自分が偉大だとは思っていなかった。ヴォルデモートを倒すことも出来ず、ダンブルドアに命を救われただけで何も成してはいない。そんな状況で本を出したとして意味はないとハリーはわかっていた。

 

(……これでいい。誰が正しいかはこの内戦が終わってから決まることだ。……僕に正義を主張する資格はないし)

 

 ハリーの頭の中は、半ば諦めたような思考で満たされていた。

 

 ハリーがヴォルデモートを倒すためにあらゆる手を尽くそうと、それを全て明るみにすることは出来ない。

 

 いくら魔法界がマグルを見下し、魔法であらゆる不条理を直すことが出来るがゆえに人道というものを犬の糞のように軽んじているとはいっても、ハリーはその中においてすら明らかにすることは憚られる手段を選んでいるのだ。

 

(僕は悪人だ。悪人が善人の中で生きようとするなら、表面を取り繕うしかない……)

 

 ハリーは自分を善人だとはもう思ってはていない。悪人に違いなかった。

 

 その必要も無いのに人を殺し、手を汚した時点でそれはもう、ハリーの中では絶対的に覆しようもない事実だった。

 

 ただし、ハリーが悪人ではハリーに従ってきたダフネやザムザやザビニやアズラエルや裏の集会の大勢の仲間が困る。それはハリーにもわかっていた。

 

(スラグホーン教授にはお礼を言っておこうか)

 

 

 ハリーは自分のことを警戒しているにも関わらず人脈を広げようとしてくれたホラスに会釈し、感謝の意を示しながら、こちらに近付いてくるダフネの手を取って踊った。

 

「ギネヴィア・ウィーズリーに鼻の下を伸ばしていたようね?」

 

 ジニーからの執拗な質問責めと、ワープルからの誘いから解放されたハリーを待っていたのはご機嫌斜めのダフネだった。

 

 

「ダフネ。……それは誤解だよ。待たせてごめん」

 

 ハリーは笑ってはぐらかした。

 

 正直に言えば、ハリーはジニーのことを美人だと思った。ハリーの中の絶対的な顔面評価センサーはジニーのことを明らかに高く評価していた。

 

 しかしながら、だからと言ってダフネのことを忘れたわけではない。ハリーはジニーを口説いたつもりはないし、付き合っている彼女のダフネを差し置いて親友の妹を意識するなど人としてあってはならないことだった。

 

 

 ハリーとダフネはその後暫くの間、踊りに興じながら二人だけの世界に没頭しようとした。ダフネは幼少期からの訓練の賜物か、頬から汗を流しながらも見事にダンスを踊って見せた。

 妖女シスターズの曲が変調した瞬間、会場に場違いとも言える声が響いた。

 

「こら、待て!待たんか!何をしているっ!!」

 

「放せ!服を掴むな、スクイプの分際で!」

 

 サビに入りかけた演奏も、ハリー達のダンスも止まる。静まり返った会場の全員は声の主を見た。ダフネはひっと後退してハリーの背中に隠れた。

 

 少し剥げた壮年の男性、アーガス・フィルチが一人の青年を掴んで引き摺っていた。その青年は魔法使いのローブではなくマグル式の灰色の燕尾服に身を包んでいた。しかし、招かれざる客であった。

 

「まぁ……良いではないか、放してあげなさいフィルチ。招かれていなくとも、この催しに混ざりたいという気持ちは良くわかるとも」

 

 ホラスは招かれざる賓客の扱いについて、寛大になる道を選んだ。

 

「この催しを楽しんでいきたまえ。……あー、ミスタ・マルフォイ」

 

 このクリスマスの催しではスラグ・クラブのOBやOGをホラス自ら招待している。ホラスはOB・OGからの見返りを受け取っていた。ここで招かれざる賓客を追放することは容易いが、それで場の雰囲気を壊し、クリスマスのささやかな思い出を瀆したくはなかった。

 

 フィルチは抗議するように招かれていないと主張したが、ホラスから相手にされていないとわかると悔しそうに引き下がった。ホラス・スラグホーンは魔法界の基準において悪人ではなく、そして、善人でもなかった。

 

「寛大なお言葉を頂き感謝の気持ちが絶えません」

 

 ドラコはホラスに媚を売っていた。が、あまりにも不自然なその態度にハリーは違和感を覚えた。

 

(……何が狙いなんだ……?)

 

 ハリーが探るようにドラコへ視線を向けると、ドラコは露骨にハリーから視線をそらした。

 

「気にすることはない」

 

 スラグホーンはマルフォイの感謝を手で振リ払って言った。  

 

「私は、君のお祖父さんをよく知っていたのよ」

 

「祖父は教授ほど魔法薬を作るのが巧い方は、いないと言っていました」

 

「ははは、これは褒められたものだ!私など魔法薬の偉大な先人達に比べれば足元にも及ばないがね……」

 

 ハリーはマルフォイをじっと見つめた。

 

 マルフォイは少し体の具合が悪そうに見える。久しぶりに近くで見ると、マルフォイは目の下に黒い隈ができていて顔色も悪い。

 

(あんな体調で何をする気だ)

 

「ハリー、放っておきましょうよ……?」

 

「そういうわけにもいかないよ。すまないね、ダフネ」

 

 ハリーは引き留めるダフネを宥めた。

 

(……ヴォルデモートには立ち向かえるのに、昔からよく知っているドラコに立ち向かうのは怖いんだな……それは、そうか)

 

 ダフネの怯えかたは生々しいものだった。

 

(……身近なやつに立ち向かう方が勇気がいるもんな……)

 

 昔からよく知る人間だからこそ、それなりの交流があったからこそ関わりたくないという視線。

 

 ダフネのドラコに対する視線は、ハリーがプリベット通りでダドリー達から向けられていたそれと同じだった。

 

「僕は問題ないよ。ドラコ相手に……いや、誰が相手でも油断はしない。僕を信じて」

 

 ハリーは落ち着かせるようにダフネの手を握ると、誰かに聞かれないよう耳許で囁いた。

 

「ダフネ……君に頼みがある。フィルチにドラコが何をしていたかを聞いてほしいんだ。出来れば、ドラコのやろうとしたことを突き止めてほしい。僕がドラコを監視しておくから」

 

 ハリーは日常の顔付きから戦闘時の顔付きになって言った。ダフネは冷や汗を流しつつ、頷いた。

 

「わ、わかったわ。……だけど、埋め合わせはして頂戴ね?」

 

「うん、約束する」

 

 ダフネがフィルチに話を聞きに行ったことでハリーは自由を得た。ハリーはダフネにすまないと思いつつ、グヴェノグに声をかけてからドラコとホラスの元へと近付いた。

 

***

 

「……ミス・ジョーンズ。僕から貴女に紹介したい友人が居るんです。こちらはドラコ・マルフォイ。クィディッチチームでは僕の前のシーカーでした」

 

「よろしく、ミスタ・マルフォイ。……もう飛ばないのかい?」

 

 ハリーはホラスから離れて何かをしようとして居たドラコに人をぶつけるという作戦に出た。ドラコは一瞬だけハリーに視線を向けたものの、にこやかな作り笑いを浮かべてグヴェノグへと弁明した。

 

「僕には僕の進むべき道というものがあったのです。チームのシーカーの座は非常に魅力的で捨てがたいものでしたが、僕には荷が重いと考えまして」

 

「僕は今でもドラコがチームに戻ることを期待していますよ」

 

 ハリーはそうやって友情を演じながらドラコを探ろうとした。視線を合わせ、無言でレジリメンスを試みる。

 

(……この化物め。どうしてこの状況で踊りや歌に興じることが出来る!?異常者め……!!)

 

 ドラコから読み取れたのはハリーに対する恐怖の感情だけであった。ドラコのオクルメンシーは、ハリーに対する罵声と怒りを伝えこそすれど肝心の真意を伝えては来ない。

 

(……これ以上は無理か。……くそ、ドラコは相当の手練れだ……!)

 

 互いに作り笑いを浮かべ、白々しい言葉で互いを褒めながら真意を探る。そんな緊張感のある時間を過ごしていたとき、ドラコの背後から淀んだ声がした。

 

「どうかしたのかね、ドラコ?私は、君が今晩ここに来るとは聞いてはいないが」

 

 

 ホグワーツ魔法魔術学校DADA教授、セブルス・スネイプがドラコの背後から肩を掴んだ。ドラコの左手は反射的にその手をはたき落とそうと、ぴくりと動いた。

 

***

 

 ドラコは自分の燕尾服の内部で涌き出るように流れ落ちる汗がハリーや周囲に発覚していないことを望んだ。

 

 幼少期からの教育で、ドラコは緊張感溢れる場において己をコントロールする方法を学んでいる。学んだからといって実際に即した行動が出来るかは別の話だが、その教育のお陰で、ドラコは緊張を顔や態度に出さずに済んでいた。

 

(……この……化物め。脳みその代わりに狂気を詰め込んだ悪魔め!どうしてだ!?)

 

 ドラコが心の奥底に沈めた感情もまた、ハリーに対して心から恐怖を訴えていた。本能がハリーを避けるべきだと告げていた。

 

(……どうして……あんなやつがお前に従っている!?)

 

 ドラコが抱く恐怖はハリーに対して、だけではない。

 

 ドラコは、ハリーの友人であるブルーム・アズラエルに対して恐怖した。その恐怖心はハリーだけではなく、ハリーの友人達全てに対するものであった。

 

 今のドラコには、ハリー達が復讐者の群れに見えていた。

 

 デスイーター達が、己のために社会に仇をなす悪魔なら。

 

 ハリー達はドラコ達デスイーターを決して許さず、破滅させる死神であった。

 

***

 時を少し遡る。

 

 数日前、ドラコはハリーの親友、ブルーム・アズラエルを捕まえてインペリオ(支配)にかけた。

 

 ドラコはこの魔法に高い自信を持っていた。

 

 ベラトリクス・レストレンジのもとで闇の魔術を習い、何の罪もない人間をその手にかけ、拷問し、そして、支配した。その経験を踏まえた上で、インペリオにかけることは精神上一番楽だったのだ。

 

 死の呪いやクルシオは、取り返しがつかない。

 

 相手に対して一方的な苦痛を与えた上で精神か魂を破壊する闇の魔術の極み。それを楽しみ完璧にマスターしたとはいえ、まだ少年の心が、僅かな良心をドラコに訴えてくる。

 

 "こいつらが僕に何かしたのか"と。

 

 対してインペリオは違った。

 

 インペリオは、術者が造り出した快楽によって対象の精神を支配下に置く最低最悪の魔法である。相手を対等な人間とはみなさず、尊厳を破壊する魔法である。

 

 それでも、インペリオは相手に短絡的な快楽という対価を与えている。

 

 インペリオは、相手を殺したり廃人にするわけではない。

 

 インペリオは心のどこかにそういう逃げ道を用意しやすい魔法なのである。

 

 だからドラコは捕えたアズラエルにインペリオをかけることを躊躇わなかった。

 

 操れる自信はあった。

 

 ドラコはホグズミードの一般市民……マダム・ロスメルタをはじめとした、計画のために必要だと思われる手駒を支配下に置くことができた。

 

 最初は発覚を恐れて震えた。しかし、驚くほどあっさりと手駒を増やすことが出来、二人、三人とインペリオにかけ、連鎖インペリオでケイティ・ベルのような人間までドラコの知らないうちに支配出来たことでドラコは気付いた。

 

 この世に強烈な信念や確固たる意思を持って生きている人間など、ほとんど居ないのだと言うことに。館に捕えられていたアグリアスなどの捕虜たちは、人としての精神力でははまだ上澄みであったのだ。

 

 アズラエルにインペリオをかけたとき、ドラコは勝ちを確信した。しかし、そんなドラコの思いは一瞬にして打ち砕かれた。

 

「……とうとう尻尾を出してくれましたね、このハゲイーター……!」

 

 インペリオをかけて虚ろな目になった筈のアズラエルの目は、すぐに憎しみに満ちた目でドラコを睨み付けたのだ。

 

「覚えていろ!君たちはもうおしまいなんですよ!僕は必ずこの事をダンブルドアに話す!君たちはアズカバンに行って、ハリーが勝つんですよ!」

 

 アズラエルは強靭な精神力……否、狂気を持っていた。ハリーたちにとって惜しむべきことに、アズラエルは自分が支配下に置かれたふりを出来るようなプロではなかった。

 

 ムーディやトンクス、キングズリーというオーダーの精鋭達から訓練を受けたアズラエルの抵抗力は、本人でさえ思いもしないほどに高くなっていた。

 

 ただし、夏季休暇を利用した抵抗訓練では、『術にかかったふりをして相手から情報を抜き取る』というようなオーラーが受けている高度な抵抗術までは習得できなかった。

 

 どこまで行ってもハリー達には時間が不足していた。その年齢においては類を見ないほどの成長を遂げた。遂げはしたが、その上でまだ足りないものが多すぎた。

 

 しかし、そんなアズラエルの姿を見たドラコへの精神的苦痛は計り知れないものがあった。   

 

 アズラエルに激昂して怒鳴り散らすだけのクラブと、何もできずおろおろとドラコの反応を伺うだけのクラブ。彼らしか友人がいない自分と比較して、何故ハリーにはこうも友人が集まるのか。

 

 否、なぜ、アズラエルのような小物が自分に歯向かうことが出来たのか。

 

 その答えを導いてしまいドラコは恐怖した。

 

 アズラエルなど、ドラコは歯牙にもかけていなかった。ザビニやハリーどころかウィーズリーと比べてすら劣る、人の影に潜むだけの、どこにでもいる有象無象にすぎないと思って認識すらしていなかった。

 

 なぜデスイーターである自分に立ち向かえたのか。

 

 それは、恐怖を凌駕するほどの憎しみを抱かれているからだ。

 

 アズラエルの身内を、言い換えれば、その辺の、ドラコにとってはどうでもいい、傷つけたところで反抗などできはしないと思っていた人間達を……ドラコ達純血主義者とデスイーター達は傷つけ、殺戮と暴力、権力によって支配してきた。

 

 だが。恐怖で縛ることには限界があるということをドラコは知らなかったのだ。

 

 何がなんでもドラコ達デスイーターだけは殺す。そういう人間達を産み出してしまったのだ。

 

 それに気付いた時、ドラコはアズラエルに手を出すことを恐れた。

 

 クルシオ(拷問)にかけて精神を弱らせることはリスクが高すぎた。アズラエルの記憶と魂を破壊してしまえば隠蔽など到底できはしない。結局、ドラコはオブリビエイトによってアズラエルの記憶を改竄した上で解放した。

 

***

 

「……ち……」

 

 ハリーはスネイプに連れられ会場を去るドラコを見送った。うまくかわされてしまった、という悔しさがあった。

 

(……結局、ドラコの心は読めずしまいか。……心を観察しても役立つ情報はなし。レジリメンスに頼りすぎるのは危険だな……)

 

 ハリーは自分のレジリメンスの精度が荒いことを自覚して自制しなければならなかった。ドラコから読み取れた感情はなんの役にも立たないもので、収穫はゼロと言ってよかった。

 

「ハリー、ミスタ・フィルチから話を聞いてきたわ。マルフォイは会場入り口の贈り物置き場にいたらしいの。怪しい顔をしていたから気付いて捕縛したけど、結局何もなかったそうよ」

 

「……怪しい顔か……あそこまで不眠症丸出しならそうだろうね。その現場に行ってみよう」

 

(……カモフラージュのためだったら大したものだけど、本当に体調が悪そうだったからな……)

 

 ハリーはドラコのストレスが頂点に達していることを察した。スネイプがドラコを掴み自分の研究室に連れていったのも、ドラコが今にも倒れてしまいそうな病んだ顔であったからだ。

 

 ハリーが会場の入り口に山のように積み上がったの贈り物にレベリオ(姿を現せ)をかけようとしたとき、何かから逃げるように急いでいる女子を見つけた。その栗色の髪を持つ女子は、ドレスローブを持ち上げて息を切らしながら早足で歩いていた。

 

***

 

「……行ったよ、ハーマイオニー」

 

「………………ありがとう」

 

「礼を言われるようなことはしていないよ」

 

 ハリーはハーマイオニーからぎこちない礼を言われた。ハーマイオニーがパーティーの相手に選んだコーマック・マクラーゲンから逃げてきたのを匿ったからである。

 

「ミスタ・マクラーゲンはあなたの唇にご執心だったわね、グレンシャー」

 

「冗談じゃないわ!ハリー、それを取って」

 

「どうぞ、ハーマイオニー。美味しいと思うよ」

 

 ハリーはハーマイオニーに対して料理の入った皿を魔法で手渡した。

 

「……マクラーゲンを追い払いたいわ。ザビニはパーティーに来ていないの?」

 

 コーマックが一目で諦めるような男性のパートナーとしてハーマイオニーが挙げたのがザビニである。つまりは、その場限りで彼氏と彼女のようなふりをするというわけだ。

 

(スーザンが聞いたら激怒しそうだな……)

 

 と、ハリーは考えた。

 

 ハーマイオニーの考えはもう少し楽観的であった。ハーマイオニーは、ザビニが女性を選ぶのはいつものことで誰も気にしないと考えていたのである。

 

 スーザンに対しては事情を説明すればわかってくれるという打算も含まれていた。

 

「……ああ。ザビニは辞退したよ。お母さんのこともあったし……養母を喪ったスーザンの気持ちを考えたら、自分がパーティーで浮かれる訳にはいかないってさ」

 

 ハーマイオニーも神妙な顔になる。

 

 普段は意地とプライドにかけて欠片もそういうセンシティブな面を見せはしないが、ザビニは母親を喪っているのだ。

 

「ふたりは今は自分達だけの世界に居る筈よ。そっとしておいてあげましょう」

 

 ダフネが付け足した言葉に、ハーマイオニーは香辛料をかけすぎた料理を飲み込んだかのような顔をした。

 

「……ああ、もう!どうしてうまく行かないのかしら。私が何か悪いことをしたって言うの!?」

 

 ハーマイオニーはハリーが渡した皿の中にあったアンチョビガーリックを頬張ると、コーマックから逃げるためにそそくさとパーティー会場を縫うように動く。

 

 ハリーはドレスコードに身を包んだダフネと共に、椅子に腰掛けてくつろいだ。

 

「……彼女はパーティーにミスタ・ウィーズリーを誘えば良かったと後悔しているのでしょうね。……ミスタ・ウィーズリーも何を考えているのかしら?あんな鳥頭の魔女にうつつを抜かすなんて」

 

「鳥頭か。ダフネも言うようになったね……」

 

 鳥頭の魔女とはラベンダーのことである。ハリーは思わず吹き出した。ダフネも英国人らしく罵倒のバリエーションには事欠かない。

 

 

 何がどうなってハーマイオニーがロンを誘わずコーマックをパートナーに選んだのかはわからない。しかし、ロンの心境についてハリーは男性の視点からフォローすることにした。

 

(……ロンのやつ……ハーマイオニーとは脈無しだと思ったんだろうか。いや、そんなわけ無いよな。幾らロンが鈍感だからって……)

 

「……ロンの方から踊ってほしいと頼むのは勇気が居るよ。ハーマイオニーからそういうアプローチがあったかどうかは解らないけど、ロンは今回のパーティーに誘われていないしね」

 

「例えアプローチが無かったとしても、それを察して……いえ、確認を取って男の方からリードするのが男の甲斐性というものでしょう?あれではミス・グレンジャーが可哀想だわ」

 

 ダフネ的には女子の気持ちは察しろ、さもなくば聞けよ、ということなのだろう。

 

 こういう場合ことの経緯がどうであれダフネはハーマイオニーの側に立つ。

 

(あ、止めておいた方がいいな。面倒な時のモードに入ってる)

 

 放っておくとロンに嫌がらせでもやりかねず、事態が更にややこしいことになりかねないと思ったので、ハリーは釘を刺しておいた。

 

「……ダフネの言う通りだよ。でも、ハーマイオニーの心を傷つけた僕らが言えた義理じゃないね……」

 

 ハリーが言うと、ダフネもばつが悪そうに押し黙った。ハリーとダフネは暫くの間、ロンとハーマイオニーについて思いを巡らせた。

 

(……ここまで拗れるとは予想してなかったなぁ……)

 

 アズラエルなどは、『両片思いの癖に告白できないから絶対進展しない』と半ば呆れるほどにロンとハーマイオニーは思いあっているというのに、当人達だけが恋の駆け引きを演じていた。しかし、ハリー達は何だかんだ言ってもそう悪いことにはならないだろうと楽観視していたのである。

 

(……ロンが落ち着いてからどうするか考えるか……)

 

 ハリーはレベリオで来場者が持参した荷物に隠蔽魔法が施されていないか調べた。少なくとも、魔法で凶器をプレゼントに変えたり、プレゼントに闇の魔術がかかった品を混ぜた人間は居ないようであった。

 

「……何もなかった。ひとまずは安心ね」

 

 ハリー達はほっと胸を撫で下ろして二人でパーティーを楽しんでいると、一人で突き進みながら徘徊するコーマック・マクラーゲンに出会った。

 

「……コーマック先輩。ハーマイオニーは見つからなかったんですか?……こちらで休まれてはいかがですか。お疲れでしょう?」

 

「……ハーマイオニーを見なかったか?」

 

 首を横に振って、ハリーはコーマックに座るように勧めた。

 

「……そうか。……なぁ?君はハーマイオニーと親しかっただろう?彼女にとって……俺の何が気に入らなかったのか教えてくれないか?」

 

「気に入らなかった?ハーマイオニーが貴方のことをですか?」

 

 ハリーは心底以外だという演技をした。こうやってハリーがコーマックの相手をしているあいだはハーマイオニーもパーティーを楽しめるのだ。ハリーなりの贖罪である。

 

「……ああ。話していたらいきなり居なくなってしまった。彼女から声をかけてきたって言うのにだ。……どうしてだろう……?」

 

 傲慢なコーマックにしては珍しく気落ちしていた。

 

 貴方はロンではないからです……とは、男としてハリーには言えない。というか、ロンとコーマックとのあいだでトラブルになりかねない。ハリーはコーマックのプライドを尊重しつつ、ハーマイオニーを擁護した。

 

「ああ見えて獅子のように尖った牙があるんですよ、ハーマイオニーには。コーマック先輩、貴方は例えるなら、獅子のような人でしょう」

 

「ああ、そうだ」

 

 断言するコーマックを見るダフネの視線に勘違いしている男を哀れむような雰囲気が混ざった。

 

(頼むから言わないでくれよ)

 

(わかっているわ)

 

 ハリーはダフネとアイコンタクトをかわした。

 

 気落ちするコーマックにダフネの視線が伝わらなかったことは不幸中の幸いだろう。

 

 

「貴方を誘ったのは女心としては本当に正しいと僕は思います。身長、家柄、将来性。貴方にはこの三つが揃っているわけです。ほとんどの女子なら貴方を選ぶと思います」

 

 ハリーはそこで声の調子を少し下げた。悪いのは貴方でもハーマイオニーでもありませんよ、という風に。

 

「…でも、ハーマイオニーは自分で男性をリードしたいと思ったんでしょう。ハーマイオニーも獅子ですから」

 

「……俺とはタイブが合わなかったと……そういうことか……?」

 

「巡り合わせですよ」

 

「ハーマイオニーにはもっと小さな、彼女にしたがってくれるような男性が似合っていますし、貴方にはもっと懐の大きな女性が似合っているのではないでしょうか」

 

「……ん……そうか。ポッター……」

 

「……この事は内密にしてくれるか……?」

 

 振られたということを自覚したコーマックの目には、うっすらと涙が滲んでいた。うっすらと漂うアルコールの香りが消えるまで、ハリーはコーマックの背中を見送った。

 

 コーマックのことは全く好きではないし、ロンとハーマイオニーとの仲をひそかに応援しているハリーやスリザリンの仲間達にとってはコーマックは邪魔物ですらあった。

 

 しかし、それでも。

 

 とぼとぼと覚束ない足取りでスラグクラブを後にするコーマックの後ろ姿に、ハリーは男子として同情を禁じ得なかった。

 

「めでたしめでたしね!」

 

 なお、ダフネは喜んでいた。

 

***

 

 時を少し遡る。

 

 

 

 スラグクラブの一角で、コーマックはグラスを手に取る。ハーマイオニーの手は、ノンアルコールのドリンクを押し付けた。

 

 

 ハーマイオニーに渡した未成年用のノンアルコールドリンクではなく、アルコール入りのワインの芳醇な薫りを手に持ち、二人は乾杯する。

 

「ハーマイオニー…………聞いてくれないか……?頭のいい君なら、俺の悩みをわかってくれると思うんだ」

 

「え?ええ……」

 

 そして、成人済みのコーマックはハーマイオニーに悩みを打ち明けた。酒を飲んだのは意図的であった。

 

 

 

「……クィディッチチームを崩壊させたのは……俺なんだ。……だけど……俺だけのせいなんだろうか?」

 

「……チェイサー達が俺の指示を聞かないのは……当然だ。俺に非があった。……けど……ビーターはシーカーのヘルプを聞いてくれるものだろ……?」

 

「……そういうものなんですか?」

 

「俺はこれまでチームに貢献し続けてきた。そりゃあ、今まで勝てていたのは先輩達のお陰でもあったが……俺が、チームを勝利に導いてきたんだ」

 

 それからコーマックはたっぷり五分間、自分の活躍で勝利した試合のことを延々と話した。

 

 聞き役に徹するハーマイオニーとしては、たまったものではない。

 

(何よ、自分のことばかり延々と。……みんなのお陰で勝ったということが解っているなら、もっと素直になればいいのに。どうしてそう傲慢な態度を取るのかしら)

 

 ハーマイオニーは異性としても、そしてチームスポーツのキャプテンとしてもコーマックは失格であると思わざるを得なかった。

 

 クィディッチはチームスポーツである。

 

 確かに試合を決定づける権利はシーカーにある。しかし、シーカーだけでは勝てないということなど端から見ているハーマイオニーでも解る。

 

 自分のためにチームがあるのではなく、チームの一部として自分がある。それがチームスポーツの筈だ。しかし、少なくともコーマックはそれを解ってはいなかった。

 

 

「……少なくとも双子は俺の要求にも答えてくれていた。そうだ。俺はそれが……当たり前……だと思ってたんだ……」

 

 

 

 歯切れの悪い言葉の端々に、ハーマイオニーはコーマックのしょうもないプライドを感じた。

 

 コーマックは既に己の過ちに気がついている。

 

 双子のようなプレーを期待し、新しいビーターである二人をこき下ろした自分が間違いだった、ということに。

 

 そもそも双子と、新シーカーであるピークス達とではビーターとしてやりたいプレーも、長所も短所も違う。下手をすると、ケイティが離脱したことでチームが目指すべき方針すら共有できていないのではないかとハーマイオニーは思った。

 

 それぞれの良さを生かすか、それこそ、プレーの重要性を丁寧に説いて解ってもらうか。いっそ根本的にチームを見直すか。コーマックにはどの努力も不足していたのだ。

 

 

「……俺が……そういう態度でいたから。皆は俺に愛想を尽かしたのか……?」

 

「……悔い改めて皆に謝罪すれば、皆は先輩のことを認めてくれるのでは……?」

 

(……う……)

 

 ハーマイオニーの至極全うな提案を、コーマックのちっぽけなプライドが認められなかった。

 

 

「し、しかし……部内恋愛にかまけているディーンとジニー。……いきなり周囲に当たり散らしたロン。……悪いのは俺だけじゃないじゃないか……」

 

(は?)

 

 情けないことを言っていることはコーマックが一番よく自覚していた。

 

 チームのムードを最初に悪化させ、崩壊の兆しを招いたのはコーマック自身である。しかし、自分をパーティーに誘ってくれた女の子に愚痴を言うくらいは許されるのではないかとコーマックは甘い考えでいたのである。

 

「……ごめんなさい、コーマック。私、ちょっと用を思い出してしまって……」

 

 ハーマイオニーはコーマックの口からロンを貶す言葉が出た瞬間、用を思い出してその場から離れた。

 

***

 

(……やっぱり俺は……間違っていたのだろうか……)

 

 とぼとぼとハーマイオニーを探していたコーマックは、ハーマイオニーの捜索を諦めた。頭に残るのはハリーの言葉です。

 

『ハーマイオニーも獅子ですから。彼女は異性のことをリードしたいんですよ』

 

 コーマックはハリーの言葉を反芻しながら思う。

 

(強いところじゃなくて、弱いところを見せたつもりだった。……けど、駄目だった)

 

(……ハーマイオニーは……俺のことは別に好きではなかったんじゃないか……?)

 

 振られたというショックからそんな考えが頭を過る。しかし、寮のカーペットにつまづいて転んだとき、コーマックは考えを改めた。

 

「大丈夫ですか先輩?足元には気を付けてくださいね、危ないですよ」

 

「ああ、すまない。大したことない。行ってくれ」

 

 暖炉で勉強に勤しんでいた五年生に手は貸さなくていいと合図し、コーマックは思考を変えようとした。

 

(いや、俺の態度が悪かったから愛想を尽かされたんだ。……彼女の言葉をよく考えてみろ。俺がチームの中ですべきことは何だ…)

 

(チームの皆にも、ハーマイオニーにも愛想を尽かされた。その原因は……)

 

(みんなの気持ちってやつをほんの少しでも考えなかったからだ)

 

 コーマックの頭にチームメイトからの諦めたような投げやりな視線が目に浮かぶ。出ていけと言いはなったピークスの言葉を思い出す。

 

 チームのシーカーとして、キャプテン代行として、コーマックはシーカーの座に相応しくは無いと言われている。

 

(だが、おれ以外にポッターやチャンに対抗可能なシーカーなどいない……!)

 

 プライドを重視して、シーカーの座に居座るか、それともチームを立て直すために改革を試みるか。

 

 コーマックは悩んだ。

 

(いない……本当に、そうか?)

 

 悩みに悩んだとき、パーティーでのジニー・ウィーズリーの姿が目に浮かんだ。

 

 これまでは自分の代わりのシーカーなど居なかった。常にコーマックがトップであり、勝ち続けてきた。

 

 しかし、今はどうだろうか。

 

『最近は私もシーカーに興味があります』

 

『さっき言ってたのってのどういうこと!説明してポッター!』

 

 コーマックは背後のチームメイトの位置くらいはなんとなく解る。しかし、今までそれを理論立てて考えたことはなかった。たまたま調子のよい時に出来ることであって、自分以外に出来るやつは居ないだろうとたかをくくっていた。

 

 しかし、コーマックより向上心があり、仲間からの信頼がある後輩の魔女。

 

 彼女は自分を越える可能性があると、コーマックは薄々察してしまった。

 

 その瞬間、コーマックは心を決めた。

  

 自分はより高い山に登るより、丁度よい山で将になれればそれでよい人間なのだと理解してしまった。

 

(……ボロボロのチームを立て直すには、これしかないのか……)

 

 その事実に向き合ったコーマックは、年明けにシーカー選抜試験のやり直しを提案した。グリフィンドールクィディッチチームにおいて、やり直しを否定する人間は誰もいなかった。

 

 急遽行なわれた再選抜試験において、コーマックはジニー・ウィーズリーに敗北し、ジニーはシーカーに、コーマックはチェイサーにそれぞれ就任し直した。調子を取り戻したロンと共に、グリフィンドールチームは改革に挑んだのである。

 

***

 

(……来ませんね……脱ダンブルドア派と呼ばれた我々の時代は……)

 

 アズカバンの看守として囚人達を監視しているのは、魔法省の精鋭である闇祓いである。ディメンターがアズカバンを放棄したことで、魔法省はアズカバンに闇祓いを常駐させて囚人達の監視をせざるをえなくなった。

 

 これはアズカバンが『牢獄』として魔法省に活用されはじめて以来の歴史的快挙であった。

 

 

 闇祓いのルーペ・ローランドはアズカバンの看守長の役職と共にこの牢獄に派遣された。デスイーターをはじめとした凶悪犯罪者を収監するアズカバンを守るという大役に彼が任じられたのは、政治的な事情も絡んでいた。

 

 端的に言えば、魔法省大臣のルーファスがルーペを疎んじたからである。

 

 ルーペは同期のキシドラ・アンビシャスや、官僚から政治家に転身したミナデイン・ロウルと同じ脱ダンブルドア派閥である。

 

 ダンブルドアは、常に魔法省からその卓越した能力を利用されると共に、万が一闇の魔法使いとして犯罪行為を犯した場合に備えて監視されてきた。

 

 なぜかと言えば、ダンブルドアには民間人のニュートン・スキャマンダーを利用して闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドに対抗した過去があったからである。

 

 ダンブルドアが組織したオーダーの一員であるシリウス・ブラックが、マグルの面前でデスイーターとして十五名ものマグルを殺害したからである。のちに冤罪であることが判明したが、シリウスに罪を着せたピーター・ペティグリューもオーダーの一員であった。

 

 ダンブルドアがその気になれば、権勢を振るう権力者はすぐにその地位を追われるのではないか。そう疑心暗鬼に駆られる政治家も少なくはなかった。魔法省の内部では、絶えずダンブルドアに対する疑心が沸き上がり続けた。

 

 歴史の転換点になり得る瞬間はあった。

 

 歴史の節目節目で魔法省はダンブルドアに対して大臣への就任を打診した。脱ダンブルドア派閥も多かったが、グリフィンドール出身でリベラル寄りの親ダンブルドア派閥も居ないわけではなかったのだ。

 

 しかし、ダンブルドアはそのいずれもを断り続けたのである。過剰な権力を求めないのはダンブルドア唯一の欠点であり、最大の美点であった。

 

 皮肉なことに、権力を避けるその姿勢は民衆からは賢人に映りダンブルドアの名声をますます高める結果となった。

 

 これをおもしろく思わないのはルーペをはじめとした魔法省の現場で働く人間と政治家たちである。

 

 ダンブルドアが居なければ今の自分達は無いと、理屈では理解している。しかし、秩序のための歯車として働く自分達より、ホグワーツの校長室に鎮座するダンブルドアの名声ばかり高まるというのは面白くはないのだ。

 

 無欲ゆえに名声を獲得するダンブルドアに嫉妬する政治家も少なくはなかった。コーネリウス・ファッジなどがいい例である。ファッジ達俗物は、無欲なダンブルドアを気味悪がった。この世に存在さえしないでくれと願うほどに。

 

 ダンブルドアの名誉のために言えば、彼が大魔法使いという称号と、ウィゼンガモット法廷での議席を持つことからわかるように、完全に無欲というわけでもなかった。言い換えれば自分の欲求をうまく表に出してコントロールしていたと言える。

 

 

 

 ルーペは魔法族は既存の価値観をよい方向に、端的に言えば、二十世紀後半のマグルのように近代化すべきだと考えていた。そう考えたとき、ダンブルドアの私兵による私刑がまかり通るのは法治国家としてどうしても体裁が悪い。

 

 ルーペは魔法省内部の脱ダンブルドア派閥に入り、ダンブルドアとは距離を置くべきだと主張し続けていたのである。

 

 己に与えられた職責を果たさんと、牢屋から一人の魔法使いを出す。

 

「六十七番。出ろ」

 

 キィ、と金属音を立てて開く扉を見て、男は驚いたように目を見開いた。隣のルシウス・マルフォイの牢獄から、ルーペに向けて言葉が投げ掛けられる。

 

「待ちたまえ。話をしようではないか、そこの君。…………こんな辺鄙な牢獄で勤務するのは退屈極まりないと思っているだろう?僅かばかりの手当てでは見合わないだろう?……君のキャリアをもっと輝かしいものにするための……わ、悪くない話があるのだ……」

 

(名家等と呼ばれてもこうなってしまっては終わりだな……)

 

「六十六番。私は貴様に私語を許可した覚えはない。シレンシオ(口を閉じろ)」

 

 ルシウスの声は聞こえなくなった。クスクスという別の牢屋からの笑い声が響いた。

 

 牢獄に繋がれているデスイーター内でもルシウスはリーダー的立ち位置に居るかと言えば、そうではなかった。ルシウスは神秘部の戦いにおいて指揮官の立場にあった。自分達を勝たせなかった指揮官に対して、下の人間の視線は冷たいものである。

 

 ルーペはオクルメンシーで感情を包み隠すこともなく、ルシウスへと軽蔑と幾ばくかの哀れみの視線を投げ掛けた。眼鏡越しであるために、ルシウスがルーペの内心に気付くことはなかったが。

 

 アズカバンに収監されている囚人のうち、軽犯罪や、長くとも十年というスパンで出所の見込みがある受刑者には社会復帰のためという名目で作業が割り当てられている。

 

 その『比較的軽度な』犯罪者たちの中にはドロレス・アンブリッジも含まれている。現在、魔法省は軽犯罪者には魔法なしで何らかの作業に従事させていた。危険であると思われるが、受刑者にとってもメリットはある。

 

 看守達がが『模範的』で『更生可能』と判断した囚人には、刑期の短縮も考慮されるからだ。ルーペ達はマグルのそれを参考にしながら受刑者の服役態度を点数化し、模範囚と危険な囚人を割り出していた。

 

 一方。ルシウスたちデスイーターには刑務作業は課されることはない。デスイーターとして犯した罪は当然、禁止されている三種の魔法も含まれる。デスイーターは終身刑なのだ。

 

 ここで、思い出して欲しいことがある。

 

 やたらと頑丈で、魔力がある魔法族をどうやって管理するのか、という問題である。

 

 魔法族の厄介な点は、ワンドレス・マジックを習得している者も居ることだ。数は少ないが、ワンドレスでエクスペリアームス(武装解除)やアロホモラ(解錠)を使えるような犯罪者相手には刑務作業を課すわけにもいかない。危険な犯罪者には魔力を抑制する効果のある手錠がつけられていた。

 

 勿論デスイーターに対しては、特に強力な手錠が用意されていた。

 

 終身刑が課されている彼らに対しては刑務作業が課されることはない。魔法がかかった牢屋の中で、死なない程度の食事にマグルの聖書(これは魔法族にとっては屈辱的だろう)が与えられ、死ぬまで己の犯した罪の重さを悔やませる。

 

 それが新しいアズカバンであった。

 

「……いよいよ死刑が下るのか?良いだろう。さっさとやるがいい」

 

 ルーペが牢屋から出したのは、ワルデン・マクネアであった。

 

***

 

「学校は、どうだ?おまえは……苛めにあったりはしていないか?」

 

「……俺さ。……父さんのことが全く理解できなくてさ。純血主義ってのを学んでみたんだよ。サバトにも行ったりしてさ」

 

 

 ガラス張りの面会室で、ワルデンとライデン・マクネアは親子の対面を果たしていた。簡単な近況の報告が始まり、ワルデンが牢獄での暮らしをぼかしながら伝えた後は、息子が父親に学校での様子を語った。

 

 世間ではクリスマスというこの日に、デスイーターを親に持つ少年は父親への面会を希望したのである。

 

「……無理をするな!純血主義者と関わるだと!?お前は意味をわかって言っているのか!?」

 

 思わずワルデンの口からついて出た言葉は純血主義の否定だった。聞いていた看守長のルーペは片眼鏡を光らせる。

 

(……ほう……素の姿が出ましたね……)

 

 ルーペは思わぬ形で囚人の弱味を握ることが出来たと思い、手に汗を握りながら親子の会話を見守った。ルーペの部下で看守のビリオは表情を変えなかったが、ワルデンとライデンにそれぞれ視線を向けた。

 

「ああ、すぐにやめたよ。つまらなかったし。俺は純血じゃねぇし、本当に純血だって家の連中は俺なんか相手にしないしね」

 

 ライデンはにこやかに言うと、責める目でワルデンを見た。

 

 

「…………なぁ父さん」

 

「……何で純血でもないのに純血主義を支持したんだよ。俺……父さんのことがわからねぇよ」

 

 実の息子からの、軽蔑でも怒りでもない純粋な疑問。デスイーターであるワルデンにとってもそれは堪えたのか、ワルデンは息子から視線をそらした。

 

(……わかってた。わかっていたが……何て……罪深い男だ……)

 

(このオッサンは……いい年してガキが居ながら殺しをやりやがった……!!)

 

(……その癖てめえの家族にだけは一丁前に愛情を注いで人間を気取ってやがる……!)

 

 純血主義への傾倒は年頃の少年らしい、父親に対する親愛の情であったのかもしれない。そう感じ取り、ビリオはますますワルデンへと軽蔑の視線を向けた。

 

(……なるほど、ウィーズリー氏のいう通りだ。スリザリンは糞だな。……糞みたいな純血主義を親から子供へ、先輩から後輩へと伝達するシステムが出来ているわけだ……)

 

 ビリオは改めて深く理解する。スリザリンがどれだけ社会に有害であるのかを。

 

 間違ったシステムを正しいものとして継承していけば、必ずルシウスやワルデンのようなデスイーターが現れるのだ。他の寮にも問題はあるが、その質と割合がスリザリンは比較にならないほど多かったのである。

 

 

「……俺は……純血主義かどうかは、どうでもよかった。ただ……」

 

「ルシウスに着いていけば、甘い汁が吸えた。……やつと行動を共にすれば、お前達を守れる……裕福な暮らしをさせてやれると思った……」

 

(クズが)

 

 ルーペの部下であるビリオは今日何度目かわからないデスイーターへの罵倒を心中で吐いた。

 

 

 深海に潜む魚のことを誰も気にも留めないように、そういう派閥があったからと言って、世間に迷惑をかけなければ誰も気付くことはなかったであろう。人が人として生きる限り、どう足掻こうが差別は生まれる。

 

 だが、だからと言って人を殺し、支配し、拷問して財産を奪ってよい訳がない。どんな理屈を垂れ流そうが、愛を説こうが、デスイーターという一点だけで他のどの犯罪者よりも軽蔑に値するのだ。

 

「……そっか。……なんかわかる気がするよ。俺もそうなんだ。あ、デスイーターになるって訳じゃないよ。俺、クィディッチチームに入れたんだ」

 

「!?」

 

「チームで活躍すれば就職の時面接内容には困らないだろ?ほら、今……すげぇ不況だしさ」

 

「そ、そうか……そうか。あのライデンが、クィディッチチームに……」

 

「よく頑張ったな、ライデン……」

 

 ワルデンはライデンが真っ当な道を歩もうとしているとわかると、涙を流して崩れ落ちた。

 

(寝言ほざいてんじゃねぇぞゴミカスがぁーッ!てめえがワールドカップでマグルを虐めてたことも、この二年間で罪の無いマグルを虐殺したことも……とっくに調べはついてんだよボケがッ!!)

 

(……殺人が趣味のブタ野郎が手前勝手な理屈を並べ立ててんじゃあねーっ!)

 

 強面のオーラー、ビリオ・コーラルは内心で毒づく。が、口には出さない。というか職務上出すわけにはいかない。生真面目なオーラーであるビリオは、看守が囚人に私刑を働くなど言語道断であると思っていた。

 

 アズカバンに配属されたオーラーは刑務官としての特別任務が課されている。刑務官の仕事は、あくまでも、受刑者に日々の刑務作業を与え、脱走や反乱がないよう見張り、受刑者が規則に反した時それを咎め、罰することである。

 

 個人的にデスイーター達に対して良い感情を持っていないからと言って、面会時間における自由まで束縛する気はなかった。

 

 オーラーになるための過酷な競争、そしてオーラーになってからも闇の魔法使いとの熾烈を極める戦闘よって苦労を重ねてきたビリオはトンクスよりも二つ年上であるが、その顔には既に四十代のような深い皺と、白髪が刻まれている。

 

***

 

「……看守長どの」

 

「……誠に失礼ながら申し上げます。面会時間の三十分を大きく過ぎておりました。こういった規則違反を許せば、受刑者どもの増長を招きます」

 

 ビリオは看守長の行動をそれとなく咎めた。ワルデン・マクネアのようなデスイーターに対して良い感情を持っていないとかいう以前に、規則違反はいただけなかった。

 

「おや、ビリオの時計は壊れていたのだね。私の時計はまだ二十分しか経っていなかったよ」

 

 

「ルーペ看守長。……受刑者達に規則を守らせる立場である我々だからこそ、そういった恣意的な運用は慎むべきです」

 

(うむ。やはり若いオーラーはこうでなくては……!ビリオが正義に溢れる人間でよかった!)

 

 まだ若く、闇祓いとして正義感溢れるビリオが自分に突っかかってきてくれることを内心で嬉しく思いながら、ルーペはビリオをいなした。

 

「私の対応が甘い、と君は言ったが、果たして本当にそうだろうか」

 

「……仰っている言葉の意味が解りません、ルーペ署長」

 

 ルーペは片眼鏡を光らせ、得意気になって言った。

 

「マクネアは延びた時間の分だけ、息子の顔を見た筈ですよ。マクネアの息子は父親が犯罪者であったことを相当に悩み、やつれてもいました。君も見たでしょう?」

 

「……ええ。正直に言えば心が痛みました。子供に罪はありませんから。親の罪が、その子供に不利益を与えるなどあってはならないことです」

 

 人として正しい反応に、ルーペは満足する。でしょう、とルーペは頷いた。

 

「……ワルデン・マクネアの動揺は端で見ていた我々の比ではありません。彼は己の所業が息子に害をもたらしたことを悔やみ、苦悩しているでしょう」

 

「……それは……そうかもしれませんが。」

 

「ビリオ。受刑者達もまた人間なのです。彼らの心理というものを掴み、時に罰と、餌を与えておくことも重要です。……デスイーターは終身刑の身。この先、己の家族が己の所業によって社会からどのような扱いを受けるか、彼らには僅かな面会時間からしか知る術はありませんし……」

 

「……子供の受ける、社会からの荒波に対してなす術もありません。我々はそこを利用するのです」

 

「……それこそが、デスイーターに対する罰と言うことですか」

 

「……そう。そうですよ、ビリオ。……アズカバンがディメンターから魔法族の手に渡り、我々が犯罪者を管理する責任を負うことになった。そうである以上、彼らの心理というものをよく理解して利用することが肝要なのです」

 

 そう言うと、ルーペは自信満々にワルデンを拘留している面会室に戻った。

 

***

 

「……ワルデン・マクネア。貴方は自分の過去を悔いていますね?」

 

 面会時間が終わってなお、ワルデンは牢屋に帰されることはなかった。手錠をかけられたまま壁の染みの数を数えていたとき、ワルデンに対して片眼鏡をかけた黒人の刑務官が話しかけてきた。

 

 ワルデンに対して、ルーペは表面上はにこやかに話しかけながらレジリメンスで内面を探ろうとしてくる。

 

「……?」

 

 ワルデンは心を閉ざしながらルーペを見た。

 

(最初からこれが狙いだったということか。……手の込んだことをする。息子に会わせて動揺した俺の心を読む気だな)

 

 ルーペがやけに長く面会を許可したのはこのためだとワルデンは察していた。

 

 息子のために涙する心はある。

 

 それはそれとして、ワルデンはもう反社会勢力の一員なのである。

 

 魔法省で過ごした真人間としての時間は、ワルデンの夢であった。ワルデンはその夢のために、何十人という人間の命を犠牲にしてきた。

 

 報いを受ける覚悟は出来ていた。

 

「魔法省での貴方の勤務態度については噂を伺っております。非常に職務に対して忠実で、時に非情とも言える役目ながら文句も言わず、同僚からの評判も決して悪いものではありませんでした」

 

「貴方は……正しい道を歩む機会がほしくはありませんか?」

 

「よく喋る男だ。男相手にペラペラと口を利くのは御免だ。おい、君。寡黙なあんたのほうがまだましだ。……それか、女性の看守に代えてくれないか?」

 

「……貴方に提案があります。」

 

「……貴方の奥様は、マグル。つまり……魔法族の血を引いてはおられませんね?貴方は失態を犯してこの牢獄に囚われている。………………奥様のことが、『例のあの人』の耳に入りでもすれば……」

 

「………………」

 

 口を閉ざすワルデンに対して、ルーペは圧をかけた。

 

(……そ、そこまでするのか……)

 

 ビリオは冷や汗を流しながら成り行きを見守った。ただのマグルの女性が、夫は反社会勢力の一員であると知らされるだけでも不幸であるのに、政治的駆け引きに利用されることにビリオの良心は悲鳴をあげていた。

 

「……この先は敢えて口に出すまでもないでしょう。本題に入ります。……『例のあの人』が拠点としていた場所の情報を、我々に提供しなさい。そうすれば、御子息と奥方を手厚く保護することを約束いたします」

 

「……御子息の将来を明るいものにしたいでしょう?」

 

 ルーペがわざわざ嚇しをかけるのにも意味はあった。

 

 ルシウス達デスイーターは既にベリタセラムとレジリメンスによって尋問済みである。禁忌とされているインペリオ、クルシオによる支配と拷問以外のあらゆる手段を用いて、魔法省はデスイーターから情報を引き出した。

 

 それでも情報が漏れなかったのは、ルシウスやワルデン達も、例のあの人の潜伏先に心当たりがなかったからである。

 

 しかし、魔法省は考え過ぎていた。例のあの人のかけた忠誠の呪文か、或いは、契約魔法によって、例のあの人と手下しか知らない潜伏先があるのではないかとルーペは深読みしたのである。

 

 

「………………脅し方が拙いな」

 

 ワルデン・マクネアはルーペの提案を嘲笑った。

 

「帝王様がお怒りであれば俺の妻などとうに消えている。……俺に改心の気持ちなど無い」

 

「ガキの前だったので体裁を整えただけだ」

 

 そう言うとワルデンはビリオに視線を向けて笑った。

 

「お前も気付いているだろう?本当に改心の気持ちがあったなら、デスイーターの同胞とは距離を置いていた。ワールドカップで暴れることも、デスイーターとしての活動を始めることもなく……妻や子供とは離婚して……いや、違うな。そもそも結婚してガキなんぞ作るべきではなかったか。一人で帝王に殺される道を選ぶべきだ。それが善人の生き方というものだろう?」

 

「……貴方がそうしなかったのは未練があったからですね?」

 

「表通りを歩く人々のように、表向きは善人として生き、当たり前に子供を作り死ぬ。そういう生き方をしたかった。それが貴方の本心でしょう。」

 

「面倒くさいやつだ。俺は妻や子供の将来なんぞ考えてはいなかった。ただただ己の欲望を満たすことだけを優先する男だ。……わかったらさっさと牢に戻すんだな」

 

 そう言うと、ワルデンはルーペの如何なる言葉にも耳を傾けることはなかった。頑なな態度に、ルーペはこれ以上の説得は悪手だと思った。

 

(……しかし……一歩前進ですね。こうやって囚人達とコミュニケーションを図りつつ、情報を吐く気にさせるのも、私の役目……)

 

 内心で手応えを感じているルーペと異なり、ビリオは闇の魔法使いという存在を心底不快に思った。

 

(あー?何だその『わかってます俺悪いですよ』みてえなツラは?何様のつもりだ?畜生が)

 

 ビリオは不愉快であった。マクネアの言葉の内容を聞くたびに、不快さは増していった。

 

 何十人という人間の命を殺めてその人生を歪めている殺戮者達を捕まえに行けないことが辛く、苦しかった。身勝手きわまりないお涙頂戴を見せられ反吐が出そうであった。

 

(マクネア……いや、マクネアだけじゃねぇ。捕まえたデスイーターも、今娑婆にのさばってるデスイーターも……)

 

(てめぇそんなツラしながら罪もねぇ人々殺し回っといて何一丁前に子供の前で繕ってやがる……?何でこの国には死刑制度がねぇんだ。こんなゴミ生かしとく価値もねぇだろクソッタレが……)

 

(……こんな連中を更正させるだと?何の冗談だ。こいつらは自分のことしか考えていない社会のゴミだ……!)

 

(……今!わかっていたが改めて理解できた……!!デスイーターの言葉は鳴き声だ。この世で最も身勝手な社会のゴミの戯れ言だ……!)

 

 善悪の二元論で言うならば、ワルデン・マクネアについて評価するならビリオの解釈の方が正しいと言うべきであろう。

 

 ワルデン・マクネアは結局のところ、己の良心に従って子供の意志を汲み取り、妻と子供のために正しい道を歩むことよりも。

 

 惰性と恐怖に従って妻と子供を守るという独善的で、一方的な道を選んだ。

 

 『自分がデスイーターとして闇の帝王に従い奴隷のように尽くせば、妻と子の命だけは見逃して貰える』という理屈で己の悪行を正当化し続ける姿。

 

 ビリオには知るよしもないが、ワルデンはドラコ・マルフォイやルシウス・マルフォイ達と何も変わらぬ平均的なデスイーターであったと言えるだろう。

 

 自らの存在と生き方そのものが愛するもの達を傷つけ貶めているとしても、自らがデスイーターに身を堕とせば、『例のあの人』の気まぐれで愛する者が殺される確率が減る。そんな自分勝手で、チョコレート菓子のように甘い希望だけがワルデンを支えていた。

 

 

***




原作では散々にディスられている魔法省ですが、少なくともルーファス政権だとやることはやっている印象です。

ルーファス政権での改善の一つが、アズカバンからディメンターが去ったことによるアズカバンの統治改善ですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。