ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー。
トム・マールヴォロ・リドル。
ゲラート・グリンデルバルド。
ゴドリック・グリフィンドール。
そしてサラザール・スリザリンです。
特にトムに対してはあの生まれながらにしてあそこまで到達したことに敬意を払うとは思います。
それはそれとしてマッキーはマッキーなりに愛を知っているのでトムとは絶対に話が合わないと思います。
魔法省の官僚に休みは許されない。しかし。
(……休みたいな……もう何日帰ってないんだっけ?)
セドリックは己の中に沸き上がる思いを止められなかった。もう何日アパートに帰っていないのかすらわからない。
(なにも考えずにさっさとアパートに帰って眠りたい……)
とさえ思った。セドリックは実際に働いてみるまでは、自分が不誠実極まりない考え方をするようになるとは思ってもみなかった。
勤勉な……否、学生時代は勤勉であったセドリックは、何十度目かわからないの胃の痛みを感じながら、自分の何倍も生きてきた魔法省の局長達に報告を終えた。
何度目かわからない閣僚会議である。
「……では……巨人族との交渉の可能性はないのかね……?」
闇祓い局局長ガヴェイン・ロバーツに無慈悲な報告をしなければならないことをセドリックは恨んだ。
「オーダーからの報告によれば、巨人族の首長で穏健派であったカーカスは過激派のゴルゴマスによって殺害され……現在は、そのゴルゴマスが巨人族を指揮しています」
セドリックはその後、言いたくないことではあるが、議論をループさせないためにも一言付け加えなくてはならなかった。
「御存知のように……我々魔法省はそもそも巨人族を闇の魔法生物と認定しています。そのため、これまで外交手順を踏んではいませんでした」
「当たり前だろう?野蛮な巨人ごときを……」
「どうして対等に扱わなくてははならない?巨人族の大半は英語すら話せないと聞いたぞ」
そう発言したのは魔法省国際協部部長のデリック・アンダーソンである。デリックはマグルのスーツに身を包み、高級メーカーの腕時計をつけていたが、革靴ではなくブーツを履くというミスを犯していた。
親マグル、反純血主義という政治的立ち位置にあっても魔法族とマグルとの隔たりは大きい。ましてや巨人族との種族的な壁は言うまでもない。
セドリックは先行きの暗さに眩暈がした。
(……やっぱり駄目だ。けど、諦めきれない……)
内情を知れば知るほどに活路が見出だせなくなってくる。しかし、今の責任を全て投げ出して放棄するわけにはいかない。それはハッフルパフを卒業したセドリックの矜持が許さない。
デリックがまだ、ファッジ政権の官僚であればよかった。しかし、ルーファスが選んだ信頼できる人材でさえこのレベルなのだ。
端的に言えば言って、魔法族は、『対等な存在』を『ヒトの魔法使い』だけに限定している。
(ゴブリン族やスクイブ、巨人族、ウェアウルフ、或いは、バンパイア、マーピープル、そしてマグル……)
セドリックは脳内で知性あるもの達を思い浮かべた。
(僕だって一度だって彼らと実際に付き合って深い話をしたことはなかった。ミスタ・デリックの見識の浅さを責められはしない……)
これまでセドリックはなるべく優しい善人として振る舞ってきたつもりであった。しかし、彼らを上から目線で哀れんだりすることはあっても対等だと思ったことはなかった。
人間と同程度か或いは近しい知性を持ち、それぞれに異なる力を持つ種族は魔法界には数えきれないほど居る。
しかし魔法省は、否、英国魔法界は歴史的にそれらを迫害し、或いは無視してきた。
魔法使いの権利と人権を確保するためにである。
「現実が見えておられないのですか、デリック局長。巨人族と我々との戦力差は歴然です」
デリックの発言に静かに激昂したのは、闇祓い部部長のガヴェインである。口調こそ丁寧だが、そこには確かな怒りが感じられた。
「巨人族の高い魔法耐性を打ち破るためには、……損耗を覚悟した上で、熟練のオーラーが五名は必要です」
「その報告には目を通している。それでも何とかするのが君たちオーラーの仕事ではないのかね?え?こういうときに戦い血を流さずに何のために存在しているのだ?」
(……まずいぞ……)
デリックは明らかに苛立っている。デリックもデリックで外国との折衝がうまくいかず、不安を貯めているのだ。
「御存知のように、現在我が局の人員に余裕はありません。既にオーラーの教育期間を短縮し、早期の実戦投入を試みるまでに至っています。巨人族とこれ以上交戦を続けるのは、今にも破裂しそうな風船に空気を入れ続けるようなものです……」
「ならば、さっさと戦時投入出来るよう法律を変えなければ。オーラーに志願した以上、新兵達も戦いの中で死ぬ覚悟はあるのだろう?」
デリックの言動は軍事の専門家であるガヴェインを蔑ろにするものであった。セドリックは絶句し、パーシーは無言で眼鏡をかけ直す。
なぜこういったことが起きるのか。
内戦状態にある英国魔法界において、闇祓い局の持つ力は現在は大きい。が、政治とは軍人によってなされるものではない。
闇祓い局出身のルーファスはウィゼンガモット法廷の、ガヴェインはルーファスの顔色を伺いながら仕事を進めなくてはならない。権力とは自由ではないのだ。
「ふざけているのか、貴様」
現場のオーラー達のトップであるガヴェインは怒った。立場上怒らなくてはならなかった。オーラー達は命を懸けてはいるし、ガヴェインはオーラーに勝利のために死んでこいと命令する立場である。
それでも、まだ資格を取る段階に無い若者を死なせたくてやっているわけではない。
「……お、お待ちください。デリック局長もお人が悪い。実戦経験のないオーラーを投入するということは、遺族年金を増やすだけということはお分かりでしょうに」
財務局局長の嫌われ者ショーカがガヴェインとデリックを取りなすように口を挟んだ。ガヴェインもデリックも互いにショーカを睨んだ。
予算を管理する財務局は嫌われ者という立ち位置を甘受しなければならない。財務局が財布を絞り緊縮財政を施策したことで、魔法省は改革改善する余地もなく、必要最小限の人員で動くことを強いられてきたのである。
もちろん財務局にも言い分はあった。
嫌われ者にならなければ、財政破綻寸前の魔法省を持たせられなかった、と。
暗黒時代とはすなわち、未曾有の大恐慌時代である。誰もが生存を優先する以上、購入する物品は最小限のものに限られていく。
魔法界において本当に必要とされている医療用のエリクシルや薬草、戦争で使用するための毒草や杖といった必需品など、ありとあらゆる物品の値段は高騰するのに、人は必要なもの以外を買わなくなる。そもそも人口そのものが減っていくので、国民全体の収入も、税による魔法省への収入も減っていくのだ。
ショーカの名誉のために言えば、彼は魔法省の中でもダンブルドアに対しては特に友好的である。
それは政治的信念からではなかった。ショーカはシステムを回す歯車であり、リベラルでもましてや保守派でもない。
ダンブルドアは魔法省という組織に属すことなく成果を挙げてくれる。オーダーという組織の脆弱さはさておき、金を出さずに動いてくれる存在というだけでショーカにとってダンブルドアは神にも等しい存在であった。
ダンブルドアの組織したオーダーは、闇陣営に対抗しうる義勇兵である。が、正式に魔法省に属しているわけではない。
そのため、闇祓いや魔法省の役人達とは異なり、オーダーの戦死者に対しては魔法省は遺族年金を支払う必要がないのだ。
ショーカにとって、否、現在の英国魔法界においてこれ程都合のいい英雄はなかった。
世界は耳障りのよい正義という建前と、それ以上の利権によって動いている。真っ当な指導者であれば、自分達にとって利益がないのにテロリストと戦うというリスクを取りはしないのだ。
デリックは苛々とした様子でガヴェインとショーカの間で視線を彷徨わせたが、やがて大きく息を吐きガヴェインに頭を下げた。
「…………確かに大人げない物言いであった。非礼を詫びよう、ロバーツ局長」
「いいえ、私も弱腰と受け取られても仕方のない言動でした」
ガヴェインもロバーツが先に折れたことでこれ以上の追求は無意味だと発言を取り下げた。
「……巨人族との和解が不可能である、というのはやはり……改善の見込みはないのですか?」
ガヴェインが改めてそう尋ねると、ルーファスが口を開いた。
魔法大臣の重責を担う男は、君の苦労はよくわかっているという視線をデリックに見せる。
「デリック達を責めるべきではない。巨人族の立場で考えれば、これまで闇の魔法生物として差別してきた我々が突然『手を取り合って休戦しよう』などと言い出したところで信じられるわけもあるまい」
「むしろこの機会に我々に打撃を与え、滅ぼそうとするはずだ。巨人族にとっては我々魔法省こそ『交渉不可能な蛮族』なのだから」
ルーファスの言葉は事実であった。セドリックは思わず歯噛みした。
(大臣の言う通りだ。僕は一度でも、巨人族について考えたことがあっただろうか?)
否、とセドリックは自分に答えを返した。
(……巨人族は闇の魔法生物で、野蛮だと疑いすらしなかった。そもそも考えすらしていなかった……)
英国民の認識とはそんなものである。ただ一人警鐘を鳴らしていたダンブルドアの言葉も、去年のファッジ政権は無視し続けていた。奇跡的に巨人族の首長の名がわかったのすらオーダーの功績であって、魔法省のものではなかった。
この一件に関して最も罪深いことは、国民をそう教育し、愚民政策によって統治をしやすくすることを念頭に置いてきた魔法省が。
いざ差別してきた種族達に牙を向かれたとき、どうにもならないということにあった。
歴史が、英国魔法省に牙を向いていた。
ゴブリンの反乱、バンパイアの蜂起、ウェアウルフ達の慟哭。
これまで被差別種族の少数派達を、魔法省は武力でもって制圧し、その嘆きを、叫びを、怒りの声を封殺してきたのだ。
誰の心の中にも差別心というものはある。自分は善人だと信じていたセドリックでさえ、そういう環境に育ったがゆえに、常識を疑うことはなかった。巨人族は闇の魔法生物だが自分達に拳を向けることなどないと安心しきっていたのである。
魔法省は己の蒙を開かれた、と言ってもよかったかもしれない。傲慢さゆえに己の見識の狭さに気がつかなかった人間も、或いは、賢人の理屈をわかってはいたが、無視し続けた代償を自分達が支払うのだ。
「……だが、援軍は必ず来る。フランス魔法省はグリンデルバルドの教訓から、闇の魔法使いの驚異を誰よりよく知っている。英国が落ちれば次はフランスだ。彼らは我々に協力的だ。さらに……」
「ドイツや北欧の魔法省も巨人族の脅威を知っている。彼らの協力を仰ぎ、援軍を取り付ける日は近い」
ルーファスはそう言ってガヴェインを鼓舞した。現場のオーラー達からの突き上げを喰らっているガヴェインは渋い顔でルーファスの言葉に頷いた。
***
「パーシー先輩。大臣の言う通りに物事が進むとお考えですか?」
ルーファスの護衛を交代しようやく仮眠の時間がとれたセドリックは会話を周囲に聞かれないようマフリアート(静寂)のバリアを張ってから尋ねた。
「僕はそうあって欲しいと思っています。ですが国際魔法協力部局長の反応は芳しくありませんでした」
「……鋭いな。僕がフランスやドイツの魔法省官僚なら、この機会になるべく多くの貸しを我々に作ろうとするだろう」
パーシーは今さら隠し立てする必要もないとセドリックに内情を明かした。パーシーでさえ一向に好転の兆しが見えない戦局に苛立っていたが、彼はセドリックよりある程度の先行きは見えているようであった。
「自分達の被害は最小限にした上で、こちらの損害が限界ギリギリに近づいたときに高い貸しを作る。……彼らはそう考えている」
セドリックはルーファスの言葉がオーラー達を鼓舞するためのハッタリであると知っていた。
国際魔法協力部は中級役人達が殺されていた。それは、水面下で行われていた協議の難航を意味していた。
「……我々が産み出した『例のあの人』は自分達の手で処分しろ。それが出来なければ、国際魔法連盟の支配下に入れ……というのが彼らの思惑だ。」
「勿論、彼らとて馬鹿ではない。大臣の仰る通り、英国が落ちれば次は自分達なのだ。問題は、なるべく早期に事態を好転させて我々の余力があるうちに援軍を迎え入れて決戦を挑むことだ」
「……まだ挽回の余地があるというだけでも希望が持てますね。ほんの僅かではありますが無いよりはずっとましです」
パーシーに礼を言いながらセドリックはふと思った。
(……大臣やパーシーやデリックの思惑通りにことが運ぶなら、それはつまり、一度……明確な形で負ける必要があるっていうことか……)
魔法省とオーダーがが余力を残したまま、闇陣営に『敗北』する。そしてその上で援軍を迎え入れ、敵の巨人族とデスイーターを排除する。
(……問題は、誰が……どの陣営が負けるかなのか……?)
セドリックはそう思って、はっとした。
「パ……いえ、何でもありません。先に休ませて頂きます」
「明日も早い。ゆっくり休みたまえ。」
セドリックはパーシーに頭を下げて自分自身の脳裏に浮かんだ考えを封じ込めた。
睡眠薬を服用して眠りに落ちる前にセドリックが思い至った考えは、ろくでもないものだった。
セドリックは、かつて皆が新入りの自分の発言を聞き入れてハリーを担ぎ上げるべきだと主張した時、皆が必ずしもそれに否定的ではなかったことを思い出してその意味を理解した。
(……あのときは……ハリーを保護して闇陣営に反撃の狼煙をあげるために必要なことだと思っていた。でも……)
ガヴェイン・ロバーツ以外の閣僚はハリーの参戦を否定はしなかった。体面が傷つく、と言ったのはオーラーで現場に理解のあるガヴェインくらいであった。
(まさか。いやまさかとは思うけど、大臣達は……ハリーを担ぎ上げて……ハリーを負けさせるつもりだったんじゃ……?)
もしもハリーが死ねば、世間はそれをどう受けとめるであろうか。
……闇陣営に殺された大勢の若者と同じ、単なる若者の死として忘れ去られるであろうか。
否、である。
ハリーは国際的には、『両親をヴォルデモートに殺された悲劇の青年』である。
そのハリーが殺されたと大々的に報じれば、国際社会に闇陣営の非道と矮小さを訴え、支援を引き出すこともできる。あくまでも交渉カードのひとつが増えるだけではあるが、コストパフォーマンスの良い賭けに他ならない。
戦いに志願したオーラーやオーダー、そして、秩序を保つべき魔法省の人間が闇陣営との抗争で死ぬのは、残酷な言い方をすれば、ある意味で当然のことだ。そう割りきらなくてはならないのである。
しかし、民間人の青年が殺されるのは違う。大人達の建前の裏に生々しく汚い本音があろうとも、メディアを使い英雄に仕立て上げることは容易いのだ。
(僕は……考えが足りなかったのか……?)
セドリックは自分がとんでもない思い違いをしていた可能性に気付いていた。眠りに落ちる前、セドリックは己に言い聞かせた。
(……考えるな。ハリーを死なせるのが一番効率がいいだなんて……)
そして夢の中においても、セドリックに安息は訪れなかった。
ルーファスが、パーシーが、ステファンが、当然のように巨人族に踏み潰され、或いは、緑色の閃光を受けて命を落としていく。デスイーターの杖の矛先は、当然のようにセドリックにも向けられた。
悪夢から醒めたとき、セドリックの全身は嫌な汗にまみれていた。コップに杖で水を注いで飲み干したあと、セドリックは暫くの間眠れなかった。
(……この戦争が終わったとき、英国は……英国魔法省は存続できるのだろうか)
セドリックは自分が生き残っている未来を想像することは出来なかった。
***
クリスマス休暇を終えた最初の日。スリザリンの寮は静まり返っていた。こういう雰囲気の時は必ず悪いことが起きるとハリーはわかっていた。ハナ・アボットの親族が死んだときもそうだったのである。
大広間に辿り着いたアズラエルは真っ先にフクロウへとクヌート銅貨を手渡した。そして、デイリー・プロフィットを開く。
アズラエルは無言でデイリー・プロフィットを置くと、さっさと授業に向かってしまった。ハリーとザビニは嫌な予感を感じながらデイリー・プロフィットの一面を見た。
「……」
ハリーは絶句した。新聞の一面に燃え盛る家が映っていたが、ハリーはその家に見覚えがあったのだ。家の上空にモースモードルが輝き、闇陣営が目的を達したことが報道されていた。
デスイーターのアミカス・カローとアレクト・カローの手で魔法使いの集落ラフへロー村が襲撃された。村と周辺の山林に多大な被害を出し、ラフへロー村の住民であったサダルファス家を焼き討ちした。
消火活動の後、住人であった夫婦の遺体が発見されたと報じられていた。
「ど……どこまでやれば気が済むんだ、デスイーターは……」
ザビニの声も動揺を隠しきれなかった。ハリーはほとんど怒りながら言った。
「……自分達が殺されると思わないからこんなことができる。今、向こうに着いている奴らにまともな良心や良識を期待するなよ、ザビニ」
ハリーは心臓が嫌な鼓動を刻むのを止められなかった。神秘部の一件以来ハリーは心を閉ざし平静を装っていたが、本気の怒りで我を忘れそうになった。
***
「楽なもんだな……魔法省もオーダーも巨人族に対応できちゃいない。俺達は後をつけるだけだ」
髑髏の仮面をつけた魔法使い、アミカス・カローは拍子抜けしたように呟いた。
デスイーターであるアミカスに下された任務は、英国に存在する魔法族の村、ラフへローを襲うことである。
ラフヘローに進攻するにあたり、アミカスは巨人族の一人、ロキを帝王から派遣された。ロキは巨人族の持つ高い魔法耐性によって魔法省役人達の攻撃を寄せ付けず、巨人の盾に隠れたアミカスとアレクトは悠然と目標物まで進攻することが出来た。
ラフヘローという辺鄙な村に戦略的な価値はない。しかし、ラフヘロー村の住民、サダルファス氏は先日、アミカスのきょうだいでもあるアレクト・カローがインペリオを行使していると魔法省に通報したのだ。
アレクトは無事魔法省からは逃げ延びた。昔から、逃げ足の早さには定評があった。
とはいえ、サダルファスに報復をしておかねば反政府組織として、闇陣営としての示しがつかない。そう考えた闇の帝王は、アミカスとアレクトにサダルファス家を終わらせるようにと命じたのである。
アレクトも、アミカスも、ルシウスと同じく一度は同胞を売って魔法省に寝返った裏切り組である。二人は過去の経歴からオーラ-達に一時はマークされながらも、表向きはデスイーターから足を洗った者として魔法省内に潜伏し、インペリオで仲間を増やすという任務についていた。
インペリオが発覚した時アレクトは怒り狂った。まさかサダルファスごときに己の闇の魔術がばれるとは思わなかったのである。
アミカスもアレクトも闇陣営において立場は不安定だ。その事をアレクトは理解しているが、アミカスはあえて考えないようにすることで恐怖心から身を守っていた。
「仕事中に無駄口を叩いてる暇がある?。さっさと終わらせるわよ」
「解ってるよアレクト。モースモードル(闇の印よ)」
「……はぁ!?何やってんだアホかお前!!」
アミカスはサダルファス家の上空に闇の印を解き放つ。まだ襲撃が成功した訳でもないのに闇の印を打ち上げるアミカスにアレクトは頭を抱えた。
「堅いこと言うなって」
気だるげにアミカスは言う。今回の襲撃にアレクト達以外のデスイーターや人攫いが混じっていたならアミカスの行為は大問題だ。闇の印はすなわち撤退の合図なのだから。
だが、襲撃の戦力はアレクト、アミカス、そして、巨人族のロキだけだ。気を遣う必要はないと呑気に笑うアミカスにアレクトは舌打ちをした。
「結局私がやるしかないわけね。……ったく」
魔女であるアレクトはきょうだいの雑な仕事に頭を抱えながら、サダルファス家に向けて闇の魔術を解き放った。
「ペスティス・インセンディウム(悪霊の火よ来たれ)」
ニフラーの姿を象った炎は、しかし、その姿とは無関係の凶悪極まりない火力でサダルファス家の全てを焼き付くしていく。暴走する火力を抑えきれないアレクトに、アミカスは呆れて言った。
「どっちが雑な仕事なんだ?あれじゃあ死んだかどうかも解りゃしないだろ?」
「アミカスが闇の印なんて撃ったから。音と光で中の連中も襲われていると気付くわ。中のやつらがテレポートする前に潰すにはこれが一番効果的よ」
アレクトもアミカスに負けず劣らず雑な性格をしていた。伊達にきょうだい揃ってデスイーターになったわけではない。
アミカスの想定としては、サダルファス家を、巨人の蹴りで破壊して中の住人をアバダ・ケダブラで殺害するつもりであった。しかし、術者であるアレクトすら制御できない炎のなかでは中の住人の生死を確認することも出来はしない。
魔法省の精鋭部隊は巨人族に有効な攻撃を与えられていない。インセンディオ・マキシマもステューピファイ・デュオも、魔法で生成した毒物もまるで効果がない。
巨人族の魔法耐性が高すぎるのだ。
「ハイハイ、アレクトの言う通りさ。……さっさとずらかってマッキーでもいびり倒すか」
「お前も飽きないね。ほどほどにしておきなよ?帝王様に告げ口されるかもしれないからね!」
「帝王様がマッキーごときの言葉を聞くかよ!」
アレクトとアミカスはきょうだい同士顔を見合わせて愚か者を嘲嗤う。
「しかし、バカな奴らだった!アレクトを通報するってのはイコール帝王様に逆らうってことだ。帝王様に逆らって勝てる奴らなんて居る筈もねぇのにな!」
アミカスは燃え盛るサダルファス家と、夜空に浮かぶダークマークを見て満足げな笑みを浮かべた。
「ちょっと考えれば解ることだぜ?不死身のあのお方に従っていれば、長生き出来たのによ!」
ゲラゲラと笑いながら悪魔達はラフヘローから去っていく。巨人族の盾を持つ悪魔達を、オーダーも魔法省も止めることが出来ずに進撃を許してしまった。
(あーちょれぇ~。魔法省も相手にならねーわ。巨人族が居りゃあ、負けようがねぇ)
こうまで呆気なく目的を達成できたことにアミカスは油断していた。それはアレクトも同様で、彼女は得意気にアミカスへと己の悪霊の火の効果を語った。
「全くだわ。ねぇ、知ってるアミカス?マグルの宗教じゃあ最後の審判の後復活するために肉体が必要なんだそうよ。あのマグル寄りのバカどもはきっとー」
アレクトもアミカスも、大して優秀な魔法族ではない。ヴォルデモートの指南によって闇の魔術に目覚め、巨人族の力を借りたことで目的を達成したに過ぎない。
それを理解して悪霊の火の使用を自制し、サダルファス家に突貫して目標を殺害、そして帰還するまで油断しないだけの知性があれば。
或いは悪霊の火を放った後も、夫婦の遺体を確認しようという仕事に対する責任感があれば。
きっと結果は変わっていた。
「……馬鹿はお前だ」
魔法省が誇る精鋭、オーラーは悪魔達の進撃を止めることは出来なかった。
しかし、油断しきった馬鹿の不意を突くことは造作もなかった。
女王の玉座、名機クイーンスイープを駆るニンファドーラ・トンクスの杖からコンジュレーションが放たれる。
「いやぁぁぁぁぁっ!!!?」
アレクト・カローは絶叫した。髑髏の仮面が大蜘蛛に変わり、アレクトの首を締め付けるように巻き付いてきたのだ!
ニンファドーラがステューピファイではなくコンジュレーションを選択したのは、デスイーターが持つ仮面の情報を得ていたからである。
デスイーター達が持つ仮面は正体を隠すためだけではなく、心許ないが、防具としての機能も備えている。
決闘用の魔法としてステューピファイによる失神してしまうような物理的な衝撃を防ぐ魔法がかけられているのだ。
コンジュレーションによって蜘蛛へと変化した仮面は、アレクトの右腕をからめ捕ろうと4本の脚を動かす。呼吸を封じられ、さらに杖を奪われそうなアレクトはそれに抵抗するどころではなかった。必死に踠いて蜘蛛を振りほどこうとするが、蜘蛛はアレクトの顔面から離れようとはしない。
「アレクト!」
きょうだいを救うために迎撃しようと杖を構えたアミカスに、ステューピファイ・デュオ(失神呪文連射)の赤い閃光が角度をつけて多方向から迫る。。
撃ったのはトンクス以外のオーラー達である。皆が箒を駆って空を飛び、飛行魔法を扱うデスイーターを捕縛せんとステューピファイを放つ。赤い閃光はアミカスではなく巨人族に当たるものの、巨人族そのものは何の痛痒もなく歩みを進めていた。
プロテゴがかけられた防壁を貫き、アミカスを気絶させたのは闇祓いの隊長である、ドーリッシュであった。ドーリッシュはトンクスとは異なり、ニンバス2000を駆っていた。
十二科目を取得したドーリッシュではあるが、出来ないことは当然ある。箒の操縦技術もその一つである。この科目においてはドーリッシュより上はごまんといた。
だからこそ、高性能なニンバスの加速性能に頼ることで空中戦に参加できていた。技術の進歩とは、全体の質を向上させることに繋がっていた。
デスイーターのローブにいかに魔法耐性があるとはいえ、強力な魔法使いが隙間を狙えばこともなしというわけだ。
「アミカス!!……クッ!」
アレクトは杖も戦闘も、そして、たった一人のきょうだいも放棄してその場からテレポートした。
「アミカス・カロー、確保!!」
トンクスが落下していったアミカスを確保したのを見て、ロキは呆れたように巨人語で溜め息をついた。
『私のことは置き去りか?まったく、いいように使ってくれるものだ……』
巨人語を識らないドーリッシュ達には、ロキの言葉は恐ろしい獣の唸りに聞こえた。
巨人族のロキはオーラーの攻撃を手で塞ぎオーラーから放たれる悪霊の火を吐息でかき消すと、感慨なさげに魔法省の精鋭達を見た。
「……クソ!!どうやったら倒せるんだ、この化物は!?」
オーラーの一人、ジャリド・モッサは滝のような汗を流しながらうめいた。
大量の酸に毒入りの水、油を込めた悪霊の火(ペスティス・インセンディウム・マキシマ)、魔法によって再現したセイレーンの歌声や、耳許でのマンドレイクの叫び。
あらゆる手段を講じてみても、ロキにはまだまだ余力があるように見えた。
「魔法省の方々。これ以上の交戦は無益だ。一時停戦したい」
ロキは(下手くそな)英語を話した。聞き間違いか、と動揺する部下達を制して、ドーリッシュが前に進み出た。
「無益?つまり君は我々に投降する意志があるのか?」
「いいや?私はあの魔法族二人の指示に従えと命令を受けただけだ。彼らが居なくなった以上私に交戦の義務はない。私は帰るので、君達も私を見逃して欲しいと思っている」
「何をふざけたことを言っている、この野蛮な化物が……」
思わずそんな言葉が口から飛び出したのは、ジャリド・モッサである。
ジャリドは三十代のオーラーである。魔法族の両親から育てられた彼は、少しエリート意識が強かったとはいえ、純血思想など持たない平均的な大人であったと言ってよい。
リーマス・ルーピンの父親であるライアルや、ロン・ウィーズリーの母親であるモリーがそうであるように。ふつうの人間であっても、差別しても良いとされていたものに対しては時として残酷になれてしまう。
良くも悪くも、それも人間の一面なのだ。
戦場の高揚感と殺しあったが故の敵への憎しみ、そして、無意識に植え付けられた差別心が、ジェリドから思わず漏れ出た。
「口を慎め、ジャリド」
現場指揮を担当しているドーリッシュが部下を咎めようとしたその瞬間。
ぐしゃり、と。
何かが潰れる音がした。
「かっ……」
ジャリド・モッサは持っている箒ごと下半身を捕まれていた。
ジャリドの口から大量の血液が飛び散る。
巨人族の強靭な握力によって、ジャリドの箒と……そして、下半身が握りつぶされてしまったのだ。
「ジャリド!?」
トンクスが叫ぶ。トンクスにとっても先輩であり同僚の命が、一瞬のうちに尽きようとしていた。
「……失礼。聞き捨てならない罵声が聞こえたので、つい鳥を握ってしまった。巨人族全体への罵倒は赦すことは出来ない。察して欲しい」
絶句する面々に向かって巨人族は頭を下げる。
「普通の頭があれば、二度言わずとも理解できると思うが。あなた方はそうではないようなのでもう一度言おう」
この場において主導権を握っているのはドーリッシュではなく、巨人族のロキであった。ロキはドーリッシュに対し怒りの視線を向けながら己の要求を英語で伝えた。
「指揮官が居なくなった以上、私に交戦の意思はない。このまま黙って見逃して貰えると助かる。この男は……君たちの魔法というやつで治して欲しい」
ドーリッシュは毅然とした対応を取らなくてはならなかった。ジャリドの命が尽きる前に交渉を纏めるべく
「待て。シャリドを解放して君が我々に危害を加えないという保証があるのか?」
「この男は君達が要求を飲んだ時点で解放する……」
「わかった。攻撃しないと誓おう。皆、地上に降りて杖を降ろせ」
オーラー達が地面に降り立ち、視線をロキに固定しながら杖を下げたのを確認するとロキは微笑みながらジャリドを大地に降ろす。
「交渉は成立したようだ。では、また会おう」
ロキが巨人族が持つ種族特有の隠蔽魔法によって濃い霧に包まれ、遠ざかっていく。ドーリッシュはジャリドの治療をしながら部下に指示を出した。
「よくやった。トンクスとビーンは消火活動に移れ。空気が乾燥している。決して油断するなよ!ロベルトとアポリーはラフへローの修復だ。……バードンは俺と残れ!ジャリドを治療する!」
ドーリッシュの指示に従って、オーラー達は散会していく。ドーリッシュはジャリドを治癒しながら、身体中から吹き出る汗を止められなかった。
(……何とか命拾いしたか……!)
命拾いしたのはジャリドだけではなかった。あのまま戦えば消耗戦の末にロキを倒すことも不可能ではなかったかもしれないが、ドーリッシュの隊は壊滅していたかもしれない。それほど巨人族を敵に回すということは恐ろしいのだ。
高い魔法耐性と、魔法族基準の反射神経。そして、人間と同程度の知性。それらを持つ巨人族を止められていたのは、魔法というアドバンテージがあるからである。
しかし、アイテムによってその差を埋められたら。機動力と火力のある魔法使いと組まれたら。
単体では何とか出来たとしても、デスイーターと組んでの進撃を止める手だてはない。
「……我々は、あの化物に勝つことが出来るのでしょうか?」
ジャリドの治癒を終えたバードンがうちひしがれたように呟いた。
「……ただでさえ、例のあの人と我々では戦力差があるというのに……巨人族までが敵に回っては……」
それはドーリッシュの本音を言い当てたかのような言葉であった。
「まだ……付け入る隙はある。デスイーター達も我々とそう変わらん。……いや、我々以上のレイシストだ。交渉の余地はある」
「上層部も巨人族の脅威を重く受け止めている。すぐに対策は講じられるだろう」
ドーリッシュの言葉に部下を納得させるだけの説得力があったのかどうか。とにかく、ドーリッシュの立場としてはそう言うより他になかった。
ロキは敢えてアレクトとアミカスを見捨てた節があった。察するに、闇の帝王から下された当初の任務は達成したかららしい。
青臭い正義感を振りかざしてロキと一戦交えるのは構わない。しかし、自分とトンクスだけでハグリッド以上の魔法耐性を持つ巨人族を相手にするのは不可能であるとドーリッシュは悟っていた。
魔法省も魔法族も、巨人族を舐め腐っている。
……しかし、実際には。巨人族に対して有効な手立てを持つ人間は少ない。
ドーリッシュもアバダケダブラは使える。インペリオも、クルシオもだ。
先ほどロキと一戦交えたとき、緊急事態ゆえやむを得ず闇の魔術を行使したのだ。ドーリッシュは部下にも許可を出して、何人ものアバダケダブラがロキへと降り注いだ。
そしてその上で、通用しなかったのである。巨人族の高い魔法耐性はどうしようもなかった。
唯一ロキが警戒しているのが目への攻撃であった。しかし、ロキの目は巨大なサングラスによって覆われている。魔法によって作られたと思わしきそれは、アクシオやエクスペリアームスを防ぐルーンが刻まれていた。
ロキに戦意が無いのであれば、これ以上戦う意味はどこにもなかった。
巨体を機敏に動かしながら去っていく巨人族を見てドーリッシュは思う。
(……俺達は……人間以外の種族を舐めすぎた……)
まさか人間に対して喧嘩を売ることなど無いだろう、という無意識の油断と、魔法があれば撃退できるという思考停止の傲慢。
魔法界において最も知性があるのは自分達であって、異種族は全て野蛮であり対等と見るべきではない。
そんな意識から来る怠惰が、巨人族という高い魔法耐性を持つ種族を敵に回す結果に至ったのだという事実をドーリッシュは噛み締めていた。
(……ダンブルドアは……こうなることを見越していたのか)
ドーリッシュは歴史で学んだゴブリンの反乱を思い返していた。
(……もしも……巨人族の誰かが、『例のあの人』の手で巨大な杖を授けられ、魔法を習得したら。魔法に関する知識と理解を深めてしまったら……)
(……たとえ例のあの人ほどの驚異にはなり得ないとしても……我々が対抗する術はなくなる。)
巨人族と友好的な関係を結ぶべきだと、何十年も前からダンブルドアは魔法省に提言していた。
ドーリッシュは燃え盛るサダルファス家を見た。
賢人の忠告を、それをやるのは面倒だからと無視し続けたツケがこれである。
(考えるな。政治的な対策は上が決める。我々は現場の対応をすればいい……)
ドーリッシュは政治的な思考を放棄して歯車に徹することにした。
魔法が人より多く使えるということと、組織の上に立ち、政治家として人々を導く資質とは全くの別物である。
魔法使いのシステムの欠点は、魔法省のトップである人間は全て例外なく魔法族であり、魔法使いとしての視点しか持たないというところにあった。巨人族を危険視して友好的な交渉をしようという発想などなく、単なる蛮族と見下していた代償を支払うのは無関係のマグルと、そして、選挙でそういう政治家を選択し続けた責任ある魔法族の市民であった。
この日、サダルファス家は消滅した。デイリー・プロフィットにおいて、サダルファス家の家長と妻の死亡、そして、アミカス・カローの逮捕が報じられた。
***
デスイーターによって襲撃を受ける、一時間前。
「速く逃げるんだ!!」
「嫌よ!ここにはあの子との思い出があるのに……!!」
サダルファス家の中で、狂気すら纏った目でその女性は叫んだ。
ファルカス・サダルファスの両親は、今すぐ逃げるようにとオーダーから連絡を受けた。闇陣営の被害者遺族であるサダルファス家のことをダンブルドアは気にかけており、いつでも連絡を受けることが出来た。彼らはアミカス達が訪れるよりも速く、襲撃が来ることを知っていたのだ。
「必要な物品は全てこちらでとりまとめます。……どうか、お願いします。ここはすぐに戦場に変わります」
「我々の力では戦いの中であなた方を護ることは難しいのです。最悪の事態を想定すれば、この場から避難して頂くより他にありません」
シリウスは保護者同士としてではなく、オーダーの一員として二人に頭を下げた。
「……俺が通報をしたからだ。バカなことをしたと思うが…………ファルカスのことを思うと、せずにはいられなかった。……すまない……」
ファルカスの父は震えながら妻に詫びた。シリウスは、彼女への説得を続けた。
「我々の迎撃によって敵を撃退することが出来れば戻っていただけます。しかし、敵がどれ程の戦力をこちらへ寄越すかはわかりません。最悪の場合はヴォルデモートが来る可能性もあります」
怒りで震えていた魔女はその名を聞いたとたん、恐ろしいものを見るようにシリウスを見た。
ヴォルデモートという存在の厄介さは、単体戦力として最強であると同時に止められるのがダンブルドアしかいないという点である。それは英国魔法界の共通認識であった。
しかしそれは言い換えれば、『ヴォルデモートが来れば逃げる』ことは恥ではない、ということになる。
没落したとはいえサダルファス家はオーラーを輩出した家である。そんな歴史ある家の人間は、決して勝てない獣を相手に無駄死になどすべきではない。
そういう理屈が彼女の脳内で組み立てられるのをシリウスは黙って見守った。
「……勝って……」
「はい?」
「勝っていただけるんですよね?……あ、あの『例のあの人』に……立ち向かって頂けるんですよね?」
すがるように話す彼女の口調は、ヴォルデモートに勝てると信じているわけではなかった。
ただ、息子を殺したヴォルデモートやデスイーターが憎く、立ち向かう勇気も力も持たない己の無力が恨めしく。戦っているオーダーや闇祓いに微かな希望を託すことでしか、己を保つことが出来ないのだ。
勝てると信じているわけではない。
戦って欲しいのだ。息子を殺されてなお、立ち向かえない自分達の代わりに。
「ええ、お約束します。我々オーダーは勝ったことこそありませんが、負けるために戦ったことは一度もありません」
シリウスは彼女たちの期待を正面から受け止めて肯定した。そのシリウスの姿を見て、ファルカスの父は震えながら息子の部屋に行った。
息子が使っていた勉強机も、闇祓いになるためにと取かき集めた参考書もノートも、幼い頃から使っていた箒も。ホグワーツの友人達で取った写真も、全てそのままに残っている。
「……すまない……」
男は息子に謝りながら、それらを己のトランクの中にしまった。
「…………」
ファルカスが映った写真を手に取ろうとして、ファルカスの父は手を止めた。
(……ポッター家に関わりさえしなければ。……オーラーになれなんて言わなければ。私が酒浸りにならずに、ファルカスを安心させていれば……)
息子はハリーとかかわらず、今もまだ生きていたかもしれない、そう考えると息子の映った写真を手に取ることが出来なかった。
その時、轟音があった。
「な、何だ!」
慌てて廊下に出たとき、目に入り込んだのは炎に包まれる我が家であった。
「敵だ!時間をかけすぎた!速く!」
「私の妻は!?大丈夫なのか!?
「ムーディがテレポートさせてくれた!」
そうシリウスが言ったとき、ファルカスの部屋が火に包まれた。
「!!」
ファルカスの父は、反射的に、ファルカスの部屋に飛び込んだ。
悪霊の火による圧倒的な炎が息子の過ごした部屋を飲み込んでいく。しかし、まだ写真は机の上にあった。
「……何をしているっ!!」
「待ってくれ、あそこに息子が―」
「アクシオ!」
シリウスは写真を引き寄せると、ファルカスの父親と共にサダルファス家を脱出した。燃え盛る家はそこで暮らした人間達の痕跡など残さないと言わんばかりに火力を上げ続け、オーラー達が消火する頃には、家は跡形もなく崩れ去っていた。
***
サダルファス家の住民はこのようにして、予めオーダーの手を借りて脱出していた。
ファルカス・サダルファスの両親は闇陣営から狙われることを恐れ社会的な死を装い、国外へ脱出することに成功した。
***
サダルファス家の全焼と、住民の死亡が大々的に報じられた次の日。
シリウスが指定した場所に、マクギリスは護衛もつけず一人で現れた。
シリウスが指定したのはホグズミードの離れにある洞窟である。人が入れるほどの大きさの洞窟の中で、シリウスとマクギリスという二人の純血魔法族は密会を果たしていた。
「マクギリス・カロー。情報の提供、感謝する。お陰で……デスイーターを捕縛することはできた」
「……巨人族の存在は、情報にはなかったが……」
シリウスはチクリとマクギリスに嫌味を言った。
デスイーター二名であれば何の問題もなくシリウスが加勢に行くことが出来たであろう。
「それは申し訳ありません。私も、具体的な計画の全容まで把握できた訳ではありません。サダルファス家を襲った不運については……お悔やみを申し上げます」
シリウスはサングラス越しにマクギリスが深々と頭を下げるのを見て不快そうに言った。
「……彼らを護りきれなかったのは我々の力不足も原因だ。気が立っていた。顔を上げてくれ」
当然ながら、サダルファス家の二人が生き延びていることをマクギリスへ教えるメリットはなかった。シリウスは演技の怒りを込めながらマクギリスと会話を続ける。
マクギリスはシリウスの微妙な視線も気にしてはいなかった。彼は少しだけ弾んだ声で言った。
「……ともあれ、アミカス・カローを捕縛して頂き感謝します。欲を言えばアレクトも捕縛していただきたかったものですが……それは贅沢、なのでしょうね」
「アミカスは君の親戚だったはずだが?」
「お言葉ですが、貴方はベラトリクス・レストレンジに対して親愛の情というものを感じますか?」
マクギリスの返しは冴えていた。
「いいや。……どうやら、俺と君は似た部分もあるらしい。君は俺に比べるとかなり大人しいがな」
シリウスはお手上げだと両手を上げた。
(……私の前でまで隙を晒すとは。信用していただけたと見てもいいのだろうか?)
「猫を被るのが上手いと言っていただきたいものです」
それからマクギリスは闇陣営の構成員について話した。マクギリスの話はシリウスにとっては既に知っている情報で、ほとんど価値はなかった。
唯一価値がある情報と言えば。
闇陣営の巨人族はデスイーターではなく、建前の上では同盟関係にある協力者という立ち位置らしい。ヴォルデモートは内心では巨人族を見下しながらもうまく使っているとのことであった。
マクギリスによれば巨人族も、実は難しい立場にあるのだという。
魔法界は巨人族にとって潜在的な敵である。しかし、魔法省は巨人族に積極的に喧嘩を売ることはなかった。
「たとえ自分達を見下してくる敵とはいえ積極的に関わらなければ害を成さない小さな猿を襲う意味があるのか……という巨人族も多いです。しかし、『例のあの人』に立ち向かおうという意思は彼らにはありません。たとえ巨人族であったとしても例のあの人とではそれほど隔絶した差が存在しますから」
「穏健派の名前が分かるか?」
「私が話した中では、アルレルト、ロキ、ミョスガルドが穏健派です。ただ、巨人族は過激派のカーカス、がクーデターによって実権を握っていますから……」
「その穏健派こそ最前線に駆り出され、デスイーターに加担させられているのが現状です」
マグルの世界でもままあったことである。新しい巨人族の首長は、穏健派を最前線に立たせ、自分達過激派の消耗を最小限にしようという魂胆なのだ。
(……道理で被害が少なかったわけだ)
「それだけ分かれば充分だ。……感謝する」
「お役に立てて嬉しいです」
シリウスはマクギリスが巨人族とすら話そうとしたことを知り、皮肉に思った。
(……これは何の冗談だ?下手をすると、俺たちや魔法省よりは闇陣営の方が巨人族に礼儀を尽くしているということか?)
シリウスの直感は的中していた。巨人族の大半は魔法省との友好的な関係や交渉など望まなかったが、そういうどうでもいいと考えている層すら蔑ろにしてきた結果が今なのである。
戦争とは究極的に言えば、政治の失敗なのである。
***
「私はかつてハリー・ポッターに、現状を打破する奇跡を見出だしました」
マクギリスは闇陣営の内情を明かしたあと、自らの内心をシリアスに吐露した。
「彼の意志と行動は純血社会の中で育ち、それに対して疑問を抱かなかった私にひとつの問題を提起しました」
「……このままで良いのか」
「これが本当に正しいのか、と」
「……スリザリンにありながら継承者を打ち倒し、新たなスリザリンの継承者となった。私は彼の姿に、幼い頃に読んだ童話の英雄を重ねたものです」
「ハリーを政治的に利用するという気なら止めておけ」
「もしもその気ならば……俺は君を容赦なく排除する。どんな手段を用いてもな」
「ご心配には及びませんよ、ミスタ・ブラック」
「私はそれから二年の間、スリザリンの純血派閥として彼の姿を見守ってきました。そして解ったことがある」
「ハリー・ポッター。彼には思想らしい思想はありませんね?」
「……それは悪くはないことだろう。」
シリウスは反論しなかった。
ハリーがマグルに対する嫌悪感を示したとき、シリウスは高圧的にハリーを押さえつけて叱った。個人的な思想の強制であり忌むべき行為であると解っていたが、せざるを得なかった。
「彼は、己と己の友を守る。ただそれだけのために力を振るう。そこに個人的な善悪はあったとしても、純血思想やマグル差別に対する深い考えはない……」
マクギリスの声色に僅かな失望の色が込められていた。
「私にはそれが残念でならなかった。彼が……己の立場と影響力を考え、政治的にどちらかの立場に立てば……将来的には、ダンブルドアや闇の帝王すら越える影響力をこの魔法界に与えることも出来るからです」
「世迷言だな。世界とはそう単純ではない」
「仰る通り。しかし彼には力と名声、財力、そしてアズラエル家のような……言い方は悪いですが、成金の勢力から支持されうる基盤がある」
「その価値に気付いていながら……否、気付いていて彼はそれを棄てようとしている。宝の持ち腐れもいいところです」
「……私は彼を凡俗に貶める教育を施した人間が居るというのであれば、それを悔しく思っています。マグルの世界や貴方や……ダンブルドアの存在は、彼の視野を狭め可能性を奪ってしまった。それが残念でなりません」
「ハリーの人生はハリー自身が自分の選択で決めることだ。マクギリスがどう思おうとも、そこに他人の介在する余地はない」
「ええ。ですから彼を革命の旗頭とすることは諦めました」
「……それは結構なことだ」
シリウスにはまた一つ、死ねない理由が出来た。
マクギリス・カローのようにハリーに近付き利用しようという人間はこの世界には多い。ハリー自身がどう考えようと、ヴォルデモート相手に生き残ったポッター家の当主と言うだけでハリーの存在には影響力が生まれるのだ。たとえハリーに闇に近しい悪名があろうとも。
「私の心を奪った魔女は、ハリー・ポッターのすぐ近くに居ました。」
「魔女……だと?ダフネ・グリーングラスか?」
「彼女は確かに勇敢ではあるでしょう。ハリーに付き従い家を出ることなど並の神経で出来ることではありません。しかし……」
「……グリーングラス家の悪名と、彼女自身の気質は革命にはそぐいません。彼女もまた、ハリー・ポッターのために己を変えただけであってその本質は……保守的な人間であると思っています」
マクギリス・カローはシリウスが考えていたよりずっと詳細にハリーの周辺を観察していたと言ってよいだろう。シリウスから見たダフネの評価はマクギリスより少し高かったが、ダフネが現状の改善や魔法界の改革など考えていないのも事実であった。
「私が英雄性を見出だしたのはハーマイオニー・グレンジャーです。彼女からは、幼き日に会ったヴィセンシア・サントスのような輝きを感じる」
ヴィセンシア・サントスとは魔法界の歴史に残る魔女の一人である。
グリンデルバルド全盛期に麒麟によって国際魔法連盟の長に選ばれた、ブラジル出身の聡明な魔女。グリンデルバルド信奉者(アコライト)との闘争に心血を注ぎ、魔法界の歴史に名を残した英雄である。
「マグルで言えば、ジャンヌ・ダルクが近しいでしょうか。彼女の瞳に宿る、己の信念にそぐわぬものに対する断固たる姿勢と矜持。彼女こそ、革命の乙女と呼ぶに相応しい」
「ジャンヌ?」
「フランスのマグルの兵士で、多くの功績を挙げながらも火炙りに処された女性です。彼女の強き意思は、必ず大勢の人間を動かす力になる」
「……ほう……」
シリウスは表情を嫌悪感に染めないよう必死になりながらマクギリスの話を聞いた。
「彼女のように……既存の魔法界の常識に囚われないマグル生まれの魔法使いはこれまでも居ました。しかし、それは組織や世界によって飲み込まれ封殺されてきた」
マクギリスは自分の考えに酔っていた。というよりは、酔って夢を見なければやっていられなかったと言うのが正しいだろうか。
「これから先の世界で必要となるのは、彼女のような改革者です」
(なるほど、ハーマイオニー・グレンジャーは聡明な魔女だ。リーマスも彼女の見識と知性を高く評価していた)
(自分の頭で考え、自分の意思で組織をつくるだけの行動力もある……)
(……だが。ハーマイオニーにとってもマクギリスのような人間に利用され信念を曲げられるのは不愉快だろう)
マクギリスが勝手にハーマイオニーを崇拝するのは構わない。構わないが、マクギリス・カローという青年が、当のハーマイオニー本人の意図を無視して理想を押し付ける姿は不快であった。
「あれこれと理屈を並べ立てて他人を立たせようとしているが、自分が立とうとは思わないのか?」
「その理由は貴方が一番よく御存知でしょう?私には資格がありません。否、資質と言ってもよい」
マクギリスは自嘲するように言った。
「……ブラック家直系の当主。カロー家の男子。グリフィンドール出身の貴方の言葉でさえ大衆は大して耳を傾けはしなかった。スリザリン出身の私が声をあげたところで、水面に石を投げた程度の反響で終わるでしょう」
「……もちろん。ホグワーツに在籍している間に有効な人脈を構築できなかった私の力不足と言えばそれまでですが」
マクギリスは反省するようにそう言った。ホグワーツの七年間において、結局のところ自寮の三人しか親友を作らなかったし、作る必要も見出だしてはいなかったシリウスにはマクギリスを咎める権利はなかった。
マクギリス・カローもバナナージ・ビストと友情を育むなど、出来ることはしていた。とはいえ、学生の身分で世の中の大きな流れを変えるほどの影響力など持てるはずもないのだ。
「…………不確定な未来の話は後にしようか。我々の密会に感付かれてはいないだろうな?」
「それはありません。アミカスの醜態に帝王は立腹し、アレクトをクルシオにかけましたが、帝王からの二人への評価は元々高くはありませんでした。オーラーにしてやられたとて不思議ではないと思ったのでしょう」
マクギリスの中にヴォルデモートを侮るような雰囲気を感じ取り、シリウスはサングラス越しに眉を潜めた。
「1つ忠告しておくぞ。ヴォルデモートはレジリメンスの達人だ」
「僅かでも怪しい素振りを見せたり、心の動きを察知されればその瞬間に命はない。それを理解しておけ。慢心と油断は身を滅ぼすぞ」
その忠告が届いたのかどうか、マクギリスは怪しく微笑んだ。シリウスは自分で淹れたコーヒーを飲むと、別のティーカップに注ぎ、マクギリスの前に差し出した。
シリウスも驚いたことに、マクギリスはそれを一息で飲み干した。
「……」
マクギリスは飲み干した後で苦味と熱さに冷や汗を流していた。
「インスタントも悪くはないだろう?特にこの適当さが癖になる」
「……ええ、確かに」
「回り道もいいものだぞ、マクギリス。味覚も嗅覚も達者なうちに味を楽しんでおくのも悪くはない」
マクギリスはインスタントコーヒーの苦味よりも、それにベリタセラム最も退くも含まれていなかったことに驚き、目を見開いていた。彼は小さく微笑むと、シリウスにコーヒーのお代わりを要求した。
アミカスのように思考を停止してヒャッハーするのと。
マッキーのように思考を巡らせてヒャッハーするのと。
どちらも行き着く先は地獄ですね。
アレクトとアミカスは嫌いだけど一周回って好きかもしれません。