蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ウィーズリー家最大の幸運

 

***

 

「なぁハリー。ちょっと聞いていいか?」

 

 

 昼食を早々に胃のなかに流し込むと、ロンはハリー達のいるテーブルへと足を運んだ。

 

 ロンには気付かないことではあるが、スリザリンのテーブルではまたウィーズリーかという視線よりは、何で話しかけられるんだコイツという畏怖の視線の方が多かった。

 

「何だい、ロン?」

 

 

「薬学の教科書に載ってた、ゴルパロットの第三の法則ってやつなんだけど」

 

「何であんな難解な書き方になってんだ?」

 

 

「混合毒薬の解毒剤の成分は、毒薬の各成分に対する解毒剤の成分の総和より大きい、ですね」

 

「そう、それだ」

 

 ロンはアズラエルに頷いた。

 

 ゴルパロットの第三の法則。Newt課程の魔法薬学で学ぶ法則の一つである。

 

 著名な薬学者であり、同時に毒物学者でもあったゴルパロットは幾つかの法則を提唱し、それが真であることを証明した。

 

「それはね」

 

「下手に解りやすく書くと皆が毒を盛るからだぜ」

 

 ハリーの話に割り込んだのはザビニであった。

 

「……魔法の毒薬ってのは不思議なもんで、ひとつの毒……いや、薬と、無関係の毒とが絡まって作用すると解毒に余計な手間がかかる。安価な惚れ薬とかジョーク用品の爆発性発毛薬だって、用量を弄くったら毒になるからな」

 

「……惚れ薬の解毒に……発毛薬の解毒に余計な手間がかかっちまうってことか」

 

「惚れ薬の影響で身体は興奮状態にあるのに、発毛薬の効果が激化して巨大な髪の毛の化物になった魔法使いが居るって話は『薬学大全』に載ってたね。面白かったから覚えてる」

 

 ハリーは一年前に試験勉強のため読んだ資料から記憶を引き出した。

 

「こういう法則を知ってるやつが馬鹿げたことをやらねぇようにわざと面倒な言い回しにしてんだよ」

 

「フレジョなんかは知ってたらやりそうだしな……」

 

「だろ?」

 

「……ん、でもよ?毒薬って中和反応があったりするだろ?その場合はどうすんだよ」

 

 

「ロンの言う通り、厳密には毒と毒とが作用して毒を打ち消すケースもある。アコニチンとテトロドトキシンが代表例なんだけど……」

 

「あー、あれだろ?アコニチンって言ったら脱狼薬に使うやつだ。身近な話だと覚えてるもんだな~」

 

 ロンは思い出したと言って笑った。

 

 アコニチンとはトリカブトの毒である。トリカブトは、ウルフスベーンにも用いられる魔法薬としてはポピュラーな毒物である。

 

 マグルの世界でもこのアコチニンを中和させる毒物があることは知られているし、魔法界においても異なる毒素が反応を打ち消しあうケースは当然ある。

 

 あるのだが。

 

「第三の法則は、『個別の毒素に対する解毒剤』に加えて『薬の副作用を抑えるための薬』も解毒薬としてカウントする。だから中和反応は問題にはならないんだ」

 

 

 ロンは腕を組んでわかったようなわからんような、と呟いた。

 

「中和反応を考慮に入れないのはマグルの毒と違って魔法の毒は人体への有害さも桁が違うからだな。魔法で時間差やら温度変化やら体内での効果時間やらを誤魔化す手段は山程ある。だから個別の解毒剤と副反応を止めるための解毒剤を用意しとけってことだ」

 

 ザビニがいつになく薬学に対して多弁だったのは意外であった。

 

 スネイプがハリーに対してアカハラを働くのは周知の事実であった。スネイプが薬学教授であった五年間のうち、そのとばっちりは、ハリーとよく組むザビニにも及んでいた。だからザビニは薬学に対して強い興味を示すことはなかったのであるが。

 

 ホラスからお気に入りの生徒に選ばれ褒められたことによる心境の変化か、スネイプ教授が担当でなくなったことによる影響か、ザビニは以前よりかなり前向きに薬学に取り組むようになっていた。

 

「……しかしロン。君、最近調子いいですね。ハーマイオニーとも話すようになりましたし。例の彼女……ラベンダー・ブラウンとはもう別れたんですか?」

 

「……いや……それはまぁ……」

 

 アズラエルの責めるような視線にロンは口を濁した。

 

「アズラエル、そっとしておいてあげなよ。それはロンが決めることだろう?」

 

「……あー、ありがとなハリー」

 

 調子よくハリーに笑って礼を言いながら、ロン達はホラスの待つ魔法薬学の地下室へと足を運んだ。

 

***

 

 薬学の教室でホラスの説明を聞いているふりをしながら、ロンは別のことを考えていた。

 

(……いやまぁ……ラベンダーとのことをどうするかも問題なんだけどよ……)

 

(……ダンブルドアの個人授業の内容ってかなり重要なことだと思うんだが……ハリーが知らなくて本当に良いのかよ?)

 

 ロンは確かにアズラエルの言うとおり、ハーマイオニーとまた話すことが出来て浮かれていた。しかし、それ以上に迷ってもいた。

 

 自分のことだけではなく、ハリーの問題についてである。

 

 ハーマイオニーと共にダンブルドアの個人授業を受けられるというのは、自分がダンブルドアの信頼を得た証であり、ハーマイオニーの側でハーマイオニーを支えることができるという意味でロンにとっては至上の喜びである。

 

 しかしながら、そこにハリーが居ないというのがロンにはしっくりこなかった。

 

(……ハリーより上に立てたら、もっと嬉しいと思ってた……んだけどよ……)

 

 ロンはいつからか、ハリーとの間に差ができていた。

 

 一年生の時も二年生の時も三年生の時も、自分は対等だという意識があった。命を賭けてデスイーターやヴォルデモートの日記と交戦したロンは、自分も英雄の一人だというプライドが芽生えていた。

 

 その差が決定的になったのが四年生の時である。ハリーだけが代表選手に選ばれ、自分は選ばれることはなかった。

 

 途中までは対等であったというのにだ。

 

 誰かが、そう、自分ではない誰かが選ばれ、自分は取り残される。六男に産まれた時からそういう星の巡りなのだと自分自身に言い聞かせていても、感情は耐えられない。

 

 だが。

 

(冷静になって考えてみれば……本当にそれどころじゃねぇんだよな)

 

 その欲求が満たされてみれば、自分はつまらないことを考えていたのではないかと頭も冷えてくる。

 

 いざ自分だけが重要そうな情報を貰い、知っているという環境に立ったとき、ロンの心に残ったのは空虚な不安だけだった。

 

(ヴォルデモートの情報なんてそもそも俺だけ知ってても意味がねぇんじゃねぇか?)

 

 情報というものは、誰もが知っていればよいというわけではない。『誰が知っているか』で価値が生まれるものだという事実をロンはハーマイオニーから学んでいた。

 

 極端な話、自分だけでヴォルデモートのプロファイリングをしたところでろくな案など浮かびはしないのだ。ロンはハーマイオニーの意見を聞いて、ちょっと違わないか?性急過ぎないか?と議論することは出来る。しかし、ではそれを活かすことが出来るかと言われればそんなイメージはないのだ。

 

 ヴォルデモート。死の飛翔、『例のあの人』の恐怖を聞いて育ったロンにも根深い恐怖心はあるのだ。

 

 友達のために何がなんでも立ち向かうことは出来たとしても、植え付けられた恐怖心が先立ってしまって、トム・リドルを冷静に観察し客観的に分析する……という発想などは出来ないのである。

 

 魔法界育ちであるがゆえの弊害であった。

 

 ハリーはトレローニの預言によって、ヴォルデモートから狙われる運命にある。正確に言えば、預言を信じたヴォルデモートはハリーの意思にかかわらずハリーを殺そうと狙ってくる。

 

 ならば、ヴォルデモートのプロファイリングという個人授業はハリーも受けて然るべきではないのか。

 

 そう考えてハーマイオニーに相談してみても、ダンブルドアを信じるべきだという一点張りであった。

 

 ハーマイオニーの主張はこうである。

 

『ハリーに知らせるべきではないとダンブルドアが判断したのなら、私達はそれに異を唱えるべきではないわ』

 

 と。ダンブルドアの方針には従うべきであり、それを邪魔するべきではないと。

 

『ダンブルドアはそう言うけどそもそも何でハリーに話さないんだよ?ハリーが知っておいた方がよさそうじゃないか?』

 

 そう尋ねてもハーマイオニー自身、ダンブルドアの意図を汲みかねているようであった。

 

『校長先生は、今は知るべきではないと思われたのよ。』

 

 ロンがどれだけ聞いてもその一点張りである。

 

(……これで本当に正しいのか……?)

 

 と、授業中にそんなことを考えてしまっていたロンは、不意に手の甲に痛みを感じた。

 

「っ……??」

 

 チクリと刺すような痛みを感じたので右手を見れば、千切られたノートの切れ端がロンの手に突き刺さっている。

 

 ノートにはハリーの字でこう書かれてあった。

 

『ゴルパロットの第三の法則を用いて毒薬に対する解毒剤を作成するんだ。急いだ方がいいよ』

 

 ロンは慌てて目の前に置かれたフラスコの中身を見て絶句した。複数の毒薬が調合されたフラスコの中身は虹色に輝いていて、硫黄とコルクを混ぜたような異臭が漂っている。さらにたちの悪いことに、隣のハーマイオニーや前の席のザビニの席からも異なる種類の毒の香りが漂ってくる。

 

 どんな毒を何種類用いたのか、ロンにはまるで判別が判断できなかった。

 

(い、いきなり実技の難易度上がりすぎだろ!?)

 

 成分分析によって毒薬を特定するだけでも時間を使い果たしてしまうのではないかと思われたのである。

 

***

 

(あっこれは全部を解毒するのは無理だな。眠り薬と痺れ薬の解毒剤はまだしも、失明毒と発熱薬の調合は間に合わない)

 

 ハリーがホラスから渡された毒薬を見てまず思ったのがそれであった。

 

 実技の授業時間は九十分である。ハリーは魔法薬のowlによる調合試験でOを取得しているが、今の腕ではどんなに頑張ったところで三種類の解毒剤を調合するのがやっとである。

 

(……やめた。ここは素直に割り切ろう)

 

 ダフネやハーマイオニー、マルフォイらは既に動き出している。それぞれの解毒剤の複雑な工程も、材料の切断や擂り潰し、加熱といった工程をそれぞれ一括で行い或いは並行することで短縮は出来る。

 

 しかし、ハリーは並列作業によるリスクの拡大を恐れた。解毒剤を並行して作成するということはそれだけ失敗のリスクが増えるということだからだ。

 

 ハリーは割り切ってアクシオによって自分にとって必要な分の材料と、ベゾアール石を取り寄せることにした。ベゾアール石とは山羊の結石で、魔法によるほとんどの毒性に効果が期待できるのである。

 

 命に関わることの無い毒については無視でよい、と切り捨てたのである。

 

 そして調合を終えたハリーは、この日、ホラスからお褒めの言葉とベゾアール石を頂戴することになった。

 

***

 

「……納得いかないわ。理不尽よ。どうしたってあんな判定は……課題の趣旨に沿わないわ」

 

「わかるわ。わかるけど……スラグホーン教授がお認めになったのだから。」

 

 薬学の授業後。

 

 ハリーは恨みがましい視線を向けてくるアーニーやドラコ、憤慨するハーマイオニーを宥めるダフネらの声に申し訳なさを感じつつ、ベゾアール石を己のトランクへとしまった。

 

 与えられた混合毒物に対して適切な解毒剤の調合を試みていたハーマイオニーやドラコ、ダフネらは確かに見事であった。しかし、どつぼにも嵌まっていた。ハーマイオニーはまだしも、ドラコとダフネは全種類の解毒には至らなかったのである。

 

「……そんな便利なものがあるなら俺に話してくれても良かったじゃないか」

 

「これだけ提出したら間抜けに見えるし、手抜きにも見えると思ったんだよ。悪かったね、教えなくて」

 

 ハリーはロンに対して苦笑いしながら謝った。

 

 ハリーは最初から睡眠薬に対する解毒剤の調合を諦めて、他の毒素に対する解毒剤と副反応を抑える薬の調合に取りかかった。そして、ベゾアール石をアクシオで取り寄せた。

 

 ホラスからなぜ睡眠薬の解毒剤を作成しなかったのかと尋ねられ、ハリーは解毒における痛みと苦痛を抑えるには睡眠薬が効いていた方が都合が良いと答えたのである。ベゾアール石を用意したのは、患者の容態と解毒剤の効きを確認して、投入のタイミングを間違えたときの保険のためであった。

 

 ホラスはハリーの解答を気に入った。実践的であると高く評価した。曰く、ゴルパロットの第三の法則に従い続けると用意しなければならない解毒剤が膨大となるが、患者の容態によっては効きが悪くなる薬も多くなる。実際の現場を想定した解答である、という反応であった。

 

 お気に入りの生徒に対する贔屓であったことは言うまでもなかった。

 

「これはハーマイオニーが持っていなよ。僕は睡眠薬の解毒剤を作るのが面倒で手を抜いただけだから」

 

「結構よ。スラグホーン教授が貴方を評価したのなら、それは貴方が持っているべきだわ」

 

 ハリーはそう言ってハーマイオニーの手に解毒剤を押し付けようとしたが、ハーマイオニーは頑なに受け取ろうとはしなかった。

 

「……なぁ、ハリー、ザビニ。ハーマイオニーはホラスの爺さんにプレゼントを渡したいって言ってるんだ。ご機嫌を取っておきたいんだってさ。なにか良い案とかないか?」

 

 ロンはハーマイオニーの機嫌を直すためか、ハリーとザビニにそんなことを尋ねてくる。ザビニが答える前にハーマイオニーは素早く言った。

 

「パイナップルの砂糖漬けよ。私はそれをもう準備しているわ。今度の土曜には届くはずよ」

 

「マジか?それ初耳だぞ。オーク樽で熟成させた蜂蜜酒じゃなかったか?」

 

 ザビニはいったいいつそんなことを知ったのかと気になってハーマイオニーに尋ねたが、ハーマイオニーははぐらかすばかりであった。

 

「蜂蜜酒か。それも準備しておいた方が良いか……?」

 

 ロンは不安そうにハーマイオニーに視線をやった。

 

(……何かあるな)

 

 と、ハリーは察した。そもそもハーマイオニーは教授に賄賂を贈ろうと思うような人ではない。それがいきなりご機嫌を取ろうなど、ハーマイオニー個人の意志では到底あり得なかった。

 

「スラグホーン教授のご機嫌を取ろうと言うのですか?それなら、プレゼントの前に期待はずれのプレゼントを贈るべきですね」

 

 アズラエルは目ざとくそうアドバイスした。

 

「期待外れの……?」

 

 ロンは困惑した。そんなことをする意味があるのかと言いたげであった。

 

「社交界で友好的な関係を構築したい場合によくやる手なんです。予め別の人間にわざとそれなりなものを用意させてがっかりさせておいて、本命の品を序列の高い相手が用意して贈るんですよ」

 

 純血主義者たちの社交界で用いられる手法である。

 

 半ば身分社会と化している社交界において、相手の好物を知っているかどうかというのは重要な要素である。

 

「贈り物には自分は貴方のことを尊敬していますから、これだけのものを用意できますよ、という意味合いがあるんだ。でもまぁ……ね。そうは言っても、アズラエルの立場でドラコ達より良いものを贈ってドラコ達に目をつけられたくはないだろ?」

 

 ハリーの説明にロンは面倒くさそうな顔をした。

 

 要するに、でしゃばるなという無言の同調圧力というものが英国の社交界にはあるのだ。純血主義がまかり通る上層部ともなれば、身分の低いとされている者達は必死に自己を圧し殺しながら立ち回る器用さが求められるのである。

 

 ホラスは純血主義ではない。しかし、旧き世代の人間でありそういう配慮を受けることに対しては敏感な人間である。ハリーはスリザリン生としてそれを敏感に感じ取っていた。

 

「……そういう処世術があるってわけか。……じゃあ俺が適当なものを贈って、ハーマイオニーが本命の品を贈るってことで良いか……」

 

「いや……僕がハニーデュークスのサイダーを贈っておくよ。教授にそれを渡すから、ハーマイオニーから本命のパイナップルを渡せばいい」

 

 ハリーはロンを押し止めた。

 

「え?ハリーはスラグホーンのお気に入りだろ?」

 

「僕がお気に入りじゃ意味がないんだろう?まずハーマイオニーがスラグホーン教授の関心を買わないと。僕の評価なんか今さら気にしてる場合じゃないだろう」

 

 ハリーは罪滅ぼしのつもりで言った。

 

 自分がハーマイオニーを裏切り傷つけ続けているのは紛れもない事実であり、友情をないがしろにしたことは弁明の余地もないとハリーは認めていた。だから、これは当然のことであった。

 

「いや……でも……」

 

 もごもごと口ごもるロンの手に、ハリーはホラスから与えられたベゾアール石と、アバダケダブラを防ぐために造り上げたペンダントを押し付けた。

 

 ルビーを模した偽の宝石の鈍く血のように赤い輝きと、サファイアのような宝石の、青く、しかし、澄みきってはいない輝きがロンの手の中にある。ハリーから押し付けられたペンダントを見てロンはぎょっとする。

 

「ハリー、これは……?」

 

「防具だよ。プロテゴがかかってる。宝石は偽物さ。僕から渡すより、君から渡した方が喜ぶだろうと思って」

 

 ハリーは本当のことをすべて明かしたわけではなかった。宝石の中にモルモットの魂が閉じ込められており、アバダケダブラを防ぐことが出来るかもしれないということはハーマイオニーに伝える必要はないからだ。

 

 話せばまた揉めることは目に見えているのだから。

 

「僕の心配をする前に自分の周囲の心配でもしておきなよ。ロンの方こそ、ハーマイオニーにプレゼントするなり、彼女のフォローでもしてあげた方がいい」

 

 ハリーがラベンダーのことを持ち出してロンの痛いところをつくと、ロンは非常にばつが悪そうに口を閉ざした。

 

***

 

 一週間後の土曜日。

 

 その日、ロンとハーマイオニーは二人でホラスの研究室を訪れていた。ハリーが今日、教授の誕生日にプレゼントを渡したのを見計らってハーマイオニーから贈り物をするのである。

 

(……っベー。結局渡せてねーわ……)

 

 ロンはローブの隙間に忍ばせたペンダントとベゾアール石を握りながらハーマイオニーの後をついていった。プレゼントを贈りたいという気持ちは山々であったが、なかなか素直になることができないでいたのである。

  

 ハーマイオニーからの贈り物を見たとき、ホラスの瞳に驚きと一瞬の困惑が映った。

 

「ほ、ほう……これは素晴らしい。……しかし、私は君にパイナップルの砂糖漬けが好きだと伝えたかね?いやはや、耳に敏いとは思っていなかったよ」

 

「グヴェノグがそう仰っていたと聞いたんです。教授には何かとお世話になっていますから、喜んで頂ければと……」

 

 ハーマイオニーの言葉は嘘である。ホラスの好物に関する情報は、ホラスがダンブルドアにもたらしたトム・リドルとの記憶によるものだ。

 

「いやいや、その心遣いが嬉しいとも。……しかし、生徒から贈られて私だけなにもしないというわけにはいくまいね……」

 

 ホラスははたしてハーマイオニーの嘘に気がついたのであろうか。それとも、気付いていて気付かなかったことにしたのであろうか。

 

 いずれにせよ、ホラスはお気に入りの生徒とそのおまけに対して好意的に振る舞おうとしたようであった。

 

「そうだ。この間のパーティーで贈られた品がある。私もいつ封を明けようかと楽しみにしていたが、君達であれば問題はあるまいよ」

 

 立ち上がって注ごうとするロンにまぁ座りたまえと気前よく言って、ホラスは杖を降ってグラスを三つ用意すると、自分の好物である最高級のハニーワインの栓を開き、とくとくと注ぐ。

 

「こういったものは皆で楽しんでこそ価値があるものだ。アルバスなりフィリウスなりと楽しもうと思っていたが、このハニーワインは君達の舌に届くことを望んでいると私の勘が告げている」 

 

 酒呑みらしい妙な理屈をこねるホラスはロンが心底楽しそうにグラスを持っている姿を見て満足そうに笑った。自分に合わせているだけのハーマイオニーとは異なり、ロンは酒にも興味があるように見えたからである。

 

 酒にとっても、人にとっても、無理やり付き合いで飲まれるよりは酒好きな人間が口にするほうがよい。そう思ったホラスは、心の底から気持ちよく音頭を取った。

 

「では、乾杯!」

 

 ホラスとハーマイオニーがグラスに唇を付けるより早く、ロンはハニーワインを飲み干す。ホラスにとってはロンのその姿がおかしく、そして、ハーマイオニーは少し恥ずかしくて飲むのも忘れて唇をひくつかせた。

 

「おやおや、そんなに勢いよく飲まずとも酒は逃げはしないとも……」

 

 笑っていたホラスとハーマイオニーは。

 

 一瞬のうちに驚愕することになった。

 

「……が……」

 

 がたがたとロンの体が震える。首をかきむしるような動きの後、ロンの身体が音を立てて崩れ落ちる。

 

 ロンの杖が、所持していたペンダントが、ベゾアール石が床に散らばった。

 

「ロン!?……ロン?……ロン!しっかりして!お願い!ロン!!」

 

「なっ……!!?」

 

 ロンの口からは泡が飛び出ている。呼吸困難、意識の混濁。さらに発汗異常。複数の毒物を混ぜ合わせた毒を、ロンは摂取したのである。

 

「……い、一体誰が……こんなことを……!?」

 

 自分のパーティーに招いた誰かが毒を紛れさせたという事実にホラスの思考が飛んでしまう。魔法薬学者として致命的な、一時的な思考停止。現役を退いた上に暗殺という事態を想定していなかった甘さが招いたミス。

 

 ホグワーツ教授であり、魔法使いとして優れた能力を持つホラス・スラグホーンは、しかし、オーラーのようなプロフェッショナルではない。日常が異常に変わるという事態の急変、見えない悪意に対しては無力であった。

 

 そんな中、パニックを起こしていたのはハーマイオニーも同じである。何かロンの症状を和らげる解毒剤がないかと教授の研究室を捜そうとしたとき、ロンの胸元からこぼれ落ちた解毒剤……ベゾアール石を見つけた。

 

「ロン、我慢してね!ワディワシ(逆詰め!!)」

 

 ハーマイオニーはロンを救うためならば躊躇はなかった。

 

 ルーピンから教わった詰め物の魔法でロンの口にベゾアール石の欠片を投与し、強引に少しずつ飲み込ませていく。少しずつロンの症状が改善されていく間に、ロンが摂取した毒を特定したホラスが解毒剤を持ってきた。

 

 ロン・ウィーズリーはその日、ホグワーツを去ることになった。同様するハーマイオニーを宥めて落ち着かせる間、ホラスはロンの胸元から落ちたペンダントを見た。

 

(……これは一体……?)

 

 倒れたロンには目立った外傷がなかったことにホラスは気づいた。よく見ればサファイアの青い輝きの中にプロテゴの淡い銀色の光が見える。ホラスはそれを見て、直感的に何か良くないものであると感じた。

 

「ハーマイオニー、君はこのペンダントが何か知っているかね?」

 

「え……いいえ。……でも、プロテゴの魔力が感じ取れますから……ロンの兄弟の店の新商品か試作品ではないでしょうか。」

 

「ふむ……なるほど。外傷に対しては効果はあったものの、毒には無力であったということか……」

 

 ハーマイオニーでさえそれが邪悪な錬金術の産物であるとは気付けなかった。ホラスもまるで根拠のない直感によるものであったので、そうかと流すより仕方なかった。

 

***

 

「ロン。……無事で本当に良かった……」

 

「いや……大袈裟だって。もう何ともねーんだからよ~。……はぁ、早く箒に乗りてーよ」

 

 ハリーとアズラエル、ザビニ、ダフネ。そしてハーマイオニーはウィーズリー家に見舞いに来ていた。

 

 

 ロンにとっては釈然としなかったであろう。ホラスの部屋で酒を飲んだと思ったら、一週間近くも寝込むことになったのだから。しかし、ロンの顔を見てハリーが思い浮かべたのは安堵だけであった。それはアズラエルも同じ気持ちであっただろう。

 

 ハリーはハーマイオニーがロンの見舞いのために医務室を往復する日々を過ごしていたことを伝えてやろうかと迷った。しかし、すぐにそんな雰囲気ではなくなった。

 

 ロンは死ぬ危険性もある毒を飲んだことは、ウィーズリー家の面々に多大な心的ストレスを与えていた。ジニー・ウィーズリーもロンに対して妙に優しく、アーサーはベゾアール石を飲ませたハーマイオニーのことを心の底から褒めてくれた。

 

「……君とホグワーツで同じ寮に入ってになれたことは、ロンにとって……いや、ウィーズリー家にとって最大の幸運だった。……本当にありがとう」

 

「……あ」

 

「……す、すみません。私……私、どうしたのかしら?本当に嬉しくて……なのに……」

 

 ハーマイオニーの頬からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。ハリー達は無言で顔を見合わせた。

 

(行こうか、皆)

 

 目でハリーはザビニに合図を送った。ザビニはウインクで応えると、アズラエルとジニーの肩を叩いて扉の方に向かった。

 

 ロンとハーマイオニーを二人きりにしようというハリー達の画策は効を奏したのかどうかはわからない。ただひとつ言えることは、ロンがホグワーツに復帰した後、ロンはラベンダーとは距離を置いたと言うことだけである。

 

 

 

 




(朗報)ロンさん、またしても生き残る
ハリーたちは心の底から安堵しました。
ラベンダーは内心穏やかではないようです……
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