蛇寮の獅子   作:捨独楽

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原作におけるハリーの扱いって酷いですよね。ダーズリー家だけじゃなくて魔法界からの扱いもひっでぇ。この二次創作だと自業自得ですが。


線の内側 線の外側

 

 

「ホエール教授。手に持っておられる液体は……一体何ですか?」

 

「キメラの匂い付け香水だ。獣やアクロマンチュラといちいち戦ってられんからな。ポッターとアズラエルも使っとけ」

 

「……なるほど。でも……本当に効くんでしょうか?この森のアクロマンチュラはまだキメラと戦った経験はないと思いますが……?」

 

 ハリーとアズラエルは考古学教授であるホエールの助手として、転入生の鎮座する聖域までの道案内に行くようハグリッドから仰せつかった。

 

 ハグリッドはルナ共々キメラの世話で忙しく手が回らない。そのため、ハグリッドの推薦で森のナビゲーターとして起用されたのがハリーであり、アズラエルはハリーとの同行を申し出たところ、ホエール教授は快く受理したのである。

 

 ホエール教授は考古学者であり、世界の遺跡や森、神殿の探索経験も豊富である。授業内容も他の教授陣に見劣りするというわけではない。

 

 そんな教授を、だからこそ内心で疑いつつ、ハリーは自分も香水を使用してから尋ねた。クラウチJr.の一件からもわかるように、優秀であるからといって信用に足るかどうかは別の話であるからだ。

 

 強いハッカの香りにハリーの嗅いだことのない幾つかの香料が混ざった香水は、現在ホグワーツで飼育しているキメラのそれより更に強烈なようにハリーには思える。それでも確実に効くという保証はない。アクロマンチュラがキメラを恐れるという話をハグリッドから聞いたわけではないからだ。

 

「野生の動物は何も手当たり次第に襲って食べる訳じゃない。よほど腹をすかせていなければ、未知の生き物の香りは警戒する。そして、恐る恐る偵察したとしても姿が見えなければ踏み込んでは来ない。魔法生物は本能で魔法を警戒するからな」

 

 そうしてホエール教授は持参した透明マントをハリーたちに見せた。

 

「ポッターは透明マントをもう持っているらしいな。俺の分は二着あるからアズラエルは俺のを使え。使って行くぞ。今回の探索では戦闘は極力避ける」

 

「香水の効果は四時間時間程度だ。森から出たらスコジファイ(消毒)すればいい。道案内、よろしく頼むぞ」

 

「承知しました。では、僕の足を見て着いてきてください」

 

「では、後ろは僕が警戒します。構いませんか、ホエール教授?」

 

「任せた、アズラエル。なれてるやつが居ると話が進みやすくて助かる」

 

 ハリーはホエール教授を先導する間、わざと足元を晒しながら森を行進した。

 

「……想定していたより蜘蛛が多いですね」

 

 アズラエルはそう言って蜘蛛の巣を示した。

 

「蜘蛛の巣が多いということは、アクロマンチュラの縄張りが近いかもしれません。警戒してください、教授」

 

 ハリーはハグリッドの教え通りに警戒を促した。

 

「……本来なら森のトロルやらが出てきてもいい頃だが。居ないってことは、群れが移動したか……殺されたからだろうな。気を引き締めて進んでくれ」

  

 ホエール教授は全面的にハリーを信頼する姿勢を見せた。ハリーはマフリアートによって音を立てないように進んだが、道中、木々の切れ目を動く蜘蛛の手足を目撃した。

 

「止まってください」

 

 ハリーはアクロマンチュラが三匹、更に後から四匹ものアクロマンチュラが連れ立っているのを目撃した。アクロマンチュラ達とここまで遭遇するという事態は想定外で、アズラエルはガタガタと震えながら息を呑んだ。

 

 ハリーは警戒しながら、いつでもアクロマンチュラを殺害できるよう杖に魔力を込めた。

 

(……いつでも来い)

 

 最悪の事態となったときハリーがアクロマンチュラを一度に殺せるのは良くて一匹、最高でも二匹なので、ホエール教授とアズラエルの逃走時間を稼がなくてはならない。ハリーはそんな風に思考を回していたが、杞憂に終わった。

 

 キメラの香りを警戒するというホエール教授の話はあながち間違いでもなかった。アクロマンチュラはハリー達とは距離を取っていて、違う方向へと進んでいった。

 

 

「運がいい。どうやら腹は空かせていなかったらしいな」

 

「……妙ですね。一匹二匹のはぐれというわけでもないのにこんなところまで来ているなんて」

 

「考えられるのは、アクロマンチュラのコロニーに異変があったかだな……重要な部分はハグリッドに判断を委ねた方が良いだろう」

 

 ホエール教授はそう言ってウインクした。言った通りだったろうという風だが、頬から流れ出る汗は止められていなかった。

 

 ハリーはこの日、幸運にもアクロマンチュラを殺害することなく森を進むことが出来た。とはいえ、アクロマンチュラが周囲を警戒するように連れ立っているのは珍しかった。

 

「アクロマンチュラの棲息圏が変わると森のパワーバランスも変化します。そうなると、ケンタウルス族から抗議があるかもしれませんし……ハグリッドの仕事を増やすことになりそうですね……」

 

「教師をやりながら森番業務までこなさなきゃならんとはな。まったく頭が下がる」

 

 そう話しながら聖域にホエール教授を送り届けると、ハリーとアズラエルは小一時間ほどアクロマンチュラに対する愚痴をこぼしながら時間を潰した。

 

「それにしても尻尾を出さないね。ホエール教授ではないのかもしれない」

 

「……かもしれませんがね。インペリオであったりコンファンド(錯乱の魔法)であったり、警戒しなくてはならない要素はありすぎるんですよねぇ。……ですからハリー、帰りは僕が先導しますよ。ホエール教授に背中を曝すのは幾らなんでも危険です。それは勇気とは言えませんよ」

 

 

 

 アズラエルの自分がどれだけ君を心配したかという愚痴を聞いていると時間はあっという間に過ぎた。ホエール教授が時間が経ちすぎて萎れた柑橘類のようになって聖域から戻ったとき、ハリーとアズラエルの溜飲は下がった。

 

 大の大人であろうが教授クラスの魔法使いであろうが、転入生という災害はどうにもならなかったということをホエール教授の顔が雄弁に語っていた。

 

「…………ポッター、明日の放課後研究室に来い。お前には仕事を依頼したい」

 

 ホエール教授は覇気をなくしてハリーにそう話した。

 

***

 

「よく来た。まぁ座れ。……紅茶でなくてチャイでも構わんか?」

 

 ハリーは約束を守り教授の研究室を訪れた。ホエール教授はハリーに対してやけに優しく、不気味であった。

 

「ええ、お任せします。チャイというのは?」

 

「インド式のミルクティーだ。前にストレートの紅茶を出したら君らにえらく怒られてな。それからは、茶の鮮度を誤魔化せるこいつにしている」

 

「英国人の全員が拘りがあるわけではありませんよ。それは偏見というものです」

 

 実際ハリーは今さら茶の味に文句を垂れるつもりはなかった。毒が入っていなければよし。入っていれば、歯に仕込んだ小さなベゾアール石の出番である。

 

「ありがとうございます」

 

 ハリーは教授の目の前で、ゆっくりとチャイを嚥下した。

 

 何らかの毒物が使用されていればすぐに歯に仕込んだベゾアール石が起動する。ハリーは紅茶を飲み干してからホエール教授の出方を伺った。

 

「……あの、御用と言うのは?」

 

「まぁそう急ぐな。世間話でもしてみたいと思ってな」

 

 キメラの香水を使ったときも、森でわざと背後を晒したときも、そして、今回もホエール教授の反応はなかった。

 

(……何が狙いなんだ?)

 

 ハリーは内心で教授の値踏みをしながらゆっくりと教授に問いかける。

 

「教授はホグワーツには短期間だけという約束で来られたのですよね」

 

「ああ。前任が一年間休職するからその穴埋めだ。ダンブルドアの依頼でな。……俺は研究の都合上英国に興味があったんで志願した」

 

「研究の都合ですか……先生の目的は達成されましたか?」

 

「さて、どうだろうな。俺の目的が達せられるかどうかはこれからの俺の働き次第だ」

 

 ホエール教授はハリーの問いには曖昧にはぐらかして笑った。

 

「先生からご覧になってホグワーツはいかがですか?僕たちは他の学校のことを知りませんし、外国の方の視点というものに興味があります」

 

 

「ああ、俺から見てホグワーツというのはなかなか興味深いな。四つの寮ごとにくっきりと風潮が別れているというのも面白い。出来る生徒とそうでない生徒との差が激しいとは感じるがな」

 

(……毒が起動しない。流石に目の前で毒は仕掛けてこないか……)

 

 ハリーは目の前のホエール教授を、ホラスが所持していた毒入りハニーワイン事件の犯人ではないかと疑っていた。

 

 毒を仕込んだ犯人の狙いがホラスなのか、ハリーなのか、それとも他の誰かであるのかはわからない。分からないが、闇陣営であるならハリーを狙わない理由はない。そう思ってハリーは隙を見せた。

 

(……ホエール教授が黒だとして……僕を狙うようなバカなら楽なんだけど。やっぱりそういう短絡的なタイプではなさそうだな……)

 

 なぜなら、ホグワーツにおいて短期間だけ赴任する教授というのは闇陣営や魔法省といったホグワーツを脅かす勢力にとっては願ってもない存在であるからだ。

 

 かつてマッドアイが狙われたように、短期間だけでもホグワーツ内に入り込めるというのはホグワーツのセキュリティすべてを素通り出来るということに他ならない。教授という立場に息のかかった人間を送り込むのはごく自然なことだ。

 

 真っ先に疑うべきスネイプがこれまで沈黙を保っている以上、ハリー達の立場で疑わしいのは新参の教授ということになるのだ。

 

 クリスマスのパーティーにおいてホラスのパーティーに招かれた著名人達は既にここに居らず、彼らを調べるなどハリーにはできない。そして、目の前のホエール教授はパーティーに招かれたわけでもないし、ハリーも見てはいない。

 

 世間話をしながら、ハリーはホエール教授に裏がないかどうか確かめようとしていた。

 

「教授からご覧になっていて『できない生徒』というのはどんな生徒ですか?僕たちは確かに考古学に熱心な学生であるとは言えませんが……」

 

「あー、そうだな。考古学に関しては俺ははなっから期待していない。要するに、【いい友人】を作れなかった生徒だな。ポツンと孤立してるような生徒はどの寮にもいるだろう?」

 

「そういう生徒に対する救済措置はないように感じるな。まぁあくまでも俺個人の感覚だが」

 

 含みを持たせたような目でホエール教授はハリーを見た。

 

「……そればかりは、個人の問題としか言えません。僕も孤立する可能性はあったので偉そうなことを言える立場でもありませんが……」

 

 ハリーはゆっくりとため息を吐き出した。

 

 四つの寮に別れたホグワーツにおいて、『友人を作れるかどうか』というのは死活問題である。孤立している生徒は悪目立ちするものだ。

 

 だからハリーが同室のアズラエルやザビニやファルカスとつるんだこと自体はそう珍しい話でもなかった。

 

 また、一度形成した友情を七年間続けられるかというのもまた別の問題だ。

 

 些細なことから大きな問題まで、友情が壊れる要因というのはいくらでもある。一度友人関係が破綻して孤立してから、馴染みのない誰かのグループに入る難易度は確かに高いと言えるだろう。

 

(……でもそれはホグワーツに限った話じゃない)

 

「そんなに不自然に見えますかね。その環境特有の価値観があるっていうのは。どの世界、どんな環境であってもあり得ることだと僕は思います」

 

 ホグワーツは寮生活である。同じ寮の生徒との間で孤立すると、そのリカバリーを行うのは並大抵の努力ではどうにもならない。ハリーはそれを肌で実感してはいたが、ホグワーツというよりは寮生活である以上はやむを得ないと割りきっていた。

 

 一例を挙げると、ルナはレイブンクロー生らしい確かな実績を挙げたとはいえ、じゃあレイブンクロー生の友人がいるのかといえばそれは違う。同じ寮の上級生がフォローするといっても学年が違えばそれも難しい。

 

 しかし、他の寮の友人を作る自由はある。

 

 ハリーの見る限り、ルナと行動を共にしているのはだいたいはコリンかシュラ、最近ではジニー・ウィーズリーくらいのものであった。だがその事実こそ重要だとハリーは考えている。

 

 確かに孤立による孤独は恐ろしいが、ホグワーツはそれだけでもないとハリーは思っていた。

 

「外部から見るとな。はっきりと四つの寮の特色が別たれているのはなかなかに興味深いよ」

 

 ホエール教授はホグワーツの教育システムについて非難するというよりは、非常に興味深いサンプルを見たという感覚で話をした。ハリーはモルモットになったような気分でホエール教授の話に耳を傾けた。

 

「たとえば三年生、六年生のタイミングで交遊関係を変える機会はあるが。一度出来上がった人間関係が七年も続くというのはなかなか興味深い。君らの人生を形作る上でかなり重要だと思う」

 

「外国の方はそう思われるのですね。僕としては少なくともスリザリンのことを疑問に思ったことすらありませんでしたが……」

 

(……思ったよりもズバズバ来るな。こういう批判的な話をしてくるとは思わなかった。何が狙いなんだ?)

 

(……ホエール教授がスパイなら、ダンブルドアやホグワーツに批判的な言動は慎む筈だ……)

 

 適当に話を合わせながらハリーはホエール教授の感情を読み取ろうとした。

 

 ハリーのレジリメンスが他人のそれと比較して優れているのかどうかハリーにはわからないただ、スネイプがハリーに対してしたような、心の奥底をこじ開けるようなやり方はハリーは好まなかった。

 

 些細な視線の揺れ方、指先の動きや唇の動き。それらの動作と共に揺らめく感情の動きがあれば、なんとなくそれがわかるという程度のものである。

 

 ハリーから見て、ホエール教授から嘘は読み取れない。嘘は読み取れないが、本当のことを言ってもいない。そんな気がしたのである。

 

 不気味な感触であった。ハリーの置かれている状況がそう思わせるのか、ホエール教授のオクルメンシーが上手いのか、ハリーには判断がつかない。

 

 オクルメンシーとレジリメンスを熟練させるのは才能ではなく、経験である。

 

 人間は立場に応じて平気で嘘を使い分ける生き物だ。だからレジリメンスによる心の推察に頼りすぎている人間は嘘を嘘だと見抜くことは出来ても、その濃度を見分けることは出来なかったり、本音を信じすぎてしまうがために破滅する。ハリーはその危険性まではまだ分かってはいない。

 

「先生からご覧になって我々スリザリン生をどう思われますか?」

 

「俺から見てか。なかなか抜け目がないいい生徒達だな。わかりやすい世辞のオンパレードにはうんざりするがな。よく躾けられていると思うぜ」

 

 ハリーは苦笑した。本当にそうであれば良かったのだがと思った。

 

「……?どうしたポッター。何か変なことを言ったか?」

 

「……いえ。『社交辞令』と言われるのは変な気分ですね。はっきりと言ってくださるのはかえって新鮮で」

 

「言い方が悪かったな。俺に礼儀正しく対応してくれる分、俺にとっては接しやすい生徒が多いぞ。ま、生徒に対してどうかは知らんがな」

 

「同格の競争相手を目上の教師と同じ対応をしろと言うのは難しいですね」

 

 スリザリン生は無駄にエリート意識が高い。成績や寮で獲得した得点を競うシステムの都合上、他の寮の生徒は競争相手でもある。

 

 貸しを作って融通がきくように政治力を確保するという方向に行く生徒もあるが、他の寮の生徒に嫌がらせをして蹴落とそうという者もいる。そういう仲間を止めはしないのもまたスリザリンの特色であった。

 

「大抵の生徒は、スリザリンに対してあまりよい顔をされないものです。ですから、教授から良い言葉を聞けて嬉しいです。それが社交辞令であったとしても」

 

「……あー。そうだな、ポッター。スリザリンというのを気にしているのか……?」

 

 雑談に興じていたホエール教授は、ふと思い立ったようにハリーに尋ねる。ハリーはええ、と素直に答えた。嘘をつく理由もないからだ。

 

 

「……ポッター。これは現時点の俺の所感であって、ホグワーツに訪れた外国人全員の所見ではない。そこを踏まえて聞きたいんだが……」

 

「スリザリンというのはそんなにも酷い言われようなのか?」

 

「ええ。『例のあの人』を輩出した寮だとと言えばお分かりでしょう?ほとんどの生徒は僕たちにはいい印象を持ってはいませんね」

 

「………………そうは見えないが?」

 

 ホエール教授は言うが、ハリーは肩をすくめて言った。

 

「ロンやハーマイオニーが特別寛大な子達なんですよ」

 

 

 

 ホエール教授はどこか遠い目をしてから、チャイを飲み干した。

 

「なるほど。英国内ではそう考えているというわけか……」

 

「と言いますと?」

 

「ポッター。これはここに来るまでの俺から見たホグワーツ魔法魔術学校の学術機関としての位置付けだ」

 

「……他の生徒には話すなよ?」

 

 そう言うと、ホエール教授はズラリと教育機関の名を並べた。

 

 ワガドゥー、ダームストラング、イルヴァーモーニー、マホウトコロ、ボーバトン。外国の錚々たる魔法学校や専門学校の名が並ぶなか、ホグワーツの位置付けは決して高くはない。

 

 ……どころか。

 

 ダームストラングよりも下であった。

 

「俺はこの学術機関実際に入って中を観察した訳じゃない。だから伝え聞く評判やら何やらを加味した印象値に過ぎないんだがな……」

 

「……そこまで酷い言われようなのですか?」

 

「ダンブルドアをもってしてもテロリストを排出する構造ができた、言わば……英国の闇を凝縮した環境だというのが俺の印象だった。そこにスリザリンだの、グリフィンドールだのという区別は知らん」

 

 ホエール教授は腕を組んで言った。

 

「中に居る君らや英国内からすれば、どの寮出身かと言うのは学歴的価値もあるんだろうがな……外国人にしてみれば、そんなことは関係ない。ホグワーツ生というだけで差別主義なのではないかと疑ってしまった」

 

 ハリーは喉元をナイフで抉られるような衝撃を受けた。

 

(フルールやクラムはそんなことは一度も……いや……そもそもあの人達は代表選手だ)

 

 ハリーは一瞬で思い浮かんだ考えを改めた。

 

 あの二人が特別ハリーやセドリックやホグワーツに対して寛大であったというだけで、外国人の誰もがホグワーツに寛大であるわけもない。

 

 そもそもホエール教授にしても、ホグワーツそのものに特別な興味があったわけではないだろう。その上で、断片的な噂から下された評価がダームストラング未満なのである。

 

(国の威信を背負ってるのにこっちに失礼な態度を取るわけがないじゃないか)

 

 トライウィザードトーナメントの折、ハリーは冷たい視線を向けられた。とはいえ、それは不公平きわまりない状況のせいであったし、第一の試練の後は誰にも文句は言わせなかった。

 

 が、客観的にホグワーツを見れば優れているとはとても言えない。そもそもヴォルデモートを輩出したという不名誉はスリザリンだけのものではなく、外国から見ればホグワーツ全体の恥なのである。

 

「俺の見識も的はずれなものだったというのは認める。どの教育機関にだって欠陥や欠点はあるし、どんな組織でも体面は良くする。外部からは暗部が見えにくいように誤魔化すもんだ。入ってみれば、ホグワーツはそう悪いところじゃない」

 

「……僕たちは外部への隠蔽ができなかった。ヴォルデモートという存在はやはり強烈すぎたようですね」

 

「……ポッター」

 

「………………スリザリンという寮で君がどういう立ち位置なのかは知らんがな。あまり組織に囚われるなよ」

 

「どうも君は生き残っただの英雄だのと言われてるらしいし、『例のあの人』と戦わなくてはならないと思い詰めて居るらしいがな。そんなものは、無関係の第三者が造り上げたレッテルに過ぎんぞ」

 

(……そうだったら良かったですね。そうであったなら……)

 

「今内戦をしているのは大人達であり、英国魔法省の闇祓いだ。つまり、君には本来なら何の責任を負う義務もない。どこかの国に逃げて、顔と名前を変えて生きても何の問題もないんだ」

 

 ホエール教授は外国人らしい、責任を持たない人間の無意味な所見を述べた。

 

「僕は自分を英雄だと思ったことはありませんし、戦いから逃げる臆病者になる気もありません」

 

 その後、ホエール教授への配慮も必要だと思い柔らかい皮肉を付け足した。

 

「そういった言葉は、両親や親しい人間を失った生徒にかけてあげてください」

 

 

 

「……いや……ポッター。正直に言うとおれは考古学者としては……」

 

「目の前のサンプルに興味を惹かれない訳じゃない。英国が君を英雄視していて、メディアがこぞって君を持ち上げるという現象は考古学者や社会学者としては観察の対象として大いに興味がある。んだが……」

 

「いち社会人としては、君が……いや、君たちが英国内部の戦争にわざわざ参戦して殺し合いをする意義はどこにもないだろうと思っているんだ」

 

 ホエール教授はある意味では、非常に魔法族らしい個人主義的で、かつ配慮に欠ける思考回路であった。

 

「そこまでする意味があるのか?」

 

「……教授は……個人主義者なのですね。あるいは孤立主義者なのですか?」

 

「……あー、まぁ、そうだな。俺の伝え方が悪かったようだ」

 

「俺が言いたいのはだな。純血主義や半純血主義、そして反純血やマグルとの融和主義。それは君自身の内から産まれたものではなく、ホグワーツと英国社会という環境によってそう言わされているのではないかと危惧したんだ。君や、君達に対する侮辱であることは否定しない」

 

(……俺に言わせれば、英国やホグワーツへの帰属意識こそ、『人間関係の柵に囚われて』『自分の選択肢を狭めている』んだがな……)

 

 ホエール教授から見て、英国のマスメディアがこぞってハリー・ポッターを崇めた報道をしているのは異様であった。少し図書館を見て一年前の記事を漁れば、そのハリーをバッシングしているのも異様であったが。

 

 記事の中のハリーは、『どうぞ我々を恨んでください』とでも言わんばかりの狂人扱いであった。なにも知らない外国人のホエールだからこそ思うのだ。

 

 こんな連中のために命をかける価値があるのか、と。

 

 ハリー・ポッターが闇の魔術に傾倒しているというのは事実である。秘密の部屋を見聞したホエールはハリーの危険性は正しく認識している。個人が焼夷弾を持っているようなもので、日常的に付き合いたい人間ではない。

 

 それはそれとして。

 

 客観的にハリー・ポッターという存在を評価した場合。

 

 ひたすら大人の都合に振り回されているあわれな少年、ということになるのだ。

 

 産まれた頃に、テロリストに対するレジスタンス活動をしていた両親のせいで命を狙われる羽目になり。

 

 生き残った子供と言われつつも、世間では一瞬のうちに忘れ去られ。

 

 再び世に出たかと思えば狂人として扱われ。

 

 ヴォルデモートが復活した途端に『選ばれし者』だと呼ばれている。

 

 これに疑問を思わない方がどうかしているのである。

 

 魔法界には年齢以上の天才はまあまあの頻度で出てくるが、間違っても子供にやっていい扱いではなかった。

 

(何でこんな国にとどまろうとしているんだ?)

 

 と、ホエールは思うのである。

 

(こんな国にとどまって命をかけるより、戦争の及ばない海外に逃げて隠れればいい)

 

 ホエールの真意はそんなところであった。

 

 しかし、ハリーはホエール教授へ頑なな態度を崩す気はなかった。

 

 ハリーから見てホエール教授を信用できる理由はどこにもない。

 

 今後状況が悪化した場合、ザビニやアズラエルやロン達を海外に一時逃亡させるという手も取らなくてはならないかもしれない。しかしそんなもしもを想定したとしても、ホエール教授のつてを借りる意味はない。

 

 

 ハリーがヴォルデモートを殺すというのは、最初は単なる子供の思いつきにすぎなかった。しかし今は、ハリーのヴォルデモートに対する復讐であり、魔法界の未来をかけた闘争なのだ。ハリーが全てを棄てて逃げるわけがなかった。

 

 

 ハリーはホエール教授の裏を取ることはできなかった。外国人らしい無責任、かつ、ある意味で斬新な視点。スパイとしては怪しすぎてあり得ない怪しげな素振り。ダンブルドアに報告はするが、こんなスパイを送り込んだとすれば闇陣営はよほどの愚か者に違いなかった。

 

「……先生。一つ、誤解があります」

 

「何だ?」

 

 ハリーはホエール教授を見据えて言った。緑の瞳には確かな光が宿り、ホエール教授はほう、と唸った。

 

「僕は社会や周囲が強制するからそうしているわけではありません。僕は自分のしでかした過ちを、他人のせいにするつもりはありません」

 

 

 

「君の持っている透明マントについていくつか質問をさせてほしい」

 

「はい?」

 

「俺は十八年前に英国に立ち寄った。考古学者として火事場泥棒……いや、歴史の転換点に立ち会うつもりで英国を訪れた」

 

「……そうだったのですか?」

 

「そして、デスイーターに襲われ死にかけた。髑髏の仮面をつけた連中に囲まれてな。仲間になるか死ぬか選べと迫られたよ」

 

 部屋の空気が一段と重たくなった。

 

「もう死ぬしかないかと思ったとき、俺は君のご両親に危ういところを救われた。リリーの魔法がなければ命はなかっただろうし、ジェームズの透明マントがなければ、デスイーターに捕まって拷問の憂き目にあっていたと思う」

 

(ま、助けられたのは俺じゃなくて、俺の知り合いなんだが………な………)

 

 ホエール教授の言葉は嘘である。

 

 

 ホエール教授のオクルメンシーを突破できない現時点のハリーには、その真偽の判断はつかないのだが。

 

「リリーとジェームズには会って礼を言いたいと考えていたが……ついに会えずじまいで終わってしまった。この場を借りて礼を言わせてくれ」

 

 ただし、言葉のなかに真実が隠されていた。ホエール教授の語った体験そのものは事実である。

 

 リリーとジェームズが命を救ったのはホエールではなく、当時のフランス魔法省外務局局長の命である。

 

 ホエールは縁あって引退したその元局長と接する機会があった。元局長から昔の話を聞いた折、話の端に出てきた単語がホエールの心に引っ掛かっていたので、ホエール教授は嘘をでっち上げることが出来た。

 

「君の魔法は恐らくはお母様ゆずりだろう。リリーは優れた魔女だった……そして、お父上からは透明マントをはじめとしてさまざまな遺産を受け継いでいる。財産があるということは強い。君は、他の人間より選択肢を広く取れる」

 

「……だからこそ、君は生きる権利があると思う」

 

 

「父と母に恥じる生き方を選べということですか?」

 

 

「違う。周囲や環境のため死ぬのではなくて、自分自身の人生を歩む権利があるということだ」

 

 

 ホエールとハリーは表面上は笑みを絶やさなかった。しかし、ハリーの内心は微かな怒りで煮えていた。それを外に出さないように、ハリーはオクルメンシーによって心の平静を保たなくてはならなかった。

 

「今の君は……いや、君達は学生だ。自分で生き方を選ぶ権利がある。責任を持つのはまだ大人であり、引き返す機会がある。戦争に参加するのもしないのも自由なんだ」

 

「自由ですか。僕は自分自身な自由意思でもって行く先を決めているつもりです」

 

「そう言い切れるか?君の周囲の大人達は、一度でも君の進む道を強制しなかったと言えるか?」

 

 ハリーはダンブルドアとシリウスの姿を思い浮かべた。

 

(……進む道は決められそうになったことはある。けど……)

 

 結局シリウスやダンブルドアの厚意を無視して人を殺した自分に、二人をどうこう言う権利など無かった。

 

「ありませんね。一度も」

 

 ホエール教授がハリーを見る目に宿ったのは憐れみであった。その憐れみは、ハリーの神経を逆撫でして酷く苛立たせた。

 

 

「まだまだ君には可能性がある。死ぬ可能性が高い戦争に身を投じて、むざむざ英国のために死ぬことはないだろう?」

 

「……そうですね」

 

 ホエール教授の誘いを、ハリーは考えるふりだけした。

 

 ハリーの心の内は決まっていた。

 

(そんなことを今更気にしている場合じゃない。その段階はもう過ぎたんだ)

 

 ハリーはもう、人として守るべき一線を超えている。

 

 ハリーには人の権利、人として護るべき倫理観を棄ててでも守らなくてはならないものが山ほどある。

 

 ハリーは別に英国魔法界を護るために戦わされているというわけでもなかった。戦うことを決めたのは自分自身だという自覚がハリーにはあった。

 

 そして戦うことには常に代償が伴った。

 

(僕はいつも、自分以外の人達を犠牲に生き延びてきた)

 

 母親を失ったザビニ。

 親友を殺されたアズラエル。

 実家から勘当されたダフネ。

 忠告を無視し続けたハーマイオニー。

 

 彼らをそれでも護ると、どれだけ恥を曝してでも友達だけは生かしたいと思う気持ちに偽りはなかった。

 

 ……親友達の中でも異様に生命力の強いロンだけは、わざわざハリーが守る必要はないかもしれなかったが。

 

 とにかく、親友達に加えて自分を信じてついてきたザムザや、裏の集会の仲間達。コリンのような後輩。ハリーには彼らに報いる義務があった。少なくともハリーはそう信じている。

 

 彼らを置いてハリーだけ戦いの場から逃げるなどあり得ない。彼らが命の危機にあったとき彼らを逃がすという選択はあり得るが、その逆はあってはならないとハリーは思っていた。

 

 

「確かにマントは今も僕の手にあります。……だからこそ、僕は父と母に恥じない魔法使いでありたいとは思っています」

 

 ハリーから言葉を引き出したホエールは内心で笑った。

 

(なるほど、なるほど。死の秘宝のうち、最強の杖はダンブルドアの手に。そして透明マントはポッターの手にあるわけか……)

 

 魔法界のお伽噺に精通するホエールがわざわざ足を運んだ理由。それは、伝説上の秘宝がこの世に存在するのかどうかを確信するためであった。

 

 通常、透明マントの効力は一年と持たない。デミガイズの毛皮によって作られたマントは透明化の魔法をかけ続けるうちにその力を弱めていき、熟練の魔法使いであったとしても、使い続けるうちに透明化を維持できる時間も減っていくのだ。

 

 ポッター家に代々伝わる秘宝が、伝説上のそれとほぼ近いということはホエールにはよくわかった。

 

「……そうか……理解した。俺の話は忘れてくれ。つまらん話題だったと思うが付き合ってくれて感謝する」

 

「いいえ。僕のほうこそ、お時間を割いて頂いて感謝します。教授のような意見を口に出す人は居ませんでしたから」

 

「……そうか」

  

 ホエールはハリーに同情的な視線を向けないよう努めて意識しながらハリーを見送った。ハリーが研究室から去ったとき、ホエールは椅子に座り直し、不貞腐れたようにチャイをがぶ飲みした。

 

(……惜しいな。戦争でポッターが死ぬと、伝説の透明マントは紛失するか……最悪、ヴォルデモートの手に渡ることになるわけか……)

 

(ニワトコの杖もダンブルドアの手にある。そして俺は、この状況でそれを横取りするような阿呆でもなし……)

 

 ホエールは今回ばかりは、自制心を発揮した。

 

 考古学者というものは、過去の探究に人生を費やす生き物だ。目の前の遺物が過去の遺産だと感じたならまず確認し、観察し、歴史の遺産であるのか検証しなくてはならない。それが研究者の在り方である。

 

 ホエールは研究者としてはあまりにも人でありすぎた。

 

 戦時下にいるハリーに逃げることを促し、逃走先の安全を保障するその見返りに透明マントを見せてもらうという風な打算は出来ても、ダンブルドアからニワトコの杖を奪ったり、ハリーから透明マントを盗むような人でなしではなかった。

 

 だからこそ、ダンブルドアは一年限りとはいえ彼をホグワーツ教授として受け入れたのである。

 

 ハリー達の懸念は無駄骨であった。が、当のハリー達から見てホエール教授を信用できる要素はなく、表面上友好的に接しながらも警戒し続けることになった。

 

 

***

 

(スラグホーン教授に、どう吐かせるべきかしら……)

 

 ハーマイオニーはグロウプとの英会話授業を終えてハグリッドの小屋に戻っていた。

 

 ロンが毒によって倒れて以来、ハーマイオニーはそれとなくその事を持ち出してスラグホーン教授に揺さぶりをかけた。

 当然ながら効果はない。

 

 ホラスの関心を買ってホラスから記憶を引き出すためには、まだまだ必要な要素があるのだ。ハーマイオニーはそれを考えるためにルナの待つ小屋へと足を踏み入れた。

 

 

 小屋の中ではルナだけではなくシュラークが待っていて、シュラークは高く掲げた紅茶をハーマイオニーに淹れてくれる。

 

「ありがとう」「あ、ちょっと待ってね」

 

 ハーマイオニーは紅茶がルナの持つ粉末によって毒々しい紫色に染まるのを眺めながら、なるべく視線を紅茶に向けずシュラークへと向ける。

 

 シュラークは無言でハーマイオニーへと頷く。ハーマイオニーはゴクリと唾を飲み込み。

 

 一息に飲み干した。

 

(お願い!)

 

 ルナの味変がもしも外れであった場合。

 

 酷い味の紅茶を、長々と飲むという……拷問になる。

 

 一度外れを引いてしまったハーマイオニーはそれだけは何としても避けたいと思い、地獄を一瞬で終わらせることにした。

 

 紅茶は仄かな苦味を舌に訴えてくるが、不思議と邪魔ではなかった。

 

「どう?美味しくなったでしょ?ニガヨモギの粉末に魔法をかけて」

  

 ルナの美的感覚は独特で、舌の方もまた独特である。ごくごくたまに彼女はこういうことをする。ハーマイオニーは紅茶が妙な味に変わらなかったことにほっとしながらそうねと相槌をうった。

 

「ハーマイオニーはハグリッドから話を聞いてる?」

 

「何の話かしら?」

 

「アクロマンチュラのアラゴグが亡くなったの」

 

「!……え、えっと……ハグリッドの友達の?」

 

 アラゴグの様態が悪いという話はハーマイオニーも聞いていた。ルナは驚くハーマイオニーへと無言で頷くと、菓子を頬張りながら言った。シュラークは勉強に没頭している。

 

「そ。それで滅茶苦茶気が参ってるんだ。ハグリッドを元気付けてあげたいんだけど、何かいい案ある?」

 

「案と言っても……埋葬してあげることくらいよ?」

 

「……なるほど、先輩達がアクロマンチュラの群れが移動したと言っていた謎が解けましたね」

 

「……え」「!?」

 

 シュラークの呟きにハーマイオニーとルナは顔を見合わせた。

 

「アラゴグという群れのリーダーを失ったアラゴグの息子たちはそれぞれが主になるべく四散し……自分のコロニーを形成しようとしているということです」

 

「野生ではたまにあることよね……禁じられた森の外側に出ないならいいけれど…」

 

「棲息範囲が把握できないくらい広がるのは不味いね。早めに隔離するか、駆除しないと人死にが出るかもしれない」

 

「……人死に?アクロマンチュラがホグズミードに降りたりするの、ルナ?」

 

「それも可能性のひとつとしてはあり得るけど……密漁者やハンターが不意に遭遇して、アクロマンチュラに食べられるっていう可能性もあるかなー」

 

 ルナは呑気に言うが冗談では済まない。

 

 人の味を覚えた大蜘蛛が群れにその事を伝え、コロニーが拡大していったならば。

 

 禁じられた森を越えて、アクロマンチュラが解き放たれる可能性すらあるのだ。

 

「ポッター先輩に駆除して頂くのが得策だと思います。現在の魔法省に人員を寄越す余裕はありませんしね」

 

「ハリーを便利屋のように言わないで」

 

 ハーマイオニーはシュラークに睨みをきかせた。シュラークはこれは失礼、と言ったが、本気でそう思っているかは疑わしかった。

 

「……でも、ハーマイオニーはアクロマンチュラからは襲われずに無事だったんだね?どうして?」

 

 ルナがそう話題を振ったのでハーマイオニーは考えた。

 

「……そうね……運が良かった?いえ、蜘蛛の巣を見かけることもなかったわ。……グロウプの居場所にはアクロマンチュラも近付きはしないのよ」

 

「毒を喰らってもグロウプはまぁまぁ平気だもんね」

 

 

 そうルナが言う。

 

「…………毒」

 

 ハーマイオニーは、毒という単語に驚きと微かな閃きを感じた。ハーマイオニーの脳裏に響くのは、かつてハリーがアクロマンチュラを倒した日の思い出である。

 

『この毒は市場にもあまり出回らない。何十ガリオンの価値があるから奪って行こう』

 

 ハーマイオニーは、勢いよく紅茶を飲み干した。学期末の試験を終えた後の紅茶のような、目の前の霧が晴れたかのような喜びの味であった。

 

 

「…………そうよ。毒!その手があったわ!」

 

 ハーマイオニーが強くルナの手を握り締めるので、ルナは面食らって助けを求めるようにシュラを見た。シュラはふっと笑うと、ルナを放置したまま勉強に戻った。

 

***

 

「……偉大なる森の主、アクロマンチュラの王よ。友ハグリッドの前で安らかに眠りたまえ……」

 

「き、教授にそんな風に言ってもらえて俺は……俺は嬉しいです。俺は今まで教授をいけすかねぇ人だと誤解しておりました……!」

 

「ハグリッド、泣かないで。ほら、涙をぬぐって、ね?」

 

 感涙に咽び泣くハグリッドの応対をルナに任せて、ハーマイオニーはアラゴグの毒液をアクシオで引き寄せ、慎重に小瓶に詰めていく。

 

 アクロマンチュラの毒液。

 

 ハリー達と森に入った折にも収集した経験があるとはいえ、その毒性は非常に強い。無論、薬に転じたときの効能も非常に高い。

 

 ハーマイオニーはその毒を使って、スラグホーンを誘き寄せることにした。

 

「……アラゴグは、ハグリッドが卵から孵したんだよね。それがこんなに大きくなって……」

 

「きっとハグリッドと友達になれて幸せだったよ」

 

 ルナが何気なくハグリッドへとアラゴグを偲ぶ言葉を投げ掛けた。

 

 体長は5メートルに届こうかという大きさのアクロマンチュラが人間と友好的に接したという記録はほとんど無い。ニュート・スキャマンダーも飼育不可能という評価を下した闇の魔法生物こそ、アクロマンチュラなのだ。

 

 そういう意味でハグリッドは歴史的な偉業を成し遂げてはいた。

 

 歴史上類を見ないほど危険なことをやったということでもあるが。

 

「お、おう……アラゴグは本当に可愛い子でなぁ……俺がやった餌をうまいうまいと頬張ってくれた。……トムに見つかるまでは……」

 

「うん……」

 

 友人であり我が子を懐かしむように在りし日の思い出を語るハグリッドの話を聴きながら、ルナは思った。

 

(なんか……ハグリッドとトム・リドルって友達になれたんじゃないかなー。アクロマンチュラとバジリスク飼ってたし)

 

 

 それはトム・リドルが聞けば怒り狂ってルナを殺害するであろう推測であった。

 

(無理だったかなー。無理だなー、あの腐った性格だもんなー)

 

 記憶の中のリドルの姿を思い出してそれはないかとルナは否定した。

 

 ルナはリドルの死に際の慟哭を聞いた。その嘆きに看過できなかったし、同情する気持ちはある。

 

 それはそれとして。

 

 あれから四年の歳月を経て、身の回りにいた人が居なくなるという経験を経たことで、ルナはあの時パーシーが同情するなと言ったことの意味を深く理解できるようになった。

 

 リドルがどれだけ同情に値するような境遇で。どれだけ優れた才能を持っていたとしても。

 

 彼の悪行が正当化されることはないのだ。

 

 持っている者、自分より愛を受けた全ての者を呪い、己こそ全てであるトム・リドルに対等の他者を容認する器など無い。そうやって割りきらなければ自分達の命が危ういのだ。

 

 端から見れば、バジリスクを飼ったトムとアクロマンチュラを飼ったハグリッドに違いはない。プライドの高いトムが問題児のハグリッドと同列に見られるなどあり得ることではなく、必ずハグリッドを追い出していただろうとルナは内心で自分に浮かんだ問いにけりをつけた。

 

***

 

「……トム……」

 

 ホラスが聞こえるか聞こえないかという声で呻いたのをハーマイオニーは聞き逃さなかった。

 

(……ここだわ!)

 

「トム・リドルはマートル・ワレンという生徒を殺害して……その罪を、幼いアラゴグに着せたんですよね」

 

「……うん。マートルは女子トイレに幽霊として住み着くことになっちゃったね。でもあたしは好きだよ。マートルとは話が合ったもの。最近はあんまり会えてないけど……」

 

 ハーマイオニーは過去形のルナの言葉を聞いて、ルナはかなり昔のことを話していると思った。

 

 (正直に言ってルナはもうマートルに会わない方が良いわね)

 

 と思った。

 

 友人に恵まれていた陽気な人間の姿を見るよりも、自分と似たような境遇の子が友人に恵まれていることの方がマートルの惨めさは加速するだろう。ハーマイオニーは何となくではあるがそう感じたので、ルナには秘密の部屋の女子トイレでマートルを呼ばないよう忠告しておこうと思った。

 

 二人の会話を聞いているホラスは微かに青ざめていた。誤魔化すようにワイングラスを手にとって煽るホラスに、ハーマイオニーは追い討ちをかけようとした。

 

 が、ハグリッドは鼻を啜りながら言った。

 

「あの事は誰のせいでもねぇ。トムがあんなことをするなんて一体誰が想像できた?え?俺たちの誰一人として犯人がトムだとは思いもせんかった。俺もそうだったんだ。誰のせいでもねぇ。……いや……俺がもう少ししっかりしていれば、アラゴグに謂われねぇ罪を着せることはなかったか……」

 

「…………」

 

 己の罪を擦り付けたトム・リドルが最低の人間であることは前提として、疑われるような行動を取っていたハグリッドに非はある。

 

 しかし、それでも居たたまれない人間はいる。

 

 ホラス・スラグホーンその人である。

 

 ホラスはトム・リドルの所属していたスリザリン寮の監督であり、トムのことを特別目をかけていた教授であったのだ。

 

 才能あるお気に入りの生徒以外は眼中にない。ないとはいえ、その才能ある生徒すら導けなかったという事実は来るものがあった。

 

 そしてホラスはさらに驚くべき言葉をハグリッドから聞くことになる。ハグリッドは酒が入っていたのだ。

 

「それに……トムは日記になってまた秘密の部屋を開いたが、ハリー達がやっつけてくれたんだ。今更どうこう言うこともねぇ……」

 

(……!)

 

 ホラスがグラスを持つ手が震え、床に取り落としそうになる。ハーマイオニーはあわてて魔法でグラスを浮かべた。

 

「教授、飲みすぎではありませんか?少しお休みになられますか?」

 

「う、うむ……うむ、そうだな。そうさせて貰おうか……」

 

 ハーマイオニーの魔法でシートを出し、木陰に座り込むホラスはハーマイオニーへと尋ねた。

 

「……ハーマイオニー。すまないが……私に教えて貰えないだろうか。その……秘密の部屋が開かれたと言うのは?」

 

「実は、私も直接見たわけではないのですが……」

 

 ハーマイオニーはハリーから伝え聞いた話を包み隠さず明かした。

 

 学生時代のトム・リドルが日記にその力を宿し、四年前このホグワーツにおいて騒動を引き起こした顛末を。

 

「………………」

 

(ではまさか……いや、やはり。トムはあの時既に……)

 

 ホラスは内心で薄々察していて、しかし、考えないようにしてきた答え合わせをすることになった。

 

(……そもそも、アクロマンチュラの毒は確かに殺傷性は高いが……あの時のマートル・ワレンの遺体は……毒による症状で死んだわけではなかった……)

 

 違和感はあったのだ。薬学教授であるホラスであれば、気付くことは出来た。

 

 ただし、見ない振りをすることにした。

 

 その方が楽であったからだ。

 

 スリザリンの継承者がホグワーツにおいてマグル生まれの生徒を襲うという不名誉きわまりない事態。放置すれば保護者や魔法省からの信頼は失墜し、ディペット校長だけではなく、ホラスの立場も危うくなる。

 

 目の前に提示されたハグリッドとアクロマンチュラは、ホラスにとって事態から目を背けるための格好の材料であった。

 

 責任の重さこそ違えど、ホラスはあのコーネリウス・ファッジとそう変わりはしなかった。己の保身のために目の前の都合の悪い事実から目を背けたのである。

 

「……水をどうか飲んでください、教授。少し酔っておられるようですから……」

 

「……うーむ、そうさせて頂こう。どうやら悪酔いしてしまったらしい……」

 

 ハーマイオニーから差し出されたグラスをホラスは受け取った。ホラスにとってばつの悪い感情は、水を飲んだからと言って綺麗さっぱり消えて流れるわけではなかった。

 

(トムはあの時……ホークラックスに手を出した……)

 

 そう理解していたとき、ハーマイオニーはホラスの背を優しくさすって言った。

 

「……教授が何を感じ、何を背負っておられるのか、私には分かりません。それがどれだけ重い荷物なのかも……」

 

「……けれど……その重荷を軽くする方法がひとつだけあります。……トム・リドルに関して教授の知っておられることを、私に教えて頂けないでしょうか?」

 

「……それは……ダンブルドアにそう頼まれたのだね……?」

 

 ホラスは額から脂汗を流しながらハーマイオニーへと向き直った。

 

 顔色の悪さはそのままに、ホラスはハーマイオニーの目をまともに見られないかのようにひとつ視線を外した。

 

「……しかし……私は……」

 

(…………迷っておられる。……どうする?ここで一回無理をせず引いて、教授の判断にお任せすべきかしら?無理強いをすれば、教授はもう話をしてくれなくなるかも………!)

 

 ハーマイオニーの中で迷いが生まれる。

 

 ホラス・スラグホーンの中で保身的感情と、それとは別の葛藤が生まれていることは火を見るよりも明らかである。

 

 ここで正しいからと無理強いをしてしまっては、せっかく開きかけたホラスの心を閉じてしまい二度と開くことは出来ないかもしれない。

 

 しかし、ダンブルドアに許された猶予期間はあまり無い。

 

 ロンが毒に倒れた一件もあり、ハーマイオニーもロンのことが気がかりでホラスどころではなかった。とはいえ、いつまでもそんな状況で停滞しているわけにはいかないのだ。ダンブルドアも貴重な時間を割いて自分とロンにヴォルデモートのことを教えてくれているのだから。

 

「スラグホーン教授、よく考えてください」

 

 ハーマイオニーは迷うホラスに対してもう一押し必要だと思い、賭けに出ることにした。

 

「教授が……『例のあの人』と敵対してしまうことを恐れておられることは、私にもよく分かります。……友達の……ハリーが、あの人の復活からどれだけ狂ってしまったかを思えば」

 

「……」

 

 ホラスは無言のままであった。しかし、ハリーの名を出されたとき微かに震えた。

 

「……教授が私達に話せないというのであれば、私も無理にとは言えません。ですが、貴方の教え子のためにも……」

 

「君は……いや、君達は」

 

 ホラスはハーマイオニーの言葉を遮って言った。

 

「私には少し眩しすぎた。君達を見ていると、どうしても昔のことを思い出してしまう……」

 

 ハーマイオニーは、ホラスの懺悔を聞くためにマフリアートの魔法をかけた。これでルナとハグリッドにホラスの言葉が聞こえることはない。

 

***

 

 私は名誉が欲しかった。と、ホラスは語った。

 

 ハーマイオニーには想像も出来ないことではあるが、アルバス・ダンブルドアという存在はいつもホラス達の前に立ちはだかる高い高い壁であり、時に目標となる指針であり、忌々しい嫉妬心の対象でもあった。

 

 ホラスは早々にダンブルドアと比較して自分自身の才能に見切りをつけた。昔から才能がある人間を見抜くことにかけては自信があったのだ。そして自分にとってもっとも良い仕事が何かを考えたとき、ホラスは教職を選んだ。

 

 教職はホラスにとっては天職であるかのように思えた。多種多様な才能が集まるホグワーツにおいて埋もれてしまうような才能の持ち主を見出だし、ホラスが開花するための手助けをして、いずれはダンブルドアを超えるような生徒を見出だし育てたい、などと若い頃は考えていたのだとホラスは語った。

 

 が、あるとき、ダンブルドアもホラスと同じく教授としてホグワーツへと舞い戻った。

 

 ホラスにとって忌々しい嫉妬心はあったものの、まだ許すことは出来た。ダンブルドアとホラスとでは教師としての得意分野も生徒への向き合いかたもまるで異なる。ダンブルドアには育てることが出来ないような才能の持ち主を、自分が育てるのだという意欲も高まったのだとホラスは語った。

 

「……ダンブルドアがグリンデルバルドとの抗争に駆り出されるようになったとき、私は……不謹慎ではあるが少し安心もした。いかにダンブルドアでも、戦争の最中に教師としての勤めを十全に果たすことは出来ないからだ。……私がやらねばとすら思ったよ」

 

 そうホラスが奮起した時に、運命の子と出会った。それがトム・リドルだった。

 

「……リドルは最初は何も持たない、持っていない子供だった。だが、誰にも負けない意欲と魔法への高い適正を持っていて、私の言葉にも素直な良い生徒だった……」

 

 そう思ったとき、ホラスはリドルのためなら望みを叶えてやろうと思ったのだという。

 

「……魔法省の官僚であれ、大臣であれ、オーラーや神秘部のトップであれ……望む道は何でも用意してあげたいと思った。……しかし……」

 

「私の名誉のためにトムを利用していることに、後ろめたさもあった。トムはそれほどの……絶対的な天才だったのだ……」

 

「……先生は……トム・リドルのことを信じておられたのですね」

 

 誰より生徒達を目にしてきたホラスがトムと会ったときの感動と驚愕がどれ程であったのかハーマイオニーには想像もつかなかった。

 

「……間違いだった。全てが……間違いだった。私は信じたいと思い、目の前にあった不自然なことは都合よく見ないフリをした……」

 

 それから、ホラスは口をつぐんだ。

 

「……君や……ハリーは……昔のリリーや、リドルによく似ていた」

 

「……若く才能に溢れ、努力家で、己自身の意志がある。……教師として大人として、信じて導いてやりたいという美辞麗句の裏に、彼らからの見返りを欲する浅ましい心があったことは否定できない……」

 

 ホラスにとっての苦悩の源は、ことがホラスの欲から始まったことから来ていた。

 

 導く、見返りを用意する、生徒の将来の道を舗装する。そういう綺麗でそつのない言い方は山程ある。ホラスの行動は、大人が大人に対して行う行為としては誠実で正当なやり方である。

 

 しかし、子供を指導して時には欠点を指摘し矯正する立場にある教師としては、必ずしも正しいとは言えない。

 

 ホラスはリドルの欠陥に気付く機会があった。リドル以外の大勢のスリザリン生に対してもそうである。指摘したところでリドルが聞いたかと言えば全くもって別の話ではあるが。

 

「……子供を自分の都合で利用した挙げ句、都合が悪くなれば掌を返す。そういうやり方はよくないと言われることもあったが……やめられなかった。私はこのために教師になったのだから……」

 

 ハーマイオニーは、大人の汚さを垣間見ていた。

 

 ホラス・スラグホーンはデスイーターのような悪人ではなく、そして、オーダーのような善人でもない。善と悪の狭間に立ちながら飛び回る大人であり人間に過ぎない。

 

 それを不快だと切り捨てるか、共存可能な隣人として受け入れるか。ハーマイオニーにとっての分岐点も今この瞬間にあった。

 

「……スラグホーン教授は、教師としてリドルを信じたかったんです」

 

 ハーマイオニーはホラスを肯定した。その上で、言葉を続けた。

 

「……私がリドルの立場だったとして……もしも私なら、スラグホーン教授への恩を返すために真っ当な道を選ぼうとしたと思います。私はその道の困難さも、その道の長さもまだ分かってはいませんが……」

 

「……う、うむ……」

 

「責められるべきはリドルだと、私は思います」

 

 ハーマイオニーはそう言いきった。言わねばならなかった。言わねばホラスの心をほぐすことは出来ないのだ。

 

「リドルには選べる道は沢山ありました。いくつもの選択肢の中から、自分の意思で、最悪の道を選んだのはリドルです」

 

「……先生の責任ではありません」

 

 そう言われたとき、ホラスは目眩がして顔をしかめた。

 

(……うむ……うむ。これはいかん。)

 

 ホラスは一瞬、リリーにそう言われているような気になってしまった己を責めた。

 

(……これ以上は……)

 

 リリーも、そしてジェームズ・ポッター達も。リドルの犠牲者達はホラスを許しはしないだろう。ホラスがあの方法を教えなくともトムは死に抗う方法にたどり着いただろうが、だからと言って、方法を教えた自分が許されることはないのだ。

 

(……己を許せなくなる……)

 

 悔恨と自責の念はホラスの心を苛んでいた。それから解放されたいという心と、リリー達とハーマイオニーを重ねてしまっている申し訳なさが鬩ぎ合い、ホラスはついに恥の感情に耐えられなくなった。

 

 ホラスは自分の頭に杖を向け、隠していた記憶の塊を取り出した。

 

 

「……君に……渡すべきものがある。ただ……その前にひとつだけ約束をしてほしい……」

 

 

「教授!はい、必ず……」

 

「私のこの記憶を、決してハリーには教えないでほしい」

 

 ハーマイオニーの顔色を見て、ホラスは慌てて言葉を継ぎ足した。

 

「こ、この記憶は……私にとっては……一生の過ちだった。過ぎ去った過去の話であって、あの時は……私の教え子があんなことになるとは想像もできなかった……」

 

「私は……教え子を信じていないわけではない。ハリーが、……かつてのトムと同じ過ちを犯すと思っているわけではない。ただ……」

 

 ホラスは言い淀んだ。

 

 

 

「……彼の立場であれば……そう、勝つために。『例のあの人』との戦いに生き残るために……」

 

「万が一この手段に出てしまったとして、誰がそれを責められる?皆が……私だけではなく、ダンブルドアも含めて皆が。ハリーが生き残った男の子として……英雄的に、ヴォルデモートに立ち向かうことを望んでいる。勝ち目のない戦いに赴けと急かしている……」

 

 ホラスは過去を繰り返すことを恐れていた。

 

 ハリーの才気はリドルには及ばない。だが。

 

 それでもホークラックスは『できる』のだ。

 

「君は、どう考えているかね?親友として、彼のことを……」

 

 ホラスの言葉は真実であった。ハーマイオニーは否定したいという気持ちより、やるかもしれないという疑いの方に傾いた。

 

「……私は……先生がお考えの通りだと思います」

 

「ハリーが闇の力に固執するのは、責任を負っているからです。ハリーは……私達皆が生き残るための手段を常に探していました。私はそれを望まなかったけれど……」

 

 ハーマイオニーはダフネの姿を思い浮かべた。

 

(……誰もが強く正しくあれるわけではない……)

 

「……そういうハリーに従いたいという子達も居ます」

 

 スリザリン生に特に多い傾向であるが、自己の保身を最優先にするあまり他をないがしろにするところがある。

 

 人が増えればそういう生徒の割合は増える。グリフィンドール、レイブンクロー、そしてハッフルパフならば正義感や或いは世間体によるブレーキをかけて自制できたとしても、スリザリン生はそうはいかない。

 

 なぜならダフネやハリー達スリザリン生は、世間からは避けられ恐れられてもいるからだ。

 

 自分の身の安全を確保してくれるわけでもない周囲の言葉など、たとえそれがどれだけ正しくあろうが雑音にしか聞こえないだろう。ハーマイオニー自身が少数派のマグル産まれであり、自分の訴えが聞き入れられないことも多々あったからこそ、ハリー達が過激になる理由もわかる。

 

「そんな……自分より大切な人が居るからこそ。ハリーは自分はまだ死ぬわけにはいかない、と思っています。少なくとも、『例のあの人』が倒れてハリー自身や、皆の身の安全が保証されるまでは……」

 

「ですから、教授が懸念されることはなにもおかしなことではありません」

 

 

「……そうか……うむ、やはり、そうか……」

 

 ホラスにとってハーマイオニーの言葉は救いになったであろうか。少なくとも、ハーマイオニーはそうであってほしいと願わずにいられなかった。

 

「……いや……よそう。何を言ったところで彼には届くまい。私に至っては、自分の責任を逃れるための言い訳にしかなるまい……」

 

「……ダンブルドアに言われて来たのだろう?」

 

 ホラスが自分の頭から取り出した記憶を、ハーマイオニーは恭しく瓶に詰めた。

 

「スラグホーン教授は本当に勇敢な先生だと思っています。少なくとも、ダンブルドアも私も先生のことを尊敬し続けます」

 

 ホラスはこの一連のやり取りで一気に老け込んだような気がした。ハーマイオニーはホラスのでっぷりと太った頬がそげおちたような顔に、後悔の色がなくなってくれることを望んだが、それは叶わなかった。

 

 

***

 

 そして、ロンがホグワーツに復帰してから。

 

 ハーマイオニーはロンと共に、トム・リドルの罪を知ることになる。

 

「……七つ…………?」

 

「自分のために、七人も人を殺したって言うのか?」

 

 信じられないという驚きの声を滲ませるロンとは対照的に、ハーマイオニーは何も言えない。

 

(……まさか……いえ、いくらハリーでも……自分のためだけに殺人をするなんてことは……)

 

 ハリーにこの事実を伝えたときどうなるか、ハーマイオニーは読めなかった。

 

 

 

 ハーマイオニーは、自分のためだけに殺人をするという存在の心理など知りたくもない。オーダーはマーダーライセンスを所持しているわけではない。その御題目をハーマイオニーは信じている。

 

 

 というか、信じることで自分を保っている。

 

 全寮制の魔法学校で五年を過ごし、魔法界に染まった……否、魔法界基準でも過激派になるほどに覚醒した彼女だからこそ、越えてはならない一線は守りたかった。

 

 戦闘中命を奪うケースはある。ハーマイオニーはそのケースを目にしている。リーマス・ルーピンはハーマイオニー達を守るために、名もなきデスイーターの命を奪う結果になった。

 

 しかし、ハリーのそれとは事情が異なる。ハリーはもう無力化した相手を、明確に殺害した。

 

 付き合いの短いホラスとは異なり、自分はハリーを信じるべきなのではないかとハーマイオニーは一瞬思う。

 

 だが。

 

(駄目。教授の判断はきっと正しい。絶対にハリーには記憶を見せてはいけないわ)

 

(……二年生の時も四年生の時も……神秘部でも……そしてつい最近も。ハリーは悪の選択をした)

 

 ハーマイオニーはハリーを信じていなかったわけではない。

 

(そして今のハリーには……『預言を受けた者』という大義名分まである……)

 

 むしろ、『どうしようもないほどに追い詰められれば闇と解っていたとしても悪しき手段を選ぶ』と信じた。

 

(勝つために……これまで積み上げられたおびただしい数の犠牲に報いるためにホークラックスという技法を使ったとして。誰がそれを責められるの?)

 

 つまり、これまでのハリーの行動を分析した結果として、ハリーがホラスの記憶から邪悪な魔法に手を出す可能性はあると『信用した』のである。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは。ただホラスの言葉に盲従したわけではない。

 

 かつての親友に、これ以上悪事を重ねて欲しくはなかった。いや、自分達の手で罪を犯させたくはなかった、といった方が正しかったかもしれない。

 

 それは一つの友愛の形であった。

 

***

 

 ハーマイオニーはホラスからの記憶が入った瓶を大切に保管すると、アルバス・ダンブルドアの校長室へと足を運んだ。ダンブルドアの喜びようは大きく、ハーマイオニーが面食らうほどであった。

 

 そしてついに、ロンと共に記憶を覗いたハーマイオニーは。

 

「……殺人で分割される魂を……モノに込める?」

 

「しかも……七つ?」

 

 ホラスを誑かして闇の魔法使いが不死を獲得する瞬間を、確かに見てしまった。

 

(……まさか……)

 

 ハーマイオニーはもう解らなかった。

 

 トム・リドルは既に一線を越えていた。ハリーと同じように。ホラスに尋ねた時はもはや罪を犯した後だった。

 

(トム・リドルは最初からそのつもりだったの……?)

 

 線の内側からリドルを目にしていたハーマイオニーは解らなくなった。

 

(……優等生の仮面を被っていたのも全てが……生き延びるため?それだけのために……誰より無慈悲で残酷なことをしたと言うの?)

 

 トム・リドルという人間が悪魔と化したのか。悪しき知識と魔法を獲得し、愛を得られなかったがために破滅した子供なのか。

 

 元々そうなるべく産まれた純粋な悪が、ダンブルドアに対する恐怖ゆえに善人の皮を被っていたに過ぎないのか。

 

 前者であるならどれ程良かったであろうか。環境による要因であったのなら、どれ程楽であったろうか。

 

 しかし、後者であったとするならば。

 

 トム・リドルが……たとえ誰からどのような愛を受けようと、それを受け入れることが出来ない壊れた人間だったならば。

 

 ホラスの嘆きも苦悩も、その全てが無意味で的外れで無価値なものと成り果ててしまう。

 

 それはあまりに無情で、あまりに残酷な話に他ならなかった。




これでホラスの記憶を入手しました。流石はハーマイオニーです。
ホークラックスが三つなのか七つなのかそれとも十三なのか、具体的な数はこの時点だとダンブルドアも解らないので参考としてめちゃくちゃ重要です。

ちなみにオリキャラのホエール教授は妻と離縁して子供を故郷の親戚に預けて仕事三昧の日々を過ごしています。ボガートの転入生はそんなホエール教授を鬼のごとく口撃し、ホエール教授はリディクラスするどころではありませんでした。
ハリーに対してなんか親身なことを言っているのはセンチメンタルな気分になったことによる代償行為みたいなものです。
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