***
「……ホークラックスの概要をダンブルドアに報告するのはもう少し後にしよう」
ハリーはダフネへとそう提案した。女子トイレから出るとき、水が流れる音がしてダフネは顔をしかめた。
「…………聞かれたかしら?」
「マートルかい?彼女が会話するような相手は居ないと思うな」
ハリーは気にしなくていいと言った。嘆きのマートルは盗み聞きする性根だったとして、わざわざマートルのところまで赴き、その発言を信じるホグワーツ生がどれだけ居るというのだろう。ダフネは少し考えながらも、そうね、と胸に手を当てて頷く。
「マリーダさんに手紙をやって、ブラック家の書物の中に例の魔法に関するものが無いか聞いてみるよ。報告はそれからでも遅くはない」
ハリーがそう言ったのはダフネの心情を鑑みてのことであった。
ホークラックスを作成するにあたり、人を殺害しその罪悪感でもって己の魂を引き裂き、任意の物体に己の魂を繋ぎ止めて、この世に魂を留め置く。
それが、ダフネの記憶から得たホークラックスの概要である。
ハリーから見ても光陣営にとってホークラックスの知識は必要なものであり重要な情報ではある。今すぐにダンブルドアに報告するべき、というダフネの意見もわからなくはない。
しかし、ダフネ本人でさえ忘れていた過去のトラウマを想起させた上、実の父親がホークラックスの知識を所持していたという事実はダフネにとっては気持ちの良いものではない。
いくらか時間をかけて、心の整理がついてから報告するのでも遅くはないとハリーはダフネを気遣った。
「……そう……そうよね。……あの本の知識が正しいと言いきれるわけではないもの。父の読んでいた書物は大半が役立たずの紙屑だったわ。今回だってそうでないとは限らないし……」
それから3日、ダフネは沈黙を守った。
(……ラドン・グリーングラスの読んでいた本の内容が本物であるか、それとも、読者を罠に嵌めるための偽書なのかは現時点では判断がつかない……)
ハリーがすぐにダンブルドアへと報告しなかったのは、そもそも闇の魔術に関する書物はほぼ全てが読者を闇の道に進ませ破滅させるための悪書だと知っているからだ。
不死をもたらす魔法と言えば聞こえはいいが、そのために人を殺し、己の魂を分割する必要がある。
死という逃れられない運命から逃げたい人間をだまし陥れるための、どこかの闇の魔法使いが記したなんの役にも立たない誤った情報である可能性の方がずっと高いのだ。
ハリーがダフネの気が落ち着くまで待とうとしたのは、ダフネの気持ちを考慮したためでもあるが、情報の真偽について確証の持てない曖昧なものであったからである。
客観的には。
(……家族のために闇の魔術にも手を出す……か……)
(……僕とあの人と何が違うんだろう?)
ハリーは記憶の中のラドン・グリーングラスを眺めて、ダフネへの態度に怒りを持っていた。一方で自分の中の客観的かつ冷静な視点が、ラドンと自分とで違いはあるのだろうかとハリーに問いかけていた。
あんな父親など気にするなと言うのは簡単である。ダフネにとっていい父親であるわけがないとハリーは思う。
(あの人は手段を選ばず家族を救う手を模索していた……)
ハリーにとっての父親とは、まずはバーノンであり、そして次にはシリウスである。ハリーは父性というものととことんまで相性が悪かった。
しかし、父親というものは一貫して、家族を守るためならばそれ以外のものを傷つけてもことを成すものだとハリーは学んでいた。
ラドン・グリーングラスの行動にダフネに対する優しさを感じはしなかった。
しかし、闇の魔術であろうがヒーラーの治癒魔法であろうが、家族であるアストリアが救われるなら手段を選ばないという姿勢はハリーにとって一概に否定できるものではない。
ハリーがやっていることだって言うなればラドンと変わりがない。
ハリーはヴォルデモートに勝つためにヴォルデモートが知らない力を求めている。そのために永遠に燃え尽きない炎の魔法や、サペレ・アウデという悪霊の火のような魔法を開発したりもした。
しかしそれは、ハリーが守りたい対象であるハーマイオニーにとってはたまったものではない。そんなことは望んでいないとNOを突きつけられた。
ダフネにとってラドンのやり方全てがたまったものではなかったように。
(……僕のやり方はラドンやシリウスと変わらないのか……?)
(自分のエゴでただただ大切な人達を傷つけているだけなのか……?)
ハリーは思わず自分を省みてしまうほどに、ラドン・グリーングラスやシリウスに対して複雑な心境になった。
社会的正義と身内の命。そのどちらかを優先すべきかという段階で、ラドン・グリーングラスはスリザリン出身者らしく身内の命を選び、バーノンはハリーを身内の枠から排除することを選び、シリウスはグリフィンドール出身者らしく、社会的な正義を選んだ。
しかしどちらの道を選んだにせよ、子供は苦労をすることになるのだ。
ラドンはデスイーターの汚名を被り家を没落させた。シリウスはピーターへの私刑を選んで牢獄に繋がれた。
ハリーはラドンや、昔のシリウスの独り善がりな行動が自分の現在の行動と似通っていることを薄々気付いていた。
自分のやり方に固執し改めなかった結果、ハーマイオニーを傷つけダンブルドアからの信頼を喪い、そして、奪うべきではない命を奪っている。
知らぬふりをし、自分が悪いと開き直りもした。それは楽な道であった。
人は自分と全く異なる存在を見聞きするより、自分と似通った存在の行動に対して嫌悪感を抱く。他人への愛を感じないトム・リドルの所業より、家族を確かに愛してはいても傷つけるラドンの所業の方がハリーにとっては思い当たる節が多くあり、自分の欠点をまざまざと突きつけられているような痛々しさがあった。。
僕もただ周囲に災厄を振り撒いているだけではないか、とハリーは自問する。
だが、ハリーには止まるわけにはいかない。まだ行動を改めるわけにはいかない理由があった。
ホークラックスの情報について、ハリーの直感は真実である可能性が高いと囁いている。
ハリーは自分自身の短絡的て感情的な愚かさを責めつつも、心の中直感的な部分がホークラックスの情報について慎重に取り扱うべきだと告げていた。
ハリーは自分自身に対する後ろめたさを隠すために、ホークラックスに関する思考に溺れた。
(……魂か。……もしも本人から切り分けた魂が、本人の性質の一部を持ち得たとしたらどうなるんだろう?僕は予言でヴォルデモートに殺されるかヴォルデモートを殺すと言われているけど……)
(あの予言が真実と仮定した場合。ヴォルデモートの魂を持つホークラックスが単なる物質というカテゴライズではなく……実質的にヴォルデモートという判定になったとしたら?)
ハリーは秘密の部屋でリドルの手によって死にかけたことを思い出した。
預言はあくまでも単なる情報にすぎない。それを鵜呑みにするのはおろかなことではある。しかし二年生の折ハリーが生き残ることが出来たのはフォークスの治癒があってのことで、それがなければハリーは命を落としていた。
まるで預言通りではないだろうか、と思えてくる。
(……まさかな)
恐ろしい思考に囚われていると思い、ハリーは都合の良すぎる考えを排除した。
(僕はヴォルデモートのホークラックスの手で死ぬ可能性は充分にあるということなんだろうか?)
(……逆に言えば、僕が死んでも僕のホークラックスが残っており活動を続けていれば、ホークラックスがヴォルデモートを殺すという可能性はあるのか?)
ホークラックスの作成方法である、【己の魂の分解】と、【物体に対する付与】。これが真実であるとすれば、ヴォルデモートが魂だけの状態でクィレルやハリーへと憑依したことも一応の理屈はつく。肉体を喪おうとも、この世に留まり続けているヴォルデモートの魂がハリーやクィレルを操ろうとしたのだ。
そしてそれに対抗するためには、現在のやり方では足りないものがあるとハリーは確信していた。
(……僕のやり方では駄目なのだろうか?ヴォルデモートの知らない力を模索しているのに、道を極めると必ず『ヴォルデモートが知る知識』にたどり着いてしまう……)
(でも、ヴォルデモートを倒すまでは諦めるわけにはいかない……)
ハリーは自分のやり方が間違っていると察しつつも、正道に戻ることは今更不可能ではないかと感じ取っていた。
一度でもその手を汚した以上、最後までやり遂げる以外に道はないのだとハリーは自分を追い込んでいた。
***
「……ハリー……私……やっぱり校長先生に報告しに行くわ」
「構わないのかい?」
「…………ええ」
ダフネの言葉に迷いはなかった。
その日、デイリー・プロフィットの一面にはウィゼンガモット法廷議員の死亡記事が載っていた。デスイーターへの協力を拒んだためとも、捕縛したデスイーターへの有罪判決を下したためとも報道されている。
「ここで校長先生に話をしたところで何が変わるかは予想できないけれど……これ以上ホークラックスの内容黙っていることに耐えられないの」
「……わかった。それなら僕もついていくよ。ダンブルドアに聞いておきたいことがある」
自分に言い聞かせるように勇ましくそう言ったダフネの意志を尊重し、ハリーはフクロウを飛ばした。
ハリーはダフネの付き添いという形でダンブルドアに面会の了承を取った。
校長室まで足を運んだダフネであったが、いざ扉を開くという段階になって二の足を踏んだ。
「………………ホークラックスの知識を明かしたとして、それでも……皆が私の……いえ……グリーングラス家のことを嫌いにならないと言えるかしら?」
校長室の扉を叩く、最後の後押しをダフネは欲していた。
グリーングラス家の立場は現在最悪と言って良い。
デスイーターを輩出した一族というだけでも狭い英国魔法界においては致命傷である。グリーングラス家には残念ながらマルフォイ家のような財力や政治力はなく、一度失墜した名誉を挽回することは難しい。
しかし、例外は存在する。まだ光明はあるとハリーは見ていた。
「言える」
「どうして?」
「僕が居る。……僕だけじゃなくて、裏の集会の仲間もいる」
ハリーは一言付け足した。
「今さら言うまでもないことだけど、僕らは純血主義と敵対している。これは戦争が終わるまで続く対立だ。……けど……勝つために手を汚し続けてわかったことが一つある」
「勝った方には、自分の周囲を守る権利がある」
ハリーの言動は正義とは言えなかった。
「君がグリーングラス家を出ているとしても、グリーングラス家の魔女が僕達の一員として尽力してくれていることに変わりはない。僕達の仲間として命を賭けて戦い抜いた先に、グリーングラス家のことをあれこれ言わせはしない」
「そんな道理が通るはずはないわ」
「そうだ。これは僕のわがままだよ」
ハリーはダフネに少し残酷な言葉を投げ掛けた。ダフネは眉尻を下げて不安げにハリーを見てくる。ハリーは落ち着かせようと微笑んだ。
「セイクリッドトゥエンティエイト、元デスイーター。グリーングラス家がそうだと言っても、大半の人達はそんなことを気にしてはいないよ。世間の人々が気にしているのは、都合のいいサンドバッグかどうかだけさ。……そういう連中の好きには言わせない」
「ひねくれたことを言うようになったわね」
あまりにも擦れたハリーの言動を少し残念そうにダフネが呟いた。
「色々あったからね」
ハリーは冷めたことを言わざるを得なかった。
三年生が終わり、特に四年生に入ってからハリーが受けた仕打ちは掌返しと虐めの連続である。まだ自分が受ける分には自業自得であると納得できても、ダフネやザビニをはじめとした周囲の仲間も度々同じ状況に立たされると、そういうことをした人間に対しては冷めた視線を向けざるを得なくなるのだ。
ハリーの名誉のために言えば、ハリーは世間の全てを軽蔑しているわけではない。
目の前に叩いて良い存在があるとき、イナゴのように群がって人を傷つける人間を嫌悪しているのだ。
「ただ世間の人々は、絶対に反撃してこないと見た相手に対してだけは強く出る。だから今後はそうさせないようにする」
自分自身の体験を踏まえてハリーは淡々と言った。
「ことが全部終わったら、僕は両親の遺産をばら蒔いてでも君や仲間の正当性を確保するつもりだ。グリーングラス家も……」
「責任が君の父さん一人になる程度の工作はできる」
「そんなの……どうやって?ルーファス政権は容赦なんてしないわよ。マルフォイ家と違ってグリーングラス家の経済力なんて大したものではないし」
「スラグホーン教授の手を借りるよ。教授の知人に優秀な記者がいるんだ」
ハリーの語った理想はあまりにも都合が良すぎるものである。話しているハリー本人でさえ、守れる名誉というものが本当にあるのかどうかはわからない。
「デイリー・プロフィットのような大手に都合のいい記事を書かせるのは難しいけど、たとえ大手でなくたって記者に金を積んで、都合のいい記事を書いてもらうことはできる」
ハリーは内心自分は最低であると思いつつ言った。
正々堂々と裁きを受け、禊を済ませるのはラドン・グリーングラスや、もしかしたらデスイーターに加入したかもしれないグリーングラス家の人間のすべきことである。
ハリーが守ろうとしているのは、まだデスイーターに加入していないアストリアのような者達のことである。
両親から受け継いだ遺産はポッター家に受け継がれた財産であり、ハリーが個人の私的な感情で動かしてよい自分の金ではない。それはハリーも重々承知していた。
ダーズリー家でまともな金銭感覚を教わり、マリーダから金を運用することの大切さと難しさを教育されたハリーにとって、自分で稼いだわけでもない両親の遺産を食い潰すことは恥である。
しかし、シリウスから離れて大人になってから、オーダーへと加入するつもりのザビニ達の社会的地位を守れないことはそれ以上の恥であった。
シリウスが血の繋がらない息子としてハリーを扱い、たとえ守りきれなくても守ろうとしてくれたように、ハリーも、ハリーに尽くしてくれたダフネや仲間のことを守りたいと考えたのである。
それはハリーが、自分に着いてきた皆に対して果たすべき義務であった。
「…………」
ダフネがやけにじっとハリーの目を覗き込むので、ハリーは少し困った。校長室の前で丸々1分は押し黙ったあと、ダフネはおもむろに扉を叩いた。
「えっ、いきなり入るのかい!?」
ハリーはあわててダフネに続いて校長室の扉をくぐった。後ろから見たダフネの頬は少しだけ赤らんでいた。
たとえハリーの計画がどれだけ甘いものであったとしても、自分の家族のために本気で手を尽くそうという気概がダフネには嬉しかったのである。
***
「……ハリーがホークラックスの作成方法を知ったんですか!?」
ハーマイオニーはダンブルドアから聞いた話に愕然とした。ロンは瞬きしながら校長先生の言葉を待った。
「私自身、その報告を聞いたときは肝を冷やしたが……かえって安心したよ」
「安心?どうしてそう考えられるんですか?……疑っていたのに?」
ロンが恐る恐る尋ねると、ダンブルドアは笑った。目元の皺がくっきりとロンの目に映った。
「本当にハリーに『その気』があるならば、私に報告などせず隠れてその実証実験を行うだろう」
「実験って……」
ロンは口をつぐんだ。実験とはつまり、殺人である。そんな馬鹿げたことをさせるわけにはいかない。間違ってもハリーに手を汚させたくはなかった。
ロンとハーマイオニーは、この感情の欺瞞に気付いてはいないし、見ないふりをしている。
世界のためにヴォルデモートを殺せと促しつつ、ハリーが身の安全を守るために手を汚すことは厭う。それだけならば、この構造は歪なものであっただろう。
ただ、彼らはこの綺麗事が綺麗事で済むように全力を尽くそうとしていた。それは歪なものではなく、一つの真実であり、理想を成そうとする殉教者のものであった
「……ハリー自身、ホークラックスの情報については半信半疑といったところだ。そもそも魔法とは、理論を学び、実践し、その効果を実証してはじめて『使える』ものだ」
「それはホークラックスも例外ではないということですね」
「その通り。しかし、魔法には常にリスクが伴う。高度な魔法ともなれば尚更だ。」
ハーマイオニーの言葉にダンブルドアは深く頷く。
「ハリーとミス・グリーングラスが知っているのは、存在すら怪しい闇の魔法使いの残した不確かな資料の前書きのみ。いかにハリーと言えどもこの段階でホークラックスの作成に舵を切るほど、愚かとは思えない」
「……でも……ハリーは……だからこそ、確かめようとするかもしれません」
ハーマイオニーが不安げに言うので、ロンは流石にそれはねぇよとハーマイオニーを落ち着かせるように言った。
「……ハリーが例のあの人みたいに殺人をして、自分の魂をものに込めるって?ハーマイオニー、先生、それはそれは流石にねぇって……」
「……」
「いや……多分。……な?信じようって!」
ハーマイオニーの意味深な沈黙に、ロンは次第に自身をなくしていく。ダンブルドアは蒼い目を光らせてハーマイオニーとロンに言った。
「私もハリーを信じている。しかし。ハリーは闇の魔術に詳しく、その危険性を熟知しているがゆえに手を出さないという私の読みがほぼ正しくとも……」
「万一、何かの偶然でそこにたどり着くということはあり得る」
「偶然?先生は……ハリーがたまたまホークラックスを作ってしまうとお考えなのですか?」
「……それは言うなれば……神の悪戯とでも言うべきものだ。……巡り合わせによっては」
ダンブルドアにしては珍しく曖昧な言い方をした。ロンは身体から嫌な汗が吹き出るのを感じた。
(いや……?偶然ホークラックスが出来るって何だよ!?そんなポンポン出来ていいもんじゃねぇだろ?じゃなきゃ、デスイーターはほとんど全員不死身になってないとおかしいだろ?)
疑問に思うが、口には出せない。それがロンの限界であった。
「校長先生……?『偶然』できるとは?ホークラックスについて、もう少し詳しく説明してはいただけませんか?」
ハーマイオニーが即座に聞いたことにロンは驚きを隠せなかった。ハーマイオニーの真に尊敬すべきところはこういう部分である。
「ハリーが道を踏み外すかどうかは……信頼できる友の目が必要となるだろう」
ダンブルドアはそう言うと、ロンに向き直り指示を出した。
「そこでだ、ハリーの親友であるロンに頼みたいことがある。君はハリーとダフネ、そしてミスタ・ベオルブの研究に加入し、彼らの動向を私に報告してほしい」
「え、俺が……ですか……?」
(あのダンブルドアが俺に期待してくれてる……!?でも、ハリーの研究に俺が……!?)
「それは、凄くやりがいのある事だと思います。でも、何をすればいいんですか?」
「君が協力したいと申し出れば、ハリーはそれを拒みはしないと思う。ハリーから割り振られた仕事をしながら、どんな内容の研究をしているのかを確認してほしい」
「他の誰にも任せられない仕事だ」
ダンブルドアからそう告げられ、ロンの心は奮い立った。ダンブルドアはロンとハーマイオニーの士気が上がったことを確認してから、トム・リドルに関する記憶の講義を開始した。
***
「六つのホークラックス……スミス婦人のカップ、スリザリンのロケット、ゴーントの指輪。レイブンクローの髪飾り。……ここまではわかるけど」
「……そして……そして、ペットの蛇?リドルの日記??アレが、ホークラックスだったって言うんですか?」
「……ランクダウンし過ぎじゃねーの?」
ダンブルドアから告げられた話はロンを困惑の中に突き落としていた。
伝説の品々のうちに入るペットと日記。そのインパクトに気を取られ、ロンはハリー達がレイブンクローの髪飾りのレプリカを壊したという三年前の話が頭から抜け落ちていた。
***
(……魂の、分離……か)
ハリーは数奇な運命というものを感じていた。
錬金術がこの世の真理を紐解くための学問である以上、人間の肉体と魂の関係について考察する書物は数多くあった。ハリーはその知識を応用して、モルモットを生きたまま魂を変質させ宝石に錬金した。
まるでハリーに人を殺して魂を分離させ、不死となってヴォルデモートと戦えと何者かが囁いているかのように。
(……無理だな、今のままだと)
ハリーはホークラックスの作成には課題が多く現実的ではないと思った。
まず一点。
ハリー自身の心が持たない。
完全なホークラックスの作成のためには当然ながら殺人を犯す必要がある。戦いの過程で仕方なくとか、仕事や命令でとか、仲間や愛する人を守るためとか、そんなやむを得ない事情のために殺すのではない。
ただただ自分が生き残るためだけに、そうされる謂れもない人を殺すのだ。
それは名もなきマグルやドロホフ、さらに前に遡ればクィレルを殺めて既に手を汚しているハリーであっても憚られた。
ならばデスイーターならばどうか。
既に殺人を含めた数々の犯罪を犯しているハリーの心理的負担は軽くなるだろう。しかし、魔法界の法はそんな蛮行を認めはしない。
ダンブルドアをはじめとしたオーダーもそれをよしとはしない。オーダーは闇の魔法使いから自衛のためにある。闇の魔法使いを産み出すための組織ではない。
うまくダンブルドアやシリウスらから離れ、ホークラックスの作成に着手出来たと仮定してもなお課題は存在する。
そもそも、ホークラックスの何をもって完成だと定義するのかをハリーは知らないのだ。
魂を分割しものに定着させることが出来れば死を回避できる、という概念しかハリーは知らない。
実際に死んで、ヴォルデモートがそうしたようにハリーを信じる誰かに肉体を復活させてもらってはじめて効果があったと立証される。
しかし、たとえホークラックスによって魂を分割できたとしても、ヴォルデモートのような力の精度を持たなければハリーが復活することは不可能である。。
ホークラックスの作成によって魂を操る力を得たのか、長年にわたる肉体なき生活の過程でその技術を身に付けたのかはわからない。したがってハリーが死亡して肉体を喪ったあと、ヴォルデモートのように魂だけの行動が可能となるまでどれだけかかるかすらわからないのだ。
まず自分の肉体から解き放たれた状態で魂だけでこの世を知覚し、自在に動けなくてはならない。
ハリーは過去のヴォルデモートの発言と行動を考える。クィレルやハリーに取り憑いた時のことを。
魂だけの状態から動くには他の生命に取り憑きはじめて行動できる。つまりハリーの意思で、任意の存在を自在に操るだけの力量が必要になるのだ。
杖なしどころか、肉体なしで他人にインペリオを使い続けるようなものである。
そんな技量はハリーには無い。できない、といってよい。
(……独自の技術が必要になる。こういう場合、まず必要なのは段階を刻んで少しずつ修得していくことだけど……)
(杖を使った体系的な魔法じゃなく、肉体に由来する魔力も使わずなんて。……赤子の癇癪を実現させるようなものだ。そんなの魔法力がいくらあっても足りないぞ……)
ハリーのこれまでの魔法は全て、杖と杖無し魔法を基準とした体系的なものだ。
全く異なる概念の魔法を学ぶには、ホグワーツ式の魔法ではなく、ワガドウーや東方、東欧、アメリカ大陸など世界各地に存在する魔法を学び直すに等しかった。
(ざっくり考えただけでも、赤子や子供が使う感覚的な魔法を体系化している人を探して教えを乞う必要があるな……)
ハリーは闇の魔法使いとして、否、魔法使いとしての時間の壁にぶち当たっていた。ヴォルデモートと対等な闇の魔法使いになるための道は、たどり着くための時間が足りなすぎる道である、と考察し辿りついてしまったのである。
***
ハリーはロンが研究に参加したいと申し出たとき、その申し出をあっさりと受け入れた。
ダフネは反対したが、ザムザは賛成した。多数決に従い参加を喜ばれたロンであったが、ハリーの宝石作成行程を見て絶句することになる。
「……モルモットから魂を引き剥がす?」
「……ああ。今やってる研究が、モルモットの魂を物質化することなんだけど……」
「待て。ちょっと待てザムザ」
「……魂を物質化って何だ!?」
ロンは聞き捨てならない単語を聞いたので、思わずザムザに詰めよった。
「……あ、ええと。つまりだ。……死の呪文、アバダケダブラに対抗するためには、生命体の魂が必要なんだと僕らは仮定したんだ」
「正確に言うと、『この世に現存している物質と魂』だね」
ハリーはそうロンに言った。
「アバダケダブラを受けた人間は死ぬ。……と呼ばれてはいるけど、例外がある。例えば……」
ハリーがVの形に口を作ろうとしたのでロンは顔をしかめた。ハリーは悪戯っぽく笑うと言った。
「……例のあの人だ。やつは僕を襲ったけど、アバダケダブラが跳ね返った。けど……」
「……でも、例のあの人は死ななかった?」
ロンは内心そこは死んでくれて良かったのにと考えながら言った。ホークラックスという禁忌の知識を得たことで、ヴォルデモートという存在は不死身ではなく倒せる存在だとロンも解ってきたが、ホークラックスさえなければ十五年前に勝負はついていたのだ。
「そうだ。……その秘密が何なのかは僕たちにはまだ解らないけど、この現象から、アバダケダブラについてはある仮説を導くことができる」
「……アバダケダブラについて?何を言ってんだ?」
「アバダケダブラは『死をもたらす』魔法ではなく、『敵対者の肉体から魂を引き剥がし、引き剥がされた魂は肉体に戻る術がなくなることによって死亡する』という仮説だよ」
「……うん……うん何言ってんだハリー?じゃあ何か?魂さえあればアバダは防げるのか?」
ロンは、というよりは、魔法界で育った者なら誰もが、死の呪文というものに対していい印象はない。
死の呪文、アバダケダブラを受けた者を甦らせる術はなく、必ず死ぬ。取り返しのつかない災厄をもたらす禁忌の魔法だからだ。
「あくまでも仮説だよ。本物のデスイーターや、『例のあの人』相手なら、わからない」
ハリーもロンの前でアバダケダブラを披露するほど愚かではない。ロンはハリーから受け取った宝石入りのペンダントが呪いの品のように思えて、胸から引き剥がしたいという欲求が沸いていた。
「…………やっぱり納得していないじゃない。だから私はやめた方がいいと言ったのよ。……知らない方が幸せなことはあるのよ?」
ダフネが避難がましくハリーの背中をつつくのを無視して、ハリーはロンを説得するように言葉を重ねた。
「……まぁ、僕はそう考えたんだ。……ロンも知っていると思うけど、デスイーター相手ならどれだけ備えても足りないんだ」
困ったように笑うハリーではあったが、目は真剣そのものだ。
「あ、ああ……」
ロンは闇の魔術に関するディープすぎる話に脳が理解を拒みそうになるのに耐えながらハリーの話を聞いた。
ダンブルドアはハーマイオニーの心情とロンの役に立ちたいという意欲を汲んでこの役をロンに割り振った。が、適任者は別にいたと言ってよいだろう。
例えば、特殊な育ちであるために闇の魔術に頓着のないシュラーク。或いは、マグル産まれのオルガやミカエル。闇の魔術と通常の魔法のどちらも人の尊厳を簡単に破壊できると認識しているマグル育ちの人間の方が、ハリーの話を抵抗なく受け入れることはできたかもしれない。
「これから先、デスイーター達は兵士が銃を撃つような感覚でアバダケダブラを使ってくる」
「……ああ。……だから避けるための訓練をしてるんだろ?」
「けど、絶対はない。」
ハリーは意図的に声を低くした。
「相手の照準がぶれて、回避した先に自分の体があったなんてことはざらにある。敵の数が多ければ、被弾する確率は高くなる」
「……おう」
「だからモルモットの魂を物質化して楯にして、皆に持たせる。当たりどころが良ければ、アバダケダブラに被弾しても一回は耐えられる」
「……い、いや……それはわかるけど。ハリーお前……」
ロンはハリーがわからなかった。
ハグリッドやルナと親しくしているハリーが、今年も魔法生物飼育学を受講していることは知っている。グロウプという巨人の世話をしたり、あのおぞましい怪物……スクリュートの世話をしたこともハリーはある。むしろ、誰よりも率先して危険を請け負っていたと言ってよい。
「でも皆はよ……それを覚悟して来てるんだろ?」
ロンは絞り出すように言った。が、声に覇気はなかった。
(……いや……苦しい言い訳だな、これ……)
ロンだって死んでほしくはない。
まだ十四歳の、これからというところでアバダケダブラによって殺された友の顔はロンだって忘れてはいない。
「覚悟してるからって死にたいわけないだろう」
「……ああ」
ハリーの言葉にロンも頷くしかない。
(代案がねぇ……愛の魔法は……再現が出来ねぇ……)
愛の魔法は、自己犠牲によって成り立つ魔法である。しかし、大前提として、敵が一度生き延びるチャンスをこちらに与える必要がある。
ハリーの母親とザビニの母親の時で二度、同じことはあった。しかし、三度は無いだろうとロンでも思うのだ。
「はっきり言うけど、ロン未満の腕のシノやアズラエルは『敏速』を駆使しても敵の攻撃を全て避けられるかは怪しい。実戦だと経験から相手の杖先を予測して避けないといけないけど、彼らはそのカンが鈍い」
本人の前では言わないし言えない言葉である。
アズラエル達の名誉のために言えば、彼らは手を抜いているわけではない。
魔法の撃ち合いが反射神経を競うものであり、一撃で勝負が決まる。そういう状況だからこそ、僅かな力量の差が明確に出るのだ。
「……皆が死なずに済む可能性を上げるために、出来る手を尽くしたいと思ったんだよ」
「……モルモットの命は……いいのかよ?」
ロンは嫌悪感が拭えなかった。
モルモットを見ていると、嫌なことを思い出す。
ホグワーツに入るまで愚痴を溢しながらも世話をし続けた、スキャバースのことを思い出すからだ。
モルモットにも命はある。魔法界においてはネズミはポピュラーなペットであり、お下がりとはいえ自分が責任を持つ家族としてネズミ(ピーターの方ではない)を愛していたロンにとっては複雑な気持ちになる。
「モルモットは研究のために僕の小遣いで飼育している実験台なんだ。そこは考慮する必要はないよ」
ザムザが気にしなくてもいいよと安心させるように笑ったが、ロンはその姿に嫌悪感を掻き立てられ、黙りこくった。
(……ああ……ああ~どうしましょう、どうしましょう!?)
「……そうだな。……ザムザの言うとおりだ。……やってくれ」
(何のためにここにいるかって、ハリーの進捗を確認して監視するためなんだ。……気合い入れろ俺)
モルモットのことを頭から追い出したロンは自分のつとめを果たそうとした。ハリーはロンを仲間に加えられたことが嬉しかったのか、少し鼻唄を歌っていた。
(……な……慣れてる……)
ロンはフローバーワームを飲み込んだかのような顔をしていた。ハリーはロンの様子に少し違和感を感じつつ、研究を進めた。
「わかった。……魔方陣は用意した。今回は簡単なダイヤモンドの錬成をするよ」
ケースの中で動き回るモルモットの一匹に、ザムザがインペディメンタ(妨害)の魔法をかけて動きを封じる。ダフネが手際よくレヴィオーソによってモルモットをハリーが用意した魔方陣の中心まで移動する。
(……音が漏れねぇ。マフリアート(静寂)か……)
ロンはザムザとダフネのどちらが静寂魔法をモルモットにかけたのかは解らなかった。いずれにせよ、ハリーもザムザもダフネも、モルモットの命を何とも思っていなさそうなことは確かだ。
ハリーが刻んだと思われる魔方陣はひし形の中心に円を描いた簡素なものであった。
「錬金術の基本は魔方陣を敷いて、その陣の内側に素材を置く。描いた陣の効果を術者が認識して、はじめて錬金術は効果を発揮するんだ」
「魔方陣は円が基本ってのはなんか意味があるのか?」
「円は閉じているからね。そこに意味がある。『この行程が終わっても、元通りにはならずこの世に新しい物質として残る』という意味があるんだ」
ザムザが得意気に解説する。ロンは曖昧に頷いた。
「それでその手のオカルトじみたマークには丸が多いんだな」
「『完全なる物質化』が成功した物体は、世界から偽物だと判断されず、元に戻ろうとすることもなくなる。……まぁ……魔方陣が正しくても術者次第で単なるコンジュレーションになってしまうのが錬金術のこわいところだけど」
ロンはジタバタと手足を動かすモルモットの姿に、嫌悪感を拭い切れなかった。
行為は一瞬だった。
「ジェマ・アルキーミャ(宝石錬成)」
ハリーの杖が振り下ろされ、魔法の紋様が血のように赤く輝くモルモットが炎に包まれ、炭へと変化していくのをロンの瞳はつぶさにとらえていた。
目を背けたいのに、目を閉じられない。
ロンにとって拷問のような時間が終わったとき、モルモットであったものは、ほんの一欠片の虹色の反射光を返すダイヤモンドに変わっていた。
「……以上が簡単な宝石の錬成だよ。ザムザとダフネも同じことはできる。ロンもルーンと魔法陣、あと風水の勉強をしたら出来るよ」
ハリーの言葉に頷きながら、ロンは冷や汗が止まらなかった。
(いやこれ……これ……アレじゃね?もうモルモットを人体にすれば同じこと出来るじゃん……)
ロンの中で、ハリーに対する嫉妬心が消え去っていく。代わりに頭をもたげたのは、よく知った友が怪物に変わったかのような恐怖心だった。
(……ん……あれ……俺……俺って何でハリーを超えたいと思ったんだっけ?)
ロンが抱いた感情。それは嫉妬ではなく、恐怖だった。
人の命を殺して己が生き延びるための魔法があると聞いて、まともな人間はほとんどが拒否反応を示すだろう。事実ロンはヴォルデモートが人を殺して己に不死性を付与したと聞いたとき、嫌悪こそすれそれを使おうなど思いもしなかった。
ハリーの言動はどうだろうか。
ハリーは倫理的観点からホークラックスを使わないと言ったわけではない。
使えないと言ったのだ。
単に技量が足りないと。
魔法族にとってもっとも忌避されるべき殺人に対する嫌悪感はまず何より優先されるべきものだとロンは信じていた。
少なくとも、闇の魔術を嫌悪し、生命に対する冒涜的な行為を忌避することが普通であるはずだと思っていた。
「……大丈夫?あの、見苦しい光景が続くことになるわ。……ねぇ、ハリー、ミスタ・ベオルブ。今日はロンも初日だし、ここまでにしておいた方がいいのではなくて?」
「しかし……今日中に研究テーマを進める気だったんだ。物質化した魂に魂の付与が可能か試してみなくては」
ロンはコンジュレーションが得意である。
コンジュレーションも錬金術と同じく、物体を任意の物体に変える魔法である。人体とモルモットとで組成の細部に違いがあるとはいえ、構成要素を分解し、変換したいものに変え、再構築するという手順そのものは変わらない。
その気になれば、ハリーはもう同じことが出来てしまうのだ。
又聞きの話ではなく、その目で見てはじめてロンはハリーの危うさがわかった。ハーマイオニーやダンブルドアが過剰なほどにハリーを警戒する理由が、頭ではなく心で理解できた。
目の前でモルモットが分解される姿を見るまでは、耐えられるとロンは考えていたのだ。
しかし、ロンの曖昧な覚悟を全て打ち砕くほどに、ハリーの動きに淀みがなかった。それは既に、何十回と同じことを繰り返し、改善してきた結果だと察せられた。
ハリーが人体で同じことを試みれば。
何人、否、何十人もの命を実験台にして、その魔法を改善させることだろう。
(……ハリー、ダフネ、ザムザ。おまえら……やべぇよ……闇の魔法使いに両足突っ込んでるよ……)
ロンはハリーに立ち止まって欲しかった。ここで止まり、これ以上研究を進めないで欲しかった。
が、そんな期待は儚く散った。
「では今日の研究に移るわね。議題は……ハリーの……『複数のモルモットの魂を合体させられるか』よね?」
「……何だよそれは?」
「ああ。以前やった複数のモルモットを一度に物質化する試みはうまくいかなかった。だからその方面のアプローチは捨てて、モルモットAの魂を分離したあと、モルモットBに付与したらどうなるかを見ようと思う」
(おまっ……)
「何でんなことしてんだよ?」
ホークラックスを連想するような技術であり、倫理的に大いに問題があるように思い、ロンは口を開いた。
「モルモットBが二つの魂を持っているなら、それを物質化すれば二つの魂の盾を持たせられるかもしれないだろう?」
「……いや……けど……」
「……モルモットBはすぐに処分するわけじゃない。経過を観察するよ。大丈夫、貴重な被験体として扱うから」
ロンはその試みを止めるか、止めないか迷い結局黙認した。モルモット達はどこまでいってもザムザの管理しているものであり、ロンのペットではなかった。
ロンにとって不幸であったのは、この試みはうまくいった、ということだ。ハリーはこの実験を既に何度か試していたのかもしれなかった。
二つの魂が入ったモルモットの様子に変化は見られなかった。食嗜好などはモルモットBのままであり、一見すると、何の変化も見られない。
「……モルモットBには変化無し、か。人格などに対する影響はないのかもしれないね」
「便宜上、B-2と呼ぼう。B-2、いい名前になったね」
そう話するハリーとザムザの声が、ロンには空恐ろしいものに思えた。
***
4日後。
ハリーはハーマイオニーとロンから、トム・リドルの日記がホークラックスであるという話を聞いた。
その前の日、ザムザはモルモットB-2がモルモットAの遊んでいた回転羽根に興味を示したと報告したばかりであった。
「…………リドルの、日記?蛇?アレが六つのホークラックスのうちの一つだったって言うのかい?」
「そうよ。……私は直接会ったことはないけど……ハリーとロンは会ったのよね」
「……うん。そう、そうだよ。……そうだ……」
ハリーの中で、ある閃きが起きていた。それはハリーの仮説が正しかったかもしれないという喜びであった。
(……魂の一部を継いだものは……魂の前の持ち主の影響を受ける、可能性がある……)
(……あの時!ジニー・ウィーズリーはトム・リドルの魂の力を受けたんだ!だから蛇語を駆使して、秘密の部屋を開きバジリスクの声を……)
そう考えるに至ったとき、ハリーの背筋が凍りついた。
(……あれ、待て。)
(……ホークラックスは魂の力を閉じ込めたものだ。それはつまり……ヴォルデモートの魂の力を受けたものを身に付けていれば、ヴォルデモートの力は使える。でも……)
(……ナギニという蛇のように、生き物もホークラックスになれる、ということは……)
ハリーの中で、一つの推測が頭をもたげた。
(……僕も、ヴォルデモートのホークラックスなのか……?)
それは深く恐ろしく、全身の血液を凍らせるような冷たい絶望であった。
ハリーはそれを知っている。
絶望とはいつも、希望が見えた先に訪れて、ハリーから全てを奪い差っていくものだ。ちょうど、トライウィザードトーナメントで優勝した時のように。
***
「……ハリー……ゴールはここまでにしておかねぇか?」
ロンはハリーにそう提案した。
ロンは自分でも、どうしてそう言ったのかは解らなかった。しかし、なぜ口をついて出たのかと言えば、それはきっと怖かったからだ。
ハリーと、ハリーを信じられない自分が。
「ここまで……?」
「お前らの研究は一定の成果ってやつは出てる。実際、これでデスイーターのアバダケダブラが防げるかどうかはやってみねぇとわからねぇが……無いよりはましだ」
「だから、な?間違っても変なこと考えるなよ?」
「変なこと?」
「……それは……どういう意味かしら。私達がいかがわしい魔法の研究を進めるかもしれないと、そう言いたいの?」
「……いや……ロン、心配は要らないよ」
ロンに詰め寄るダフネを制したハリーは自分が落ち着いた声を出せることに安心していた。
「僕はもう、間違わないから」
ハリー(あれこれ僕死ぬ方がよくない……?)
ハリー(いや死んだら皆を守れなくない……?)