蛇寮の獅子   作:捨独楽

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盲目の白い羊

 

***

 

「ハーマイオニーは魔法省勤務志望なんだね」

 

 ハリーたちはテスト期間の最中、空き教室で集まり駄弁っていた。

 

 NEWT課程の厳正なテストは知識の引き出しを求めるOw課程のテストに加えて、小論文のような論述形式での問題も増えてくる。ハリーたちは論述式の問いに関する一通りの答えを用意しながら、進路について話していた。

 

 OWL課程で希望した進路に進むためには、NEWT課程においても引き続き優秀な成績を残しておく必要はある。この課程で優秀な成績を修められなければ、見事この就職難を乗りきって就職に成功したところで希望するような配属先などないからだ。

 

「ええ。執行部の犯罪対策室希望よ。でも正直に言うと悔いはあるの」

 

「こんな時勢だし、第一志望は犯罪対策室という気持ちにも嘘はないわ。……けれど本当は、ハウスエルフ室を希望したかった」

 

「ハーマイオニー、ハウスエルフは労働が好きでやってるんだぜ?何も嫌がって働いてる訳じゃない」

 

「私だって、ホグワーツで働いているハウスエルフが現状に満足していることは知っているわ。けれどそれは、ダンブルドアが特別寛大なだけよ。『ハウスエルフとヒト理想的な関係』が崩れ去るのは一瞬だわ」

 

 ハーマイオニーは厳しく言った。ロンはまた始まったぜとハリーに助けを求めるような目をしてきたが、ハリーは無言で微笑んだ。

 

(ちゃんと聞こう、ロン)

 

(いや聞いてる。そんで言ってる!俺三回はハウスエルフはそういう生態じゃねぇって言ってる!)

 

 男子二人のアイコンタクトを尻目に、ハーマイオニーはアズラエルに熱く持論を展開していた。羽ペンの手が止まっているアズラエルとは異なり、ハーマイオニーの羽ペンは休みなく動き回っていた。

 

「……クラウチ氏とウインキーのケースを私なりに考え直して見たの。……ウインキーの話を聞く限り、クラウチ氏はウインキーに対して酷い扱いをしていたわけではなかった。少なくとも、ドビーが昔の主人に受けていた仕打ちよりは」

 

「……まぁ、そうですね。僕も同意見です」

 

「えっと……記憶が曖昧だからもっかい言ってくれ。ウインキーって、クラウチ家ではどういう扱いだったんだ?」

 

「……クラウチ・ジュニアの好きなクィディッチを観戦させてほしいと、ウインキーは主人であるシニアに対して懇願したの。そしてシニアはそれを聞き入れた。……自分は通訳としての仕事があるから、ジュニアの監視と護衛はウインキーに任せて……」

 

「ジュニアはウインキーから逃げ出したの。」

 

「……で、解雇ってわけか。半端な情が破滅を招いたってわけか。……やるせねぇな」

 

 

 ザビニはハーマイオニーの意を汲んで同情的な言葉を投げ掛けた。

 

 一連の事件の結果が巡り巡ってヴォルデモートの復活とファルカスの死に繋がったので、ハリーもアズラエルもあまり口を開きたくはなかった。ハリーはカリカリとポールペンを動かしながら、左手に持った杖でボールペンのインクを増やした。

 

 アズラエルは多少意地悪に言った。

 

「しかしですよ。ウインキーはJr.が犯罪者であると知りながら主人の行動を見逃して片棒を担ぎ、あまつさえ、自らジュニアを世に解き放ってしまったわけです。後付けの結果論に過ぎませんが……僕がクラウチ氏の立場であったとして、ウインキーをクビにしない自信はありませんね」

 

「ウインキーは……ウインキーには主人に逆らおうという発想がそもそもなかったのよ。ウインキーにとってはクラウチ家と屋敷が世界の全てで、そこに縛り付けられていた。もっと広い選択肢があれば、ウインキーの行動も変わったはずだわ」

 

「でも、ハウスエルフに知性と理性が芽生えるとヒトにとっては都合が悪いんだろう」

 

 ハリーは淡々と言った。閉心術で心を閉ざしながらハリーの中にあるのはひとつの疑問だった。

 

(……僕に……いや……僕たちに、クラウチを批判したり、ウインキーを愚かだってなじる資格があるのか?)

 

 

 ハリーたちは(魔法界がヴォルデモート復活を認めなかったからとはいえ)裏の集会やDAを組織して、無関係だったはずの生徒たちを巻き込んでいる。

 

 確かに同意は得た。本人の意思で契約書にサインをしてもらった。逃げたいという人間のことは止めなかった。ハリー自ら追い出した生徒すらいた。

 

 しかし、皆死にたくはないのだ。望んで戦いたい人間ばかりである筈もないのだ。

 

 同じ寮の友人や、先輩といった縦横の繋がりがある集団の中で浮きたくはないという心理。寮生活故の人間関係のねじれ。そういう諸問題が発生するかもしれないという心理的負担をちらつかせたうえで、嫌々サインしたザカリアスのような生徒だっているのだ。

 

 死の可能性があるとわかった上で非合法な手段を選んだ自分達に、クラウチを批難する資格はない、とハリーは思う。

 

 もっと言えば、ウインキーと比べて自分は賢くもないとハリーは思う。

 

 ハリーはただ、幸せであって欲しかった。

 

 ファルカスやアズラエルのように、自分の周囲の人が幸せであればそれで良かった。スリザリンという寮に入り差別や歪んだ社会構造を知った上で、それに個人的に抗うことはしても、社会の構造そのものを変えようとは思わなかった。

 

 ハリーはダーズリー家から解放され、孤独が癒された時点で、愛情への飢えをある程度は満たされていたからだ。

 

 人には限界がある。社会や世界がいかに歪んでいようと、自分の周囲の人が幸せならそれでいい、無知な人間のままでいいというウインキーやハウスエルフらの気持ちをハリーは一概に否定しきれなかった。

 

 そういう一面だってハリーは持っていたからだ。

 

 

「……ハウスエルフの側が変わるよりも、まずは、魔法族の側がハウスエルフに対する認識の過ちを正すべきだと思うの」

 

「……彼らを知性ある存在だと認識しろってことかい」

 

「魔法省にはハウスエルフ対策推進室という窓口はあるけれど、雇用主からの解雇通知を受けたハウスエルフに対する支援を義務付ける法律はないのよ。ハウスエルフの側が新しい魔法族の主人を見つけて頼るという発想がない以上、雇用主の側に義務付けさせないと大変なことになるわ」

 

 ハーマイオニーの言いたいことはこの場にいる面々には理解できていた。

 

 何も難しいことは言っていないのだ。

 

 単に、ハウスエルフにならば何をしてもいいという腐りきった認識を改めるか、それが出来ないならブレーキをかけるようなシステムを作れとハーマイオニーは言っているのだ。

 

「………………ハーマイオニー」

 

(それが出来るって本気で思っているのかい?)

 

 喉元から出かかった言葉をハリーは飲み込んだ。代わりに、ハーマイオニーの意思を確認するためにこう聞いた。

 

「本気なのかい?」

 

 クラウチ氏とウインキーのケースや、また、ザビニやハリーは知らないが、過去のスミス婦人とリドルの一見から見えてくる歪みがある。

 

 英国の魔法族は、都合の悪いことをハウスエルフに押し付け、いざとなれば切り捨てることによって秩序を保ってきたのだ。

 

 

 ハウスエルフは高い魔力を有しており、魔法族がわざわざやりたがらない雑事を主人に代わりこなしてくれる。

  

 そして何より、彼らの大半は主人や家に対して従順で誠実だ。

 

 だからこそ、魔法族は己の手を汚すことなくハウスエルフに対し責任を押し付け知らぬふりをすることが可能となる。

 

 そんな歪みに染まりきった大人たちが、ハウスエルフの権利容認などという法案を通すとは思いがたかった。

 

 もちろん、一定の良識ある人間はハウスエルフといえども理不尽に扱うことをよしとはしないだろう。ハーマイオニーの言葉に賛同する人間も出るかもしれない。

 

 しかし、人は一度得た特権を手放したくはないものだ。ハリーはそれをよく知っていた。

 

(皆……ハウスエルフというヒトにとって危険で、そして便利な生き物には、眠れる羊としてその一生を終えて欲しいと願っているんじゃないか)

 

「ええ。失意のまま心を病んで、体調を崩してしまうウインキーのようなハウスエルフは多かったはずよ。……だからこそ、そういったハウスエルフに対しての支援の手が必要なのよ」

 

 

 ハーマイオニーの言葉を真剣に受け止めた人間はあまり多くはなかった。ハリーはドビーの被害を受けたことと、ダーズリー家で受けた弱い立場の人間が受ける理不尽な仕打ちとの間で揺れ、ロンもザビニもそもそもハウスエルフに対してそこまで関心がない。

 

 無言で口をつぐんでいるダフネは苦々しく思っているに違いなかった。ハウスエルフの存在はグリーングラス家にとってなくてはならないもので、その労働と恩恵を受けてきたダフネにとってハーマイオニーの言葉はあまりに都合が悪いもので、受け入れるには時間がかかるだろう。

 

 ダフネはちょうどパンジー・パーキンソンのような口調でハーマイオニーに尋ねた。

 

「……でも、ね。言っていることはその通りなのだけど……その制度をハウスエルフが利用することが出来るのはいつになるのかしらね」

 

 

 

「……ハウスエルフから望まれてもいないのに制度だけ作ったとしても、その予算をつける意味がなくてはすぐに形骸化するだけだと私は思うのだけれど」

 

「ハウスエルフの側が変わらないからこそ、私たち魔法族の歩み寄りが必要だと私は思うの。だからこそ、それまで雇用していた雇用主に届け出を出させるのよ。」

 

 ハーマイオニーはさらりとダフネの皮肉をかわした。ダフネはぐうの音もでないという風に黙り込んだ。

 

「1本とられたね」

 

 ハリーが茶化すと、ダフネは悔しそうにそっぽを向いた。

 

 ダフネはこの話題に固執してハーマイオニーと論争する意味は無いと思ったのか、すぐに話題をすり替えた。

 

 

「ミスタ・ウイーズリーは?貴方も希望の職には就けそうなの?」

 

「俺?俺はオーラー志望だぜ。駄目元でも言ってみる価値はあるだろ?」

 

 オーラーという単語にザビニは口笛を吹いた。満更でもなさそうなロンはにやにやと頬を緩めた。

 

「……お前ら散々魔法省に喧嘩売っといてよく魔法省を目指せるよな……」

 

 

「ハリーはどこを目指すつもりなんですか?」

 

 

 と、アズラエルが口に出したのをハリーは聞いていなかった。ハーマイオニーの姿を見ながら、自分の思考に没頭していたからだ。

 

 

(……ハーマイオニーは正しい。正しいけど……ダフネも正しい。ハウスエルフ側に納得してもらうという手順をすっ飛ばして結論を急いでいる)

 

(確かにハウスエルフとヒトとの関係はヒトの側が搾取しているわけではあるけど、急にルールを定められたとしてハウスエルフ側が受け入れるはずもない……)

 

 

 羽ペンで論述問題を書き上げたあと思考にふけるハリーは、自分に当てはめて考えに耽っていた。

 

(……僕がこれからやろうとしていることはどうなんだ?皆に黙ってヴォルデモートに殺される。そうしないと勝てないからだけど。……僕のやり方はハーマイオニーと同じ独善ってやつなんじゃないのか……?)

 

「ハリー?聞いてますか?」

 

「……ん、ああごめん。柄にもなく難しいことを考えてしまったんだ。何?」

 

「君の進路ですよ。神秘部や闇祓いの希望を出しているんですよね。大丈夫そうですか?」

 

「大丈夫かどうかは魔法省の側が決めることだと思うなぁ。……まぁ、ザビニの言うとおり魔法省には散々喧嘩を売ったからね。半年後の面接で落とされることもあり得るとは思うよ」

 

「今の情勢でハリーを落とすなんてことはねぇよ。二人で一緒にオーラーやろうぜ?オーダーに所属しながらさ」

 

 ロンが励ますように言った。ハリーはそれが出来ればどれだけ心強いだろうかと一瞬揺らいだ。

 

(……いや……無理だ)

 

 ハリーにある未来は死である。それは変わらないのだ。しかし、未来について語り合うということは、ハリーの心に穏やかな風を運んでいた。

 

「……そうだね。でももしも駄目だったとして、考えてる進路はもうひとつある」

 

「へぇ、面白いですね。」

 

「ヒーラーだよ。命を奪う仕事が終わって、オーラーの需要が減ったら、今度は命を救う仕事が主流になるからね。僕がそう言ったら、スネイプ教授はハンターを目指してそこら辺の害獣を駆除しろと言ったけどね」

 

 

「スネイプのハンターに対する偏見だぜ、それはよ。魔法薬の原料だってハンターが駆除したものが多いってのによ」

 

「やけに詳しいね」

 

 ハリーが聞くと、ザビニは頷いた。

 

「第二志望がハンターだからな」

 

「意外だな、ザビニはハンターとかに偏見あると思ってた。つか、クィディッチはどうすんだよ」

 

 ロンは感心したように言う。ザビニはペンを指で回しながらニヒルに笑った。

 

「……ま、俺にはプロからも声がかかってるし、実際クィディッチでプロを目指すわけだがよ。プロってのはそう甘くねーよ。なぁアズラエル?」

 

「ええ。プロの争いは過酷です。ホグワーツからプロになる生徒は毎年数人は居ますが……契約できたプロクィディッチ選手のほとんどは、三年持たずに切られるのが現実です」

 

 実力主義のクィディッチプロリーグの過酷さはロンもよく知っていた。ロンは苦々しく頷く。

 

「何とか這い上がって一部リーグの一軍に上がれても、実力不足ならすぐに引退ってのがプロの世界だ」

 

「……ま、大成しなかった時のセカンドライフ用の下積みとして、ハンター資格も取ってんだよ。クィディッチのプロになってからだと資格試験の勉強なんかする暇ねーしな……」

 

 ザビニの話を聴きながら、ハリーの心は穏やかなもので満たされていた。

 

 ここには夢があり、将来への希望で満たされていた。ハリーが命を賭けてでも、否、命を捨ててでも守りたいものは仲間の命だ。その先の道が美しい希望であることが、ハリーにとって救いとなっていた。

 

***

 

「……テスト期間中なのに温室に来ているのかい?」

 

 ハリーは少し驚いて言った。

 

 自分が死ぬと決めてから、ハリーはホグワーツのあらゆる人たちの顔を見ておこうと思い立った。と言っても、何か特別なことをしたわけではなかった。

 

 お世話になったフリットウィック教授やハグリッドは元より、ロンやハーマイオニー、コリンとルナ、ザムザ達。あらゆる人々は日常の中で忙しく動いていて、ハリーはその流れの一部としていつも通り皆に会い、話をして別れただけだ。

 

 その流れの中で、少しだけいつもと違うことがあった。

 

 スラグホーン教授に何か手土産でも持っていこうと考えて、ハグリッドの小屋で集めたキメラの糞で作った堆肥を代価にジャイアント・ジャックの枝を貰おうとしていた時だった。

 

 テスト期間なので学生はいない。そのはずなのに、温室に来て普段通りの作業をしているネビル・ロングボトムとハリーは出会ったのだ。

 

「ジャイアント・ジャックは繊細なんだ。今が一番大切な時だから、気になって……」

 

 ネビルは感心したようなハリーの声に照れながら言った。

 

「そうだね。でも本当によく手入れされているよ。アズラエルならこれに10ガリオンは出すと思う

 

 

 ジャイアント・ジャックという豆の木は栽培が難しい。成長段階で多くの栄養を必要とするだけではなく、剪定も魔法による度重なる切断を必要とする。

 

 木の生命力が強すぎるがゆえに、狙った形、狙った大きさの豆を育てることが困難であることから、その市場価値は高い。大きいほどに魔法薬の原料となる魔法成分と、苦味の成分が増すのだが、単にエンゴージオ(肥大化)の魔法をかけただけでは苦い豆が出来るだけなのだ。

 

 スプラウト教授は、誇らしげにハリーの言葉を聞いていた。ネビルはハッフルパフ出身ではないが、ハッフルパフ生の誰よりも薬草学に熱心で、ひたむきであることは疑いようがなかった。

 

「……こちらはハグリッドからです、スプラウト教授」

 

「キメラの堆肥?そりゃまた豪勢な。……わかった。ただ、今はまだやれないとハグリッドに伝えな。もう少し大きくなってからが一番だ。この子達なら、ホグワーツでここ二十年なかったような逸品が出来上がるよ」

 

「では、そのように伝えます。ハグリッドもきっと喜びますよ」

 

 スプラウト教授はハリーの内心を見抜いていたのか、堆肥だけ受け取ってにっこりと笑った。なかなかに肝の太い教授であった。

 

「じゃあ、僕はもう上がります。」「お疲れ様、ゆっくり休みなよ」

 

 ネビルはスプラウト教授に深く頭を下げ、ハリーにも少し会釈して温室を去っていった。その背中を見送ったあと、スプラウト教授は、一言だけ呟いた。

 

「……この豆の木は君のとこの後輩の、オルガとミカエルが育てていたものだからねぇ。彼らの頑張りを無駄にしたくなかったんだよ、あの子は」

 

 

「……ミカエルがですか……?」

 

「……ミカエルはこの温室に足を踏み入れて四年。ジャイアント・ジャックに挑んでは枯らすを繰り返して二年。ようやく形になったってところかね」

 

 ハリーはそこでふと思い至った。

 

(……そう言えば、ミカエルは将来農家になりたいと言っていたな……)

 

 魔法界の生産者は過酷である。

 

 なぜなら魔法族というものは、大抵のものを増やすことが出来るからだ。

 

 だからこそ、生産職で食べていこうとする者は相応の物品を作れなくてはならない。 魔法によって増やすことが難しく、効果が高く需要は高いが希少。そんな風に、『価値』を作れてはじめてその職で食べていけるのだ。

 

 

「……それは……本当に嬉しいことです。……ネビルはスリザリン生のことはあまり好きではなかったのに……」

 

 ハリーはネビルから向けられた視線を覚えている。

 

 ネビルが暴言を吐いたドラコ殴ってドロレス・アンブリッジから処罰を受けたとき、ハリーは尋問官親衛隊になることでネビルを解放した。グリフィンドール的ではないハリーの行為に思うところはあっただろうが、その事とミカエル達のことを分けてくれたことを嬉しく思った。

 

 

「ネビルもこれで食っていくつもりだからねぇ。……何かしら感じるところはあったんだろうさ」

 

 ハリーはその時、ほっとしたような安心感を覚えた。

 

 

(……僕が居なくなった後はたぶんハーマイオニーが皆を率いてくれる。でも、その次は誰になるだろうと不安だった……)

 

 ハリーは最悪の事態はいつも自分にとって嫌な選択肢をぶち抜いて起きると痛感していた。

 

 自分の死が確定した後でも、ハーマイオニーが居れば裏の集会は何とか纏まるとハリーは思っていた。

 

 が、問題はハーマイオニーが居なくなった後である。

 

 アズラエルは言うに及ばず、スーザン・ボーンなども過激である。ハリーが生きている間はハリーと敵対したくない一心で自制しても、死んだ後どうなるかはわかったものではない。ハーマイオニーでも、止められるかどうかは怪しい。

 

(……ネビルなら……)

 

 しかし、ネビルならば可能性はあるとハリーは思った。

 

 ネビルは親族を害された上で、怒りながらも踏み止まっている強い男であったからだ。

 

 グリフィンドールでありながらスリザリン生であろうが隔てなく手を差しのべるネビルの姿に、ハリーは一筋の光明を見た。それはダンブルドアのような絶対的な安心感とはまた違う。

 

 気持ちが暗く沈んで何もかも見えなくなっていたとき、空を見上げて、空の色が青いことに気付いた時のような安心感だった。

 

***

 

「警告しよう。一つの星が落ちようとしている。この意味が君にわかるだろうか?」

 

(星が落ちる?死兆星の明示か?)

 

「…………わかりません、先生」

 

 ハリーは素直に眼前のフィレンツェに白状した。

 

 占い学の講義はトレローニとフィレンツェの交代で行われる。今日はフィレンツェの担当する星占いの講義だった。

 

 既にOWL試験ももNEWT試験も、それ以外の生徒達の期末試験も終わり、占い学の講義には弛緩した雰囲気が漂っていた。しかし、フィレンツェ教授にとってそれは大した問題ではなく、星の見え方に関する講義は非常に重要なものであった。

 

 魔法族にはマグルの世界では観測していない星を観測している。魔法の望遠鏡で捉えられる星と、ある特定の条件下で見える星。その日フィレンツェ教授が教えたのは、死兆星についてであった。

 

 フィレンツェはその日、抽象的な星に関する占いと実際に的中した預言者の占星術について教えた後、終業の鐘が鳴り響いた後にハリーに問いかけたのだ。

 

(……死兆星は僕の目には見えなかった。……占星術による予知は……もっと大きな事柄を示すこともある……)

 

 ハリーの心臓は早鐘を打って高鳴った。

 

 ハリーは(恐らくは自分の中にあるヴォルデモートの魂を滅するために)遠からず死ぬことになる。それは間違いない。しかし、今死兆星が見えないということは、今はその時では無いということである。

 

「……教授は何かを感じ取っておられるのですか?ホグワーツに良からぬ兆しがあるとお考えなのですか?」

 

「……それを決めるのは私ではなく、運命だ。私はただ万物を感じ、ありのままを受け入れるだけだ」

 

「巨星が落ちようとしている。しかし、私はその行く先を知らない……」

 

 ハリーが問いかけても、フィレンツェは意味深に微笑むだけであった。ハリーはフィレンツェのケンタウロス的価値観を尊重することにして、深く頭を下げてその場を離れた。

 

「……」

 

(…………警告が曖昧すぎる。……フィレンツェ教授はいつも曖昧なことしか言わないから……)

 

 ハリーはフィレンツェの言動から警戒すべき対象を見出だすことはできなかった。ホグワーツに危険が迫っているのも、ハリーにとって当たり前のことでありすぎたのだ。

 

 

***

 

「………………あの人は死兆星が見えている………が…………ポッターには未だ星は落ちず………か」

 

 ケンタウルスのフィレンツェは啓示をするためにホグワーツ魔法魔術学校に足を踏み入れた。

 

 魔法天文学上の死兆星と、一般的な人類史における天文学による死兆星は異なる。後者は単なる空の状態に左右されるもので、前者は見た人の運命を左右するものだ。

 

 見たものに死の運命を運ぶ凶星を見たものはただ一人。

 

 アルバス・ダンブルドアのみである。

 

(………………警告は、した)

 

 言葉の意味を理解し備えることも知恵ある獣のなすべき備えではある。しかし預言の場合、預言をしたものではなく受託された側の解釈が重要であることをフィレンツェは感覚で理解している。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校そのものが、アルバス・ダンブルドアという偉大な星によって護られている。

 

 その星が遠からず墜ちる。そうフィレンツェは理解しているが、そのことを知らしめることはよくはないと、フィレンツェは理解していた。

 

 実はこの時点で、ホグワーツにおいてフィレンツェよりもよほど的確に未来を預言していた存在が一人いる。

 

 シビル・トレローニである。彼女は実は三年前の時点で、宴の席において、真っ先に離席した人間の死を預言していた。その預言を信じず、或いは信じたからこそ他の人間に災いが降りかからぬようにと真っ先に席を立ったのは、他ならぬアルバス・ダンブルドアであった。

 

 フィレンツェよりも預言の才能に溢れた天才であったシビルは、しかし、預言の能力に突出するあまり俗人として生きるには尖りすぎていた。そしてヒトではないケンタウロスであるフィレンツェは独自のカリスマを有していたものの、ヒトとは微妙に異なる価値観の差を埋めることは難しかった。

 

 それゆえ、二人の予言者の予言は聞き入れられず、今学期は終わりを迎えようとしていた。

 

***

 

「このところ研究や研修続きだったし……テスト明けには喫茶店でもどうかな」

 

 

「あら、いいの?私も疲れているし……遠慮はしないわよ?」

 

「財布の紐は緩くしておくよ」

 

 ハリーはダフネにどこまで話すべきかと考え迷っていた。

 

 

 迷っていた。いたが、結論は出ていたた。

 

(……今ダフネに真実を話して……ダフネを放り出してどうするんだ?ダフネにどう説明して納得させる?)

 

(……納得……?)

 

 

(……そもそもそんな、皆が納得出来るような都合のいい話があると本気で思っているのか?)

 

 ハリーは自分の命を掛けなければならない状況があるなら、命を捨てる。そういう気持ちでいた。

 

 しかし、ロンやハーマイオニーやダフネやザビニやアズラエルの命を捨てさせるなど死んでも嫌だった。

 

 だからハリーにはある考えが浮かんでいた。

 

 自己肯定感が低いハリーでも、周囲の皆に黙って、勝手に死ぬと決められるなど到底納得できないことはわかっている。

 

 ダフネやシリウスはハリーに激怒するだろう、とハリーはわかっていた。

 

 恋と愛とは異なる。その違いは、自分の行動が相手に対しての責任を伴うということだ。

 

 ハリーはシリウスからもダフネからも(それぞれが客観的にみた場合少々歪であることはさておいて)、愛されている。それを知っている。

 

 知った上で死を選ぶということは、愛の観点で言えば、二人に対する裏切りにも等しい。

 

 人を愛するということはただ好きになるというだけではなくて、それに付随するあらゆる困難をはねのけて幸せになる努力をするということなのだ。

 

 

 とはいえなるべく早々に自分が死ななければ、ヴォルデモートが不死身のまま延々と戦争が長引き削られていくだけなのだ。

 

 

 だからハリーはダンブルドアに頼み、シリウスにもダフネにも、ハリーが無事死にヴォルデモートの死が決定した段階で真意を理解出来るよう段取りをしておいてもらった。

 

 ハリーは自分の考えを実行するために、アズラエルだけにある相談を持ちかけた。アズラエルは心の底から困惑して一度は考え直した方がいいと言ったが、ハリーの顔を見て考えを改めたのか、きっと顔を改めて言った。

 

「……それなら……君も、それなりの装いをしなくてはいけませんよ」

 

 アズラエルの進めに従い、ハリーはデートの手順を整えることにした。

 

***

 

 テスト期間が開け、解放感に満たされた学生達でホグズミードが少しだけ活気を取り戻す。ハリーはその日の午前中を、ダフネと共に開放的に過ごした。

 

 3本の箒でマダム・ロスメルタから箒を借りてダフネと相乗りし、ハリーはホグズミードの上空を飛び越した。

 

「おーす、大将!お出掛けっすか?お供しましょうか?」

 

「護衛はいいよ、またね、シノ!」

 

 金髪の相棒と共に同じく空を飛び回っていたシノに手を振って、ハリーとダフネは目的の場所へと降り立った。

 

 

 飛び越すと、予め見つけていた湖畔のほとりでサンドイッチを食べながらボートを魔法で進め、水中にいるマーメイドの歌声を聴きながら風景を楽しむ。湖の上に映り込むホグワーツ城は、一際輝いて見えた。ダフネに水がかからないよう防水魔法(インパービアス)を使いつつ、ハリーはダフネが湖に映り込む城を模写する姿を眺めた。

 

 ダフネの絵を褒めながら、ハリーは穏やかな時間を引き伸ばすあまり本題に入れない自分を呪った。

 

 その後アズラエルの指定した洋装店に入り、コンサート用の燕尾服とドレスに着替えたハリーは、小さなコンサートホールに足を運んだ。

 

 透き通った声を持つ歌手と、クィディッチ選手ばりの身体能力で踊るダンサー達が繰り広げるオペラはダフネにとってはまずまずの出来であったようだった。

 

(……ダフネを愛している。なのに……)

 

(……ダフネに、結婚しようって言えたらどんなにいいか……)

 

 ハリーは突拍子もないことを考えていた。オペラの内容すら頭に入ってはいない。オペラの山場で、一人の魔女を取り合う二人の主演男優の決闘が終わろうとしていた。

 

「「君さえいれば俺には何もいらない!」」

 

 二人揃ってそう叫ぶ二人の主演男優の姿が重なり、どちらかが地に伏した。最後に立ち上がった魔法使いが主演男優のどちらであったのかは、観客の想像に委ねられていた。

 

 

 ダフネにプロポーズしようと、ハリーは思っていた。そんなハリーは、ダフネが観劇を楽しんだ後で、ダフネの手を取って、言った。

 

「……いい劇だったね。……僕も……」

 

 

 遠からずハリーは死ぬ。そうとわかった以上ハリーがすべきことはダフネを突き放して戦いから遠ざけるか、ダフネを自分が死ぬ寸前まで護り、自分の死後も生き残れるように取り計らうことだ。

 

 しかし、前者の道はハリーの諸々の心情全てを脇に追いやって考えても、裏の集会のリーダーとしてとてもではないが選べない。

 

 ダフネはあまりに多くのことを知りすぎているのだ。闇陣営にホークラックスの事柄が漏れるだけで光陣営は詰むのだから、あり得ない選択であった。

 

 ハリーが考えたのは後者の道。ダフネを最後まで護り、自分の死後も生き残れるように道を作ることである。

 

 そのために必要なのが、プロポーズであった。

 

 プロポーズが成功してダフネと夫婦ということになれば、ダフネはハリーの死後ポッター家の遺産の大半を相続することが出来るのだ。

 

 英国魔法界の法律では、プロポーズは成人済みの者同士の合意か、未成年であれば、保護者同士の了承が必要である。

 

 保護者の了承を得ることは難しかった。ダフネは現在グリーングラス家を勘当され現在ブラック家が後見人ということになっているのではあるが、シリウスはまだしもマリーダも(昔のシリウスのことはさておいて)、就職していない子供同士の結婚など認めるはずもない。

 

 ハリーはまだ未成年で、ダフネも十七歳の誕生日までは時間がある。ハリーは自分の勇気を振り絞ってなお、成功するとは思えないと理性的な部分では自覚しながらも、待てなかった。

 

 

「……君が……ホグワーツを卒業した後も側に居てくれたらって思うよ」

 

 勇気を振り絞って出したハリーの頬は、おそらくは、頭に血が上った時のロンよりも赤くなっていただろう。ハリーは自分の体温が二度は上がるのを感じた。

 

(……こんなことを言えばそもそもダフネも何かあると勘繰るだろう……)

 

 ハリーはダフネに感謝していた。ハリーにとって家族とはあまりよい思い出はなかった。

 

 客観的に見たとき、ハリーは義理の兄弟になれたかもしれなかったダドリーとは犬猿の仲でとてもそんな間柄ではなく、バーノンからは虐待を受け、そして、ペチュニアにはネグレクトされていた。

 

 そんなハリーにとって、仲のよい姉妹であるダフネとアストリアの姿はとても美しく好ましいものに映った。ダフネに言わせればそれは義務感と責任感からのものであったであろうが。

 

 だからこそハリーは、ダフネを戦争に巻き込み、ハリーは妹の身を案じ、実家のことを内心で案じているダフネに心からすまないと思ったのだ。

 

 ハリーは自分の死が避けられないものだとわかった以上、ダフネを家族から引き離し一人にした上で先に死ぬという結末を迎えることになる。

 

 その責任は、死を決めた瞬間からハリーの心を責め苛んでいた。

 

 だからせめて、ダフネには自分の死後幸せになる道を掴んで欲しかったのである。

 

 

「……えっと……それは……?ハリー……」

 

「……君と離れたくない。君しか、考えられないんだ……」

 

(いや待て。おかしい、おかしいぞ。ここはダフネの意思を尊重すべきところだ……)

 

 ハリーの口から出てきたのは、本当に未練がましい願望だった。内心ハリーはここまで自分はダメになれるのかと驚いた。

 

 ダフネにせめてもの償いとして遺産を相続してもらうにせよ、ダフネ本人の意志が何より重要なのだ。そうわかっていたのに、口から暴れ出る気持ちを抑えることは出来なかった。

 

「…………………………」

 

 ダフネとハリーは無言で見つめ合う。いつしかオペラは終わりを迎えていた。

 

「あ、あの!」

 

「……………………まずは!まずは……私も!シリウスさんとマリーダさんにご挨拶をしたいと思うの!か、家庭に入る前に、ヒーラーになってしたい仕事は山ほどあるし……」

 

 ダフネの声は上ずっていた。困惑の真っ只中であるにも関わらず、ダフネの目に否定的な感情がないことにハリーの心は救われていた。

 

「勿論、僕はダフネがそうしたいならそうするよう努める。杖と心にかけても誓うよ」

 

「な、なら……こうしてはおれないわ!い、行くわよ、ハリー!!」

 

 あたふたと慌てふためくダフネを追って劇場を後にしたハリーはしかし、婚約指輪を探すどころではなくなった。

 

***

 

 劇場を出たとき、ホグズミードの住民たちは皆外に出ていた。一様に指差す空に浮かび上がるのは、忌まわしき焼き印だった。

 

「なっ……」

 

 ダフネもハリーも思わず絶句する。

 

 日が沈みかけ薄暗くなった空。ホグズミードから少し離れた、ホグワーツ城の上空に燃え盛る炎が渦巻いている。

 

 骸骨の中から這い出る蛇は、燃え盛る悪意をホグワーツとホグズミードに示していた。

 

 ヴォルデモートの配下であるデスイーターが、ホグワーツ魔法魔術学校を襲撃したのである。

 




世界は眩く、美しい。そう思えるならハリーは幸せです。
というわけで、天文台の塔の戦いはーじーまるーよ!
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