一位……クラウチ・ジュニア
二位……ベラトリクス・レストレンジ(原作)
三位……コーバン・ヤクスリー
だと思ってます。異論は認めます。この二次創作だとどうなることやら……
「…………それで?君は帝王の決定に不服があると言うのか?マクギリス・カローよ」
マルフォイ邸には、このところ夜な夜なデスイーターが集まり集会を開いていた。ソーフィン・ロウルは落ち窪んだ目で、自分に噛みついてくる若い魔法使いを見ていた。
魔法省が監視のために派遣したオーラーたちは既にヴォルデモートの手によって服従させられ、魔法省側に虚偽の報告をする傀儡と化していた。ヴォルデモート卿の配下であるデスイーターたちはこのところ、マルフォイ邸に腰を据え、作戦決行を決める合図を待っていた。
作戦とはこうである。ホグワーツに潜入している生徒のドラコ・マルフォイが内側から手引きしてデスイーターを招き入れ、アルバス・ダンブルドアを暗殺すると言うものだ。
ホグワーツ魔法魔術学校には幾重にも張り巡らされた防衛魔法が存在している。千年前から存在するそれは、悪しき害獣と堕した同胞が生徒の住む学舎に足を踏み入れることを許さない。
ホグワーツを守るアルバス・ダンブルドアが最強の善の魔法使いであることは言うまでもないが、ダンブルドアを支える教授たちはいずれも魔法界屈指の実力者である。外側からの力攻めでは、闇陣営といえど多大な犠牲を被る。
だからこその内側からの侵入。だからこその暗殺計画である。
普通に考えて、マルフォイが成功する可能性は極めて低い。
ホグワーツはかつてクラウチジュニアによる内部工作を許したことはある。クラウチジュニアはポートキーを作り上げるだけの卓越した魔法の技量と、教師として他者にそれを教えられるだけの器を持っていた。それと比較すれば、ドラコでさえ霞んでしまう。
ドラコが上手くいくはずはないという懲罰的な任務。しかし、万が一ドラコが成功すれば、デスイーターはホグワーツをデスイーター自身の血か、教師や生徒たちの血で染める。
だからこそ、若きデスイーターの中にもホグワーツを戦場とすることに異を唱える者はいた。
「勿論です。ホグワーツは魔法族の未来を率いる子供たちの住まう場所であり、その環境は唯一無二の何者にも替え難い宝……」
「ホグワーツを戦場にすべきではありません。どうか、作戦の変更をして頂きたいと思い、帝王に意見具申致しました」
「そして帝王はその意志を曲げることはなかった。ならば、我々は帝王の意志に従うだけだ」
ソーフィン・ロウルは淡々と言った。
デスイーターは世間から名指しされるテロリストであり、悪人である。その自覚があるロウルにとってはマクギリスの言葉など切り捨てても構わないものではあった。
が、デスイーターが方便として純血主義を掲げている以上、マクギリスのように考える者も出てくる。先の戦争のレグルス・ブラックのように。
純血主義とは、『魔法族だから魔法族を尊重し、マグルとは関わりを持ちません』という政治的な立場である。
マグルの世界で言えば、愛国心に富み公然と自国や自国民への愛を語り、適当な民族の非をあげつらって国内の世論をまとめようとするような政治家にもこのタイプの人間はいる。
幼い頃からそういう環境で育ち、だからこそ魔法族は守るべきだという考えを持つマクギリスが、ホグワーツを戦場とすべきではないと考えるのは自明の理であった。
「……無論帝王の命令には従わねばなりません。ですが、生徒を手にかけることは……あまりに体裁が悪いと私は愚考します」
「……ほう?子供を手にかけるのは流石に外聞が悪いか?」
(まぁ聞いてやろう。フリだけだがな……)
ロウルはマクギリスの進言を聞き入れるつもりなど更々なかった。にもかかわらずマクギリスの言葉に耳を傾けたのは、現在待機を命じられていて聞く余裕があったのと、若手の指導をするのも上官の仕事であるという意識がロウルにあったからである。
「現在、ホグワーツには我がスリザリンの内部にも帝王への反逆を企てる不心得者がおります。彼らを殺害し、不心得者たちへの見せしめにするべきという話も確かにごもっとも」
「……しかし……スリザリン出身の者が手にかかったとなれば、今を生きる子供たちは動揺するでしょう。帝王様の勝利によって自らの道が拓けると考えている者が数多くいます。彼らはスリザリンに入りその教えに従っていれば、安心できると思っているのです」
ロウルの隣に座るギボンはうんざりしたような目でマクギリスを眺めていた。
今更子供の心情に配慮しろなど滑稽極まりないと言わんばかりのギボンの態度は、デスイーターとしては本音である。ギボンはマクギリスを鼻で笑った。
「おめでたいことだな。カロー家の若者はどうやら学生気分が抜けていないようだ。」
「帝王に従って殺し、拷問し続ける自分達はどう綺麗事を並べ立てようと悪なのだ。正義のホグワーツを襲うにあたり、悪人が子供に配慮したからなんだというのか。君はアミカスの代役にすぎんのだぞ、慎んで立場を弁えろ」
マクギリスはな冷ややかな冷笑を浴びても引き下がらなかった。
「……スリザリン出身の者が殺される、というのは、幼い子供たちの心に消えぬ傷を残してしまうでしょう。それは、スリザリンの純血主義者や……デスイーターの子息にとっても喜ばしいことではありません」
(……まったく、帝王様も厄介なガキを配下にしたものだな……)
ロウルは引き下がらないマクギリスに驚きを感じながらまじまじとブロンドのデスイーターを眺めた。
マクギリス・カローは本来、ポーカーフェイスを浮かべながら真意を見せない人間であったとアミカスから聞いたことがあった。だから、純血主義に対してある種滑稽なほどの理想を抱いていることは意外であったし、デスイーターになった上で強硬に意志を曲げないのも計算外であった。
「ですから私は、ホグワーツにおいて生徒には手を出すべきではないと申し上げているのです」
マクギリスの演説に、マクギリスの隣にいたアレクト・カローが甥っ子がすみませんね、と頭を下げる。
アレクトはアミカスが逮捕されて以来気落ちしてはいたが、幸運にもその後魔法省に捕縛されることはなかった。居なくなった兄弟の代わりを求めてか、アレクトはマクギリスの隣に座ることが多くなった。
その事について触れる者はいない。デスイーターは殺しや拷問や支配といった尊厳破壊が日常の汚れ仕事だからこそ、身内にすら態度の悪い人間は長生きできないからだ。
マクギリスは要するに、政治的体裁を守るために手を抜けと言っている。
帝王の命令には従わなくてはならないが、その肝要は、ダンブルドアの殺害である。それ以外の枝葉……つまりは生徒に関してはどうとも言われておらず、現場の判断に委ねられている。
ことが起きたとき現場の指揮権はロウルが握っている。だからこそ、ロウル達実働部隊がホグワーツにおける戦闘で手を抜けば、それだけ生徒たちの生存率は上がる。
密かにオーダー側と接触し、戦争を軟着陸させたいと目論むマクギリスの名演技であった。
しかし。
「クルシオ マキシマ(あらゆる痛みをその身体に受けて苦しみ続けろ)」
「ぐぁっ……!???」
1メートル九十センチに届くマクギリスの恵まれた肉体が、ガタリと倒れ混んだ。マルフォイ家の上質なカーペットにマクギリスの吹いた泡が飛び散る。
「マッキー!?」
アレクトが慌ててマクギリスを抱き抱え、必死になってエネルベートをかける。ロウルは内心でマクギリスが倒れたことを喜びながら、マクギリスに懲罰を与えた存在に頭を下げた。
「助かる、ベラトリクス。…………申し訳ないが、机と床が汚れてしまった。ハウスエルフを呼び出してはもらえないだろうか」
「…………勝手にするがいい。だが、部下の指導は貴様の役目の筈だ、ロウル。あのような口応えを何故許す?帝王様のお気に入りでもないのにだ」
前線に立てず、不機嫌極まりない様子のベラトリクス・レストレンジは、捕虜の拷問や仕事において失敗した同僚に対する懲罰によって憂さ晴らしをしていた。
「マクギリスはアレクトの甥なのだぞ、ベラトリクス。……それを差し引いても、若く伸び代もあるし、魔法省内部で一定の信頼も得ている。多少好きにさせてやるのもいいだろうよ」
病気が完治せず療養中の身であるはずなのに、その杖の動きの早さはロウルやアレクトの比ではない。デスイーター達は皆、この眠れる女戦士の怒りの矛先が自分に向かわぬよう戦々恐々としながら恭しく一段格上として扱っていた。
(……つくづく難儀な性格だな。ベラトリクス・レストレンジ。……本人の生まれ持った気質と生まれ持った家で期待される役割が合っていないのだから……)
ロウルはベラトリクス・レストレンジ……旧姓ベラトリクス・ブラックは生まれてくるべき家を間違えた魔女と見ていた。
デスイーターとして世間から排除されたベラトリクスは憤怒の矛先を探しているようであった。彼女が最も自信を持つ戦闘の能力を発揮できず、デスイーターとして指名手配されているがゆえに、政治的に闇の帝王の役に立つことはできないからだ。
ベラトリクスが、戦闘員としての才能に溢れていたが故の悲劇だったとロウルは見ていた。
アバダケダブラという鉄砲玉としての能力以外何の取り柄もないロウルは、自分は生まれてくるべき家を間違えたと感じていた。
名家の人間とは、本来であればマクギリスのように一定の教養を備えた上で、下の立場の人間が困らぬように無能なお飾りを演じつつ秩序を維持していくのが仕事だ。
前線に立ち、命をかけながら破壊工作に興じるなどしていい存在ではないのだ。
ロウルと違って魔女としての才能はあったベラトリクスだからこそ、ベラトリクスの適正が戦士方面にあったことは悲劇であった。
本来であれば、ベラトリクスも魔法省に一定の影響力を持っているべき存在であった。
レストレンジ家は全盛期のブラック家に劣るとはいえ、歴史ある名門なのだ。デスイーターなどにならず、夫と共に国賓として活躍しながら英国や各国政府の要人をインペリオにかけて暗躍していく道もあった。
帝王のためにその身を捧げるという理想に殉じすぎたあまり、ベラトリクスはデスイーターとなった。レストレンジ家の子供も作らないまま時間だけが過ぎ、己の手を汚しすぎたのだ。そしてそれを取り繕うこともしなかったがゆえに、美貌は損なわれ、ベラトリクスの取り柄は戦闘能力と悪辣さだけになってしまっていた。
「…………机が汚れてしまったな…………ハウスエルフ、片付けておけ」
「アレクト。マクギリスを医務室に運べ。心配するな、マクギリスは屈強な魔法使いだ。ヒーラ-の下女から治癒されればすぐに回復するだろう」
「ええ。そうさせていただくわ。ありがとう、ロウル……」
マクギリスを担架乗せ、担架を浮かべて医務室に運ぶとき、アレクトはロウルに頭を下げた。が、ベラトリクスの背中には毒々しい視線を送っていた。
ベラトリクスはその視線を受けながら、満足そうに鼻唄を歌っていた。
「……欠員が出てしまったようだな、ロウル。この私がー」
ベラトリクスは何も考えなくマクギリスを昏倒させたわけではなかった。
マルフォイから合図を受けてホグワーツを襲撃する人員は帝王から指名されたデスイーターに限られる。しかし、ホグワーツという英国最大級の拠点を攻略するのに、欠員がいたのでは話にならない。
マクギリス自体、アレクト・カローの代わりに選ばれた補充人員であった。
だからこそ、ベラトリクスはマクギリスを退場させ、自分がその後釜に座ろうとしていたのだ。
ホグワーツにおける戦闘によって大功を挙げ、前線に出れなかった汚名を払拭したいという渇望があるベラトリクスに内心で怯えながら、ロウルはベラトリクスの申し出を断った。
「すまないがそれは出来ない、ベラトリクス。私は帝王から何かあったときの補充人員については指示を受けている」
「……何だと?それは本当か?この私を差し置いて?……誰を選んだと言うのだ?」
「……それを明かすことはできない。だが……ベラトリクス。帝王はおまえの身を案じておられるのだ」
ロウルは帝王の言葉を、なるべく部下への愛情と気遣いの溢れる言葉に変換しながらベラトリクスを諭した。
ロウルの口調は柔らかで暖かみのある人間らしいそれであった。デスイーターが破壊工作に勤しむ職業である以上、そういう仮面を被って部下を騙さなければ、統率など話にもならないとわかったから得た仮面であった。
「……病が完治しない状態で前線に立とうと、無論おまえは大きな功績を挙げるだろうが……それはおまえの輝かしい未来を縮める毒だと帝王は仰っていた。……ここは帝王のために、病を完治させることを優先するべきだ」
無論闇の帝王は、ベラトリクスへの真の愛情など感じてはいない。
ロウルが帝王から言われた言葉はこれだけである。
『ベラトリクスは使うな。不完全な状態で前線に立とうとする者程信用ならないものはない。これまでの失態を取り返そうと、下らぬ判断で動きかねないからだ。そういう人間を用いるべきではない。……わかるな?』
闇の帝王がベラトリクス・レフトレンジの忠誠を高く評価していたことは紛れもない事実である。
しかし、それはそれとして。現場から離れた病み上がりの人間を用いるのであれば段階を踏むべきだという真っ当な判断能力をこのときのヴォルデモートは持っていた。
本来であればベラトリクスもその判断は出来たであろう。しかし、ブランクから解き放たれた神秘部の戦いで失態を晒した上で病によって戦闘を奪われたベラトリクスには、心理的な余裕はなかった。
「……く……帝王のお言葉であれば致し方ない……」
ベラトリクスの帝王への忠誠心は本物であった。ヴォルデモートに対する恐怖心が根っこにあるからこそ、ベラトリクスはどれだけ不満があろうと、闇の帝王の意志に反することだけはしないのだ。
無念そうに引き下がるベラトリクスの姿を見送ったあと、ギボンはほっとしたようにロウルの肩を叩いた。
(……プライドの高いベラトリクスには言わんで正解だったな……)
闇の帝王が補充人員として挙げた者の名前を聞けば、ベラトリクスの機嫌は最悪のものとなっていたであろう。
補充人員は、デスイーターではない。そして、純血の魔法使いですらない。
ベラトリクスのような純血主義の過激派が最も忌み嫌う存在、ウェアウルフのフェンリル・グレイバックが、最後のピースであった。
「……しかしながら、若者の妄言には驚かされるな。あの拠点に攻め入るというのに手加減しろなどと。アレクトには悪いが、行く前に排除できたのは我々にとって幸運であったと言えるだろう」
ダレイオス・セルウィンがカールさせた黒髪を整えながら言う。ロウルも深く同意しながら笑った。
「全くだ。ホグワーツにいる戦力は現在の英国において最強。我々が手を抜ける余裕など無い」
ホグワーツが最強という評価は無論、アルバス・ダンブルドアの存在がその九割九分を占めている。この場の誰もがそれを否定しないだろう。それをわかった上で、ロウルは皆を引き締めるために更に言葉を続けた。
「先の神秘部の戦いでルシウスは敗北した。我々より遥かに魔法使いとして高みにいたにもかかわらずだ。それは何故だと思う、ヤクスリー?」
魔法省に潜伏し続けたヤクスリーは、ホグワーツ襲撃を命じられた者達の中では最も聡明な男である。この時もロウルの問いに簡潔かつ明快に答えた。
「ルシウスは任務を達成する上で、ことを荒立てるべきではないと考えていたに違いない。子供達を殺害することは容易かったろうが、十人以上の子供を殺害すれば隠蔽は容易ではない。それが失敗の原因となった……」
「ふむ……コーバンほどの男が言うならば、そうなのか……」
「そうだ。付け加えるならば、ホグワーツにいるであろうハリー・ポッターたちダンブルドアの私兵は決して弱くはない。むしろ、オーラー達に劣らない戦力であると考えなくてはならない。……そうでなければ、あのルシウスが不覚を取るはずもない」
ロウルは自分が無能であることをよく自覚していた。だから仲間内で一目置かれているヤクスリーの言葉に重ねる形で、半信半疑な様子のギボンに言い聞かせた。
「アルバス・ダンブルドアは言うに及ばず、教授陣に学生ども。どれも我々にとって脅威に違いはないのだ。心してかからねば足もとを掬われるぞ」
「……なに、私には飛行魔法がある。」
ギボンに忠告が響いたかどうかは怪しかった。ロウルは内心でギボンに苛つきながらも、こんなものだと思った。
普段のギボンに対して期待はしていない。ただいざというとき、自分の指示を聞いてくれるだけで良いのだ。
***
会議を終えたあと、ヤクスリーはセルウィンと個人的な話をしていた。
「しかし……セルウィンどのは宜しいのですか?ご息女もホグワーツに通っておられた筈ですが」
「娘はもう寮を出ている。心配には及ばない、ヤクスリー」
ダレイオス・セルウィンは整えた口ひげを伸ばしつつ、ヤクスリーに対してにこやかに笑った。
「だと、いいのだがな……」
ヤクスリーは注意深くセルウィンを観察した。セルウィンの馬鹿馬鹿しくカールさせた髪の毛と整えられた口ひげは、どこぞのコメディアンを彷彿とさせる滑稽なものだ。セルウィンはこの外見をトレードマークとしてそれなりの愛嬌を振り撒いてはいたが、これまで腹の底を見せたことはなかった。
ヤクスリー自身、闇陣営の面々に心を許してはいない。
むしろ、内部に裏切り者がいるのではないかと疑っていた。
闇陣営の面々は皆、ヴォルデモートの圧倒的な魔力に服従しているだけの烏合の衆である。少なくともヤクスリーはそう思っている。
自分や一族の利になるからこそ帝王に忠誠を尽くすが、そうでなければルシウスと同じように光陣営に寝返るだけの渡りをつけておき、己の立場だけは確保する。 それが、生き残ったルシウス達デスイーターなのだ。
だからこそ。
中途半端な味方の失点は主に密告し、主の関心を得つつ蹴落としておく。そういう打算と、数少ない人手に手を抜かれては困るという危機感がヤクスリーを動かしていた。
ホグワーツ襲撃に動員されるデスイーターの数は十名に満たない。神秘部の戦いによってルシウス達が逮捕されてしまったからであるが、少人数での襲撃はすなわち最大戦力が心許ないということでもある。
失敗すれば、その場で殺されてもおかしくはないのだ。
ヤクスリーにとっては、普段の言動が怪しいギボンより、年頃の娘がいたセルウィンが手を抜くのではないかという懸念の方が大きかった。
闇の魔法使いは人でなしのテロリストである。人でなしのカスとして割り切ってアバダケダブラを撃てるからこそ、闇の魔法使いは正規軍のオーラーや正義を背負うオーダーに対抗することができる。
ロウルの忠告やマクギリスの妄言を聞いて、ヤクスリーの中にもある懸念が生まれていた。
セルウィンのような一般的な闇の魔法使いにも、手加減するような甘さが芽生えているのではないかと。
中途半端な情が芽生えた闇の魔法使いなど、雑魚でしかない。密猟者や人さらいと変わらないのだ。そう思い直したからこそ、ヤクスリーはセルウィンに釘を刺していた。
「娘がまだホグワーツにいたならば私も巻き込むかもしれぬと気が気でなかったかもしれんがね。娘でさえなければ、見ず知らずの子供の命などそこらの豆粒と変わらんよ。仕事に障害などあるはずもない」
セルウィンはこともなくそう吐き捨てた。
「娘が楽しんだ学舎を壊すことに躊躇いはないと?」
「娘は婚約者を連れてくるようになった。もういい年だ。今更ホグワーツに未練など無かろうよ」
そう笑うセルウィンに迷いはなかった。
スリザリン出身の人間と接するとき、心に留めておかねばならないことがひとつある。
彼らは己の都合と利害関係で動く。それがゆえに、所属している環境が善であるかぎりは、彼らのほとんどはその所属している環境における善人として動く。
言い換えれば、一度その組織のくびきから解き放たれたとき、スリザリン出身者は悪魔にもなりうる。
早い話が、自分たちのことしか頭にないのだ。
そういう人間であるからこそ、行動のメリットを提示してそれを遵守している限りは友情が成立することもある。ヤクスリーはそれをよく理解していた。
「……違いない。襲撃の際は背中を預けさせてもらうぞ、セルウィン。その代わり君の背中は私が守ろう」
「おお、そう言ってもらえると心強い。ふふふ、襲撃の日が楽しみになってきた」
ヤクスリーはセルウィンに対してそう念を押した。口約束ではあるが、僅か1ミリでも己の生存確率を上げるために必要なことである。
ヤクスリーもまた、自分の都合が悪くなればあっさりとセルウィンを切り捨てるだろう。
しかし、そうではない限りはセルウィンを守る。そうすることによって戦場における不運な事故の可能性を増やすことができる。
仲間を増やすということは、こうやって自分を相手に売り込む押しの強さも必要なのだ。
戦争とは即ち生存競争である。生存に必要なものは仲間であり、仲間を増やすために必要なのは誠実さだ。ヤクスリーはそれを理解していたし、だからこそ自分は闇の帝王に殺されず生き延びてきたという自負があった。
***
まだ薄暗くなりかけた空に、毒々しい黒い炎が浮かび上がる。ハリーはその炎を見るや否や、ダフネを背中に乗せ上空に浮かび上がった。
「捕まって!」「わかったわ、落とさないでね!?」
ホグズミードからホグワーツへと飛び、ハリーが到達するまでにはまだ時間がかかる。ハリーは焦る心を落ち着かせながら連絡を取った。
ハリーはダフネと共に空を駆けながら自分のポケットからシックル銀貨を取り出した。
「……緊急事態だ!ロン!ハーマイオニー!!聞こえる!?今どこにいる!?」
『ハリー?』『どうしたんですか、いきなり??』『なんか今花火でも上がった?でかい爆発音がしたけど……?』
裏の集会の面々に配布した偽のシックル銀貨には簡易的な通信機能を持たせてあった。ハリーの言葉が届いたのか、ロン、アズラエル、ハーマイオニーの声が銀貨から鈍く響く。
「ホグワーツ上空に闇の印が浮かび上がった!ホグワーツにデスイーターか……『例のあの人』が来ている!今すぐに教授と連絡を取ってくれ!」
『……はぁ!?は、ちょっと待てよ!マジか!?』
『……いや、ちょっと待ってください!今、僕はハリーの部屋に居ます!ハリー、僕にマローダーズマップを使わせてください!』
「そうか、あれなら不審者の位置を特定できる……!アスクの前で人差し指と小指を掲げてくれ!」
「……相変わらずセキュリティはパーセルタングなのね……」
ダフネはハリーの背中で魔法省への通報を終えたあと、一言呟く。ハリーはそれに答える余裕はなかった。
『解りました!天文台の塔に向けて動く人影がいます!すごい速度だ!』
『その中に……デスイーター達が居ます!指名手配犯のアレクト・カロー!フェンリル・グレイバッグ!………他4名に………それとマルフォイです!』
アズラエルの声が銀貨から響いた瞬間、ダフネがしがみつく力が強くなった。銀の貨幣から動揺する仲間達の声が響く。
「奴らの狙いは!?」
『……わかり……』
『あの塔にはトレローニ教授と、ダンブルドアが居る!あの二人が狙いだ!』
動揺する仲間の中で意外な結論を出したのはロンであった。ハーマイオニーの息を呑む音が銀貨から響いてくる。
(……預言か!)
ハリーの心はどくんとざわめいた。
預言は所詮言葉の羅列でしかないとハリーは心の中で結論をつけている。しかし、ヴォルデモートにとってはそうではない。
あの預言によってヴォルデモートは最盛期から一転して凋落を辿ることになった。ヴォルデモートにとってシビル・トレローニとは、優先的に消しておきたい人間の一人なのだ。
(……不味い……今のダンブルドアは明らかに体調がおかしい……)
ハリーはダンブルドアの壊死した手を思い出した。
はっきり言って、本調子のダンブルドアであれば何の心配もない。デスイーターが2ダース存在しようとハリー達が騒ぐ前に鎮圧できるだろう。
しかし、今のダンブルドアは別である。どんな達人であれ、呪いに身を蝕まれた状態で本来のパフォーマンスを発揮できるわけもないのだ。
ハリーはアズラエルの言葉を聞くや否や思考が駆け巡った。
「動ける人間は今すぐ天文台の塔に向かってマルフォイ達を阻止するんだ!頼む、何があっても死ぬな!僕が着くまで耐えてくれ!」
ハリーは、矛盾の中にあった。
ハリーは自分の大切な人々には、誰一人として傷ついてほしくないと思っている。
仲間の誰一人として居なくなって欲しくはない。だが、この状況下で葛藤している余裕など欠片もありはしなかった。
『……解ったわ……!』
覚悟を決めたハーマイオニーの声が銀貨から響く。ホグワーツまでの距離が果てしなく遠く感じた。
『……近くに仲間が居ない人は動くな!とにかく複数人だ!複数人で足止めするぞ!』
低く落ち着いたオルガの声があり、それに応じるミカエルらの声があった。銀貨から響く音がしばらく遠ざかり、ハリーはホグズミードを越え、山々を飛び越しながらホグワーツを目指していた。
(……皆……!)
ハリーは逸る心を抑えて、懐から通信用の鏡を取り出した。
「シリウス!シリウス、話せる!?ハリーだ!緊急事態だ!」
シリウスから緊急時の連絡用に渡された手鏡は、一年前は使用される機会はなかった。他ならぬハリーがその存在を忘れていたからだ。しかし、今は違った。
『……わかった!すぐに駆けつける!ビル、来い!クリーチャー!俺をホグワーツの三階の廊下にテレポートさせろ!ハリーは待機だ、いいな!?』
「ああ!頼むシリウス、ホグワーツを守ってくれ!」
ハリーはさらりと嘘をついて、シリウスに後を託した。
やるべきことを終えながらホグワーツに向かうハリーは、しかし、肝心なときにホグワーツに居ない自分に対して目眩がしていた。
思わず、舌打ちが漏れた。
「……ハリー……自分を責めないで。マルフォイはきっと……貴方を警戒していたに違いないわ」
「…………ああ……」
ハリーの背後からダフネが話しかけてきた。が、ハリーはダフネの慰めに対してまともに答えられなった。
「ドラコを疑ってはいた。けれど……」
(……もっと……ドラコを見張っておくべきだったのか?いや違う、僕は……)
ハリーは直感で、ドラコがデスイーターであるかもしれないと疑っていた。
「僕は怖かったんだ。……ドラコを殺すかもしれない未来があることが……」
ハリーは銀貨を自分から遠ざけ、ダフネにだけ聞こえるように呟いた。
世間への怒りとハリーへの憎しみに駆られ、退路を絶たれたドラコが闇陣営に与するのではないかと考えたことはあった。
それでも、ドラコと……かつては友達だった男と杖を向け合い殺し合う未来が嫌で、目を背けていたのだ。
「…………」
ダフネもスッと血の気が冷える気がした。
(…………もう……すぐそこまで迫っている。……恐れていたことが……)
光陣営についた時から解っていたことであり、覚悟もしてきた。した筈である。
そうあっても、所詮社交界の席での付き合いしかない年上の大人達と、幼少期から(人柄を好いたわけではないが)知っている者と殺し合うのとでは次元が違う。ダフネもまた、ハリーを抱き締める手が震えていた。
「ドラコが貴方の居ない時間を見越して……どんな手かは解らないけれど、デスイーターを招き入れた。それはきっと貴方を恐れたからよ。貴方ならドラコを……」
ダフネが続く言葉に何を言おうとしたのかは解らなかった。偽のシックル銀貨から、叫び声が響いたからだ。
『あ……あ……うわああああっ……!!止めろ!止めてくれえっ!!』
その声は嘆きであり、懇願に近かった。ハリーは落ち着けと叫んだが、パニックは連鎖的に広がり、銀貨で拾いきれないほどの絶叫となって広がった。
***
裏の集会の面々は、運に恵まれていたと言ってよい。
アズラエルがたまたま早めに帰路についていたため、ハリーのトランクの中にあるマローダーズマップによって不法侵入者の位置を把握し、スムーズに味方を合流させることができた。
ハリーの親友のザビニが、彼女である魔女、スーザン・ボーンにフェリックス・フェリシスを託していた。
ザビニが享楽的な自分の性質を理解していたからか、それとも、スーザンに対する愛故か、貴重な幸運薬はこの日までその量を減らすことはなかった。
節制を理解するスーザンに幸運薬を託すのは慧眼であった。これによって、メンバーは未使用の幸運薬の恩恵を受けることができた。
この二つの要素が、辛うじて、彼らの命を救ったと言えた。
廊下で先頭を走るコリン・クリービーの片足が吹き飛ばされる。絶叫と、肉片が飛び散る嫌な音が廊下へ響いた。
「うワアあああっ!?」「コリンっ!?」
「なんだっ!?」「地雷だ!魔法で罠を仕掛けやがったわ!」
「スーザンはコリンを医務室に!レベリオを忘れないで!敵は相当なやり手よ!」
ハーマイオニーの指示が飛び、仲間達はコリンを解剖する少数だけ置いて先へ進む。
神秘部の戦いにおいて、闇陣営には枷があった。
ハリー達を舐め腐った雑な仕事をしたルシウス達は、その悪意の十分の一も見せてはいなかった。しかし、個々の力量でルシウス達に劣る現在のデスイーターであっても、他人を傷つけ足止めし排除するという工作にかけては神秘部のルシウス達を上回っていた。
もはや隠蔽など考える必要はないからだ。
魔法使いは魔法を使いこなすもののことを指す。特に制約のない環境においては、攻撃側のテロリストは無類の強さを発揮するのだ。
「……ペスティス・インセンディウム(悪霊の火よ来たれ)!!」
そして、闇陣営の狙いは破壊工作によるホグワーツを混乱に陥れることにあった。
天文台の塔に向かうための道。その唯一の階段の入り口にはスプラウト教授が管理する階段が存在する。
貴重なデミガイズの透明マント……ではなく。
温室の土の中に潜んでいた魔女、アレクト・カローは、破壊工作を担当していた。
何故か自分たちのところに向かってくる子供達がいる。それが神秘部の戦いでルシウス達を失脚させた子供だと解っていた以上、手加減をしてあげる余裕などない。
アレクト・カローの悪霊の火は、スプラウト教授やハッフルパフ生、ネビルやミカエルといった大勢の生徒の努力の結晶に向けて悪霊の火を放った。
悪霊の火は制御が難しい魔法である。だからアレクトは、自分に被害が及ばぬよう指向性を持たせて放つ。
燃え盛る炎は校舎へ、そして廊下へと広がっていき、子供達の退路を絶った。
一人のブロンドの生徒が動揺から悲鳴をあげた。完全に退路を絶たれたのだから、無理もない話であった。
いくら訓練をしたからと言って。いくら、最悪の状況を想定したからと言って。
目の前に迫るそれに正気を保てるほど強い人間はそうは居ない。正式なオーラーになれる人間となれない人間の差は、学力や成績ではなく適性の差も含まれるのだ。
この場面において、動揺して背後を振り返る子供達と、ひたすらに前を進む子供達に二分された。前者の子供たちの意識のズレに、後者の子供……ハーマイオニーやロンは気付けない。
なまじ優秀で、これまで何だかんだで生き延びてきたからこそ。
致命的な隙が生まれる。
悪魔……本物の魔女は、そんな隙を見逃すようなお人好しではなかった。
「アバダケダブラ(くたばれ)っ!!」
緑色の閃光が一人の生徒……アレクトには知るよしもないが、ブルーム・アズラエルの胸元に向けて解き放たれるまさにその瞬間。オルガ・ザルバッグはアズラエルを突き飛ばしていた。
そのままであれば、緑色の閃光はオルガを貫いた筈だった。
「エクスペリアームス(武装解除)!!」
アレクトの手から杖が弾き飛ばされる。アレクトは思わず空を飛んで、持ち場を離れた。
「……何っ!?」
アレクトは目を見開いた。ここにいる筈がない男が居たからだ。
(バカな……どうやってここに忍び込んだ?私たちは、テレポートキャビネットをドラコが修復するために一年かけたのだぞ!)
燃えるような赤毛をポニーテールで纏めた魔法使いが、怒りの形相でアレクトを睨んでいた。
「降りてこいテロリスト。今すぐに縄につけ」
燃え盛る炎を凍らせ、凍らせた炎をコンジュレーションによって鷹に変えながらアレクトへと突撃させる男の名はビル・ウィーズリー。先の戦争の最中に生まれ育ち、しかし、当事者として経験はしていないオーダー側の新戦力であった。
この二次創作における流れです。
オーダー側のスパイのマッキーがアミカス・カローの代わりに戦線投入される筈が、ベラトリクスの無自覚ファインプレーによりクルシオを受け気絶したためシリウスが襲撃を知ることができず、ハリー達もマルフォイを警戒していなかったのでデスイーター達が暴れる時間が出来てしまいました。