蛇寮の獅子   作:捨独楽

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タイトルはヨ○シ○の思想犯から。
さて……○○○○は生き延びることが出来るでしょうか?


思想犯

 

 

***

 

 人は誰もが例外なく子供の頃がある。しかし、誰もが異なる夢を持つ。

 

 ある魔女の子供の頃の夢は、好きな人と結婚することであった。

 

 ある魔法使いの子供の頃の夢は、父さんのように働くことであった。

 

 ある男の子は、夢を持つことすら出来なかった。

 

***

 

 自分が大変なとき、誰かが助けてくれる……などということはあり得ない。オルガ・ザルバッグはそれをよく知っていた。

 

 世界というものは、ほんの僅かの善意とほんの僅かの悪意、そして無関心で廻っている。

 

 オルガが孤児として生まれ育ち、そして学んだことは、そもそも自分も含めた大半の人間は世間から憎まれているわけでも好かれているわけでもなく、ただただ興味を持たれていないという事実だった。

 

 オルガは、世の中のほとんどの人間は、そもそも世界の興味の対象の外であり、誰にとってもどうでもよい存在なのだ。そしてそれは特別なことではなく、オルガと同じような境遇の人間はオルガの周りにはいた。

 

 それを理解していたからこそ、オルガは自分より弱い立場の人間には優しくした。

 

 側にいても惨めにならないような、心を許せる対等な友を欲した。血の繋がりを持たない少年が求めたのは心の安息であった。

 

 しかし。

 

 選択肢を間違えて、友の人生を歪めてしまったあとはもう、ただただ我武者羅に足掻くしかなかった。

 

 目の前にいたアズラエルが狙われていると感じたときアズラエルを突き飛ばしたのに計算や打算があったわけではなかった。ただオルガは、反射的にでさえ誰かのために動くことが出来る人間であったことは確かであった。

 

「おっ……」

 

 確実に訪れる筈の死の呪いか、或いはそれ以上の苦痛を伴うカースはオルガに訪れなかった。代わりにオルガ達の目に飛び込んで来たのは、邪悪な魔女を追い詰める燃えるような赤毛の魔法使いだった。

 

「……!援護だ!ありったけのステューピファイをぶちこめ!」

 

 オルガは反射的に指示を出す。オルガはアズラエルを助け起こした。

 

「立てますか?」「……問題ありません!」

 

 アズラエルは狼狽えたことを恥じるように立ち上がると、無言で赤い閃光を魔女に向けて放った。

 

 オルガは瞬時に現在の状況を認識していた。

 

 コリンが罠にかかり脱落し、コリンを医務室に連れていくためにアーニーとスーザンが離脱した。

 

 残念ながら、ディーン・トーマスやシノ達は参戦できていなかった。

 

 ルナ、ロン、ジニー、ハーマイオニー、ザビニ、そしてロン達はダンブルドアとトレローニ教授を狙っていると思われる敵を追いかけている。

 

 この場には、アズラエル、ネビル、ザムザ、オルガ、シュラ、ミカエルが残っている。

 

 まだあとデスイーターは何人もいて、ダンブルドアを狙っている。この場で貴重な戦力を遊ばせるべきではないと、オルガは判断した。

 

 

 

(ここでぼうっとしてる場合じゃあねえ!)

 

「ネビル先輩、ザムザ先輩、あとシュラ!先に行ってくれ!ここは俺たちが引き受けます」

 

 

「でも、まだ敵が居るかも……!」

 

 ネビルは目の前にデスイーターが居る状況で後輩たちを残すことを嫌がった。しかし、オルガとしてもネビルをこの場に残したくない理由があった。

 

「物事には優先順位ってやつがある!まず守るべきはダンブルドア!そしてトレローニ教授です!ハリー先輩は俺たちを信じてそう託してくれたんすよ!」

 

「……邪魔。……です」

 

 ミカはぶっきらぼうに付け足してからボソッと言い直した。

 

「……わかった。……先に行くから後から来てね!」

 

「……死なないでね……!」

 

 ネビルとザムザを先に行かせ、オルガはアズラエルらと共にアレクト・カローにステューピファイを詠唱しながら放つ。シュラが高速移動魔法『敏速』によって離脱していく音を聴きながら、オルガはこう考えた。

 

(それは無理っす。多分誰かは死にますよ……!)

 

 オルガがネビルを先に行かせたのは、『死』の可能性を常に頭の片隅に入れていたからである。

 

 戦いとは即ち消耗していくものである。死なない戦争などあり得ない。それを肌身で感じたからこそ、オルガは皆が生き残れる可能性が高い方を選んだ。

 

 残った面々のうち、ミカエルもジニーやロンといった主力に劣らない腕はある。しかし、ミカエルの売りは高い機動力を生かした戦闘である。大勢の仲間がいる環境ではミカエルの強みは活かせない。

 

 だからオルガはミカエル、アズラエルと共に、アレクトの排除に全力を尽くすべく赤い閃光を杖から放出してアレクトを狙った。

 

 ミカエルもアズラエルも、細かく動き位置を変え、角度をつけてアレクトを狙う。アレクト・カローがどう回避行動を取っても一発は当たるように。

 

 

 

「あああああああっ!」

 

 本来であれば、奇襲を受けた素人魔法使いの集団など即座に壊滅する。そうならなかったのは、ネビル達がこれまで積んだ訓練の賜物であったと言えるだろう。

 

 オルガの判断が正しいかどうかよりも称賛すべきは、オルガが即座に状況を把握して案を出し、皆がそれに乗ったことであった。

 

 先が見えず、正解の分からないこの状況で最も忌むべきは思考停止。狼狽からの壊滅である。

 

 しかし、ビル・ウィーズリーという思わぬ援軍の助けを、裏の集会は無駄にはしなかった。

 

***

 

「くっ……!この……!女一人によってたかって恥ずかしくないのかっ!?光陣営が笑わせるっ!」

 

 アレクト・カローは心にもない言葉を叫び敵の攻撃の手を緩めようとした。しかし、効果はなかった。

 

 アレクトが吐き出した燃え盛る悪霊の火を逆手に取り、燃え盛るような赤毛を持つ男は悪霊の火を己の攻撃手段とした。

 

 対抗魔法が存在しないアバダ ケダブラとは違う。

 

 悪霊の火は、明確な攻略法が存在するのである。

 

 炎であるという概念を逆手に取り、消火するだけではない。

 

 コンジュレーションの腕を持つ魔法族なら、炎そのものを別のものに変化させ、エバネスコによって消滅させることも可能なのだ。

 

 梟、鷹、カラス。悪霊の火が鳥に変換され、アレクトを襲う。アレクトは自分の出した炎に追い回されるという絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

「…………!!」

 

(なぜだ、どうして……!!私の出した炎が……!?)

 

 アレクトは悪霊の火の解除を試みる。

 

(私の指示を聞かない!?コントロールが出来ない!!)

 

 しかし、うまくいかない。そもそも悪霊の火は制御が難しい魔法なのだ。

 

 火力があまりにも高すぎる上、燃え広がる速度も桁違いに早いために術者でさえ気を抜けば焼け死ぬ最悪の炎。それが悪霊の火だ。

 

 ビルはそれを逆手に取り、アレクトから悪霊の火の支配権を取り上げてしまったのである。

 

 事実、ビルは悪霊の火の支配権を既に取り上げていた。

 

 なぜそんなことが可能であったのか?

 

 驚異的な反射神経を持つミカエルは、そのからくりに気付いていた。

 

(……あれは真似しない方がいいな)

 

 気付いてはいたが、ミカエルは冷静に現時点の己の力量では、同じことは不可能だと判断する。

 

 ビルは悪霊の火を視認してすぐに、エクスペリアームス(武装解除)という基礎魔法を炎に向けて撃っていた。

 

 赤黒く燃え上がる炎の中でアレクトも、そして味方であるオルガも気付いてはいなかったが。

 

 ビル・ウィーズリーは、悪霊の火を己の武器として支配していたのである。

 

 

 悪霊の火がいかに制御困難な魔法でも、術者の意図に従い敵を殺すための『武器』には違いない。武装を解除するという発想そのものは一般的なものだ。グリンゴッツでもエクスペリアームスはよく使われる魔法なのである。

 

 グリンゴッツが銀行であり、顧客から預けられた貴金属や金品を取り扱う職業である関係上、闇の魔法使いと相対することもある。ビル・ウィーズリーが、ホグワーツを卒業してからエジプトの現場で鍛え上げた経験がここにきて生きていた。

 

 問題はその技量の高さである。繰り返すが、悪霊の火をコントロールすることは難しい。ハリーが使いこなしているように見えるが、それも炎を扱い続けた経験による習熟ありきである。

 

 ビル・ウィーズリーに悪霊の火を操った経験はない。にも拘らず、瞬時に悪霊の火をコンジュレーションによって変身させ操れたのは驚異的なセンスの賜物であった。

 

 ビルはグリンゴッツにおいて、洪水と見まがうほどの大量の水や、破れかぶれに閉鎖空間に放たれたガス気体を制御したことはある。古代の遺物が放つ呪いはいわば積み重なった怨念そのものであり、油断した魔法使いを殺しかねない代物だ。

 

 元々高い学力を持ち、卒業後も絶え間なく研鑽を積んでいた魔法使いであったビルは、卒業後も研鑽し続けた。幾多の失敗と死ぬような目に遭いながらも生還し、気体や流体を操る技術を伸ばした。

 

 その経験を生かして、ビルはこの戦場の中で即座に使えるプログラムを組み上げた。

 

 ビルにとってはそれだけのことである。だが。

 

 

(……あ、あり得ない。こんなことが……あっていい筈かない……!)

 

 アレクトにとっては、わけがわからない。度しがたい理不尽。己の死が間近に迫る恐怖そのものであった。

 

 ビルが変化させた鳥達がアレクトに触れ、ビルの意志ひとつでその変化を解けば、アレクトは即座に悪霊の火に包まれ灰になるであろう。

 

 デスイーターのローブには保護魔法がかかっている。子供達が乱射してくるステューピファイも、一発では痛みこそあれど気絶には至らない。

 

 しかし、何発もあれば話は別だ。

 

 ローブにかけられた保護魔法も無限大ではない。

 

 ミカエルのステューピファイがアレクトの頬をかすめ、ビルが変身させた悪霊の火がアレクトへと襲いかかる。

 

 戦いは数である。より正確に言えば、質が伴った数こそ正義である

 

 強力な闇の魔法使いが一度に大勢の人間を殺害しうる魔法を使えるとしても、逃げも攻めも不可能なほどに追い詰めてしまえば意味がない。

 

 アレクト・カローは対応可能な処理能力をとうに越え、完全に追い詰められていた。グレイシアスやエバネスコによって鳥を消そうにも対応が追い付かないのだ。

 

 

 詠唱してプロテゴ・ディアボリカ(悪魔の護り)を撃つ暇もなく、アレクトは天井際まで追い詰められる。

 

 

(!?)

 

 突如、アレクトは首にハンマーを叩きつけられたような衝撃を覚えた。

 

 

 学生の一人、ミカエル放ったステューピファイである。アレクトの警戒の外であったそれは、、硬い防壁で守られているデスイーターのローブ越しにアレクトに無視できない痛みを与えてくる。

 

 死の恐怖にアレクトが呑まれかけたとき、、アレクトの脳裏にアミカスの姿が過った。

 

 父が気に入っていたゴルフクラブを、魔法の暴発で壊してしまったとき。アレクトの父は、アレクトを鞭で打った。姉を鞭打つ代わりに俺を打ってほしいと訴えるアミカスを、父は、容赦なく鞭打ったあとアレクトへと鞭を打った。

 

「……ううっ!アミカス……!アミカス……!」

 

 幼少期、躾として父から受けた鞭の痛みがアレクトの脳裏に甦る。アレクトはここにいない兄弟にすがりながら必死で鳥達から逃げる。

 

 ここにはもう、頼りになる兄弟は居ない。捨て駒同然に時間稼ぎのために戦うって死ぬか、大人しく投降するかの二択しかないのだ。

 

(ふざけるな!!どうして私がこんな目に遭わなくてはならないっ!!全てお前達が抵抗するからだっ!)

 

(お前達が……!お前達さえいなければ、私は……!)

 

 親からも、世界からも、幼いアレクトとアミカスには逃げ場がなかった。アレクトの脳裏をよぎる過去は止まらない。まるでアレクトの死が間近に迫っているかのように。

 

 アレクトを責め立てる声は父親のものから、ヴォルデモート、そして、ベラトリクス・レストレンジへと変化した。ベラトリクスのクルシオの痛みは、こんなものではなかった。

 

『わかっているだろうね、アレクト。今回の任務をしくじれば、帝王様はお前を御許しにはならないだろう……もっとも帝王様が手を下される前に、私がお前を廃人にしてやるがね』

 

 もう失った過去。しかし、現実は更に悲惨だ。

 

 

 

 過去のトラウマと、そこから逃れてさえ変わらない己の痛みと苦しみ。それがアレクト・カローを襲う。圧縮された時の中で、アレクトは己の身を振り返り。

 

 そして。

 

(……そうだ……!)

 

 

(私はまだ死ねない。死にたくない!!純血主義を愚弄し尽くすまでは……!)

 

 

 

 過去と現在の記憶は、アレクトの心に怯えと、そしてどうしようもないほどの憎悪を溢れさせた。死への恐怖心を塗りつぶすほどの憎悪、それは自棄とも言う。

 

 

(殺す。純血主義者が一人殺せば、世間はお父様の教えなど下らぬ戯れ言だと気付く。二人殺せば、恨みと怒りでその思想に唾を吐く……!!)

 

 アレクト・カローやアミカス・カローは、純血主義を信仰している立場を取った。そして蛮行を繰り返した。

 

 それは。

 

 己を虐げ生き方を強制してくる父やカロー家に対する冒涜と反抗心からである。アレクトはそれを思い出した。

 

(まだだ……まだ……)

 

 デスイーターが暴れれば暴れるほど、世界に害を振り撒けば振り撒くほど、純血主義は取り返しがつかないほど貶められるのだ。

 

 純血も、純血主義も消えてなくなればいい。

 

 どんな世界も、組織も、新しい血を取り入れ価値観を更新し、新陳代謝を繰り返していく。魔法族はマグルより寿命が長く、衰えの幅も緩やかであるために意識されないが、生命が作り出したシステムである以上、劣化は避けられない。

 

 それを理解せず浅ましくも純血主義にしがみつき、己や己の兄弟に理不尽を強いた社会に、英国魔法界そのものに対するアレクトの復讐。それは、まだ半ばなのだ。

 

 アレクトはまだ死にたくはなかった。ベラトリクス・レストレンジに苦しめられるのも、ヴォルデモート卿に殺されるのも無論嫌である。

  

 己の本懐が成されるその日まで、アレクトは死ねない。

 

 アレクト・カローとアミカス・カローは、純血主義者を装った破滅主義者であった。

 

「まっ……待って!参った、参った!助けて、お願い、死にたくないっ!!」

 

 

 そう命乞いをしながら、アレクトは破れかぶれの無言アバダケダブラを止めなかった。緑色の閃光がアレクトの杖から迸る。

 

 ビルが即座にアレクトの動きを見切ってアレクトの射線から離れていなければ、ビルは死んでいたであろう。

 

 後退したことで、ビルのステューピファイが届く範囲より外にアレクトは出ることができた。

 

 ビルが並の決闘がうまい魔法使い、例えばミカエルやシュラであれば、アレクトはここで挽回することができた。しかし、現実は非情である。

 

 アレクト・カローの命乞いを聞いて、ビル・ウィーズリーは。

 

 杖の動きを止めることはなかった。アレクトの周囲に鳥が群がる。

 

「助けて、助けて……」

 

 アレクト・カローの言葉は何に対しての救いを求めるものであったのだろうか。

 

 父か。弟か。母か。ベラトリクスか。或いはヴォルデモート卿に対してか。

 

 或いは世界に対してであったのかもしれない。

 

 高圧的な両親は、力を持ちデスイーターとなったアレクトとアミカスに対してもう暴力を振るうことはなくなった。しかし、アレクト・カローは結局のところ、暴力と支配の連鎖から解放されることはなかった。

 

 

 

 アレクト・カローはこれまで、デスイーターとしてさまざまな形で闇陣営の殺戮、もとい、純血一族のための聖なる戦いに荷担した。

 

 泣き叫びながら命乞いをする家族を気ままに殺し、拷問の末に無理矢理支配したことは数知れない。己の死が間近に迫ったこの瞬間でさえ、己が殺してきた人間に対する謝罪の意識などは欠片もなかった。

 

 

 デスイーターとは要するに、一人の例外もなく、己の弱さを他者にぶつける社会不適合者である。アレクト・カローも例外ではない。真っ当な人間であれば嫌悪し軽蔑するデスイーターそのものであった。

 

 ビル・ウィーズリーはアレクト・カローに対して悪意や、憎悪があったわけではなかった。ただ、今ビルの側には守るべき子供達がいて、今ビルはオーダーの一員としてホグワーツを守りに来ていた。

 

 ビルも、オルガ達もアレクトやデスイーターの過去を知る意味も意義も余裕もない。知ったところで、ビルは結末を変えはしなかっただろう。

 

 アレクト・カローについに鳥達が着弾する。アレクトの全身が炎に包まれた。

 

 アレクトが悲鳴をあげようとして、言葉にならない。炎によって顔面が燃え、喉が熱で焼け吸い込んだ煙で肺が潰れたからだ。

 

 ビルはアレクトの顔と肺、そして、魔法を行使する上で重要な両腕が焼けたことを確認すると鳥を消去する。

 

 アレクト・カローは半死半生の状態で地面に落下する。追い討ちをかけようとするオルガ達を手で制止し、ビルはペトリフィカス・トタルスでアレクトを石に変えた。

 

 余計なことをして石を壊せばアレクトは死ぬ。しかし、このままの状態で石を保管し、ヒーラーを確保した上で石化を解除し、適切な治療を施せばアレクトは生き残るであろう。

 

「遅れてすまなかった…………君達、怪我はないか?」

 

 

 ビル・ウィーズリーの顔は笑顔であった。しかしそれは、目の前の子供を護れたという安堵と、人と殺し合いをしたというストレスがない交ぜになったものであった。

 

 強い大人の顔である。オルガはオーダーの人間を尊敬していたが、ビル・ウィーズリーに対しても最上級の敬意を持つことにした。

 

 オルガは神秘部の戦いに引き続き、大人のことをこれ程頼もしいと思ったことはなかった。

 

「俺は……無傷です……兄貴」

 

 それは良かった、とビルはほっと顔を綻ばせた。

 

「……ですが、この先で妹さんと弟さんが戦っています。行きましょう!」

 

 オルガの言葉にビルは一瞬言葉を詰まらせ、誰に似たんだかと呟いた。そして、決然と言いきった。

 

「君達はここに残れ。ハイになって興奮しているのを見ると幸運薬を飲んでいるんだろう?でも、もう効果は残っていないだろう」

 

 ビルの判断は正しかった。

 

 ブレーズ・ザビニがホラスから褒美として受け取り、スーザン・ボーンが管理していた幸運薬の小瓶を開いて、アズラエル達はほんの僅かずつ薬を服用した。

 

 生き残れたのは薬の恩恵に違いなかった。そうでなければ、焼け死ぬ寸前に援軍に恵まれるなどという幸運がそうある筈もない。薬の効力はもう尽きかけていることを、オルガもその身で実感していた。

 

「しかし……!」

 

 ハリーの友人の一人であるブロンドの少年、アズラエルに対してビルは決然と言いはなった。それはビルの優しさであり、強さであった。

 

「君らを死なせるわけにはいかない。それは、オーダーとして受け入れられない。……その代わり、このデスイーターをホグワーツの教授に渡してくれ、頼んだぞ」

 

 ビルはアズラエルの抗議の声を聞かずに石となったアレクトをオルガに渡すと、テレポートと見まがう早さで駆け去った。

 

「……俺達は俺達の仕事をしましょう、先輩。この魔女を野放しにするわけにはいきません……」

 

 オルガはそう言って、自分より背の低いアズラエルの肩に手を置いた。

 

「……ここに来た教授に戦況を報告するのだって必要な仕事です。俺らは出来ることをやるしかないんですよ……」

 

 オルガの言葉がアズラエルに届くはずもなかった。アズラエルの感じた無力感は尋常ではないものだ。こんな言葉は何の慰めにもならないとわかっていた。

 

***

 

 ビル・ウィーズリーは苛立っていた。デスイーターに対しても、ヴォルデモート卿に対しても、ビルの怒りと苛立ちは消えることはなかった。

 

 想像力のない人間、社会性のない人間にとって殺人とは軽い罪である。しかし、ある程度の知性、否、最低限の良識と社会経験があれば、デスイーターのような人間に対して怒り以外の感情を抱くことはない。

 

 ビルをはじめとしたグリンゴッツ職員もそうであった。

 

 グリンゴッツは過去にもクィリナス・クィレルの手で直接的な被害を受けている。しかし、ヴォルデモート卿とデスイーターの存在そのものが、グリンゴッツにとって、そして、銀行員が望む健全な社会にとっての害悪であった。その嫌悪感は凄まじいものがあった。

 

 

 

 グリンゴッツにおける銀行員としての仕事は、金銭の管理がいい加減な債務者相手の取り立てのような仕事も含まれる。ビルはグリンゴッツで働くことになってから、金に人生を狂わされる者を何人も見てきた。

 

 彼ら彼女らの多くは事業主である。ルード・バグマンのようなギャンブラーではなく、真っ当に働き働かせて金を稼ごうという気概がある人々なのだ。

 

 経営者は会社を経営し、従業員に毎月の給与を払いながら利益をあげ、株主に配当し、グリンゴッツなどの銀行に借りた金を返済する。グリンゴッツもまた、返済された金でビル達に給与を支払い、別の事業主に金を貸し与える。そういうサイクルが経済と社会を廻している。

 

 しかし、そのサイクルが成り立つのは平和であればこそだ。

 

 戦時下において人とモノの流れが滞り、経済が萎縮すると、人は金を使わなくなる。

 

 外出を控えるとか買い物を減らすという個人レベルの話ではない。必要なものが市場に出回らないために高騰し、ものがないために値段がつり上がり、誰もものを買わなくなるという悪循環が生まれる。

 

 

 

 ヴォルデモート卿の復活が明らかになって一年足らずで、真っ当に生きてきた筈の大勢の経営者達が血相を変えて従業員の首を切り、金の亡者に堕ちる羽目になった。投資家達は自分達の配当が確保できないとなるとこぞって英国企業の株を売り払った。

 

 不況、どころではない。

 

 二度と起きてはならない大恐慌。それが再び起きたのである。

 

 ビル・ウィーズリーは金を扱う仕事を選んだ。

 

 キリスト教圏では、金を取引することは賎しいという風潮はあった。近代化が進まない英国魔法界においては、キリスト教に背を向けているにも関わらず、金に関わることをよしとしない風潮があった。

 

 それはビルにとっては欺瞞にしか思えなかったのである。現実は金を持つものがうまく立ち回ることで難を逃れているのだから。

 

 ビルは父であるアーサーが魔法省に勤務し、真っ当に(時に役得を行使して)働き続ける背中を見て育った。その背中を見、暗黒時代のまっ最中に育ち、一度その終わりを見たビルは、世界は魔法省だけではなく金の力によって廻っていることを知った。

 

 デスイーターとして数々の悪事を働いたマルフォイ一族。その当主であるルシウスが生き長らえたのは、彼が英国魔法界において無視できない資産を有していたからである。

 

 血ではないのだ。

 

 マルフォイが資本家として数々の人脈とコネを有していて、ルシウスが居なければ数々の企業や魔法省が抱える利権が立ちゆかなくなる。その状況が、ルシウス・マルフォイという悪を生き長らえさせたのだ。

 

 ビルが魔法省に就職するという夢を棄てたのは、そういう世間の薄汚さを理解したからだ。

 

 理解した上でビルは、そういう社会の中だからこそ、社会のルールに則ってやりたい道に進むことにした。

 

 裕福な資本家が社会を廻している。英国魔法界はマグルの世界よりは古式的とはいえ、時代の流れである資本主義からは抗えない。

 

 だからこそ、銀行員として働きながら資金を融通し、ゴブリン族との関係を保ちながら未来へと繋いでいく。そういう道をビルは選んだ。

 

 だからこそである。

 

 この大恐慌にあって最も痛手を被るのは、真っ当に働いている人々だということをビルは実感していた。銀行員として金を融資するか、融資を打ち切るかを決める立場なのだからなおさらだ。

 

 ビルは貸せるものなら金を貸したかった。しかし、返済の見込みがない企業に貸すわけにはいかない。

 

 ビル自身、経営難の会社に対して再建策を提示した。非情な決断で従業員のコストカットに取り組んだ金の亡者の企業は生き残った。しかし、到底そんな話は受け入れられないと、金の亡者にならなかった企業はみるみるうちに先細り今にも倒産寸前にまで追い詰められていた。

 

 ビルは青臭い正義感や、社会を変えようという変革の意志で戦っているわけではない。

 

 ただ、英国の社会に生きる真っ当な人々を守るために参戦することを決めたのだ。

 

 そして、今まさに戦闘を繰り広げるビルの目に飛び込んできたのは。

 

 

 緑色の閃光を胸に受けて崩れ落ちる、末の妹の姿であった。

 

***

 

「……ベラ。君は前線に立てぬことに腹を立てているようだ。……それとも……私の判断に疑問があると言うのかね」

 

「滅相もございません、我が君。わたくしは、ドラコがやり遂げるか否かに気を揉んでいるのです。ドラコは我が一族の血を引くものでございますゆえ……」

 

 ベラトリクス・レストレンジに対して、ヴォルデモート卿は寛大な心で微笑んだ。ヴォルデモートがそのような笑みを見せるときは、大抵裏がある。しかし、ベラトリクスにとっては至福の時間であった。

 

「ベラよ。君は何故私がロウルを指揮官としたのか、常々疑問に思っていたことだろう。ロウルは君とは比べるべくもない小物で、到底指揮官の器ではないのだから無理もない話だが」

 

「……わ、私が帝王のお考えに意を唱えるなどある筈もございません……」

 

 ベラトリクスは平伏してへりくだるが、ヴォルデモートは無用だと言ってベラトリクスの手を取った。

 

「ロウルは小心な男ゆえ、一時的にでも君と同じ地位を与えれば身を粉にして働く。あれは今の地位が己の身に余る職責であり、二度とない栄誉であるという自覚はあるのだからな」

 

「……は……」

 

「……だからこそ、ベラとロウルを組ませるわけにはいくまい?」

 

 ヴォルデモートはここにいないロウルを嘲った。

 

「根が卑屈な男というものは君のような優秀な存在を許してはおけぬ。一度君と同じ戦場にたたせれば、ロウルの杖は君の背後を狙うであろうよ」

 

 ベラトリクスの心を読んで、更にヴォルデモートは笑って言った。

 

「無論君がロウルごときに殺されることは無かろうが。それでは組織の体裁が保つことは出来ん。ロウルはこの任務で、必ず悪癖を出すであろう」

 

 ベラトリクスはロウルの悪癖について聞き、顔をしかめた。

 

 ソーフィン・ロウル。彼はデスイーターとして、戦場で格上を葬ったこともある。ロウルはアバダケダブラに特化した男である。アバダケダブラしか取り柄がない男は、言い換えれば、アバダケダブラにかけては闇陣営においても屈指の男という意味もあるのだ。

 

 その代償に、ロウルには致命的な欠点もあったのだ。

 

***

 

 ビル・ウィーズリーが到着する僅か1分前。

 

 

 ハーマイオニー達は、デスイーターの脅威に晒されていた。

 

 

「……前に出るなギボン、前に出るなと言った!」

 

 デスイーターのヤスクリーの静止の声も聞かず、ややこちらを舐め腐った態度でデスイーターの一人が出てきた。

 

「アバダケダブラ!!ここは私に任せて先に進むがいい、同胞よ!」

 

 そのデスイーターは小太りの中年男性で、動きの質も大したものではなかった。しかし、アバダ・ケダブラを当然のようにこちらに向けてきた。ハーマイオニー達はそれをかわすことが出来たが、肌が焼け付くような不快なプレッシャーを感じていた。

 

 そのギボンというデスイーターは、アルバス・ダンブルドアに立ち向かうことよりも学生と戦闘に興じて時間を稼ぐことの方が命の危険はないと言わんばかりにこちらを舐めていた。ハーマイオニーから見てもそう思えたのだから、デスイーター達もそう思ったに違いなかった。

 

 天文台の屋上に続く階段の上に陣取るデスイーターの周囲には煙が充満していた。煙の端にいたドラコが光る手を持って進むのが見え、ハーマイオニー達はルーモス・マキシマで視界を確保するのを余儀なくされた。

 

 それは、デスイーター達にとっては好機であったに違いない。

 

「…………アバダケダブラ セプテッドォォオオオオッ!!(七回死ね)!!」

 

 ギボンと交戦していたロンとハーマイオニー。さらに、ギボンの脇を抜けて進もうとしていたジニーやレベリオで煙を解除していたザビニらに緑色の閃光が向かう。デスイーターの一人、ソーフィン・ロウルが放った悪意の塊であった。

 

 雨のように降り注ぐ緑色の閃光は、運良く、ハーマイオニー達裏の集会の面々には当たらない。

 

 

 しかし、緑色の閃光は、デスイーターであるギボンに直撃した。

 

 ロウルのエイムが上位陣とは比べるべくもないせいでもある。しかし、幸運薬の効果が偶然ロウルの手元を狂わせたに違いなかった。

 

 咄嗟にハーマイオニーが出した疑似生命の鳥達は、一筋の閃光に被弾しただけでその全てが倒れていた。

 

 疑似生命では防ぐことが出来ない、正真正銘の悪意である。

 

「なっ……!?」

 

 ロンも、到着したシュラ達も、ルナでさえも、恐怖と驚愕で戦慄する。ハーマイオニーは不味いと思いつつも叫んだ。

 

「……引いては駄目よ!前に!前に出るの!一刻も早くあのデスイーターを仕留める!」

 

 ハーマイオニーは幸運薬でハイになった頭で突撃を命じた。

 

「ハァッ!?」

「時間がねぇ!」

 

「……クソっ!そういうことかよクソッタレ!」

 

 ザビニは悪態をつきかけて、ロンに一言で諭されてハーマイオニーの意図を察する。ロンも、ジニーもルナもハーマイオニーの意図を察して動く。シュラは飛行魔法によって飛翔し、鳥を出して上空からデスイーター達を襲っていた。

 

 ネビルとザムザは動けないが、何とか動こうとする。

 

 デスイーターのアバダケダブラにはインターバルがある。だからこそ、ハーマイオニーの判断は無謀に見えて正しい。アバダケダブラを乱射できるような屑はデスイーターといえどそうは居ない。最優先でロウルを排除しなくてはならないのだ。

 

 ここでハーマイオニー達がロウルに恐れをなして後退し、安全策で時間をかけるとする。

 

 それは、消極的な自殺だ。ロウルにアバダケダブラのチャージタイムを与えるということである。

 

 時間を掛ければ、それだけ裏の集会にとっては不利なのだ。アバダケダブラのチャージタイムが終わり、かつ、ロウル達が高所を陣取った上でハーマイオニー達の幸運薬の効果が切れればハーマイオニー達の勝ち目は無くなる。

 

 その前に、決着をつけなくてはならない。

 

 コーヴァン・ヤクスリー、セルウィンといった面々がロウルを守るため保護魔法を施し、ハーマイオニー達と交戦する。

 

 交戦時間は30秒にも満たなかった。しかし、ハーマイオニー達にとっては好機で、デスイーター達がハーマイオニー達が幸運薬を服用していることに気付くには十分な時間であった。

 

「……小癪な真似を……!アバダケダブラ……セプテッドォ!!!」

 

 幸運か、それとも悪意か。ハーマイオニー側の想定通りロウルを詰みに追い込むより先に、ロウルのリチャージが完了した。

 

 不幸があったとすれば、戦闘の領域が狭かったということに尽きる。

 

 天文台の屋上に続く階段という狭いスペースである。そこに十人もの人間が密集した上で、コンジュレーションを交えて瓦礫を飛び交わす。

 

 回避行動を思うように取れる方がおかしい。

 

 高速起動によってデスイーター達の攻撃をかわしていたジニーは、隣にいたシュラとぶつかって足を止めてしまった。ジニーに非はない。シュラもヤクスリーのアバダケダブラに狙われ、周囲の状況に気を回す余裕がなかったのだ。

 

 

 緑色の閃光を受けたジニーが倒れるのを見た瞬間、ロン・ウィーズリーと、そして、まさにその瞬間にその場に駆けつけたビル・ウィーズリーは絶叫した。

 




アレクト「くっころ(さないで)」

ビルは殺さなくてもいい状況でデスイーターを殺して心に傷を負いたくはないから殺しはしません。
なお同じ状況でモリーがアレクトと戦っていたならさっさとアレクトを殺害していました。幸運薬のお陰で運が良かっただけでワンチャン息子と娘が焼かれてましたからね。
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