蛇寮の獅子   作:捨独楽

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皆さん映画の『ミスト』は好きですか?
私は好きです。嫌いですが。


思い知れ

 

 ビル・ウィーズリーは真っ先に妹に駆け寄る、という選択ができなかった。

 

 援軍が駆けつけるまで、時間を要する。

 

 ホグワーツ内部にハウスエルフがテレポートするとき、テレポート可能な場所は決められている。ダンブルドアがハウスエルフ達との取り決めで安全措置のためにホグワーツの防護結界を動かしたからだ。

 

 

 

 ビルがいち早くこの場に駆けつけることが出来たのは、ホグワーツ内の許可されたポイントにテレポートしたクリーチャーがいたからである。援軍がこの場に

着くまでは、ビルが持たせなくてはならないのだ。

 

 いち早くビルがホグワーツへとテレポートされたのは、オーダーの中でビルであれば判断を誤らないという信頼があったからである。

 

 ビルの役目はデスイーター達の追跡、排除。そして、まだ生きている学生達の保護だ。

 

 感情はロンのように家族のもとに駆け寄りたくても、役割がそれを許さない。今のビルはウィーズリー家の一人ではなくオーダーの一員なのだ。

 

 ビルは期待されていた役割を果たすべく行動を起こした。しかしそれは兄としての自分を圧し殺してのものであった。

 

「オーダーだ!君達を援護する!ロン!ジニーを連れて下がれ!」

 

 妹が心配だからと妹に駆け寄り、デスイーターに隙を晒すわけにはいかなかった。ロンを戦場から遠ざける命令を出せたのはビルにとって不幸中の幸いと言ってよかったかもしれない。

 

 アバダケダブラを撃たれ、緑色の閃光が直撃して生き残れるものはいない。それは魔法界の中では周知の事実だ。

 

 

 だから、オーラーにも、そしてオーダーの間でもあるマニュアルが存在する。

 

 アバダケダブラを撃たれた人間の生存確認より、生きている人間の保護を優先すること。

 

 アバダケダブラを撃たれて死亡した人間はインフェリとして操られる可能性があるので、速やかに移動させることである。

 

 ジニーを撃ったのがソーフィン・ロウルであることを察知したビルは、瞬間移動じみた動きで前に出ると、ロウルに向けて本気のカースを撃った。

 

 直撃すれば干からびて木乃伊になることは間違いないエジプト謹製の闇の魔術である。

 

 動揺した心は驚くほど容易く、ビルには似合わない魔術を成功させた。

 

 ビルの魔法が直撃すれば、ロウルは倒れていたであろう。

 

 ソーフィン・ロウルという男は、闇陣営において魔法使いとして突出した何かがあったわけではない。魔法使いとしての知識も技量、そして社会人としてのスキルもデスイーターとしては最低である。

 

 なお酷いのは、戦闘方面のスキルにおいてさえ突出したものはない。デスイーターもオーラーも、そしてビルのようなオーダー達も、程度の差こそあれど皆目線や足、発生や杖の動きによってフェイントを織り交ぜながら最適の動きを繰り出す。しかし、ロウルは動きの早さも質も著しく低い。フェイントも単調そのもので、アズラエルやザムザといった決闘術に秀でているとは言えない人間と大差ないレベルである。

 

 だからロウル単体では、ビルのカースに対応するためのプロテゴを貼ることすら出来ない。

 

 しかし、フェンリル・グレイバッグの無言プロテゴ・マキシマがロウルを護る。

 

 グレイバッグは素早く、油断ならない男であった。というよりは、環境がそうならざるを得なかった、といって良い。

 

 被差別階級のウェアウルフ達の中でも当然ながら魔法使いとしての技量の差は生まれる。デスイーターやヴォルデモートの不興を買わない程度にへりくだりつつ、下の立場のウェアウルフに侮られないような求心力を持たなくてはならない。フェンリルはそのための努力は惜しまなかったし、その経験は、こうした形で活かされていた。

 

***

 繰り出したカースに対応されたことはビルにとっては不運である。ビルは内心で敵の警戒レベルを引き上げた。

 

(……!)

 

 

 突如として現れたビルに対しても油断なく対抗してくる。敵の、ビル達オーダーとの戦闘も想定していた動きに、ビルは内心で舌打ちした。

 

(……強い……!ジニーを……見てやりたいが……この場を離れるような隙がない……!!)

 

 闇陣営も前回の神秘部の戦いの敗北を機に、敵を子供の集まりなどと侮ることはやめている。神秘部の戦いとホグワーツの戦いの決定的な違いは、デスイーター側の戦闘における心構えの差に表れていた。

 

 デスイーター側はルシウスの失敗のせいでただでさえ人手不足である。マルフォイ家ほどの財力も、人脈も、そしてヴォルデモートに対する貢献も無い。だからこそ、本気で命令を遂行しようという意識が動きに表れていた。

 

 ロウルのように攻撃力の高い駒は優先して守り、生かす。デスイーター側にもそういう打ち合わせは出来ていたのだ。

 

 これは戦闘においては脅威であった。マグルの戦闘を例に出すならば、敵の側に機関銃があり、オーダー側は機関銃を破壊できなければ、死体の山を積み上げなくてはならなくなるのだ。

 

 極端な話、アバダケダブラを乱射出来る駒は生存し続けるだけで光陣営にとっては無視できない戦力になる。

 

 ヴォルデモート卿の配下のうち、アミカス・カローなどはお世辞にも人品に優れた人間であるとは言い難いものである。ヴォルデモートはそういう部下を好みはしなかったが、配下の大半がその程度の人間であっても気にしなかった。

 

 それは名家に産まれた人間を殺人鬼に貶め、かつその上に立つことで悦に浸ろうというトム・リドルのコンプレックスからくるものであったかもしれない。或いは無能であればあるほど自分がコントロールしやすく反旗を翻される恐れもなくなるという打算からくるものであったかもしれない。

 

 いずれにせよ、『闇の魔術で暴れるテロリスト』の存在は英国社会ひいては魔法省にとってはこれ以上無い脅威であった。その脅威はついに、ホグワーツ魔法魔術学校にも向けられたのだ。

 

 

 ビルが今すべきは眼前のデスイーター、出来ればソーフィン・ロウルの排除である。デスイーターと子供達が入り乱れる乱戦は、ジニー・ウィーズリーが倒れても途切れることを許さなかった。

 

***

 

(……殺す……)

 

 ザムザ・ベオルブは切り札を使うべく構え、棒立ちして魔力を高めた。

 

(……こいつらだけは……今ここで倒さなくてはならない……!)

 

 乱戦の最中にザムザが感じたのは同僚の友人の妹を殺された怒りか、恐怖か。否、その二つもザムザの心を占めてはいたが、割合として最も多いのは使命感であった。

 

 ロウルはアバダケダブラを乱射し続けた。それも二発、三発どころではなかった。

 

 

 現在の裏の集会にとって最も脅威であり、ダンブルドアを殺す可能性が高いのは誰かと言えば、それは、ソーフィン・ロウルなのだ。

 

 ロウルがこれまで一体何人の罪のない人々やオーラーを殺してきたのか想像もつかない。それでも、ここでロウルやその取り巻き達を倒さなくては、無駄に大勢の人々が殺されてしまうとザムザは肌で感じたのだ。

 

 その身を焦がすのは、グリフィンドールらしい騎士道、そして使命感であった。

 

 その判断は、遅かったと見るべきであろうか。それとも早かったと見るべきであろうか。

 

 正義感からデスイーターを本気で始末するのであれば、ダンブルドアとトレローニの保護を優先するのであれば。或いは、味方の死を厭うのであれば。

 

 真っ先に切り札を用いて、一人でも多くの敵を殺すべきであったかもしれない。

 

 しかし、それでは敵はザムザの魔法に対応したかもしれない。

 

 ハーマイオニーやシュラーク、ネビルというデスイーター達にとって脅威となる敵がおり、ザムザへの注意が散漫になっていたからこそザムザは魔力を高めることが出来たのかもしれない。

 

 最適な結果など戦闘においては望むべくもない。ただひとつ確かなことは、喪われた命は戻ってくることはない。無慈悲な現実があり、しかも、時は止まらず進行し続けるのだ。

 

 ソーフィン・ロウルが再びアバダケダブラのリチャージに入り、後退した。しかし、他のデスイーターは未だに動き続けていた。

 

 ロンが思わずジニーに駆けよったことで、デスイーターの側に一瞬余裕が出来ていた。ビルが二人の穴を埋めようとしている。しかし、杖1本と杖2本の差は大きい。

 

 フェンリル・グレイバックは有頂天になって吠えながらハーマイオニーの出した氷の柱をかわし、氷をレダクトで崩壊させた。デスイーターの誰かが撃った緑の閃光が、ネビルの踵の辺りにすれ違うのをザムザは見た。

 

(……このっ!?)

 

 ザムザの心臓は早鐘をうっていた。

 デスイーター側の光陣営への攻撃は苛烈さを増す。一秒先も仲間や自分が生きている保証はないのだ。

 

 ザムザに躊躇う理由など、欠片もなかった。

 

 ザムザから、およそ学生が出すべきではない量の魔力が膨れ上がる。

 

(これは!?)(えっ!?)(???!!)

 

 味方は一瞬困惑する。そして、デスイーター達は驚愕のあと焦り出す。ザムザから漏れ出る魔力は、悪霊の火のそれにも近い。

 

「駄目よ!そんなものを使っては……!」

 

 ハーマイオニーの静止の声をザムザは聞かなかった。

 

 膨れ上がる魔力を察知したデスイーター、セルウィンとヤクスリーのコンビはいち早く動いた。

 

 セルウィンが柱を瓦礫に変えて飛ばし、光陣営を牽制する。その隙間をぬってヤクスリーはアバダケダブラを撃とうとした。

 

「撃つなら撃て!早く!!殺せ!」

 

 シュラークは吠えてヤクスリーを妨害した。。ヤクスリーに向けて撃ったのはジニーが得意としていた蝙蝠の呪いであった。

 

(俺がいなければ、ウィーズリーは……!いや違う!死ぬべきはやつだ!ソーフィン・ロウルだ!)

 

 ジニーは運悪く、シュラークが回避した先にいた。シュラークと衝突しなければ、ジニーにアバダケダブラが直撃することはなかったであろう。

 

 シュラークにしてみれば、己の不始末で仲間が死んだに他ならなかった。その雪辱を果たしためには目の前の敵を殺すより他になかった。

 

 

 

「やって」

 

 ルナはザムザに向けられていた破片をインペディメンタ(妨害魔法)で全て跳ね返した。セルウィンへと

 

 唯一自分に話しかけてくれる同い年の同性を殺されて、ルナも冷静ではいられなかった。

 

(ジニーはそんなこと望まないってわかってるけど)

 

(……殺らなきゃ殺られる。もう待てない)

 

 現状は闇の魔術を嫌うだの、人殺しを厭うなどといっている場合ではなかった。倫理を最優先するよりも優先すべきものはあった。

 

 ルナも、否、ここにいる全員が生存競争をしているのだ。生きるか死ぬかの場で競争相手の命の心配などしている場合ではなかった。

 

 最早一刻の猶予もないと、正義のためだと信じてザムザは引金を引いた。

 

「サペレ・アウデ(思い知れ)」

 

 ザムザの杖から解き放たれた炎は、禍々しく、黒く、そして、尽きぬほどの怒りが込められていた。

 

 その炎に込められていたものは、はザムザの怒りだけではなかった。

 

 この魔法を考案した時に込められたハリーの怒りが、ヴォルデモートとその信奉者に対する憎しみが、復讐のための殺意がその炎には込められていた。デスイーターの罪を、悪行を裁くことなき世界に対する怒りの炎であった。

 

 強者の立場で、デスイーター達は殺戮を繰り返してきた。

 

 インペリオで手駒を増やしならず者を動員して数の優位を確保した上で、魔法族の一般市民やマグルを殺害してきた。

 

 魔法族の戦闘は先制側が圧倒的優位である。デスイーター達の大半は、圧倒的優位な立場で人をいたぶることに快感を抱く下衆であった。

 

 攻撃力に優れていて常に不意打ちや奇襲が出来るからこそ闇陣営は強い。

 

 そうやって人を傷つけてきた代償を、デスイーター達は今、この場で支払うことになった。

 

 ザムザの杖から解き放たれた黒炎は渦巻くような煙を放出しながら、無数の鼠の姿となってデスイーター達を襲った。

 

 

 攻撃側、圧倒的優位という認識が崩れ去ったとき。

 

 テロリストでしかないならず者は脆い。

 

 最も炎と近かったダレイオス・セルウィンは瓦礫の山に姿勢を崩しつつも真っ先にザムザの魔法に反応した。

 

 

 

「……あ?」

 

(ペスティス・インセンディウム!?いや違う!詠唱が異なる!でもこの魔力は何だ!?まるで……)

 

(……………………闇の帝王のような………………!)

 

 彼が思考した時間はコンマ数秒にも満たなかった。実際には考えるよりも先に、対悪霊の火に対する最適解を彼は選択し実行していた。闇の魔法使いである以上、闇の魔術に対する対応策は備えていなくてはならない。セルウィンは最適解を選んだと言って良い。

 

 闇祓い達が悪霊の火を防ぐためにそうするように、セルウィンもまた自らの携帯していたバッグの中に炎を引き寄せる。異空間を生成してザムザの鼠を迎え撃とうとする。セルウィンのバッグに、ザムザの杖から放射される鼠が吸い込まれていく。

 

 そのバッグは、初任給のお祝いにと彼が娘からプレゼントされたものであった。

 

 バッグの中身は魔法によって隔絶された異空間である。その内部は、拷問用・治療用のさまざまな器具と薬品が存在している。しかし、酸素は有限である。

 

「……フッ……」

 

 バッグに吸い込まれた炎を見てセルウィンは安堵する。その間に、コーヴァン・ヤクスリーは一目散に空へと飛び上がり棟の上を目指していた。

 

(驚かされた……!死ぬかと思った!!ガキと侮っていれば死んでいた!だがこれで終わりだ!)

 

 いかに強力無比な悪霊の火でも、中のもの全てを燃やし付くし、燃焼のために必要な酸素がなくては成立できない。これでひとまずの安全を確保できる。

 

 ……筈であった。

 

「……な?」

 

 ザムザに対してアバダケダブラを撃とうとしていたロウルは呆気に取られた。

 

 炎の中の吸いきれなかった煙が、鼠の形をとって己を狙ってくるではないか。

 

(……待て、これは……)

 

 

「なっ……」

 

 悪霊の火、そして、プロテゴ・ディアボリカ。この状況で敵が繰り出す魔法としてはその二つがあげられる。しかし、そのどちらであったとしても、圧倒的な火力を持つ魔法でも、密閉された空間に閉じ込めてしまえばいずれは燃え尽きる。炎である以上は魔法であっても対策を講じない限りは、魔法の効力を喪い、物理法則の制約を受けるのだ。

 

 しかし、その炎は、密閉された空間内に閉じ込められることはなかった。

 

 デスイーター達には知るよしもないが、サペレ・アウデは攻撃性に全振りした魔法である。何がなんでも目の前のデスイーターを殺す、それのみに特化した擬似的な闇の魔術はエクスペクト・パトローナムと同じように、空間的な制約すら飛び越えるのだ。

 

 

 セルウィンは相方が逃げ出したことに気付かない、否、気付く余裕などない。

 

 セルウィンは僅かな、そう、僅かな時間も無駄にはしなかった。事前にコーバン・ヤクスリーから下された忠告を耳に刻み、己が出来る最適解を出したと言ってよかった。

 

 異空間に吸い込まれた筈の炎の鼠が、セルウィンのバッグから飛び出してくる。奇妙なことに、炎は尽きない。そして、革製のバッグを燃やすこともなかった。

 

 大勢の人間の家族を殺害しておきながら、娘との思い出に浸ることなど許さないとでもいうかのように。

 

 セルウィンの全身は炎へと包まれていく。否、セルウィンだけではない。

 

 一目散にダンブルドアのいる最上階めがけて逃げ出したヤクスリーを除き、ロウルも、フェンリルも、黒く禍々しい焔に包まれていく。

 

 プロテゴ・マキシマすら意味を成さず、黒い鼠達はロウルの背中から、足元から、頭上からも群がり全身を焼き付くしていく。

 

 

 

 本来ならば、あり得ない光景であった。黒く禍々しい炎は邪気を纏って、デスイーター達を飲み込んだのだ。

 

 デスイーターであれば、フィニート(終われ)くらいは使える。ロウルも焔に焼かれながら、最後にはフィニートを唱えた。

 

 

 

 にもかかわらず。炎はロウルの肉を焦がし、その命を燃え尽きさせた。

 

 肉が焼け油が飛散し、焦げていく不快な匂いに、シュラークは棒立ちしてしまう。

 

 地獄であった。

 

 地獄であるにも関わらず、炎の中にいるハーマイオニー達は、全くの無傷であった。

 

 

 

 ハーマイオニーでさえ、恐れていたことが起きてしまったことに我を失い、呆然としていた。

 

「……そんな……そん……」

 

 人殺しを肯定したくはなかった。

 

 正義のため、世界のためそして、自分たちマグル生まれが迫害されないような世の中を作るために彼女は立ち上がった。その正義の中には、友が人殺しなどしなくてもよい平和な世界を作るという意志も含まれていた。

 

 目の前の光景はその真逆である。平和とは常に戦いを終わらせるための口実のために使われる言葉であり、その言葉は今は程遠すぎた。

 

 

 

 ギボンの遺体も焔に包まれ異臭をあげていた。ネズミは一人を焔に包むとすぐに分裂して次のデスイーターを襲う。決して逃がさないと言うように。部屋の半分が火の海に染まる光景に、皆言葉を失う。否、ビルだけは違った。

 

 ジニーが撃たれてから、十秒足らずの出来事であった。

 

「……ジニー!」

 

 ビルはやっとの思いでジニーに駆け寄ろうとする。未だデスイーターの捕縛は出来ていないビルにとって、それは、オーダーらしからぬ甘い判断であった。

 

「兄貴、ジニーが……!」「何っ!?」

 

 ロンの声には、戦場の衝撃など欠片もなかった。ロンの声には抑えきれない喜びに満ちていた。

 

 

 

「この炎は僕たちに害はありません!早くダンブルドアのところに行ってください!!!」

 

 その中でザムザは叫んだ。ザムザの声は震えていたが、ほとんど叫び声に近かった。

 

 

 自分が正気なのか、それとも狂ってしまったのかはザムザにもわからなかった。ハーマイオニー達の反応からして道を踏み外したという自覚はあるが今は自分一人の手が汚れるより優先すべきことがある筈であった。

 

「そ……その通りです!」

 

「早く敵を追いかけないと!」

 

 あまりにもあっけない幕切れに冷静でいられなかったのはシュラークもルナも、ネビルも同じであった。

 

 

 

「じゃあ俺が行く!ダンブルドアは殺させねぇ!!」

 

「待て!!俺が先に行く、君達はこの場に残れ!君、さっきの魔法をまだ使えるか!?!」

 

 咄嗟にザビニを制止したのはビルであった。だが、ザビニも冷静ではなかった。

 

「んなもたもたしてらんねぇっすよ!ハリーとダンブルドアがあぶねーんだ!」

 

 この場に集まった者達は大なり小なりダンブルドアへの敬意を持っている。しかし、ザビニはその中でも一際ダンブルドアに対する敬意が強かった。

 

 母親が逮捕され、ザビニが犯罪者の息子となっても。

 

 母親が脱獄し、ザビニがデスイーターの息子となっても。

 

 母親が死亡し、ザビニが孤児になっても。

 

 ダンブルドアはザビニを見捨てはしなかった。そして、ハリーもザビニの親友であり続けたのである。

 

 だから制止も聞かずにザビニは進んだ。恩義に報いるために。

 

 ザビニは『敏速』という、魔法族の持つ瞬間移動を使うことが出来る。裏の集会のメンバーであればほとんどが習得しているが、クィディッチで鍛えた瞬発力とスタミナを備えたザビニの動きは、この場にいる中ではビルに継ぐほどに速い。

 

 未だ収まらぬ黒煙の中で、ザビニは駆け出す。

 

 そのザビニの背後、煙のはしに揺らめく影があった。

 

 高速で動きヤクスリーを追っていたザビニ。ザビニは、否、ザビニだけではなく学生達の誰もが煙の端にいたフェンリルに気付かなかった。

 

 皆が動揺から抜け出せてはいなかった。否、皆が心のどこかで思っていたのだ。

 

 ハリーならばまだしも。

 

 自分達が加害者に、人殺しになることはないと。

 

 仲間が死ぬことなど無いと。そう思わなくては、戦いになど臨めない。

 

 だからこそ注意も散漫になり、レベリオという基本を怠ってしまう。

 

 フェンリルは姿勢を低くし、ほとんどしゃがんだ狼のような態勢でも動くことが出来たのだ。人間としての動きではなく、ウェアウルフとして狼化したときの動きをあえてやることで敵を威嚇するため身につけた動きであった。

 

「……あぶないっ!!」

 

 咄嗟に、ザビニを止めることが出来たのは。

 

 ビル・ウィーズリーただ一人であった。

 

 ビルは炎に包まれる敵の中で揺らめく影を見た。咄嗟に使用した無言レベリオが、影の中に潜む敵の位置を伝えていた。

 

 ビルはザビニと敵の間に敏速によって割り込むと、敵へとステューピファイを叩き込んだ。しかし。

 

 

「っ!?」

 

 デスイーターのローブはステューピファイに耐えられる。少なくとも一発は。

 

 フェンリルはステューピファイでも倒れない。デスイーターのローブが持つ防御能力が、ステューピファイという魔法の攻撃を阻む。

 

 フェンリルは右手の杖での動きにフェイントをかけた。

 

「アバダ……」

 

 フェンリルの杖はザビニに向けられている。ビルは強引に体勢を変え、フェンリルの射線がザビニに重ならないように動く。

 

 皆が黒煙のせいで、ビルとザビニの援護に入れない。状況が飲み込めないまま、黒く無害な煙だけが巻き上がっていた。

 

 その瞬間。

 

 フェンリルの左手の長く尖った爪が、ビルの彫刻のように整った顔面を切り裂いた。

 

「この……程度……!?」

 

(何だ……力が……!)

 

 

 ビルは反撃を行おうとして、動けない。爪に込められていたのは麻痺毒である。ビルの全身から力が抜けていく。

 

 その瞬間をフェンリルは見逃さなかった。

 

 魔法によって狼を思わせるように整えた牙のような犬歯。

 

 フェンリルという名前を与えられた男は、それで、ビルの首筋に噛みついた。

 

 

 狼人間の毒が、ビルの掌から力を奪う。

 

「……!?えっ!?」

 

 ザビニはビルに庇われた後、フェンリルの背後に回り込もうとした。そして、ビルが噛まれた瞬間を見てしまった。

 

 その攻防はまさしく刹那的なものであった。

 

 

 

 狼人間の牙は、人間に対して高い毒性を持つ。

 

 フェンリルはその特性を戦闘に利用するたちの悪い男であった。目的のザビニではなくビルを攻撃したフェンリルは、しかし、ザビニに固執することはなかった。

 

 

(……ざまぁみやがれ……!)

 

 フェンリルもまた、復讐者であった。彼の復讐心は魔法族、英国魔法界に向けられていた。中でも、リベラル層に対する嫌悪感は凄まじかった。

 

 保守派の人間達がフェンリルのようなウェアウルフを蔑むのは百歩譲ってフェンリルにも理解はできた。

 

 しかし、リベラルとして保守派に異を唱えるビル達グリフィンドール派閥の人間も、ウェアウルフを蔑み、或いは恐れ遠ざけるのだ。

 

 結局人は人でしかない。差別心は誰にでもある。しかし、ウェアウルフはヒトの枠組みから外れ、闇の魔法生物でしかない。人としての人権すら与えられているとは言えないのだ。

 

 その痛みを、怒りを、屈辱を晴らすには、ウェアウルフを増やして痛みを与えるしかない。それがビルの倍ほどの人生を歩んできたフェンリルという男の出した結論であった。

 

 ザムザが倒れたビルを介抱し、サペレ・アウデの煙が晴れたその瞬間。棟の最上階に現れるセブルス・スネイプの姿があった。ハーマイオニーは視界の端に、隠し通路から屋上へと向かうスネイプの姿をとらえていた。

 

 皆が動揺から抜け出せない中、一人の少女が目を見開いた。

 

「……あれ?あたし……」

 

「ジニー?何で!?当たってなかったのー!?」

 

 ルナが思わずジニーに駆け寄ろうとしたとき、待ちわびていた援軍が現れた。

 

「……状況は!どうなっている!?」

 

 

 もしもサペレ・アウデによって炎が充満したときその場にいれば、魔法の目でフェンリル生存に気付いたであろうアラスター・ムーディと。

 

「……無事か!……どうした!?何故ビルが倒れている!おまえほどの男が!?」

 

 もう少し早くその場にいればそもそも窮地に陥らず、サペレ・アウデを使うことはなかったかもしれなかった戦力、シリウス・ブラック。

 

 不死鳥の騎士団、その援軍の到来であった。

 

 




ビル到着からシリウス達が駆けつけるまで1分と経っていません。もうちょい待てばシリウスとムーディが来て間に合ったのに……。
最善と信じた行動が最良の結果をもたらすとは限らないんですねぇ。
これでデスイーター側の生存者はヤクスリー、セブルス、アレクト、そしてフェンリルとなりました。
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