蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ドラコとセブルスはデスイーター時代、原作では殺しまではしてないのか、殺しているのかぼかされています。
本作の英国魔法界や世間の解釈としては、『デスイーターである時点で人を殺すか、殺すより酷いことをしている。反社会的勢力の一員でしかない』です。


稲妻に撃たれた塔

 

 「……」

 

 ドラコ・マルフォイは痩せこけた顔に必死の形相を浮かべ、アルバス・ダンブルドアと対峙していた。

 

 どういうわけか、アルバス・ダンブルドアはドラコを見ても実力行使に及びはしなかった。ドラコは震える手でダンブルドアに杖を突きつけようとして。

 

(な……なんだ。……手が……動かない……)

 

 どんな人間であろうと殺せるよう訓練した、実際に人を殺めたはずの指は、動かない。

 

 

 石化の魔法(ペトリフィカス トタルス)を受けたわけでも、錯乱の魔法(コンファンド)を受けたわけでもない。恐怖が、ドラコにダンブルドアへと杖を向けさせることを阻んだ。

 

 デスイーターとして使命を帯びてから、この日を幾度となく脳内で考え動揺しないよう自分自身を訓練したつもりであった。

 

 たとえ、アルバス・ダンブルドアが世界一の善の魔法使いであろうと。

 

 

 マルフォイ家の堕ちた家名が、再び英国魔法界の中枢に返り咲くには。

 

 この英国魔法界そのものを闇陣営に変えるしかない。根本から根こそぎ全てを。

 

 そのためには、アルバス・ダンブルドアには死んで貰わなければならないのだ。

 

 ドラコの主君であるヴォルデモート卿が危惧しているのは、言うまでもなくダンブルドアの武力と、魔法省の数の力である。

 

 ダンブルドアはヴォルデモート卿に比肩しうる力を持つ。数で勝る正規軍とダンブルドアが共謀して策を練り、ヴォルデモート卿を追い詰めるかもしれない。

 

 それが恐ろしいからこそ、ヴォルデモート卿は魔法省が卿の復活を認めて以来、本人は潜伏し部下に破壊工作を一任しているのである。

 

 しかし、ドラコは動けなかった。星を背に、空に輝く闇の印を全く意に介さずドラコを見据える老人から目が離せない。

 

(……く、くそ……ダンブルドアが恐ろしいというのか?この期に及んで?)

 

 ドラコの手は、ドラコの思いどおりに動いてはくれない。ドラコの生存本能が、圧倒的格上に挑むという選択を拒んでいるのだ。

 

 ダンブルドアを前にし、ドラコの胸中に浮かび上がるのは疑念である。

 

(……そもそも……うまく行き過ぎたのではないだろうか……?)

 

 

(……僕がダンブルドアがここにいるに違いないと考えたのは……ダンブルドアがこの一月、ずっとここにいるとフィルチや教授達から聞いて知ったからだ……)

 

(少し……都合が良すぎる?……ダンブルドアが合言葉のある校長室から出て呑気に星を見ている時間があるなんて『幸運』が、なぜ?どうして僕が一番必要なときに、まるで……誂えたようにあったというんだ)

 

 本当に今更になって頭の中に浮かんだそんな疑念を振り払うように、ドラコは虚勢を張るしかなかった。

 

「……今日でホグワーツは終わる。貴方の時代も終わりだ。僕には……大勢のデスイーターがいる。じきにここにやってくるぞ……お前の兵隊を殺して!」

 

 

 ドラコは冷たく笑みを浮かべ、虚勢を張った。しかし、目の前のダンブルドアは揺るぎなかった。

 

 ……少なくとも、ドラコの目にはそう見えた。

 

 

 「……ふむ、それはそれは」

 

 ダンブルドアは、まるでマルフォイが野心的な宿題の研究課題を見せたかのように微笑んで見せた。

 

「大変結構。……すると君は、君はホグワーツの防護結界を打ち破り、ホグワーツへと入る手だてを見つけたのだね?」

 

 ダンブルドアは校長としての権限を行使し、ホグワーツの防護結界を強化していた。

 

 ホグワーツ内部や敷地内には、魔法使いや魔女はテレポートできない。

 

 しかし、例外もある。ハウスエルフやポートキーがよい例である。

 

 ダンブルドアは、ヴォルデモートの復活を許した件の反省から、ポートキーに用いられる空間跳躍のパスをホグワーツ内部に繋ぐことも、ホグワーツ内部からホグワーツ外部へとパスを繋ぐことも出来ないようにした。

 

 それだけではなく、オーダーの一員と契約しているハウスエルフ。そして、ホグワーツと契約しているハウスエルフ。そして、ダンブルドアと雇用契約を結んだドビー。彼ら特別に許可されたハウスエルフ以外はホグワーツにテレポートできないようにしている。

 

 ドラコが何らかの例外的な手段を用いなければ、デスイーターを招き入れることは不可能なはずであった。

 

 「ああ。まともな頭があれば、この学校のシステムに欠陥があることくらいはわかる」

 

 

 ドラコは勝ち誇ろうとしてそう言った。

 

 ドラコは自分でも不思議であった。ドラコはアルバス・ダンブルドアを殺しに来たはずなのだ。まるでホグワーツの中で、ハリーやアズラエルに対してマウントをとる時のように下らない会話に興じている暇などないはずであった。

 

 ドラコは気付いていない。

 

 ダンブルドアと話し続け、ダンブルドアを殺すか、自分がオーダーに捕まり殺されるか。その結論を先延ばしにしていることに、安心感すら覚えてしまっていたことに。

 

 他人と比較した場合での審美眼しかないのだから、他人を殺害し他人を排除するデスイーターになどなるべきではなかったということに。

 

 

「だが、あんたは気づかなかった!」

 

 それからドラコは得意気になってダンブルドアに対して己の悪事を語った。ホグワーツ内部にあった、テレポートが可能なキャビネットを修復してデスイーター達をホグワーツはと招き入れたことを。

 

 「……実に巧妙だ」

 

 ダンブルドアが言ったとき、ドラコは少しだけ笑みを浮かべてしまっていた。

 

 ドラコはダンブルドアに褒められたとき、特に気にくわない家庭教師に(その家庭教師はとても頑固な男で、父に言い付けてクビにすると威しつけても気にしない厳しい男だった)褒められた時のことを思い出してしまった。

 

「だが……失礼だが。君は、君の仕事を続けなくてはならないのではないかな」

 

 ダンブルドアはドラコの杖に目線を下げて優しく言った。

 

「……!…………!!」

 

 ドラコは何か言い返そうとして言葉にならなかった。ダンブルドアは、信じられないことだが微笑んでいた。

 

 

 「ドラコよ、ドラコよ、君は人殺しではない」

 

 「どうして分かる?」

 

 ドラコは反射的に言い返した。デスイーターとなり、ホグワーツに殺人鬼を招き入れた時点でもうドラコの道は決まっている。ダンブルドアの言葉に耳を傾ける意味などないのは明らかであった。

 

「……君の悪事は、私にしてみればどうということはない。私が君や君の良くない友人に害されることなどありはしないし、君の悪事は……毒や、ネックレスなどは成功確率のない子供騙しとしか言いようがない……稚拙そのものだった」

 

 その時ダンブルドアは深くため息をついた。それは、ドラコの目には煽っているようにしか見えなかった。

 

 しかし、ダンブルドアは微かに、己の左手を気にしていた。呪いが広がり黒く萎びた手はダンブルドアの意志に関わらず、震えが止まらなかった。

 

「今ならばまだ引き返せる。私ならば、君や君の家族を保護することも出来よう。……ミスタ・ザビニやミズ・グリーングラスと同じように。オーダーをやって、君の母上が護られるよう手配できる」

 

 ダンブルドアの言葉にはその表面通り以上の含みが込められていた。

 

 ダンブルドアは、ドラコがデスイーターとして犯した悪事に目を瞑って取引を持ちかけていた。それは、慈悲である。その慈悲には、被害者であったということにしてヴォルデモートを裏切れという意図も込められていた。

 

 ドラコにとってはこれ以上の条件はない話である。

 

 他に誰がマルフォイ家に手をさしのべるだろうか。

 

 誰も彼も、結局のところ、マルフォイ家の持つ財力と権力にしか興味はなかった。ヴォルデモートでさえも。その力が維持できないとわかったとき世間はマルフォイ家から興味をなくし、手をさしのべるものはいなくなった。

 

 ダンブルドアの言葉がドラコにとっては魅力的で、ついぞ感じたことのない暖かみのあるものであったことは確かであった。

 

「君の父上……ルシウスについてはまだ確約は出来ないが……アズカバンの中は、表通りを出歩くよりはまだ安全だろう」

 

(……騙されるな!こいつが父上をアズカバンに追いやった!)

 

 父親の名前を出されたとき、ドラコは己に対して嘘をつけなくなった。

 

 父親を失墜させられた怒りと。

 

(自分を騙すな!そんなうまい話があると思うのか!この僕に?!)

 

(どうせこいつも僕を利用するに決まっている!)

 

 自分の中の良心が、自分はダンブルドアの厚意を受け入れてよい人間ではないと雄弁に語っていた。

 

 

 ダンブルドアは、スネイプにすら慈悲の手を差しのべて自分の陣営に迎え入れている。

 

 何らかの利用価値があったとはいえ、デスイーターとして殺人経験もあるスネイプをだ。

 

 ドラコがダンブルドアの慈悲を受け入れるということは、自分はスネイプと同じ人間だということを認めるということである。無抵抗の人を殺し、あまつさえ他人を支配しておきながらのうのうと生き長らえるということだ。

 

「あんたは僕の悪事に気がつかなかったようだな?」

 

 ドラコは言い返す言葉を止めることはできなかった。

 

「僕が、どうやって毒やネックレスを仕込んだと思う?」

 

「……協力者がいたのだろう?いや……誰かを支配したのだね?」

 

 ドラコはダンブルドアに対して、優位に立っているのは自分だと証明しなくてはならなかった。ダンブルドアがドラコの暗躍に気付かなかった、というより、泳がせていたが実態は掴めていなかったことに安心する。

 

 今は己の下らないプライドの方が、デスイーターとしての使命よりも重要であった。それに浸っている間だけは、老人との決着をつけることを……つまり、ダンブルドアに敗北して自分の人生が終わることを……避けられるからだ。

 

 

「ケイティ・ベルはホグズミードで信頼できる誰かからネックレスを受け取った。……例えば、行きつけのラグジュアリーの店主や……」

 

「不正解だ。ロスメルタであることには気付かなかったようだな!あんたは老いた!耄碌したんだ!」

 

「……お前は人を支配したんだな、マルフォイ」

 

 ドラコが己の罪を告白してそう勝ち誇ったとき、上空からドラコがよく知る人物の、しかし、今まで全く知らなかったほど冷たい声が聞こえた。

 

 

***

 

 ハリーが屋上で対峙しているダンブルドアとドラコのもとに駆けつけたとき、風の流れに乗ってドラコの声が耳に入った。

 

「……支配したのだね?」

 

「マダム・ロスメルタだ!耄碌したな?」

 

 

(……こいつ……!)

 

 ハリーの心に沸き上がったのは正義の心に由来する義憤ではない。

 

 過去の心理的トラウマに起因する、尽きることのない激しい憎悪であった。

 

 

 クルシオ、そして、アバダケダブラに比べれば、インペリオの罪はまだ優しいと思う頭の軽い人間は存在する。

 

 しかし、実態は違う。インペリオは当人の尊厳を剥奪して悪事に荷担させる最悪の魔法である。ハリーの親友もまた、インペリオによって悪事に荷担させられ、命を落としたのだ。

 

「……お前は人を支配したんだな、マルフォイ」

 

 ファルカスのことを思い出したハリーはドラコがドロホフに見えていた。

 

 

 過去の友情が頭に思い浮かぶ。

 

 先輩達が、クィディッチで必死になっていたときに応援しろとせっついてきたドラコの姿をハリーは頭から振り払った。

 

 今すぐにドラコにアバダケダブラを叩き込み、殺せるものなら殺したかった。目の前のデスイーターと、友達だった頃のマルフォイは別人だということにしたかった。

 

 しかし、それは出来ない。殺人によってヴォルデモートの魂が分割されるリスクだけは犯せなかった。

 

 ハリーの杖から解き放たれたのは、緑ではなく赤色の閃光。三連発のそれにはカースほどの魔力が込められており、全て当たればデスイーターといえども気絶は免れない。

 

 ドラコが防御できないその魔法を防いだのは、ドラコではなかった。

 

 ドラコの前に立ちふさがったのは、地面を変質させた女性の彫刻であった。聖母のようにドラコを包み込むそれは、ハリーのドラコに対する攻撃を全て阻む。

 

 

「……ダンブルドア先生……!?」「どうして……!?」

 

「今は話し合いの途中なのだ。どうか、静かにしていて欲しい、ハリー……」

 

 困惑するハリーとダフネの動きが、一瞬止まる。ダンブルドアのインペディメンタであった。

 

「先生っ……」

 

 ハリーが反論を述べるより先に、ダンブルドアの杖が、一筋の赤い閃光で弾き飛ばされた。

 

「え」

 

「……!???」

 

 ハリーもダフネも、そして、ダンブルドアでさえ目の前の光景が信じられなかった。

 

 ドラコである。

 

 エクスペリアームスを撃ったのは、ドラコ・マルフォイであった。

 

 

 床にダンブルドアの杖がこぼれ落ちる。しかし、ハリーとダフネは動けない。ダンブルドアは杖を持たない左手の無言呪文でハリー達に縛りをかけていた。

 

 縛りは杖がなくなろうと解除されていない。

 

「こ、この恩知らず!先生、これを解いてください!」

 

 ダンブルドアは、ダフネの言葉にはすまなさそうに首を横に振った。深い疲労の色を滲ませながらもドラコに向き直ろうとした。しかし、階段から登ってきた人影を目にして顔を綻ばせた。

 

「……おお、セブルス。頼む……」

 

 ハリーも、ダフネも、ドラコも、そして、ダンブルドアも動けなかった。セブルス・スネイプはダンブルドアの姿を見た瞬間、まるでそうするのが自然というように、一切の淀みなく杖を振った。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 一人の老人に対して注がれたのは、紛れもなく、闇の魔術であった。ハリーとダフネが動けないでいるなかで、老人の胸に緑色の閃光が突き刺さり、彼は、音を立てて崩れ落ちた。




ダンブルドアが死ぬ=光陣営の敗北というのが英国魔法界における大人達の本音です。
ファッジがダンブルドア死亡の報を聞いたら卒倒するでしょう。
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