「目的は達成した。引くぞ!」
スネイプはアバダケダブラを撃った瞬間、敏速によってドラコの隣まで移動した。もうここに用はないとばかりに、スネイプは呆然と佇むドラコを強引に掴み、飛び立とうとした。
ハリーとダフネにかかっていたインペディメンタが解けた。それはつまり……。
ハリーは、その意味を悟ったときかえって頭が澄みきっていく感覚があった。どうやら度を越えた怒りは人を冷静にさせてしまうものらしい。
「ダフネ……!ダンブルドアを保護してくれ!!」
(逃がさない)
ハリーはスネイプを押し潰さんと、地面を鉄に変えた上で肥大化させ、挟み込もうとした。
ドラコ、そしてスネイプはこの攻撃が予想外であったらしい。不安定な足場が変形したことで、スネイプの右足から血が迸る。ドラコの周囲には銀色の防壁(プロテゴ・ホリビリス)が展開され、事なきを得ていた。
絶対に、二人を殺すわけにはいかない。しかし、絶対に逃がすわけにもいかない。
ハリーはこれまでの六年間とは異なる戦いに突入した。己や仲間の身を守るため、苦境を打破するための反撃ではなく、逃げようとする敵を追い詰めそして殺さず捕縛するための追撃戦であった。
スネイプとドラコの二人を足止めしながら気絶させてしまおうとハリーは追撃を繰り出した。
ハリーは無言ボンバーダ(爆発魔法)を撃ち、さらにインセンディオ(燃えろ)で爆発を拡大してスネイプとドラコの二人が上空に逃げないよう牽制する。
殺してもよいのであれば、エクスパルソ・デュオ(上位爆破呪文の乱射)もできた。しかし実態は違う。ハリーは必死の思いで殺意を抑え込み、敵を殺すわけにはいかないために、直撃しても気絶にとどまる温い攻撃しか出来ない。
一見するとハリーがデスイーター二名に対して優位に立っているように見えるしかし、
そのジレンマは、ハリーの動きを悪くしていた。頭のなかで真っ先に浮かぶ選択肢とは異なる行動を取るというのは、コンマ単位の戦闘においては致命的な隙である。ハリー自身それがわかっているからこそ、ハリーの動きは悪かった。
初級魔法であるインセンディオとボンバーダは効率がよく、乱射もしやすい。しかしながら、敵を倒すという一点においては他の魔法に遅れをとる。ハリーがあえてそれを選んでいるのは、スネイプのプロテゴ・ホリビリスが切れる瞬間にステューピファイ・デュオで気絶させてしまおうという判断からであった。
この選択は、真っ当な魔法使いの戦闘として正しいものであった。基礎魔法を駆使し敵のリソースを消費させ、プロテゴが切れた隙を狙い撃つという行動を見れば、シリウスもムーディも両手を挙げて喜んだであろう。
しかしながら、実際の戦闘において。デスイーター達はこれらの行動を取るオーダーやオーラ-達から逃げおおせることがしばしばある。理想的な勝利を掴み取るのは容易ではない。
それは、何故か。
それはデスイーターに勝利の一撃を加える前に。デスイーター側に増援が現れるからだ。
ハリーは誰かが階段を駆け上がってくる音を聞いて、咄嗟にそちらへと視線を向けた。
デスイーターが纏う黒いローブと、顎の一部が欠けた髑髏の仮面を被った男性が視界の端に映り、ハリーは舌打ちした。そのデスイーターの男性は、階段を上がりきって状況を確認するや否や闇の魔術を行使すべく膨大な量の魔力を練り上げたからだ。
***
ダフネはハリーの背から飛び降りると、微かな飛行魔法によって浮かんで、地に伏したダンブルドアまで近づく。ダフネは哀れな老人を抱き上げた。まるで、ダンブルドアがまだ生きていることを期待するかのように。
「……だめ……」
ダフネは思わず絶望的な声を漏らした。
脈はない。黒髪の、純血の魔女は、しばしば純血主義に苦言を呈してきたダンブルドアの瞳に生きていた頃の光がないことを確認すると、ダンブルドアの瞼を閉じた。
ダフネがそっと杖を振ると、暖かい癒しの光がダンブルドアのつぶれた顔を癒し整えていく。
転倒によって生じた傷も、血も、ダフネの魔法が癒す。
しかし、意味はない。もはやダンブルドアの魂はその肉体にはない。
ダフネもこの行為に意味がないことはわかっていた。ただ、ダフネはそうせざるを得なかった。ハリーにそう言われたからではなく、ダフネ自身のヒーラ-としての良心が死者の尊厳を守らんとしていた。
ダフネはハリーが戦いを繰り広げている間、転倒の衝撃で折れたダンブルドアの足を綺麗に整えた。その間にも、ダフネの中の動揺は大きく広がっていく。
(……ど……どうしてこんな……どうして……?)
ダフネが現実を受け入れるには時間が必要だった。
どうしてもこうしてもない。
セブルス・スネイプが、ダンブルドアとヴォルデモートのうちの後者を選び、それまで支えていた主からかつての主君に寝返ったか。
それとも、最初からヴォルデモートのスパイとして光陣営に潜り込み、十年以上の歳月をかけてダンブルドアの信用を得てから務めを果たしたかの、どちらかであることは疑いようもない。
ダフネは兵士としての適正はない。戦闘の訓練こそしたが、目の前の受け入れがたい現実を敵への怒りに転嫁し、無理矢理にでも身体を動かすという才能はない。ゆえに、ハリーのような怒りが沸き上がるまでには数秒の時間を擁した。
(ど、どうして……?ダンブルドア先生は……こんな死にかたをしてよい方ではなかったのに……?何故殺されなければならないの……?)
まだ暖かみのあるダンブルドアの肉体が徐々にその熱を奪われていく。その現実を前に、彼女の心に沸いたのはダンブルドアの死に対する衝撃である。
ダフネはダンブルドアとの面識はない。はっきり言えば、ダフネはダンブルドアからは興味の対象外であった。
ダフネはダンブルドアと直接会話したことすらなかった。父親がデスイーターであったという衝撃をケアしたのはダンブルドアではなくシリウスとマリーダであった。ハリーもダンブルドアに対する微かな懸念や怒りをわざわざダフネに漏らすこともなかったので、ダフネから見たダンブルドアは光陣営の指導者であり、庇護者であった。
しかしだからこそダフネにとってダンブルドアは崇拝と尊敬の対象になり得た。
ダフネは元々脳内で作り上げた理想の純血主義、理想のスリザリンに陶酔する傾向があった。幾度かの経験を経て現実を見、それらへの陶酔の裏に隠された見て見ぬふりを捨てた彼女は、ハリーやダンブルドアを己の中の崇拝対象にすげ替えることで精神の均衡を保っていたと言ってよかった。
(……こんなっ……こんなこと許されない……許されていい筈がないわ……!)
(……殺らなきゃ……!あの二人だけは……何としても始末しなければ……!でないとハリーも私も……スリザリンの名声も……全ておしまいだわ!)
スリザリン派閥全ての未来に対する懸念に由来する、裏切り者のスネイプと恩知らずのマルフォイに対する怒りであった。
スリザリン生は、他寮の生徒には狡猾だと言われる。ダフネだってDAにいたときは抜け目がなく、自己保身的で信用ならないと陰口を叩かれていることも知っている。
しかしダフネ達スリザリン生に言わせれば、自分達は尽くすべき相手に対する義理を尽くしているに過ぎない。
ダフネの妹であるアストリアは家と、そして家が代々構築してきた人的・経済的な繋がりや思想に。ダフネはハリーと、ハリーが所属している光陣営に。
どちらも、己の信念に従って道を選びそしてそれを決めている。己の立場を鮮明にした上で行動しているのだから、他人からどう意味のない戯れ言を言われようと気にする必要はない。その陣営の意向に沿った行動をしているだけなのだ。
が、スネイプとドラコは限度を越えていた。
ダンブルドアに情けをかけられておいてそれを足蹴にしたドラコと、ダンブルドアを殺害したスネイプ。特にスネイプに関しては、ダンブルドアが周囲の反対をはね除けて教師に任命した立場である。この二人を生かして逃がせばダンブルドアの晩年は汚名が残り、同時にそんな人間を輩出したスリザリンに対する悪評は不動のものとなることは間違いない。
特にホグワーツの教師という立場にありながらデスイーターとして校長を殺したスネイプなど、スリザリンの品位を貶める背信者以外の何者でもなかった。ここでスネイプを仕留め立場を鮮明にしなければ、一般人の非難はハリーとダフネに行くに違いなかった。
(……私たちのせいなの……?私達がここに来なければ、ダンブルドアは杖を奪われることもなかったというの……?)
スリザリン生だから、スネイプとドラコに荷担し校長を殺害したのだと言うものすら出てきかねないとダフネは頭を回転させて思った。
ダフネの懸念は間違いでもなかった。
一般的なリベラル派閥の、グリフィンドール閥から見て、光陣営に属しながら闇の魔術を多用して闇陣営と戦うハリーとそれに従うスリザリン生という存在は、悪と呼ぶことは憚られるが善と呼ぶにはあまりに危険すぎたからだ。それこそ17年前のシリウス・ブラックのように、ハリーは世間一般のダンブルドアの支持者からあまり好かれてはいなかった。
正義のために戦うリベラル派閥においては、敵の死も厭わないハリーの存在は異端である。闇陣営の暴虐を非難したいのに、闇の魔法を駆使して敵を殺害するハリーの存在はノイズである。
ダンブルドアの支持者も全て善意に溢れた善人ばかりではない。己は戦いたくないし血を流したくはないが、正しい側にはいたい。そういう人間はハリーやセブルス、そして、デスイーターを親族に持つダフネやザビニを忌み嫌うのだ。
不味いことに、今回のダンブルドアの死にハリーとダフネが深く関与してしまったという事実があった。
ダンブルドアが無用の殺戮を止めるために注意をハリーに向けなければ。
ハリーとダフネが、この場に来なければ。
ダンブルドアが死ぬことはなかったという『事実』が、ダフネの思考を奪い動揺と憎しみに染めていく。
呆然自失しながらも呼吸を整え、動揺をスネイプとドラコへの怒りへと変換して何とか立ち直ろうとダンブルドアの遺体を整えるダフネは、己に迫る緑色の閃光を感じ取った。
「えっ!?」
顔を上げれば、スネイプではない長髪のデスイーターが操るアバダケダブラをハリーがアバダケダブラによって相殺していた。
ダフネに向けられた緑色の閃光を、ダフネとの間に割り込んだハリーがアバダケダブラで打ち消す。ハリーがそのために失ったものは大きい。
「ハリー!スネイプ達が逃げるわ……!」
思わずダフネは叫んだ。ダフネが叫ぶ間にも、スネイプはドラコを掴み飛び上がりながらデスイーターに罵声を飛ばしていた。
「愚か者が!ポッターはダークロードの獲物だと何故わからん!ダンブルドアは死んだ。貴重な時間を無駄にするな!撤退だ!」
「お前に命令される謂れは……」「いや……よせ!じきにオーダーが来る!ここは逃げて帝王に報告すべきだ!」
ダフネの悲鳴とスネイプの怒号が終わるか終わらないかのうちにデスイーターから打ち出された緑色の閃光は消え去った。ハリーの緑色の閃光がデスイーターの眼前に迫るが、閃光はデスイーターに当たることなく消えた。好戦的だったデスイーターの一人(フェンリル)は鼻先に死の閃光が迫ったことで反論をやめた。
ハリーがダフネのためにドラコとスネイプへの魔法を中断したことで、ドラコとスネイブという仕留めるべき敵二人がいま自由の身であった。ダフネの背筋に滝のような汗が流れる。
敵は逃げるつもりかもしれない。しかし、一手間違えば死に至るどころか敵を取り逃がすという状況。この状況で敵を取り逃がすということはもはや光陣営に対する裏切りにも等しい。
圧倒的な死の恐怖と光陣営に対する忠誠心(というか自分の派閥の立ち位置を即座に計算した上での保身感情)が、ダフネの中のヒーラ-としての良心やなけなしの倫理観が弾け飛ばせた。
「よ、よくもっ!やってくれたわね!……ハリー!私も加勢するわ!プロテゴ・ディア……」
ダフネは最早形振り構っていられないと、自ら闇の魔術を選択した。
この状況において闇の魔術の行使を責める人間は、よほどの正義に酔っ払った理想主義者か現実を知らない夢遊病者のどちらかに違いなかった。
魔法族の戦闘は基本的に質が伴った上で数が多い方が勝つのだ。そして社会的な認識として、学生がプロの殺し屋であるデスイーターに適う筈もない。真っ当な手段で学生二名が大人に対抗できるわけもなく、二対四という数的不利を覆せるわけもないのだ。
だからダフネは闇の魔術を使うため、杖を振り上げた。
***
ダフネから高まる魔力の流れにハリーの背筋は冷えた。今までダフネを怖いと思ったことはなかったが、今日、はじめてハリーはほとんど反射的に叫んだ。
「やめてくれ、ダフネ!それはダメだ!ダンブルドアが燃えてしまう!やってくる皆が燃える!アクシオ・メテオ(隕石よ来い)!!……スネイプ達に足止めの魔法をかけてくれ!」
「……っ!あ……」
ダフネは抱き抱えるダンブルドアの遺体を見た。
「……ご……ごめんなさい……」
悪魔の護りの制御方法をハリーは教えはした。しかし、ダフネは実戦でそれを完璧に扱ったという経験はなかった。
ダフネには自信がない。裏の集会の訓練ではお世辞にも優れているとは言えない。だからこそ、自分がダンブルドアの亡骸を傷つけてしまうかもしれないという指摘におののき、闇の魔術を躊躇った。
ハリーとダフネが会話している僅かな間にも、デスイーターの一人が撃ったセクタムセンプラを回避しながらハリーはインカーセラス(拘束魔法)、ディセンド(降下魔法)を使い足止めを試みていた。迷っている時間はなかった。
「……わ、わかったわ!アグアメンティ(水よ)!!」
ハリーはグレイバッグが飛び立つ中で、左手でアクシオ(引き寄せ)を使い、岩石を引き寄せた。
戦闘中のワンドレスマジックは敵に気付かれやすい。しかし、今回は敵が撤退を重視していることがハリーに味方した。ハリーの策は実っている。
訓練の賜物かダフネはハリーの指示を了解した。闇の魔術による一発逆転を狙おうとしたダフネではあったが、高速で飛び立つスネイプとドラコを足止めするだけならもっとよい魔法はあることは確かである。
ダフネの杖から解き放たれた大量の水流をドラコはかわし、スネイプはプロテゴで防御する。水流は水流に過ぎず、ドラコもスネイプも反撃をしてこない。ダフネは勝利を確信しながら、己の役割を果たすべく魔法を行使した。
「トニートル(雷よ)」
(逃がさない……!)
ダフネはドラコ達の周囲の空間に、稲妻を放った。回避不能の電撃が、二人の魔法使いへと降り注ぐ。
魔法族にとって、火炎や風、水と同じくらいに雷鳴も古来から親しまれてきた現象である。しかし、インセンディオやアグアメンティと比べると電気関連の魔法の発展は遅かった。マグルが電気についての事象を解明するまでは、琥珀を用いて電気の魔法を操るという有り様であった。
しかし、ハリー達現代の魔法族は違う。空気中の水分をコントロールすれば電荷を操ることは容易い。中学校の理科を学んだ魔法使いならば、これくらいの魔法は使えるというわけである。
無論、失神には至らない。デスイーターのローブは防御力があり、当然ながら熟練の魔法使いであるスネイプは即座にプロテゴを己とドラコの周囲に展開している。
が、この魔法は回避不可能である。雷撃による痺れはなくとも、ドラコ、スネイプの足は確かに止まった。
そして。
塔から飛び立とうとしていた二人のデスイーターと、塔から逃げようとしていたドラコ、そしてセブルスに、1メートルはあろうかという岩石が降り注いだ。
***
(……何だ!?僕はどうして……?)
ハリーは自分が反射的に下した選択の意味を考えるよりも先に動いていた。ダフネを護るためにアバダケダブラを行使したハリーであっても、ダフネに人を殺せと命令することはできなかった。
それはある意味では愛であり、ある意味ではダフネの覚悟に対する侮辱。ハリー自身の覚悟の不足であった。
ハリーは反射的に、自分でも気付いていない無意識の領域で、ダフネが自分と同じ殺人者になることを恐れたのである。
大勢の生徒を巻き込み、あまつさえザムザという一人の友人に人殺しを犯させたハリーがそれをどれ程罪深いことなのかまだわかってはいない。ただハリーは反射的にそう叫んだだけであった。
ワンドレスマジックによってホグワーツ城の上空に岩石を浮かばせたハリーは、左手を握りしめ、そして軽く円を作った。
エンゴージオ(肥大化)である。
上空三百mに浮かべた、僅か5センチ程度のまばらな小石。。それらは今肥大化の魔法によって、全長1メートルもの岩石に変わった。浮遊魔法を解除し、ロコモータに変えるだけで重力加速度を持つ凶器に変わる。
クィディッチによって時速何百キロの速度に慣れ、自分の骨を砕く鉄の砲弾との激闘を繰り広げてきたハリーだからこそ可能な荒業。
ハリーは凶器となった岩石を落下させた。増加していく速度はそのままに、目標であるデスイーター達を押し潰すために。
先程の牽制のための爆破魔法とは異なり、今度の魔法には手加減はない。ホグワーツの敷地は目と鼻の先で、倒せなければテレポートによって逃げられてしまうからだ。
二人のデスイーターが上空からの攻撃に対して咄嗟にインペディメンタによる防御を試み、視線をハリーから逸らした隙にハリーはデスイーターの一人、ヤクスリーへとステューピファイを叩き込む。
オーラー達が使う戦術の一つ。プロテゴで護る範囲を広げた上で対処不可能な攻撃を叩き込む、時間差攻撃であった。
ヤクスリーに対するステューピファイは間違いなく直撃する筈であった。デスイーターのローブにはプロテゴがかけられており、大抵の魔法に対して抵抗力がある。
しかし、限度はある。
デスイーターのもう一人(フェンリル・グレイバッグ)は岩石の速度に対応しきれなかったのか、頭を抑えてゆらゆらと森へ墜落した。
度を越えたハリーの攻撃を回避できず、岩石の衝撃を受けたままステューピファイを受ければ間違いなく気絶する。
しかし、ハリーの攻撃は光線によって防がれた。
「……逃げろと言ったのが聞こえなかったのか?余計な手間を取らせるな。それともその耳は飾りなのか?」
五年間魔法薬学の教室で、そして、この一年はDADAの講堂で聞いた声。ハリーが最も殺すべき男が目の前に浮かんでいた。男は額から血を流しており、左手はぶらりと折れて垂れ下がっていた。
***
ハリーとダフネは飛行魔法で敵の追撃を試みていた。しかし、セブルス・スネイプを前にして、ハリー達は敵への追撃が不可能となっていた。
ハリーは己の魂を壊すわけにはいかない。ゆえに、闇の魔術を使うことはできない。しかし、それとは無関係に、セブルス・スネイプは強者の戦いをした。
「セクタム……」
ダフネがスネイプに向けて杖を振り上げる。スネイプが左腕を負傷しているのを確認するや否やセクタムセンプラによる失血死を狙おうとしたのである。
「やめろ、小娘!」
しかし、スネイプは激怒しながらダフネの杖を弾き飛ばした。ダフネから飛ばされた杖をハリーは咄嗟にアクシオで引き寄せる。
スネイプは、ハリーとダフネを鬼のような形相で睨んでいた。ハリーが知る限りそのような顔を見せたのは一度きりだ。スネイプの記憶を知ってしまったあの瞬間だけであった。
「闇の魔術は……この世界で最も崇高な魔術だ。世の理を知り、人知を越えた力の根源を見出だすための手段なのだ、ポッター!!」
(……コイツ……!今までのデスイーターと違う……!)
スネイプを観察しながらも、ハリーは隙を探ろうと……或いは作ろうと攻撃を繰り広げた。しかし、スネイプはそのことごとくを最小限の動きでかわし、ステューピファイの赤い光線を逸らす。
「蛙の子は蛙だな、ポッター!おまえは所詮は父親と同じ愚か者に過ぎん!一人ではなにも出来ず、複数人で群れるしか能の無い男だ!」
「一人の親友もいない男が偉そうに!お前のためにこの場に残ろうとする人間はいないのか、スネイプ!誰からもいいように利用されているだけの癖に!」
ハリーは言い返したが、効果はなかった。スネイプはハリーに対し感情的になるにもかかわらず、それを戦闘に反映させていない。恐ろしいほどの精神力の強さを持っていると思わざるをえなかった。
ハリーは神秘部の戦い以降も戦闘訓練をし続けた。連携の訓練も積んだ。しかし、ハリーには欠点があった。
心理的な部分でハリーは『ヴォルデモートやデスイーターという強敵をいかに早く殺害するか』を念頭に訓練を積み続けたのである。
神秘部の戦いにおいて、デスイーター達の動きは悪かった。それはハリーを殺してはならないという縛りがあったからである。今のハリーにも同じことが起きていた。
今、ハリーの動きは確実に悪くなっていた。闇の魔法使いとして安易な殺戮を選び、殺人を第一に考えて研鑽を積み続けた結果、皮肉にも、ハリーの魔法使いとしての地力は劣化していた。
そしてそんなハリーに対して、スネイプは全く格上としての戦いを崩さなかった。スネイプはハリーの杖の動き、視線の動き、そして僅かなフェイントを察知し、ハリーがオクルメンシーによって心を閉ざしているにも関わらず先手を打ってくるのである。
その動きにはハリーは覚えがあった。フィリウス・フリットウィックのそれである。
「セクタムセンプラは……この俺が作った魔法だ!ポッター!お前達のような青二才どもがこの俺の……!半純血のプリンスの魔法を使うことは許さん!」
決闘や魔法使い同士の小競り合いでしてほしくない先読みによる動き、ハリーのワンドレスマジックや奇襲を潰すための果敢な攻撃に、ハリーは次第に防戦一方になっていく。
「……ハリー、アバダケダブラを使って……!お願い、ハリー!」
「……!」
ダフネの言葉にハリーは答えられない。使う暇などありはしなかった。
(……コイツ……コイツには……殺意がないのか!?)
ハリーにとって驚愕すべき事実があった。
ハリーがこれまで相対したデスイーターには共通点があった。大なり小なり、ハリーに対し殺意を持っていたという点だ。
ドロホフも、三年生の時のシトレも、ヤクスリーも。ハリーがデスイーターに勝ち星を挙げることができたのはレジリメンスによって僅かな殺気を関知し、先読み出来たからこそである。
しかし。
スネイプからは、欠片も殺気が感じ取れない。
「殺して!ハリー、そんなやつは殺してよ!」
杖を失ったダフネに杖を返す暇すらハリーにはなかった。ダフネはかろうじて空に浮かんだままハリーに叫ぶことしか出来ない。
スネイプの杖先がダフネへと向けられるのをハリーは感じ取った。スネイプは確かに明確な敵意をダフネへと向けていた。
「ハリー!?」
「ダフネ、危ない!」
ハリーはダフネを狙うスネイプの攻撃からダフネを護るために、デパルソでダフネを突き飛ばす。元DADA教授が撃ったセクタムセンプラはダフネの居た場所に突き刺さり、何もなかったかのようにかき消えた。
(く……糞……僕が足手纏いになっている……!)
(……失敗した……!作戦を間違えた……!)
ハリーは追い詰められていた。
ハリーは戦闘面においては才能はある。現在の状況で一番有効打を与えられるのが、ダフネの持つサペレ・アウデであることはわかっていた。
しかし、ダフネはサペレ・アウデを撃てない。この状況で使えばハリーを殺してしまうからである。ハリーがすべきことは、自分は足手まといであるから下がり、ダフネにサペレ・アウデを撃って貰った後でスネイプとドラコ、他二人の生死を確認することであったのだ。
「死ね!死んでしまえ!この卑怯者!不細工!」
今のダフネに出来るのは見え見えの挑発で敵の注意を惹き付けることくらいである。
ハリーの中の人間性がダフネの手を汚したくないと厭うあまり、ハリーは最善と思える手を打てなかった。ハリーは後悔の中にありながらも違和感を感じる。
(スネイプはなぜアバダケダブラを撃ってこない!?)
ハリーは不思議であった。殿を買って出たスネイプは、ハリーに対して緑色の閃光はおろか、クルシオ(拷問)もインペリオ(支配)も撃ってはこない。ハリーから見て、そうできるチャンスは三回はあったのにだ。スネイプはダラダラといつでも倒せる筈のハリーを倒しもせずに、味方の撤退を補助しているだけだった。
ばし、という音が聞こえた。それは、一つだけではなかった。もう一つ、さらに、もう一つ。それは、デスイーター三名が逃げ仰せたことを意味していた。
「スネイプ!………………この裏切り者!僕から……ジェームズの息子から逃げるのか!?殺しもせず背中を向けるのか!」
あらんかぎりの罵声を浴びせながらハリーはグレイシアスで空気を凍らせる。凍結された空気を利用し雷撃を繰り出すつもりだった。ハリーの緑色の瞳とスネイプの瞳が交錯した。
「愚かだな、ポッター!グリーングラス!感情に左右され勝機を逃し、俺の慈悲のお陰で生きながらえる!これ以上に惨めな人生はないだろう!」
スネイプはハリーの罵声に罵声で返し背を向けた。オクルメンシーでハリーの内心を読み取ったに違いなかった。
「おまえ達は所詮は小賢しい子供でしかないのだ!身の程を弁えるがいい、愚か者め!」
ダフネはスネイプの怒気に押され言葉を返せない。ハリーはスネイプを逃がすまいと、最後の賭けに出た。
「……臆病者っ!」
ハリーはスネイプに言い返しながら、賭けに出た。
「おまえはダンブルドアを裏切って逃げるのか!自分のため逃がすまいとヴォルデモートを裏切っておいて!そこまでして死ぬのが怖いのか、この臆病者!」
それは、ハリーの負け惜しみであった。スネイプはもうあと数センチで敷地の外へと到達しようとしていた。
「……俺を」
その瞬間、スネイプは確かに振り返った。ハリーは乾坤一擲の賭けで、樹木の蔦を伸ばしスネイプの拘束を試みた。
「臆病者と呼ぶな!」
スネイブがそう叫んだ瞬間、ハリーは咄嗟にインカーセラスを解除してプロテゴ・ディアボリカを起動した。
スネイプの怒りを体現したかのような爆風が、ハリーとダフネへと向けられた。樹木の蔦は跡形もなく吹き飛ばされていた。
何かが弾ける音をハリーとダフネは聞いた。スネイプのテレポートに違いなかった。
燃え盛る火焔が森の一部を燃やし、ハリーとダフネの身を護りきった頃には、セブルス・スネイプは己のあるべきところへと舞い戻っていた。
この日、ハリー・ポッターはセブルス・スネイプに完全敗北を喫した。
***
「……ははっ……」
ドラコは逆恨みそのものな怒りと憎しみを、ダンブルドアやハリーに抱いていた。しかし、その憎しみと恨みは、ヴォルデモートから労いの言葉をかけられたとき、消えて無くなろうとしていた。
受けた傷の全てをヒーラーのメリアドールに治癒させたドラコは、己の部屋の椅子に腰掛けて目を閉じた。
脳裏に浮かぶのはハリーのことであった。
(……ざまをみろ。……僕は間違ってなどいなかった。間違ってなど……)
ドラコが十五年間享受してきたある種の特権的な立ち位置、つまり、周囲から無条件でちやほやされ大切に扱われる立場を奪ったハリー。
魔法界についてなにも知らず、スリザリンに入れたことを心の底から喜んでいたハリーに対してドラコは少なからず友情を抱いていたつもりだった。だからこそ、ハリーが己の過ちを認めず歯向かい続け自分の期待を裏切り続けたことに対してドラコは失望していた。
少なくとも、純血主義を信じなくてはならない、マルフォイ家嫡男としてのドラコにとってはそうであった。
たとえドラコの中の少年らしい心が、ハリーと共にちょっとした冒険を楽しみたいという欲求を抱えていたとしても。それを認めるには、ドラコの背負うものはあまりに重すぎたのだ。
そしてドラコの心には、ハリーに対する失望以上に大きな感情があったはずだった。
無知でおろかなハリーを裏で操り、あろうことかスリザリンに歯向かわせたダンブルドアに対する途方もない怒りである。
(…………)
だというのに、アルバス・ダンブルドアに対する怒りはもはやドラコの中にはなかった。あるのは、今更抱いても仕方の無い感情……後悔であった。
(……なんだ、この胸の中にある拭い去れない重さは……)
そもそもハリーとドラコとの道は、分かたれることはなかったはずであった。ドラコはハリーがスリザリンに組分けされた瞬間、ハリーが自分達の側を選ぶに違いないと思ったのだ。その考えは的はずれなものであったが。
ハリーはマグルのことをひどく嫌悪していた。それは疑いようもない事実であり、たとえハリーがマグルとマグル生まれを別のものだと考え、後者を純血と変わらず尊重すべきものだという愚かしい間違いを抱いていたとしても、マグルに対する嫌悪感があるかぎり、ダンブルドアに与する理由はないはずだった。
だが、ダンブルドアはドラコがテロリストであると知ってなおドラコに手を差しのべた。
己が抱いてきた憎しみとあまりにかけはなれた現実。それはドラコに
「死ね!死んでしまえっ!この卑怯者!」
そう叫ぶダフネの言葉が耳に残り、しかし、ドラコはそれを嘲笑うかのようにほくそ笑んだ。ダフネやハリーのようにドラコに対し憎しみを向けてくる敵の方がまだドラコにとってありがたかった。余計な感情……無視し続けている良心に耳を傾ける必要がないからだ。
***
その夜、ドラコは夢で魘されて飛び起きた。
デスイーターになって以来、ドラコは満足に眠ることはできなかった。それは華々しい功績を挙げた今も変わりなかった。自分の両腕を掴み、震えた。
(……これから……いったいどうなるんだ……?)
ドラコの望み通り、ドラコは生き延びた。アルバス・ダンブルドアを相手にした上で生き延びる以上の幸運はなかった。ドラコは闇陣営の、『生き残った青年』となったのだ。
それはドラコにとっては、夢が叶った瞬間の筈だった。
ホグワーツに入ってからハリーが周囲から浴び続け畏怖されてきた称賛を、遂に、ドラコは得ることが出来たのだ。
にも関わらず、ドラコが得た報酬はわずかであった。闇陣営の中の称賛は、ドラコが心の底から望んだものではなかったからかもしれなかった。
生き延びることが出来たという幸運も、主君から貰えた言葉も、全てがかき消えていた。あるのはただただ後戻りできない道に対する後悔であった。
(……どうして……何人もいた筈の仲間が死んだんだ……?……学生である僕らに殺されるほど、本物のデスイーターは弱かったのか……?)
デスイーターのほとんどが戦死した。これは闇の帝王にとっても誤算であったに違いなかった。そしてドラコにとっても。死はもはやドラコにとっては遠くの出来事ではなく、足下にまで忍び寄っているのだ。
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ドラコ・マルフォイは隕石の直撃を受けてなお生き残った。セブルス・スネイプのプロテゴ・ホリビリス(全体守護の魔法)と、ドラコの母がドラコへと渡した最高級店のローブのお陰であった。ドラコはデスイーターのローブでこそないものの、己の身を護るには充分なものを与えられていたのだ。それがハリーから最も執拗な攻撃を受けてなお、ドラコが生き残ることが出来た要因であった。
こうしてドラコ・マルフォイはハリー・ポッターとダフネ・グリーングラスから生き延びた。
ドラコが生き延びることが出来たのは、彼の政治的な主義主張や善悪、そして強さによるものではなかった。
父であるルシウスが構築した人脈と。
母であるナルシッサが足掻いた愛によるものであった。
皮肉にも、魔法族が親から子へと伝承し受け継がれてきたもの……愛によって、ドラコは闇の魔法使いから逃れ生き延びたのであった。
その中にあるドラコが抱くのは、埋まることの無い虚無感だけであった。
闇の魔法使いハリー・ポッターならびにダフネ・グリーングラスから自分と保護対象の身を守りきったスネイプはDADAの教師としては満点です。敵を殺していないのもGood。
ちょっと触れましたが、セブルスが他のデスイーターと比べてやけに強いのは原作メインキャラだから……ではありません。
セブルスは二重スパイをしなければならないという己の役割に徹し、十六年以上もの間、光陣営のホグワーツ教授として殺さずの経験を積んだから……と私は解釈しています。
敵を殺さないという前提での真っ当な魔法使いとしての戦闘力は高い方だと思います。
対してこの二次創作におけるハリーは『敵を殺さないための戦闘能力』なら四年生の時のセドリック戦がピークです。
四年生のラスト以降はとにかく仲間を守るため、かつ敵を迅速に殺すための修練を続けてきました。それこそ無言でもアバダケダブラを撃てるくらいに蛇寮のハリーは殺すことに特化してしまいました。
結果、強みのひとつである反射神経と判断の早さが殺すための戦闘方法に特化したことで枷になってしまいました。