蛇寮の獅子   作:捨独楽

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優勝杯のゆくえ

 

 ハリーは校庭でザビニやロンが口論するのを眺めていた。ザビニとロンは、きっとポリジュース薬でスネイプに化けた奴がいたんだと話し合っていた。

 

「二人とも悪意がある見方だね。スネイプ教授だって一年に一回くらいそういう気分の日はあるはずだよ」

 

「一年に一回とかスネイプ教授は普段どれだけ不機嫌なんですかね。うちのパパも決算前はピリピリしてますけど」

 

「僕はもう少し笑顔でいられる大人になりたいな……」

 

 ハリーは試験が終わって気が抜けていた。やれることを全部やりきったという解放感があったが、同時に、ホグワーツでの生活が一段落したことを意識しなければならなかった。

 

(試験が終わって……クィディッチの最終決戦が終わって優勝が決まったら…………またダーズリー家に戻らなくちゃいけないのか……)

 

 ホグワーツでは色々なことがあって、暴力どころではない命の危険に直面したりもした。それでもダーズリー家の、階段下の物置に閉じ込められる生活が待っていると思うとハリーは陰鬱になりそうだった。話し相手がアスクレピオスしかいないなんて、今のハリーには考えたくもないことだった。

 

「ファルカスなら大丈夫だよ。実技はほんとに楽だったろう?」

 

 ハリーは落ち込んでいるファルカスに声をかけたが、ファルカスの声には力がなかった。

 

「実は変身魔法でひとつ間違えたんだ……急いで訂正したけど減点されたと思う……」

 

 ファルカスは気落ちしていたが、そう言うとロンが怒るふりをした。

 

「それは魔法薬の実技で薬が飴みたいになった俺への当てつけ?ミスに気付いたんなら全然ましだぜ」

 

「僕、大丈夫な気がしてきたよ。……ありがとうウィーズリー」

 

 ロンは最近、ファルカスがスリザリン生であることを忘れかけているようだった。裕福で見た目が整っているザビニやアズラエルと比べると、ファルカスやハリーは親しみやすく見えるようだった。

 

「ああ、ミントを入れるタイミングを間違えたのねロン」

 

「除草剤が肥料になるミスだね。失敗の中では全然マシな方だよ。土を駄目にするタイプの失敗もあるんだし」

 

 ハリーたちも、自分のしたミスを明かして笑いあった。どういうわけかハーマイオニーだけは、ミスらしいミスをハリーたちにあげることができず、魔法史の問題で書きすぎたのではないかと言っていた。ハリーは少しハーマイオニーに嫉妬した。

 

「……ところで皆さん。七月の二十日って予定空いてますか?」

 

 アズラエルはそんなことを聞いた。

 

「うん。僕はいつでも暇だよ。ザビニは?」

 

「おれも予定とか入れてねえな。なんだブルームビーチにでも行くのか?」

 

「いえね。うちのパパは社長をしてる箒の新作がお披露目になるんだけど、そのパーティーをする予定なんです。僕も出席することになってまして、友達として皆さんも来てくれるとありがたいかなって」

 

 アズラエルはロンやハーマイオニーも含めて、ハリーたち五人を誘った。ロンは力なく言った。

 

「誘ってくれたのは嬉しいけど、俺、そういう場所の服とか持ってないし……」

 

「服なら僕のパパが用意してくれます。実は僕、箒が苦手だったんで今までそんなに友達がいなかったんです。ホグワーツでできた新しい友達を紹介したいんですよ。グレンジャーはどうです?」

 

 アズラエルは狡猾に狙いを定めた。ハリーはうまいと思った。

 

(ハーマイオニーが行くなら、ロンも来るはずだ)

 

 ハリーは内心でハーマイオニーに承諾してほしいと願ったが、彼女は心底残念そうにアズラエルに言った。

 

「ごめんなさい。私、その週は旅行の予定が入っていたの……」

 

 

「なら仕方ないですね。またの機会に取っておきましょう。ハリーたちはどうですか?」

 

「俺はママが許可を出すかどうかだな。ま、アズラエルみたいな真っ当な家となら百パー大丈夫だ」

 ザビニは行く気満々で、ファルカスは行きたそうだったが、

 

「僕は……正装を持ってないから、君に負担をかけることになっちゃうけど……」

 

「ノープロブレム。ハリーはどうです?」

 

「もちろん絶対に行きたいし、行くよ。ただ……シリウスとの面会許可がまだ降りてないから、行くのはギリギリになると思う。うちは魔法界のことを良く思っていないんだ」

 

 

「それなら、マグルのメーカーに偽装してハリーを招待しますよ。ブルーコスモスってスポーツ用品店も経営してるんです、うち。どれだけ阿呆なマグルでも、無視はできない筈です」

 

 アズラエルが事も無げに言うと、ハリーやザビニやロンは面食らった。

 

「え?魔法界の会社じゃないの?」

 

 ハリーはアズラエルから聞いた会社の名前に心当たりがあった。ダーズリー家にいたとき、お高いためにハリーとは縁がなかったが、フットボールをやっている子はそのメーカーのシューズをはいてプレーしているのを見た。

 

「お前んち箒メーカーだろ?」

 

「裕福な魔法使いは、魔法界で財を成すと同時にマグルの世界でも資産を持って、どちらでも立ち回れるようにするんですよ。だからうちは表の……マグルの世界での立場も持っているんです。皆分かってることですけど、あえて言わない公然の秘密って奴です」

 

「そ、そういう所が好きになれないんだよなあ……」

 

 ロンはアズラエルの告白に若干引いていた。ハリーはひたすら困惑していた。見た目が完全にスリザリンなアズラエルがマグルの世界の常識にも詳しくて、ロンはそうではない(電話も知らない)ことが不思議で仕方なかった。

 

「……あ、ガフガリオンがいるぜ、ハリー」

 

 校庭で寛いでいるのはハリーたちだけではなかった。ザビニが指差した先には、スリザリンの監督生の姿もあった。

 

「アズラエル、ガフガリオンって誰?」

 

「スリザリンの監督生ですよ」

 

「隣にいるのはグリフィンドール監督生のアグリアス先輩だわ……!」

 

「解説ありがとうハーマイオニー。僕、ガフガリオンにお礼を言ってくるよ。勉強を見てもらったから」

 

 ハリーはガフガリオンに礼を言おうと、木陰から出ていった。

 

 

***

 

「ガーフィール先輩、試験お疲れ様です」

 

「おー、ポッターか。その顔だとまぁ……合格したみてえだな」

 

 ガフガリオンは敵対しているはずのグリフィンドールの監督生と、木を背にしながら何か話していた。グリフィンドールの女監督生、アグリアス·ベオルブはパーシーと同い年で、長い金髪をセンター分けにしていた。ガフガリオンもアグリアスも、OWLの呪縛から解き放たれたからかとても穏やかな表情だった。アグリアスはちらりとハリーを見たが、ハリーがガフガリオンと話すために何も言わずにすやすやと寝たふりをしてくれた。

 

 

 ハリーはガフガリオンに過去問を返した。過去問はレベリオによって真の姿が明らかになっている。ガーフィールはニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

「どうだ、ポッター。尊敬する先輩に騙された気分は?」

 

「はい。最初は驚きましたけど、結果的にはガーフィールのお陰でうまく行きました」

 

 過去問そのものは試験に出たわけではない。それでも、ハリーたちが普段以上に必死になって勉強できたので、あの問題には意味があった。

 

 ハリーが言うと、ガフガリオンはがりがりと頭をかいて言った。

 

「どうしてお前はそういうところでは知恵が回るンだろうなポッター?」

 

 ガーフィールは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ハリーの頭をがしがしと撫でた。

 

「……ま、そうやって注意深くあれるならいい。勉強は誰かにやらせてもらって身に付くもんじゃあねえ。普段からの習慣と規則正しい生活、そんでもって本人の努力で身に付くもんだ。お前ならわかるな、ポッター」

 

「はい」

 

「俺らスリザリン生の美徳は利口さと、寮の仲間のためになら団結できるってところだ。だが、それに甘えて勉強しねえような奴がこの先もやってけるほどホグワーツは……っつーか、魔法の世界は甘くねえ。最後の最後に自分を守れるのは、自分自身で培った力なんだからな」

 

 ガフガリオンはスリザリンの先輩として、後輩に一言指示を出した。スリザリンに代々伝わる伝統だった。

 

「もしも来年、スリザリンでいい後輩がいるって思ったら優しくしてやれ。そんでもって、俺がやったような偽装工作をして過去問をくれてやれ」

 

 

「はい、必ず」

 

 ハリーはガーフィールに約束した。もしもハリーの後輩がスリザリン生らしい利口さや狡猾さを備えているなら、偽装に気付くことはできるはずだ。そうでなかったとしても、過去問に慢心せずに勉強しようとするだろう。ハリーはこの風習を悪いものだとは思わなかった。

 

 ハリーは自分がまた一歩、スリザリン生として成長できた気がした。以前仕立てた緑色のローブは、気がつけば今のハリーには少し小さくなっていた。

 

 

***

 

 試験が終わると、あっという間に時間は過ぎ去っていった。クィディッチの優勝決定戦はギリギリまでもつれ込み、最終的にスリザリンとグリフィンドールで試合をすることになった。スリザリンは勝てば八年連続の歴史上初の快挙となる。ハリーはこのときばかりはロンやハーマイオニーとは席を分けて、スリザリンの生徒として力の限り自分の寮を応援した。応援席にはアンブリッジ先生もいた。彼女は自分が勝利の女神であるかのようにスリザリンの選手たちに微笑み、ニタニタと勝負の行方を見守っていた。

 

 

 しかし、グリフィンドールは強かった。

 

 グリフィンドールチームキャプテンのウッドは、前回の反省を活かして徹底的にラフプレー対策をしていた。グリフィンドールの三人の女性チェイサーは素早く正確なパスワークで、スリザリンにラフプレーの隙を極力減らした。序盤戦はグリフィンドールが二つのゴールを決めた。

 

 業を煮やしたスリザリンのキャプテン、フリントが雑なファウルをして無駄なペナルティをもらったことで、試合は完全にグリフィンドールのペースになった。ファウルはただすればいいというものではなく、相手のペースを乱すためにするものだが、フリントは最終戦のプレッシャーからか、完全に裏目に出ていた。

 

 スリザリンの得点は、ラフプレーを極力しない技巧派チェイサーのエイドリアン·ピュシーが決めた三つのゴールだけだった。ピュシーのゴールによって同点となり、スリザリンの応援席は活気が出たものの、それも長くは続かなかった。そのピュシーが、フレッドとジョージの双子が撃ったブラッジャーに撃墜されたのだ。フレッドとジョージは最近アンブリッジ先生という玩具を得たことで波に乗っており、スリザリンのビーターは二人の動きについていけなかった。

 

 ブラッジャーを制されたこととエースチェイサーの退場で、試合は完全にグリフィンドールのペースになった。途中、スリザリンキーパーのマイルズ·ブレッチリーはアリシア·スピネットのゴールを二回も阻むなど意地を見せたが、グリフィンドールのキャプテンであるオリバー·ウッドは五回もスリザリンのシュートを防ぎ、流れをスリザリンに渡さなかった。

 

 見る見るうちに百点の差がつき、スリザリンはシーカーに勝利を託すしかなかった。ハリーはハラハラしながら試合を見守っていたが。あるとき、敗北を確信して叫んだ。

 

「ダメだ、そっちに行っちゃー!!」

 

 グリフィンドールのシーカー、コーマック·マクラーゲンが何かを見つけたように箒を動かし、スリザリンのシーカーもそれを見てコーマックを追った。コーマックは後ろにシーカーが追ってきたのを見るや、すぐに箒を反転させた。

 

 実はスニッチは、スリザリンのシーカーの方が近かったのだ。しかし、シーカーはブラッジャーを回避することに気を取られてそれに気付いていなかった。コーマックは一か八かでシーカーをスニッチからひき離すと、ニンバス2000の性能を発揮してスニッチめがけて突撃した。ハリーは敵ながら、コーマックが優秀なシーカーであることを認めざるをえなかった。

 

勝利の女神が微笑んだのはグリフィンドールだった。ハリーたちは嬉しさを爆発させるマクゴナガル教授や、ロンやハーマイオニーを見ながら、静かにスリザリンの談話室に戻った。皆落ち込んでいたが、一番辛いのは選手たちだった。多くのスリザリン生はプレーした選手たちを労うこともできず、気の毒そうに選手たちを見ることしかできなかった。

 

「……現実ってこんなもんだよね」

 

 そうファルカスは言った。スリザリン寮生は、教師の贔屓だけではどうにもならない壁があることを期末試験とクィディッチで思い知っていた。

 

 お通夜のような雰囲気の中で、ドラコは決意を表明した。

 

「決めたぞ。僕は来年シーカーになってやる。そしてこの僕が、スリザリンを優勝に導いてやる!」

 

 この宣言は、少なくとも同学年のスリザリンの子供たちにとっては頼もしく見えた。ドラコは同年代で、ハリーと同じくらいに箒に乗るのが上手かったからだ。

 

 そして、ドラコはハリーをチームに誘った。

 

「お前も来い、ポッター!お前と僕で、シーカーの座をかけて争うんだ。勝った方が、スリザリンのトップになるんだ」

 

 ハリーはドラコの宣言を聞いて、来年の楽しみが増えたことを喜んだ。

 

「わかった。全力で頑張るよ。僕が勝っても、君が勝っても、スリザリンは強くなる。僕が勝つけどね」

 

 周囲のスリザリン生たちは、ハリーとドラコのどちらが勝つのを応援すべきか途方にくれていた。ハリーはそんなことは露知らず、箒に乗っているときのドラコの癖や細かな弱点を思い浮かべて、どうやってドラコに勝つか考え、最高の勝負になるという期待に胸を膨らませていた。

 

***

 

 ホグワーツの校長室で、ダンブルドアは防衛術の穴埋めのために呼ばれた魔法省庁の役人、ドローレス·アンブリッジを労っていた。

 

 

「急な話ではあったが、期の半ばから仕事を引き継ぐという困難な仕事を文句ひとつ言わず良くやってくれた、ドロレス。ありがとう」

 

 ドローレス·アンブリッジは校長の賛辞を素直に受け取った。彼女は、この仕事を五体満足で、それもそこそこの評価でやりとげたことで、自分が魔法省のなかで出世街道を歩めるのだと信じていた。

 

「お安い御用ですわ、校長先生。また機会があれば、いつでもこの学舎に足を運びましょう。子供たちが規律と規則を守り、従順であるように教育する。魔法省はそれを望んでいます」

 

 ダンブルドアは、アンブリッジが性格に多大な欠点を抱えていることを見抜いていた。しかし、彼女がそれを改めるには、彼女自身が挫折し、己の行いを省みて以後の行動を見直すというプロセスが必要だった。ダンブルドアは、あえて彼女に何も言わなかった。アンブリッジはスネイプと違い、ダンブルドアの部下ではなかった。

 

「規則を守りたくはないという子供たちも、君の名をしっかりと脳に刻み込んだだろう。規則を守らせる、というのは、人から嫌われることを意味する。孤独で、忍耐が必要な仕事だ。子供たちを見守るのは大変だったろう」

 

「規則とはそれを守る人間と守らせる人間がいて機能するものですわ、校長先生。教師の方々が普段どれだけ生徒のために尽くしているか、よく理解することができました。魔法省も、いずれ教育改革に乗り出すことになるでしょう」

 

「……改革、か」

 

 ダンブルドアはあえて何も言わないことに決めた。改革という体裁でアンブリッジが強権をふるおうとすれば、必ず上手くはいかないだろう。しかしその失敗は、次の改革者の糧にはなるだろう。ダンブルドアはそこまで読んでいた。

 

 ドローレス·ジェーン·アンブリッジはダンブルドアからの労いの言葉を受けて、ホグワーツの宴に参加した。彼女は生徒を物理的に傷つけたいという人として最低な欲求を持っていたが、この短い期間でそれが発揮されることはなかった。彼女に与えられた権限は一教師と同等でしかなかったからだ。彼女は内に秘めた野心を改めることなく、また、己の行動を省みることもなく、生徒たちとの交流に心が動かされることもなかった。

 

***

 

 ハリーは寮で荷物を整理しながら、暗く沈んだ気持ちになっていた。明日でハリーはホグワーツを離れて、ダーズリー家の階段下に戻る。ハリーがのろのろと教科書をトランクに詰めていると、ザビニはハリーに錠剤を手渡した。

 

「これって………熱舌薬?青いのは解毒剤か」

 

 飲むと舌が熱を持ったように赤くなり、食べるもののほとんどが辛く感じるという薬だ。ゾンコで人気の薬だった。

 

「魔法省はいい加減で、魔法は関知するけど魔法薬はわかんねえって上級生が言ってたぜ。もしもマグルが何かするんなら、そいつをこっそり飲ませてやれ。二度とお前に手出しできなくなるぜ。解毒薬がないと一日中辛いままだからな」

 

「僕、君のお陰で……マグルの連中に会うのが楽しみになってきたよ」

 

 ザビニはスリザリン生らしく狡猾に笑った。ハリーもまた、笑うことができた。ハリーは薬を使わないことに決めた。薬を見るたびに、自分には友達がいることを思い出すことができるだろう。ハリーの胸には暖かいものが広がっていた。ハグリッドから貰った両親の写真もある。ハリーはダーズリー家での日常に耐える覚悟を決めた。

 

***

 

 ホグワーツの大広間は、グリフィンドールの旗が掲げられ、深紅の彩りがあちこちで見受けられた。グリフィンドールの生徒たちは皆笑いあっていて、優勝をもたらしたコーマック·マクラーゲンはふんぞり返って周囲の生徒から少しうっとおしがられていた。

 

 実際のところ、グリフィンドールに優勝をもたらしたのはコーマック一人の手柄ではなかった。ハリーはハーマイオニーが監督生たちから誉められているところを見た。彼女は得点をスリザリンの女子たちから揶揄されようが、スネイプ教授に無視されようが、グリフィンドールの中で孤立しようが、双子が毎日のように減点されようが勉強を止めなかった。ほぼ全ての授業でほぼ毎日のように得点を続けた彼女のような優等生の存在が、グリフィンドールに優勝旗を与えていた。

 

(僕も見習ってそれなりに頑張らないとな……)

 

 ハリーもハーマイオニーほどではないが、五十点の減点を差し引いても授業では得点を重ねていた。差し引きで言えばスリザリンに加点して貢献している自信はあったが、それでも優勝に貢献できたわけではなかった。

 

 宴の前に、ダンブルドアはまず、グリフィンドールを労った。

 

「新学期の前に、君たちの脳みそが空っぽになる夏休みがやってくる。今日は夏休みを前に、この一年の君たちの努力を振り返る日でもある。老人の戯言に付き合って貰いたい」

 

「寮対抗杯の結果を表彰する。四位ハッフルパフ、三百五十二点」

 ハッフルパフのテーブルからは四位にも関わらず歓声が上がった。彼らはスネイプの贔屓によってスリザリンが過剰に得点していることを知っていた。ハッフルパフの生徒たちは、教師の贔屓にたよらず、自分達の努力で稼いだ得点を誇りにしていた。

 

「三位スリザリン、三百八十二点」

 

 スリザリンのテーブルからは気のない拍手が続いた。八年連続の優勝という偉業は達成できなかった。監督生のジェマ·ファーレイやガーフィール·ガフガリオンは、魔法数学的に八は縁起が悪いからと強がっていた。

 

「二位レイブンクロー、四百二十六点」

 

 レイブンクロー生は優勝こそ逃したものの、この結果は自分達のプライドを満足させたようだった。エリート思考の強い彼らは普段個人主義で同じ寮生同士でもそこまで仲がいいわけではなさそうだったが、この時ばかりはスリザリンを上回ったことを喜んでいた。

 

「そして一位グリフィンドール、四百七十二点」

 

 グリフィンドールのテーブルから爆発的な歓声が上がった。双子は喜びのあまり花火を撃とうとしてパーシーに止められていた。ハリーは少しだけ嫉妬したが、ロンとハーマイオニーが喜んでいる姿を見てかすかに微笑んだ。

 

 スリザリンの得点三百八十二点に対して、グリフィンドールの得点は四百七十二点。実に九十点もの開きがあった。特にハーマイオニーはこの勝利を喜ぶ権利があった。ハリーの記憶が確かなら、ハーマイオニーは百点以上は得点していたはずだからだ。

 

「よしよし。グリフィンドール、よくやった。しかし、最近の出来事も勘定に入れなければならない」

 

 ダンブルドアがそう言うと、グリフィンドールのテーブルは落ち着きを取り戻した。

 

「ガーフィール、後から加点するってアリなんですか?」

 

 ハリーが聞くと、ガフガリオンはああ、と頷いた。

 

「その年で一番活躍した魔法使いが加点される。ま、選ばれるとすりゃあグリフィンドールのシーカー辺りだろうな。見てみろ、期待でワクワクした顔をしてやがる」

 

 ガフガリオンがグリフィンドールのテーブルを指し示すと、コーマック·マクラーゲンは自信に満ちた顔でダンブルドアの発表を待っていた。グリフィンドールを優勝させたという自負があるのだろう。

 

 

 ダンブルドアはひとつ咳払いをすると、大広間の全員に聞こえるような声で高らかに宣言した。

 

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。まずは……ファルカス·サダルファス君」

 

「……誰だ?」

 

 大広間は困惑に包まれた。スリザリン以外の三つの寮の生徒は呼ばれた名前に心当たりがなかった。スリザリンの子供たちは、全員がファルカスへと視線を向けていた。

 

 

「!?」

 

 ファルカスはどうして自分が呼ばれるんだろうと思いながら、ダンブルドアの言葉を待った。

 

「他者を傷つけることなく複数人を無力化した見事な決闘術と、その杖さばきを称えて、スリザリンに三十点を進呈しよう」

 

「やったね、ファルカス!!」

 

「なんだよ、よく分かってんじゃんかあの爺さん!!」

 

 

 ハリーをはじめ、スリザリンの寮生たちは歓声をあげてファルカスを称えた。ファルカスは真っ赤になりながら幸せそうに笑った。スリザリンの生徒たちが歓声を上げるなか、レイブンクローの生徒たちは不安そうな目でスリザリンを見ていた。

 

(ポッターの友達……だよね?)

 

(ってことは、もしかして……)

 

 

「次に、ブルーム·アズラエル君」

 

「い、いや……ちょっと待ってください……」

 

「黙ってろブルーム!!大人しく加点されとけ!!」

 

 アズラエルはファルカスと違い、注目されることを喜んでいなかった。彼は辞退しようと席を立ちかけたが、ザビニやガフガリオンはそれを許さなかった。

 

「窮地にあって己を見失わず常識的な判断を下し、教師を信頼することで友を救った功績を称え、スリザリンに三十点を進呈しよう」

 

「おめでとう、アズラエルくん!」

 

「よかったねブルーム。女子たちにも人気だよ」

 

「いいやぁ……常識的な判断をしただけなんですけど……」

 

 アズラエルは交流のあったスリザリン中の女子や、スリザリンの男子たちからも誉められていたが、アズラエルは釈然としない様子だった。アズラエルは他の皆と違って、特別なことをしたつもりはなかった。異常な事態のときには教師を頼るという、大勢のスリザリン生がすることをしただけだった。

 

 そして、ダンブルドアはそれを称えて加点した。大喜びするスリザリンのテーブルの裏で、レイブンクローの生徒たちは得点が抜かされたことで呆然としていた。

 

「さて。まだまだ加点されるべきものがいる。皆の衆にはもう少しお付き合い願いたい。ブレーズ·ザビニ君。

ホグワーツで最も美しい演奏を聞かせてくれたことを称えて、スリザリンに五十点を進呈しよう」

 

 スリザリンのテーブルは爆発的な歓声に包まれた。皆がザビニを見て、その活躍を褒め称えていた。ザビニに抱きつこうとする女子たちが抗争を起こしかけている光景をスルーし、ハリーはザビニとハイタッチした。

 

「やったぜ、マジで俺めちゃくちゃ頑張ったもんな!!」

 

「自分で言っちゃ台無しですよ……」

 

「二人より二十点多いね。石の課題を突破したからかな」

 

 ザビニの得点は、アズラエルやファルカスより多い。ダンブルドアは点数調整のためか、それとも課題を突破したことを評価したのか、得点に色をつけていた。

 

「いいんだよ、どうせこの後ウィーズリーに加点されて逆転されるんだから!」

 

 ザビニの言葉は当たっていた。ダンブルドアはロンのチェスの腕前を、ハーマイオニーは火に囲まれながら論理パズルを解いた功績でそれぞれ五十点、合計で百点が加点された。

 

 スリザリンのほぼ全生徒の視線がハリーに集まっているのを感じ、ハリーは居心地が悪くなった。現在の得点はスリザリンが四百九十二点、グリフィンドールが五百七十二点。八十点もの開きがあった。

 

「六人目はハリー・ポッター君。最後まで己の行いを貫いた断固たる決意と勇敢さ……そして、その慈悲深い精神を称えて、スリザリンに六十点を進呈しよう」

 

 グリフィンドールのテーブルからは歓声が、スリザリンのテーブルからは落胆のどよめきがあがった。スリザリンとグリフィンドールの点差は二十点。ハリーの働きだけでは埋められない差があった。

 

(そうだよね)

 

 ハリーは潔くこの結果を受け入れようと思った。ロンとハーマイオニーがいなければ、自分は鏡の部屋に到達できなかっただろう。母のくれた愛がなければ、ハリーはあそこで殺されていただろう。クィレルのことを、ハリーは忘れようとはしていたが、それでもたまに夢に見ることがあった。

 

 しかし、ダンブルドアの加点はそこで終わらなかった。

 

「勇気にも色々ある」

 

 ダンブルドアはそう言うと、友に立ち向かう勇気を発揮したネビル·ロングボトムに十点を与えた。ネビルはグリフィンドールに貢献できたことで泣き崩れていた。

 

大広間中の視線がダンブルドアに集まるなか、彼はさらに、三人の生徒に点を与えた。

 

「最後に許されるならば、私は三人の生徒に加点をしたいと思う。友情とは、とても難しいものだ。常に友の側に立ち、その歩みを支え合う友人関係もあれば、本当に大切にすべきものを守るために、時には対立する友情もある」

 

 そしてダンブルドアは、スリザリンのテーブルに視線を注いだ。その先には、ドラコ·マルフォイの青白い顔があった。

 

「組分けの歌にあるように、スリザリンでは友情を尊ぶ。三人の寮生が見せた真の友情を称えて、ドラコ·マルフォイ君、ピンセント·クラッブ君、グレゴリー·ゴイル君に十点ずつ……合わせて三十点を進呈しよう」

 

「さて。これで得点が出揃った。私の計算が正しければ……一位グリフィンドール、五百八十二点、同じく一位スリザリン、五百八十二点!!」 

 

「……私としたことがうっかりしていた。飾りつけを変えねばならないな」

 

 ダンブルドアが杖を一振りすると、大広間にはグリフィンドールの深紅の装いと、スリザリンの緑色の旗がたなびいた。たったひとつの優勝杯を、この日、二つの寮に分かちあうことになった。金色と銀色の垂れ幕は互いの良さを潰しあうことなく、それぞれの栄誉を称えるかのように大広間を彩った。

 

 スリザリンのテーブルは、今度こそ爆発的な歓声に包まれた。単独優勝を逃したグリフィンドール生は悔しがりつつも、次は自分達が優勝するのだと気炎を上げていた。ハリーはドラコを見た。ドラコはガフガリオンに自分の行いを誉められて、嬉しそうに自慢話をしていた。ダンブルドアは、その言葉で素晴らしい魔法をかけてくれた。スリザリンの子供たちは、今日、最高の気分で家に帰ることができるだろう。グリフィンドールもそうであって欲しいな、とハリーは思ったが、何人かのグリフィンドール生はハリーの方を悔しそうに見ていた。

 

 ハリーはザビニやファルカスに笑って言った。

 

「やっぱり悔しいね。全部ダンブルドアの思い通りみたいだ」

 

「いいじゃんかよ、誉めてくれたんだからさ」

 

「批判は聞き流し称賛は素直に受けとる。それが正しいスリザリンの流儀ですよ、ハリー」

 

「アズラエル、何でもスリザリン流って言えばいいと思ってない?」

 

「楽しければいいんだよ。きっとね」

 

 ハリーは宴を楽しみながら、心の中で思った。

 

 

(まだまだダンブルドアは遠いけど……皆を笑顔にできるような本当にすごい人だけど……それでもぼくはあの人が嫌いだ。

……いつか、ダンブルドアと同じくらいに魔法が使えるようになって、ヴォルデモートを倒そう)

 

 ハリーはこの時、ダンブルドアを越えたいと思った。ダンブルドアに幸せを与えられたままでいるのは、ハリーの心は落ち着かなかった。

 

 今世紀で最も偉大な魔法使いの影を、一人の少年は追っていた。その背中が大きく偉大であればあるほど、ハリーの心は負けるものかと奮い立っていた。

 

***

 

 ホグワーツ特急を降り、キングズ·クロスの九と四分の三番線にハリーたちは降り立った。ザビニの面影があるきれいなザビニの母親や、アズラエルをふた回りも大きくしたようなアズラエルの父親がザビニやアズラエルを迎えに来たとき、ハリーに向かって歩いてくる人影があった。

 

 その男性は周囲のローブを身に纏った魔法使いとは違い、マグル的な格好をしていた。茶色いサングラスをかけたその男性は、子持ちの大人というよりも、どこか若く大人ではないような印象を受けた。ハリーはその男性に駆け寄って話しかけた。

 

「あの、こんにちはシリウス!!面会の許可は?!」

 

 フルーパウダーで見たシリウスの姿より、そのシリウスは随分と若く見えた。何より、周囲のどの大人よりも印象に残るほどの美貌がシリウスにはあった。

 

「……こんにちは、ハリー。そう慌てるな。魔法省のお役人も、やっと許可を出してくれた。こうして出会えるのは、随分と久しぶりだな。そちらにいるのがハリーの友達だね?」

 

「えっ……もしかして、シリウス·ブラック!?」

 

「もしかしなくてもそうだ。君がザビニだね?いつもハリーと遊んでくれてありがとう」

 

 シリウスはこの時、ハリーがスリザリンの中で孤立していないことをはっきりと確認して安堵していた。ハリーの顔を見て、ハリーがホグワーツで色々あったにも関わらず健康で、充実した生活を送れていたことが何より嬉しかった。

 

(あのスリザリンでか……)

 

「僕もハリーが居なかったら、スリザリンで友達がいなかったかもしれませんから……」

 

「結構楽しませて貰ってます。今度のパーティーなんですけど、シリウスさんも出席されるんですよね?うちのパパはシリウスさんの大ファンで……」

 

 シリウスは大人びたアズラエルの言葉に苦笑しながら頷いた。

 

「ああ、もちろん参加させて貰おう。ハリーは本当にいい友達を持った。……君が例の鼠を飼っていた子だね?」

 

「あ、はい。兄貴のお下がりでしたけど……」

 

 ロンはピーターの件を蒸し返されてばつが悪そうだった。

 

「君にも謝りたいと思っていた。今度、君のお父さんと一緒にペットショップに行く予定があるんだ。君の好きなペットをひとつ、私から君にプレゼントさせて欲しい」

 

 どうやらシリウスは事前にロンの両親と話をつけていたらしい。ロンの耳は真っ赤に染まりながら、ありがとうございますとシリウスに言った。ハリーたちは再会を約束し、手紙でやり取りをすることを誓って別れた。

 

「ダーズリー家に戻る前に、君にこの子を貸しておく」

 

 シリウスが貸してくれたふくろうは、雪のように白く優しげだった。ヘドヴィグというふくろうのお陰で、ハリーは夏休みの間、手紙に困ることはなさそうだった。

 

 皆と別れた後、ハリーはシリウスと二人でダーズリー家を待った。ハリーがホグワーツでの出来事、特に石を守るためのように一連の顛末を改めて話すと、シリウスはとても驚いたようだった。

 

「そうか……スリザリンは、本当にいいところのある寮だったな」

 

「うん。……ねえ、シリウス、気になっていたことがあるんだけど聞いていいかな」

 

「どうした、ハリー?」

 

「僕はダンブルドアに誉められたんだ。最後まで自分の行いを貫いた、あの人に立ち向かった、勇敢だったって。だけど、それはそんなに凄いことじゃないよね?だって、クィレルも戦おうとしたんだ。僕は確かに戦おうとしたけど、何もできなかった。

本当に立派なら、ヴォルデモートを倒してクィレルを助けられたはずだ」

 

 シリウスはハリーの瞳から、まだハリーが自分の凄さが理解できていないことを理解した。

 

「いいや。それは違うぞハリー」

 

 シリウスは、ハリーに言い聞かせるように言った。

 

「そのクィレルも、私や君の両親を裏切ったピーターも、能力や勇気を持たない魔法使いじゃなかったと思う」

 

 ハリーはシリウスの言葉の意味を考えた。

 

「勇気っていうのは、最初の一歩を踏み出すだけじゃない。踏み出した後、最後まで走り続けるのにも、勇気は必要なんだ」

 

「最後まで?」

 

「ああ。ピーターやクィレルやそれ以外の大勢の優れた魔法使いでも、それを持つことはできなかった。君や、君の両親は最後の最後までそれを持っていた。だからこそ、ダンブルドアは君を誉めたんだ」

 

 ハリーはグリフィンドール的な勇気の意味を理解しようとして、それでも自分にそれがあるとは思えなかった。ロンやハーマイオニーのような勇気と、ハリーのそれは別であるようにハリーは思ったが、何が違うのかハリーにはうまく言語化できなかった。

 

 シリウスは納得できない顔のハリーを見て、笑ってこう言った。

 

「……君たちを見たとき、私は昔を思い出したよ。グリフィンドールの寮生としてホグワーツにいた頃を」

 

「……そのときはどうだったの?僕たちみたいだった?」

 

 

「ああ。……いや、少し違ったな。私達はスリザリン生とはあまり仲良くはなかった。君のお母さんは違ったけどな」

 

「シリウスもスリザリンを悪く思ってたの?」

 

「昔の話さ」

 

 ハリーはシリウスの言葉に、少し納得できない気持ちになった。スリザリンの良さを、シリウスにも知って貰いたいと思った。

 

「だが、もしもあの時、君みたいなスリザリン生や、君の友達みたいなスリザリン生がいたら……」

 

「居たよ、きっと。気付かれなかっただけで」

 

 ハリーは強く言った。スリザリンの名誉のためにも言わなければいけなかった。

 

「……そうだな。それに気付けていたら、きっともっと楽しくて、面白いホグワーツだったろうな。スリザリンのことも、そんなに悪くは思わなかっただろう」

 

 ハリーはシリウスの言葉に、満足げに笑った。スリザリンの名誉を守ることができたことが嬉しく、少し誇らしかった。シリウスはそんなハリーを見て、さらに嬉しそうに言った。

 

「ダーズリー家との交渉は済ませてある。君の事情もあるから、必ず一度はダーズリー家に戻らなければならないが……パーティーの前には、必ず君を迎えに行く」

 

 

「本当に!?」

 

「私は、君との約束は守る。絶対にだ」

 

 ハリーはシリウスを信じようと思った。その言葉を支えに、ハリーは魔法の世界から、階段下の物置小屋へと向かって歩みを進めていった。

 

 




グリフィンドール「うおおおお!ウィーズリー万歳!!ハーマイオニー万歳!!」
スリザリン「マルフォイの面子を潰さずに棚ぼた優勝イェーイ!」
ハッフルパフ「」
レイブンクロー「」
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