「スペシアリス・レベリオ!」
その言葉と共にハリーの杖から放出された閃光が、ロンの胸元に直撃する。呪文を受けたロンには痛みはない。レベリオは、単に魔法によって隠された中身を明らかにするだけの魔法だ。
未熟な魔法使いによくある、魔力を制御しきれずに魔法を暴発させ、余計な被害を出してしまうという不運はこのときのハリーにはなかった。
ハリーはただ、友達を、ロンを守りたかったからだ。なら、そのために何をすべきか、ロンと話をしている間もずっと考えていたのだ。
ハリーはこう考えた。ただ訴え出るだけでは大人はハリーのことを信じてくれるかどうかわからない。ハグリッドなら信じてくれるかもしれないが、それでもとりあって貰えない可能性のほうが高い。
英雄だなんだと言われたって、ハリーの言葉を大人全てが聞いてくれるわけがない。
それでも信じて貰うためには、みんなが見ている目の前で、動かぬ証拠を暴き出すしかない。
普通ならばここで行き詰まる。ハリーにあるのは自分のペットの証言だけで、大人たちはそれが本当かどうか判断できない。
実際にはダンブルドアならば蛇語の教科書と照らし合わせ、時間さえかければアスクレピオスの証言が本当だと判断できたのだが、ハリーの頭には蛇語使いが貴重で、ものすごく縁起が悪いという情報しか残っていなかった。
大広間のみんなが見ている目の前で、初めて魔法を成功させることができたのは、ハリーが魔法界での生活を楽しみにするあまり教科書を読み返していたからに他ならない。ボンバーダ(爆発)やディフィンド(切断)でダドリーを懲らしめる妄想をするよりも、ルーモス(光よ)で手元を照らしたり、アクシオ(召喚)でちょっとしたものを取り寄せたりできたほうが便利で、何より誰も傷つけないと思ったので、ハリーはチャームやヘックスの教科書を読み返していた。その経験が、土壇場で活きた。
レベリオも、ハリーが使いたいと思って、実際に発動させずに杖の振り方や発音だけ練習した魔法のひとつだった。魔法界の知識がないハリーにとって、本物と偽者を見分けることができる魔法はとてもありがたい。
レベリオを受けて、ロンの胸元から鼠が、いや、鼠だったものが現れはじめていた。もうもうと立ち込める煙の中には、明らかに人のようなシルエットが見える。
「な、何だよいったい?」
「ハリー?なんで……?」
事態が飲み込めず困惑するロンや、周囲の生徒たち。ハリーにその疑問に答える余裕はない。
(やった……)
(成功だ!)
はじめて自分の意思で魔法を発動させ、そして成功させた高揚感で、ハリーの頭は一杯になっていた。
「ひっ……?い、いやぁぁぁ!!」
ロンの近くにいた女子生徒たちが悲鳴をあげた。半裸の男がなんでこんなところに!と言いたいのだろう。
この動揺が伝播してパニックになっていれば、あるいは結末は違ったかもしれない。しかし、この騒ぎを静める落ち着いた声があった。
「静まりなさい」
まさしく、教師が生徒へとかけるべき威厳と優しさに溢れた落ち着いた声。半狂乱になりかけた生徒たちは、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアによって落ち着きを取り戻した。
この時、ダンブルドアは誰も気付かないほどの速度で杖をふるい、突然現れた男を拘束していた。
「怪我はありませんか、ウィーズリー!」
「……どうやらないようね。良かったわね、入学前にベッドで休まずにすんで」
副校長のマクゴナガルと、校医のマダム・ポンフリーがロンの様子を確認する。
「……え、あ、はい。でも……スキャバーズが……」
「……そ、そうだ!ロン!ロン、無事か!?」
ロンや、グリフィンドールのテーブルに座る兄らしき双子、監督生のバッジをつけた真面目そうな青年は、弟の胸元から現れた男を見て呆然としていたが、監督生の青年はすぐにロンの身を案じてテーブルから駆け出した。
「席に戻りなさいウィーズリー。あなたを呼んではいません」
「ですが、僕には監督生として責任が……それにスキャバーズは……」
「落ち着きなさいと言っているのです。この一件は、監督生の手には余る出来事です。さぁ、分かったのなら席に戻りなさい」
マクゴナガルの言葉に、ロンの兄である監督生はすごすごと席に戻った。席に戻るパーシーには目もくれず、マクゴナガルは男の顔を観察している。
(この男はまさか……いえ、しかし……だとするとなぜ?)
寝転がる男の顔を見て、マクゴナガルの顔は驚愕の色に染まっていた。その顔をぼんやりとながめていたハリーですら、マクゴナガルが男に心当たりがありそうなことはわかった。
知らない人間なら、興味深そうに観察するだけのはずだ。隣人との噂話に興じるペチュニアが見せたどの表情より、マクゴナガルの顔には動揺が浮かび上がっていた。
「……どうやら、招かれざる客人がこのホグワーツに足を踏み入れたようだ」
冷静な老人の声が、大広間に響く。
ハリーは声のした方向を振り返った。そこには、蛙チョコレートのおまけで見たままの魔法使いがいた。その老人は白く長い顎髭を生やし、青く輝く瞳には澄んだ輝きがあった。
「今日の日の宴は、先にここに足を踏み入れた先輩たちと、これからここで魔法を学ぶ若者たちのためのもの。
宴に混ざりたいという気持ちはよく理解できるが……
招かれざる客人には、退場して貰わねばな」
老人、もとい、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアが杖をひと振りすると、地面に転がっていた男の姿はたちまちかき消えた。動揺していた新入生たちは、マダム・ポンフリーやマクゴナガル教授の助けを借りて落ち着きを取り戻していった。
「だ、だ、、ダンブルドア校長先生。よ、よろしければ私からま、ま、ま、魔法省に、れ、連絡をいれましょうか?」
(……あ、クィレル教授?)
頭にターバンを巻いた、神経質そうな男がどもりながらダンブルドアに提案していた。ハリーはその男に見覚えがあった。ダイアゴン横丁で一度出会っている。
「それには及ばん。クィレル教授には、ここで生徒たちの組分けを見守って貰いたい。ハグリッド、魔法省にふくろうを飛ばしてくれるか」
「へえ、すぐに!」
「……あなたも列に戻りなさい。まったく、こんなことをした生徒はホグワーツでもはじめてです」
「マクゴナガル教授の仰る通りですな。規則を破り未熟な魔法使い未満の分際で魔法を使い、あまつさえこれから入学する仲間を危険に晒すとは。なぜ事前に教師に報告しなかった?」
「す、すみません……」
マクゴナガル教授がハリーに忠告をすると、それに便乗してさらにハリーを責める声が教授たちの座る席からあがった。
黒いローブに身を包み、脂ぎった髪の毛で清潔感のない男が、ペチュニアと似たような目でハリーを睨み付けていた。ハリーと視線があった、と思った瞬間、男の視線はハリーから切れた。
「そこまでにしておけ、マクゴナガル先生、スネイプ先生。私としては、私を含めた教授たちも、他の上級生たちも気付いていなかった不法侵入者に気付いた功績を称えて大量加点をしたいところだが」
『へえマジかよ。良かったなハリー。ところで加点って何が貰えるんだ?ウサギか?』
意気消沈して反省するハリーに、なんとダンブルドアから声がかかった。ハリーは思わぬところからの擁護の声に目をまるくする。
「今は学期の始業前、まだ君は組分けもされておらん。よって、加点はないが、罰則にも値せん。スネイプ教授、新入生にそう目くじらを立てることはあるまい」
「……仰る通り」
スネイプ教授は苦々しいという気持ちを隠そうともせず、形式的に校長先生の言葉に従った。
それから、組分けの儀式は滞りなく行われていった。まずは組分けの歌が響き渡る。
『グリフィンドールとスリザリン。この世にこれほどの友はあり得ないだろう』
ハリーの頭には、その一節がよく残っていた。
古びた帽子の歌による四つの寮の説明が終わると、ハンナ・アボットを皮切りにアルファベット順に名前が読み上げられ、ハーマイオニー・グレンジャーは少しの間があったのち、グリフィンドールに組分けされた。
生徒たちが名前を呼ばれる度に、獲得した寮から歓迎の拍手や挨拶が交わされていく。グリフィンドールやハッフルパフが大袈裟なほどはしゃいで喜びを伝えるのに対して、レイブンクローやスリザリンは穏やかに、落ち着いた雰囲気の中で新入生を迎え入れていく。
ハリーは緊張で頭が真っ白になりそうだった。自分の順番が近づく度に、心臓の音が大きくなっていく気がした。
「ハリー・ポッター!!」
「……ポッター?マジで?」
「どのポッター?」
「さっきの子がポッター?!」
どよめきが大広間に広がる中、ハリーは駆け出すように帽子までたどり着き、おもいっきり帽子を被った。
『…うむ……難しい。実に難しい』
すると、ハリーの頭のなかで声が響く。
『己の決めたことをやり抜く頑固さがある。そのためには規則すら時に無視する傾向もある。これはグリフィンドールとスリザリンに共通する素質だ』
『ありがとうございます』
ハリーは帽子に礼を言った。たとえ社交辞令のお世辞でも、誉められて悪い気はしない。
『君は立派な魔法使いになりたいのだね。どんな魔法使いなのか、想像はできているかな?』
帽子はそう言うが、具体的なビジョンがハリーにあったわけではなかった。
ただ漠然と両親の死を知り、ドラコからマーリンがスリザリン出身だと聞いた。グリフィンドールより勉強に力を入れている寮だとも。
ハリーは最後にもう一度考える。なぜ自分が、スリザリンに入ろうと思ったのか。
ドラコの偏見を抜きにすれば、スリザリンがグリフィンドールより学業に力を入れているという評価は間違っていない。裕福な魔法族出身者が多く、家庭教師を雇うなどしているため、初期の学力では他の寮よりも勝っている人が多く、また、同じ寮の生徒であれば勉学を侮蔑する風潮もないらしい。スリザリン内で勉学に力を入れる生徒は、スリザリンで得た人脈を活かして出世することも多々あるのだという。
実際のところ、ハリーは自分に才能があるとは思っていない。そこまで傲慢になったつもりはない。
赤ん坊の頃に生き延びたのはたぶんきっと、両親がハリーを守ってくれたのだろう、と漠然と思っている。でなければ闇の魔法使いに勝てるはずがない。
才能のないハリーが、両親を超えるような偉業。たとえばダンブルドアの発明のような立派なことを成し遂げるためには、しっかりと勉強をして両親が選ばなかった道を進むべきなんじゃないか、と思ったのである。
そして、そのためには、ハリー自身がまともに勉強できる環境が必要だった。少なくとも、ダーズリー家の階段下の物置のように勉強を揶揄されたり、暴力を振るわれて妨害されないような環境が。
『僕の両親を超えるような、歴史に名前が残るような立派な魔法使いになりたいです』
『よろしい。ならば、君は偉大な魔法使いになれるだろう』
「スリザリィィィィィン!!!!」
帽子の宣言とともに、ハリーは笑顔で緑色の装飾が施されたテーブルへと駆け出した。深紅の旗がたなびくテーブルから驚愕の声が響き、スリザリンのテーブルからその日で一番大きな拍手と歓声が上がるなか、黒色のローブをまとった清潔感のない教師が、じっとその背中を見つめていた。
他の生徒は原作通り。
この作品内のハリーがなんでスリザリンだったかっていうと、ダーズリー家での経験がトラウマ過ぎたからですね。
レイブンクローは普通に適正がないし。
ハッフルパフも当然適正がないので除外。
するとグリフィンドールとスリザリンしか候補がないのです。