その代わり青春っぽいイベントもありまぁす!
ハリーたちが受けるロックハート先生の授業は恐ろしいものだった。ロックハートは防衛術とは無関係の、自分の好きな色や自分の誕生日を小テストの問題として出し、芝居形式で教科書を再現するという暴挙に出た。ハリーは全問正解するのも癪だったので、わざと数問間違えて提出した。
ロックハートの小テストは、教科書を読み込んでいるかどうかという国語の授業としては良かったのかもしれない。しかし残念ながら、彼は防衛術の教師としては無能だとハリーは思った。ザビニはロックハート先生に対して露骨に失望していた。
「俺さ、人間の九割は顔で決まるっていつも言ってるけどよ……」
ザビニは端正な顔立ちに怒りを乗せていた。
「あそこまで顔の良さを無駄にできるやつは見たことがねえよ」
「ロックハート先生は女子たちには人気だから……」
人間は見た目で決まるというのが信念のザビニにとって、ロックハート先生は許しがたい相手だった。ハリーはザビニがロックハートの授業を妨害したり、教師虐めをしないようにザビニをなだめた。
ロックハート先生の授業は見世物としてはなかなかだった。強制的に役者をやらされるのがハリーでなければ、ハリーも楽しんでいたかもしれない。ハリーはロックハートの演技に付き合わされた挙げ句、見世物にならざるを得なかった。スリザリン生らしくロックハートへのお世辞も忘れなかったが、ロックハートはそのお世辞で調子に乗り、ますますハリーをこき使った。
「あんな無能を採用するダンブルドアは校長失格だよ。僕の父上はいつもそう仰っていた。父上なら、もっと優秀な教師を見つけてきてくれる」
ドラコはそう言ってスリザリン内部の女子以外からも人気を得はじめていた。
ロックハート先生の名誉のためにいえば、彼は教育熱心だった。放課後には女子たちの相談には快く応えたし、自分の支持者であれば男子にも優しくした。自分で劇の脚本を作り上げ、演出し、道化から主役まで幅広くこなす手腕は天才的だった。
しかし残念ながら、ロックハート先生は簡単な呪文にすら失敗した。彼の杖の動きは間違っていた。防衛術の教師としてのロックハートは凡人だと言わざるをえなかった。
(これならシリウスで良かったんじゃ……)
ハリーはドラコの言葉に全面的に同意するつもりはなかったが、それでもロックハート先生の授業はまずいと思った。上級生たちは、ハリーよりももっと事態を深刻に捉えていた。
「やベエよマッキー。こんなんじゃ俺たちは防衛術のテストに落ちるぜ?」
スリザリンの談話室では、リカルド·マーセナスが親友で新監督生のマクギリス·カローとよく話していた。カローはロックハートの教科書ではなく、中級防衛理論の参考書を読んでいた。
「……私たちは去年まで遊び過ぎたな……決闘クラブで汗を流すしかないな。下級生たちの相談にも乗らなければならないし……やることが山積みだ。イーライ、グリフィンドール生と揉めたそうだね?私で良ければ相談に乗るよ?連中を撃退する呪いを教えてあげよう」
マクギリスの相方の女子監督生、イザベラ·セルウィンは、後輩たちをこう諭していた。
「いい、かわいい後輩たち?防衛術は教師に教わる科目じゃないの。今年みたいにハズレ教師の年もあるわ。あんたたちも今は分からないでしょうけど、四年後、自分が受験の時に困らないように、自学自習はしっかりしておくのよ。……そして、今年は駄目でしょうけど、アタリの教師だった時は、そいつをおだてあげてしっかりと勉強するのよ」
「もしもアタリ教師が来なかったらどうすればいいですか?」
「できる奴と仲良くしてノートを見せてもらいなさい。ちゃんとお礼はしなきゃ駄目よ」
ハリーたち生徒の話題は、しばらくの間ロックハート一色になった。ハリーはザビニが度々ぼやくのを聞いた。
「……クィレルって今から思うとマシな先生だったんだな。俺、あいつに厳しすぎたよ」
ザビニがそう言うと、ハリーの胸がチクりと傷んだ。ハリーはクィレル教授のことを忘れていた自分を責めた。
「そうだね……」
「ないものは無いとして考えましょうか。防衛術を捨て科目にしてる人も多いですからね……」
生徒の誰もがセルウィンやアズラエルのように合理的に考えられるわけではなかった。ハリーは五年生たちがロックハートに呪詛を撒き散らしているのを見ながら、スネイプ教授に防衛術を教わろうとした。スネイプ教授はいつも防衛術の教師やハリーに対して当たりが強い。ハリーは、ロックハート先生を出汁にして関係が改善できるのではないかと思った。万が一の可能性もなかったが。
「防衛理論は防衛術の教師に聞きたまえ」
予想通り、スネイプ教授はハリーに冷たくそう言った。スネイプ教授は地下の実験室である魔法薬を煎じていた。ハリーは魔法薬の成績が良かったので、その魔法薬が何であるのか気がついた。
ハリーが薬とスネイプ教授を意外そうに見比べているのを見て、スネイプ教授は言った。
「ロックハートの依頼だ。あの阿呆は、これを授業で用いるそうだ。おそろしい闇の魔術に対抗する術を教えるのだと言ってな。……私はあの男が生徒に何を教えたとしても、それがまともな防衛術だとは思わん。私はあの男の……失態をつぶさに教育委員会に報告するつもりだ。私の邪魔をするな、ポッター」
「はい、先生。どうかお願いします」
スネイプ教授はハリーの視線が大鍋に向かっていたのでそう説明した。ハリーは少し微笑んで研究室を出た。
***
ロンへの虐めや弄くりは、ハリーの知る限り最小限ですんだ。今や生徒たちの話題はウィーズリー家ではなく、ロックハート先生にかっさらわれてしまった。
ハリーはダフネへのお礼のために、女子寮にお邪魔してティーパーティーに参加していた。落ち着いた緑色のテーブルクロスに銀色の刺繍が施され、用意された紅茶からは落ち着いたいい香りがした。
女子会のメンバーは、パンジー、トレイシー、ミリセント、そしてダフネの四人だった。彼女たちは同じ部屋ということで非常に仲が良く、いつも四人で行動していたが、クインビーはパンジーだった。ハリーはパンジーと正面の位置に座らされ、彼女の話につきあった。
パンジーの話は、誰と誰がつきあっているとか、よその寮の誰々が気にくわないとかいう話から、ブランドもののバッグを持っているのよというような自慢まで幅広かった。ハリーは内心つまらないと思いながらも、閉心術の初歩を駆使してパンジーの話に時に笑い、時に驚いたフリをしながら駄弁った。
実に三十分はパンジーの話につきあった頃、ハリーは喉が乾いて紅茶を口にした。紅茶は、今までハリーが飲んだどの紅茶より美味しかった。ハリーは紅茶の香りに嗅ぎ覚えがある気がした。
「ああ、すごくいい茶葉だね、これ。どこの茶なの?」
ハリーは心の底から言った。パンジーは私が用意したのよと言った。ハリーはそんなパンジーが好きになり、嬉しくなって心の底から彼女のセンスを称賛した。パンジーが笑うと、ハリーも嬉しくなった。
紅茶を飲んでから、ハリーは心地よい浮遊感のようなものを味わっていた。ハリーはいつしかパンジーに釘付けになっていた。
(僕はどうして彼女の魅力に気がつかなかったんだろう?)
とハリーは思った。パグ犬のような顔も、狡猾なスリザリン生らしい振る舞いも、何もかもが魅力的に思えた。そんなハリーを、トレイシーたちは明らかに異様なものを見る目で見ていた。トレイシーは口数が少なくなり、ミリセントはパンジーを、恐ろしいものを見るような目で見ていたし、ダフネは今までになく青ざめていた。
(……みんなどうしたんだろう。パンジーはこんなにかわいいのに……)
「私、あなたがこんなに話せる子だとは思わなかったわ」
「僕もだよ。ああパンジー。僕はどうして君のことを今までどうでもいいと思って、君の魅力に気がつかなかったんだろうね?君のパグ犬みたいな顔も、性格の悪さも、その全てがこんなにも魅力的なのに……」
ハリーがそう口に出したとき、ハリーの額の傷がずきりと傷んだ。パンジーは驚いてショックを受けたような顔をしていたし、ダフネたちは確かに笑った。だが、ハリーの緑色の瞳はパンジーしか見ていなかった。
「……ねぇポッター。喉が乾いていない?紅茶、まだ残ってるじゃない」
パンジーは笑顔ではあったが、目は笑っていなかった。ハリーはそんなパンジーも魅力的に思えた。
「飲みなさい」
「だ、駄目よポッター……」
「うん。パンジーがそう言うなら」
ハリーはダフネの制止も聞かずに紅茶を飲んだ。また額の傷跡がずきりと傷んだ。
「ねえポッター。あなたってスリザリン生よね?」
「うん。歴としたスリザリン生だよ。君も知ってるじゃないか」
「じゃあ、マグル生まれの穢れた血なんかと付き合っちゃ駄目じゃない。私、あなたがスリザリン生らしくないのがとても悲しいわ……」
(…………穢れた血?)
ハリーの中で、何かが葛藤している気がした。パンジーの言葉を聞きたいという思いと、聞きたくないという思いがハリーの中で沸き上がった。
「いまここで約束してよ。グレンジャーみたいな穢れた血なんかとは縁を切るって。そうすれば、私もあなたを許してあげる」
ハリーの中で、パンジーを喜ばせたいという思いが沸き上がった。
(パンジーのいう通りじゃないか……僕はスリザリン生なんだ……穢れた血なんかと付き合っちゃいけないんだ……)
そう思って口を開きかけた時、ハリーの額はずきりと傷んだ。ハリーの心の底から、怒りが沸き上がってくる。
(おかしい……おかしいおかしい。僕はパンジーが好きなんだ。彼女の言葉には従わなきゃ……いや、何で友達を穢れた血なんて言える?どうして母さんをそんな風に思えるんだ?)
「そんなことを言っちゃ駄目だよ。君はこんなにも魅力的な女の子なのに」
ハリーはそう即答して、じっとパンジーを見た。パンジーの顔が驚愕の色に染まり、やがて怒りに変わっていくのがハリーには見えた。ハリーはその顔が魅力的に……
見えなかった。パグ犬はどこまでいってもパグ犬にしか見えない。
(ざまあみろ)
という内心と、
(どうしてパンジーを悲しませるんだ?どうかしてるのか僕は?)
という思いがハリーの中で渦巻いていた。
ハリーはずきずきと痛む頭で、紅茶に目を落とした。紅茶からは、箒の香りがした。それでハリーは全てを悟った。
「パンジー、トレイシー、ミリセント、ダフネ。今日は楽しい時間をくれてどうもありがとう。僕はちょっと用事を思い出したから、悪いけどここで失礼するよ」
(早くここから出るんだ。これ以上パンジーを悲しませるな)
ハリーの内心は、もっとパンジーの側にいるべきだと叫んでいた。ハリーのなかのもうひとつの声は、そんなハリーを説得する理屈をつけていた。女子寮を出たハリーは、急いで医務室に向かった。
***
「待ちなさいポッター!!医務室はこっちよ!!」
ハリーの足は医務室ではなく、のろのろと、魔法探究会に向かおうとしていた。ハリーはついてきたダフネにこう言った。
「でも僕は……僕は……パンジーに従わないと……ハーマイオニーに僕は……でも……」
(う、動いたせいで薬が回ってるのね!?)
「ペトリフィカス トタルス(石化しろ)!!」
うまく動かないハリーに向かって、ダフネが魔法を撃った。ハリーは石のように身動きがとれなくなった。
「何をするんだ!?」
「あなたは医務室に行くのよ!ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊)!」
ハリーはダフネの魔法で服ごと体を浮かされ、強制的に医務室に連行された。ポンフリー校医は、ほとんど面倒くさそうに石化を解除すると、ハリーに解毒剤を飲ませた。
「う……あぁ!?僕は……何をしてたんだ!?」
ハリーにかかった魔法が解けると、ハリーは頭を抱えてうずくまった。マダム·ポンフリーはそんなハリーを呆れたように見た。
「惚れ薬に引っ掛かったのはあなたで四人目です。全く、何であんな薬が流行っているのかしら……」
ハリーはマダム·ポンフリーの話を聞いていなかった。ハリーは自分を責めていた。
(僕は知ってたじゃないか!惚れ薬は本人の好きな香りがするって!何で気がつかなかった!
いや、そんなことより……何であんなことを考えた!?)
ハリーはあと少しで、自分がもっとも大切にしたいものを失うところだった。親友と、母親の愛だ。
(魔法薬なんかに負けてしまうなんて……)
ハリーが頭を抱えている間、ダフネがポンフリーに説明をしていた。
「……私の友達が……彼に惚れ薬を飲ませたんです。友達は前の日に、ロックハート先生の部屋にお邪魔していました」
「またあの男!?生徒に惚れ薬をばらまくなんて何を考えているの!!」
ハリーは顔をあげた。ハリーは薬の出所に心当たりがあった。
「スネイプ教授は、ロックハートが授業で使う予定だからと惚れ薬を作っていました。たぶんロックハートは、それを生徒に配ったんだと思います」
ハリーはロックハート先生に敬称をつける気にならなかった。ポンフリー校医はひとしきり憤慨したあと、スネイプと校長に報告することを約束した。
「今日はもう少しここで休みなさい。下手に動いてはいけませんよ」
ハリーはポンフリーの厚意で、医務室に留まることを許された。医務室の中で、ハリーはダフネと気まずい沈黙に包まれていた。
「…………助けてくれてありがとう」
ハリーはダフネに対して、逆恨みのような感情が沸くのをこらえてお礼を言った。悪いのはロックハートと、薬を盛ったパンジーの筈だった。それでも閉心術を使う余裕はなく、声は自然と刺々しくなった。
「私……パンジーがあんなことをするとは思わなかったのよ」
「……僕は別に、ダフネを責めてる訳じゃない」
ダフネの声は弱々しかった。彼女の黒髪も、へたりこんでうなだれていた。
「あなたを招待したということで、パンジーが他の女の子たちに自慢話をする種を提供したつもりだったの」
「じゃあ見事に失敗したわけだ。まぁ最初から僕と仲良くする気なんてなかったんだろうね。仲良くしたい相手に薬を使うわけないんだから」
ハリーはパンジーを貶した。ダフネには悪いが取り繕う気にはならなかった。ダフネにとってパンジーは大切な友達の筈だが、今のハリーにはそれを考える気にならなかった。
「人の心を操ろうなんて思うからだよ」
「パンジーを悪く言うのはやめて」
ダフネはかろうじてハリーにそう言った。ハリーは鬱陶しそうにダフネに目を向けた。
「あの子はきっと……マルフォイのためにあなたにスリザリン生らしくさせようとしたのよ。あなたがグレンジャーと仲がいいままだと、マルフォイはあなたとギクシャクしたままだもの」
「そして僕の友人関係を破壊しようっていうのかい?彼女は本当に狡猾な魔女だね。余計なお世話だ。吐き気がするよ」
ハリーはパンジーに対して嫌悪感を隠せなくなった。パンジーが友達のために動いているのはハリーと同じだ。スリザリン生らしく、どんな手を使ってでもドラコのためにと目的を達成しようとしただけだ。もっともそれをされた方は、吐き気がするほど相手を嫌う権利があるということをハリーは知った。
ハリーはあらん限りの罵声を吐き出したかったが、ダフネの顔を見てはっとしてやめた。彼女の瞳には涙の粒が見えた。
ハリーはハンカチでダフネの涙をぬぐった。ダフネと暫くの間見つめあっていると、ハリーはパンジーへの怒りを漏らすことはできなかった。
「……今日は誘ってくれてありがとう。もう、パンジーがいるならお茶会は参加できないけど」
やがてハリーは気まずい雰囲気の中で言葉を紡いだ。
「君と二人とか……とにかく、僕に失礼なことをしない人となら、また誘ってくれると嬉しいよ」
結局ハリーは、ダフネのために閉心術を発動させなければならなかった。気落ちしたダフネを女子寮の前まで送ったあと、ハリーは男子寮に戻りニンバスを取り出した。箒に乗らなければ、ハリーは呪文で何もかもを壊したくなりそうだったからだ。
トレイシー(あれ……もしかしてパンジーってなんかヤバイ?)
ミリセント(ドン引き)
ダフネ(おまっ……お前~!?何してくれてんのぉぉぉぉぉ!????)