蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ピーターの余罪がちょっとだけ増えてます。


ピーター·ペティグリューと騎士団の老兵

 

 

 ホグワーツの校長室で、アルバス・ダンブルドアは険しい顔をして人を待っていた。

 ダンブルドアの眼前には、幾重にも重ねがけした拘束系の魔法で身動きひとつとれない小柄な男、ピーター・ペティグリューの姿がある。

 

 

 ピーターに対して、ダンブルドアは当初、ほんの世間話でもするような調子で話しかけた。

 

「……やあ久しぶりだな、ピーターよ。少し見ない間に随分とやつれた。

 君の母君は、君のことをたいそう気に病んでいたぞ」

 

 

 これはダンブルドア式の最大級の皮肉である。ピーターの母親は、ピーターがかつて闇の魔法使いと戦い、死んだと思い込んだまま数年前に他界していた。ピーターに対して、暗に合わせる顔がなかったのだろうと責めているのだ。口調こそ穏やかだが、ピーターを見るダンブルドアの目に生徒に向けられた慈しみはなかった。

 

 二言、三言、ピーターの愚にもつかない言い訳を聞いては、その矛盾点を洗い出し、彼がなぜ、十年もの間世間から身を隠していたのかを聞き出した。

 

「ハリーを……ジェームズの子供をホグワーツで守るためです!」

 

 ピーターは、いくつもの苦しい言い訳の中でそんな言葉を放った。

 

 その言葉を聞いて、ダンブルドアの脳内にはいくつもの感情が浮かび上がるが、その最たるものは呆れだった。

 

(見下げ果てたやつだ)

 

 シリウス・ブラックを追い詰めたものの、シリウスに敵わないと悟り、シリウスの追撃から逃れるために指を切って逃走し、ハリーが魔法界に戻るのを待っていた。ダンブルドアが他人の心の中を見透かす奥義、レジリメンスで見たピーターの心と、ピーターの言葉には嘘はなかった。肝心要のハリーを守るためという部分以外は。

 

 嘘つきの嘘のつき方として最も効果的なのは、嘘の中に真実を混ぜることだ。今も、そして、恐らくはかつても、そうやって自分をはじめとした周囲の人間を欺いてきたのだ。目の前にいる小男は。

 

 そうやって取るに足らないやつと思っていた存在に、不死鳥の騎士団の全員が出し抜かれたのだ。

 

 

 英雄として死んだはずの男が、鼠に化けてホグワーツに潜入するなどあり得ない。そんな必要は全くない。

 

 

 そんなことをしなくても、戦後にふくろうを借りて飛ばすだけで、ダンブルドアならば警備員としての仕事を融通しただろう。

 

 もしもピーターが、戦後ダンブルドアのところを訪れて、騎士団の仲間として戻っていたならばだが。

 

 ピーターにはそうできなかった。真っ先にそうすべきというところが、出来ないような後ろ暗い罪があったのだと、ピーター自身の行動が証明している。

 

 ピーターは、己の罪と向き合わず逃げようとしている。

 

 

 

 ピーターの言葉に相槌をうちながら、ダンブルドアは迎えの客が来るのを待った。

 

 そして、ピーターにとっての死神が、ホグワーツの校長室を訪れた。

 

 

『合言葉は?』

 

「百味ビーンズ」

 

 ダンブルドアにとって全くいい思い出のない冗談のような菓子の名を発したのは、低く、重々しい大人の男の声だった。

 

 予め告げてあった合言葉を言って校長室に入ったのは、二人の男だった。

 

 ひとりは全身が傷だらけで、片方の目は義眼である。校長室に足を踏み入れた瞬間にはもう、杖の切っ先が部屋の中のピーターへと向けられていた。

 

 止まることなく回り続けていたピーターの舌が、まるで沈黙魔法(シレンシオ)にかけられたかのように止まる。

 

「……まさかとは思ったが……」

 

 一人は、全身が傷にまみれた男だった。治療不可能な闇の魔術(カース)によって鼻は削げ、片方の目は義眼である。まだ残っているほうの目はピーターを見据え、義眼はくるくると校長室を見回して、隠された罠がないかを調べている。およそ真っ当な人が出せるような雰囲気はなく、体よりも心を傷つけられた戦士の佇まいだった。ピーターも、ダンブルドアもこの男とは面識がある。

 老練の闇祓い、アラスター・ムーディである。

 

 魔法界の犯罪者の中でも、最も悪質な闇の魔法使いや闇の魔法生物を取り締まる精鋭部隊。それを呼んだということは、ダンブルドアははじめからピーターをかばう気などない。

 

「久しいな……ええ?ピーター。随分と、卑屈な顔になったようだが」

 

 ムーディの声と共にそれを理解したピーターは、小さく声にならない悲鳴をあげた。

 

 もう一人は、マグルの役人が身に纏うスーツに身を包んでいた。黒人で、ムーディのように殺気や疑心を周囲に撒き散らしてはいない。

 キングズリー・シャックルボルト。現時点では中堅の闇祓いであり、これから魔法使いとしての長い全盛期を迎えていくだろう人材だった。

 

「……おお、アラスターが来てくれるとは話が早くて助かる。そちらの方とははじめて会うな」

 

 ダンブルドアは、キングズリーとも面識がある。ムーディから、優秀な若い人材がいると紹介されていたのである。

 

 あえて初対面を装ったのは、ピーターを最大限に警戒したがゆえであった。

 

「部下のキングズリーだ。だが今はそんなことよりも」

 

 マッドアイの異名を持つ魔法の義眼が、しっかりとピーターを見据える。

 

「貴様の持っている情報を全て吐いて貰うぞ、ピーター」

 

 

 ムーディが杖をふるった後、ムーディの掌には、真実薬が入った瓶が握られていた。

 

 

 

 

 ピーターに真実薬が投与されてから一時間。

 

 

 アラスター・ムーディの怒りを鎮めるために、ダンブルドアは少しの間ムーディを説得しなければならなかった。

 

 

「……ギデオンとファービエンも!エドガーも!!挙げ句、親友のポッター夫妻まで売ったというのか!?」

 

 ムーディは、長く魔法省の闇祓いとして魔法省に勤務し、幾多の闇の魔法生物や闇の魔法使いたちを捕縛してきた。

 ムーディについてダンブルドアをはじめとした魔法使いたちが最も尊敬している点は、彼が、敵対者の殺害という手段を取らず捕縛にとどめてきたという部分にある。

 人間が人間であるために、人間に対してすべきではないことを理解し、それを回避するための手段を全力で考え、実践するだけの下準備という名前の血の滲む努力を重ねて、彼はその困難な偉業を成し遂げてきた。代償として己の体を犠牲にしようとも。

 そんな彼だが、己の体の傷よりも深く残る傷はある。

 

 ヴォルデモート陣営との魔法戦争のとき、あらゆる命の尊厳は踏みにじられた。単純に殺す、という手段だけでは飽き足らず、服従の魔法によって味方へ襲い掛かるもの、情報を漏洩するもの、拷問によって人格を破壊されるものがいた。ありとあらゆる形で、人が人として尊重すべきものが奪われ続けた。それはムーディの人生に対する冒涜だった。

 

 ムーディが奪われたのは、人への信頼だった。

 

 闇祓いとしての誇りは、服従の呪文に屈した仲間によって砕かれ。組織のしがらみに囚われる形で、魔法法執行部との連携すらままならなかった。

 

 騎士団員として、組織に属さない形での正義というなけなしの抵抗は、自分を深く尊敬していたブラック家の若者が裏切り者だったという結末によって奪われた。

 

 それでも犯罪者を逮捕するという矜持は、戦後疲弊した魔法省が財界を牛耳る純血一族に忖度したことで踏みつけられた。

 

 それから十年の月日が流れた。およそ人が信じるべき正義の全てから裏切られてきた老兵は、深い疑心暗鬼に囚われ、周囲から白眼視されるという不遇な戦後を過ごしてきたのである。

 

 

「わ、私は……怖かったんです!!あの人が、シリウスが!!生き残るためには仕方なかった!」

 

 

「そんなものは理由にはならん。自分の意思で、成人し卒業してから参戦した男が何をほざく。貴様が自分かわいさに殺したマグルたちには子供も、親も妻もいたのだ」

 

 ムーディは杖先をピーターに向けたまま、ピーターに向けていた殺気を弱めることはない。

 

「……ポッター夫妻を売ったのが、この男だったとは……」

 

 キングズリーがそう呟く。

 

「……ピーターの母君は、ピーターの身を案じていた。裏切りの理由にはなったかもしれん」

 

 ダンブルドアは、あえてムーディの前で善人の仮面をつけたままそう言った。己への怒りと失望で腸は煮えていたが、それに支配されないだけの理性は残しておく必要があった。

 相手がどれだけ憎い裏切り者でも、血の通った人間で、そこに至るまでの積み重ねがあったことを理解しなければならない。

 

 そうでなければ、また、同じ過ちを繰り返してしまう。

 

「君の怒りは正当だ、アラスター。だがここは、どうか、ピーターに鼠としてではなく人としての権利を。裁判で発言する自由を与えてやってはくれんか」

 

 これは確認だ。ダンブルドアは、ムーディがその心を奪われてなお、より良くあろうとする善人だと知っていた。

 

(私でも我慢したのだから、君ほどの男ならば我慢できるだろう)

 

 ただ、深い悲しみと怒りをしまいこむには、いくらかの時間が必要なのだ。

 

 なおも怒りが収まらないアラスターに代わって、キングズリーが瞬間移動や変身魔法などのあらゆる魔力の行使を阻害する捕縛魔法、さらに失神魔法、ステューピファイをかけ、ピーターを逮捕する。

 

「闇の魔法使い一人を私刑に処したところで、なにも変わらないでしょう。ピーター・ペティグリューは、マグル大量殺害の容疑で魔法省に連行します」

 

「常に変身呪文を阻害する措置をしておくことだ。一度鼠に化けられれば、二度と見つけられなくなるぞ」

 

 分かっていることだろうが、歳を重ねるとつい要らぬ心配をしてしまうのだ、とダンブルドアは付け足す。キングズリーはええ、と頷いた。

 

「……しかし、あらゆる闇の魔法使いの中でも、最も厄介な男ですね、ピーターは。これで緑の閃光まで使えたらと思うとゾッとする」

 

 キングズリーはピーターをそう称した。ダンブルドアは深く頷いた。

 ピーターは誰からも蔑まれ、弱い魔法使いだと思われていた。ダンブルドアも、ピーターをジェームズの友人の一人として見たことはあれど、特別な能力を持つ魔法使いだと思ったことはない。

 

 それは、普段から誰かのために何かを為すことがないピーター・ペティグリュー自身の素行から下される評価が原因だったが。

 

(……ピーターがデスイーターであることに気付かなかったのは私の落ち度だ)

 

 と、ダンブルドアは己を責めた。

 

 何の勇気もない魔法使いを友人とするほどジェームズは迂闊ではなく、何の能力もない魔法使いを友人とするほどシリウスは残酷ではなく、何の能力もない魔法使いが友人になれるほどリーマスの抱えていた事情は単純ではなく、そして誰よりもピーター自身のためにピーターを評価すべきだった。

 

「闇の魔法使いとは、己の心の弱さに負け、それを糧として生きている人間だ。最も弱く見えるものほど厄介なのは道理だろう。移送にも、当然拘束にも、最上級の警戒が必要だ」

 

 

 

 ゆえに、ピーターにはアズカバンに投獄されて貰うことにした。それと引き換えに、無実の魔法使いが解き放たれることを期待して。

 

「言われるまでもない。もうここに用はない。邪魔したな、ダンブルドア。行くぞ、キングズリー」

 

 ようやく怒りを内に閉じ込める演技ができたのか、ムーディはくるりと踵を返した。その背に向けて、ダンブルドアは言葉を投げ掛ける。

 

「私からファッジに手紙を送る。生徒たちのふくろうが日刊予言者新聞に届いて、明日には記事になるだろうが、闇の魔法使いが一人捕まったと書く。

今回の一件は、私の管理者としての能力不足が原因だった、と記者の質問に答えれば、ファッジに対する突き上げも最小限で済むはずだ」

 

 かつてピーターが死を偽装したとき、シリウスを誤認逮捕したのが、当時魔法法執行部の隊長であり、現在は魔法省大臣であるコーネリウス・ファッジである。

 今回の一件が明らかになれば、記者によるファッジへの追及と批判は免れないだろう。まともに裁判もせずシリウスをアズカバンへ送った魔法省に対しても、世間からの批判と、無能という評価は避けられない。その矛先を、ダンブルドアは騎士団の旗頭であった自分自身に向けるつもりだった。

 

 そうすることで、少しでもファッジをコントロールしたい。可能なら有事のとき、ファッジが純血保守派ではなく、魔法界全体のために動くように。

 

「……お前らしくもない。名誉を捨てて泥を被るつもりか、ダンブルドア?」

 

 昔を知る男からのこれ以上ない皮肉を、ダンブルドアは甘んじて受け入れた。

 

「……まさか。これは泥ではなく、責任というものだ。それに」

 

 ダンブルドアは深呼吸をしてこう言い足した。

 

「真実が公の場で明るみにならなければ、いつまでも彼の冤罪は晴れぬ」

 

 その言葉を背中で聞きながら、ムーディとキングズリーはピーターを留置所へと移送するのだった。

 




某薬学教授と違ってピーターにはダンブルドアから見て信頼できる要素がなんにもないんですよねえ……
扱いが悪すぎると思ったピーターファンの皆さん本当にごめんなさい。
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