ハリーたち魔法探究会の六人は、月曜日の授業が終わった後、いつものように空き教室に集まっていた。スリザリン·クィディッチチームの練習は毎日というわけではなく、月曜日と日曜日は休みだ。もちろんハリーは個人練習をして初試合に備えるべきだったが、今はそれどころではない事態になっていた。
「納得いかねえよ。ホグワーツにはバカしか居ねぇのかよ」
ザビニはそう吐き捨てた。
「落ち着いて、ザビニ」
「俺たちはお前らがコリンを石にする筈がないって信じてるよ」
ロンもハリーも動揺を最小限にとどめてはいたが、表情は暗い。ハリーはホグワーツの生徒からは白い目で見られていたからだ。
「ウィーズリーに擁護される日が来るとは思わなかったよ……」
ファルカスは複雑そうな、それでいてほっとしたような顔をしていた。ハリーの前では隠していたし、全校生徒もそのことを知らないが、ファルカスは純血主義だった。純血主義を掲げるスリザリン生が、安易にマグル生まれの生徒と問題を起こすということがどういう意味を持つのか、ファルカスはまざまざと思い知っていた。ファルカスは朝の出来事を思い返していた。
***
ハリーのストーカーだったコリン·クリーピーが石になり医務室に封じ込められて一日が過ぎた。その噂は瞬く間にホグワーツ中に広まってしまっていた。月曜日の朝、ハリーはスリザリン寮の後輩であるイーライ·ブラウンから、よりによって朝食の大広間で的外れな称賛を受けた。
「やりましたねハリー!『穢れた血』に制裁を加えてやるなんて!どんな手を使ったんですか?!」
「…………は?」
ハリーは絶句して言葉が出なかった。公衆の面前で差別用語を口に出すイーライの無神経さに腹が立ったし、いくらコリンだとはいえハリーがコリンを石にしたのだと決めてかかる思慮のなさにも、そもそも石にされた被害者を笑う異常な神経に対しても、共感することはできなかった。
イーライはとても貧乏で、スリザリンの中でも浮いた生徒だった。ハリーは彼がマクギリス·カローの援助を受けて身なりを整えていたところを目にした。
しかし、イーライに与えられたものはそれだけではなかった。彼はリカルド·マーセナスから純血思想を吹き込まれていた。リカルドやカローだけではなく、スリザリンの談話室ではちょっとした会話の端々でも、先輩たちが差別用語を連発しているのだ。ガーフィール·ガフガリオンは他所の寮生の前ではそれを隠す程度の狡猾さを持っていたし、ジェマ·ファーレイのように純血主義を快く思っておらず、表面上は他寮とも親しくしている生徒よりも、そういう悪い意味でのスリザリンらしい生徒のほうが下級生の印象に残る。どの世界においても、悪貨は良貨を駆逐するものなのだ。
先輩から受けた恩に応えようと、純粋で素直で真面目なイーライは純血主義を信仰するようになった。そして、深く考えることもなく公衆の面前でそれを明らかにしてしまったのである。
「イーライ……君ねえ。そういうことは寮の中だけにしてください」
「そういうことは、相手を見て話した方がいいよ。スリザリン生の誰もが純血主義って訳じゃないから」
アズラエルは慌ててイーライの口を塞ぎ、内心では純血主義を持っているファルカスは優しくイーライに言ったが、もう遅かった。
「……なんだぁあいつ……?喧嘩売ってんのか?」
「糞レイシストがよ……ぶっ殺すぞ」
グリフィンドールのテーブルやハッフルパフのテーブルからはイーライとハリーに対する侮蔑の視線が向けられた。レイブンクローのルーナ·ラブグッドは、チューインガムを噛みながらイーライに呆れた視線を向けていた。
「今年はグリフィンドールだけじゃなくて、スリザリンにもバカがいるね」
内心でその同意していても、ルナの独り言に相槌をうつ生徒はいない。奇抜なファッションセンスと存在しない幻獣を信じていることでレイブンクローの中でも孤立し始めていた。客観的に見れば、彼女も周囲に合わせることができないはみ出しもの。バカの一人であることに違いはなかった。
「……え、どうしてですか?!ハリーはクリーピーを迷惑がっていたじゃないですか!」
「ハリーは純血主義じゃねえんだよ。とっとと授業に行けよ、イーライ。邪魔だ」
ザビニは一瞬で雰囲気が悪くなったことに怒っていた。イーライを邪険に扱うことが、今出来る最大の処世術だった。イーライを犠牲にしてでも、ザビニはハリーと自分の名声を守りたかった。
「そんなのおかしいですよ!だってカロー先輩はスリザリンは純血主義だって言ってました!スリザリン生なら純血主義でしょう!!」
(ああああああ……!!これだからお馬鹿さんは―っ!!)
アズラエルは見たことのない形相でブラウンを睨んでいた。ブラウンの行動は狡猾でも利口でもなく、グリフィンドール生の嫌悪感に火を注ぐだけだった。コリンはわずかな期間でグリフィンドール生の中ですら孤立しかけていたが、差別されて嘲笑されたとなれば、まともな神経を持つグリフィンドール生ならコリンに同情するだろう。
さらに悪いのは、一部のスリザリン生たちはブラウンの思慮にかけた発言に眉を潜めることはあっても、概ね好意的にブラウンの言葉を受け入れていたことだ。大半のスリザリン生はコリンの人格は知らないか、知っていてもマグル生まれな上に自分の寮の仲間に迷惑をかける奴としか思っていない。差別発言ですらされて当然だと思っているだろう。
ハリーたちの去年の活躍によって、グリフィンドールとスリザリンの対立は多少は緩和された。少なくとも理由もなくスリザリン生がいじめをする回数は減った。
だが、それで過去に行ったスリザリン生の悪事がなくなったわけではない。虐められたグリフィンドールの生徒……例えばネビルなどは今もドラコやザビニを怖がって避けている。虐めたスリザリン生もその事についてとくに謝罪をしたわけでもない。英国においては先に謝ったほうの負けなのだ。スリザリン生に限らず、ハッフルパフ生以外のほとんどの生徒は自分の非を認めて謝るということをしないのである。
「……イーライ。主義主張はその人の自由なんだけど、今そういうことを言うのは良くないと思うな」
ハリーはイーライを一瞥もせずさっさと授業に向かったが、グリフィンドールやハッフルパフのテーブルから向けられる視線が冷たくなっているのを感じた。実際、授業では話す間柄だったアーニー·マクラミンなどの生徒からは一気に他人行儀な扱いを受けて、距離を置かれてしまった。まともな人間なら誰だってレイシストと付き合いたくはないということだ。
ロンとハーマイオニーはここに来てグリフィンドール生らしい勇気を見せた。昼食の時にグリフィンドールのテーブルからハリーたちのテーブルに来て、一緒に食事を取ろうとしたのである。ハリーと二人が親しいことは公然の秘密として、ホグワーツの生徒なら誰でも知っていた。この状況でも友情が継続したことはありがたかったが、公衆の面前で集まるのはますます状況がややこしくなると思ったハリーは、メッセージを書いた紙を蝶に変えて二人に合図を送った。空き教室で話そう、と。
***
「ウィーズリーに擁護される日が来るとは思わなかったよ……」
ファルカスの言葉をハーマイオニー·グレンジャーは深刻な顔で聞いていた、今日の彼女には全く元気がなかった。いつものように授業では率先して発言し、グリフィンドールに得点をもたらしていたが、それでも喜ぶことはできなかった。
ハーマイオニーは意を決して、ハリーに話を聞くことに決めた。空き教室に来てから、アズラエルやファルカスが気まずそうに自分を見ているのに気がついていたからだ。朝の一件があってから、スリザリンの生徒たちが時折自分のことをじろじろと見ているのにも気がついていた。
「……ねえ、みんな。私に隠していることがない?」
「……隠していることって?」
ハリーも、ハーマイオニーの顔色が優れなかったことに気がついていた。ハリー自身、朝の一件以来、彼女にどう説明をすればいいのだろうかと頭を悩ませていた。できればこんな日が来なければいいと思っていた。
「…………穢れた血って、なに?」
ハリーたちの間に緊張が走った。ファルカスは青ざめた顔でハリーを見ていたし、アズラエルは思わずハーマイオニーから目をそらした。ハリーがなにか言う前に、ロンが言った。
「あいつが思う限り最低の侮辱の言葉だ」
ロンの声は怒りで震えていた。
「……両親二人とも魔法使いじゃないってだけで、自分達より下なんだって言いたがる奴が考えた最低の呼び方なんだ。マルフォイみたいなやつは、魔法使いとの間に生まれた自分達を純血だとか言ってお高く止まってるけど、そんなことは全くないぜ。ネビルだって純血だけど、ハーマイオニーに勝てるところは一つもないんだから」
「ハーマイオニー、誤解しないでほしい」
ハリーはロンの言葉に安堵しつつも、スリザリンの差別主義的な考え方にショックを受けているハーマイオニーに素早く言葉を被せた。
「スリザリン生でも、別に全員が純血主義を信じてる訳じゃない。僕は君を他の皆と同じ……いや、ロンやザビニと同じ親友だって思ってる」
ハリーの目には、ハーマイオニーの瞳が少し揺れたような気がした。
「そりゃそうですよ!」
と、アズラエルは相槌をうった。
「前学期に、僕たちは協力して困難を乗り越えたじゃないですか!!そういう考え方をしていたら、あんなことはしませんよ!ねぇ、ザビニ、ファルカス?」
アズラエルはそう言ってザビニとファルカスに目で合図を送った。
(頼むから余計なこと言わないで下さいよ……!!)
アズラエルにも、二人との友情を継続する意志はあった。本音を言えばスリザリンとグリフィンドールの思想的な違いに触れることなく、ぬるま湯のような友情に浸かっていたかったのだが、もうそういう訳にはいかないのだ。触れずにいた部分が明かされてしまったのだから。
「……ウィーズリー、グレンジャー、すまねえ」
ザビニは二人にいきなり謝った。
「ど、どうしてザビニが謝るの?」
「俺は正直……お前らのことは最初、嫌いだった。純血主義を信じてたんだ。スリザリンに入ったときも、純血主義ってやつを信じれば成り上がれると思って、よく知らないのにお前らのことを見下してた」
ロンは黙ってザビニの言葉を聞いていたが、やがてポツリと言った。
「……知ってたさ」
「俺、自分がどういう目で見られてるかは結構気にしてたんだぜ。ザビニが俺たちのことをよく思ってなかったのも薄々分かってた」
「ロン……」
「けど今ならそれは……純血主義をただ信じて人を見下すのはバカな考え方だったって分かるぜ。ウィーズリーは……普段全然パッとしねえ癖に、賢者の石を守るときは俺よりも役に立ったしよ。グレンジャー、お前は……俺を助けてくれたし……もうそんな風には見れねえよ」
ハーマイオニーは無言で、ザビニの告白に首を縦にふった。ザビニはそれだけで、深いため息をついてその場にへたりこんだ。
「……皆は狡いよ……」
「ファルカス?」
ハリーは不安な気持ちでファルカスを見た。ファルカスは、悔しそうに唇を噛んでいた。ハリーは今まで、ファルカスのそんな顔を見たことはなかった。
「どうして皆は、親から言われた言葉をそう簡単に捨てられるのさ?」
「ファルカス、ザビニは簡単に考え方を変えた訳じゃないよ」
「そうですよ、ザビニだって色々と葛藤して……」
「だからって、純血主義やスリザリンの考え方を悪く言われてるのに、何でそれを否定しないのさ!ましてや僕たちは、やったわけでもないことで疑われてたのに!ザビニだって、ハリーだってグリフィンドール生には腹が立つだろ?!」
「いや、俺は……」
ザビニはファルカスにどう言えばいいか分からずに打ちのめされていた。普段大人しいファルカスがここまで攻撃的になったのははじめてだった。
「お、落ち着いて下さいよファルカス。ザビニは何も僕たちのことを悪く言った訳じゃありません。純血主義を、自分は上手く利用するって決めただけですよ、ね」
ハリーはファルカスが純血主義を信仰しているとは思っていなかった。だから、ファルカスの言葉を深刻に受け止めていた。ファルカスはロンとハーマイオニーだけではなく、ハリーやザビニとも距離を置いてもおかしくはなかった。
「……ファルカス。グリフィンドール生である前に、ロンとハーマイオニーは友達じゃないか。君だって二人のことは嫌いじゃないんだろ?」
「……そうだけど、それはそうなんだけど……!ハリーだってマグルが嫌いなのに。大人たちだってマグルのことを見下してる人は多いのに、僕らスリザリン生の純血主義『だけ』が悪く言われるのはおかしいよ!皆、スクイブやマグル生まれやケンタウロスや……違うなにかを差別してるのは同じじゃないか!何でスリザリンだけが悪く言われなきゃいけないんだ!」
ファルカスは何かに納得できない様子だった。ファルカスはハリーにも、ロンに対しても溜め込んでいたものを吐き出すかのように思いをぶつけてきた。
「……ファルカスは悪くないよ。スリザリンが悪く言われるのは、全部ヴォルデモートのせいだよ」
ハリーはそう言った。ヴォルデモートの名前が出たとたん、部屋の空気が凍った。
「ハリー……?」「お前……」
マグル嫌いであることを、ハリーはロンとハーマイオニーには明かしてこなかった。ハリーはザビニや、ファルカスを見た。本心を明かしてまで友達と向き合ったのに、何で自分だけ閉心術を使えるというのだろうか。
ハリーはロンが自分に対してはじめて嫌悪感を向けるのを辛く思いながら、本心を明かした。ハリーはまずロンの方を見て言った。
「僕がマグルのことが嫌いなのは、あいつらが僕の話を聞かずに……聞いてもろくな扱いをしなかったからだ。最低だよ。だけど、僕がそれで誰かを傷つけようとしたことはない。ファルカスも……ハーマイオニーを傷つけたかった訳じゃない。今まで純血主義だってことを黙ってたのは、君を傷つけたくなかったからで……」
ハリーはどうしてもハーマイオニーに謝ることができなかった。言い訳がましく言葉を重ねるハリーに、ハーマイオニーは悲しそうに言った。
「ハリー、ファルカス。それでも、差別は良くないわ。だって私……私、今、後悔しているもの。二人がそんなに苦しんでいたことに気付けなくて…」
「……ごめん……」
ファルカスは絞り出すように言った。
「僕は……自分でもどうすればいいのか分からなくなったんだ。ロンやハーマイオニーといて、楽しくなってきている自分がいて、純血主義をやめた方がいいのかなって思った。だけど……朝に僕たちのことを良くない目で見ていた奴らは、クリービーと親しくもなかったじゃないか。そんな奴等のために、僕らの考え方が否定されるのはおかしいよ」
ファルカスの言葉に、ロンは反論した。
「確かに朝怒ってた奴等はクリービーの友達じゃなかったけどよ。自分の寮の後輩があんな風に差別をされたら誰だって怒るよ。当たり前だろう」
「本当に全員がクリーピーのために怒ったって言いきれるの?スリザリンのことを悪だって思ってて、スリザリン生だから何をしてもいいって理由で僕たちを悪い目で見てるんじゃないの?」
「……それは……」
ハーマイオニーは言いよどんだが、ロンは譲らなかった。
「ファルカスの言葉を否定はしねえよ。スリザリン生だからって良くない目で見てたことは、俺にもあるよ。確かに怒った奴等の中には、ファルカスが言うようなスリザリンへの偏見で動いたやつもいたかもしれない」
「けどな。そうやって団結して、スリザリンの虐めっ子が相手だろうと集団で反論しねえと誰も虐めなんて止められねえだろ?孤立してる奴のために何かをしてやりたいなんて物好き、普通はいねえんだ。……それって、大抵は余計なお世話になっちまうから。とんでもなく勇気がいることだからさ」
「……それは、確かにその通りだけど」
ファルカスはロンと議論を交わした。ハリーもロンと議論せざるをえなかった。マグルについての意見で、ロンとハリーは真っ向から対立し、アズラエルに仲裁してもらわなければならなかった。
四人はいつしか、アズラエルの先導によってディベートを交わしていた。ザビニは誰にもつかず、ディベートが終わるまで真剣に流れを見守っていた。
ロンはハリーに対しても、はっきりと意見を言った。
「なあ、ハリー。マグルが嫌いだっていうのはさ。それはたまたま、ハリーを育てたマグルが糞だったってだけなんじゃねえか?」
「……俺の友達にシェーマスって奴がいるんだけど……そいつの父さんはマグルで、凄く立派な奴だぞ」
「……たとえそうだとしても、僕がマグルを嫌いってことまでは変えられないよ」
ハリーはロンの言葉に、怒りと憎しみを掻き立てられた。マグルがどれだけ人の話を聞かないか知らないロンにそれを言われるのは心外だった。ハリーとロンの議論はいつまでも続いた。マグルが嫌いなハリーと、それはおかしいと言うロンの議論は平行線のままだった。時計の針は議論をはじめてから四十分は経過していた。ハーマイオニーとファルカスとザビニは一致団結して二人の議論が平穏に終わることを望んでいた。
(グリフィンドールとスリザリンはコインの裏表と言いますけど……)
アズラエルは持論の押し付け合いになりかけるロンとハリーを見て思った。
(なんかわかった気がします。めちゃくちゃ仲がいいのに一度拗れると似た者同士なのかすげえ長引くんですね……)
ディベートを進行していたアズラエルは、不毛な議論を続けようとするハリーとロンに対してへそを曲げて、ある提案をした。
「ファルカスがバナナージ先輩に誘われていた決闘クラブに行きましょう」
「いくら話しても決着がつかないなら……あとはもう決闘しかありませんよ」
こうして、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ザビニ、ファルカス、アズラエルは六人で決闘クラブを訪れることにした。クラブを訪れるハリーとロンの空気は最悪だったが、ファルカスやアズラエルやザビニは、ロンとハーマイオニーのことを名前で呼ぶようになっていた。
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