原作を読んでいて驚いたこと
クィディッチチームには……コーチが居ないのである!!
ドラコ·マルフォイは、イーライ·ブラウンが穢れた血と差別発言をした場所に居合わせていた。
普段のドラコであれば、純血主義の支持者としてブラウンに塩を送ったかもしれない。ハリーたちを冷笑した上でコリンを蔑んでいただろう。
だが、バカ笑いをするクラッブやゴイルたちと同じ気分ではなかった。クスクスと面白いものを見たように笑うパンジーが、いつもなら笑うはずのドラコを心配して話しかけてくる。
「どうしたのドラコ?どこか悪いの?」
「僕は至って健康さパンジー。心配させてしまったかい?ただ、マグル生まれの連中なんかに関わりたくないと思ってね。授業に遅れるわけにもいかない。どうだい?次の授業は、君と僕で隣の席に座るというのは?」
「まぁ、恥ずかしいわドラコ……!」
パンジーは満更でもなさそうな顔でドラコについてくる。ドラコ自身、パンジーのことは憎からず思っていた。親をきっかけでできた友人で、昔からの付き合いだが、こうやって自分に好意を示してくれるのはパンジーだけだ。
だからこそ、そのパンジーにシーカー就任を、あの無様な勝利を祝福されたとき、ドラコは違うと思った。
(……違う)
ドラコは自分自身の力でハリーと戦って勝ちたかった。それが出来るだけの練習はやってきたし、クィディッチの知識も自分のほうが上だった。
(……まともにやったって、僕が勝てるはずだったんだ……!)
ドラコは戻れるならあの試合の瞬間に戻りたかった。だが、一度シーカー就任が決まった以上はもう引き返すことはできない。フリントやパンジーたちはドラコを支持している。ドラコが、ただ気分が悪いからとシーカーを降りるのは、彼らの顔を潰すことになるのだから。
(何がスリザリンだ。穢れた血だ?クィディッチ競技場の空には、そんなものは無かったはずなのに……)
ドラコが親から教わった知識は、純血の魔法使いは他の魔法使いより優れていて偉く、そうではないものには何をしてもいいという都合のいいものだった。だが、現実はそんなものではないとドラコは知った。スリザリンのチームにはドラコの親が与えた箒がある。寮間での試合は公平な戦力による戦いとは言い難く、勝ったところで金の力による勝利だという批判は免れないだろう。これで敗北でもしようものならいい恥さらしだ。
ドラコは、生まれてからずっと魔法の勉強をしてきたのに、穢れた血と内心で見下していたハーマイオニー·グレンジャーに成績で負けた。それだけではなく、前学期には彼女に命を救われていた。ハリーとグレンジャーが森で怪物相手に足止めをしなければ、ドラコだってどうなっていたか分からない。脳内に、前学期のハロウィンでハリーから言われた言葉が木霊する。
(『僕は彼女に勉強で勝てなかったまま彼女の勝ち逃げで終わるじゃないか。高貴なスリザリンの生徒がマグル生まれに負けたまま終わっていいの?』)
負けた。勝ちたくもない戦いには勝って、負けられないと思っていた戦いにも負けた。教師たちの贔屓だとルシウスに強がっても、マグル生まれに負けた自分の責任だと突き返された。ドラコはその事を思い出してしまった。マグル生まれの子供より自分たち純血の魔法使いのほうが能力が高いという幻想にすがることもできなかった。
(『君は僕に勝ったんだぞ!!』)
ドラコは授業を受けている間にも、ハリーの言葉を思い出して羽根ペンの字を書き損じてしまった。どんな手段を用いてもの勝利、結果のためにあらゆる手を尽くすというスリザリンの美徳。それはドラコがこれまで信じてきたことで、世界の全てのはずだった。
ハリーは魔法薬の授業をザビニと同じ席で受けていた。スリザリンとグリフィンドールの生徒が同じテーブルにつくことはない。そのしきたりを表面上は守っているように見えた。だがドラコは、後ろの席からハリーがウィーズリーと魔法で何かのやり取りをしているところを見た。
ドラコはパンジーと笑っていても、心の底からは笑えなくなっていた。自分がこんなに苦しんでいるそもそもの原因が、スリザリン的な狡猾さや純血主義的な価値観にあるのではないかと思って、それを疑ってしまったからだ。
(考えるな。こんな馬鹿馬鹿しいこと。父上や……パンジーたちへの裏切りだぞ)
ドラコは自分の中の声におされて、その考えをしまいこんだ。スリザリンの中で生きていく上で、そんな考え方は邪魔でしかなかったからだ。クラッブやゴイルだって、ドラコが望んで得た友達ではなかったが、確かにドラコの友人ではあったのだから。
***
ドラコの考えとは無関係に、シーカーはドラコということはもう覆しようがなかった。人が立ち止まりたくても、時の流れは歩みを止めてはくれないのだ。
ドラコとハリーは、クィディッチの合同訓練のために競技場を訪れていた。練習が始まるより早くに競技場に来て、箒の調子を確認したり、基礎練習をしておくためだ。スリザリンクィディッチ·チームの合同練習の時間は短い。それは合同練習の時間は他チームの戦術や対策を確認したり、パスの練習に当てるためのもので、個人の技術を磨くのは当人の努力と才能次第というのが一般的な学生スポーツのありかただった。チェイサーのエイドリアン·ピュシーやキーパーのマイルズ·ブレッチリーはハリーたちより早くグラウンドに来ていた。
「おはようございます、エイドリアン、ブレッチリー」
「我らがシーカーとチェイサーの到着か」
「待っていたぞ、ドラコ。早くから熱心だな」
ハリーが挨拶すると、ブレッチリーは笑顔でドラコとハリーを迎え入れたが、ピュシーはドラコにだけ挨拶を返した。ハリーとピュシーは同じチェイサーだ。ハリーはカシウス·ワリントンの技量の隙をついて彼に勝ち、正チェイサーの座を奪い取っていたことから、ピュシーはハリーに思うところがあるのかもしれなかった。ハリーはそんなピュシーに嫌がられながらも、笑顔でピュシーと空中でクァッフルを投げ合った。
(まずは基本に忠実に。捕球しやすいようにパス)
ピュシーは試合中はあまり多弁な選手ではなかった。ハリーはスリザリンチームの試合でそれを見ていた。同時にハリーは、ピュシーが高い能力を持ったプレイヤーだと思っていた。こんなものではないはずだ。
(次に、捕球してそのままゴールに向かえるように、回転のない高速のパス)
ハリーはピュシーを信頼して、少し難しいパスを出した。ピュシーはそのパスを受けた勢いのままゴールに突き進み、ブレッチリーからゴールを奪った。
お返しとばかりに、ピュシーもハリーに高速のパスを出した。ハリーもそれを胸元で捕球し、抱き抱えた状態のまま箒をスライドさせてリングに向かう。マイルズは手の先でハリーのシュートを阻もうとしたが、惜しくもクァッフルはゴールを追加した。
「お前、今のは無茶なシュートだったな。行けると思ったのか?」
「はい。いいパスだったのでそのまま行きたくなりました」
「グリフィンドールには今のプレーは通用しない。ああいう場面では、俺かフリントにパスを出せ」
ピュシーもまた、ハリーと同じようにクィディッチのプレーで語るタイプの選手だった。ハリーは少しだけピュシーに認められたような気がした。クィディッチを通してなら話が通じるからだ。
(やっぱり、上手い人とプレーできるのは気持ちが良いなあ)
ハリーと対等か、格上のプレイヤーはドラコやセドリックだが、彼らはほぼライバルだった。彼らとは主に敵としてスニッチやクァッフルを奪い合ったが、チームメイトとしてプレーできるのは心強いとハリーは思った。
暫く練習をしていると、ビーターの先輩たちやキャプテンのマーカス·フリントも競技場に姿を見せた。ハリーはドラコの表情が少し固くなったような気がした。なぜそう思ったのか、ハリーには分からなかった。
ゴリラのような大男であるキャプテンのマーカス·フリントは、笛を吹きならしてハリーたちを呼び寄せた。フリントはチームメイトを見渡し、堂々と宣言した。
「しばらく見ない間に見違えたもんだ。このチームで試合をするのは、月末のハッフルパフ戦が初だが……」
「正直に言えば、負ける気がしねえ。そうだろう、ブレッチリー?」
「ああ。最強のチームになったぜ、キャプテン」
フリントが同意を求めると、ブレッチリーはニヒルに笑った。
「キャプテン。次の試合では二百点差をつけてやろう」
「おう。こっちにはニンバスがあるんだ。どうとでもなるさ。……さぁハッフルパフの説明に入るぞ。眠るんじゃないぞポッター。ハッフルパフは今年七年生になるフレデリック·ニートがシーカーでキャプテンを努めるチームだ」
そしてフリントはハッフルパフをこき下ろした。
「連中は才能もないのに、良く考えもせずに無駄な練習に時間を費やした挙げ句、去年の俺達にすら打ちのめされた木偶の坊だ。今年も新しい戦力はなく、戦略と言える戦略もない。試し斬りにはもってこいだ」
「でも、ハッフルパフにはセドリック·ディゴリーがいます」
チーム全体に漂う楽観的な見方を、ハリーは否定した。新入りが言うことではないと自分でも思ったが、言っておくべきだと思った。
「彼にクァッフルを集めてしまったら、ニンバスがあっても何点か取られてしまうかもしれません」
「そんなことは言われなくても分かっている!」
「やつはハッフルパフの得点王だからな。ボールが集まるとまずいぞ、キャプテン」
案の定フリントはハリーを叱りつけたが、ピュシーにそう言われて考えを改めたのか、ハリーを誉めもした。
「……だがまぁ、どこに気を付けるべきか分かってるのはルーキーとしては上出来だ。これからも気がついたことがあれば話せ、ポッター。それで情報を共有できる」
「はい、キャプテン」
「ビーターたちは、パフの連中はセドリックにボールを集めるだろう。ハリーとピュシーは小回りがきく。ニンバスのスピードを活かしてパスカットして、セドリックにボールを持たせるな」
そしてフリントはハリーとドラコを見た。
「クィディッチ·シーズンは長い。これから先優勝したいなら、グリフィンドールやレイブンクローとの戦闘に向けて、俺やピュシーが習得した新しい個人技はなるべく温存しておきたい。前半はお前を中心に攻めるぞ、ポッター。パフの連中が対応できるようなデータが無いからな。レイブンクローやグリフィンドールの目がお前に向けば、それだけ次の試合で俺達が楽になる」
ハリーの役割は得点役も含めた囮だった。はじめての公式戦でどこまで活躍できるのか分からない。だが、ハリーはニンバスの性能を本当の試合で発揮できるのかと思うと期待に胸を膨らませた。
「ドラコ、スニッチを見つけたら、五十点は差をつけるまで待て。レイブンクローとグリフィンドールに得失点差で圧力をかけたいからな」
「承知しました、キャプテン」
そしてフリントはハッフルパフ戦でハリーを矢面に立たせると宣言した。さすがはキャプテンというべきか、フリントは目先の勝利だけではなくその先を見据えているようだった。
「ハリーには死んでも点を取ってもらうぞ。泣き言を言うなよ?あのおかしなブラッジャーが来たとしてもだぞ?」
「はい!」
そして、合同練習の最後にフリントはドラコを肩車してこう宣言した。
「いいか、野郎共。俺達の新シーカーが安心して勝負に専念できるように場を整えるのが、俺達シーカー以外のその他大勢の役目だ」
フリントの声は良く通っていた。
「今更言うまでもないが、シーカーは試合の決定権がある。クィディッチの勝敗を決める主役だ」
そしてフリントはハリーを見た。フリントは、ニヤリとスリザリン生らしく笑っていた。
「あの決定戦についてとやかく言うやつはいるだろう。外野はいつも下らねえ仮定に文句をつけたがる!だが俺は、ドラコこそシーカーに相応しいと思っている!なぜか分かるか!?」
「なぜだキャプテン?」
フリントの演説を、ビーターのデリックが笑いながら囃し立てた。ここまではフリントの仕込みである。
「ドラコはスリザリン生らしいスリザリン生だからだ!!」
フリントは堂々とそう宣言した。デリックは驚いた顔をしていた。実際、デリックは本気で驚いていた。
(言ってたことがちがうじゃねえか、キャプテン)
「俺達チェイサーもビーターもキーパーも、シーカーに比べれば『おまけ』みてえなもんだ」
フリントはそう言った。
「キーパーはゴールを守ることができる。チェイサーは得点を積み重ねれば百五十点以上を取ることもできる。ビーターはシーカーだろうがチェイサーだろうが、気に入らねえやつをコートから追い出すことができる」
フリントは一息でそこまで言うと、また大きく息を吸い込んだ。
「……だが、試合を終わらせられるのはシーカーだけだ。シーカーは常に冷静で、先を見据えることができなきゃいけねえ。…そして、俺達スリザリン生が『信頼』できる人間でなきゃあいけねえ。シーカーが出来るのはドラコだけだッ!!試合では全力でドラコに尽くせよっ!」
フリントの大演説の直後、スリザリンチームの面々は大盛り上がりでドラコを支持した。ハリーも拍手してその流れに乗って、その勢いのまま先輩たちは寮に戻った。
先輩たちが寮に戻る背中を見送りながら、ハリーとドラコは最後までグラウンドに残った。ハリーは箒に乗って飛び、ターンや停止、加速や減速、空中での上昇やロールなどの動きを練習していた。ドラコは時折ハリーを見ながら練習をしていた。ドラコは箒の速度そのものはハリーより遅かったが、ハリーより無駄のない箒の動かしかたをしていた。
「僕を笑えよ、ポッター」
練習を繰り返し、日が沈んできたところでドラコが言った。
「これが、父上の力で。金と権力でシーカーを手にした人間のチームだ。君もその一員というわけだ。どんな気持ちだい?絶対に負けるはずがない勝負をするという気持ちは?」
ハリーはドラコの言葉に、いつになく棘があることに気がついた。ハリーはどうしたのかと思いながらドラコに言葉のドッジボールを与えた。
「僕に勝って、キャプテンからも認められた癖に随分と贅沢なんだね、ドラコは」
ハリーはドラコに負けた上、直近でロンにも負けていた。勝った人間から煽られるのは気持ちがいいものではなかった。
「これ以上何が欲しいんだい?」
「キャプテンだって?」
ドラコは吐き捨てるように言った。
「どうせあの試験は仕組まれたものだったんだろう?僕が何も気が付かない無能だとでも思ったのか、ポッター?あんなブラッジャーで勝ったからと言って喜ぶと思っているのか?そもそも僕は!あんなものが無くたって勝てた!フリントに横槍を入れられなくたって、僕の力だけで―」
ハリーはドラコがまだ勝利を割りきれていないことに驚いていた。同時に、フリントの横槍だと思っていることもはじめて知った。ハリーはチーム内の人間関係のためにも、ドラコの誤解をといておかなければならないと思った。
「ちょっと待ってドラコ。あのブラッジャーはキャプテンの仕業じゃないよ」
「どうして君なんかにそれが分かるんだ?ブラッジャーを避けることで必死だったくせに」
「犯人が名乗り出たんだよ。入院したとき、ハウスエルフのドビーが僕を心配して見舞いに来たんだ」
ハリーはドビーのことを思い出して少し腹が立ったが、言葉を続けた。
「ドビーは僕を助けるために、僕をホグワーツから追い出そうとしてブラッジャーを操ったらしいよ。本当に迷惑な話だけどさ」
ハリーはドラコが何も言ってこないことに少し戸惑いながらも、そのままドラコにも事情を説明しようと思った。ホグワーツを狙う謎の何かはヴォルデモートとは関係ないとシリウスも言っていたからだ。
「ドビーによると、秘密の部屋が開いたらしいんだ。その直後にクリーピーが石にされたから、ドビーの言葉も嘘じゃなくて本気なのかもしれないと思ったけど、もしかしたらドビーがクリーピーを石に変えたのかもしれないね」
「……何だよそれは……?そんなことの……ために……?」
「ああ。部屋を開けて人を石に変えるなんて、あっちゃいけないことだよ。ダンブルドアとかスネイプ先生に早く解決して欲しいと思うけど、もしダメだと思ったら僕が何とかしないと……ってどうしたの、ドラコ。顔色が悪いよ?」
(一体どうしたんだ、ドラコは?本当にドラコなのか?)
ドラコの様子は普段とは違った。ハリーの目には、普段のドラコにあった高慢さが薄くなっているように見えた。先程までのドラコは目に光が無かったが、今のドラコには目に光がある。その代わり、高慢さや悪辣さが感じられないのだ。ポリジュース薬を飲まされた別人だと言われても信じたかもしれない。
「僕は元々色白だ、ポッター。……他人の心配をする暇があるなら、自分やグレンジャーの身の心配でもしているんだな」
「どういう意味だい?」
「自分がどれだけ恵まれているのか、自覚しろって言ったんだ」
ドラコはそう言うと、城までの道のりをニンバスに乗って帰って行った。ハリーもその背中を追いながら、