ハリーとルナはミセス·ノリスの第一発見者となり、当然のようにアーガス·フィルチから犯人であるという疑いを向けられた。
フィルチ氏が魔法が使えないスクイブであることは、スリザリン生ならば誰でも知っていた。賢明なスリザリン生たちはフィルチ氏やその飼い猫に非礼を働かず、彼らの前では愛想良くしてグリフィンドール生の不正を密告するのが日課になっていたが、フィルチ氏が生徒を憎んでいることは間違いなかった。彼にとっては、スリザリン生だろうがグリフィンドール生だろうがレイブンクロー生だろうが変わりなく憎悪の対象でしかなかった。
それこそたかが罰則でむち打ちをしたり、天井から吊し上げたりすべきだと強硬に主張してはダンブルドアに却下されるほどに。
(……それでも、マグル……とは……違うよな……フィルチさんは……)
ハリーは内心でフィルチに同情する気持ちもあった。ハリーたち生徒にとっては敵になることのほうが多いが、グリフィンドールやスリザリンの問題児の尻拭いに奔走している姿を見ると、彼を本気で嫌いになることはできなかった。フィルチが傲慢で陰湿な管理人になった経緯には、明らかに生徒の側にも問題があったことは想像できるからだ。
「こいつらがやったんだ!こいつらが……私がスクイブだからだろう!」
「落ち着くのだアーガス。猫は死んではいない」
ダンブルドアがフィルチとハリーたちとの間に入らなければ、フィルチはハリーに掴みかかっていただろう。愛すべきペットを石にされたフィルチの姿を見ると、ハリーはフィルチを憎むことはできなかった。
(もしもアスクレピオスがこんな目に遭ったら……)
ハリーだってその犯人を許さないだろう。それこそ、容疑者にだって杖を向けてしまうかもしれない。第一発見者というだけで疑われることは理不尽だったが、ハリーはせめて猫が早く良くなりますようにと祈った。
フィルチよりもハリーたちにとって脅威だったのは、スリザリンの寮監であるスネイプ教授だった。彼はハリーがハロウィンのパーティー会場にいなかったことを咎めて、ハリーはクィディッチチームのチェイサーには相応しくないと言った。
「問題行動ばかりの人間をチームに置いておくことはスポーツマンシップに反する……ポッター。君を我がスリザリンのチェイサーとしたことは、どうやら見込み違いだったようだ……」
スネイプ教授は寮監であると同時に、クィディッチチームの監督も兼任しているのだ。業務が多すぎるので練習を見にきたことは一度もないが、ハリーがクィディッチの選手としてとぶことはもう不可能なのだとスネイプ教授は告げ、今までで最も嬉しそうに笑った。
「残念だよ、ポッター。代わりのチェイサーを見つけなければならないようだ……いや、君を退学にするべきなのかもしれんな。君の保護者はさぞかし悲しむだろう……」
スネイプ教授はなぶるように言葉を投げ掛けて、ハリーの反応を楽しんでいるようだった。ハリーは必死で弁明しなければならない。
「待ってください、スネイプ教授」
(まずい。まずいまずいまずい……)
クィディッチができないと告げられることはハリーにとって何より辛いことだった。それに加えて、現場に集まっている人たちの目も気になった。ハリーが蛇語で聞いた声について話せばどうしてうろついていたかの説明にはなるが、蛇語を話せるのがハリーであることを明かせば、彼らはハリーが犯人なのだと噂するだろう。ハリー自身の首を絞めるようなものだ。クィディッチどころではなく、この事件の犯人として退学にさせられる可能性もある。何せ魔法社会は、シリウスを裁判にすらかけずにアズカバンに送った前例があるのだ。
その時、ハリーはロンとハーマイオニーがハリーのことを心配そうに見ているのに気がついた。ザビニやファルカスも、アズラエルもその近くにいる。
(……たとえ退学になっても……犯人に近づく手がかりを黙っているわけにはいかない……!)
ハリーは迷いをふりきって、スネイプ教授やダンブルドア校長に事情を説明した。
「勝手に歩き回って申し訳ありません。僕は……ロンとハーマイオニーがハロウィン会場に居なかったので、二人を探そうとしていたんです」
生徒たちの動揺する声が大きくなり、ハリーは声を張り上げた。
「二人を探していたらルナがいて、僕たちは二人でロンとハーマイオニーを探しました。しばらく探索していたら、偶然ミセス·ノリスの石像があったんです」
「おやおやハリー。嘘はいけませんよ、嘘は。大人をからかってはいけません。スネイプ教授も、本気であなたを罰しようと思ったわけではありませんよ……」
「ロンとハーマイオニーに……いえ、グリフィンドールのゴーストに聞いてください。彼らはゴーストのパーティーに参加していたんです」
ロックハートは場を和ませようととりなしたが、ハリーは更に声を張り上げた。
「それはグリフィンドールのお二人のアリバイを証明しても、君とミス·ラブグッドのアリバイを証明することにはならんな」
スネイプ教授は冷たく言った。ハリーは力なく俯いた。
(駄目だ、スネイプ教授は僕を退学にしたいんだ)
(確かに去年は散々規則を破ったけど、ここまで嫌われているなんて……)
それはあまりにも異様な光景だった。本来であれば優しく事情を聞き、自分の寮の生徒が無罪であれば守るべき立場の寮監が、率先してハリーを追い込んでいるのだから。その場に集まった生徒たちは、恐ろしいものを見る目でスネイプ教授を見ていた。スネイプ教授が本気でハリーを追い出そうとしているように見えたので、どう声をかけるべきか分からなかったのだ。
「私は知ってるよ」
その時、ハリーの隣にいたルナ·ラブグッドが言った。
「ポッターはクリーピーみたいに誰かが襲われる前に、犯人を見つけたかったんだ。友達だっていう二人を守りたかったんだ」
(い、いや……偶然なんだけど……)
「え、そうなの?」
「いいところあるじゃん……」
思わぬところからの援護射撃だった。だが、ルナ自身の善良さが溢れた言葉に、何人かの単純な生徒は心を動かされたようだった。ハリーには追い風が吹いていた。ハリーはルナに内心で感謝しつつ、居たたまれなくなってダンブルドアに直接的に頼み込んだ。ダンブルドアへの憎しみは閉心術が封じてくれていた。
「勝手に動き回った罰なら受けます!でも、その前にダンブルドア校長にお伝えしたいことがあるんです!」
「ふむ。セブルス、下級生をそう追い詰めるものではない。ミスタ·ポッターとミス·ラブグッドが発見していなければ、この猫がどうなっていたか分からぬ。彼らには校長室で話を聞きたい。フィリウス、そしてセブルス。二人を校長室につれて来なさい」
***
『糖蜜タルト』
ハリーはルナと共に校長室を訪れていた。
「わぁ、綺麗」
校長室を訪れたルナは大喜びだった。美しく燃える鳥が、ハリーとルナをじっと見て、燃える羽をゆらゆらと動かしてハリーたちの動揺した気持ちをおさえてくれた。
「ルナはこの子が何か知っているの?良かったら教えてくれない?」
「この子は火の鳥。輪廻転生を繰り返して時を超え続ける鳥だってパパが言ってたよ。ダンブルドアとニュート·スキャマンダーが昔不思議な旅をして出会ったんだって……」
しかし、ルナは父親から聞いた話をハリーに教えることはできなかった。スネイプ教授がルナの話を遮ったからだ。
「これは不死鳥だ、ラブグッド。アルバス·ダンブルドアが所有する奇跡の鳥だ。火の鳥などという低俗な生物ではない。……それから、輪廻転生という概念は魔法界の概念ではない。それは遥か古代に低俗なマグルが考え出した馬鹿げた妄想に過ぎない」
スネイプ教授は露骨にルナのことを見下していた。
「狼少女を演じて現実から逃避するのはやめるのだな」
「セブルス。私の生徒を貶めることは止めて貰おうか?」
「……失礼した、フィリウス」
フリットウィック教授は温厚で、怒っている姿を見たことはなかった。しかし、普段温厚な人ほど怒るときは怖いということをハリーは知った。ハリーはこの時のフリットウィック教授のドスのきいた声を忘れることはないだろう。スネイプ教授ですら、フリットウィック教授に気圧されたようだった。ルナはフリットウィック教授から校長室の不思議な物体や、歴代校長についての蘊蓄を教わっていた。
(……あ、ブラック校長先生だ)
ハリーは何か他に面白そうなものがないかと見回していたところ、フィニアス·ナイジェラスの肖像画があったことに気がつき、肖像画に礼をした。狸寝入りをしていた肖像画の眉がピクリと動いたのをハリーは見逃さなかった。
(挨拶をすべきかな)
と思い、お久しぶりです校長先生と声をかけてみたが、フィニアス元校長はハリーを話すべき相手とは見なさなかったらしい。ハリーは苦笑して校長室を見回した。
(こんな理由でこの場所に来たんじゃなければ、面白そうなんだけどな……)
今世紀最大の善の魔法使いの部屋を訪れているという高揚感がルナにはある。ハリーも、普段であればそんな気分に浸り、好奇心に任せてこの部屋を楽しんでいただろう。
しかし、今のハリーは自分やルナの進退がかかっているとあって、気が気ではなかった。スネイプ教授は少しでもハリーがおかしなところを見せれば、ハリーを学校から追い出しかねないのだ。
「ミス·ラブグッドがこの部屋を楽しんでくれたようで私も嬉しい」
ダンブルドアは冷静で、瞳は相変わらず青く澄んでいた。しかし、その声はハリーが去年聞いたときよりも深刻さを増していた。
「ミスタ·ポッターも楽しんでくれたかね?」
「はい、校長先生。あの、不死鳥はどんな子なんですか?普段は何を食べているんですか?」
「この不死鳥はフォークスと言って、とても気難しい鳥だ。ふくろうフーズが大の好物なのだが、同じ種類のものを二日食べると拗ねる」
「へぇー……」
ハリーはまじまじとフォークスを見た。燃え広がる翼を鳥籠一杯に広げた姿はとても神秘的で超然としていて、そんな普通の一面があるとはとても思えなかった。ダンブルドアはハリーがフォークスを憧れの混じった視線で眺めている姿を見て、にっこりと微笑んだ。
「そんな時は、私はいつもハグリッドに世話になる。ハグリッドはいつも私に正しい助言をくれる。魔法生物において、ハグリッドの右に出るものはいないよ」
ハリーはダンブルドアが嫌いだったが、ハグリッドのことは恩人として尊敬していたし、大人として慕っていた。ダンブルドアがハグリッドを高く評価してくれていることに悪い気はしなかった。
「校長先生、ハグリッドは……」
フリットウィック教授はそんなダンブルドアに何か物申したそうな雰囲気だったが、最終的には言うべきではないと判断したのか口をつぐんだ。ルナもフリットウィック教授と同じ考えのようだった。
「ハグリッドは今、雄鶏を殺した犯人を探そうと躍起になっている。このホグワーツにいる良からぬものは、猫や家畜を襲わねばならない理由があるようだ」
そこで、ダンブルドアは本題に入った。
「何か気付いたことがあるのならば、私たちを信じて話してはくれないかね?」
「はい、実は、僕は……僕にしか聞こえない声を聞いて、あの場所にたどり着いたんです。ルナは聞こえずに、僕にしか聞こえない声があったんです」
「……ポッター。それは狂気に犯されている証拠だ」
「私は聞こえないけど、ハリーは聞いたんだよ。きっとスノーカックのー」
「ルナ、今は黙っていなさい」
フリットウィック教授は口に人差し指をあててルナを止めた。ルナは渋々ながらフリットウィック教授に従った。
「いえ。スネイプ教授はご存じだと思います。僕は蛇語を聞いたんだと思います」
「……なるほど」
ダンブルドアは机の上に肘を乗せ、手を組んで考え事をしているようだった。
「秘密の部屋が開いた、ということは、その部屋に何かがいたんですよね。その怪物が蛇科の生物なら、僕なら聞くことができるはずです」
「……確かに可能性はある」
フリットウィック教授はハリーを支持したが、同時にそれだけでは情報が足りないと言った。
「そんな怪物が動き回っていながら、目撃情報も痕跡もないというのはおかしな話です。側に人がいたのであれば、消失呪文や透明化の呪文で痕跡を消すことはできるでしょうが……」
「あの場には何もなかった。トランクの中に怪物を入れるという手段もなくはないが、トランク内に魔法生物を飼育できるのは相当腕の立つ魔法使いに限られます」
呪文学の専門家の言葉には重みがあった。スネイプ教授もフリットウィック教授の言葉には逆らえないようで、忌々しそうにハリーを見ながらそうですねと言った。
「あのように人や猫を石に変えられるのは、相当に高度な闇の魔術でなくては不可能です」
スネイプ教授は闇の魔術に対して並々ならぬ思い入れがあるようで、その部分は認めざるを得ないようだった。
「私としては、ポッターが何かした可能性を否定できないのですが」
「その可能性はない、セブルス。君がすべきことは場を混乱させることではなく、教師として生徒を守ることだ」
「……承知しました、校長先生」
スネイプ教授は、ダンブルドアの言葉には驚くほど従順だった。ハリーはその姿が意外に思えた。
「ミスター·ポッターとミス·ラブグッドはよく事情を話してくれた。君たちは罰則を受ける必要もなければ、クィディッチチームを降りる必要もない。今晩は衝撃的な出来事があったが、寮に戻ってゆっくりと疲れを癒して欲しい。フィリウス、頼んだぞ。……ああ、セブルスはここに残りなさい」
「あ、ありがとうございます、ダンブルドア校長先生!!」
ハリーはまたしてもダンブルドアの厚意によって罰を免れた。それはダンブルドア嫌いのハリーにとって複雑な心境だったが、ハリーは閉心術を使って満面の笑みでダンブルドアにお礼を言い、深々とお辞儀をした。そんなハリーを見るダンブルドアの瞳には、今までにはない光があった。
***
「フリットウィック教授。僕はここで結構です。一人でも戻れます」
「いいえミスタ·ポッター。ミス·ラブグッドを送り届けたら、次は君をスリザリン寮に送り届けます。それが私の仕事ですから」
ハリー、ルナ、フリットウィック教授は、三人でレイブンクローの談話室に向けて足を運んだ。ハリーははじめて塔の最上階に行き、レイブンクローの談話室が合言葉ではなく、謎なぞで入ることができると知った。
(……これ、一番駄目なセキュリティなんじゃないか……?)
なぞなぞは一年生でも解けるようなもので、当然ながらハリーにも解くことができた。髪の色を変身魔法でいじくり、ローブの色を青色に変えてしまえば、よその寮の生徒でも簡単に入ることができるだろう。ある意味では、ホグワーツで一番懐が深い寮だった。
「じゃあ、ルナ。今日は、色々あったけど庇ってくれてありがとう。君がもしも暇になったら、決闘クラブで会おうね」
「……フリットウィック教授、あたしが参加してもいいんですか?」
ルナはその時、はじめてフリットウィック教授に恐る恐る問いかけた。断られたくはないという思いがあることは、ハリーにもわかった。
「勿論です。決闘クラブは、やる気のある生徒をいつでも歓迎します」
フリットウィック教授は、クラブの顧問としてルナを迎え入れるよう決めたらしい。ハリーも内心でほっとした。フリットウィック教授の厚意に感謝した。
ハリーがスリザリンの談話室に戻るとき、フリットウィック教授はハリーに感謝していた。
「ミスタ·ポッター。私は、君がミスタ·クリーピーにやったようなつるし上げはあまり感心しません。ホグワーツに入ったばかりの生徒は、誰でも間違えてしまうものですから」
「……は、はい、先生」
「ですが、ミス·ラブグッドにしたように、困っている人間に手を差しのべる行為は評価します。スリザリンに、二十点を加点します」
「先生?!そんなにいただけません!!」
「いいえ、ポッター。君がいたというだけで、ミス·ラブグッドは励まされたのです。私はミス·ラブグッドが孤立していて、つまらなそうな表情をしていることには気がついていました。ですが、そこに手を差しのべることは私には出来ないのです。ミス·ラブグッド自身が、何かを変えなければ変わらなかったのです」
「そのきっかけを与えたのは、間違いなく君です、ポッター。……君は、そうやって何かを与えて、何かを受け取れる人間になりなさい。私は君が犯人ではないことを知っています。もしも犯人扱いされて心細くなったときは、決闘クラブを訪れなさい。ミスタ·ビストや、頼れる先輩たちがあなたの助けになってくれるはずです」
こうしてハリーは、フリットウィック教授からの激励を受けた。ハリーは暖かな気持ちで、ハロウィンの夜を終えることができた。
フィリウス·フリットウィック教授……呪文学教授にしてレイブンクローの寮監。元決闘チャンピオン。大勢の生徒から慕われる名教授