「賢明な判断だ」
アルバス·ダンブルドアは内心とは異なる言葉を、目の前の薬学教授に投げ掛けた。
「ハリーに罰を与えて勝手な行動を抑制したいという君の考えそのものは間違ってはいない」
ダンブルドアの本音としては、ハリーを抑制したいのであれば、むしろハリーにはクィディッチの選手としての重責に没頭させるべきだと思っていた。時間と余裕があれば、あの好奇心の塊のような典型的なホグワーツ生は事態を解決しようと動き出すだろう。スネイプ教授がハリーからクィディッチを取り上げようとしたのは、悪手に他ならない。
にもかかわらずダンブルドアはスネイプ教授を褒めた。言うまでもなく皮肉である。
スネイプ教授は皮肉が理解できないほど鈍くはない。彼はダンブルドアに皮肉を言われた己を恥じたのか、苦々しい顔でダンブルドアに言った。
「……ですが校長先生」
「ポッターを罰さず、処分しないという対応では学生たちの不満を和らげることはできません。我々教職員が、一人の生徒を故意に贔屓しているのだと思われることは教育上芳しくありません」
「君がそれを言うのかね?」
ダンブルドアの指摘には明確に呆れが混じった。スネイプ教授はダンブルドアの言葉に恐縮した。スネイプ教授は前学期にダンブルドアに言われた言葉、優秀な教師であることを己の支えにしていた。ダンブルドアから教師としての信頼を失うことはスネイプ教授にとっては恐ろしいことだった。スネイプ教授は言い訳がましく言葉を重ねた。
「彼らは口々に、ポッターが犯人に違いないと言っています。その不満を抑えるためにも、何か『対処』したという実績が必要だったのではないでしょうか?」
スネイプ教授の言葉は真実だった。ダンブルドアはマクゴナガル副校長やフリットウィック教授、スプラウト教授からも同様の報告を受けていた。生徒たちのなかでも低学年の学生ほど、ハリーへの忌避感は強くなっていくだろう。
「批判は私が請け負う」
ダンブルドアは事も無げに言った。
「責任者の仕事は人気を気にして場当たりの対応をすることではない。事が起きたときに責任を取ることだ。批判は全てこの私が受ければよい」
「……ダンブルドア。お言葉ですが、実際に生徒を指導しているのは私たちです」
スネイプ教授は恐縮したままでは終わらなかった。彼はダンブルドア校長に対して反撃を試みた。
「それについては、いつも深く感謝している。君が愛の妙薬を防衛術の仕事のためにと作ってくれたことをギルデロイが」
ロックハートの名前が出た瞬間、スネイプ教授は怒り狂った。瞳には明確に殺意が宿っていた。
「あの男は!ホグワーツの教職を愚弄したのですぞ!!私は奴が、授業で使うからと貴重な素材と時間を消費して薬を煎じた!!NEWT レベルの授業で使うのだと想定していました!!奴はそれを、事もあろうに生徒たちにばらまいたのです!!未熟な未成年の子供に!!」
「マダム·ポンフリーからも報告を受けている。その件については、既に深く警告した。これ以上ホグワーツで生徒に害を与えるならば、この私が黙ってはいないとな」
スネイプ教授の怒りは正しいものだったので、ダンブルドアは内心で面倒くさく思いながら彼の話を聞き入れた。
「……なぜあのような愚物を雇用したのですか?」
「それは何度も話した通りだ、セブルス。私はギルデロイを教師として評価してはいない。ただ、君という掛け替えのない教師を失いたくはなかったのだ」
ダンブルドアには隠れた思惑があったが、それをスネイプに暗にほのめかした。ほとんど答えを言っているようなものだった。スネイプ教授はその言葉によって、己の自尊心を取り戻したようだった。
ギルデロイ·ロックハートの名誉のために言えば、彼はスネイプ教授よりある一点においてだけは教育者として優れていた。ロックハートは生徒の所属する寮に関わらず、生徒の出自がなんであれ自分の授業を聞く生徒には誰であろうと加点したのである。学年一優秀な魔女だろうが、魔法使いだろうが、スリザリン生ではなくマグル生という理由で加点しないどこぞの薬学教授よりその一点においては優れていた。
「君には君のすべき仕事がある。君単独での手に余ることがあれば、フィリウスを頼りたまえ。フィリウスは聡明な男だ。今のホグワーツがかつてない危機にあることを重々承知している。君の言葉には耳を傾けるだろう。君が去年ホグワーツを守ったという功績を、彼は高く評価しているはずだ」
「私を評価……?校長先生は冗談がお好きなようですね」
スネイプ教授は他者から評価されることなどついぞなかった。それは教師としての彼の素行のせいでもあったが、それでも教師であると認められていたのは、彼がホグワーツで何年も生徒に教え、そして去年確かに生徒を守ったという実績があるからだった。ダンブルドアは、スネイプ教授に一つの道を与えた。光の側に立って歩くという、スネイプ教授にとって困難で険しい道だった。
それが困難であれなんであれ、受け入れて進むという道もあるのだ。差しのべられた手をスネイプが取るかどうかは、スネイプ教授の自由だったが。
アルバス·ダンブルドアはスネイプ教授との面談を終えると、魔法界のさまざまな要人達に向けて手紙を書き出した。ダンブルドアはこのところ頻繁に手紙を書いていたが、それはホグワーツの理事会だけではなく、魔法法律の大家や福祉政策の担当となる局長など多種多様な人材にわたっていた。ダンブルドアは校長でありながら、一人の男の嘆願を受けて、彼を助けるために奔走していた。
***
「二人は絶命日パーティーのあとにハロウィンパーティーに参加できたんだね。良かったよ」
「いや俺たちはいいんだけどさ……自分の心配をした方がいいぜ、ハリー」
ハリーはダンブルドアから何の罰も与えられなかった。そのことでハリーへの疑いが晴れたかというとそんなことはなく、ハッフルパフやレイブンクローの同級生たちはハリーを遠巻きにして戦々恐々としているようだった。
「ザビニたちも大変ね。スリザリン自体がひどい風評被害を受けているみたいで……」
「犯人のせいで、僕たちは凄く迷惑してるよ」
ファルカスはそう吐き捨てた。スリザリンの継承者が生徒やペットを石に変えてしまったという事態は、ファルカスのような普通の、他所の寮にさほど関心がないスリザリン生にとっては芳しいものではない。自分はなにもしていないのに、継承者である何者かのせいでスリザリン自体の評判も落ちているからだ。
救いだったのは、魔法探究会にルナ·ラブグッドが顔を見せたことだった。彼女はスリザリンにも偏見を持っていなかったので、ファルカスやアズラエルは喜んで彼女を迎え入れた。ハーマイオニーはルナの破天荒な態度を、ロンはおかしな言動を、そしてザビニはルナのファッションセンスを理由にルナとは距離を置いていた。中でもザビニは、ルナのファッションセンスが我慢ならないようだった。
「見た目をどうにかしてもどうにもなんねーくらい素材が悪いならまだしもなぁ……」
ザビニは美意識過剰な男子だった。暗にルナの容姿を認めつつ、ルナがその独特のセンスでもってそれを(ザビニの基準で)駄目にしていることが我慢ならないようだった。
「そのクソダサいライオンの帽子はねえよ!せめて地味目のカチューシャでも着けてこいよ!」
ザビニなりに相手のためを思っての言動かもしれないが、ハリーはルナには逆効果だと思って場をとりなした。
「ルナ、ザビニがごめんね。魔法の練習をするときは危ないから、外すだけでもいいと思うよ」
「え、そうなの?じゃあ変えちゃっていい?ザビ兄の言う通りにカチューシャにしてみるね」
「誰が兄さんだ?」
ルナを叱ろうとしたザビニは、ルナが使った魔法を見て考えを改めた。
ルナは単なる天然サブカル系ではなく、れっきとしたレイブンクロー寮の魔女だった。ルナは変身呪文で獅子の帽子を青いカチューシャに変えてみせた。入って数ヵ月の一年生とは思えないほどに高度に魔法を使いこなしていたので、ハリーはレイブンクロー出身の天才の恐ろしさを思い知った。ルナはハリーたち六人にも少しずつ受け入れられていった。
***
決闘クラブの一角で、ルナを含めた魔法探究会の七人は魔法の練習をしながら最近の出来事について話し合っていた。
「パパの会社がニンバスを売ってしまったことも悪手でした……あれのせいで、スリザリンは他所の寮から嫌われる羽目になってしまいましたね……」
「それは貧乏人の嫉妬なんだから気にすんなよ。試合自体は勝ったんだしいーじゃねえか。」
アズラエルは思わず弱音を吐いて、珍しくザビニに慰められていた。
スリザリンとハッフルパフとのクィディッチ開幕戦はつつがなく行われた。学校には異様な雰囲気が流れ始めていたが、皆がそんな雰囲気を吹き飛ばす明るい話題を、つまりスリザリンクィディッチームの敗北を望んでいた。ハリーたちスリザリンクィディッチームの選手たちは、大勢のハッフルパフ生に混じったグリフィンドール生やレイブンクロー生からのヤジを受けながら試合に挑んだ。実況のリー·ジョーダンはスリザリンには何を言ってもいいと思っているのか、「金でレギュラーの座を勝ち取ったシーカー」だとドラコを批判し(この時点でマクゴナガル教授から厳しい叱責を受けていた)、「スリザリンの不正に魂を売った新チェイサー」だとハリーを紹介した。
ハリーは純血主義者ではないので、当初はスリザリンの応援席からすらあまり歓声を受けなかった。しかし、ザビニたちや透明マントに身を包んだロンとハーマイオニー、そしてレイブンクロー生なのにスリザリンの応援席にいたルナたちを見て、割りきって試合に集中することができた。
ハリーは当初の作戦通りにクァッフルを集められ、最初のシュートを緊張から外して以降は九本のシュートを決めることができた。ハッフルパフの守備は組織的ではなく、セドリック以外に怖いと思う選手はいなかった。セドリックはフリントのファウル寸前のタックルをかわし、ピュシーに読み勝ち、ハリーにプレッシャーをかけられながらもミスすることなく三本もゴールを決めたが、セドリック以外の選手は途中で心が折れていた。セドリックが四本目のシュートを決める直前にドラコがスニッチを掴んだことで、ハリーたちスリザリン生は勝利の喜びを得ることができた。
無論、その代償としてスリザリンへの評判は地の底に落ちていた。ニンバスに乗って試合をする以上は仕方のないことだった。最新のニンバス2001と使い古しのクイーンスイープ5号には、自転車と三輪車ほどにスペックに開きがあるのだから。
「……ザビニの言う通りだよ、アズラエル。ニンバス2001が良い箒だって宣伝になるんだから、落ち込むことはないよ。スリザリンへの悪評は全部継承者のせいってことにしよう」
ハリーは落ち込むアズラエルを励まして話題を変えた。
「ドラコから聞いた話だけど、五十年前に怪物がホグワーツに現れたらしいんだ」
ハリーは、スリザリンのすべての生徒から勝利を称えられ、パンジーから頬にキスをされたことで得意気になったドラコから秘密の部屋についての話を聞いていた。
「その時は一人の生徒が亡くなってしまったらしい」
「……五十年前ですか。今回と同一犯だとは思えませんね……」
「犯人の親族がホグワーツに入ってきて悪さをしてる可能性はあるよね?」
「そいつの孫とか?可能性はあるよな」
ロンとファルカスが話し合う中、ルナは何かに気がついたかのようにちらちらとハリーを見ていた。
「……ねぇ……」
ハリーがルナに話を聞こうとしたとき、ハリーに話しかける声があった。
「おや。ハリーもここに来ていたのか。決闘を楽しんでいるかな?」
少し大人びた声がハリーに話しかけたので、ハリーはルナではなくそちらに対応せざるをえなかった。
「ええ。今はバナナージから教わったプロテゴを練習しています。カロー先輩たちもこちらで決闘を?」
スリザリンの監督生であるマクギリス·カローが、相方のイザベラ·セルウィンとリカルド·マーセナスとともに決闘クラブに来ていた。カローはチラリとロンとハーマイオニーを見たものの、作り笑いを浮かべてハリーににこやかに話した。
「嗜む程度だよ。私はそこまで腕が良くなくてね、バナナージに胸を借りようと思ったんだ。彼は最も決闘術がうまい生徒の一人だからね」
「お世辞はいいよマクギリス。魔法使いの実力なんて、状況と作戦次第でひっくり返る程度の差しかない」
バナナージ·ビストは謙虚だった。彼はカローの称賛にはにこりともしなかったが、彼らが決闘クラブを訪れたことは喜んだ。
「どうする?早速やるか?」
「私もそのつもりだったが……後輩のお手並みを見学させてくれ。スリザリン寮期待の新人が四人もいるのだ。監督生として見ておきたい」
ハリーたちは少しだけ居心地が悪くなりながらも、カローの前で実力を披露した。カローは意外にもハリーのエクスペリアームスやハーマイオニーが出した鳥の呪文を称賛した。ハリーはアズラエルがわざとカローの前で手を抜いているのを見た。
(目をつけられたくないんだな……)
カローはアズラエルによると、純血主義の過激派らしかった。アズラエルはカローの友人であるマーセナスにもひどい目に遭わされている。変に目だって目をつけられてたくないと思うのは当然だった。ハリーはアズラエルの代わりに矢面に立つことを決めた。
カローはしばらく見物したあと、自分もいくつかの魔法をハリーたちにみせてくれた。カローのプロテゴはロンとザビニが使った本気のナメクジの魔法やインセンディオを完璧に防ぎきっていた。
「君たちもすぐにできるようになる」
カローは微笑んでそう言った。
「私がここに来たのは去年の今頃だった。ガーフィール先輩に連れられてね。そのときの私は今の君たちと比べても劣るほどの腕しかなかったが、バナナージやガエリオと競いあって腕をあげることができた。切磋琢磨するというのは良いものだよ」
「僕もロンと対戦するって約束してるんです」
ハリーがそう言うと、カローは喜んだ。
「それは良い。スリザリンの監督生として、君の勝利を願っているよ。……そうそう、この間のクィディッチの試合は見事だった。私は君がチェイサーであることに不満を持っているのではないかと心配していたのだがね。いいシュートだったよ」
「ありがとうございます。……でも、僕の実力と言うか箒に助けられてるところも多いですよ」
決闘クラブで見たカローは、寮の談話室で後輩たちに純血主義を吹き込んでいる時よりもずっと笑顔が多いように見えた。しかし、カローはここでハリーに切り込んできた。
「……しかし、君に遺恨がないのであればドラコ·マルフォイもここに誘ってあげてはどうかね?かれも将来、純血主義を背負って立つ男だ。君にとってもよい友になれると思うのだが……」
カローが純血主義の単語を出した瞬間、場の雰囲気は凍りついた。ロンは怒ってハーマイオニーの前に立ち杖でカローを威嚇していたし、リカルド·マーセナスは青ざめた顔で頭を抱え、イザベラ·セルウィンは大慌てでカローの口を塞ごうとしていた。しかし時既に遅く、アンジェリーナ·ジョンソンやセドリック·ディゴリーなどの常識人たちは冷ややかな目でカローを見たあと、決闘クラブを退出していってしまった。
(さ、最悪だ)
今のやり取りを見ていた彼らは、ハリーが純血主義だと誤解したわけではないだろう。単純に、部活に変な思想を持ち込むマクギリス·カローを嫌って部を去っていったのだ。さらにたちの悪いことに、マクギリス·カローには悪意が無さそうなところだった。
「……マクギリス」
バナナージはひくひくと口元を震わせていた。温厚な人間がふいに見せる怒りの顔ほど怖いものはない。ハリーは思わず目をそらした。
「……ここはそういう政治主張をする場所じゃない。そういう話は後で、例の場所で聞いてやるから。ここにそういうのを持ち込まないでくれ」
「む、そうか。すまないバナナージ。ではまた後で落ち合おう」
マクギリス·カローは自分が何を言ったのかも分かっていない様子だった。彼は足取りも軽く親友のマーセナスのところに向かおうとしたが、その背中に向けてハーマイオニーが叫んだ。
「どうしてそんな風に純血主義を信じられるんですか!?人が石にされているのに!!」
「どうしてと聞かれれば、そういうものだからとしか言えないな」
カローは顎に手をあててハーマイオニーやハリーを見ていた。彼は何かを思い付いたように、ハリーたちにある提案をした。
「……良ければ君たちもバナナージと共に来るかね?私は彼と議論したいこともあるし、確かめたいこともあるのだよ。そして議論には、より多くの人間の意見が必要だ」
「ハーマイオニー、やめておこう。僕たちが聞いても多分意味がないよ」
ハリーたちスリザリンの四人組も、ロンも、そしてバナナージも全力でハーマイオニーを止めようとした。新参者のルナだけは、面白そうにことの成り行きを見守っていた。
「マクギリス、下級生にその手の話題をするのはー」
ビストが止める間もなく、ハーマイオニーは即答した。
「いいえ、行きます!!」
こうしてハリーたちは、純血過激派であるマクギリス·カローの誘いに乗る羽目になってしまった。決闘クラブの活動が終わった後で、魔法探究会の七人はマクギリスとバナナージに連れられてある部屋を訪れていた。
「最初はこの部屋のことかと思ったが、どうやら違うようでね。……ようこそ、『必要の部屋』へ」
こんなのマッキーじゃない!イオク様よ!