次の日、ハリーはハーマイオニーに謝ることも、会って何かを話すこともできなかった。ハリーはハーマイオニーに話しかける勇気が持てずにいたし、ロンはハーマイオニーの機嫌が悪くなっていたことに戸惑っていた。
(……でも、シリウスに知らせることはないじゃないか?僕を嫌うならまだしも、何でシリウスに……)
ハリーが謝れずにいたのは、ハリー自身の中でそんな言い訳がましい思いがあったからだ。カースは確かに危険で、人に向けるべきものではない。だが、今の情報で推測できる限り、ハリーもハーマイオニーも人を越えた怪物に狙われている可能性は高いのだ。化け物から身を守るためにカースを覚えることの何がいけないんだとハリーは思っていた。
(ハーマイオニーに謝らなきゃいけない、いけないんだけど……)
ハリーの中にハーマイオニーに対するわだかまりがあって、ハリーからハーマイオニーに話しかける勇気が持てずにいた。昼食の時間になってもハーマイオニーとロンはさっさと食事を済ませて行ってしまって、ハリーは話す機会を失ったままだった。運の悪いことに、この日はグリフィンドールとの合同授業もない。ハリーたちスリザリンの四人組は昼休みの時間、必要の部屋を訪れて話し合っていた。
「オイ、ハリー。お前昨日はどうなったんだよ。告白してフラれでもしたのか?」
「グリフィンドールのテーブルからの視線が痛かったね…ロンまでちょっと怒ってるよ…」
「ハリーが話したくなければ無理にとは言いませんよ。例のものは渡せたんですね?」
「うん。ハーマイオニーはスニーコスコープを携帯してくれてるよ」
ハーマイオニーはハリーが闇の魔術を学んだことを怒りはしたが、しっかりと自分の身を守るための備えはしてくれていた。それはハリーにとっても救いだった。彼女がこれでスニーコスコープまで手放したとなれば、何のためにアズラエルに頼んでスニーコスコープを購入したのか分からなくなる。
「決闘クラブでどうせ会えるだろ。そんときに話して頭を下げろよ」
「……でも、それで許して貰えないかもしれないよ」
ハリーはザビニに反論したが、ザビニはそんなハリーを睨んだ。
「じゃあお前は何でグリフィンドールのテーブルを目で追ってんだよ。話がしたいって気持ちがバレバレじゃねーか。許して貰えなくても謝るんだよ、そういうときは。そんでそっからの態度で誠意を示すもんだぞ」
「別に、僕はハーマイオニーを目で追ってたわけじゃないよ。食事の席の先にグリフィンドールのテーブルがあっただけだよ」
スリザリンのテーブルは大広間の左端にある。テーブルの左側に座れば、視線の先は自然とグリフィンドールのテーブルになるのだ。
「あーまーたつまんねー言い訳しやがった。捨てられてもしらね~ぞ?」
ザビニはハリーをせっつかせようとしたが、ハリーはその忠告には乗らなかった。食事時には大勢の生徒の目がある。昨日のことを公衆の面前で謝るのは、ハリーにとっては難しいことだった。
「その辺にしましょう、ザビニ。スニーコスコープがあるんですから、継承者もハーマイオニーをあえて狙う可能性は低いと思います。今日の決闘クラブで謝ればいいじゃあありませんか」
「ザビニ、ハリーの好きにさせるのが一番なんじゃないかな」
アズラエルとファルカスはハリーの側に立ってくれたが、ザビニは首を横にふっていた。
「お前らなぁ……後で謝ればいいとか後で話そうとか、友達ってそういうもんか?喧嘩とかしたらすぐ謝るもんだろ」
「それはそうかもしれないけど……ハーマイオニーに怒られるのはともかくハーマイオニーがやったことには納得がいかないっていうか……」
「じゃあ何があったのか俺らに言ってみろよー」
「……」
ハリーはザビニの言葉に答えられなかった。ザビニはやれやれと首を横にふった。
ハリーはザビニの言葉が正しいと分かっていて、それでも踏み出すことができなかった。ハリーは自分自身のつまらない意地を理由に、ハーマイオニーの正しさを認めることができなかった。それは間違った思い上がりだったと、ハリーは後悔することになる。
「ザビニ、そこまでにしておきましょう。ハリー、僕は無理にとは言いませんよ。ただ、友達として彼女の精神状態に配慮する必要はあるとは思いますね」
「配慮?」
「……ええ。ロンやルナ、あとは僕らをクラブに入れてくれているバナナージ先輩もそうですけど、僕らと友達で居続けるって物凄いストレスだと思います。純血主義のマクギリス先輩と関わっている訳ですからね……」
「僕らからカロー先輩と関わった覚えはないような……」
ハリーはマクギリス·カローが直接ハリーを害したことはないとは思った。一応、ロックハート先生の魔の手からハリーを救ってくれたこともある。
「この状況で純血主義を信じ続けてるのは凄いことですけど、被害者の友達や周囲の生徒がどう思うかってはなしです。カロー先輩の態度を見て不快に思った連中のヘイトが、僕らや僕らと親しくしてるハーマイオニーたちに向けられてるってことですね」
「……じゃあ、みんなが快適に過ごすためには僕らと距離を置くことは間違いでもないって言いたいの?」
「アズラエルよぉ、今さらそれはねーだろ。それじゃあ継承者の狙いどおりじゃねーか」
「違います」
アズラエルはキッパリと言った。
「彼女に甘えて無駄な負担をかけるのはやめた方がいいってことです。あとは、彼女の安全とスリザリンの継承者を誘き寄せるために、会う機会はなるべく厳選した方がいい気がするんです」
「僕らがいつハーマイオニーに甘えたのさ?」
ファルカスが疑問に思ったことを率直に口に出した。ハリーも同じ気持ちだった。
「マグル差別だの純血主義だのを口に出してなお寛大に付き合ってくれてることですかね」
アズラエルは肩をすくめた。
「……ハリーの事だからマグル嫌いか何かでハーマイオニーと揉めたんでしょう?」
「いや、そんなことは……」
アズラエルの推測は的外れではあったが、ハリーはアズラエルの言葉には内心でどきりとした。マグル差別を口に出したことはハリーにとっては変えられない思いだったが、言われたハーマイオニーはどう思ったのか。
(アズラエルの言う通り、傷ついたのかな……)
ハリーの胸ははじめて不安でどきどきした。考えたくなかったことを突きつけられている気がした。
「君は言った意見を簡単には変えませんからね。ハーマイオニーもここまで話してみた限りはそういうタイプですから揉めたらとことん拗れることになるのは仕方ないんですけど……ハーマイオニーの両親がマグルだってことは承知してますよね?内心で両親を差別する奴と友達になるって滅茶苦茶ストレスですよ」
アズラエルの言葉は、ハリーが今まで目を背けていた現実を指摘するものだった。
「それは!……そうかもしれないけど、今は関係ないっていうか……!!喧嘩した原因はそこじゃないんだよ!」
「え?!……マジですか?……じゃあなんで喧嘩なんかしたんですか!?この状況で!?」
アズラエルは驚いた後で呆れ、そしてやがて怒りを堪えたようにハリーに問いかけた。
「ただでさえハーマイオニーが狙われる可能性が高いのは分かってたでしょう!君と揉めたマグル生まれの子が二人も狙われてるんですよ!?どうして喧嘩なんてしたんですか!?ハーマイオニーを狙わせたいんですか!?」
アズラエルもまた、友人として本気でハーマイオニーのことを心配していたのである。アズラエルはハリーが迂闊にハーマイオニーと喧嘩したことを責めた。ハリーも負けじと言い返した。
「アズラエル、喧嘩したくてする奴はこの世に居ないんだよ!僕だって彼女を守りたかったから色々と言ったんだ!!」
「ちょっと待て熱くなるな!!ブルーム、お前がハリーと揉めたらマジで冷静に考えられる奴が居なくなるからやめろ!ハリーも感情的になるな!余裕がねえのは分かってるからよ、深呼吸して落ち着けよ!」
(何で俺が仲裁してんだ?俺は不良だったはず……)
ザビニはアズラエルとハリーとの間に割って入って喧嘩を止めた。ハリーはアズラエルに謝ってから、ゆっくりと考えた。
(……僕は少しでもハーマイオニーがどう思ってるのか聞いたか?ちゃんと確認を取ったりしたか?)
ハリーは思い返してみて、ハーマイオニーに自分の考えを押し付けていたことに気がついた。アズラエルの言う通りだった。最善で最短だと思う道を取ろうとするあまり、ハリーはハーマイオニーの気持ちを尊重せずに自分の考えを押し付けていたのだ。
「……アズラエルの言う通りだよ。……僕は僕のしたいことばかり押し付けて、ハーマイオニーの気持ちとかを全く考えてなかった」
「……すぐに会って話をしたいけど、もうハーマイオニーは話してくれないかもしれないよね……」
ハリーが冷静になって逆に落ち込んだことで、アズラエルも冷静になったようだった。
「それなんです。実はさっき、ハーマイオニーから連絡を受け取りました」
「!?」
アズラエルの手には、ハーマイオニーの書いたメモ書きが握られていた。ハーマイオニーは午前の授業中に、変身魔法を使ってアズラエルにメモを送ったのだ。
「……ハーマイオニーはこの状況を利用するつもりです。自分がハリーと揉めたことで、継承者は必ず自分を狙ってくると、ハーマイオニーは推測しています」
「……まずいよね、それは……」
「だから自分が被害に遭うまでに、ロックハート先生に媚を売って図書館でメドゥーサやバジリスクについての書物を調べるそうです。それで有効な対策を備えられたとき、ハリーと話し合いたいと彼女は言っています」
「そう上手くいくのかよ?すぐに狙われる可能性もあるんじゃねえか?!」
アズラエルは首を横にふった。
「うまく行くとかいかないとかじゃないんです。ハーマイオニーの安全のためにはもうこれしかないんですよ」
「……メモにはこう書かれています。『対策が分かったら手紙でハリーに知らせる』と。『皆で継承者を捕まえてこの騒ぎを終わらせよう』それから……『ハリーに対しては本当に怒っている』とも。それまでは、ハーマイオニーは僕らと会う気はないようです。ザビニ、これは彼女の賭けなんですよ」
そしてアズラエルは、必要の部屋に備え付けられていた椅子を蹴り飛ばした。
「彼女がここまで覚悟しているのに!ハリーがこの期に及んでつまらない意地を張ったら僕がハリーに呪いをかけますよ!いいですね、ちゃんと心の底から彼女に謝ってください!!ハリー!」
***
決闘クラブに行っても、ハーマイオニーの姿はなかった。バナナージによると、今日は図書館で調べものをしたいから欠席するとハーマイオニーから連絡があったらしい。アズラエルの手紙にあった通り、ハーマイオニーは継承者対策の知識を調べ尽くしているようだった。
「ハリー。ハーマイオニーに何をしたのか言ってみろ。ことによっちゃただじゃ済まさないぞ」
ロンはかつてないほどに怒り狂っていた。ハリーはロンが怖いと思った。ハリーの行動でハーマイオニーを傷つけ怖がらせたことは明確にロンに対する裏切りだった。ハーマイオニーによると、最後の最後までロンには作戦のことを黙っていてほしいということだった。ロンが怒っていれば、スリザリンの継承者はハーマイオニーの作戦に気がつかないはずだとメモには書いてあった。
「僕は、ただハーマイオニーにスニーコスコープを渡しただけだ」
ハリーは今すぐにカースを教えたことを話してロンに謝りたかった。ハリーの思い込みでどれだけハーマイオニーを混乱させたのか、ハーマイオニーがどれだけ不安になったのか、そしてロンがどれだけ怒りを堪えているのかと思うと、ハリーは申し訳なさを表に出しそうになった。そういうときは、閉心術の初歩がハリーを助けてくれた。
「俺にも言えないのか?また隠して秘密にするのか、友達なのに!」
「友達だからこそ言えないってこともあるだろ、ロン。きみは自分のことを何から何まで全部友達に話すのかい?僕は君がそんなに僕に興味があるとは思わなかったんだ」
ハリーはアズラエルやマルフォイの真似をして、わざとロンをイラつかせた。今日はバナナージも試験勉強のために不在にしていて、
「……あのー、喧嘩は良くないかなァって私は思うんですケド……」
「ルナは僕と決闘しようか。ハリーたちは話し合いがあるから」
いつになく剣呑な雰囲気のハリーとロンに怯えるルナは、ファルカスに声をかけられてほっとしたように決闘場に向かった。ルナはチラチラとハリーの方を見てなにかを言いたそうな顔をしていたが、何も言わなかった。
ハリーはその日、ロンとの決闘でわざと負けてナメクジまみれになった。それでもハリーの気持ちは晴れなかった。その日の晩、ハリーはハーマイオニーに謝罪の気持ちを書いては捨て書いては捨てて手紙にしたためたが、そんなものでハーマイオニーの気が晴れるとは到底思えなかった。
***
その次の日の朝、ハリーのもとにシリウスからの吠えメールが届いた。吠えメールは短かったが、全校生徒がシリウスの声を聞いた。シリウスは一言だけハリーを叱った。
『友達を大事にしろと言っただろう、馬鹿め』
そのシリウスの言葉すらハリーにとっては救いだった。ハリーは自分の杖を握りしめて、ハーマイオニーからの手紙を待った。
ハリーに吠えメールが届いた日の昼休みに、ハーマイオニー·グレンジャーはレイブンクローの監督生であるペネロビー·クリアウォーターと共に、女子トイレの中で石になって発見された。ハリーはその日の午後、自分が何をしたのか覚えていなかった。ただ、気がつくと医務室にいて、物言わぬハーマイオニーに語りかけていた。
「シリウスや、ロンや、アズラエルや……君の言う通りだったよ」
ハリーは保健室のベッドに石になったハーマイオニーに語りかけていた。ハーマイオニーはハリーの言葉に何も言わない。いや、言うことすらできないのだ。ハーマイオニーの瞳は恐怖で見開かれ、その顔は青ざめていた。スニーコスコープもカースも、ハーマイオニーを助けてはくれなかった。
「……本当に、僕が馬鹿だったよ……ごめんね、ハーマイオニー……」
吠えメールイベント完了!!
ちなみに以下がシリウスの内心
(……あー私の時代にもいたなぁ正論を言う女子……言ってきたのは……リリーだったな…)
(……………………言ってくれるだけありがたいと思えよ)