蛇寮の獅子   作:捨独楽

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heathen

 

「……何で……ジニーが狙われたんだ……どうして……?」

 

 虚ろな目でそう呟くロンを、ハリーはじっと見ていた。ハリーの心の中に痛ましい気持ちが沸き上がってくる。

 

(ジニーが怪しいってことを伝えるか。ロンに…?)

 

 ジニーがなぜか蛇語を理解できていた事と、彼女が継承者によって拉致させられたことは、ハリーの中では無関係とは思えなかった。普通ならハリーの関係者だからとか、血を裏切るウィーズリー家の魔女だからという推測もできる。しかし、ハリーの頭の中には今までの犠牲者のことが浮かび上がってきた。

 

(コリン、ハーマイオニー、ジャスティン。みんな僕に関わりのある魔法使いや魔女だ。でも、レイブンクローの女子監督生は?継承者はどうしてフィルチの猫を狙ったんだ?)

 

 レイブンクローの女子監督生は、女子だが監督生だ。監督生は自分の寮の生徒を監督するものだが、同性であればよその寮の生徒でも多少は気にかけてくれる。例えばバナナージやガエリオもそうだ。

 

(もしかして、自分に干渉してくる女子監督生を石に変えようとしたんじゃないか……?)

 

 ハリーはその考えが頭から離れなかった。こじつけのように、ジニーに対する根拠のない疑念が沸き上がってくるのをとめられない。

 

 ハリーはさらに思考を巡らせた。継承者はなぜフィルチの猫、ミセスノリスを襲ったのか。

 

(ミセスノリスはいつもホグワーツを動き回っている。特に僕たち下級生、グリフィンドールの生徒には鬱陶しかったはずだ。ミセスノリスが動き回る生徒をフィルチに報告して、フィルチがそれをダンブルドアに打ち上げたら、ダンブルドアがその生徒を容疑者として扱うかもしれない)

 

(……そもそも、上級生やロックハートが継承者なら、わざわざ猫を石に変える意味はない。猫にコンファンド(錯乱)をかければ誤魔化せる。そうしなかったのは、コンファンドが使えなかったからじゃないか?)

 

 ハリーは内心でジニーへの容疑を固めつつ、ロンやザビニたちを誘って必要の部屋に赴いた。ロンは暗い顔でなにも言わずにハリーについてきた。

 

 

「ロン……なんと言えばいいか分からないけど、僕らにできることをしよう」

 

「できることって言っても、何があるんだよ!俺たちはやれることを全部やったろ!……それで……そうしたらジニーが……ジニーは純血なのに……」

 

 ロンは呻くように言った。ハーマイオニーを石にされ、次に妹を拉致されて、ロンの精神状態は不安定になっていた。普段のロンならば、自分達が純血だなんて口にしないだろう。

 

「マートルが殺された場所……三階の女子トイレに行ってみよう。マートルに話を聞けば、何かが分かるはずだ」

 

「本当か!?」

 

「ルナが話してたんだ。手がかりがあるかもしれない」

 

「じゃ、じゃあ誰か大人を連れてったほうがいいよな。俺、ロックハートを呼んでみる。あいつ普段はあんなだけどDAの先生だし、バジリスクだって何とかするかもしれない!」

 

 ハリーは事前に、ロンやザビニたちに怪物について自分の推測を話していた。

 ハーマイオニーの残したメモには、パイプと書かれていた。バジリスクがパイプを介して移動していたなら、バジリスクの目撃者がいない理由はわかる。何故被害者が石になっていたのかは憶測の域を出ないが、直接バジリスクの目を見たわけではなかったから、というのが一番の理由になるだろう。コリンがいい例で、彼はカメラのレンズからバジリスクの目を見たことで石になったのだ。

 もちろん、魔法によって透明化させ、怪物を目撃されないようにしたという疑念も捨てきれない。しかし、ハリーはこれはないと考えていた。

 

(透明化できなかった、としたら)

 

(たまたま蛇語が使えるだけで、透明化の魔法が使えなかったのなら話は変わってくる)

 

 メドゥーサにしろバジリスクにしろ、強力な魔法生物に魔法で干渉することは難しい。皮膚そのものが高い魔法に対する抵抗力を持っているからだ。わざわざそんな手間をかけるより、パイプの中を動かすほうがずっと簡単なのだ。

 

 ハリーは結局、ジニー犯人説をロンに伝えなかった。ジニーが犯人であったとしても、そうでなかったとしても、ロンと無駄に衝突する必要はないと感じた。

 

 ハリーはすぐに飛び出そうとするロンを呼び止めた。

 

「ロン、ザビニ、アズラエル、ファルカス。怪物探しをする前に、皆にはこれを見ておいて欲しい。……怪物を倒すために練習した切り札がある」

 

 

「マジか?いつ練習してたんだよ」

 

 ザビニの問いに、ハリーは申し訳なさそうに言った。

 

「夜中に透明マントで必要の部屋に入って、こっそりとね」

「何でもいいから早く。ジニーが待ってるんだぞ」

 

 

 

 ロンに急かされたが、その前にハリーは言っておかなければならないことがあった。

 

「……僕はこの魔法をハーマイオニーに教えようとした。彼女はこんなもの必要ないって言ってたのに、ハーマイオニーが心配だったからって無理やり教えようとしたんだ。本当にバカだったと思う」

 

「待ってください。じゃあ、ハーマイオニーを守るためにハーマイオニーを追い詰めてしまったって言うんですか?!」

 

「…………そうだよ。僕のせいだ」

 

 アズラエルの指摘に、ハリーは心をかき乱された。ファルカスは何か言いたそうにハリーを見た。

 

「ハリー。それって……」

 

 ハリーは杖を無造作にふって呪文を唱えた。ハリーの額の傷が少しだけ傷んだ。

 

 

「……ロン、ファルカス、ザビニ、……アズラエル。僕がこの魔法を。……闇の魔術を練習したのは、怪物から皆を護りたかったからなんだ」

 

「闇の魔術だって?」

 

 ロンの顔には、明らかな嫌悪感があった。ハリーはロンにすがるような目を向けた。

 

(……ああ、嫌になる)

 

 ハリーは内心でますます自分の事が嫌いになった。

 

(どこまで言い訳がましいんだ、僕は?)

 

 ハリーは一人一人の顔を見渡した。ロンのそばかすが浮いた赤毛は、不安と焦りで汗を浮かべていた。ザビニの黒く端正な顔にはよく見れば隈が浮いていた。ファルカスの痩せた顔にはハリーへの期待が、アズラエルの顔にはハリーを品定めするような挑発的な雰囲気が見てとれた。

 

「僕を信じて」

 

「分かった」

 

 誰よりも先にロンが即答した。ザビニとファルカスは無言で頷いた。アズラエルは雄弁だった。

 

 

「信じられるかどうかは君次第です。これでバジリスク相手に通用しなさそうな切り札だったら、僕は君を見限りますよ」

 

 

 ハリーはアズラエルに微笑んで深く息を吸い込むと、己の切り札となる魔法を唱えた。

 

「プロテゴ·ディアボリカ(悪魔よ 全てのものを炎で護れ)」

 

 ハリーの不死鳥の杖から、禍々しい黒い炎が放出された。魔法の美しさが心の清らかさを示すというのなら、その炎は邪悪な精神を示すものだろう。己を拒むもの全てを焼こうとする幼稚な精神の具現化だった。

 

 この魔法を習得したとき、頭のなかにカースの理論式を展開していった。要領としてはインセンディオの炎を極限まで増幅させ、プロテゴのように障壁として展開するというものだ。

 

 普通、ハリーのような二年生が魔法を使おうとしてもうまくはいかないはずだった。単純に魔力の量が足りないからだ。しかし、ハリーの頭のなかにはカースを使用するために必要な理論式があり、それを理解できていた。

 

 闇の魔法を使うためには、負の感情が必要だとされる。その負の感情の燃料は、ダーズリー家の面々やヴォルデモートを思い浮かべ、彼らを燃やすことを想像するだけでよかった。ハリーがはじめてこの闇の魔法に成功したときは額の傷が凄く傷んだのだが、何回か練習するうちに傷の痛みはなくなっていた。それどころか、闇の魔術を使うほどに魔力が増幅され、痛みが引いていくような感覚すらあった。ハリーはこの魔法にのめり込まないよう細心の注意をはらう必要があった。

 

 触れるもの全てを拒むような悪魔のごとき黒い炎は、穏やかにハリーの周囲を漂い、ハリーの周囲を寄せ付けない炎の壁としてハリーを包んだ。揺らめく炎にハリーが触れても、炎や煙がハリーを害することはない。やがて、邪悪な黒い炎から穏やかな、しかし強力な蒼い炎が放出された。凝縮された魔力による闇の魔法を使っても、ハリーは心を乱すことはなかった。バジリスクを倒すために、絶対に必要な魔法だと確信していたからだ。

 

 

「このプロテゴ·ディアボリカは、僕のことを信じてくれる人を焼くことはないんだ」

 

 

「……インセンディオ(燃えよ)の何倍の威力だ、これ?」

 

「分からないよ。……ねえ、皆」

 

 ハリーは炎の壁の中から四人に呼び掛けた。

 

「僕と一緒にジニーを助けたいなら、黒い炎を越えてこっち側に来て。……それが駄目だと思ったり、ほんの少しでも僕じゃ駄目だと思うなら、誰か先生に僕の推測を伝えに言って。万が一僕が駄目だったとき、その先生がバジリスクを倒してジニーを助けてくれるように」

 

 ハリーは炎の中で四人を待った。

 

「すごいねハリー、よくここまで……」

 

 ファルカスはハリーの使った圧倒的な『力』に魅せられていた。力強い炎の動きが、何者も寄せ付けないような魔力を感じさせていた。ファルカスはハリーが止める間もなく炎に触れて、ハリーの側にやってきた。焼かれずに無邪気に笑っていた。ハリーはありったけの感謝を込めてファルカスに抱きついた。

 

「ありがとう、ファルカス」

 

「いや、別にこれくらいはね。闇祓いは闇の魔法を使うことだってあるし……」

 

 

 悪魔の護りは、術者の仲間を害することはない。その仲間が術者の味方でいる限りは。ロンは異様な光景を前にして腹を立てていた。

 

 

「ロン。今まで黙っててごめんね。これが僕なんだ」

 

「……闇の魔術が碌でもないことは知ってる。だけど、バジリスクかメドゥーサに対抗するためには力が必要だと思ったんだ」

 

「……お前ら、何でそんな風に喜べるんだ!?いろんな奴らが闇の魔法でひどい目にあったんだぞ!?」

 

 ロンははじめて見る闇の魔術に対する嫌悪感を抑えきれないようだった。ハリーは後ろめたさで思わず目を伏せた。

 

(こうするしかなかったんだ……こうするしか……)

 

 半端な覚悟や戦力で継承者捜索に皆を巻き込むわけにはいかない。この魔法は、友達ですら焼いてしまう可能性があるのだから。震えるハリーのところに、見慣れた黒い肌の男の子が姿を見せた。

 

「俺はお前に賭けたんだ。こんなもんは潜って当然だな。……それよりハリー、途中で降りたら赦さねえぞ。スリザリンの継承者を捕まえねーと、俺らはいつまでもホグワーツの厄介者だぜ」

 

 

「分かった。必ずやり遂げるよ」

 

 ザビニはハリーに拳を突き出した。ハリーはザビニとも拳を合わせた。

 

「ハリー、僕は一緒には行けません」

 

「……うん」

 

 アズラエルはハッキリとハリーにそう言った。ハリーはこっちに来てくれと言いたくなった。

 

「僕は……君を、心の底から信じてる訳じゃない。一年前に君も分かってるでしょうけど……自分にどうしようもないことが起きたら、君を裏切ってしまう自信があります。そうなったら、君の炎で事故死しかねません」

 

 アズラエルはどこまでも理性的に、己の命を天秤にかけて己の命を取った。それはスリザリンらしいバランス感覚の賜物だった。ザビニとファルカスもアズラエルを責めなかった。

 

「最初にそう言ってくれて、助かるよアズラエル。……もしも僕が戻らなかったら、アスクレピオスを頼むね」

 

 その言葉に、アズラエルは何か言いたそうな顔をした。アズラエルは大きく首を縦にふって俯いたあと、ロンに声をかけた。

 

「……ロン、僕と一緒に先生のところに行きますか?」

 

 隣のロンは、闇の魔術に対する嫌悪感を剥き出しにしていた。

 

「ああ行くぜ」

 

 ロンは躊躇なく足を踏み入れた。悪魔の炎は、ロンの燃えるような赤毛を焼くことなく親友を迎え入れた。ロンはそのままの勢いで呆気にとられていたハリーの右頬に拳を叩き込んだ。今までダドリーにふるわれたどんな拳より軽く、今までハリーが受けたどんな罰よりも重かった。

 

「ハリーに説教してからな!!」

 

「お、オイ、ロン?!やめろって!」

 

「ハリー!?」

 

「ハーマイオニーが闇の魔術を好きなわけないって分かるだろ!常識だろ!分かれよそれくらい!何で分からねぇんだよ!なんでそんな大事なことを今まで黙ってんだよ!友達なのにっ!!」

 

 

 ロンの拳がもう一度ハリーに叩き込まれたとき、ハリーはもうプロテゴ·ディアボリカを解除していた。その代わり、ハリーはお返しとばかりにロンに拳を叩き込もうとしてかわされた。リーチも身長も、ロンのほうが上だ。

 

「じゃあ他に!何か案があったら教えてよ!皆が傷つかずにすむ力があったら教えてくれよ!」

 

 ハリーはほとんど自暴自棄になりながら叫んだ。ロンの足めがけて組み付いてタックルをしてロンを倒そうとしたが、ロンは思い切り腰を落として踏ん張った。

 

 

「ねぇよそんなもん!それでも闇の魔術に頼るなんていいわけないだろ!闇の魔術は使えば人を殺せるんだぞ!」

 

「正しいだけで護れるなら誰も苦労しないんだよ!」

 

「正しくいるために皆苦労してんだっ!思考停止して諦めやがって!」

 

 ロンの拳をかわして、ハリーはロンの股間を蹴りあげようとした。しかし、ハリーの足はロンの膝で阻まれた。

 

「どんな手を使ってでも護るべきものはあるだろ!力がなきゃ何も護れないんだよ!殺されてから後悔したって遅いんだ!」

 

 

「ハーマイオニーはそんなこと望んでねえっ!!」

 

 ロンはハリーの目を見て怒鳴った。ハリーは目をそらすことができなかった。

 

「ハーマイオニーも俺も……コリンが石にされてからずっと、回りの皆にいろんなことを言われたよ。ハリーは怪しいとか、スリザリン生は闇の魔法使い予備軍だとか。でも、違うって信じた!ハリーや皆が友達だったからだ!」

 

 その言葉は何よりもハリーの心を抉った。ハリーはロンの言葉を受け止めた。

 

「闇の魔法が悪いものだって知ってて、何でそんな馬鹿なこと言ったんだよ……!」

 

「…………失くしたくなかったんだ」

 

 ハリーは微かな声で呟いた。

 

 

「スリザリンに入ってから、ぼくも……いろんな人が圧力をかけてきたんだ。君たちと付き合っちゃいけないって。でもそれは嫌だった。はじめてできた友達を、寮が違うからって失くしたくなかった」

 

 

 ハリーはパンジーに惚れ薬を盛られたことを話した。ハーマイオニーやロンを侮辱して、そのまま友達付き合いを壊されていたかも知れなかった。アズラエルやファルカスはパンジーの素行に引いていたが、ザビニは顔色一つ変えなかった。

 

「……どうしてそこまでして俺たちに拘るんだよ」

 

 ロンはハリーから聞いた言葉に絶句していたが、やがて絞り出すように言った。

 

「僕にも分からないよ」

 

 ハリーは言った。

 

「ただ、大切だったから…それを護るためなら何をしてもいいって思ったんだ。ハーマイオニーやロンの気持ちも考えずに。……本当に馬鹿だったよ……」

 

 ロンもハリーも殴り疲れて、お互いにばつの悪い顔をしていた。そんな二人を心配そうにアズラエルやファルカスやザビニが見守っていた。

 

(それは二人に依存してるんじゃあないでしょうか、ハリー?)

 

 アズラエルは喉元から出かけた言葉を飲み込んだ。代わりに、ロンにたいして弁明した。

 

「ロン。スリザリン生の全部が闇の魔法に興味があったり、純血主義だったり、魔法で無理やり言うことを聞かせたりしてるとは思わないで下さい。説得力はありませんけど、そんなのは僕らのなかでも異端です。ねえ、ザビニ、ファルカス?」

 

 

 アズラエルは助けを求めるように二人を見て、二人は渋々頷いた。それを見て、ロンも荒い息を整えて少し冷静さを取り戻していった。

 

 ハリーとロンはザビニとファルカスとアズラエルにとめられるまで、互いの顔を殴りあって、少なくないアザもできていた。必要の部屋にあった薬草で怪我は一瞬で引っ込んだが、ハリーとロンは腕を組んでそっぽを向いていた。

 

「いいか、勘違いするなよ!闇の魔術を認めたからじゃない!ジニーを助けて、ハーマイオニーを石にした糞やろうに落とし前をつけるためだ!見逃すのは今回だけだぞ!」

 

「……ありがとう、ロン」

 

 

「継承者はもしかしたら魔女かもしれませんよ、ロン」

 

 ハリーはアズラエルを見て笑った。どうやらアズラエルは、ハリーが意図的にロンを参加させないようにしていたことに気付いたらしい。

 

「これで君は闇の魔法使い予備軍ですよ、ハリー」

 

 アズラエルの視線にはハリーへの恐怖も込められていた。

 

「闇の魔法は知ってて嬉しい知識じゃあない。……使いどころを間違えないで下さいね?」

 

「分かった。約束するよ」

 

 ファルカスはカースの本を読み込んでいたので、術者が解除する以外の悪魔の護りへの対処方法を知っていた。

 

「フィニート·インカンターテム(呪文よ終われ)で止める方法もあるよ。ここで練習していこう」

 

 フィニート自体は二年生でも使える汎用的な反対呪文魔法である。発動している魔法の種類によって終わらせるための理論が異なり、魔力も余計に消費することになるが、発動している魔法を終わらせる効果があった。ハリーが再発動させた悪魔の護りは、ザビニたち四人が使ったフィニートによって何とか終息した。

 

 

 ハリーたち四人は準備を整えて必要の部屋を出た。自分でも不思議だったが、ハリーたちの関係には何の変わりもなかった。ロンなどはむしろ、闇の魔術をちゃんと嫌悪してくれるやつがスリザリンにいてよかったと溢していた。ハリーはアズラエルにも感謝した。

 

***

 

 ハリー、ロン、アズラエルは、必要の部屋を出てロックハート先生の教員室に向かった。ザビニとファルカスは、ハリーの部屋に透明マントや魔法のアイテムを取りに行った。ハリーは自分の足取りが軽いことに気がついた。懐に忍ばせたもう一つの切り札のせいではない。ハリーのとなりに友達がいるからだった。

 

 

 ハリー自身は気がつかないふりをしていたが、ロンは闇の魔術を肯定しなかった。状況が切羽詰まっていなければ、ロンはハリーのことも拒絶しただろう。それでも炎を乗り越えたのは、ロンがハリーを信じてくれたからに他ならなかった。アズラエルは悪魔の護りこそ潜らなかったが、ハリーについてきて先生を呼ぼうとするだけの義理堅さがあった。

 

(……ああそうか……僕はロンやアズラエルに着いてきてほしかったんだ……)

 

 ハリーは自分の内心を表に出さないようにしながら、ロックハート先生の部屋をノックした。部屋からは疲れはてた様子のロックハート先生が出てきた。

 

「や、やあ君たち。一体どうしたんだね?私のところを訪れてくれるのはありがたいけれど、私は今たて込んでましてね……」

 

「ロックハート先生、お願いがあるんです!秘密の部屋探しに協力してください!」

 

 ロンは熱心にロックハートに頼み込んだ。ロンは腐ってもDA教師ならハリーの悪魔の護りで事故死する恐れはないだろうと思っていた。

 

「お願いします先生!ハーマイオニーは先生の大ファンだったんです!ハーマイオニーのためにも、力を貸してください!」

 

 ハーマイオニーはロックハートの大ファンで、ロックハートにとって一番優秀な生徒だった。彼女の敵を討って、妹を救うために一緒に来て欲しいと言うと、ロックハートは明らかに嫌そうな顔をした。ロックハートは怯えた目でハリーを見ていた。

 

 

(……この人じゃ頼りにはならないよ、ロン、アズラエル……)

 

 ハリーは内心でロックハートに見切りをつけていた。プロテゴ·ディアボリカは、ハリーに心の底から忠誠を誓う味方以外を焼いてしまう魔法だ。ロックハートだって焼いてしまうかもしれない。激しい戦闘の最中に、簡単な魔法にも失敗するロックハート先生がフィニートを使えるのか甚だ疑問だった。ハリーの中ではロックハートは戦力外だった。

 

 ハリーはロックハート先生に、ジニーが何かを知っているという可能性を伏せて自分の推理を説明した。もちろん、ハーマイオニーがヒントをくれたことを忘れなかった。

 

「なるほど……パイプですか……!それはいいことを聞きました!」

 

 ロックハートは先程までの狼狽えきった様子を一転させ、白い歯をキラリと光らせて笑った。そしてあろうことか、ハリーたちに杖を向けた。

 

「な……何をしてるんですか!?」

 

 あまりのことに絶句するハリーたちに、ロックハートは普段と変わらない笑みを見せた。その様子は無能教師である普段のロックハートと全く同じものだった。

 

「そこまで分かっているなら、後は私が教師たちに提案してホグワーツ中のパイプを調べて貰いましょう。私の功績でホグワーツが救われる。そして私の功績のために、真実を知っているものにはそれを忘れて貰わなければね」

 

 ロックハートはペラペラと自分の悪事を明かした。他人の功績を聞き、当人の記憶を消して己のものとして奪い取る畜生でもしない行為に、ハリーたち三人は言葉が出なかった。

 

(こいつは)

 

 ハリーのなかで、ロックハートへの強烈な嫌悪感が沸き上がった。

 

(邪悪な奴だ)

 

 ハリーは咄嗟に、懐に忍ばせたラジカセのスイッチを入れてそれをこっそりと録音した。ロックハートが有頂天になって喋れば喋るほど、彼は自分の首を絞めていることに気がついていなかった。

 

 

「記憶喪失になった君に濡れ衣を着せるのもいいですねえ、ハリー。蛇語使いのスリザリン生なんて格好のスケープゴートですよ!君をアズカバンに送ったあと、私は悠々とホグワーツを去って南国のビーチでバカンスを楽しむとしますかね!オブリビエイー」

 

「プロテゴ(守れ)!!」

 

 ロックハートは杖を振り上げたが、その動きはあまりにも遅すぎた。ハリーは間髪いれずにプロテゴの障壁をロックハートの周囲に展開した。

 

 ロックハートの周囲を覆ったプロテゴの障壁は、オブリビエイト(忘却)というチャームをはねかえした。ロックハートの周囲を覆ったのは、自分とロン、そしてアズラエルの誰を狙うか分からなかったからだ。ロックハートの周囲を覆ったプロテゴの障壁は一瞬で破壊されたが、ロックハートは己が撃ったオブリビエイトの直撃を受けてしまった。ハリーはロックハートの顔を見た。端正な顔立ちがひどくいびつに歪んでいた。

 

 オブリビエイトは人間の脳に働きかけるチャームの一種で、記憶を忘れさせる効果を持つ。人間の脳という繊細な部品に対して発動させるために、その出力は弱く、プロテゴでも反射させることができるのだ。

 

 ハリーたちには知るよしもない。ロックハートが己にその魔法をかけ続け、一流だった己の腕を劣化させていたということなど。本来のロックハートであれば無言で背後からオブリビエイトをかけ、かけられた本人にその記憶がないことにすら気付かせなかっただろう。しかし腕を腐らせたロックハートにはそんな芸当は不可能だった。己の最も得意とする魔法すら詠唱しなければならないほどにロックハートの心も、魔法の腕も腐りきっていた。

 

 

 間髪いれずに、怒ったロンが無言呪文でロックハートに追撃した。ペトリフィカス トタルス(石になれ)だった。ロックハートは自分がなぜここにいるのかも分かっていないような呆然とした表情を浮かべたまま、石のように硬直した。ハリーはさらに追撃をかけた。ロックハートに慈悲をかけるのは危険だ。前学期の闇の魔法使いとの戦闘で、ハリーはそれを学んでいた。

 

「エクスペリアームス(武装解除)!!」

 

 ハリーはロックハートから杖を奪い取った。ロンは、そのままロックハートの腕に向けて魔法を撃とうとした。

 

「ダメですよ、何をやろうとしてるんですか!石になってるのに追撃までかけたら砕けちゃいますよ!!」

 

 

「こいつは俺たちを石に変えようとしたんだ!」

 

 

「……ロン。こいつにかけてる時間が惜しいよ。ブルーム、ロックハート先生を医務室に運んでくれるかな?」

 

「任せてください。……後で必ずスネイプ教授か、フリットウィック教授か、マクゴナガル教授を呼んできます。それまで耐えてください、ハリー、ロン。ロン、僕のスニーコスコープを君に託します。必ず生き残ってください」

 

 そしてハリーたちは三階の女子トイレに向かった。ハリーたちがトイレに到達したとき、ザビニとファルカスはまだ来ていなかった。ハリーたちは、二人を待たずに女子トイレの扉を開き、目的の人物へと話しかけた。

 

 

「ミス·マートル!いたら返事をして!」

 

 ロンはそう言ったが、ハリーは女子トイレのドアを杖でノックした。杖で合図を出した瞬間、ハリーたちの前に、五十年前にここで命を落とした女生徒の残骸が姿を見せた。

 

 




当初のプロットではスリザリンの継承者と対峙して窮地に追い込まれたギルデロイがオブリビエイトを継承者に使おうとして返り討ちにされ、バジリスクの餌になる予定でした。
もしもそのルートならギルデロイは立派な大人としてハリーやロンの心の傷となり二人に成長を促したでしょう。
でもギルデロイは闇の魔法使い(オブリビエイトはチャームだけど)だからそのルートはあり得ないんですね。
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