蛇寮の獅子   作:捨独楽

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闇の魔法使い

 

 

 二対の蛇が絡み合うような彫刻が施された石柱が、ハリーを怪しく見つめていた。ハリーはそんな物言わぬ蛇に睨まれながら、プロテゴを展開し続けていた。スニーコスコープは既に鳴りやんでいる。

 

 

「……ロン」

 

 ハリーは天井から降り注いだ石から、プロテゴで身を護った。ロンにもプロテゴがかかっていた筈だが、ハリーの心臓は不安で脈打っていた。

 

(嘘だ、ロンは生きてる筈だ……)

 

 

「ローン!!」

 

 ハリーは思わずそう叫んだ。ロンの返事はない。ハリーは自分の体がすっと冷たくなっていくのを感じた。

 

 

 ハリーはすぐにロンを助けようと思って、額の傷が猛烈に痛むのを感じた。

 

(プロテゴを出し続けたからか……?)

 

 

 ハリーのような二年生では、よくてもプロテゴ(護れ)による防壁は数秒維持するのがせいぜいのはずだった。しかし、ハリーは既に一分以上もプロテゴを維持していた。

 

 それは、ハリーの額の傷と関係があるとハリーは薄々思っていた。ハリーは自分の額が痛むとき、魔法をうまく使い続けられることに気付いていた。だからこそ、プロテゴ·ディアボリカという闇の魔法すら成功させることができたのだ。

 

 

「ハリー!!ハリー、大丈夫か!?」

 

 ハリーは岩の隙間からロンの声を聞いた。

 

「君は無事なの!?」

 

「プロテゴのお陰で傷ひとつねえ!そっちは!?」

 

「うん、僕は大丈夫だよ!待ってて、岩を退かせるから」

 

「た、タンマ!!今レヴィオーサで岩を退かしてるから!!プロテゴが無くなったら危ない!!」

 

「……うん、ロン、すぐに来て!僕はジニーを探す!」

 

 ハリーはプロテゴを解除して一か八かのウィンガーディアムレヴィオーサ(浮遊せよ)でロンを助けるか、プロテゴを解除しないでおくかの選択に迫られた。今すぐにでもロンを助けたかったが、ハリーがその選択肢を選ぶ前に、ハリーは赤い閃光が自分の杖に到達しかけたのを見た。赤い閃光はプロテゴの障壁によって阻まれたものの、敵がハリーの杖を奪おうとしていた。

 

 結局ハリーは一人で秘密の部屋を進むことになった。スニーコスコープはまだ、ハリーの懐で沈黙している。それがよりいっそう恐怖と不安を掻き立てる。

 

 

 

 

 ある場所にたどり着いたとき、ハリーの心臓は恐怖で震えた。サラザール·スリザリンと思われる魔法使いの石像の側に、赤毛の少女が横たわっていたからだ。少女の顔には全く生気がなかった。

 

 

「ジニー!ジニー!返事をして!!聞こえるかい!?助けに来たよ!」

 

 ハリーは反射的にジニーに駆け寄ろうとして、思い止まった。

 

(おかしい……)

 

 ジニーの様子は何もかもおかしかった。顔面は蒼白でハリーの呼び掛けにも反応しない上、彼女の手には杖がなく、左手に古いノートを握りしめている。

 

 

(囮だ……)

 

 ハリーはジニーに駆け寄ろうとして、踏みとどまった。

 

 ジニーを操った人間か、バジリスクが必ずいる。周囲を警戒しなければならない。ハリーはプロテゴの出力を上げた。淡いプロテゴの光が輝きを増すと、ジニーの隣に人がいるのが見える。

 

 パチパチパチ、と気の無い拍手の音が響いた。ハリーは杖先を音の方に向けながら、慎重に懐に忍ばせたものを握りしめた。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

 ハリーは冷たく言った。

 

「姿を見せろ」

 

 ジニーを操った人間がそこにいると、ハリーは信じて疑わなかった。思い込んだものをそのまま頑固に信じてしまうというハリーの性格がこの土壇場で発揮されたのである。

 

 闇の魔法使いを相手にすると想定した場合、この判断は正しいとは言えなかった。ハリーは自分が気付いているぞと脅しをかけるのではなく、持てる全力の魔法でもって奇襲すべきだった。それこそ操られた疑いのあるジニーごとだ。相手が本当に操られていたかそうでないかは容疑者を気絶させた後、専門家に調べさせてしまえばよいのである。

 

 この時、ハリーに杖を向けられた相手はハリーは少し魔法が上手いだけの子供に過ぎないと確信し、満面の笑みでハリーの前に姿を見せた。

 

 

 

 

 ハリーの前に姿を見せた黒髪の少年に、ハリーは見覚えがなかった。その少年は背が高くハンサムで、スリザリンであることを示す緑色のローブを身に纏っている。彼は背が高いもののマクギリス·カローやガーフィール·ガフガリオンのように筋肉質ではなく、すらりとしていて非常に女性受けのしやすそうな整った体型だった。その少年は監督生であることを示すバッジを胸につけていたが、スリザリンの監督生であるはずがなかった。スリザリン七年生の監督生は彼とは似ても似つかない小男のティリオンという青年だった。

 

 

「会いたかったよ、ハリー·ポッター。はじめまして、というべきかな?僕ときみは初対面の筈だからね」

 

 その青年はくるくると指先で杖を弄んでいた。

 

「会いたかった、だって?」

 

 ハリーは額が大きく痛むのをこらえながら言った。

 

「そんなことを言う前に、ジニーを助けようとは思わなかったの?そもそも君は誰なんだ?君みたいな人をスリザリンの談話室で見たことはないのに」

 

 ハリーは目の前の少年を責めるように言った。目の前の少年は笑みを嘲笑に変えながら言った。

 

「そんな必要がどこにあるんだい?ハリー·ポッター。そこのガキは助ける価値のない人間さ。君も気がついているだろう?秘密の部屋の継承者はジニー·ウィーズリーだった」

 

 

「確かに実行犯はジニーだと思うよ。でも、助ける価値なんて君が決めることじゃない」

 

 ハリーはそう言ったが、心は目の前の少年に対する疑念と怒りで震えていた。

 

(こいつ、よくもぬけぬけと……!)

 

 ジニーを連れ去った少年に怒りを向けるハリーに対して、少年は朗らかに笑った。

 

「おいおい。この子に助けられる価値なんてあるはずがないだろう?いろんな人を襲って迷惑をかけた後、その罪に耐えきれずに自殺を図ったのさ」

 

 少年は明らかにハリーを挑発するように大袈裟な身振りで首をかきむしった。

 

「僕は彼女を止めようとしたんだよ?説得もした。けれど彼女は止まらなかった。だから僕は仕方なく彼女を倒して、ここで助けを待っていたのさ」

 

「嘘だね」

 

 ハリーは冷たく言った。

 

「この部屋まで来て犯人を倒したのなら、助けなんて待たずにさっさと引き返した筈だ。……それに秘密の部屋の犯人がジニーであることを知っていたなら、ジニーが脅し文句を残すのはおかしい」

 

 ハリーは自分の考えをまくし立てた。

 

「ジニーは実行犯に仕立て上げられたんだ。そう動かされたジニーは、自分の基準で面倒になるやつから潰していくしかなかった。……生徒を監視する猫をうざったく思うのなんて下級生だけだ。上級生なら、フィルチに疑われたってフィルチを錯乱させてしまえばすむだけなんだから」

 

 

「うーん正解。最低限の知能はあるようだね。スリザリンに一点!」

 

 その少年がハリーに拍手した後、ハリーは言った。

 

「君は僕に肝心なことを言ってないよね。僕がここに来たとき、魔法で僕と僕の友達を攻撃したのは君だろ。つまらない嘘をつくのはやめてよ」

 

 そしてはじめてその少年を見たときから気になっていたことを、言った。

 

「君みたいなスリザリン生はいない。僕は談話室にいたから知ってるんだ。一体君は何なんだ!?どうしてこの部屋にいるんだ!」

 

 ハリーがそう言ったとき、少しの沈黙があった。

 

 その少年はハリーをつまらなさそうに見ていたが、やがて静かに口を開いた。その瞬間、ハリーは息がつまるのを感じた。額が大きく痛みだし、汗が滲んだ。

 

「スリザリンの継承者が自分の部屋にいることに理由が必要なのかい?随分と無礼な少年だね、君は。同じスリザリンの子供だからと優しくしてあげたのが間違いだったかい?」

 

 その少年が少し言葉に力を込めるだけで、空間が歪むような気がした。それは大きすぎる魔力に対して魔法使いが抱く本能的な恐怖心であり、単なる錯覚にすぎない。ハリーは負けじと言い返した。

 

「スリザリン生がスリザリンにいない人を糾弾するのがそんなに悪いことかな?さっさと正体を見せてよ。君がハッフルパフ生でもレイブンクロー生でも、グリフィンドールの生徒だったって僕は驚かないから」

 

 そのハリーの言葉は、目の前の少年の自尊心をいたく傷つけたようだった。目の前の少年は静かに言った。

 

「僕は紛れもなくスリザリン生だ。トム·マールヴォロ·リドルという」

 

 その少年はスリザリン生であることを誇りにしているのか、胸元の監督生のバッジを誇るように言った。ハリーはふと、リドルという名前に引っ掛かるものを感じた。

 

 

(…………何だ?どこかで聞いたような気が……)

 

「この僕が、スリザリンの継承者であるこの僕が!よりによって低能なハッフルパフ生や役立たずのレイブンクロー生や、グリフィンドール生と思われるとはね。こんな屈辱を受けたのははじめてだよ。つまらない嘘をついたせいかな?」

 

「そうだね」

 

 リドルは手で髪を撫で付けるような仕草をした。整った顔立ちの人間にしか許されない動作だった。

 

 

「けどね、ハリー。僕が助けを待っていたというのは本当なのさ。僕はずうっと時を待っていた。いつの日かこのホグワーツに戻り、スリザリンの継承者としての役目を果たすべき時をね」

 

 リドルはなんと、自分から全てを明かしはじめた。秘密の部屋を開き、マグル生まれの生徒を手にかけたこと。かつてハグリッドに己の罪を押し付けたこと。ジニーを操り、ホグワーツを改革すべく動いたこと。その一つ一つが最低の屑の所業だとハリーは思った。

 

 ハリーは黙ってリドルの言葉を聞いていた。それは、リドルの言葉に驚いていたからでもある。しかし、一番の理由は、リドルに隙がなかったからだった。リドルの体はよく見ればゴーストのように実体がないような、しかし、ゴーストではなくそこに肉体を持って存在しているかのような矛盾した状態にあった。ハリーはそのリドルに対して魔法が効くのかどうか分からなかったし、リドルから伝わってくる圧倒的な魔力量に恐怖心を抱いてもいた。それがハリーの動きを鈍らせた。

 

「僕が今、ここに君を招いたのは。このホグワーツを正常な姿に戻すためさ」

 

 

 そんなハリーに対して、リドルはハリーの地雷を踏んだ。

 

「スリザリン生でありながら穢れた血と親交を持つもの。闇の帝王に抗った不忠者。スリザリンに相応しくないもの、ハリー·ポッターを粛清し、マグル生まれを粛清し、マグル生まれと親しくする血の裏切り者を粛清する!ホグワーツをあるべき姿へと戻す!これは聖戦だ、ポッター!!」

 

「……ああ」

 

(僕の友達を否定(ころ)すのか)

 

(僕の家族を否定(ころ)すのか)

 

(…………だったら僕が君を否定(ころ)してやる)

 

 

 ハリーの頭の中にどす黒い殺意が芽生えた。

 

 

(もう、失ってたまるか)

 

 ハリーの頭に、トムへの恐怖はない。今のハリーにあるのはトムへの怒り。純血主義の名を借りてハリーの邪魔をする存在に対する癇癪だけだった。

 

 それは勇気と言えるのか、それともー。

 

 

 

毒蛇の王(バジリスク)よ、顕現せよ!』

 

 トムがバジリスクを喚んだことがハリーにはわかった。ハリーには蛇語と、そうでない言葉の違いは分からない。だからトムの言葉が単なるハッタリである可能性もあった。

 

 しかし、ハリーの懐にあったスニーコスコープが、何かが床を砕き這いずるような物音が、ハリーに危険を教えてくれていた。ハリーはプロテゴを強めた。

 

「プロテゴごときでバジリスクは止められないよ、ポッター」

 

 

 リドルの嘲笑を聞き流し、ハリーは即座に、ラジカセのスイッチを起動した。

 

(舐めすぎだよ)

 

 トム·リドルはハリーを侮っていた。正確にはハリーだけではなく、ダンブルドア以外のこの世の全てを。

 

「!?」

 

(……雄鶏の鳴き声!?どこからだ!?)

 

 リドルの傲慢で、しかし端正な顔が驚愕に染まる。

 

 ハリーが隠し持っていたバナナージ·ビストから借りたラジカセから、雄鶏が閧を告げる声が響き渡る。リドルの顔が驚愕に染まった。バジリスクの動きが止まった瞬間を。ハリーは見逃さなかった。

 

「ディアボリカ(悪魔よ!)」

 

 ハリーはプロテゴの守りを発動させたま、プロテゴ·ディアボリカを重ねて発動させた。

 

 ハリーの周囲に展開されていたプロテゴの聖なる防壁が、邪悪な闇の魔力を帯びた黒い炎の防壁へと置き換わる。己の護りたいものだけを護り、それ以外を焼き払わんとする悪意。それはすぐに蒼炎に変わり、リドルとバジリスクへと向かう。

 

「!?」

 

 トムの顔には一瞬、驚愕が浮かび。

 次の瞬間には歓喜に変わった。

 

 

(それでいい……それでいいぞポッター!!)

 

 リドルの杖が振り下ろされフィニート(終われ)によって闇の炎が終息していく。闇の炎がその役目を終える前に、ハリーは次の魔法を撃っていた。その間、バジリスクは震え上がり動くことができない。雄鶏がときを告げる声は、バジリスクにとって本能的な恐怖心を呼び起こさせるのだ。

 

「エクスパルソ(爆破)」

 

 ハリーは蒼炎がその役目を終える前に、矢のように爆破魔法を放った。

 

 プロテゴ·ディアボリカの炎は、防御魔法ではあるがハリーの呪文を阻むことはない。その炎はハリーに好意的な人間を守る。それはつまり。ハリーやハリーの魔法も同様である。

 

 トムは自分と、ジニーの周囲にプロテゴを展開させた。ハリーから放たれた爆破の魔力を秘めた閃光は、悪魔の炎と一体となってバジリスクの顔面に吸い込まれた。トムが舌打ちをうつ音をハリーは聞いた。

 

 バジリスクは恐ろしい断末魔と共にのたうち回った。ハリーはもうバジリスクを見ていなかった。

 

 

 ハリーは本能的に恐怖心の根元が何なのか悟っていた。ハリーの額の傷跡はまだ痛みをハリーに訴えていた。ハリーは全力で柱の角に隠れながら、次の手をうった。

 

(本当に恐ろしいのはバジリスクじゃない!)

 

「プロテゴ·ディアボリカ(悪魔よ 護れ)」

 

 ハリーが再び魔法を展開させた瞬間、秘密の部屋の入り口に人影があった。大岩が動き、人が足を踏み入れる。

 

「!?」

 

「ジニー!!!お兄ちゃんだぞ!いるのかジニー!!」

 

 入ってきたのは、ロンだけではなかった。

 

 パーシー·ウィーズリー。ウィーズリー家の三男であり、ジニーの兄である少年が、妹を救わんと足を踏み入れた。

 

 

 ハリーはパーシーの顔を見た瞬間に、ほとんど本能的に、プロテゴ·ディアボリカを解除した。それは理屈ではなく、飛んでいたら目の前に石壁があったのでブレーキをかけたようなものだった。

 

 それは致命的な隙となった。トム·リドルはバジリスクの牙の破片を操り、ハリーを追撃した。

 

 

 

  花びらのように舞う猛毒の牙をハリーらはウィンガーディアム·レヴィオーサでかわす。パーシーがプロテゴでハリーを護ろうとしたが、バジリスクの牙はプロテゴの護りを、貫通した。ハリーの左手に、バジリスクの牙がかすった。

 

 

 

 

 




パーシー「どけ!!僕はお兄ちゃんだぞ!」
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