***
パーシーが秘密の部屋へと到達する、ほんの少し前。
パーシー·ウィーズリーは、己への無力感に苛まれながら監督生に与えられた個室に閉じ籠っていた。パーシーは胸元につけていた監督生のパッジを無造作に放り投げて、虚ろな目で部屋のベッドに横になっていた。
ジニーが秘密の部屋に拐われたとミネルバ·マクゴナガル教授から聞いたとき、パーシーはその言葉が嘘であってくれと思った。マクゴナガル教授は、パーシーの望んでいた言葉をくれなかった。
「ジニーは……ジニーは助かるんですよね、先生?秘密の部屋は、ホグワーツのどこかには必ずある筈だ!」
「今は教師たちが総出で秘密の部屋がどこにあるのか、探索しているところです」
マクゴナガル教授の言葉は、パーシーの望んでいたものではなかった。まだ、秘密の部屋は見つかっていない。それはつまり。
(ジニーはもう……)
パーシーには、ジニーの生存を絶望視するだけの根拠があった。
ウィーズリー家は、両親共に魔法使いであり、スリザリン的な言い方をすれば『純血』ではある。しかし、純血主義には賛同せず、ウィーズリー家がその思想を信仰したことは一度もない。両親がそうだったから、パーシーもジニーも好きな人が純血であるかどうかなんて気にしなかった。人を好きになることに血筋は関係ない筈だとパーシーは信じていた。
そんなウィーズリー家は、スリザリン生の中でも特に柄の悪い一部の生徒からは『血の裏切り者』として蔑まれている。純血主義者の中でも特に悪意に満ちたスリザリンの継承者が、ジニーを無事にしておく可能性はないと言っていい。
パーシーはウィーズリー家の三男だが、今のホグワーツにおいては兄弟のなかで一番年上だ。パーシーがホグワーツに入ってから、パーシーはスリザリンの生徒たちから執拗な嫌がらせを受けた。幾らなんでも自分ばかりターゲットにされるのはおかしいと談判しても、スリザリン生は耳を貸さなかった。
ビルに相談すると、長男のビルはパーシーに暗黒時代が原因なんだと語って聞かせた。
『俺たちの叔父さんのギデオンさんとファービエンおじさんは
理不尽で残酷な現実だけが、パーシーの周りにはあった。対等な友人だと思っていたスリザリン生との間には、パーシーが何をしても覆せない壁があったのだ。
弟のロンがスリザリンに入ったハリーと仲良くなったとき、ハリー·ポッターならば大丈夫なのではないかと思った。規則を破る問題児ではあったが、両親の身元は確かなのだ。純血主義に走ったりすることはないだろう、と甘く見ていた。
しかし、前学期にハリーはロンや、優秀なグリフィンドール生のハーマイオニーを唆して賢者の石を守るためにと大立ち回りを演じた。闇の魔法使いを相手にである。
パーシーにしてみれば、冗談ではなかった。本当に余計なことをしないでくれと思った。うちのロンはたいした取り柄も才能もないふつうの子供だ。ハリーに関わっていては、いつか必ず命を落としてしまうだろう。叔父たちのように。
ロンにはロンの人生がある。なるほど、闇の魔法使いを相手にして世のため人のために戦うのは立派なことだったが、それに巻き込まれて命を落としてしまってはたまらない。ハリーと仲良くなっていく弟を、パーシーは不安な気持ちで見守っていた。
(……僕が何とかしなければ……)
パーシーは兄弟たちを闇から守れるのは自分だけだと本気で信じていたし、それが出来るだけの能力はあった。
勉強に勉強を重ねたことで、OWL試験の成績で12科目に合格したことがその自信の根拠だ。パーシーは自分こそ学年で最も優れた魔法使いであると自負していた。その傲慢とも言える自信は今、粉々に砕け散っていた。
パーシーは両親にジニーが誘拐されたことを手紙で報告した。高齢の愛すべきフクロウは、主人が憔悴しきった様子で持たせた手紙を抱えてよろよろと飛び去った。
(どうして僕はロンばかり心配して、ジニーの側にいてあげなかったんだ……どうして継承者はジニーを狙ったんだ。何でジニーじゃなくて、他の子にしてくれなかったんだ……何でもっと早くから、ロンとポッターを引き離さなかったんだ……)
一人で横になっていたパーシーは無力感のあまり自棄になり、普段の彼であれば考えないようなことまで考えかけた時、部屋の水道が突如動き出した。
『ここにいると思ったわ、エロ眼鏡!!』
水道から声がしたかと思えば、眼鏡をかけた女生徒……の、ゴーストがパーシーの前に姿を見せた。パーシーは彼女に対して反応する気力もなかった。
『まぁ、伝統あるホグワーツの監督生の癖に何をやっているの?そうやって眠っていれば妹さんが帰ってくると思うなんて、随分と監督生の質も落ちたものね?』
普段のパーシーであれば、突如として出現したゴーストに叫び声をあげてチャームをぶちこんでいただろう。あるいは、監督生を貶めるような発言を注意したかもしれない。パーシーは神経質で、権威主義の青年だった。だが、今のパーシーはマートルを見ても驚く気力がなかった。無反応のパーシーを見て、マートルはゴーストとしての力を使ってパーシーをたたき起こそうとした。
『あなたの一番小さな弟は、ハリー・ポッターと協力して妹さんを助けるために秘密の部屋に入っていったわよ!!監督生ならさっさと助けに行きなさい!!!!さもなくばトイレの水を浴びせるわよ!!』
「何だと!?ロンがポッターと二人で?……ジニーはまだ無事なのか!?」
『それを確かめに行けるのは貴方だけよ!三階の女子トイレに行きなさい!』
ゴースト少女の発した言葉に、パーシーは飛び起きた。断じてトイレの水が怖かったからではない。嘆きのマートルの導きに従って、秘密の部屋への入り口に入ったのである。マートルが秘密の部屋の場所を告げてから到着まで、ほとんど時間をかけなかった。パーシーは自分自身に加速呪文をかけて、肉体を強化することで無理矢理部屋に到達したのである。マートルを置き去りにするほどに加速して、パーシーは秘密の部屋の入り口から先へ、先へと進んだ。
(無事で居てくれ……!ジニー!!ロン……!)
***
「フリペンド·マキシマ(遥か遠くへ吹き飛べ)!!」
「ロコモータ(動け)!!レヴィコーバス(吊るせ)!」
……そして、瓦礫に埋もれていたロンを衝撃呪文や浮遊呪文で救出してから、パーシーは秘密の部屋の最奥へとたどり着いた。パーシーの後ろにはロンがくっついている。ジニーとハリーを救出せんと勇んでやってきたパーシーを待っていたのは地獄だった。
明らかに邪悪な闇の魔法を操るハリー・ポッターがいて。
ハリーのさらに奥には、人間を丸呑みできそうなほどに巨大なバジリスクの無惨な死体がある。バジリスクの骸は何か爆弾でも投げつけられたかのように焼け焦げていた。
信じたくはないがハリーがこれをやったのだ。恐らくは闇の魔術を使って。
(……化け物め!)
わずか一瞬のうちにそこまで推測したパーシーだった。内心で抱いた嫌悪感は、ハリーに対してか、バジリスクに対してか、それとも目の前の謎のスリザリン生に対してかはパーシーにも分からない。
パーシーに気がついた瞬間、ハリーは何故か闇の魔法を解除した。そして、ハリーに大小様々なバジリスクの牙が呪文によって放たれる。
パーシーは咄嗟にプロテゴでハリーを守ろうとした。詠唱する余裕などなく、無言呪文でハリーを守ろうとする。パーシーがハリーを守るのは、後ろにいるロンがハリーを信じていたから、というのもある。しかし、一番の理由は、始めて見た謎のスリザリン生がよりによってジニーの杖を行使していたことだ。
ジニーは一番下の妹ということもあり、新品の杖が与えられていた。ジニーが何よりも大切にして、誰にも触らせようとしなかった最高の杖だ。
見知らぬスリザリン生が、ジニーの魂とも言えるものを持っていたことにパーシーは激怒した。兄として当然の怒りだった。
(……あの男、ジニーの杖を奪ったのか!?)
現場の光景だけ見れば、スリザリンの継承者であるハリーが闇の魔法を使って人を殺そうとしていたように解釈も出来る。だが、パーシーは迷わなかった。継承者であるなら、ハリーが闇の魔法を使う必要はない。ハリーは継承者のバジリスクから身を守るために戦っていたのだと、パーシーはその明晰な頭脳で理解した。
だが、現実は残酷だった。パーシーの明晰な頭脳と、磨き上げた魔法の腕をもってしても届かないものはある。
パーシーの造り上げたプロテゴは、高速で動き回るハリーの動きを阻害しないように、ハリーの身を守る鎧となった。充分な強度と持続時間、そして防御範囲を併せ持つプロテゴは円熟の域にあり、アクシオ(引き寄せ)やレヴィオーソ(浮遊)といった厄介な呪文であっても、防ぐことは容易かっただろう。
不幸なことに、謎のスリザリン生徒はロコモータ(移動)でバジリスクの牙を動かすという選択をしていた。それはパーシーの予想外の速度で動き、パーシーが戦術を切り替える隙を与えなかった。バジリスクの牙には毒があった。その毒はパーシーのかけたプロテゴの鎧を軽々と突き破り、ハリーを襲わんと迫る。
ハリーは縦横無尽に空を逃げながらかわそうとするも、謎のスリザリン生は巧みにハリーを追い込んでいた。ハリーが牙をかわしたと思った瞬間、ハリーの死角に潜ませていた牙を起動させる。ハリーは反射的にそれをかわしたが、左手にかすり傷を負った。
ぐらり、とハリーが力尽きたように落下する。上空に飛んでいたわけではないのに、倒れ方がおかしかった。
バジリスクの毒。
ほんのわずか人体に侵入しただけで、人を死に至らしめる猛毒。
それを、12歳の後輩に使ったのだと理解したパーシーは激怒した。パーシーは基本的に善性の人間なのだ。年下の子供が殺される姿を見て、冷静でいられるわけもなかった。
「……何故だ!!何故こんなことをするんだ、君は!?」
同じ人間とは思えない。
確かにハリーは闇の魔法使いかもしれないが、だとしても、自分より年下の子供を躊躇なく殺せる神経が理解できない。したくもない。
目の前のスリザリン生は、パーシーが見たどのスリザリン生より端正な顔立ちをしていながら、誰よりもおぞましく笑った。彼は、自らをトム·マールヴォロ·リドルと言い、今世紀最悪の闇の魔法使い、ヴォルデモートの記憶だと明かした。結論からいうと、リドルは人間ではない。人のかたちをした怪物だった。
「理解したかい?大人になった僕を権力の座から引き摺りおろし、スリザリンを汚す混血のハリー・ポッターを始末するために、僕は策を練っていたのさ。君のお陰で思ったより簡単に事がすんだ。ありがとうウィーズリー」
「……っ……!!ふざけるなぁ……!!人殺しが気取ってるんじゃないよ!」
パーシーの無言失神呪文はリドルのプロテゴに弾かれる。ロンは怒りで震えているのに、倒れたハリーを介抱しに行きたいのに、パーシーのように戦うことができなかった。無言呪文の応酬を繰り広げるパーシーとリドルの攻防が早すぎて、呪文を唱える隙すらないのだ。
「ヴォルデモートだと……?それが……どうしたぁ!!」
パーシーは叫びながら無言呪文による変身術で大岩を造り出し、リドルの操るバジリスクの牙を捕らえた。 パーシーの変身呪文はそのまま捕らえた牙を貝に変えてしまった。さらに、貝は瞬時に爆発する。変身から爆発までの流れを自動で行うパーシーの開発した独自の魔法で、魔法省へのインターンで闇の魔法がかけられた物品を破壊するために編み出したものだ。
パーシーは、ギルデロイ·ロックハートやハリー・ポッター、ドラコ·マルフォイやガーフィール·ガフガリオンが到達できなかった、学年で最も優秀な成績を修めた魔法使いである。12もの科目を優秀な成績で合格したことを考えれば、パーシーは数年に一度の逸材と言ってもよかった。
「流石は監督生といったところか、見事だよウィーズリー」
パーシーの攻撃にも、リドルは余裕を崩さない。
パーシーはロンがリドルの標的にならないよう、自分がロンとリドルとの間に立ち、変身呪文で大量に産み出した鳥を壁にし、さらにその鳥全てに失神呪文を付与してリドルに突撃させた。黄金に輝く鳥たちが一人の怪物に向かっていく様は壮観で、圧倒的ですらあった。
杖のたった一振りでパーシーはこれを成し遂げたのである。
パーシーの技量は、間違いなく現在のホグワーツの全学生のなかで最高のものだった。だからこそ、リドルはパーシーと『遊ぶ』気になった。
「どれ。僕が遊んであげよう。君はどこまでこの絶望に耐えられるかな!?」
パーシーは事前に自分自身に付与していたルーンの補助によって魔法力を底上げしていたが、対するリドルにはルーンの加護はない。にもかかわらず、初見でパーシーと全く同じ呪文を造り上げ、パーシーの鳥を迎撃した。
一羽、また一羽。
闇の魔術への対策となる筈の鳥たちが、リドルの産み出した禍々しい蜂に腹を貫かれ相討ちになっていく。徐々に形勢はリドルに傾いていた。
実をいうと、これでもリドルの全力からは程遠かった。リドルの使っている杖はイチイの木ににユニコーンの毛を芯材とした、ジニーの杖だ。リドルはイチイの杖を使いなれていたものの、ユニコーンの芯は闇の魔術や、闇の魔法使いに屈することはない。ゆえに本来の持ち主の血縁に対して、リドルの得意なカースや闇の魔術を使うことは出来なかった。それが、圧倒的な力の差がある二人が一瞬でも拮抗できた原因だった。
「ここで殺すには惜しい!!投降したまえウィーズリー!!」
リドルはそうパーシーをからかった。
「君のお陰で、ポッターを殺せたんだ。今ならば、闇の帝王は君を忠実な臣下として迎え入れるよ。何なら闇の魔術の手ほどきもしてあげよう」
果たして、パーシーの返答は、どうか。
「死んでも断るっ!!」
やはりと言うべきか、パーシーもまた、ウィーズリー家の人間だった。彼は、服従よりも誇りを取った。
「つまらない意地のために死ぬ、か。まぁいい。ウィーズリーは放っておいても増える」
そして、リドルが持っていたジニーの杖が振り下ろされる瞬間。
「ロコモータ(動け)!!」
「!??」
リドルは呪文を放つことが出来なかった。彼は、耐え難い激痛にのたうち回った。ロンはあっと息を飲んだ。
誰かの腕が、リドルの後頭部に直撃していた。腕は血まみれだ。奇妙で、そして恐ろしいことに、その腕が当たったリドルの後頭部は、まるで業火に焼かれたかのようにひび割れ、焼けただれている!!その隙に、パーシーは上空の鳥を動かし、劣勢を挽回していた。
ロンは信じられないものを見る目で思わず犯人にかけよった。その犯人は、立ち上がることも出来ず、蒼白な顔で魔法を唱えていた。
ハリーだ。
バジリスクの牙を受けたハリーが、自分の左腕を切り落としてリドルにぶつけたのだ!!
ハリーの中にあるのは、狂気でも殺意でもなかった。
ただ、ハリーは友達を守ることが出来れば何でもよかった。自分がどうせ死ぬのだとしても、友が死ぬのを黙って見ていることは出来なかった。ハリーはロンに抱き抱えられながら、最後の力を振り絞って叫んだ。
「ロ……ン……ジニーの持ってる……日記だ。あれが……怪しい。日記を……壊してくれっ」
「プロテゴ ディアボリカ(悪魔よ 僕の友達を護れ)!!!!」
自分の持てる全ての力を、友のためだけに捧げたハリーはその場で意識を失った。
「ハリー!!」
ハリーの産み出した暗黒の炎が、ロンの周囲を包み込む。ロンはハリーをそっと地面において、ジニーの傍にある日記まで駆け出した。
「させるものかっ!!ゴミどもがよくもやってくれたな!!」
思わぬ反撃を受けたリドルは、その本性を現した。倒れたハリーとロンめがけて、失神呪文の閃光を放つ。一振りで複数の閃光を放つ妙技だ。込められている魔力も、尋常ではない。まともに受ければ死は確実だった。
ロンは怖れなかった。
止まらなかった。
逃げなかった。
倒れた親友のために、妹を救うために、駆けつけた兄のために、ここにいない仲間のためにロンは突き進んだ。そして、ロンにかけられた悪魔の護りと、血の護りが闇の帝王の本気の失神呪文を阻んだ。
リドルはミスを犯した。
ジニーの杖を用いながら、ジニーの血縁者に向けて殺意ある魔法を撃ったこと。神聖なユニコーンの毛を用いた杖で何度も悪意と殺意のある魔法を行使したこと。
その二つが、闇の帝王の魔法からロンが生き延びることが出来た理由だった。失神呪文は悪魔の守りを突破できなかった。
ハリーに向けて迫る閃光を撃ち落とさんと、パーシーは全ての鳥を動かしハリーを守ろうとした。闇の帝王の本気の失神呪文は、その全ての鳥を破壊し、ハリーへの殺意が込められた呪詛が動けないハリーに迫る。
パーシーの魔法でもない何かが閃光とハリーとの間に割ってはいったが、閃光はその何かを貫通した。
リドルは己の勝利を、つまりはハリーの死を確信し、邪悪に笑った。
その時、不思議なことがおきた。動けない筈のハリーの姿が、突如として消えた。
「……なんだと?!」
「ハリー·ポッターを……ドビーめが御守りするのです!!若様の命令を遂行するのですっ!!ドビーはいいこ、ドビーはいいこ……!!」
見るからにみすぼらしいハウスエルフが、ハリーを抱いてテレポートしたのである。ドビーの奮闘によって、ハリーは間一髪のところで呪文の直撃を避けていた。
「エクスペリアームス!!」
さらに、間の抜けた少女の声で武装解除の魔法がリドルにかけられる。リドルの手からジニーの杖がスルリとすり抜けていく。本気の魔法を行使したことで、リドルの肉体にかかっていた護りは薄くなっていたのだ。
透明マントにくるまったルナは、すぐにでも参戦したい気持ちをこらえて待っていたのだ。彼女は透明マントから出ると、頭には何故か組分け帽子をかぶり、手には見事な彫刻が施された剣を持っていた。剣には、バジリスクの牙から抽出した毒が塗りつけられていた。
「ロコモータ!!ロン、これ使って!!」
「ええっ!?何でここにいんの!??」
「森のようせいさんのお陰だモン!!」
「……分かった!!」
「舐めるなガキども!!杖がなかろうと、子供一匹止められないと思うなっ!!」
リドルは杖なし魔法でロンへと向かう剣を引き寄せようとする。それを阻んだのは、パーシー·ウィーズリーだった。
「プロテゴ·マキシマ(全てのものから護れ)」
完全詠唱によってパーシーの杖から放出された障壁が、神々しい光と共にリドルの邪な魔力からグリフィンドールの剣を守る。剣はすっぽりとのっぽなロンの手にに収まり。
「……やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
悪魔の護りと、バジリスクの毒を吸収した剣が、ロンの全体重を乗せてリドルの日記へと振り下ろされ。
リドルの日記は、まっぷたつに破壊され、暗黒の炎に包まれた。
***
目を覚ましたハリーはがばりと起き上がり、覗き込むようにしてハリーを見ていた金髪の少女とおでこをぶつけ合った。
「いったああいっ!!ハリー、痛いモンっ!!」
「ごめんルナ……って何でルナが?……?あれ?痛くない?何で僕は生きてるの?」
ハリーはバジリスクの毒にやられ、死んだと思った。目を覚ましてみると、色々とおかしなことになっていた。ハリーの左腕はなく、体をバジリスクの毒に侵食されている筈なのに、全身を襲う苦痛がないのだ。
さらに奇妙なことに、ここにいない筈のルナやドビーがいて、宿敵は全身から血を吹き出し、血を吐きながら消えかかっている。ハリーはそこまで長い時間気絶していたわけではないらしい。
「フォークスちゃんとドビーちゃんのお陰だよ。ちゃんとお礼を言ってあげてね?」
「…………そうか。君たちが助けに来てくれたんだね?」
ハリーは自分とルナや、ウィーズリー家を見守っていたフォークスにお礼を言うと、ルナの肩を借りてドビーに向かい合った。
「……ありがとう、ドビー。皆を君が護ってくれていたんだね?」
ハリーは何となくそう言ったが、それは偶然にもあたっていた。ルナとドビーはテレポートして秘密の部屋の入り口に到達した直後に、フォークスと合流した。その時パーシーが駆け抜けていく後をついていったのだが、ドビーが消音魔法や消臭魔法を使っていなければ、フォークスもルナもリドルに察知されていただろう。
「みんなMVPだよ」
ルナはニッコリと笑ってピースサインをした。
「は、はいっ!はい、ハリー·ポッター!!しかしドビーめは、あなた様を護りきることが出来まー」
ハリーはドビーの言葉が言い終わらないうちに、ルナに支えられながら片ひざをついて自分の右手を差し出した。
「……僕は君の事を嫌いになって色々と悪い気持ちになったりもしたけど、君の事を見直したよ。ありがとう、ドビー」
ハリーはドビーのシワだらけの手を握って、お礼の握手をした。そして、こう付け加えることも忘れなかった。
「人を助けるときは、今日みたいなやり方をするって約束してね、ドビー」
「はいっ!勿論でございます!!」
そんな平和なやり取りが行われている裏で、リドルは苦痛にのたうち回っていた。ハリーたちも、パーシーたちも、リドルに気を取られている余裕などなかった。リドルはありとあらゆるものに対して恨みつらみを吐き出していたが、やがてジニーに対して恨みをぶつけた。ジニーははらはらと泣いていた。
「僕は与えてやったんだよお!そこの小娘に力を!!邪魔なコリンやグレンジャーを排除すれば自分がハリーの隣に立てると願った!だから願いを叶えてやった!そうだろう小娘!!!?」
「インセンディオ マキシマ(全て燃えろ)!!!!」
パーシーの焼却呪文が、リドルの日記をさらに燃やす。リドルはいよいよ肉体が薄くなり、ゴーストと変わらない半透明な姿になった。
「ち、違う、私は……違うのぉ!!」
泣き腫らすジニーを、何も言わずにロンはぎゅっと抱き締めた。
「聞くな、ジニー……」
「僕は望みを叶えてやった筈だ!何でもくれてやった筈だ!他の生徒を圧倒する成績!つまらない同級生とは比べ物にならないほど満たされた時間を!!!その力を与えた代償に、お前の命を僕に寄越せ!!」
ハリーはリドルの言葉を聞きながらふと、フリットウィック教授の言葉を思い出した。
『君は何かを与えられる人間になりなさい』
(リドルも、そうなりたかったのかな)
(…………与えるって何だ?)
ハリーはふと、自分とトムで何が違ったのだろうかと悲しい気持ちになった。ハリーも闇の魔法を使っている。闇の魔法使いと言ってもいいかもしれない。ハリーは、自分の全身から力が抜けていくのを感じた。
その時、ロンとパーシーはリドルの手がジニーへと掴みかかる幻影を見た。二人は必死で魔法を放ちリドルを妨害しようとしたが、リドルを阻むことはできなかった。
それを阻んだのは、なんと、一人の少女の姿をしたゴーストだった。
「誰だお前はっ!!」
リドルの声に、嘆きのマートルは悲しそうに言った。
「マートル·ワレン……の幻影よ。私ったら、殺された相手にすら覚えてもらってないのね」
「どけっ!!僕は闇の帝王だぞ!!この世界を支配して、純血主義の夜明けをもたらす存在なんだっ!!」
必死に叫ぶトムを、マートルは蔑んだ目で見ていた。ハリーは何も言わずにマートルを見守った。マートルがそんな目で人を見ることはなかった。
(当たり前……だよな……)
マートルは本物のマートルではない。だが、殺された被害者としてトムと会話する権利はある筈だった。マートルは、ここに、トムと会いにやってきたのだ。
「気付いてないなら教えてあげるわ、トム·リドル。アンタはスリザリンの継承者だの、闇の帝王だのと大層な人間じゃないの」
「ゴースト風情が偉そうにっ……!!」
「あんたはそのゴースト未満のカスだって言ってるのよ。あんたは負け犬。ただの犯罪者。昔のアンタはみんなの人気者だったのに、今ではそれもだーれも覚えちゃいない」
そして、マートルはトムの全身を金縛りにして、トム·リドルを嘲笑った。
「惨めねぇ?人を殺したんだから、殺された奴にはこれくらいは言われて当然なんだけどね!」
クスクスと嘲笑するマートルを、パーシーはなんとも言えない感情を持って見ていたが、マートルを止める権利は誰にもなかった。マートルはさらに言葉を紡いだが、トムにそれが響いたかどうかは怪しかった。
「皆からの人気者で。何でも出来て。何にだってなれたくせに、自分からその権利を棄てた。ただの人生の落伍者よ。人を殺しちゃいけないって、両親に教わらなかった?」
最後の言葉は、トム·リドルにとって最悪の煽りだった。
「貴様……貴様ああああ!!!恵まれただけの人間がっ!!この僕を!持たざるものを笑うのかっ!!穢れた血の分際でっ!!」
「リドルという姓!!トムという名!!それを捨てて何が悪いっ!!なにも与えなかったお前たち恵まれただけの人間に、恵まれながらこの僕よりも劣る愚図どもに復讐して何が悪いっ!!」
ハリーは心臓を捕まれたような気持ちになった。
(そうか。リドルには……)
リドルにはいなかったのだ。
間違っている時に立ち向かってくれる人間も。
自分を負かすほどに優れた友も。
心から尊敬できる先輩も。
生意気でも芯のある後輩も。
……そして、親も。
全てを持っていたハリーが、リドルに共感するなんておこがましいことだとハリーには思えた。自分とリドルとでは、何もかもが違いすぎたのだ。
「あんたは持たざるものじゃない。奪うものよ」
怨霊であるマートルは、最後の最後にトムへと復讐を果たした。魔力の固まりであるマートルに阻まれ、トムは動くことも出来ず、あがいていた。その姿は監督生としての威厳も、絶対的な超越者としての格もない。
ただの人間がそこにいた。
「い、嫌だ……死にたくない、死にたくない……ちくしょお……」
「人を自分の意思で殺したらね。どれだけ優秀でもこうなるのよ。あなたたちはせめて真っ当に生きてね」
「……杖にかけて誓うよ、ミス·マートル」
ハリーは、マートルにそう言った。マートルは、ハリーとトムを見比べて何かを言いたそうにしていたが、口をつぐんだ。
トム·リドルは涙を流していた。ルナはリドルに駆け寄ろうとしたが、パーシーがルナを抱き止めた。
「何をしている!?」
「だって、かわいそうだって思って……いくら悪いやつでも、あんなことを言われるのは辛いよ……」
「見た目に騙されてはいけない。本当に悪いやつは、人の善意や同情心を食い物にして生き血を啜るんだ」
パーシーはきっぱりと断言した。ルナはのたうち回るリドルのために、駆け寄るのではなく歌を歌った。ハリーにはそれが何の歌なのか分からなかった。リドルにも分からなかった。ルナの歌に呼応するかのように、不死鳥が嘶いた。リドルの体が、真っ黒な炭の塊になって消滅していく。
「何だ?それは…その歌は…」
トム·マールヴォロ·リドルが最後の最後に抱いた感情は怒りでも、死への恐怖でもなかった。パーシーの呟きすら耳に入っていない。パーシーとロンは、ルナの歌が何であるのか気がついているようだった。パーシーはそっと目を伏せていた。
トムは自分に与えられたものが何であるのか分からないまま、その意識を永遠に手放した。消滅したリドルの最期を見送った後に、ロンがつぶやいた。
「……何だかさ」
「……とても、悲しいな……」
ハリーは、ロンが居てくれて良かったと思った。
鷹寮の獅子、爆誕。