蛇寮の獅子   作:捨独楽

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改めて考えるとパーシーが強すぎる。原作でマキシマを使った学生なんてほぼいないし無言呪文で戦闘できたのも大人で変身呪文を実戦レベルで使えたのも一部の上澄みだけなのに……
まぁパーシーも上澄みということで。


ヒーロー失踪

 

 

「ドビーくん、君も疲れているとは思うが、ホグワーツの生徒として無理を承知で頼む。ポッターとうちの妹を医務室までテレポートさせてくれないだろうか?」

 

「承知いたしました、ウィーズリー様!!」

 

「様は不要だ。……よろしく頼む、ドビーくん」

 

「いえ、僕は歩いて行けますが……」

 

「ハリーはいいから休め!ひどい顔だぞ!ドビー、ハリーを頼んだぜ!」

 

 トム·リドルの消滅を見届けたハリー、そしてジニーは、パーシーの頼みでドビーによって医務室へと送られた。パーシーはルナやハリーも含めて、リドルの正体がヴォルデモートだということはまだ話さないように言った。どうすべきか自分には判断できないので、マクゴナガル校長代理と相談して決めるのだそうだ。ハリーも異論はなかった。ハリーはリドルの消滅を見届けてから、緊張の糸が切れかかっていた。ハリーはドビーの小さな手に捕まって、医務室までテレポートさせてもらった。医務室にはポピー·ポンフリー校医はおらず、石にされた人たちが横になっていた。その場にいたハッフルパフのカップルは、ハリーたちが一瞬で出てきたことにまず驚き、ついでハリーの左腕の先を見て仰天してポンフリー校医を呼びに行った。

 

「待ってろよ、すぐに呼んでくるからな!!」

 

「ねーちょっとこれどう言うこと?どうなってんの。ねぇ?何で腕がなくなってんの?」

 

 

 バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、ハリーはドビーにお辞儀をしてお礼を言った。

 

「ありがとう、ドビー……助かったよ……」

 

「いいえ、ハリー·ポッター。わたくしめは若様の申し付けに従って、当然のことをしただけでございます!!」

 

「若様?」

 

 ハリーの疑問に、ドビーははっと口をつぐみ、自分を罰そうとした。ハリーは何とか頼み込んでそれを止めた。

 

「待ってドビー。今のはなし。聞かなかったことにするから。本当にありがとうね」

 

 ハリーは、自分を助けようとしてくれた人間が居るのだと知った。日記を送り込んでホグワーツを混乱させた親と、ハリーを護ろうとしてくれた子供が居るのだろう。そこまではわかったが、そこから先に考えを巡らせる前に、ジニーが不安から泣き出したからだ。

 

「わ、私……私退学になっちゃう!皆を石にして、ハ……ハリーにこんな大怪我をさせて……!パパもママも、クラスメートもみんな私のことを嫌いになるっ!もうおしまいよ!!」

 

 

 医務室にたどり着いたジニーも、秘密の部屋から解放されたことで緊張が解けたのか、ハリーの左腕が無いことに青ざめてまた泣きじゃくってしまった。

 ハリーはジニーの様子を見て、去年の自分を思い出した。ハリーは疲労から朧気になっている頭を最大限稼働させて、ジニーを慰めるために言葉をかけた。

 

「マクゴナガル教授は厳しい人だから、君のためにきついことを言うかもしれないけど。君を見捨てたりはしないよ」

 

 ハリーの言葉に、ジニーはそんなことないわと首をふった。

 

「わ、私……私、日記がおかしなものなんじゃないかって思ったの。だから捨てようとしたけれど捨てられなくて……リ、リドルは……とても優しくて…私、日記に抗えなかった…」

 

「ジニー……」

 

 ハリーはパーシーの言葉を思い出した。リドルは本当に余計なことをしてくれたと思った。

 

「……きみは強い子だよ。今回死人が出なかったのは、君が無意識にリドルの力に抗っていたからだと思う」

 

 ハリーはそう言って、去年、ハリーが闇の魔法使いと戦ったときのことを話そうと思った。

 

「リドルが全力を出せたなら僕はもっと早くに殺されていたし、みんなだってそうなっていた。石にされた人たちが石にされるだけで済んだのも、君がリドルに抗ったからだ」

 

「何でそんなことが言えるの!?」

 

「去年、強制的に闇の魔法使いにされたひとを見た。君はその人より子供だけど、どれだけ辛くても闇の魔法使いなんかにはならなかった」

 

 ジニーの泣き声がぴたりと止まった。

 

「その人は……昔は悪い人じゃなかったと思う。だけど、自分が生き残るために平気でひどいことをするようになってしまっていた。……その人は僕を殺そうとしたし、闇の魔法やカースだって平気で使うようになった」

 

 僕も同じだけどね、とハリーが言葉を続けたとき、ジニーは怖がってハリーから少し遠ざかった。ハリーは構わずに言葉を続けた。ジニーが泣いて自分を責めなくなっただけで、ハリーの説得はハリーにとっては成功だった。

 

「でも君は、誰も傷つけたくないって思って、リドルに立ち向かったんだ。闇の魔法を使わずに君は、闇の魔法使いに勝ったんだよ」

 

 ハリーはジニーの自尊心を回復させてあげたいと思った。ハリーの言葉を聞いたジニーは何を思ったのか、ハリーから距離を取ってぷいと目をそらした。

 

(そうだよね。それでいいんだ)

 

 ジニーが泣き止んだので、ハリーは少し微笑んだ。ジニーはこれからいくらでもやり直せるのだ。

 

 

 ジニーは診察室の椅子に座りポンフリー校医が来るのを待った。ハリーもジニーとは目を合わせず、椅子に腰かけてポンフリー校医を待つことにした。座ったとたん、ハリーは全身から力が抜けていくのを感じた。やがてハリーの瞼は重くなり、いつしかハリーは意識を手放していた。

 

***

 

 ハリーは左腕を襲う激痛に苛まれながら、夢と現実の狭間をふらふらと彷徨った。ハリーが夢の中にいるとき、ハリーはルナの歌を聞いたような気がしたし、夢の中にいない時は、左腕から肉が盛り上がってくるような奇妙な感覚に耐えきれず嘔吐した。ハリーがやっと意識を取り戻したとき、ハリーは、自分の左手を握りしめている人がいることに気付いた。ごつごつした大人の男性の手だ。目を閉じていても、それが誰であるのかハリーにはハッキリとわかった。

 

「シリウス?……わっ?」

 

 ハリーが目を開けると、シリウス·ブラックがハリーの左腕を握りしめていた。シリウスは魔法省からの帰りなのか、スーツにネクタイという装いだった。今のハリーは眼鏡をかけていないので、シリウスの顔がハッキリとはわからない。しかし、鍛えた大人の男性がスーツに身を包んでいるのは非常に威圧感があった。

 

 シリウスはハリーが目を開けるや否や、破顔して大喜びしハリーに抱きついてマダム·ポンフリーに大目玉をくらっていた。ハリーは何故かその光景に既視感があった。ハーマイオニーに注意されているロンやザビニにそっくりだと思った。

 

「……ハリーが目を覚ましたことが嬉しくてついな……腕は、大丈夫か。動くか?……指の感覚はあるか?」

 

 

 ハリーは左腕を動かしてみた。左腕で眼鏡をかけて、シリウスの顔をハッキリと認識する。左腕は支障無く動くし、眼鏡を触ったときは冷たい感覚を指先に伝えてくる。ハリーは自分のベッドのそばに学校の宿題や、一輪の百合の花が花瓶にあることに気がついた。誰かがハリーの見舞いに来てくれていたのだ。ハリーの友達やスリザリン生(ハリーの知らないスリザリン生からのメッセージが異様に多かった)、ハグリッドからのメッセージカードもあった。

 

「マダム·ポンフリーにきちんとお礼を言うんだぞ、ハリー」

 

 シリウスは目に涙を滲ませていた。

 

「うん。……ありがとうございます、マダム·ポンフリー」

 

「私はお礼ではなく、あなたが二度とこんな怪我をしないことを望みます」

 

「は、はい……」

 

 ハリーは大袈裟だと思ったが、自分が片腕だったことを思い出して沈黙した。普通に考えて片腕がなくなることは異常事態だった。

 

「……本当に……学生時代そのままですね、シリウス?昔ジェームズといたときと何も変わっていない!」

 

 マダム·ポンフリーはその言葉の後もハリーに対して小言を言いたそうにしていたが、叱責を受けたシリウスが嬉しそうにしているのを見るや呆れながらため息をつき、ハリーの診察をしてくれた。ハリーの状態は健康そのものだ、とマダム·ポンフリーは診断した。念のために今日はゆっくり休み、明日、明後日はリハビリをして腕と体調が完全に元通りになってから復帰するようにと言った。

 

「バジリスクの毒から身を守るためとはいえ、自分の腕を切り落とした生徒は後にも先にもあなただけでしょう、ポッター」

 

 マダム·ポンフリーは皺だらけの顔に真剣な表情を乗せていた。

 

「バジリスクの毒は、微量でも致死性を持ちます。……認めたくはありませんが、毒が体内に回る前に不死鳥が間に合ったのは、あなたが即座に腕を切り落としたからです。何故そうしようと思ったのですか?」

 

 

「それは……ロンたちを守るためです」

 

 ハリーはあのときの状況を思い返しながら言った。

 

「毒でやられたとき、犯人は僕に勝ったと思って有頂天になってました。ロンたちを守るために、僕は何かしなきゃと思って……僕は毒のせいでまともに動けなかったけど、左腕に染み込んだ毒をぶつけ返してやれば効くんじゃないかと思いました」

 

 後半部分は嘘である。たまたまリドルがヴォルデモートだったから、母の愛に護られたハリーの体が武器になることに気がついた。毒が体内に回る前に切り落とした腕をぶつけることにしたのはほとんど偶然の産物だった。

 

(頭がおかしいのですか、この子は……?そんな、そんな風に己を犠牲にして……結果的に闇の物品を壊しただけとはいえ、こうも殺人的で破滅的な思考を……)

 

 マダム·ポンフリーが厳格な仮面を保ったまま愕然としていることにハリーは気がつかなかった。彼女は12歳の子供が、英雄と呼ばれながら兵器のように立ち回り、己も他人も顧みない行動を取ったことに絶句していたのである。命を救うヒーラーとして当然の思考回路であった。

 

「よくやったハリー。その場ではそうするしかなかっただろう。それでこそジェームズの息子だ」

 

 マダム·ポンフリーの内心とは異なり、シリウスはハリーの勇敢さを喜んだ。そんなシリウスに対して、シリウスの本質は学生時代となにも変わっていない、とシリウスの学生時代を知るポンフリーは思案した。

 

(……ダンブルドアに報告する?いいえ、保護者と生徒の問題に介入することをダンブルドアはやりたがらないでしょう……)

 

 彼女は己の職分をわずかに超えて、それとなくシリウスをたしなめた。

 

「それでこそ、ではありません。ポッターは死ぬ寸前まで追い詰められたのです。保護者様には、もう少し子供の教育をしていただかなくては……」

 

「も、申し訳ない、マダム」

 

「そんな、ポンフリー校医。シリウスのせいじゃなくて、僕が勝手にやったことです」

 

「お黙りなさい。今回は運良く上手く治療できましたが、次もうまくいく保証はできません。ポッター、あなたの行動による結果はあなた自身が背負うべき責任ですが、親には子供をそう教育したというまた別の責任があります。未成年の子供を持つ保護者とはそういうものです」

 

 ハリーは自分のせいでシリウスが責められることに憤慨したが、ポンフリー校医は取り合わなかった。彼女の監視を受けながら、ハリーはシリウスに頼まれて秘密の部屋での出来事を話した。

 

 ハリーは寝起きではあったが、パーシーとの約束を覚えていた。リドルがヴォルデモートであることを伏せたまま、バジリスクと対峙して殺されかけたこと、パーシーが助けに来てくれたこと、気がついたときにルナやハウスエルフのドビーが助けに来てくれたことを明かした。ハリーが闇の魔術を行使したことを、シリウスもマダム·ポンフリーも喜ばなかった。

 

「まぁ、何てことを……闇の魔術は治療困難な魔法ですよ、ポッター……」

 

「あれほど言ったのに、闇の魔術を使ったのか。ハリー」

 

「うん」

 

「何のために?」

 

「敵をこ…………倒して、ロンを……友達を守るために」

 

 ハリーは真っ直ぐにシリウスの瞳を見た。しかし、シリウスの瞳に明らかな失望があったことにハリーは思わず怯んだ。闇の魔術に頼るのは良くないことだし、非難されるのだって覚悟していたつもりだ。だが、覚悟していたって、辛いものは辛い。親しい人にその視線を向けられるのは、想像よりずっと辛かった。

 

「…………状況を考えれば、使わざるをえなかった。バジリスクが相手なら、生き残るために使うのは仕方なかった。それは分かる」

 

 シリウスはハリーが闇の魔法を使ったという事実に衝撃を受けていた。実際のところ、シリウスは既にダンブルドアから、秘密の部屋での出来事を聞いていたのだ。パーシーとロン、そしてルナは、マクゴナガル副校長と、魔法省から復帰をするように嘆願されたダンブルドアに事態の経緯を説明し終えていた。

 

「友達を護りたい、か、ハリー」

 

「うん」

 

 ハリーは迷わず頷いたが、シリウスは厳しかった。

 

「私は闇の魔術の専門家じゃない。だが、君が使った魔法についてはスネイプ……教授から説明を受けた。悪魔の護りはな、ハリー。自分が護りたいと思っている人間まで燃やしてしまうリスクがある。ジニー·ウィーズリーを燃やしてしまう可能性を考えたか?君の友達をうっかり焼いてしまうかもしれないと思わなかったか?」

 

「それは……秘密の部屋では考えてなかった。友達なら……大丈夫だと思って……」

 

 シリウスはハリーの頬を軽く叩いた。ハリーはそれを受け入れた。マダム·ポンフリーは厳しい目でハリーとシリウスを見ていた。

 

「闇の魔法を友達に向けるんじゃないっ!君は友達を殺していたかもしれないんだぞ!?」

 

「ごめんなさい……」

 

「いいかハリー。友達が、絶対に自分や友達に対して都合がいいものだなんて思うな。自分が友達のために尽くすのはいい。大切な友達のために何かしたいと思うのは当たり前だ。だが……それを友達に強要するな」

 

「……それをしてしまった奴が君の目の前にいるんだ。分かるな、ハリー?」

 

 

 

 ハリーは反論できなかった。全くもって、シリウスの言う通りだった。アズラエルが炎の輪を潜らなかったのは当たり前のことだった。だがハリーにとって、アズラエルも大切な友達であることに違いはなかった。そんなハリーに、シリウスはポツリとあることを呟いた。

 

 

「……君はジェームズには似ていないな。あいつなら闇の魔術に頼るなんて考えもしなかっただろう」

 

 

「……うん」

 

 ここまでハリーはシリウスの目を見て話を聞こうとしていた。しかし、シリウスの失望したような声色が怖く、ハリーは耐えきれず、ついに俯いた。マダム·ポンフリーはシリウスに何か言うべきか迷ったが、あえて口を挟まなかった。

 

(……かわいそうですが、これもあなたのためです、ポッター。闇の魔術で成功体験を得てしまうなど、あってはならないことです……)

 

 マダム·ポンフリーはヒーラーである。軽度のチャームやヘックス、ジンクスなどの様々な呪いやカースから患者を治療し、日常生活を送れるようにするのが仕事である。

 

 

 しかし、カースや強力な闇の魔術というものは、治療手段がないものが多い。多感な時期の12歳の子供がそれを行使し、取り返しがつかない事故を起こす危険性を考えれば、止めるのは当然のことだ。マダム·ポンフリーは大人として、ヒーラーとしてハリーの行動を肯定することはできなかった。ハリーの話を聞いている限りでも、パーシーが事故死する可能性だってあったのだ。その場合ハリーは生き残ったとしても杖を取り上げられ、退学になっていただろう。

 

 闇の魔術は、子供が使うべき魔法ではないのだとヒーラーとしてのマダム·ポンフリーは確信していた。訓練された大人の闇祓いでなければ危険すぎる。

 

 しゅんと落ち込んだハリーとシリウスの間に気まずい沈黙が流れた。シリウスはハリーが落ち込んでいるのを見かねてか、あることを言った。

 

「君はジェームズには似ていないが、私に似ているな」

 

 シリウスはそう言ってハリーの頭を撫でた。マダム·ポンフリーは毒物を丸飲みしたような顔でシリウスを見たが、シリウスもハリーもそれに気がつかない。ハリーは、呆気にとられてシリウスを見た。

 

「私もな。昔、友達を護りたくてどんな手でも使おうと思ったことがあった」

 

「……シリウスも?」

 

「闇の魔術こそ使わなかったが、君の気持ちだけは痛いほどよく分かる」

 

 そう言って、シリウスはハリーの左手を強く握りしめた。

 

「ハリー、今学期のはじめに私が君に言った言葉を覚えているか?」

 

「『友達を大切にする』」

 

 ハリーは迷わず言った。ハリーはこの言葉を忘れたことはなかった。もっとも、大切にしたいと思ってロンやハーマイオニーを傷つけてしまったことは何度もあった。

 

「僕はそうしたかったんだ。だけど、うまく行かなくて。喧嘩したり、すれ違ったりしてばかりで……」

 

「そういうもんだ。ハリー、それでいいんだよ」

 

 シリウスは、俯くハリーの顔をあげてハリーと向き直った。ハリーはシリウスの表情が穏やかなことに驚いた。

 

「ハーマイオニー·グレンジャーが私に手紙をくれた。彼女は君のことを本当に心配していたんだ。そして、君が闇の魔術に手を染めることも望んでいなかった。君自身のためにだ。ハリー、友情っていうのは、噛み合わなかったりすれ違ったりするものなんだよ」

 

「……」

 

 

 ハリーはなにも言えず、ただシリウスに頷いた。ハーマイオニーが闇の魔術に手を染めるわけがないと、ロンに言われたことを思い返した。

 

「僕、ハーマイオニーとその事で喧嘩したままだったんだ。ハーマイオニーに謝らなきゃ……」

 

 ハリーは立ち上がろうとした。マダム·ポンフリーが大慌てでハリーを止め、シリウスは笑ってハリーに言った。

 

「石にされた子供たちは、スネイプ教授のマンドレイク薬で快癒したそうだ。君も治ったら、元気な顔を見せてあげるといい。……そのあとちゃんと、何について悪かったのか話すんだぞ」

 

 

「うん。約束するよ、シリウス」

 

 

 そのあと、ハリーは今学期に起きた出来事についてシリウスに色々と話した。ハリーは時間を忘れて話し込んでいた。シリウスはハリーの話を楽しげに聞いていた。やがて去り際に、シリウスはハリーにこう言った。

 

「……強くなれ、ハリー。闇の魔法に頼らなくても、胸を張って生きていけるようにな」

 

 

 シリウスが去った後も、ハリーはシリウスの言葉を胸の中で反芻していた。ハリーは今すぐにでも退院して、ロンやザビニやハーマイオニーの顔を見たかった。ハリーはベッドの脇に添えられた宿題の問題を解きながら、左手の感覚を取り戻していった。

 

 

***

 

 ハリーが慌てて動かなくても、ハリーはロンたちと再会することができた。目を覚ましたその日のうちに、ロンたちはハリーの見舞いに来てくれた。ロンはハリーが寝込んでいる間に、ロックハート先生が逮捕されたとハリーに告げてハリーを仰天させた。

 

「……じゃあ、ロックハート先生は裁判を受けるんだ?」

 

「ああ。被害者の記憶を取り戻さなきゃいけないらしいからな」

 

「記憶喪失になったとはいえ、忘却呪文で奥にしまいこまれた記憶はあるはずですからね。熟練の忘却術使いが時間をかければ、ロックハートの記憶から被害者を特定することは可能なはずです」

 

 アズラエルはそう言ってハリーに日刊予言者新聞を手渡した。新聞には、『記憶喪失の男、アズカバンか聖マンゴか』という見出しが載っていて、写真の中のギルデロイ·ロックハートは呆けた顔できょろきょろと周囲を見渡している。

 

「記憶がないのに罪に問われるんだね……」

 

「ハリーが借りてたラジカセに証拠が残ってたからなぁ……まぁ、多分殺しはしてねーだろうしアズカバンに入っても十数年で出れるだろ。民事ですっげぇ賠償金取られるだろうけど」

 

「君が訴えても勝てると思いますが、どうしますかハリー?」

 

「……やめとくよ。面倒くさい」

 

「だよなー」

 

 忘却呪文は、人間の記憶を司る脳に働きかける魔法だ。オブリビエイトは本来、持っている記憶を破壊するのではなく、持っている記憶を思い出すためのきっかけを奪うのが基本なので、ロックハートが本来の自分を取り戻すまで、忘却術師とヒーラーたちが奮闘することになるだろうと記事には書かれてあった。ヒーラーの皆様には申し訳ないが、被害者たちが本来の名誉を取り戻せるならば、それに越したことはないとハリーは思った。

 

 ハリーは日刊予言者新聞をアズラエルに返すと、うんと背伸びをした。ハリーの左腕が問題なく動くのを見て、ロンはほっとしたようだった。

 

「今年に入って一番いいニュースだね。他には何かあった?……そういえばロン、妹さんは大丈夫?ハーマイオニーは?」

 

「ジニーならピンピンしてるし、もう復帰して同級生の男子にガンガン呪いを飛ばしてるぜ。ジニーったらうちのパパにこっぴどく叱られたから、吹っ切れてさ」

 

「流石ウィーズリーだな。転んでもただでは起きねえってか?」

 

 ザビニがニヤニヤと茶々を入れると、ロンは笑顔で肩をすくめた。

 

「うちの妹はタフなんだよ。じゃなきゃフレジョの妹なんてやってけないって」

 

「そのメンタルは見習いたいね」

 

 ファルカスの言葉に、ハリーもそうだねと頷いた。ホグワーツには平和が戻ったのだと、ハリーは実感することができた。

 

 その時、ハリーはハリーのベッドの敷居の外にいるハーマイオニーらしき影を見てどきりとした。カーテンの隙間から、ハーマイオニーのボサボサの栗色の髪の毛が見える。ハリーの心臓の鼓動が早くなる。

 

「どうかしたの?サンダーバードに撃たれたような顔だよ?」

 

 ルナが心配してハリーにそう声をかけた。ハリーは無理矢理笑顔を作って言った。

 

「ごめん、皆。悪いんだけど、ハーマイオニーと二人で話をさせてくれないかな」

 

(今は……今だけはグリフィンドール生みたいな勇気が欲しい……)

 

 ハリーはやっとそう言うことができた。今すぐに話さなければ、ハーマイオニーと会話することから逃げてしまうような気がした。ずるずると謝ることを引き伸ばして、シリウスとの約束も破って、自分が間違っていたこともなかったことにして、ハーマイオニーから逃げてしまうような気がしたのだ。

 

「え?それならおれも一緒に聞くけど……」

 

「……!ええ、行きましょう皆さん。僕はこの後デートの予定があることを忘れていました」

 

「オラ。ロンも行くんだよ!俺と決闘する約束だったろーが」

 

「え?そんなのしてないだろ?待てってザビニ。引きずるなって。……ファルカスまで!?」

 

「約束してたよ。ロンが覚えてないだけでね。じゃあ、行くねハリー。……頑張ってね」

 

 ザビニとファルカスに抱えられて病室を後にするロンを見送りながら、ハリーは深呼吸をした。全員の足音が聞こえなくなってから、栗色の髪の友達に話しかけた。

 

「……もしもし、ハーマイオニー?」

 

 ハーマイオニーからの返事はない。ハリーは不安になった。もう、自分とは口もききたくないのだろうかと。

 

「……あの……怒ってる、よね?そうだよね……」

 

 ハリーは恐る恐るハーマイオニーに尋ねた。ハーマイオニーは、つかつかと敷居を越えてハリーと向き直った。

 バジリスクによって石にされ、マンドレイク薬によって復帰したハーマイオニーはいわば病み上がりの筈だったが、顔色は健康そのものだった。いつも通りの出っ歯に、ボサボサでまとまっていない髪。そんな彼女の瞳が恐怖に歪んでいなかっただけで、ハリーの胸の中に暖かいものが広がった。

 

(きっと寮に帰ってからずっと勉強の遅れを取り戻そうとしてるんだろうな……)

 

 ハリーは心臓の音を聞きながら、ハーマイオニーの返事を待った。ハーマイオニーは何を言うべきか迷っているようだったが、ぽつりと言った。

 

「今はもう怒ってはいないわ、ハリー。貴方が本当に死にそうな目に遭ったって、ロンから聞いたもの」

 

「バジリスクの毒を浴びて……左腕を失うなんて」

 

 

「……いや、多分本当に左腕は問題ないよ。ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊)!」

 

 ハリーはハーマイオニーを安心させようと、左腕に杖をもって浮遊呪文で花瓶を浮かせた。ハリーはそのまま、左手に握った杖を回す。ふわふわと宙を浮く花瓶をくるくると一回転させ、ハリーは元通りの位置に花瓶を戻した。

 

「ね?」

 

「上手いわ、ハリー」

 

「入院する前よりも調子がいいかもしれないよ。……ねぇ、ハーマイオニー」

 

 ハリーはそう冗談を言った。そのすぐ後、ハーマイオニーに闇の魔術を教えたことを謝った。

 

 

 

「確かにひどい目に遭ったし、闇の魔法でそれを切り抜けたのも確かだけど。あの時、嫌がってる君に無理矢理闇の魔法を伝えたのは間違いだった。本当に、ごめんなさい」

 

「君を怒らせたのは僕だよ、ハーマイオニー」

 

「いいえ、私が悪いわ!」

 

「私、あの時、貴方のことが理解できなかったの。正直に言うとね?二年生になるまで、私は貴方がスリザリン生だって意識したことはなかったわ。貴方だけじゃなくて、ザビニたちも対等だと思ってたし、今も思ってる」

 

「うん」

 

「けど、マグルを嫌いだって聞いて、ハリーのことが分からなくなったの」

 

「どうして?」

 

「人を生まれで差別するなんて、本来あってはいけないことだもの。私は貴方たちがそんな風に考えていたなんて信じたくなくて、でも現実はそうで。あなたや、ファルカスのことが怖くなったの」

 

「僕は、……僕はただ、マグルが嫌いなだけだよ。マグル生まれが嫌いになったことはない。ファルカスもハーマイオニーを嫌いだとは思ってない筈だ」

 

 ハリーがそう言うと、ハーマイオニーは首を横にふった。

 

「勿論英国には階級制度があるし。魔法使いにも、階級制度に近いものがあると教えてもらったけれど……そういう不平等や偏見は、是正していくべきものだもの」

 

 

「ハリーのことをもっと高潔な……英雄みたいなものだって思ってたのかもしれないわ」

 

 ハリーにとって、これは心外だった。ハリーは憤慨して言った。

 

「そんなことないよ!僕は普通のスリザリン生だ。僕が、コリン·クリーピーや他の皆が思ってたようなヒーローだなんて馬鹿げてるよ。僕なんかより、ロンの方がよっぽどヒーローだ」

 

 ハリーがロンに言及すると、ハーマイオニーの頬が少し緩んだ。

 

「だから、貴方が闇の魔法を知っていると聞いて、ハリーのことがとても怖くなったし、目の前のハリーがとても……気持ち悪かったの」

 

「ごめん、ハーマイオニー」

 

 気持ち悪い、と言われたことはハリーにとってなかなかの衝撃だった。ハリーは思わず反射的にハーマイオニーに謝った。

 

(そうだよね。押し付けられたら誰だって、そう思うのは当たり前だよね……)

 

 

「……あの時僕は……君を護りたかったんだ。友達だったから、狙われるかもしれないと思ったらどんなことでもしたいと思った。どんな手を使ってでも」

 

「……失くしたくなかった」

 

 ハリーは内心で自分に言い聞かせながら、ちゃんとハーマイオニーの目を見続けるようにした。ハーマイオニーは強い決意を持った瞳で真っ直ぐにハリーの緑色の瞳を見返した。ハリーは閉心術を使って泣きたい気持ちをこらえた。

 

「けどそれが君のためにならないなら、同じことはしないようにする。約束するよ、ハーマイオニー。僕は二度と君に闇の魔術を押し付けないし」

 

 ハリーは少しいいよどんだ。

 

「…マグル差別も、しない」

 

「いいのよ、ハリー。分かってくれたなら」

 

 ハーマイオニーはあまりに高潔だった。ハリーはハーマイオニーが眩しかった。

 

「……だけど……だからこそあの時、友達として貴方のことを信じるべきだったって思うの。もしも私がハリーと喧嘩をしなくて、石に変えられずにいたら、友達にこんな怪我をさせなかったのにって」

 

(……………そうだね。その代わり、君がターゲットにされてたよ…………)

 

 ハリーは内心でそう思った。リドルがマグル生まれの生徒を見逃す筈もなかった。狙われたのが自分で良かったと心の底から思った。

 

 ハーマイオニーが自分のことを友達と呼んでくれたことが嬉しくて、ハリーは泣きそうになった。ハリーは、ハーマイオニーに手を差し出した。何となく右手ではなく、左手の方がいい気がした。

 

「僕も、色々とダメなところがあるんだけどさ。これからもよろしくね、ハーマイオニー」

 

「……そうね、ハリー。早く良くなってね」

 

 

 ハリー·ポッターとハーマイオニー·グレンジャーは、そのあとも友達であり続けた。ザビニやロンは何を話したのかしきりに聞きたがったが、ハリーは口をつぐんだ。何となく、話すのが気恥ずかしくなったからだ。

 

***

 

 退院したハリーは、自分の中にあるマグルに対する差別感情を消すにはどうすればいいのだろうと悩みはじめた。ザビニやアズラエルが乗り越えた内心の葛藤期を、ハリーもまた迎えようとしていた。

 

 なかなかうまく行かない差別感情とは別に、退院以来、ハリーは闇の魔術の練習をしなくなった。ハリーの中に闇の魔術に対する崇拝心はなかったからだ。あくまでも友達と自分を護るためだけに欲した力であって、闇の魔術そのものに価値を見出だしてはいなかったからだ。ただしハリーは、命の危機にあって必要なとき、自分が闇の魔術でも使ってしまうだろうということを分かっていた。シリウスとの約束を護るため、友達を護るためにも、ハリーは闇の魔術がなくても生き残れるように強くならなければならなかった。ハリーは闇の魔術から逃避するように、決闘クラブやクィディッチや勉強に勤しんだ。




プロテゴ·ディアボリカなんて友達に向けるんじゃねえ。
友達だからって友達の何もかも全て肯定できるわけないんだから……
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