スネイプ教授の苦悩は続く
新学期の朝は、ハリーにとっても新入生たちにとっても忘れられないものとなった。ほとんどの生徒が、昨日ハリーが見つけ出した小男についての話をし、ふくろうを飛ばして自分の保護者か、日刊予言者新聞にリークしたらしく、ドラコは手に取った新聞を見て嬉しそうにこう言った。
「『ホグワーツに不法侵入者現れる、その正体は死んだはずの英雄!!』だってさ、ポッター。まったく、新聞記者は君の話を聞きに来なかったのかい?君が見つけたってことを書いてないじゃあないか。これじゃ片手落ちだね」
「ドラコ、頼むからあんまり騒がないでくれよ。見つけられたのはたまたまで、本当に運が良かっただけなんだ」
わざわざ周囲に聞こえるような大声で言うので、四つの寮の生徒たちの視線がハリーに集まってしまう。ハリーにとってはたまったものではない。
ハリーは新聞の中身に興味を持たなかった。それより、周囲からの視線が多いことのほうが問題だった。
しかし、ドラコはそんなハリーの内心にはお構いなしに周囲の寮生に聞こえるくらいの大声で話をする。
「君が一目で気がついたというのに、ウィーズリーの連中は誰も気がつかなかったんだろう?本当にきみは上手くやったよねえ。友人のふりをしてウィーズリーに近づいて、ここぞという時に付き出したんだから」
「違う!僕はそんなつもりは……ロンを傷つけたかった訳じゃない」
ハリーの弁明は、スリザリンのテーブルから沸き起こった爆笑に呑まれてかき消された。この性質の悪い虐めに荷担したのはスリザリンに限った話ではなく、ハッフルパフやレイブンクロー、果てはグリフィンドールの生徒ですら、ドラコの悪意ある揶揄に乗っかってウィーズリー家を笑った。スリザリンでもアズラエルやグリーングラスなどは笑わず、ドラコに引いている生徒はいたが、そんな生徒は少数で目立たない。
グリフィンドールのテーブルには、その時ロンや双子もいた。見る見るうちにロンの耳は真っ赤に染まる。
(違うんだ……!!ロンを守りたかっただけなんだ)
ハリーは何とかロンにそう弁解したかったが、そうする前に、グリフィンドールのテーブルから呪文が起こった。
「「アヴィホース(鳥になれ)!!」」
ほとんど同時に、ほとんど同じ声で魔法が唱えられ、二羽のふくろうが出現してドラコの顔面に突撃した。突然のことに、ドラコはそれを避けることもできない。
ドラコに衝突した瞬間、ふくろうは糞爆弾に戻り、ドラコの周囲に汚臭を撒き散らした。スリザリン以外の三つの寮生のテーブルからは歓声が上がった。
「うわああああ!」
「きゃあああ!!」
朝食を台無しにされたスリザリンのテーブルは大混乱に陷り、ドラコの隣にいたハリーは(最初にハリーの隣にいたアズラエルはドラコが来るや否や席を移動した)ドラコともども朝食を抜く羽目になった。双子は監督生のパーシー・ウィーズリーによって大量減点と罰則をくらい、ハリーとドラコは上級生にスコージファイをかけてもらうことで事なきを得た。
「人を公共の場で侮辱するんじゃねえ。反省しろ」
スリザリン監督生のガーフィール・ガフガリオンはそう言ってドラコを叱ったが、罰則を与えたり、スリザリンから減点するといったことはしなかった。ドラコは早くもグリフィンドールを減点させたということで、同年代のスリザリン生からは人気者になった。
***
ハリーはドラコとは距離を置き、ザビニやアズラエル、ファルカスたちと行動を共にすることにした。変身呪文の授業でも、呪文学の授業でも、ハリーはそこまで飛び抜けて優秀な生徒ではなかった(合同授業のときはほとんどの点をハーマイオニー・グレンジャーがかっさらっていった)が、予習していたお陰で授業についていくことができ、何点か加点を受けて、ファルカスにアドバイスすることもできた。薬草学では、レイブンクローの生徒たちから話しかけられることもあった。
***
そして、ハリーが一番受けたかった魔法薬学の授業が始まった。教室は大鍋から立ち上る湯気で蒸し暑く、スネイプ教授の毒のある視線はハリーを不安にさせたが、予習した内容を反映させることができそうなのは魔法薬学だった。
「この授業では他の授業とは異なり、猿のように杖を振り回したりはせん。君たちが学ぶのは、心を操り、死にすら蓋をする魔法の奥義とでも言うべきものだ」
スネイプ教授の魅力に溢れる言葉で魔法薬学の授業は始まったが、ハリーにはそこでひとつの試練が与えられた。
「ポッター!!」
スネイプ教授の指名に、ハリーは急いで立ち上がった。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
「?!い、生ける屍の水薬です」
「どうやら教科書を暗記する程度の知能はあるようだな。その効能は?」
「三滴で八時間の睡眠を使用者に与えます」
スネイプはハリーがそう答えると、忌々しそうに首を縦に振った。そして、メモを取っていない生徒たちを罵倒し、グリフィンドール生たちを不当に減点した。
ハリーがスネイプの質問に解答できたのは、たまたま予習したところがあたっていただけで運が良かったからに過ぎない。ハリーが答えられたのはここまでで、ここから先はスネイプのペースだった。
「では、四滴ならばどうなる?」
「死にます」
教科書には死に至る、としか記載されていない。魔法薬は適量であれば人体に有効な効果をもたらすが、過剰であれば毒にしかならない。睡眠薬はその最たるものだ。
「不正確だポッター!その知ったかぶりに対してスリザリンから一点減点」
グリフィンドール生とスリザリン生はポカンと口を開けてスネイプを見た。
スネイプはスリザリン生を減点しない。
それはホグワーツにおけるすべての生徒に共通する認識で、スリザリンの生徒が他寮生から嫌われる原因のひとつだった。ハリーたちも、グリフィンドール生であるロンたちも、スネイプはスリザリン生には甘いと先輩から教わっていたのだ。
「水薬の効能は脳に対して負荷を与え、睡眠状態にあるにも関わらず、起きている時と同じ状態にする。その状態が継続し八時間の睡眠状態を超過したとき、人間の生命活動は停止するのだポッター。
それを防ぐには八時間の段階で解毒薬を投与する必要がある。その解毒薬は……」
矢継ぎ早に黒板へと記述されていく教科書にもない薬の説明に、ハリーたちはついていくのに必死だった。
(……でも、面白いな魔法薬)
量を少し変えるだけで、原料が同じでもまったく別の効能を発揮する魔法薬もある。ハリーはスネイプのことは嫌いになったが、魔法薬の奥深さには同意せざるを得なかった。ハリーが減点されたことで、スリザリンが過剰に贔屓されていると言い出すグリフィンドール生も(少なくともハリーの代では)居なくなった。
魔法薬学の授業でのハリーは(挙手して発言しようとするハーマイオニー・グレンジャーを無視して)スネイプ教授から指名されるのがお決まりの流れになった。間違ったり答えられなければ減点されるという過酷さから、ハリーはスリザリンのためにより一層魔法薬の予習と復習に力を入れることを決意し、スリザリンではマルフォイの次に魔法薬の調合がうまい生徒になっていった。
***
セブルス・スネイプは、苦々しい気持ちでハリー・ポッターを見ていた。
昨晩、彼は突如現れたピーター・ペティグリューにクルーシオをかけたい気持ちを堪えて己の職責を果たしていた。
そうせねばならなかった原因は、言うまでもなく目の前のハリーである。彼を守ることこそが、スネイプがかつて誓った贖罪の証であり、生きる意味だからだ。
スリザリンに相応しい高貴さも、(スネイプにとって)崇高な闇の魔術を扱う頭脳も才能も無さそうな、ジェームズ・ポッターに瓜二つの傲慢な思い上がった子供が緑色のローブに身を包んでいることに、スネイプは吐き気を覚えていた。これから七年もの間、己の寮生として規則違反の常習者を管理するなどたまったものではない。
それでも、ハリーを守るためにスネイプがしたのは、ハリーを純血主義者たちから隔離することだった。
スリザリン生である以上、大なり小なり全員がマグルに対して嫌悪感や、大小を問わず差別意識を持っている。あるいは、無関心ゆえの残酷さを。
純血主義はそういった感情や思想の行き着く先であり、今のスリザリンでは純血主義の穏健派が勢力を持っていた。
穏健派は、ルシウス・マルフォイを筆頭とした、恩赦を受けた元死食い人たちである。闇の帝王の死亡後、帝王に忠誠を尽くさず、体制側に寝返って事なきを得たものたち。ルシウスは帝王が復活した瞬間にハリーを売ることがわかりきっている以上、その子供たちをハリーと同室にするわけにはいかなかった。
何より、スネイプ自身が、自分にとっての恩人であるルシウスの息子と、宿敵の息子が友人となることに耐えられなかった。
次にハリーの相部屋の候補からはずしたのは、レストレンジ家のような純血過激派の子息だった。彼らの親族は純血主義、ひいてはその指導者である闇の帝王のためなら死すら厭わず、己の罪を認めて牢獄に入った。
そのせいで、社会的な制裁を受けたそれら過激派旧家は貧困にあえいでいた。名誉と地位を失う原因になったハリーへの恨みは穏健派の比ではなく、間違いなくハリーにとっての敵となる。
消去法の末にハリーと同室になったのが、ザビニであり、アズラエルであり、ファルカスだった。
彼らは純血を自称してはいるが、実態はスネイプやハリーと同じ半純血の家の生まれである。そういう家の人間ほど純血主義に迎合しようと時に過激に純血主義者になるのだが、それでも、子供から親を通して闇の帝王にハリーの情報が伝わる確率は減らすことができる。最悪の選択肢のなかで、比較的マシだと思える人選がこれしかなかったのだ。
内心でスリザリンに来たハリーを罵倒し、ハリーをジェームズに、ハリーの近くにいたザビニをシリウスに重ねてハリーに憎しみをぶつけることで、セブルス・スネイプは自身にかかるストレスを発散していた。
マイナスとマイナスがかけ合わさってプラスになる……
いやならないなぁ……