自分はマグルを差別してるくせに他人にはマグル生まれ差別をやめろだなんて……!
***
ホグワーツ城の地下室、魔法薬学の教室では、六年生の授業を終えた生徒たちが薬品を片付けていた。大鍋から立ち上る薬品の煙を吸い込まないように気を使いながら、生徒たちは消失呪文で薬品を消し去っていく。
六年生で魔法薬学を受講している生徒の数は十名しかいない。グリフィンドールからはパーシー·ウィーズリーとアグリアス·ベオルブ、スリザリンからはジェマ·ファーレイとガーフィール·ガフガリオン。それ以外の生徒はハッフルパフ生とレイブンクロー生が三人ずつで、OWLの難関を突破し、NEWTの課程へと進んだ学生がいかに少なかったかを物語っている。
これでも、今年の六年生はまだ豊作の年だった。
スネイプ教授の方針により、魔法薬学のNEWT課程を受講するためには、OWLの試験でO(最優)の成績を取らなければならない。一点差のEでは、受講資格はない。ジェマ·ファーレイの親友も、あと一歩のところでOを逃し、魔法薬学の教室を去っていた。
そんなジェマは、グリフィンドール生のアグリアスが薬品を片付けるのを待っていた。別に、ジェマとアグリアスは特別仲がよかったわけではない。ただ、魔法薬学の課程を取った人間のうち、女子はジェマとアグリアス、そしてハッフルパフ生のサンサーラ·スタークスだけだった。これまでさほど仲がよかったわけではなくても、同性の人間の方が気安いこともある。ジェマとアグリアス、そしてサンサーラは、薬学の教室に限っては友人だった。
アグリアスは自分の長い金髪に薬品がかからないように髪を上げていたが、消失呪文によってすべての薬品を消去し終えたことを確認して豊かな胸を撫で下ろした。
と、その時。アグリアスの視線がジェマの後方でピタリと止まる。ジェマも後ろを振り返った。
「どうしたのアギーちゃん」
「アギーはやめて、ジャム」
ジェマがアグリアスをからかいながら後ろを振り返ると、スリザリンの緑色のローブに身を包み監督生バッジをつけたプラチナブロンドの男子が、グリフィンドールの赤色のローブに身を包んだ背の高い男子に何事か話しかけていた。
「……お、面白くなってきたわね。サンサ、あんたはガーフとウィーズリーのどっちが勝つか賭ける?」
ジェマは黒髪の女子、サンサーラにトトカルチョを持ちかける。
ガーフィール·ガフガリオンはスリザリンの中でも優等生として通っていて、表向きは喧嘩をしないよう、罰則を受けないように立ち回っていた。それでも、真面目が行き過ぎた上で、同年代の中でも群を抜いて優秀だったパーシーとは衝突することがあった。次の授業でどちらが多く加点するかとか、どちらが早く課題をクリアするかという真っ当な競争だったが、二人のやり取りはこの世代ではちょっとした見物になっていた。
昔は、パーシーをうっとおしがって突っかかる生徒は多かった。パーシーが成長するにつれて実力で彼らを完膚なきまでに叩きのめすうちに、パーシーに対抗できる人間は限られていった。ガフガリオンが勝ったことは、ここ最近では二ヶ月前まで遡らなければならなかった。
「ええと……さすがに今回もパーシー君が勝つんじゃないかなあ。パーシーに四シックルで」
「だって。どうするアギーちゃん?」
ジェマはニヤニヤと厭らしく笑いながら、アグリアスに水を向けた。アグリアスは首を横に降った。
「賭けの必要はないようだ。……二人とも、なにか話してさっさと出ていったぞ。私たちも次の授業に行こうか」
「えー。……あいつらも大人になったのね……」
ジェマはどこか口調に寂しさを滲ませながら、教室から出ていくパーシーとガフガリオンを見送った。彼らの背中を見ながら、アグリアスは小さく呟いた。
「ガフガリオンもパーシーも、随分と怒っていたな」
「怒ってた?普段通りだったじゃない」
ジェマが聞くと、アグリアスは首を縦に降った。
「ガーフは怒るとき笑顔になるし、パーシーは苛立ったとき、机を軽く叩く。見てれば分かるわ」
「そこまで分かるの、アグリアス?よく見てるわね」
「何年顔を付き合わせたと思ってるんだ?」
「ぐぬぬ……アグリアスに一本取られるとはね……」
「今回は私の勝ちだな。デザートのマフィンを譲ってもらうぞ」
「あ、あんたが憶測で勝手にそう言ってるだけじゃない!人のデザートを奪うとデブるわよ!」
「落ち着いて、ジェマちゃん……!」
ぎゃあぎゃあと姦しい三人娘も教室を後にすると、教室には死んだ目のスネイプ教授だけが残された。スネイプ教授は少ない休憩時間の間に、次の授業で使用する材料を出せるよう準備していた。
***
ガーフィール·ガフガリオンは、見知った顔の知人、あるいは友人に対して、普段なら絶対に言わないような言葉を投げかけていた。
「おい、ヒーロー。人がいるとは聞いてねえぞ」
「僕はついてこいと言ったはずだ、ガーフィール。二人だけで話すと言った覚えはないぞ」
「お先にお邪魔してます、ガーフィール先輩、パーシー先輩。では、入りましょうか」
ガフガリオンは、パーシーと、決闘クラブ部長でありハッフルパフ寮の監督生でもある一年年下の後輩、バナナージと共に『必要の部屋』へ訪れていた。必要の部屋は、三人の願いに応じて座り心地のいい肘掛けのついた椅子と、木製の品のいいテーブルがある部屋を出してくれた。テーブルにはご丁寧に紅茶とマグカップが人数分用意されている。
「まずはかけたまえ。君たち二人には、ことの次第を明らかにしておきたいと思っていた」
素で尊大な態度のパーシーにも慣れた様子のガフガリオンは、フンと拗ねたように鼻をならして言った。
「嘘つけぇ。俺が声をかけなきゃバナナージだけに話してたンだろ?」
「後日改めて、な。しかし、二人一度に話した方が効率がいい」
「おい舐めた口訊いてンじゃねぇぞパーシー」
そのまま喧嘩に突入しかけた二人の間に、バナナージが割ってはいった。バナナージは自分より年齢も実力も上の相手でも、臆すことなく自然体で接していた。
「秘密の部屋事件の全容を話してくれるのは、俺もありがたいですよ。情報が錯綜しててどこまでが真実で、どこからが嘘なのかよく分からないんですけど」
そこまで言ってから、バナナージは困ったように頭をかいた。
「正直、部長としてあいつら、あ、いえ、パーシー先輩の弟さんやガーフィール先輩の後輩さんをどう扱うべきか困ってたんです」
「レイブンクローの監督生にゃあ今回のことを話さなくていいのか?あいつらにも監督責任あンだろ、一応よ」
今回問題を起こした、もとい功績を立てたルナはレイブンクロー生である。パーシーはため息をついた。
「正直言って、彼らに期待はできない。秘密の部屋事件の時連携を持ちかけても、個々で対応するの一点張りだったからな。ペネロピーの精神が安定したら、折を見て話すつもりだ」
「そうですか。ならしかたないですね。……彼女さんも、早くよくなるといいですね」
「ああ。心の底からそう思うよ」
レイブンクローは、四つの寮の中でも最も個人主義の風潮が強い。そのため、ルナ·ラブグッドの偉業や、彼女が飛び越えたいくつものリスクについて知ったとしても、監督生たちが何かすることは期待できなかった。
パーシーより先に、ガーフィールがバナナージに椅子を引いてもらい腰をかけ、足と腕を組んでパーシーをじっと見据える。行儀のいい態度ではない。その態度は、ガーフィールの苛立ちをそのまま表現していた。
いつになく緊張感のあるガーフィールに対して、バナナージは自然体のまま、お行儀よく椅子に腰かけた。背もたれにも身を預けず、背筋を正してパーシーの話を待っていた。
「……まず、君たちは今回の一件について、どこまで知っている?」
「ポッターが秘密の部屋を突き止めて、ロックハートのアホを返り討ちにした。そんで、バジリスクにはバナナージから借りたアイテムのお陰で何とかなった」
そこまでいい終えて、ガフガリオンはバナナージに向き直り、姿勢を正して礼を言った。
「うちの後輩が、お前やお前の部に迷惑をかけた。それだけでもすまねえとは思ってたが、生き残ったのはお前のお陰らしい。ありがとう、バナナージ。この恩は必ず返す」
「え。いえ……いや。俺はただ、機械を貸しただけですよ。頭を上げてくださいガーフィール先輩」
先輩に頭を下げられたバナナージの方がかえって恐縮してしまった。そんなバナナージに対して、内心でガーフィールは複雑な胸中になる。
(……あー、こいつみてぇな後輩ばかりなら俺も苦労はしねえんだけどなぁ……)
バナナージ·ビストは品行方正、成績優秀な優等生である。しかし、今回の秘密の部屋の一件では、ハリーをはじめとしたスリザリンの関係者に部を引っ掻き回された被害者なのである。スリザリン寮に対して文句を言う権利は誰よりもあるのに、それがスリザリン寮のせいだとは考えもしない。
スリザリンにおいては存在すら許されないような理想の後輩だ。お人好しは絶好のカモなのだから。
他人の善意を利用する己の浅ましさに吐き気がしながら、ガフガリオンはバナナージからパーシーに向き直った。その様子は普段と何ら変わらない。ガフガリオンは閉心術を会得していたからだ。
「ポッターはバジリスクを引き連れた敵……闇の魔法がかけられた日記……に返り討ちにされたが、パーシーや友人の助けで生き残ったとポッターの口から聞いた」
(あ、ああー……そうなんだ……魔法のアイテムが原因ねぇ。パーシーさんの話はどうなんだろう……)
バナナージはハッフルパフの内部で広まった噂との食い違いに驚いた。ハッフルパフ寮では、闇の魔術でポッターが全員を錯乱状態にしただの、パーシーがグリフィンドールの剣でポッターたちを救いだしただの、実はロックハートが真の黒幕だの、実は正義のロックハートをポッターが闇の魔法で操っていただのという噂がまことしやかに錯綜していたのだ。
「そうか。随分と謙虚だな、ポッターは」
「てめぇがポッターを助けたことには感謝してるよ」
ガフガリオンはそう言ったし、その口調も穏やかなものだった。しかし、言葉とは裏腹に彼の内心は水面の下で白鳥の足がもがくように疑問と怒りで荒れ狂っていた。
(つーか何でポッターが左腕切断なんてことになってンだ……お前ほどの奴がついていながらよぉ……)
優秀な人間ほど、かけられる期待は大きい。ガフガリオンですら、パーシーには無意識でも期待してしまっていた。
パーシーなら、後輩を守れたのではないかと。
パーシーが自分の世代最強の男だからこそ贔屓目で見てしまうということはある。実際にはパーシーとて完璧ではないだろう。それでも、人間は結果が本人にとって望ましいものではなかったとき、他にやりようがあったのではないかと他責思考になってしまうのだ。
(突っ込んでったポッターが悪いのは分かってるがよぉ……)
ハリーという後輩が、命の危機に陥ったことはハリー自身に責任がある。それを頭で、理屈で理解していても、感情が仲間の傷の原因を他に求めてしまうのだ。
本来、スリザリン生であるハリーの監督責任があるのはスリザリンの監督生であるガフガリオンや、マクギリスである。グリフィンドールの監督生であるパーシーを責めるのはあまりにも見当外れだった。それが分かっているから、ガフガリオンは向けどころのない怒りを抱えていたのである。
「助けたんじゃない」
パーシーはガフガリオンの言葉に対して、首を横に振って言った。その声色は静かだった。
「僕は。僕らはあの時ハリーに助けられたんだ。彼の闇の魔術によって」
闇の魔術の単語が出た瞬間、場の雰囲気は一段と厳しさを増した。
「……おいパーシー。その話がマジだってンならこれを飲んでみろ」
ガフガリオンは、持参した魔法薬をコップに注ぎ入れる。魔法薬学において優秀な成績を修めるパーシーとバナナージは、それが何であるのか一目でわかった。
「べリタセラム!?そんなものまで使うんですか、ガーフィール先輩!?」
「話に嘘を混ぜられたらたまらねぇからな。後輩が闇の魔法使いだって嘘を言ったんなら、俺はてめえと絶交する。どうだ?飲めるか、パーシー?」
「飲もう」
パーシーは迷いなく、ガフガリオンの差し出した自白剤を飲み干した。
(こ、この人たち……)
それを眺めているバナナージは、貴重なベリタセラムを持ち歩いていたガフガリオンと、躊躇なくそれを飲んだパーシーの双方に圧倒されていた。
パーシーは躊躇いなく真実薬を飲むことで、自分の話が真実であることを二人に示した。パーシーは真実薬を飲み干してなお、ポッターは闇の魔術でパーシーたちの命を救ったと主張した。
「ポッターの名誉のために、闇の魔術を行使したことは君たちにしか明かしていない。……君たちなら秘密を守り、ポッターに対して公平に接することができると見込んでのことだ」
「信頼してくださってありがとうございます」
バナナージはそう言ったが、ガフガリオンはしかめっ面のまま紅茶を口に運んだ。
「……俺はポッターに闇の魔術なんぞ教えちゃいねえ。マクギリスのアホが教えたのか?」
「それはないです。マクギリスは単純な奴です。ちょっと考えなしなところはありますが、闇の魔術を二年生に教えるほど腐ってはいない」
バナナージはそう断言したあと、闇の魔術を行使したことについてもフォローを入れた。
「……本当の継承者をポッターが殺しに行ったのだとしたら、闇の魔術を使ったのかどうかよりもそちらの方が問題だと思いますけどそうじゃないんでしょう?ポッターはあくまでもパーシーさんの妹さんを救いに行ったんだから」
人が好いバナナージは、ハリーが闇の魔法を使ったことについてそう前向きに解釈していた。バナナージの言葉に、黙ったままガフガリオンは考え込んだ。
(いや、もしかしたら……殺しに行ったのかもしれねえ……)
(人を殺すような奴じゃねえと思いたいが、俺だってポッターのことを一から十まで把握してる訳じゃねえ)
(去年、ポッターはクィレルに殺されかけた。……その経験が、ポッターを変えたのか……?)
自分が闇の魔術に殺されかけたならば、ほとんどの人間なら闇の魔術に嫌悪感を示し、距離を取るだろう。
しかし、その恐怖を、闇の魔術そのものを会得し敵に対して行使することで自衛しようとしたのなら。それはバナナージの言う通り仕方のないことなのだろうか。
ガフガリオンには、ハリーが自衛のためという名目で他人を殺しに行っているように思えてならなかった。
「意外と冷静だな、バナナージは。君は物事を公平かつ客観的に見れる人間だと思ってはいたが……闇の魔術に対して嫌悪感はないのか?」
パーシーはバナナージを意外そうに見たが、バナナージは即座に答えを返した。
「ないです」
(嘘だけど)
バナナージの発言は見栄も入っていた。
「ポッターが使ったことについては?」
「ポッターの杖は、柊の木と不死鳥の羽でできています。感情的で不安定な魔法使いを好む杖ではありますが、優れた魔法力を発揮します。感情に呼応した杖の魔力増幅作用によって、ハリーが闇の魔術を使えても、まぁおかしくはないでしょう」
「お前、随分とどうでもいいことを知ってンな……試験にでねぇだろそんな雑学は」
「将来の仕事に使うからと父や兄に仕込まれまして」
バナナージはガフガリオンの皮肉に笑顔で返した。好青年には皮肉すら通用しないのである。
「俺はパーシー先輩が、ポッターが闇の魔術を使っていたことを受け入れていることの方が驚きです。先輩こそ、闇の魔術を嫌悪されていると思っていましたが」
バナナージの発言に、ガフガリオンも同意した。
「石頭の監督生らしくねえな。闇の魔法使い予備軍なんざ、以前のお前なら屑として見向きもしなかっただろう」
ガフガリオンがプラチナブロンドの髪をかきあげながらそう言うと、パーシーは視線を落とした。
「……僕が秘密の部屋に突入したとき、ポッターは戦いの最中だった」
「……」
「ポッターは既に闇の魔術で、バジリスクの頭を吹き飛ばしていた。直接使っているところを見たわけではないが、威力からして燃焼系と爆発系のカースだろう。……バナナージの機械による助力があったのだろうが、まず僕はその時点でポッターに一度、命を救われている」
「ええ……?あ、そうかバジリスクの目を見た人間は……」
「死ぬ。まぁパーシーは眼鏡をかけてっからワンチャン石になるだけで済むだろうが、そのあと殺されてもおかしくはねえな」
ガフガリオンの説明に、パーシーは大きく頷いた。
「……ポッターは僕が入ってきたとき、闇の魔法……プロテゴ·ディアボリカ(悪魔の護り)を発動させていた」
「!」
本能的な恐怖心からか、バナナージが身じろぎする。ガフガリオンは口に手をあてて考えていた。
「魔法史で習ったな。そいつはグリンデルバルドの使う魔法だ。……自分の信者じゃねぇと死ぬ、か」
「先輩はよくご無事でしたね。巻き込まれて死んでもおかしくなかったのに……」
バナナージはパーシーを尊敬の目で見るが、パーシーの顔は浮かない。
「ポッターは僕を見た瞬間に魔法を解除した。僕を殺さないためにだ。そのせいで無防備になったポッターは、敵が動かしたバジリスクの牙を左腕に受けてしまった」
「え!?」
「何だと?」
ガフガリオンは厳しい目でパーシーを睨み付ける。パーシーは、悔いるようにガフガリオンに向けて言った。
「そのときは、後悔する余裕もなかった。だが、今は……僕が突入したことでポッターが死にかけたのだと振り返ることができる。済まない……」
ガフガリオンは掌を強く握りしめた。
「何だぁ?お前の……うっかりミスのせいで後輩は死にかけたってのか?」
「………………そうだ」
(………………くそったれが…………)
ガフガリオンは、苦い気持ちでパーシーを見た。
反射的にパーシーを責めたガフガリオンだが、自分にその権利がないことは分かっていた。そうする権利があるのはこの世でただ一人、ポッターだけだ。
しかし、ポッターはパーシーを責めはしないだろうとガフガリオンもパーシーも分かっていた。だからこそパーシーは、真実薬を飲んでガフガリオンにこの事を明かしたのだろう。
パーシー·ウィーズリーは糞がつくほどに真面目な男だ。その上、完璧主義の傾向もある。
たとえ責められることではないとしても、己が手を出したことで人命が失われていた可能性に気がついて、冷静ではいられなかったのだろう。ここ数日、色々な生徒に持て囃されながらもパーシーは常に不機嫌だったそれこそOWLの試験前よりも。
周囲にそれとなくことの経緯を説明しても、信じてもらえない。ハリーの闇の魔術について明かすことができなければ、ハリーがどうやってバジリスクを倒したのか証明できないからだ。
パーシーは自分への罰を望んでいた。しかし、ダンブルドア校長も、フリットウィック教授も、マクゴナガル教授も、スネイプ教授ですらパーシーを責めはしなかった。だから、ガフガリオンが今罰を与えることになったのである。
「……その、伝達ミスによる不具合は実際よくあることですよ。結果的に、ポッターは生き残ったんでしょう?先輩が気にすることは……」
「本当に気にしてるってンなら、今回のことを話してもらおうか。続けろよ」
ガフガリオンの叱咤を受けたことで、パーシーは持ち直した。
「……ああ。だが、皆が思っているように僕がポッターを助けたという訳じゃない。僕はポッターを護ろうとはしたが、圧倒的な敵の魔法に手も足も出なかった。そのまま敵に殺されかけたとき、ポッターは自分の左腕を自分で切り落とし、敵にぶつけて敵の注意を引きつけた」
「……冗談ですよね?」
「バナーナ。パーシーは冗談が苦手だ。真実薬も飲んだから、信じたくなくてもこれが真実ってこった」
そう言うガフガリオンも言葉ほど冷静ではない。
(イカれてンだろ、何もかもが……)
「恐らくはバジリスクの毒が体に回る前の最後の賭けだろう。ポッターは、僕の弟のロンに悪魔の護りをかけた。ロンが闇のアイテムに突貫したが、敵の魔法はロンを貫けなかった」
「悪魔の護りの効力、ですか?」
「恐らくはそうだろう。敵はポッターにも魔法を撃っていたが、突然現れたハウスエルフがポッターを移動させて護った。透明マントで姿を隠していたラブグッドが援護し、彼女はグリフィンドールの剣を組分け帽子から取り出してロンに与えた。そのお陰で、ロンは闇のアイテムを破壊することができた。これが真実だ、二人とも」
パーシーは自己評価の低さから、己の活躍を極力削りきっていた。ガフガリオンはハリーからパーシーが強力な魔法で援護をしていたことを聞いていたので、パーシーを白い目で見た。
「そんでてめえは木偶の坊だったってか?謙遜も度が過ぎると嫌味だな。パーシーのやったことも包み隠さず話しやがれ」
「僕は大したことはできなかった。プロテゴの防壁でハリーを護ろうとして失敗し、変身魔法で作った鳥の大群を防壁にして敵を攻撃しようとしたが、敵との打ち合いを制すことはできなかったよ。僕など大したことはない」
「そ、そうか……」
そこまで言うと、ガフガリオンはマグカップを口に運び、紅茶を飲み干した。鼻腔を通る香りが、頭をすっきりさせてくれた。
(いや、うーん。どいつもこいつもやってることが大分おかしいですよ?)
バナナージは決闘でもそれなりの腕を持つが、実戦レベルで変身呪文を使いこなせるわけではない。パーシーが自分より強力な魔法使いであることも、その実力を遺憾なく発揮してハリーたちを護ろうとしたことも充分に伝わり、バナナージは圧倒されていた。
バナナージが感嘆していたのはパーシーだけではない。ロン、ハリー、ルナの三名も、鉄火場に放り込まれながらよく動けたものだと、感心して言葉が出なかった。
(こいつですら勝てなかったってのか……)
ガフガリオンは、パーシーの実力を高く評価していた。普通の大人の魔法使いと決闘しても勝てるだろう、と踏んでいた。大人の誰もが戦闘能力に優れているわけではない。反射神経は年齢と共に劣化するし、使わない魔法は忘れていく。多彩な魔法を使いこなし、優れた反射神経を兼ね備えたパーシーは強い。
それが手も足も出なかったのなら、それはもう仕方がないのだ。ガフガリオンはパーシーへの敬意と皮肉を込めて言った。
「…本当に何を考えてやがる?お前、命が惜しくねえのか?」
「あの時そんなことを考えている余裕はなかったよ。僕は家族を守りたかっただけだ」
パーシーがそう断言したのは、真実薬のせいではない。それが分かっているので、ガフガリオンはパーシーのことが羨ましくて仕方がなかった。
ふぅ、とバナナージは紅茶を飲み込んでため息をつく。そして、パーシーの目を見て言った。
「お話は分かりました。ポッターについては精神面も含めて経過を観察しながら、うちの部で面倒を見ますよ」
「闇の魔法使い予備軍だぞ?本当にいいのか?」
ガフガリオンが念を押して確認すると、バナナージは首を縦にふった。
「立派な魔法使いですよ。パーシー先輩の弟さんも含めて将来が楽しみな後輩たちだ。正直俺はポッターのことは他の後輩と同じ程度にしか思い入れはありませんし、気楽にやりますよ」
「ありがとう、バナナージ。君に話をしてよかった……と、言いたいが。この話には続きがあるんだ。それも含めて聞いて考えてくれ」
「……はい?」
バナナージは目をぱちぱちと動かしてパーシーを見る。パーシーは、深いため息をついていた。
「続き、だと?」
「……二人とも、僕の話におかしな点がいくつかあったのは気がついているだろう。違和感を感じなかったか?」
「違和感ですか。まあいくつか疑問に思うところはありましたが」
「ルナ·ラブグッド……だったか。その女子はレイブンクローなンだろ。何でグリフィンドールの剣を取り出せる?伝説じゃあ真のグリフィンドール生しか剣を取り出せねえ筈だが」
ガフガリオンは真っ先に思い付く疑問点をあげた。パーシーの話が他の生徒からあまり信じられず、スリザリン生以外の三寮の生徒からはパーシーの功績だと思われてしまったものに、ルナがグリフィンドールの剣を取り出せたということがある。
「彼女が剣を取り出せたことは何も不思議ではないと僕は思う。命懸けの戦いの場に参戦するという行為が勇敢でないはずがないからな。帽子が彼女を認めたのだろう」
「まぁ……な。バジリスクがいるかもしれねえ場所に飛び込むなんざ、イカれてるか勇敢かじゃねぇとできねえ」
「ルナ·ラブグッドは狂人扱いされることはありますが、正気ですよ。勇敢だったって事でしょう。……もっとも、それを認めたくない生徒が多いってことなんでしょうね……」
バナナージの声に同情的なものが混じる。
「認めたくねえだと?どういうことだ?」
「彼女はいわゆるナードというか、孤立ぎみの子というか。とにかく、友人がいない弱い立場の生徒なんです。そんな子が華々しい功績を挙げたことを認めたくないって思う生徒がいるのは……胸糞が悪いですが仕方ないでしょう。ガフガリオン先輩だって、自分よりバカだと内心で見下してるやつが自分よりテストで上の点を取ったって納得できないでしょ?」
バナナージの推測は残酷だが、分かりやすかった。ガフガリオンは内心でルナに同情しながらも、自分もルナを見下す側の人間だと自覚していた。
「なるほどな。説明あんがとよ、バナーナ。人間の薄汚い本性ってのはどの寮だろうと、どんな年齢だろうと変わらねえって訳だ。むしろガキの方が残酷か」
ガフガリオンはあえて露悪気味に言ったが、これでも気を遣っている方だった。
スリザリンの理屈では、そうやって追い込まれるような弱い立場にならないように徒党を組み、自分の立場を護るために時には他の弱い立場の人間を蹴落とす。弱者ならばそれを自覚して自分自身の手で立場を護らなければならないのだ。
「……さっきも言ったが、彼女の功績が認められるようにペネロピーに話すつもりだ。君たちは、今の話をおかしいとは思わなかったか?どうして組分け帽子なんてものをピンポイントで不死鳥が持ってくる。秘密の部屋に行く彼女とハウスエルフのもとにだ」
「!組分け帽子はホグワーツの校長室にある」
「……まさか、分かっていて行かせたのか!?」
パーシーの言葉に、ガフガリオンとバナナージはある可能性を思いつき震えた。
「当時ダンブルドアはおらず、マクゴナガル副校長は対策会議で校長室を不在にしていた。だが、ダンブルドアから指示を受けていた教職員の誰かが、不死鳥と組分け帽子を彼女のもとへと派遣したんだ」
「それはおかしいですよ!」
バナナージは怒りに震えて椅子から立ち上がった。
「……そんなの……!それじゃあ、先生たちは秘密の部屋の場所を把握していて、放置していたっていうんですか!?その上、自分で部屋に行かずに生徒任せにしたって!?」
「さ、流石にそれはねえだろう。いくら命が惜しいからってよ……バジリスクがいるとこに生徒を送り込むなんざ、正気じゃねえ……」
ガフガリオンは柄にもなく良心的な推測を述べた。露悪的な言動を積み重ねたところで、彼では邪悪な発想に至ることはできなかった。
「証拠はない。全ては僕の推測だ。恐らくはダンブルドアは、学校を去るまえに準備をしていたんだ」
パーシーは己の推測を語った。
「自分が学校から追い出されたとき、継承者は本性をむき出しにするだろう。その時、教師ではなく……」
「ハリー·ポッターに、手柄を立てさせたいと」
「……」
バナナージ·ビストは正義感から怒りに燃えた表情になり、ガーフィール·ガフガリオンはうめいて言った。
「幾らなんでもあり得ねえ。そんな胸糞が悪い話がこの世にあってたまるか。ここは学校だぞ?兵隊の養成所じゃあねぇんだぞ」
「先輩はどうして冷静でいられるんですか!?貴方や弟さんや妹さんも死にかけたんですよ!?今すぐダンブルドアに直談判すべきです!」
「……君たちと話をしていて考えがまとまったんだ。ここ数日、いろんな考えが出ては消えて考えが纏まらなかった」
パーシーは腕を組んで言った。
「……僕に、ダンブルドアを責める権利があるのだろうか?」
「何言ってる。当事者だろお前」
ガフガリオンがそう突っ込むと、パーシーは目を伏せた。
「出来れば僕の考えすぎであってほしい。これも僕の推測だが、ポッターやラブグッドは僕らの政治的な争いに巻き込まれただけなんだ」
「どういう……意味です?」
パーシーは、頭に疑問符を浮かべるバナナージに向き直って言った。
「今回の騒動の原因になった闇のアイテムを送り込んだやつが誰なのか、思い出したんだ。僕は記憶力がいいからね。……夏休みのとき、ジニーに日記帳を渡した男がいる。その男は純血主義で、血の裏切り者である僕たちを見下していた」
パーシーはあえて明言を避けた。真実薬は真実を明かすが、尋ねなければ曖昧な言葉を言うことは可能だ。ガフガリオンは耳を塞ぎたかったが、バナナージは怒りのままにパーシーにその男について尋ねた。
「誰なんです、そいつは?」
「……ルシウス·マルフォイだ。父と乱闘騒ぎを起こしたあと、日記をジニーに投げ渡したのを思い出した」
パーシーの言葉にバナナージとガフガリオン少し黙ったあと、ガフガリオンが言った。
「魔法省はマルフォイ家を切らねえぞ。都合のいい財布を手放すわけがねえ。日記にしても、証拠とするには弱すぎる」
それは、パーシーにとって残酷な現実だった。闇の魔法がかけられた品物で家族に手を出されようが、権力のないウィーズリー家では泣き寝入りすることしかできない。
かといって、ダンブルドアを責めることもパーシーにはできないだろう。魔法省という権力がマルフォイ家に忖度する以上、光陣営の拠り所はダンブルドアだけなのだから。
「御自分を責めないでください、パーシーさん。今の話は、ダンブルドアにはしていますか?」
「……まだ話せてはいない」
「なら、すぐにでもダンブルドアに話すべきです!……ダンブルドアがやったかもしれないことは最低ですが、そこら辺も含めて話をしないと本当に泣き寝入りですよ!」
「…………」
ガーフィール·ガフガリオンは、パーシーとバナナージのやり取りを黙って見ていた。恐らくは最初から、パーシーはバナナージに相談して身の振り方を決めるつもりだったのだろう。ガフガリオンは、聞かなくてもいい話を聞いてしまったのである。
「バナナージの言う通りか……マルフォイ家の専横とダンブルドアの横暴、それが僕の妄想でなかったのならどちらも許せはしないが」
「……僕は、ダンブルドアに縋るより選択肢がない。少なくとも今は」
パーシーの瞳に、強い決意の炎が宿ったのをガフガリオンは見た。今はということはつまり、権力を手にすればダンブルドアとも縁を切りたいのだろう。
そんなパーシーを、ガフガリオンは愚かだと思った。
ダンブルドアに利用されたくないのならば権力を持つしかないが、権力を持つ人間もまた、逆らえない大きな流れに沿って生きている。パーシーのようにウィーズリー家で育ち、純血主義権力と縁がない人間が権力を得るには中道派閥にうまく取り入るか、自分たち家族を虐げた純血主義に尻尾を振るしかないだろう。
パーシー·ウィーズリーにそんな器用さがあるとは到底思えないというのが、ガーフィール·ガフガリオンの率直な感想だった。パーシーは最後に、バナナージとガフガリオンに向き直って言った。
「……バナナージはポッターやラブグッドのことを良く見てあげてくれ。僕は秘密の部屋の一件まで、ポッターと関わるからロンは危険なことに巻き込まれるんだと誤解していたが」
「……実際には、うちに関わるせいでポッターも、酷いことに関わっていたのかもしれない。……もしかしたらダンブルドアに、そういう風に誘導されていたのかもしれない。これ以上僕たちに関わり続ければ友人たちの命も危ないかもしれないが」
「ロンは、友達のことをとても大切に思っている。だからこの事は」
「誰にも話さん。俺の杖にかけてな」
「ビスト家の名誉にかけて、話さないことを約束します。パーシー先輩」
必要の部屋を出たパーシーを見送りながら、ガフガリオンはただ黙っていた。パーシーが出ていったのを確認すると、ガフガリオンは無言呪文で机を粉々に吹き飛ばした。
「うおっと!?」
「あんの野郎、つまらねえ話を聞かせやがって!!」
「お、落ち着いてください、ガーフィール先輩!」
「こんな話聞かされて俺にどうしろってンだ!ポッターを止められるわけねぇだろうがっ!人の話を聞かねえんだぞあいつはよっ!大体ダンブルドアが黒幕って何だ!知りたくなかったよそんな話はっ!」
「真実薬のせいだと思いますっ!」
「うるせえっ!」
「はい、うるさかったです。生意気言いました!」
「そもそも俺が面倒を見たいのはスリザリンらしいスリザリン生だぞ!そういう奴らが割りを食わねえようにするのが俺の仕事なんだっ!何であいつはスリザリン生のくせしてらしくしやがらねえっ!ふざけンじゃねぇっ!」
バナナージがエクスペリアームスでガフガリオンを止めるまで、ガフガリオンは必要の部屋の物品を壊しまくった。癇癪を爆発させたガフガリオンは、バナナージのお世辞によってなんとか感情を落ち着かせた。
「ポッターは、マクギリスのことはあんまり好きじゃなさそうでしたけど貴方のことは尊敬してましたよ。真っ当なかっこいい先輩だって」
その言葉が真実かどうか確認する機会は先延ばしになった。ガフガリオンはその後数日間は、他所の寮生からの鬱憤ばらしにあったスリザリン生へのフォローに追われた。鬱憤ばらしにあったのは純血主義を掲げていた生徒ではなく、スリザリンの中でも弱い立場の生徒だった。愚かな他寮の生徒は純血主義に対する恐怖からかスリザリンの生徒をひとくくりにし、反撃しない相手を見極めて攻撃してきたのである。
それらの対応が終わって数日たった後、ガーフィール·ガフガリオンは、ハリーたち四人組がカメラを持ったコリン·クリーピーに追い回されているのを発見した。コリン·クリーピーは石にされた恐怖を克服し、前と変わらずスリザリン生徒にも、ハリーにも態度を変えず接した。
我ながらパーシーいじめが酷すぎる