もっと言うと困ったら女の子を泣かせてるのもダメすぎる…
ハリーはビーチで日に焼けながらナンパに興じるファルカスや、砂に身を埋めるアズラエルとハーマイオニーを尻目に、どこかに行こうとするルナのお守りをして過ごした。ルナはビーチ場をうろつき回ったかと思えば、見知らぬマグルのカップルの間に挟まって砂に埋もれたりとやりたい放題で、変な大人に引っ掛からないように気を付けなければならなかった。ゼノフィリウスは自由人だが娘を愛してはいるらしく、ルナが自分の視界から消えると通知を受けるブザーをつけていたせいで、常にバイクのエンジンのような音を発して周囲のマグルから不審がられていた。
砂に埋もれたアズラエルとハーマイオニーが二人で何事かを相談する一方、ファルカスはビーチで出会ったマグルの女子と仲良くなっていた。出会ったときには痩せていたファルカスも、ホグワーツでの生活ですくすくと成長し少しずつ体格がよくなっていた。ハリーはファルカスと遊びたかったが、何やら運命的なロマンスを感じているらしきファルカスとマグルの女子との邪魔をするわけにもいかず、一休みして寝転がった。
ハリーが一休みしていた隙を見て、ルナがみるみるうちに沖まで遠泳に行ったとき、シリウスとマリーダが沖までクロールをしてルナを迎えにいった。この大人二人は運動神経もよく、マグルのチームとビーチバレーに興じて周囲を沸かせていた。
昼食のあと、ハリーたちはアズラエルの父が所有するクルーザーに乗ってぐるりとビーチを見渡した。ハリーが船の上でカモメを眺めていると、ファルカスに突っつかれた。ファルカスの隣には、海で仲良くなった女の子が立っていた。
「楽しそうじゃないね、ハリー」
「十分楽しんでるよ。こんなに遊べたのは久しぶりだったし、皆とはじめて海に来れたんだし。ファルカスは凄くエンジョイ出来てるね」
「まぁね」
ハリーは少しだけ嘘をついた。シリウスと来れたのは良かったが、ザビニが来ないことはハリーの気持ちを萎ませた。アズラエルはいいところで必ず手を抜くし、ファルカスはフィーナという黒髪の、垢抜けない女の子に夢中だ。ハーマイオニーとルナはそもそもスポーツで競争しようという意志がなかった。この場にザビニが居ればと思わなかったと言えば嘘になる。ザビニなら、ハリーと競おうとしてくれたはずだった。
「ファルくんのお友達?あなたはどこに住んでるの?ファルくんと同じところ?」
「プリベット通り……じゃなくて、今は親戚のマンションに厄介になってるんだ」
ハリーがシリウスの住まいの住所を告げると、少女は目を丸くした。
「本当に住んでるところもバラバラなんだー。寄宿舎っていいなあ。私は町の学校だから皆顔見知りで嫌になっちゃう」
「寮生活だと色んな地域から人が来るからね……でも、長い間過ごしてると皆顔見知りだから嫌になるよ。息がつまる」
「ええー。それはやだなー。公立学校で良かったー」
ハリーが知らない間に、ファルカスは随分と大人の階段を上っていた。ハリーとおなじようにマグルに対して差別的だったはずの少年は、いつの間にか差別感情をかなぐり捨てていた。
(ファルカス……そうか、君もそうなんだ。もう、マグルだなんだなんて考えてないんだ)
ここにはスリザリンの寮生たちの目もなく、あれこれと難癖や嫌みを言ってくる上級生もいない。周囲の同調圧力から解き放たれてはじめて、スリザリンの子供たちは素直になれるのだ。
ハリーはアズラエルがクルーザーの自慢話をするのを聞きながら、船の上から海を見渡した。雲ひとつなく晴れ渡る空と、注がれる太陽の光。この港町の景色を友達と見たかったとハリーは思った。
***
ハリーは思い立って、コテージの電話を借りてザビニの様子を確認しようとした。ザビニは普段より声に力がなく、会話していてもどこか投げやりになっているような気がした。ハリーはザビニを心配して励まそうと思ったがうまく行かず、逆にザビニを怒らせてしまった。
「……どうでした?」
「うん、今は話したくないって」
ハリーはアズラエルが腕を組んで問いかけるのを尻目に、くしゃくしゃと自分の頭をかいた。
「もう少し気の効いた励ましをしてあげられれば良かったんだけど……」
「僕たちに、今のザビニにかけられる言葉なんてありませんよ。僕はザビニとはハリーより長く付き合いもありますからわかりますけど、ザビニはそういう同情を喜びません。あいつは強がるタイプです」
アズラエルは、そう言ってハリーに警告した。
「ザビニはプライドが高いやつです。ハリーに心配されたり、憐れまれる方が、かえって彼の自尊心を傷つけることになるかもしれませんよ」
「別に憐れんだりはしてないよ」
ハリーは反発したが、アズラエルも引かなかった。
「でも、怒らせたんでしょう?」
「……それはそうだけと」
「だったら、ザビニのことは暫く放っておくべきですね。夏休みが過ぎたあと、ホグワーツでいつも通りにしていれば、それでいいんですよ。僕らとザビニは一蓮託生なんですから。何か不思議なことが起きたとき、一番に頼るのがザビニであれば、あいつはそちらの方が嬉しい筈です」
ハリーはアズラエルが、人間観察においては優れていることを知っていた。少なくとも、去年ハーマイオニーに関してハリーが動いたことはことごとく裏目に出たし、アズラエルの推測は大体あたっていた。仕方なくハリーは苦笑した。
「なんか悔しいなぁ、そういうことで間違えるのは。勉強の難問を間違えるよりよっぽどね」
「それは国語の勉強が足りないだけですね」
「手厳しいね」
ハリーはアズラエルに向き直った。行動的なハリーに振り回されないように、アズラエルは日陰からいつも動く。ハリーたちが間違わないように。間違ったあとの損失を最小限に抑えるように、アズラエルはいつも適切な助言をくれていた。
「……ま、僕だっていつもいつでも正解できる訳じゃありません。人の頭の中身なんて、本当の意味で理解できるわけありませんし」
アズラエルはいつになく真面目な顔でそういった。
「特に君の行動に関しては、読み違えてばかりですよ」
(アズラエルには頭が上がらないな)
とハリーは思った。ホグワーツで、人の目を気にせずに無茶苦茶なことをしていた自覚はあった。人の目を気にしないようにして小さな無茶を積み重ねた分だけ、ハリーは人の気持ちに少し鈍感になっていた。
***
その日の夜、コテージに戻ったハリーはシリウスとマリーダがそれぞれの部屋に荷物を置くのを手伝おうとして止められ、手持無沙汰に二人が動き回るのを見守った。ハリーたちはそれぞれが個室をとっていたが、ハリーはシリウスと一緒にマリーダの借りた部屋に招かれていた。マリーダの借りた部屋は広い上に位置もよく、窓の外を眺めればビーチを一望することができた。シリウスはマリーダの部屋で紅茶を淹れながら、ハリーが気になっていることを察してザビニについて話し始めた。
「ザビニという子は、口が悪くて顔がいい子供だったな」
「うん。去年の集まりのときには箒にも乗ってたんだけど、覚えてない?」
「箒の方はたいした才能は感じなかったがな……」
シリウスは、ハリーの友人たちの中で今日遊びに来ていない少年のことを思い返していた。シリウスの印象の中のザビニ少年は、相手の容姿次第で露骨に自分の態度を変える子供だったと記憶している。ハリーの友人であるという色眼鏡を捨てれば、多少性格が悪いクソガキと言うべきだろうか。
(まぁ、その程度の性格の悪さで済んでいたのであれば、本人の善性が強かったのだと考えることも出来るが……)
ザビニの母親が、一般的な親とはかけ離れた経歴を持っていることは新聞を読めばわかった。子供を持つ親の十人に聞けば、九人は子供の教育に良くないと答える人物だと断言できる。教育に良いと答える残りの一人は、ザビニの母親と同類か、それ以下の危険人物に他ならない。
「本当に年相応に子供らしい子だった。パーティーでも何度か見かけたことはあるが、同年代の女の子たちに囲まれていたな」
「複数人の女の子から?そいつは将来有望だな」
シリウスが面白がって意地悪く言うと、マリーダは紅茶を手に取って結論を言った。
「少し性格がわるい方が、女心はくすぐられる。少しならな。貴方のように自分より友達を優先するようなひどい男子だと、女心は傷つくけれど」
(う、ううん……大人だ……)
シリウスとマリーダが何の話をしているのか、ハリーは聞きたい衝動に駆られたが耐えた。まだそのことに踏み込むには早いような気がしていた。
「参った参った。マリーダには敵わない。ハリー、ザビニくんの調子はどうだったんだ?」
シリウスは言葉とは裏腹に全くこたえた様子がなかった。明らかに叱られなれていることに呆れと尊敬が入り交じった思いを抱きながら、ハリーはシリウスに言った。
「うん。ザビニはだいぶ無理をしてたよ。今、ザビニは……その、お父さんのお屋敷に居るんだ」
ハリーがシリウスにそう言うと、シリウスは驚くような提案をした。
「ハリーが会いたいと言うならば、今すぐにでもフルーパウダーで会いに行かないか?」
「えっ……フルーパウダーで?ザビニの家に?それって大丈夫なの?」
「フルーパウダーを真夏に使ってマグルのお宅に断りもなく魔法で侵入するのは、魔法がらみで不幸があったマグルの家にとってはこれ以上ない侮辱だ。もしそんなことをすれば、ザビニ少年の立場をこれ以上なく悪くするだろう」
マリーダは素早くそう言ってシリウスを牽制した後で、やんわりと代替案を出した。
「待った。シリウスの友人に、児童福祉担当の職員がいたでしょう。その方に連絡を取ってもらうのは?」
ハリーはマリーダの提案を案外悪くないのではないかと思った。ユルゲン氏ならば、ザビニと親族との間を取り持ってくれるかもしれない。彼はよほどのことがなければ魔法を使ってマグルを脅したりはしないだろうし、ザビニのために動いてくれる筈だ。
「ユルゲンも今は休暇中でな……二週間はドイツから帰らない」
マリーダは少し考えたあと、ハリーに尋ねた。
「ザビニくんは何と言っていた?」
「えっと、海を楽しめと言ってくれました、マリーダさん。ただ僕は…そのことにちょっとだけ罪悪感が」
ハリーは、ザビニから言われた言葉を反芻していた。『皆が皆、ハリーの両親のように立派なわけではない』。自分の両親のことを立派だと言ってくれる友達が大変なことになっているのに、自分だけ楽しんでしまっていることにハリーは悩んでいた。
「君は、全力で今を楽しめばいい。ザビニくんのことは、ザビニくん自身が君と会ってもよいと思える状態に精神を回復させてから考えるべきだと私も思う」
「……ザビニくんの母親に関しては、よくない噂は前からあった。社交界でも、彼女の派手な経歴は話題の種だった。ザビニくんも自分の母親のことを分かっていた上でハリーと友人になって、今は一人になりたいと言っている。本人もこういう日が来ることを覚悟していたのではないだろうか」
マリーダはシリウスと、そしてハリーに言った。シリウスは顔をしかめながら言った。
「友人が困っているときになにもしないというのか?ハリー、君はそれでいいのか?」
「………………それをザビニが望まないなら」
ハリーの言葉に、シリウスはいい顔をしなかった。明らかに不服そうではあったが、シリウスはハリーを認めた。
「そうか……なら、仕方ないが」
「誰にとっても触れられたくない話題はあるということだ。たとえ友人であったとしても。……いや、友人だからこそ。本人が踏み込んでほしくないと言っているのに土足で足を踏み入れるのは間違っていると私は思う」
マリーダの言葉は正論だった。ハリーはアズラエルから忠告を受けていたことや、当のザビニ本人から、踏み込んでくるなという言葉を聞いていたこともあって、これでいいのだと思った。その時、マリーダの部屋の扉がノックされた。
「すみません、ハリーは居ますか?ハリーの部屋に居なかったんですが……」
「ここだよ。……扉を開けてもいいですか?」
アズラエルの声だった。ハリーは、マリーダとシリウスに断りを入れて扉を開けた。
「ハーマイオニーたちも交えてTRPGでもしませんか?まだ時間はありますし、退屈しのぎにはなるでしょう?」
「へぇ、いいね。皆で?」
「ファルカスの部屋で集合です。もうルナは先に行ってますよ。あ、ちなみに今回のゲームはマグルの女の子も居ますから魔法はナシのマグル式です」
「それはいいね。……シリウス、遊びに行ってもいいかな?」
「十時になったら呼びに行くぞ。夜更かしは厳禁だ」
アズラエルは予め遊ぶつもりだったのか、分厚いルールブックを持参していた。魔法界のものではなく、マグルでも遊べる古典的なものだ。ハリーとアズラエルはハーマイオニーの部屋に誘いをかけに行ったが、彼女は一階のロビーにいるとハーマイオニーの御両親から教えられた。
「あの子ったら、お友達に電話をするんだって聞かなくて。ごめんなさいね」
「全然大丈夫です。夜分にお邪魔しました」
「あの子と遊んでくれてありがとう。ハーマイオニーもきっと喜ぶよ」
「いえいえ。ハーマイオニーならいい具合に話を動かしてくれると思います」
ハリーたちはハーマイオニーの御両親にお礼を言ってから一階に降りた。
「ロンに電話をかけてるのかな?」
「あの二人は本当に仲良しですからねぇ。長話になってなければいいですけど」
そんなやり取りをしながら一階に降りてみると、ハリーたちはハーマイオニーが興奮したような口調で電話越しに捲し立てている姿を目にした。
「そんなことおかしいわ!だって、ハリーも私たちもカーストなんて気にしないもの!それは貴方だって分かってるでしょう?私達は友達なんだから!」
ハーマイオニーと誰かとのやり取りはその後も三分ほど続いた。ハリーとアズラエルは、ハーマイオニーの口からマシンガンのように矢継ぎ早に説得と思わしき言葉が流れていくのを聞きながら、電話が終わるのを待った。
三分が過ぎ、ハーマイオニーの意見に通話相手が折れたのか、それとも何かしら話題の切り替えがあったのか、ハーマイオニーが聞き手の側に回り始めた。ハーマイオニーの後ろにマグルの老人が並んだこともあり、ハーマイオニーは明日もまた電話すると言って電話を切った時には、彼女の声色は穏やかになっていた。
「お疲れ様。ロンとの話はどうだった?」
「ひゃっ!?」
ハリーは後ろからハーマイオニーにそっと声をかけたが、ハーマイオニーを驚かせてしまったようだった。そんなハーマイオニーを見て、アズラエルは吹き出した。
「ハリーったらダメですよ、レディに後ろから声をかけるなんて礼儀知らずな」
「アズラエルも。どうしたの?二人も電話を?」
「いや、皆でTRPGとかどうかなってアズラエルが言ってきてね。ハーマイオニーもどうかな?」
「私、ボードゲームはやったことないわ」
「簡単ですよ、鉛筆を転がすだけですから」
そう言ってアズラエルから差し出されたルールブックを見ると、ハーマイオニーは俄然興味を惹かれたようだった。
「皆でファルカスの部屋に集まることになってるんですよ。フィーナさんも、ルナさんもいます」
アズラエルがそう言うと、ハーマイオニーの目の色が変わり決然とした表情になった。
「私も行くわ。ルナ次第では、この夏の思い出をフィーナさんから奪わなくてはならなくなるもの」
ハーマイオニーは、ルナの言動でフィーナに魔法界のことが発覚することを恐れていた。ハリーとアズラエルは少し顔色を変えたものの、考えすぎだと笑い飛ばした。
「さ、流石にルナも僕たちの事情は分かってるよ。フィーナさんも、ちょっと変わった子だとしか分からない筈だし」
いっそ悲壮な決意すら携えてファルカスの部屋に向かおうとするハーマイオニーをなだめ、ハリーたちは三人でロビーから上階に上がろうとする。その時、ハリーは入口付近にいた男子がハリーを指差すのを見た。その男子は黒髪で、ハリーよりも少し背が高い。ハリーは背筋が凍るような気がした。
「……どなた?」
ハーマイオニーが不安そうにハリーに尋ねた。
「知り合いですか、ハリー?」
「人違いだよ。早く行こう、二人とも」
ハリーは一刻も早くその場を離れたかったが、物事はハリーの都合良く進んではくれなかった。ハリーたちがその場を去るよりも先に、その少年は、困惑と、そして獲物を見つけた喜びが入り交じった表情で後ろにいた太った少年に声をかけていた。甲高く、耳障りな声はハリーだけではなくその場のほとんどの人の耳に届いた。
「おい見ろよビッグD!!お前の家のサンドバッグが居るぜ!何で言ってくれなかったんだよ?」
ハリーの従兄弟であるダドリー·ダーズリーの親友、ピアーズ·ポルキスが、ハリーの従兄弟であるダドリー·ダーズリーと共にハリーを見つけた。ハリーは思わぬところで、最も会いたくない人間との再会を果たしてしまったのである。
ハリーェ……
他人の触れられたくない部分に踏み込むやつは自分もその痛みを受けることが……あるんだよなぁ。