ハリーは、自分の境遇をスリザリンの子供たち以外には明かしていない。スリザリンの生徒たちがハリーの境遇をおぼろげに理解しているのも、入学当初のハロウィン騒動の時にドラコを介して伝わったから、というだけに過ぎない。ハリーが居候先のマグルから虐待を受けていたことを知っているのは、ハリーから直接そのことを聞いたアズラエル、ファルカス、そしてこの場にはいないザビニだけだった。
実際、ハリーの認識は正しかった。良くも悪くも、一般的なスリザリンの子供たちは閉鎖的だ。外敵に対しては限りなく残酷になれる反面、同じ寮生に対しては義理堅い一面もある。ドラコやパンジーですら、ハリーの境遇についてこれまでよその寮生に明かしたことはなかった。
そのため、ハーマイオニーやロンにとってのハリーは『魔法界の英雄でありながら』、『(スリザリンに対しては失礼だが)なぜかスリザリンに入り』、『純血主義ではないもののマグル嫌い』という、お前は一体なにがしたいんだと言いたくなる、良く分からないふわふわした少年だった。
ロンやハーマイオニーに対してハリーが自分の境遇を明かさなかった理由は二つある。一つは、自分がマグルに虐待されていた、という境遇を知ってほしくなかったこと。ハリーにとって、ホグワーツでの生活は救いであり、そこで得た友人は宝物だった。自分のつまらない境遇を教えて、二人に心配させたくはなかったのだ。マグルの世界を楽しめないハリーと違って、ハリーの友達はそうではないことをハリーは二年目のホグワーツで嫌というほど理解した。だからこそ、ハリーはこのまま秘密を守るべきだと頭の中で考えて実行し続けていた。
もう一つの理由。ハリーが理屈ではなく、心の奥底でしまいこんで、気付かないようにしている本音は、恐怖心だった。
もしもハリーがいじめられっ子であったことを知ってしまえば、ロンやハーマイオニーやルナは去ってしまうかもしれない。魔法界の英雄ではなくて、単なるいじめられっ子でしかないことを知ってしまえば、ハリーと友達でいたいとは思わないだろう、とハリーは思った。ハリーは、友達がハリーに幻滅して去っていくことを恐れていたのだ。環境を変えてヒーローを演じることで、過去から逃げ続けたのである。
ハリーは自分の過去を黙秘し続けることにした。しかし、どれだけ目をそらしたところで、現実はハリーの目の前に迫ってきて、積み上げたものを容赦なくぶち壊すのだ。
「……サンドバッグ……?それが人に対して言う言葉ですか?」
ハリーの後ろにいたアズラエルが、明らかに軽蔑した視線をピアーズに向ける。しかしハリーは、アズラエルの言葉がハリーを責めているように思えてならなかった。
マグル相手に殴られ、蹴られてなにも出来なかった自分が。
それを隠してヒーローを演じていたことを。
(何……これは一体どういうことなの?)
絶句するハーマイオニーをよそに、金色の豚のような体型で、ビッグDと呼ばれた少年の後ろにいた小柄な少年がビッグDに聞く。
「あれ、でも。ハリーは少年院に行ったんだろ?何でここにいるのビッグD?」
「え、いや、それはだな、デニス……」
その場には異様な雰囲気が漂っていた。気まずそうにハリーから視線を外す豚のような少年に対して、最初にハリーに気がついた黒髪の出っ歯な少年が苛立つ。
「どうしたんだよビッグD。ハリーはサンドバッグだろ?久しぶりに会えたんだぜ?だったら大人しくしてろよななぁハリー!」
「少年院……」
絶句するハーマイオニー
「僕の知り合いに君たちみたいな礼儀知らずなやつらはいない」
絶句するハーマイオニーをよそに、ハリーは平静を装って肩を組もうとしてきたピアーズの手をはねのけた。そのまま足をひっかけてピアーズを転倒させることも忘れない。
「ふげっ」
ハリーのことを舐めきっていたピアーズは前のめりになって倒れこんだ。
ハリーはホグワーツに入るまでは、ダドリーと取り巻きのことを怖いと思っていた。集団でハリーを囲み、あるいは追い回して執拗に殴られた恨みを忘れたことはなかった。
しかし、ホグワーツに入ってからは、さほど怖いとは思えなくなった。実際に命を狙ってくるような連中を見てしまえば、ダドリーの恐怖などかわいいものだ。ホグワーツでしっかりと食べて、クィディッチの練習や決闘クラブのトレーニングで体力をつけたことも、ハリーの自信を裏付けていた。
しかし、今になると、かつてとは違う別種の嫌らしさがダドリーたちにはあった。どれだけ邪魔であっても、ダドリーがハリーの従兄弟であるという事実は消えない。ダドリーたちが相変わらず気にくわない人間を殴り付ける人間の屑であることに変わりはない。ハリーの過去を知られてしまった上に、それが従兄弟であると知られることにもハリーは耐えられない。そういう気持ちが溢れてしまったのか、ハリーは閉心術を使ってその場をやり過ごそうという理性を超えて、ピアーズに反撃をしてしまったのである。
「お前、良くもピアーズを!ハリーの癖に生意気だぞ!」
友人が転ばされたことに、ついにダドリーが怒った。集団のなかでリーダーになるだけはある。友達が傷つけられて怒らないようなリーダーには誰もついていかないのだ。たとえ、その友達に原因があったとしても。
ダドリーはパンチをハリーに繰り出した。ハリーは簡単にそれをかわすことが出来、微笑みを浮かべることすらできた。単に自棄になっていたとも言える。
(正当防衛なら、魔法が使えるかもな)
ハリーの頭のなかで、ふとそんな悪魔的な考えがよぎる。ハリーはその悪魔の囁きに身を任せた。
「勝手に転んでおいて良く言うよ」
ハリーは笑ったが、ハーマイオニーは笑わなかった。彼女は金切り声をあげてダドリーとハリーの喧嘩を制止した。
「やめてっ!!それ以上何かしたら人を呼ぶわっ!」
ハーマイオニーの叫び声を聞いて、ボーイが駆けつけてくる。ダドリーは、出しかけた手を引っ込めた。後ろからはバーノンとペチュニアの姿も見える。
ハリーがさっさとその場から立ち去ろうとするとき、アズラエルはピアーズに軽蔑の視線を投げつけながらも、手をさしのべてピアーズを助け起こした。
「あの子は君の知り合いと良く似た人違いだった、と言うことにしませんか?その方が君のメンツも立つでしょう」
そのアズラエルの言葉に納得したわけではなかっただろうが、ピアーズはアズラエルが明らかに裕福な家の子供であることを感じ取った。身なりが綺麗で礼儀正しいことは、時として人に威圧感を与える。ピアーズはこくりと頷くと、アズラエルの手を借りてしっかりと立った。
***
「……ハリー。今の人たちは……」
ハリーはファルカスの部屋を目指して廊下を突き進んだが、ハーマイオニーがおずおずとかけてきた言葉に聞こえないふりは出来なかった。
「金色の豚がダドリー。僕の従兄。黒髪のやつがピアーズで、他が……いや、あいつらの名前は覚えなくていいな。とにかく、マグルの親戚とその取り巻き連中だよ」
ハリーはなるべく事務的に言った。ハーマイオニーの顔を見るのが怖かった。勇気を出してハーマイオニーの顔を見たとき、彼女の視線がハリーを責めるのではなく、可哀想なものを見る目であったことに気がついて、ハリーは愕然とした。
(…………!!)
年頃の少年にとって、同年代の少女から哀れまれることもはっきり言えば辛いのだ。いっそ裏切ったとか、騙したとハリーを避難してくれた方が良かったかもしれないとハリーは思った。もっとも、そうなったらそれはそれでハリーは傷ついていただろうが。
「ハーマイオニー。アズラエル。今まで黙っててごめんね。あいつらがここにいるとは思わなくてさ」
「ハリーのせいじゃありませんよ。……脅しはかけましたし、向こうからちょっかいをかけてくることはないでしょう。嫌なことは記憶から消し去るに限ります」
「ロックハートみたいに?」
ハリーが意地悪く言うと、アズラエルは不快そうに言った。
「不謹慎ですよハリー。本当にそうなったらどうするんですか」
アズラエルは、ハリーの過去について詮索せず現状維持を選んだ。ハリーの気持ちを汲んでくれたことがハリーにとっては何よりありがたかった。
「さっきのことは気にせず、パーっとゲームで憂さ晴らししましょうよ。ね、ハーマイオニー?」
アズラエルは、まるで大したことではないと言うように努めて明るくハーマイオニーに言った。閉心術を使っていたが、不自然きわまりないものだった。
「……分かったわ。けれど、シリウスさんには今日のことを言っておくべきよ。あの人たち、何をしてくるか分からないわ」
「そうするよ。ハーマイオニー、明日はルナから目を離さないでなるべく単独行動は避けて。連中もさすがに女子は殴らないけど、嫌がらせの範囲でちょっかいをかけてくる可能性はあるから」
「シリウスさんの側にいれば下手なことはしないでしょ。あの金色の豚は、シリウスさんのことを知ってるんですよね」
「ああ。でも、シリウスだっていつでも僕らの側にいれる訳じゃないから」
ハリーは断言した。ダドリーたちは自分より弱い人間をいたぶるのが趣味なのだ。取り返しがつかなくなるような悪事はしなくても、ハリーと一緒にいたくなくなるような嫌がらせをする危険は十分にあった。
ハリーはハーマイオニーがどうすれば前のように、フラットにハリーに接してくれるのかを悩みながら、ノックしてファルカスの部屋に入った。女子二人を部屋に招き入れていた哀れなファルカスは、ルナの枕投げを受けていたところだった。
「やぁ皆、遅かったね?」
「ハーマイオニーの電話が長かったんですよ。いやぁ、惚気話を待つのは大変でした」
「ちょっとアズラエル?惚気話ってなんのこと?」
「まぁまぁ落ち着いてハーマイオニー早く入って、。皆で遊ぼうよ」
アズラエルの持ち込んだTRPGは初心者のハリーでも分かりやすくプレーできるように考えられた最新のものだった。設定した役割を忠実にロールするファルカスは、プレーの途中で発狂したり運が悪くて退場することもあったが、ハリーは時に力業で、時に豪運でピンチを切り抜けて生還した。
ゲームは白熱し、盛り上がった。意外なことに、この手のゲームは男子よりも女子たちの受けがよく、理詰めでルールブックの穴をつき、堅実にゲームを進めるハーマイオニーだったが、初心者でコツがよく分かっていないフィーナや、狂気的な行動を繰り返すルナに振り回されて二回ほど育てたキャラクターをロストしていた。ゲームマスターがアズラエルからハーマイオニーに交代した後は、アズラエルは意外なほど熱血漢を演じてゲームを盛り上げたが、大事なところで狂気に陥ってすべてのプレイヤーを全滅に導きかけた。
「ようし、もう一回やろう!」
「ね、次は私が勝つからね、ハーマイオニー!」
ハリーたちは熱中して次の戦いを繰り広げようとしたとき、扉をノックしたシリウスはそれを許さなかった。シリウスはフィーナやルナのブーイングにもめげず、ゲームを強制終了させてハリーたちを眠らせた。
ハリーはシリウスに連れられて部屋に戻ったとき、ザビニを差し置いて楽しんでいる罪悪感はあったが、ダドリーのことを忘れていた。ハリーがダドリーのことを思い出したのは、次の日の朝に朝食の場でダドリーたちの姿を見かけた時だった。ダドリーはよせばいいのに、食べきれないほどの料理を見境なしに取っていた。
ハリーはダドリーを見て、次にファルカスと仲良く朝食を取っていたフィーナを見た。フィーナの両親やファルカスの母親は、二人のことを微笑ましそうに見ていた。
(……マグルが、僕たち魔法使いに比べて劣ってるとか。糞なんじゃない)
ハリーは内心で、嫌でもそのことを言い聞かせなければならなかった。
(ダドリーたちや叔父さんたちが屑だったんだ)
そう思う度に、ハリーの気持ちは惨めになった。かつてのハリーはそのことに気付かないふりをして、ダーズリー夫妻を尊敬しようとしたし、誉めてもらおうと必死で勉強したことを思い出したからだった。そう思う度に、ハリーの中で夫妻やダドリーたちへの憎しみが膨れ上がった。
***
ダドリーたちはシリウスを恐れたのか、アズラエルと敵対することを恐れたのか、それともハリーに魔法をかけられることをダドリーが恐れたのか、ハリーたちにちょっかいをかけてくることはなかった。ハリーたちは強烈な日差しの中を動き回り、ビーチバレーや水泳に興じた。
その日の昼に泳ぎ遊んだハリーたちがコテージに戻ったとき、テレビからはアナウンサーの注意喚起を促すメッセージと共に、一人の男の顔写真が大きく写し出されていた。テロップには、連続殺人犯、アントニン・ドロホフ、脱獄という文字があった。
そのニュースを見た後、シリウスも含めた大人たちの空気は一変した。元々二日間の予定で、午後もビーチで遊び回る予定だったハリーたちだったが、シリウスとマリーダはハリーたちをあまり遊ばせようとせず、早々に切り上げさせた。子供たちと保護者たちは緊張した面持ちで来年も集まれることを願いあって解散した。一日経過したことでハーマイオニーにどんな心境の変化があったのかは分からないが、ハーマイオニーはハリーとも握手を交わし、教科書を購入するときにまた会うことを約束した。
ハーマイオニー =マンチキン
ファルカス =リアルロールプレイヤー
アズラエル =リアルマン
ハリー =リアルマン寄りロールプレイヤー
フィーナ =初心者
ルナ =ルーニー