蛇寮の獅子   作:捨独楽

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原作三巻冒頭に出てくるフローリアン·フォーテスキューさんは良く考えたらただ者じゃないですね。テロリストから狙われてる可能性のある子供を受け入れるとか。
ファッジの要請でハリーを保護しているし、実は魔法省の関係者だったりしないだろうか。
この二次創作で登場の機会はありませんが彼の話を書ける作者さんとかいないかなあ。


悪魔

 

 ビーチから帰宅した次の日、ハリーはアントニン・ドロホフという犯罪者の名前を、日刊予言者新聞の一面で見ることになった。日刊予言者新聞はザビニの母親に関する事件を忘れ去ってしまったようで、アントニン・ドロホフという男がいかに残忍な闇の魔法使いであったかについて書き連ねていた。

 

デスイーター(死を食らうもの)。アントニン・ドロホフか……」

 

 ハリーは他人事のようにその名前を反芻する。ドロホフは、闇の帝王の部下として大勢の罪のない人々、つまりはマグルや闇の帝王に立ち向かうレジスタンスや、デスイーターを取り締まる闇祓いを殺害した。ドロホフの被害者のなかにハリーの両親は居なかったが、それはたまたまに過ぎない。一歩間違えば、ハリーの両親だってそのなかにいたかもしれないのだ。たまたまハリーの両親が強かったから、ドロホフではなくヴォルデモートに殺されることになったというだけで。

 

(いや、考えるな。僕には関係ないことだ)

 

 ハリーはデスイーターたちについて、深くは考えないようにしていた。スリザリンにいるハリーの友人たちは、かつてはデスイーターだったという親を持つ子供もいる。それについて深く考えてしまうと、ハリーはいたたまれなくなる。スリザリンの友人たちを悪い目で見たくはないし、ハーマイオニーのように憐れむなんてもっての他だ。

 

 ハリーを心配して、ファルカスは頻繁にハリーに手紙を送るようになった。彼は元闇祓いの家系らしく、ドロホフという男がデスイーターの中でも幹部であり、ドロホフがハリーや元不死鳥の騎士団の団員、あるいは闇祓いや寝返った元デスイーターを襲うのではないかと予想していた。手紙には、ハリーはなるべく出歩かないようにした方がいいという忠告が綴られていた。

 

(まるでハーマイオニーみたいだな)

 

 ハリーがそう思いながら手紙を読み進めた。ファルカスは最後にとんでもないことを書き残していた。

 

『最近、爺ちゃんが隠していた秘密の書庫を見つけたんだ。いろんな魔法に関する専門書のなかに闇の魔術に関する本もあったよ。僕は将来闇祓いになるつもりだし、もしもの時のために勉強しておくね。ハリーもよかったら聞きにおいでよ』

 

 ファルカスはそんな言葉を添えてハリーを困らせた。

 

(自衛のために闇の魔術を覚えるのはいいと思うけど……ぼくが止める権利も資格もないし)

 

 他ならぬハリー自身が自衛のために闇の魔術を使ったこともあり、ファルカスが自衛のために闇の魔術を知ろうとすることを止める権利は自分にはないとハリーは思った。ハリーより魔法界の暮らしが長く、ハリーよりも魔法界の法律に詳しいファルカスならば、本当に危険な闇の魔術を使いはしないだろう。ハリーはファルカスのことを、自分より地頭がいいだろうと信頼していた。

 

 

 ハリー自身は闇の魔術を使うことなく強くなると決めたこともあり、闇の魔術に関する知識をもらうことは断った上で、変身術やチャームに関する魔法については一緒に勉強することにした。ハリーはファルカスに、勉強で行き詰まったときには一緒に考えると返事を返した。

 

***

 

 ハリーは日曜日になり、マリーダやシリウスに手解きを受けていた。マグル避けの結界をかけたシリウスの家は、騒音や破壊音などは聞こえない。しかし、シリウスの家の内部ではシリウスとマリーダが激しい決闘を繰り広げていた。

 

 これは、シリウスが浮気をしたとかマリーダが乱心したからではない。ハリーから魔法を教えて欲しいと頼まれた二人は、決闘という形で実演することで魔法を見せることにしたのである。ハリーが決闘クラブに所属して決闘に慣れてきたということも、二人がこの実演形式の決闘ごっこをすることにした理由だった。ある程度呪文の知識があり、実際に使うにあたって難しいことが何なのかを感覚的に理解し始めたハリーならば、上級者の実演を見ても参考にすることができるだろう、というのがシリウスの弁である。

 

 決闘はまず、リビングから始まった。ハリーは二人がかけたプロテゴの守りごしに、成人済みの魔法使いの決闘を見守った。

 

 マリーダは、ハリーに見えるようにルーン文字が刻まれたリストバンドを着用していた。左腕につけたそれは、マリーダが臨戦態勢に入るや否や赤く輝いたようにハリーの目には見えた。ルーン文字を刻んだ魔法道具は使用者にさまざまな恩恵をもたらすが、その効果は道具の使用者と、ルーン文字を刻んだ術者の力量によって差が出る。マリーダはルーン文字を専攻したらしく、いざというときに使えるように身の回りのものにさりげなく文字を刻んでいるとのことだった。

 

 マリーダと相対するシリウスは自然体だ。全身から殺気を放出するマリーダに対して、シリウスは何の気負いもないようにみえる。シリウスは、ハリーに向けてウインクした。

 

 それは明確な隙だった。マリーダは高速で杖をふる。

 

(ロコモータ(移動魔法)だ!)

 

 ハリーが杖の動きで魔法を理解するのと同時に、マリーダは叫んだ。マリーダが叫び終わるより早く、床板が抜けて無数の木片となってシリウスに向かう。

 

「ロコモータ!!」

 

 マリーダがわざわざ詠唱するまでもなくロコモータはすでに発動している。無言呪文で発動している魔法を、ハリーが見ていてもわかるようにあえて詠唱しているだけである。

 

 

 無数の木片は、ハリーが驚くほど高速に、かつ複雑な動きをした。複数の木片の一つ一つが、異なる意思を持つかのように動いていた。ハリーの目で追いきれないものもあったが、ものの影やシリウスの背後、あるいは頭の上など巧妙にシリウスの死角に潜み、影からシリウスを狙う木片もあれば、正面からシリウスに突き刺さるように動く木片、マリーダを守るように盾になろうとする木片もあった。

 

 呪文学の真髄は、物体を操作することにある。マリーダは呪文学を勉強した上で、自分にもっとも扱いやすいように魔力をコントロールした。ロコモータという単なる移動魔法に、『自動で移動する』効果と、『任意で操作する』という効果の二つを持たせたのである。元は一つの木片を分解したからできる芸当であり、複数の物体にかけたのではこうはいかなかっただろう。

 

(どうやって動かして……?いやそもそも、杖をちょっと動かしただけであんなにも精密に動かせるのか?)

 

 ハリーが木片の挙動に惑わされている間、シリウスはひょいひょいと動き回り木片を回避し、あるいはレダクト(砕けろ)で木片を叩き壊していた。

 

 

「レダクト!ほいレダクト!どうしたどうした?狙いが甘いぞ、マリーダ!」

 

 シリウスの表情には余裕があり、それに対してマリーダの顔は険しい。死角から狙い撃ったはずの木片が、全く掠りもせずに迎撃されているのである。その反射神経と呪文の発動速度、そして何より、掌ほどの大きさしかない物体を狙い撃つシリウスの魔法の正確さに舌を巻いていた。

 

 シリウスは驚くほどすばやい反射神経を見せた。木片の動きを察知して、己に迫る攻撃をかわし、背後の木片も難なく撃破する。この超反応は、シリウス個人の才能によるところが大きい。シリウスは、ハリーにもマリーダにも伏せているが、ある特殊能力を持っている。それを発動している間、シリウスの嗅覚は人間とは比べ物にならないほど敏感になるし、身体能力も飛躍的に向上する。特殊能力を完璧に制御し、慣れ。そして己の一部として熟すことで、向上した身体能力を普段の状態でも擬似的に再現できるのが、シリウスや、それらの技能を持つ魔法使いの強みだった。背後からの攻撃を察知する術をシリウスは持っていたのだ。

 

 木片を失ったマリーダは、一転してシリウスに追い詰められていく。

 

「ペトリフィカストタルス(石化)」

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

 シリウスの杖から放たれた石化魔法を、マリーダはプロテゴの守りで跳ね返す。マリーダのプロテゴは、一般的な盾とは異なり、盾の間に隙間が空けられていた。

 

 盾の一つが石化け魔法を跳ね返して消滅しても、近くにある盾はそのまま存在している。マリーダが次の魔法を詠唱する間も、残りの盾はマリーダを守るために存在し続け、シリウスの魔法を跳ね返していた。

 

(ルーンの効果……なのかな?)

 

 

 ハリーは、どうやってプロテゴを維持しているのかわからなかった。一つ言えることは、大抵の魔法ならば防いでくれるプロテゴは、態勢を立て直す上で非常に有益な魔法だということだ。

 

 マリーダは額に汗を浮かべながらも、シリウスを打倒しようと靴を犬に変えて突撃させた。シリウスは不敵に笑うと、傘立ての傘に粘着魔法をかけて犬を生け捕りにしてしまった。

 

 ハリーにとって面白い攻防は、そのあとも数分続いた。変身呪文によって生物を作ると場が荒れて状況を撹乱しやすいということが、遠目から見ると良くわかる。シリウスはマリーダ相手に決定的な勝機があったが、プロテゴと変身呪文の盾に阻まれることが何度かあった。逆に、マリーダからのエクスペリアームスも、シリウスにはことごとく躱された。

 

 マリーダの杖さばきは早く、動きもハリーから見ても反応できないほどに良かった。しかし、シリウスの方が悪辣さにかけては上だった。

 

 シリウスの放った石化魔法を、マリーダはついにかわしきれずにプロテゴで防ぐ。マリーダは変身呪文で扉を巨大化させ石造りの防壁に変えていたが、扉はすでにシリウスの手で紙切れに変化させられていた。マリーダがさらに後退したとき、彼女は両手をあげて降参した。

 

「……参った。私の敗けだ、シリウス」

 

 

「え、何で?」

 

 ハリーは拍子抜けしてマリーダに問いかける。マリーダはふう、とため息をついてハリーに微笑んだ。

 

「逃げられなくなった」

 

 マリーダは自分の足下を指差してハリーに見せた。マリーダの靴は、シリウスのかけた粘着呪文によって床板に貼り付き一歩も動けなくなっていた。

 

 呪文の閃光が飛び交うなかでハリーも、そしてマリーダも見落としていたが、シリウスは足下を狙って魔法を撃っていたのだ。

 

「……私にかかっていたルーンの効果も切れた。あのままではどのみち私に勝ち目はなかっただろう」

 

 マリーダは元決闘クラブの部員らしく、潔く敗けを認める度量があった。ハリーには分からないが、マリーダはあそこから逆転する手段がなかったのだろうとハリーは思った。

 

「でも、本当にいい勝負でした。ロコモータがあれだけ複雑に動くとは思いませんでした。どうやったらあんな風に動かすことが出来るんですか?普通はあんなことできませんよね?」

 

 ハリーは心の底からマリーダとシリウスの力量を称賛した。ハリーはまず、マリーダに物体を操作する魔法について教わった。チャームでものを動かすとき、普通は動かした物体が砕ければ魔法は途切れてしまうはずだからだ。シリウスは家を魔法で直しながらハリーとマリーダを見守った。

 

(よしよし。順当にいい感じの魔法に興味を持ったな。頼むぞマリーダ)

 

 シリウスは、この夏休みの間、期間限定でダンブルドアに『忠誠の呪文』を使ってもらいシリウスの家を外敵から守り、ハリーを保護することにした。元デスイーターがハリーを狙っている可能性がわずかでもあるのなら、ハリーの保護には万全を期さなければならないのだ。ハリーの外出機会を減らす分だけ、ハリーの興味のある分野については答えてあげたかった。

 

「いや、あれはそう難しいことではないよ」

 

 マリーダによると、物体にかけたチャームを意識して動かすコツがあるのだという。

 

「呪文学で習うチャームは基本的には、『物体』を操るものだ。エクスペリアームス(武装解除)、ウィンガーディアムレヴィオーサ(浮遊)。デハルソ(吹き飛ばし)。これは、ある物体を認識してものに対して魔法をかけている。使用者が意識した、ある特定のものを動かす。だから壊れたら動かせないと思いがちだが」

 

「使用者の習熟次第で、その認識を変えることはできる」

 

「そうなんですか?」

 

「ちょっとした裏技だが、別に珍しい話じゃない。例えばこのコップ。持ち手がついているだろう」

 

 

 マリーダは台所にあった花柄のマグカップを手に取った。マリーダがシリウスの家に持ち込んでいたものだ。マリーダは浮遊呪文でコップを浮かせると、シリウスに頼んだ。

 

「シリウス。持ち手を取ってくれ」

 

「オーケーだ。ディフェンド(切断)」

 

 シリウスの魔法によって、マグカップの取っ手は切り離されてしまった。

 

「あー……勿体無い」

 

 ハリーが残念そうな声を出すものの、マグカップは取っ手共々空中にとどまり続けた。

 

「この状態でも、意識すれば問題なく魔法を発動させ続けることはできる。持ち手が壊れようがコップはコップだ。取っ手もすぐに直すことができるからな」

 

「そ、そんな雑な認識でいいんですか?」

 

「いいんだよ。魔法だからな」

 

 シリウスはニヒルに笑ったが、ハリーは少し納得できない部分があった。

 

(百歩譲って、本体部分はまだコップとして使えるんだろうけど。取っ手の部分はもう、『コップだった別の何か』のような気がする……)

 

 ハリーは呪文学の基礎はやり込んでいたが、応用になると途端に難しくなるなと思った。本人の認識次第で効果の持続性が変わるというのは、なかなか厄介な性質をしている。

 

「『ちょっと壊れただけ』で、『すぐに直せる』ような物体を動かすことは簡単だ。『どうあがいても元通りにできない』状態まで変容してしまうと、それを動かすことは難しくなる」

 

「シリウスがレダクトで粉々にしたみたいに?」

 

「そうだ。良く見てたな」

 

 ハリーはシリウスを見た。シリウスは、マリーダにチラリと視線を向けて話してもいいかと目で聞いた。マリーダは何もいわずに頷いた。

 

「対人同士の決闘ってのは己の認識のぶつけ合いみたいなところもあるからな。変身呪文で物体そのものを変えたり、レダクトで物体を修復できないまで粉々にするのは以外といろんな状況で役に立つ。相手の認識の上で、『これはできない』っていう状況まで持っていくのがコツだ」

 

「相手が何も出来ないって状況に追い込む?」

 

「そうだ。プロテゴだって無限に続く訳じゃないからな。変身呪文の疑似生物なら盾がわりにもなるし、ものを増やしたり変えたりすれば、相手の判断を鈍らせることにもつながる。思い付いた戦法があれば言ってみろ、ハリー。実験してやろう」

 

「ありがとう、シリウス」

 

 シリウスの意見も非常にためになった。変身呪文を実戦レベルで使いこなすことは難しいが、難しいということはそれだけ対処がしにくいということでもあるのだ。

 

「基本的に、魔法は当てれば勝ちってものが多い。だから先手必勝がベターだが、当然相手だってそれを狙ってくる」

 

「僕、速撃ちになると勝てない相手もいるよ」

 

 ハリーは正直に言った。

 

「エクスペリアームスやペトリフィカストタルスは、詠唱が長くて不安定だ。それならいっそ、デパルソで態勢を整えろ。距離を取って、変身呪文で隙を作り出せ。勝負を焦ってるやつほど、基本戦術が通じなくなると脆いもんだぞ」

 

 

 ハリーはそれから、シリウスとマリーダからいくつかの魔法とその対処方法について教わった。マリーダから教わったルーン文字を試したくてハリーはウズウズしていたが、例え杖を使わないルーン文字であっても魔力を込めて発動させれば、法律に触れてしまう。ハリーはイメージトレーニングをしながら、夏休みの間三年目の勉強に精を出していた。

 

***

 

 ハリーたちがそれぞれの夏休みを満喫していたころ。

 

 ロンドンから遠く離れた田舎町に、フィーナという少女が両親と共に帰宅した。フィーナにとって見慣れた、悪く言えば退屈な家に帰ると思うとフィーナは少し残念だった。旅行で散々遊んでロンドン市街を観光したり、ビーチで一期一会の出会いと別れを楽しんだフィーナは旅行前よりも大人になった気分でいた。家に帰れた、やっぱり家が一番ねと喜ぶ両親を尻目に、帰ったら自転車でちょっと遠出してみるのもいいかもしれないと思っていた。ファルカス·サダルファスというフィーナが知り合った少年の家は、思ったよりもフィーナの家に近い。自転車で遠出していけばまた会えないというわけではない。

 

(楽しかったな~。明日会いに行こうかな)

 

 ファルカスという少年はクラスの子供っぽい男子とはちょっと違っていて、フィーナにとっては悪くない相手だった。これから友達になっていけるかどうかは、ファルカスがフィーナをどれだけ楽しませてくれるか次第だが。

 

 そんな風に考えていたフィーナは、両親が家に入るのと同時に自分の手提げ鞄を持って家に入った。フィーナはそこで、両親が驚愕したように立ちすくんでいたのを目の当たりにした。

 

「何だ、電気がついている?消し忘れたのか?」

 

「そんなわけないでしょう。おかしいわ、鍵をかけたはずなのに……いえ、でも、外から見た時は電気なんて……」

 

 フィーナの生まれ故郷である田舎町は悪くいえば平凡で、退屈だ。バスだって二時間に一本しかなく、道路だってろくに舗装もなされていない。しかし、それは、裏を返せばそれでも構わないほどに平穏な町だということでもある。

 

 

 フィーナは恐る恐る、入り口扉から外に出ようとした。それは幼い少女の持っていた直感だったのかもしれない。フィーナは、入り口扉の取っ手に手をかけたところで両親に叫んだ。

 

「パパ、ママ!扉が開かないわ!」

 

「バカなことを言わないでフィーナ」

 

「どうせチャチな空き巣だろう。心配するな、父さんが追い払ってやるっ!」

 

「あなたまでバカなことを言わないで下さいな」

 

 フィーナの母親が違和感を感じ、夫を宥めようとしたまさにその時。

 

「……やぁ、お早いお帰りだな。親愛なるマグルの諸君」

 

 痩せ衰えた骸骨のような男が、ギラギラと光らせた目でフィーナたちを睨んでいた。その男は、左手に酒瓶を、右手に、30cmほどの細長い杖を握りしめていた。

 

***

 

 フィーナたちは自分の家のなかで、まるで自分の家のようにくつろぐ男に脅され、三人とも台所の端の壁に貼り付けられていた。

 

 男の手にあった酒瓶を見て、フィーナの父親は苦々しい表情になる。愛娘の誕生祝いに購入したスコッチ·ウイスキーの封が空けられていた。娘の祝い事の時、空けるつもりでいたのに。

 

 男が手に握りしめていた杖をふると、フィーナたちの足は自分達の意思とは関係なく動いた。フィーナたちは戸惑いや恐怖に怯えながら柱まで歩かされ、我が家を好き勝手に荒らして食品を貪る男の様子を観察させられる羽目になった。

 

 フィーナの母親と父親は、自宅に侵入した男が何者であるのか気がついていた。彫りの深い骸骨のような顔に、およそ人間の出せる輝きがない暗く淀んだ瞳。生まれてから一度も剃ったことがないのではないかと思わせるような髭。その男は、ここのところテレビのニュースで毎日のように報道されていた。アントニン・ドロホフ。大量殺人を犯した罪で終身刑となったにも関わらず、脱獄した危険人物。彼は、フィーナの父親の服を奪って身に付けていた。ドロホフに対してうかつな言動をすれば、何をされるか分かったものではない。そのドロホフのそばには、これまた奇妙なことに、長身で若い女性の姿があった。その女性はプラチナブロンドの髪を頭の後ろでくくり、体のラインが見えるような、己の美貌に自信がなければ許されないような服を着ていた。およそドロホフとは似つかわしくない雰囲気を持っているように見えた。……その顔に、髑髏の面をつけていなければ。その手に、ドロホフのものより短い杖を持っていなければ。

 

「あんたらには感謝しているよ」

 

 冷蔵庫から奪ったハムを丸かじりし、ウイスキーをそのまま喉に流し込みながらドロホフは言った。

 

「人間らしい食事というものがどういうものか、俺はすっかり忘れていた……旨かったぜ、ここのウィスキーはな」

 

 フィーナの母親は恐怖に怯えながら口をつぐんだ一方、フィーナの父親は、勇敢にもドロホフと交渉を試みた。腸が煮えくり返るような思いを持ちながら。

 

「……ど、どうしてこの家を狙った。何が目的なんだ……か、金か?」

 

 フィーナの父親は、せめて取引や交渉によって事態を穏便に打開できないか、と一縷の望みをつないで言った。そんなことはどう考えても不可能だと、この時点で悟っていながら。

 

「……ああ、金はいらん。落ち着ける場所を探していたらちょうど空き家があったんで使わせてもらった、というだけだ。ようはたまたまだ」

 

 ドロホフは何かを確かめるようにくるくると指先で杖をいじくっていた。笑顔のドロホフに対して、側の女は微動だにしない。

 

「……な、なら……私たちはあんたを通報はしないと誓う。金も……ありったけを差し出すと約束するから……どうか見逃してくれ」

 

 フィーナの父親は、犯罪者を相手に恥も外聞もなく命乞いをした。連続殺人犯に対して、ただの会社員ができることなどないに等しい。

 

 はたして、ドロホフの側の女がクスクスと笑い声をあげた。フィーナでも嘲笑と分かる、陰湿な笑いかただった。フィーナは不快そうに女を睨みつけた。

 

「いいや。あんたらの金はいらんよ。その代わり、あんたらには実験台になってもらう。このお嬢ちゃんのためにな」

 

 そう言って、ドロホフは笑っていた女に目を向けた。

 

「お嬢ちゃん。俺はまだあんたの力量を見せてもらっていない。俺の前で、あんたの力量を披露することができるか?」

 

「具体的には?」

 

「三種の神業を見せてもらおうか」

 

 先ほどまで笑っていたドロホフから、張りつめたような雰囲気が放たれたのをフィーナたち家族は感じ取った。フィーナの母親は、恐怖に震えながら女の手に持っていた杖を見つめた。

 

「お安い御用よ、アントニン」

 

 ドロホフから放たれたプレッシャーを受けても、女は平然としていた。彼女はつかつかとフィーナの前に立つと、杖を一振りしてフィーナの拘束をといた。

 

「運が悪かったな。恨むなら、マグルに生まれた己の不幸を呪うがいい」

 

 ドロホフはそう言うと、まるで侮辱するようにフィーナたちの前で十字を切った。意味が分からず呆然としていたフィーナは、身軽になれたことで反射的に女に立ち向かおうとした。フィーナの視線は、女が手に持っていた杖だけを見ていた。

 

「よすんだフィーナ!!」

 

 父親の制止の声が響くより先に、女の杖がフィーナに向けられる。

 

「クルーシオ(苦痛)」

 

「きゃああああっ!?」

 

「フィーナ!?や、やめろ、やめてくれ!」

 

 杖を向けられたフィーナは、うつ伏せになって倒れ、ジタバタともがき苦しんだ。その姿はまるでこの世のものとは思えないほど、おぞましい苦痛を受けているようだった。両親二人の絶叫が、平和だったはずの家の中に響く。

 

 

「助け、助けて…………!!」

 

 フィーナの言葉が聞き届けられることはなかった。

 

 両親か、目の前の仮面をつけた女か、危険な連続殺人犯か。

 とにかく誰でもいいから、今すぐにこの地獄から自分を救いだして欲しいという少女の願いが……叶うことはなかった。

 

「インペリオ(支配)」

 

 

 やっと絞り出すようにフィーナが助けを乞う言葉を呟いたとき、髑髏の仮面をつけた女が杖をフィーナに向けた。フィーナはその瞬間、自分を襲う地獄のような苦しみから解放された。代わりに頭の中がふわふわして、何も考えたくなくなった。

 

 

「こっちへ来なさい」

 

(来いって言ってる……行かなきゃ!!)

 

 フィーナはすぐに立ち上がると、力強い足取りで仮面女の命令に従う。仮面の女は、杖を一振すると台所からフィーナの母親が愛用していた包丁を手元に引き寄せ、フィーナに手渡した。フィーナの瞳孔は開き、口元からはよだれがしたたっている。明らかに普段のフィーナではない。

 

「そこのゴミを刺しなさい。全力でね。やったらご褒美に魔法をかけてあげる」

 

 仮面をかけた女性は、嗜虐的な声でフィーナに命令した。フィーナの頭の中に、女性の声に歯向かうという選択肢は、ない。

 

「はい。お姉さま」

 

 恐ろしいことに、フィーナはそれを嫌がることもなかった。実の両親を殺すことすら、仮面の女に与えられる快楽に比べれば何でもない。仮面の女に与えられる苦痛を回避するためならば、今のフィーナは何だってやるだろう。

 

「フフ。いい子ね」

 

「や、やめろ……どうしたんだ、フィーナ!!」

 

「いや、いやぁっ!あなたぁっ!!フィーナ!!」

 

 フィーナは、仮面の女の命令に従って包丁を手に取ると、力強い足取りで父親に近づく。その手には、母親が愛用した包丁が握られている。

 

(ああ、素晴らしいわ。母の愛の結晶で母と父を殺すなんて……なんて素晴らしいのでしょう)

 

 仮面の女は仮面の下に満面の笑みを浮かべながら、己の命令に従うフィ-ナを満足そうに見守っていた。

 

「フィーナ!やめて!!ダメ、あなた、あなたぁ!逃げてっ!!!」

 

 恐怖で声すら出ない父親に、己の愛用する包丁が、実の娘の手で振り下ろされようとした瞬間。

 

「アバダ·ケダブラ(死ね)」

 

 野太い男の声がした。

 

 緑色の閃光がフィーナに直撃し、フィーナは糸の切れた人形のように吹き飛ばされて動かなくなった。

 

「「フィーナッ!!」」

 

 大人二人の呼び掛けにも、フィーナは反応しない。勢い良く頭から倒れたことで、フィーナの頭部からは血がどくどくと流れ出していた。

 

 仮面の女は、楽しみが邪魔されたことを非難するような目をドロホフに向けた。仮面の下からでも、女の瞳からは不快感を隠しきれていない。その姿は父親に己の楽しみを邪魔された子供のようで、年齢に反して幼さすら感じられた。

 

「どうした?俺はお嬢さんに力量を示せと言ったはずだが?」

 

 

 仮面の女の視線にも、ドロホフはどこふく風だ。

彼は杖でフィーナの両親を指し示した。

 

「まさか、これだけか?」

 

 その挑発は効果があった。フィーナを抱き抱えて泣き叫ぶ母親に、仮面の女は杖を向けた。

 

「アバダ·ケダブラ(死ね)」

 

 ドロホフが放ったより大きな緑色の閃光が、フィーナの母親を通りすぎた。そう思った瞬間には、フィーナの母親はフィーナを抱き抱えたまま事切れていた。

 

「あ、悪魔め……」

 

 フィーナの父親は、目の前の光景を受け入れることができなかった。全てが悪い夢で、自分達家族はまだホテルで眠っているのだと思い込みたかった。

 

「アバダ·ケダブラ」

 

 彼が最後にできたせめてもの抵抗は、目の前の怪物たちを呪うことだけだった。悪態ですらない事実を告げた次の瞬間、女から放たれた緑色の閃光が、一人の無力な男性を貫いた。

 

「いい仕事だった、お嬢さん。……さて、ゴミが増えてしまったな。エバネスコ(ゴミは消えろ)」

 

 ドロホフは軽い調子で仮面の女を労うと、己の杖を一振する。それだけで、大人二人と子供一人の遺体は跡形もなく消え去った。

 まるで、最初から彼らなど存在していなかったかのように、あっさりと。

 

「私の力量に不服がおありですか?」

 

「いいや。あのお方の部下に相応しい力量を持っている。復活の際には、あのお方に取りなして功労者として名を残せるだろう。誰に教わった?」

 

「私に師など必要ありません。私は私の心の赴くままに魔法を極めました」

 

「……そうか。それほどの才能は、俺の時代には居なかった」

 

 ドロホフの称賛に、仮面の女は幾分か気を良くしたようだった。ドロホフは手に持っていた酒瓶をテーブルに置くと、仮面の女に問いかけた。

 

「さて。これから共にあのお方の復活を目指すのだ。いつまでもお嬢さん、と呼ぶのも失礼だろう。そろそろ君の名前を教えてもらえるか?」

 

 男、アントニン・ドロホフは、骸骨のような恐ろしい形相に笑みを浮かべていた。その表情はまさに、悪魔と呼ぶに相応しい笑みだった。

 

「フィーナ、とお呼びください、アントニン」

 

 

 そう言って、女は仮面の下で邪悪に嗤った。その笑みを見ながら、ドロホフはいつこの女を切り捨てようかと思案していた。

 

(なるほどな)

 

 ドロホフは、若く才能ある魔法使いや魔女たちが闇の魔術に傾倒し、破滅へ至るまでを何度となく見てきた。己が生き残るために、若い魔法使いたちを囮にし、あるいは捨て駒にして生き延びてきた。アントニン・ドロホフはそういう魔法使いだ。もっともそれは現場レベルでの話で、他の同僚、例えばルシウスのような政治的な立ち回りができたわけではないが。

 

(才能はある。三種の禁呪を使いこなし、消耗した様子もない)

 

(……だが。こいつは負けたことがない)

 

 自身に裏打ちされた態度と、信用を得るためとはいえ初対面のドロホフにあっさりと手の内を明かしたことがその証拠だ。普通より閃光の幅が大きく、当てやすいアバダ·ケダブラをわざわざドロホフの前で明かす必要はない。マグル相手に使う必要のないような過剰な威力で魔法を撃ったことは、仮面の女……フィーナが実力を誇示し内心で他人に認められたいという欲求を抱えていることを示していた。

 

 ドロホフの時代、優れた魔法使いほど己の得意な魔法は隠す。身内相手だろうが手の内をさらすということは、この魔女がその教育を受けていないという証拠だ。

 

(己より優れたもの、己より単独で勝る存在を見たことがない)

 

(……己を狩人だと思っている)

 

 ドロホフは、酒を呷った。アルコールの苦味が舌を焼き、脳を鈍らせた。

 

(狩人だと思い込んで暴れたガキの末路は呆気ないものだ。自分が狩られる側であることを認識したとき。それがこいつの命日だろう)

 

 目の前の女がどうなろうと、自分にとっては痛くも痒くもないが。

 

 この女の破滅に巻き込まれるのはごめんだと、ドロホフは彼女に助けられたことも忘れて内心で仮面の女を値踏みした。

 

 その巻き添えをくわないよう、いかにして生き延びるか。アントニン・ドロホフはそれだけを考え続けていた。

 

 フィーナと名乗ることにした仮面の女がテレポートによってマグルの家から姿を消す瞬間、ドロホフは内心でこう考えていた。

 

(フィーナ、か。まさかマグルから名前を奪うとはな。幼稚で安易な性格が見て取れるが……こいつを裏で操っている純血が誰なのか、探りを入れる必要があるな)

 

 闇の魔法使いとして名を馳せたドロホフも、最後には純血の魔法使いたちの派閥争いに乗れず牢獄に入った。同じ轍は踏まない。ドロホフはいつでも自分だけは逃げられるよう杖を握りしめていた。

 

 





闇の魔術を使うやつは漆黒の殺意あるいはゲロ以下の思想が必要なんだ。社会に存在してほしくないんだ。
だから色んな人がハリーに延々と闇の魔術の危険性について説教したんだが……みんなハリーの友人はまともだと思っててスルーしたからなぁ……
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