ホグワーツでの最初の授業を終えたあとは、ハリーは同室の四人、ザビニ、アズラエル、ファルカスと行動を共にした。ロンにスキャバーズのことを謝りに行こうかな、と一瞬思ったが、そのスキャバーズの一件もあったし、何より、スリザリン生である自分がグリフィンドールの談話室を訪れるのは、あまりにも敷居が高かった。
ダーズリー家での、勉学の時間すら満足に取れない日々を牢獄とするなら、ホグワーツでの時間はハリーにとっては天国にも等しかった。ここでは憂さ晴らしに殴ってくるダドリーはいないのだから。一人ではないというだけでも、ハリーはホグワーツに来て良かったと思っていた。
「めちゃくちゃ嬉しそうだなお前……」
「そりゃあスリザリンに入れたからね」
「スネイプ教授から減点されてるっていうのに、変なやつだなぁ……」
ザビニはそんなハリーを見て半ば呆れていた。スリザリン生にしてはあまりにも狡猾さがない。ザビニは柄にもなくハリーの今後を心配してしまうほどだった。
「この後どうします?」
アズラエルが聞くと、ザビニが箒に乗ろうと言い出した。
「明日飛行訓練だろ?だったらそれの練習って名目でクィディッチごっこやろうぜ。スニッチとブラッジャーなしで」
「でも、一年生は箒を持っちゃいけないよ?」
「備品を借りればいいだろ」
ハリー以外の三人で話が進んでいくので、ハリーはアズラエルに頼んでクィディッチのルールを教えてもらった。ハリーはシーカー以外のポジションに意味はあるのだろうかと一瞬思ったが、それを言うのは無粋な気がして言わなかった。
「四人じゃパスも出来ないし、他の人も誘おうよ」
ファルカスがそう言うので、ハリーは談話室にいたドラコやクラブ、ゴイルと、一人でぽつんとしていたセオドール・ノットを誘った。ザビニはドラコの参加に少し嫌そうな顔をしていたが、ハリーは気付かないふりをした。
学校の備品である古くてボロボロの箒にまたがり(ドラコは古いものを使うのを嫌がったので、ハリーは自分が使おうとしていた比較的綺麗な箒を渡した)、キーパー一人、チェイサー三人ずつの四人対四人で試合をすることにした。リングは練習用の大きめのものだったが、初心者が遊ぶにはそれで十分だった。ハリーは箒に乗れなかったらどうしようと不安で仕方なかったが、意外なことに、一発で箒に乗って飛ぶことができたのはドラコとハリーだけだった。
ドラコの献身的で丁寧な説明のおかげで、クラッブやゴイルを含めた全員が箒で浮くことに成功し、二回ほど試合のようなハリーとドラコによる点の取り合いを終えた後、ハリーたちはくたくたになってスリザリンの談話室に戻った。
***
次の日、ハリーは充足感に満ちた朝を迎えていた。魔法薬をはじめとした授業の復習や予習はバッチリだったし、宿題も終わらせ、ゴブストーンゲームでファルカスに惨敗するなどして(ハリーは友達がいなかったので対戦型のゲームに極めて弱かった)、ハリーははじめて楽しく学校生活を送ることが出来たのだから。
最高の気分のまま大広間のテーブルにつくと、今日もまたふくろうが飛び交っていた。大勢の生徒がグリフィンドールのテーブルをチラチラと見ていたが、ハリーがスリザリンのテーブルにつくと、一斉にハリーのほうを見た。
「……今度は何?」
ハリーは昨日の反省も踏まえてドラコではなく、アズラエルに何があったのか聞いた。左手に持ったトーストを口に運び日刊予言者新聞に目を通していたアズラエルは頷くと、日刊予言者新聞の見開きをハリーに渡した。
そこには、『冤罪だった男、真の英雄、善の魔法使いシリウス・ブラック勝訴』という見出しと共に、痩せ衰えた骸骨のような男が愛想よく笑顔を振り撒いて欠伸をしたり体操をしている写真が載っていた。
ポッター家を裏切り、十人ものマグルを殺害した罪で服役していたはずのこの男が最高裁で無罪を勝ち取ったこと、真犯人は先日ホグワーツに侵入した男であることなどが書かれている。
「……?…………え?何?どういうこと?何がどうなってるの、ねぇ」
ハリーは何度もポッター家を裏切ったという部分を読み返して混乱する。
ハグリッドから、両親が人気者で、素晴らしい魔法使いであることはハリーも聞いていた。しかし、当然ながらその両親が親友に裏切られて死んだことになっていたという経緯までは聞かされていない。
頭の中で情報をまとめると、シリウス・ブラックという見知らぬ人は、ハリーの両親やハリーのために命を懸けて、当のハリーからは認識すらされずに10年も無実の罪で服役していた人ということになる。
ハリーにとってはあまりにも非現実的で、立派すぎる人がハリーの関係者だったという事実に困惑するしかない。記事には先日ハリーが捕まえた男が真の裏切り者だったとも載っていたが、怒りよりも困惑のほうが大きかった。
「いえ……僕たちに聞かれても分からないですよこれは…パパなら何か知ってるかなあ…」
「こうなったのは間違いなくハリーのせいだぜ?」
ハリーには何がなんだか訳が分からないまま、朝食をオニオンスープで流し込んで授業に向かうしかなかった。
***
ハリーの周囲で起きている出来事とは無関係に日常は進む。
マダム・フーチの飛行訓練で、ハリーは何回目かになるトラブルに見舞われていた。
「またドラコか……この短期間に何回目だよアイツ」
「ブレーズ、命が惜しければ頼むから黙ってて下さい!同じ寮の仲間になんてこと言うんですか!」
アズラエルはザビニの失言が誰かに聞こえていないかと、辺りを見回していた。
マダム・フーチの飛行訓練は、グリフィンドール生とスリザリン生の合同授業だった。いかに仲が悪い二つの寮生でも、箒を用いて飛んでいる最中に喧嘩をすれば命に関わる。この授業は安全性を重視したもので、本来は怪我人などは出ないはずだった。
しかし、緊張と焦りで魔力を暴走させたネビル・ロングボトムは、年配の魔女ですら制御できないほどの速度で浮かびあがり、事故を起こしてしまった。骨を折るほどの大怪我を負ったネビルを医務室に連れていくために、マダム・フーチは生徒たちにその場への待機を命じて去った。
そんなときに、ドラコがネビルの私物を拾い上げた。
「思い出し玉か。ロングボトムの馬鹿、珍しいものを持っていたね。まったく、アイツには宝の持ち腐れってやつだと思わないか、ポッター?」
「そういう言い方はよせよドラコ。ロングボトムが可哀想だよ」
ハリーはネビルに同情してそう言った。頑張ろうとして出来なかった人間を嘲笑うことほど残酷なことはない。ネビルが、フーチ先生の指示を聞き終わらずに暴走してしまったことは事実だったが、だからこそネビルが一番辛いのだということもハリーには想像できた。
「いいじゃないか。ロングボトムはここにいないんだぞ。固いこと言うなよ」
「おい、マルフォイ!それはネビルのだぞ。ネビルに返せよ!」
「ロン!」
案の定、ドラコの言葉に神経を逆撫でされたグリフィンドール生たちはドラコへの嫌悪感を募らせた。その中でも、ロンの怒りは大きかったようで、ドラコが奪うつもりで拾ったかのようにドラコを責めた。
人間は印象の悪い相手にほど、よくない見方をしてしまう生き物である。公然と家族を侮辱されたロンがドラコに悪印象を持つのも、ドラコがロンに悪印象を持つのも、人として当然の反応だった。
ロンとドラコに差があるとすれば、そこから先に他人に対する悪意があるかないかだった。
ドラコはその時、自分にとって最高に面白いいじめを思い付いた。箒の上からグリフィンドール生を見下せばどれだけ気持ちがいいだろうかと。
「ふん。嫌だね。ロングボトムみたいなやつは、ピーター・ペティグリューになる前にホグワーツを去ればいいんだ。ウィーズリー、返してほしければ取りに来ればいいだろう!」
「ドラコ!」
「まぁ、何てこと、ロン!飛んじゃダメよ!!!フーチ先生の言いつけがあるのに!規則違反だわ!退学になるわよ!」
「友達より規則が大事なのか、ハーマイオニー!」
気分を害したドラコは、器用にも片手に思い出し玉を持ったまま箒で空を飛ぶ。ロンがハーマイオニーと口論になっているのに目もくれず、ハリーは反射的に、自分も箒に乗って空を飛び、ドラコを追った。
「ドラコ!意地を張らないで降りよう!玉だって返せばいいじゃないか!」
ハリーはドラコにそう呼び掛けた。ドラコが声に反応して後ろを振り向くと、眼鏡の奥の緑色の瞳がドラコの顔を悲しそうに見上げているのが見えた。
「何で、スリザリンなのにグリフィンドールの肩を持つポッター!この裏切り者!!」
こう言われては、ハリーも黙ってはいなかった。箒に乗ってハイになっていたせいもあるが、ハリーはずっとドラコに言っておかなければならないことを言えていなかった。
「ドラコの友達だからだよ!友達に悪いことをしてほしいわけがあるかこのバカ!」
「……バカだと。この僕に向かって!そんな悪口、父上にも言われたことがないのに!!」
ドラコもドラコでプライドがある。スリザリンで頂点に立てと、ルシウスから常にプレッシャーをかけられてきた。優秀な家庭教師を付けられ、勉強だってきちんとやってきた。そんな自分が、つい最近まで魔法を知らなかったやつに説教をされるなんて許せない。
ドラコは箒で加速した勢いのまま、思い出し玉を地面へ投擲した。
思い出し玉は、複数の記憶に関する魔法が込められた高度な魔法道具である。
もしも玉が破壊されれば、レパロ(直れ)で玉の外見は修復できても、魔法道具としての機能は失われていただろう。
ハリーは本能的に、体の重心を玉が投擲された方向に傾け、箒に体重をかけて急加速した。
思い出し玉が地面に衝突する寸前、ハリーの手が玉を掴み、箒は空へと浮かび上がる。勢いに任せて地面に衝突するかと思われたハリーの体は、箒のおかげでなんとか怪我をせずにすんだ。
ハリーは遠くで聞こえるグリフィンドール生やスリザリン生の歓声を聞きながら、歓声の中にロンのものがないことにがっかりしている自分に気付いた。ハリーは冷めた頭で、どうやってマダム・フーチに弁明しようかと反省していた。
***
結局、ハリーとドラコはマダム・フーチからたっぷりとお叱りの言葉をいただき、退学にこそならなかったものの、十点の減点と小さな罰則を仰せつかった。減点は授業で取り返せる自信があったし、禁じられた森に行けばハグリッドに会えるので内心ハリーは嬉しく思ってもいた。
ネビルに思い出し玉を返却するのには、アズラエルやファルカスは他所の寮生だし自分はなにもしていないからと参加を見送った。ハリーはザビニと二人で医務室を訪れると、気落ちしていた丸顔の少年は、嬉しそうに思い出し玉を受け取った。
「本当にありがとう、ハリー!」
「お大事に、ネビル。怪我はひどくはないんだね?なら良かったよ」
ハリーとネビルが笑顔でやり取りをしていると、ザビニがネビルにこう言った。
「グリフィンドールを裏切って第二のピーター・ペティグリューにならなきゃいいな、ロングボトム」
「ザビニ!?」
「えっ……?う、うーん……」
ネビルは半泣きになりながら頷くことしかできない。
どうやらザビニはネビルに追い討ちをかけるために参加したようだった。
「ザビニ、いくらなんでも酷いぞ。怪我をした本人の前で言うことか?」
「これくらいは言う権利がお前にはあるだろ。ハリーはロングボトムのために同じ寮の仲間に喧嘩を売ったんだぞ」
「僕はロングボトムからの見返りが欲しくてやったわけじゃない」
「そうかい。悪かったよロングボトム。ちょっとした冗談のつもりだったんだ」
ザビニは深く礼をしてネビルに謝罪したが、ハリーはこれ程に陰険で誠意のない謝罪を見たことがなかった。
ハリーは気まずい雰囲気のままネビルに謝り、ザビニに真意を問いただした。
ザビニはハリーの問いに、こう答えた。
「スリザリンの狡猾さってのはタダじゃあないんだ。弱いやつにお優しくて甘いのは結構だけどよ、誰彼構わず八方美人に振る舞うのはやめとけよ、ハリー。
じゃないとお前の身を守れないぜ」
スリザリン寮生の美徳のひとつは、身内に対する愛情深さである。しかし、愛とは必ずしも善ではなく、社会的な立場や善悪とは対立することもある。だからこそスリザリン生は危ういと思われ、他の三寮から距離を置かれているのだ。
この二次創作内のハリーはジェームズにもリリーにも似てるつもりで書いてます
相手の立場を気にせずに友達になろうとするところはジェームズ
相手の善性を信じて相手が変わってくれるだろうと思ってるところとか自分は正しいと思ってるところとかはリリー
という感じで