蛇寮の獅子   作:捨独楽

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闇のアイテムと意外な客

 

 ハリーとザビニは、透明マントを被ったまま炎に身を任せた。身体中がぐるぐるとかきみだされるような不快な感覚を味わったあと、ハリーとザビニはノクターン横丁という標識を目にした。陽光に照らされる看板と、どこか寂れて退廃的な雰囲気を漂わせる通りとが不釣り合いだった。

 

 

『……じゃあ行こうぜハリー。まずはあの店からだ』

 

 ザビニがハリーにそう話しかける。その声が外に漏れることはない。透明マントの下に遮音のルーンを刻んだ紙を貼り付けているからだ。ハリー自身だけでなくザビニにも書かせたお陰で、二人の声や物音が外部に漏れることはない。

 

『見つかるかな?』

 

『正直期待はしてねえ。ま、他に出来ることもねえしな。単なる暇潰しさ』

 

 ザビニとハリーは、背の高い白人男性の後ろをこっそりとついていき、『古書専門店』へと足を踏み入れた。

 

 古書専門店、と名前がついていた本屋は、なるほどフローリッツ·アンド·ブロッツとは異なり年代物の本で埋め尽くされている。白人男性は無人のカウンターに、無造作に袋からガリオン金貨を出して置いた。

 

(こ、この人……一体何ガリオン出したんだ?!)

 

 ハリーはあんな大金を使ったことは今まで無かった。ハリーが目を白黒させているうちに、ガリオン金貨は消え去った。男は本棚から一つの本を見つけると、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「いい仕事だ。礼を言うぞ」

 

 本棚へと手を伸ばし料理本を手にとって読んでいる。ザビニはそっと虫眼鏡をハリーに手渡した。

 

『これを見てみろよ。あいつが読んでるの、料理本なんかじゃねえぞ』

 

 ハリーが虫眼鏡を覗き込むと、そこには闇の魔術の理論が書かれていた。ハリーはもう知っていたが、プロテゴ·ディアボリカを使うときに見た魔力の増幅理論だ。

 

『ザビニ。ここは……』

 

『古書専門店みたいな面をしてるけど、中身は録でもない犯罪目的の……闇の魔術の本だな。勿論違法だぜ。ここはそういういかがわしい知識を求める連中が集まってる』

 

 ザビニは虫眼鏡に写し出された白人男性の顔を、バッグから取り出した写真に撮影して記録した。

 

『こいつが何を目的で闇の魔術を求めてるのかは知らねーけど、一応違法だかんな。写真に撮っとくぞ。後でシリウスさんに渡しとけよ』

 

『……ああ……』

 

『違法なんだよ。ちょっとは反省しろよな』

 

 ハリーはいたたまれない気持ちになった。ハリーがホグワーツの図書室で、無料で得てしまった知識をこの男は金銭をはたいて自分の金で買った。闇の魔術に関する物品を所有することは違法だが、ハリーより男の方がまだ知識に対して敬意を払っていたのではないだろうか。

 

 白人男性はその後もいくつかの書物を手に取った。その中には闇の魔法生物の交配記録に関するレポートや、闇祓いに対して行われた凄惨な拷問を再現した魔法実験の記録、さらには19世紀にマグルに対して行われた闇の魔術による人体実験の記録に関する書物などもあった。白人男性はさらに金貨を出して、そのうち人体実験と拷問に関する書物を購入した。

 

『……こいつ頭おかしいんじゃねえか?理解できねえぞ』

 

 ザビニは嫌悪感を露にしてくれたので、ハリーは冷静に男の目的に思いを巡らせることができた。おぞましい、理解しがたいという思いはハリーにもあったが、理系ならば

 

『魔法の実証記録が欲しかったのか……案外理系なのかもね、この人は』

 

『糞みてえな実験の記録なんて何で知りたがる?』

 

『知識として知っていても、実際に使ってみなければ本当に効果があるのかわからない。記録と結果から効果を逆算したかったんだと思う。実際に法律を犯して人間に使う度胸がないなら、過去の記録に頼るしかないからね』

 

『……』

 

 ザビニが納得できないという思いを募らせる一方、ハリーは白人男性の闇に思いを馳せていた。

 

『あの男は案外僕と同じタイプの小心者だったのかも』

 

『……この古書店はそういう後ろ暗い知識を集めて、保管しておく場所なんだね』

 

 ハリーが一人でそう納得した一方、ザビニは眉間に皺を寄せていた。

 

『黙れ。二度と自分をあいつと同類とか言うんじゃねえぞ。吐き気がする』

 

 男が書店を出た後を追って、ハリーとザビニも書店から出る。書店から出た男は深く深呼吸をすると、瞬間移動でどこかへと消えてしまった。

 

『本の外装は撮ったし、男の顔も撮った。……見てやがれよ。シリウスさんが捕まえてくれるからな』

 

(変装していた可能性もあるよなぁ……)

 

 ザビニは一人で虚空を睨み付けた。ハリーは、男がポリジュース薬を使用していた可能性について思い至ったが口にはしなかった。

 

(……でも、カロー先輩はそのままこういう場所をうろついたんだよな)

 

 ハリーは、どうか無関係な人が逮捕されませんようにと願いながら、どうやってシリウスに説明するかと悩んだ。ハリーがノクターン横丁をうろついたことを、シリウスは快くは思わないだろう。偶然を装ってたまたま見てしまったと言い訳しなければならなかった。

 

 

 その後、ザビニとハリーは背の高い黒髪の魔女の後をつけて化粧品店に足を踏み入れた。どれも正規の化粧品が、見本として展示されている。

 

 黒髪の魔女はフィーナと名乗った。彼女は出迎えた老婆にまず一ガリオンを差し出し、ついで『メメントモリ』と言った。老婆はにやりと笑うと、「こちらをご覧ください、お客様」と告げ、杖を一振してぐにゃりと化粧品棚をねじ曲げた。すると化粧品棚は、がらりとその形を変えた。

 

 化粧品棚だったものは、どれも法律で製造が禁じられている違法薬物だった。黒髪の魔女は店員と何か話をすると、言い値に従って徐福薬を二瓶分も購入した。徐福薬とは、『最も強力な魔法薬』に禁止毒物として記載されていたもので、別名は偽不死薬。水銀を様々な素材と共に煎じたそれは、飲めば一時の健康と引き換えに、服薬したものに緩やかな死を与える。偽りの命の水だ。ハリーは本当の犯罪の現場を目撃した衝撃で震えた。

 

(れ、例のあの人とも無関係そうな人が、こんなにもあっさりと犯罪を……)

 

 彼女が、例えば危険な魔法生物を処分するためにあの薬を購入したことを願うしかなかった。もっともそういう正規の取引を行うことができる人間は、このような場所で毒薬を購入しないだろう。

 

『……おいハリー。どうした?何かあったのか?』

 

 ザビニがハリーを突っつく。ザビニは、ハリーやハーマイオニーのように参考書を隅々まで暗記したわけではなかった。ハリーは反射的に、女性が取引した薬ではなくその隣の瓶を指差した。

 

『あ、うん。危険な毒物ばかりで驚いちゃって。ほら、あれはケシの花が使われてる。中国に輸出して大問題になった薬品だよ。まだ作ってたなんて……』

 

『薬か?それって毒じゃねえか?』

 

『……うん、麻薬』

 

 ハリーが言いづらそうに断言すると、ザビニは深く深呼吸をした。恐怖心からか、それとも怒りからか、ザビニの手が微かに震えている。

 

『……ハリー。ここの薬品は念入りに撮影しとくぞ。ちょっと時間かかるけどいいか?』

 

『オーケー。任せるよ、ザビニ』

 

 ザビニはハリーに話していなかったが、彼にはある目的があった。

 

 ザビニの母親の起こした事件。恐らくは高確率で殺人事件……に使われた呪いか、薬品か。あるいは証拠の残らないような魔法のアイテムについて探ることである。

 

 ザビニは、自分の母親が養父たちを殺害したことを最早疑ってはいなかった。しかし問題となるのがその殺害方法だ。ザビニの母親は、これまで何度も起訴されながらアズカバン行きを免れている。それは強運によるものなのだろうか。

 

 違う。ザビニはそう確信している。

 

 ザビニは、母親が違法な薬物で父親を殺害したのではないかと疑っていた。理想は、常習性があって残留しづらく、魔法による隠蔽が容易な薬だ。

 

 魔法薬は、マグルの医療技術では認識できない成分も多い。そして魔法界であっても、配偶者の死亡から魔法省の役人が到達するまでには時間差がある。そのわずかな時間の間に、遺体に残留しているわずかな薬物を除去すれば証拠は残らない。

 

 ザビニは、化粧品入れに偽装された薬物を睨み付けながら撮影した。ザビニが考えているようなことは、魔法界の闇祓いや執行部の鑑識ならとうに検証済みで、何かしら有益な情報をもう持っているかもしれない。それでも、なにかせずにはいられなかった。

 

 

 ハリーはいつになく真剣に薬品を撮影するザビニを見ながら、展示されている違法薬物、あるいは毒物の成分について推測を巡らせていた。

 

(毒と薬は紙一重とは言うけどさ。人の悪意の結晶みたいだな、これは……)

 

 ハリーはスネイプ教授がこの店のことを知った瞬間を想像した。スネイプ教授ならまず魔法薬を違法に作った愚か者たちに怒り、次に展示された薬品と毒物の性能について誰よりも緻密で詳細に考察し、ほとんどの製品に駄目出しをするだろうなと思った。フィーナという名前の魔女が偽の化粧品店を出た後で、ハリーとザビニはこっそりと店を出た。フィーナという魔女は瞬間移動によってどこかへと消え去っていたが、ハリーとザビニの胸中に渦巻く複雑なもやもやは消え去ってくれなかった。

 

『次はどうする、ザビニ?僕は一回戻ってもいいと思うけれど。……マクギリス先輩は居ないみたいだし』

 

 今回ハリーがザビニとノクターン横丁を訪れたのは、ハリーがザビニにマクギリス先輩がシリウスから職質を受けたと話したことが切っ掛けだった。ザビニはマクギリス先輩を探すためにノクターン横丁を訪れたはずが、いつの間にかギラギラした目になってノクターン横丁を通る人を凝視していた。ハリーは出来れば一旦帰って証拠写真を保管しておきたかったが、ザビニは正義感に駆られて違法な取引の現場を撮影したいと言い出した。

 

『……まだ散策しようぜ。日が暮れるまでには時間があるだろ』

 

『オーケー』

 

 ハリーはいざというときのために、自分の杖をぎゅっと握りしめた。

 

 ノクターン横丁には、明らかに堅気ではなさそうな雰囲気の人間が足を運んでいた。吸血鬼と思わしき青い肌の男性と女性のカップル、からだの一部が異形となってタコの触手を生やした女性、それらを呼び止めて店に連れ込もうとする成人の魔女と魔法使いたち。それらはハリーの目から見て異様な雰囲気を持っていた。どこか目つきに余裕がなく、攻撃的になっているように見えた。ハリーはザビニと共に取引の現場を撮影する間、そういった人々からクィレル教授を連想した。

 

 しかしハリーを失望させたのは、穏和な雰囲気を漂わせた初老の魔法使いやその辺に居そうな太った主婦までが先程の偽化粧品店や闇の古書店を訪れていたことだった。闇の魔術は、麻薬のようにああいう『普通』の人々まで奈落へと誘い、破滅させてしまうのではないかと思えてならなかった。

 

 日が暮れかけた頃、ハリーとザビニは意外な人物を発見して後をつけた。その人物とは初老の魔法使いで濃紺のローブに身を包んでいたが、その人物が連れていた少女のことは二人ともよく知っていた。

 

『ダフネ·グリーングラス……?』

 

 ハリーは初老の魔法使いが連れた少女が、スリザリン寮のダフネに見えた。彼女は普段つけないような口紅をさせられ、日除けの帽子を深く被って俯きながら歩いていたが、歩き方が普段のダフネとそっくりだった。ダフネは友人のパンジー共々ドラコの回りをついて回ることが多く、ハリーは足音でダフネ、ミリセント、パンジー、トレイシーの区別がつくようになっていた。四人のなかでもっとも足が遅く、目立つダフネの歩きをなんとなく覚えていた。

 

『お前そんなわけ……いやマジだ。あのおっさんダフネの親父じゃねーか』

 

 ハリーとザビニは虫眼鏡から見えるダフネの顔を見て、困ったように顔を見合わせた。ハリーの顔には少しの迷いがあったが、ザビニの顔はすぐに強い決意を取り戻した。

 

 

『オーケーザビニ。行こうか。ただし慎重にね』

 

 ハリーはザビニに先んじてそう言った。止めたってザビニは行こうとするだろう。ザビニは無言で頷くと、ダフネたちの後をつけ、ボージンアンドバークスというアンティーク店に足を踏み入れた。

 

 ノクターン横丁の例に漏れず、この店も闇の魔術に関するアイテムを扱っていた。ただし他の店と異なり、店内に堂々と闇の魔術がかけられたアイテムを展示していたのでハリーは面食らった。

 

 

『……良かった、のか?こんだけ大っぴらにやってるっつーことは、許可を取ってるってこと、だよな』

 

『でも、闇のアイテムは効果を知っていながら購入することも、効果を知りながら所持することも違法なんだよね?』

 

『ああ』

 

 ハリーは緊張しながら、店主の男性とダフネの父、グリーングラス氏のやり取りを見守った。グリーングラス氏は年代物の懐中時計をケースごと差し出すと、多額の金銭を店主に要求した。ハリーもザビニも、クラスメートの父親が闇の魔術に関わっていないと思って安堵した。

 

 

 ところがだ。

 

 

「時に旦那様、こちらはどのような効能で?」

 

「身に付けた人間の時間感覚を狂わせる効果がある。これを身に付けた人間は一分が一秒に感じられるようにも、一秒が一分に感じられるようにもなる。秒針と短針を操ることでそれができるのだ。実演して見せよう」

 

 

「やめて、お父様!!」

 

「だ、旦那様。ここには大変危険で希少なアイテムがございます。魔法はお控えいただければ……」

 

 グリーングラス氏はそう言うと、懐中時計を杖で取り出して嫌がるダフネに持たせた。ハリーは杖をグリーングラス氏の背中に向けたが、ザビニがハリーを止めた。

 

『止めろ!!気持ちは分かるけどよ!今止めたら戻しかたも分からなくなるぞっ!』

 

 ザビニの制止でハリーは思い止まった。嫌がるダフネは、時計を持たされた瞬間にその表情のままで固定された。グリーングラス氏がダフネの耳元で花火をあげても、ダフネの顔は瞬きもせずに恐怖で凍りついている。

 

 

「こ……これはなんとも……素晴らしいもので。ですが、お嬢様はのご様子がおかしいようですが……?」

 

「時計を外せば問題はない」

 

 杖を動かしてグリーングラス氏がふわりと時計を浮かせると、ダフネは固定されていた時間が襲いかかったのか、悲鳴をあげて倒れこんだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 ハリーは反射的に倒れこんだダフネをかばった。ザビニはこっそりとグリーングラス氏の頭に小石をぶつけた。

 

「な、何だ!?」

 

「お、お止めください旦那様!!ここで魔法はお控えください!」

 

「店員ごときが私に何を命令するっ!?」

 

『ずらかるぞハリーっ!!』

 

『……ごめんねダフネ。すぐに助けてあげられなくて』

 

 ハリーはダフネの耳元で囁くと、グリーングラス氏に向けて煙玉を投げ込んだ。ハリーとザビニは、店内ということでグリーングラス氏と店主が言い争っている間に店を出ると、最寄りの暖炉めがけて走り去った。

 

 

 

 




グリーングラス氏の胸中
「うちの長女はマルフォイ家の一人息子ともポッター家の忘れ形見ともあんまり親しく出来ないし成績はパーキンソンの娘に負けるしで一体何をやってるんだ。今まで甘やかしすぎた……」
「ちょっと痛い目を見せて教育しなければ。そう言えば倉庫に闇のアイテムもあったな。躾には丁度いいだろう」
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