蛇寮の獅子   作:捨独楽

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光への誘い

 

 

 

「ば……ばれてねーよな?」

 

「ばれてたら僕たちはここには居ないよ……」

 

「二人とも!今すぐにシャワーを浴びなさい!今すぐっ!いいわね!?」

 

「ちょっと待ってくれアンネローゼ、写真の確認がしてえんだが」

 

「問答無用よ!」

 

 ハリーとザビニは、肩で息を吐きながらユルゲン氏の家の暖炉の前に帰還した。二人とも汗だくで出てきたものだから、アンネローゼは驚愕に目を見開きながら急かしてハリーたちの汗と汚れを落とさせた。ハリーとザビニは、本気になったアンネローゼの剣幕に圧倒され借りてきた猫のように大人しく水を浴び、冷たい紅茶で失った水分を補給した。

 

 

「……で、撮った写真なんだが……」

 

「一体どこに行ってきたの?これ本屋の写真?それでこっちは化粧品店?この女の人、モデルさんみたいに綺麗ね。なんて化粧品なの?」

 

「魔法世界の日焼け止めです」

 

「ええ、とってもいいじゃない。どうして買ってきてくれなかったの?言えばお小遣いをあげたのに……」

 

 

「すみません。今度いいのを買ってきます」

 

 

 ハリーとザビニはアンネローゼに夏休みの宿題で街ゆく人々を撮影していたと誤魔化しながら、現像した写真に証拠がしっかりと残っているのかを確認した。

 

「思ったよりちゃんと撮れてるな」

 

「コリンより上手く撮れてるんじゃないかな」

 

「……よし。じゃあこの写真はお前に預ける。シリウスさんにちゃんと見せろよ。ダフネの親父さんには悪いけどな」

 

「わかった」

 

「……私には魔法界のことはよくわからないけれど、何だかわからないけれど、今日はとても楽しかったのね。良かったわね、ザビニ君」

 

「いやぁ、まぁ色々とあったんすよ」

 

 そう言って、ザビニはハリーに写真を押し付けた。ハリーは重い気持ちに沈みながら、軽い写真の山を手に取った。しかし、必ずシリウスに渡すつもりだった。ザビニの晴れやかな顔を見ていると、この冒険をなかったことにしてはいけないような気がしたのだ。

 

 取引されていた闇のアイテムは多種多様で、重い罪に問われるようなものもあれば、軽い警告や罰金刑ですむものもある。シリウスにどう説明しようかなと考えながら、ハリーはユルゲン氏の家を辞した。

 

 

 その日の晩、シリウスは普段よりも遅くに帰宅した。シリウスによると、苦手な書類仕事に時間を割かれてしまったらしい。最近のシリウスは本人曰く不本意ながら昇進してしまい、現場での任務だけでなく余計な雑務までやらなければならなくなったとのことだ。

 

(出世して不本意そうなのも変な話だよなぁ)

 

 ハリーはシリウスが贅沢を言っているように思えたが、よくよく考えてみれば書類仕事はシリウスの魔法の腕を腐らせるだけなのかもしれない。シリウスの苦労を想像したハリーは、さらにシリウスの仕事を増やすことになるかもしれないことに申し訳なさを感じながら、話を切り出すタイミングを待った。

 

「あの、シリウス。実は今日、友達と一緒に遊びに行ったんだけど迷ってしまって。ノクターン横丁ってところで、変なものを見たんだ。これを見て」

 

 

 ハリーがキドニーパイを並べ、シリウスがひとしきり仕事について語り追えたタイミングで、撮影した写真をシリウスに渡すと、シリウスはまず怒りの形相になり、次いで困惑したようにハリーを見た。

 

 

「……ハリー……これは……これを、ハリーが撮影したのか?」

 

「友達のザビニがね」

 

 ハリーは心の中でザビニを呪いながら言った。どう考えても、一番面倒なところを押し付けられたようなものだった。

 

「……そうか。いや、犯罪の決定的瞬間を『たまたま迷い混んで』『たまたま持っていたカメラで撮影した』というのはちょっと無理があるだろう」

 

 ハリーはシリウスから説教を受けると思っていたが、シリウスは意外にも、興味深そうにハリーと写真を見比べていた。

 

「かなり念入りに準備したようだが、どうやって撮影したんだ?こんな現場を気付かれずに済むなんて奇跡だ」

 

 シリウスは穏やかに、しかし厳しくハリーに聞いた。

 

「透明マントと遮音のルーンで何とかなったよ」

 

「なるほどな……よく実行できたものだ。その心意気はいいぞハリー」

 

 シリウスは自分の中に残る子供の部分で、ハリーたちの手腕に感心していた。透明マント、ルーン、そして魔法のカメラ。道具を駆使すれば出来なくはないだろうが、実際にそれを気付かれずに実行するには度胸が必要不可欠だ。シリウスの中の大人になりきれない部分は、ハリーとザビニの行動に在りし日のジェームズを見出だして歓喜していた。

 

 

(それでこそ、ジェームズの息子だ……)

 

(ああ……今すぐジェームズと仕事がしたい)

 

 シリウスの中では、シリウス自身も無自覚ではあるが、そんな感情が肥大化していた。

 

 シリウスはゴッドファーザーとしてハリーの成長を見守りながら、社会人としての努めを果たしてきた。魔法省庁に就職して仕事に追われる傍らでルシウスのような人間とも交流せざるをえず、最後に唯一残った友のために色んな人間に頭を下げて全く向いてもいない政治活動を行って悪法を排除した。そういった行動が積み重なるうちに、シリウスの中でますますジェームズ·ポッターは美化され、神格化されていった。

 

 本来ならば、ハリーと会話していたのはジェームズのはずだったという思いがシリウスにはずっとある。ハリーに今さら打ち明けるわけにはいかない、己の行動によってハリーから父親を奪ってしまったという罪悪感。ハリーを間近で見ながらハリーの中でジェームズを見出す度に、シリウスはハリーと共に仕事がしたいという思いに駆られるのだ。

 

 シリウスの名誉のために言えば、シリウスは自分の中にあるその感情を理解できていない。あくまでもゴッドファーザーとしてゴットソンの健全な成長を願っているのだ。闇の魔術や犯罪を嫌悪し、弱きを助け、力でもって理不尽を強いる強者を挫く。そんなグリフィンドール的な大人になってほしいとシリウスは心の底から願っている。ただ無意識に、ハリーとジェームズを重ねてしまっているだけなのである。

 

「だが、今の君達にはまだ早い。友達の身を守りたければ、こういう危険な行動は慎むことだ、ハリー」

 

「ごめんなさい、シリウス……」

 

 幸い、今回はシリウスはハリーをジェームズとは呼ばなかった。ハリーは素直にシリウスの叱責を受け、罰として掃除を言いつけられた。その後の食事は和やかに進んだ。シリウスはザビニにも興味を持ったようだった。

 

「ハリー。君と君の友達のザビニだが、将来なりたい仕事とかはあるのか?」

 

「え?うーん。僕は魔法道具の研究がしたいんだけど、ザビニは分かんないな。多分決めてないと思うよ」

 

「そうか。いや、話を聞く限りでは君やそのザビニ君は、闇祓いや私がやっている闇のアイテムの取り締まりの仕事が向いてるんじゃないかと思ってな」

 

「そう思う?贔屓目が入ってるんじゃない?」

 

 ハリーは疑問符を浮かべながら言ったが、シリウスは丁寧に言った。

 

「そうでもないさ。その年齢でそこまで出来るなら有望だ」

 

 

「まだまだ未熟だが将来的には、私を超えるくらいにはなれるかもしれない。だが、折角興味があるのに無茶をして悪人たちに捕まりでもしたら本末転倒だ。もしザビニ君が良ければ、うちに招いていくつか危険な部分と、面白いところを教えておいた方がいいと思ってな」

 

 ハリーは腕を組んで考えた。ザビニが大人の話を長く聞いているイメージはなかった。魔法史の授業中、眠っているザビニの姿を思い出してハリーは不安になった。

 

「うーん。ザビニに言ってみるよ。まぁ、あんまり期待しないでね」

 

「無理なら無理でもいい。だが、もう無茶はするなよ、ハリー」

 

(……よし)

 

 シリウスは内心で手応えを感じていた。

 

 現在のハリーは研究職志望だが、まだまだOWLの受験までは時間がある。まずはハリーの友人から、闇に対抗する仕事に興味を持たせ、徐々にハリーも仕事に興味を持ってもらいたい、というのがシリウスの思惑だった。

 

 

 シリウスの思惑は、シリウスが思っていた以上の効果を発揮した。ハリーから話を聞いたザビニは一も二もなく承諾し、ハリーと一緒にシリウスの講義を受けたのである。ハリーはそこまで熱心ではなかったものの、少しずつではあるが、闇のアイテムを収集するという活動には興味を惹かれていった。

 

***

 

 夏休みが開ける前に、ハリーはロンがエジプトで購入し、ハリーの誕生日プレゼントとして送ってきたスニーコスコープを身に付けながら、ブラック家の屋敷を掃除していた。屋敷にはシリウスとマリーダもいて、二人はそれぞれ破れたカーテンを直したり、今にも落ちそうなシャンデリアを綺麗に整え直したりとせわしなく動き回っていた。

 

 ハリーが杖もなく廊下を拭いて回っているのは、言うまでもなく、ザビニと共に危険な場所を動き回った罰だ。ブラック家の屋敷は大分老朽化が進んでいた上、ハウスエルフのクリーチャーも主が住まわぬ屋敷を本気で管理する気などないのか、屋敷のあちこちに蜘蛛の巣があり、埃がハリーたちを歓迎してくれた。

 

 

 ハリーが寝たふりをしたフィニアス·ナイジェラスの肖像画を綺麗に磨き上げていると、スニースコープがけたたましく鳴り響いてフィニアス氏を飛び起きさせた。

 

「何だ!?」

 

 ハリーはスニーコスコープを止めながら周囲を見渡した。ロンが送ってきてくれたスニーコスコープはアズラエルのものとは形状が異なり、小型だ。しかし感度が良すぎるのかそれとも仕様が異なるのか、闇の魔術や危険な魔法に反応する代わりに音の調節ができない。ハリーがはじめて包みを開けたときもけたたましく鳴り響いたほどだ。

 

 ハリーが周囲を見渡すと、そこにはハリーに言わせれば老いた小人、ルナが見れば森の妖精さんと呼ぶ存在、ハウスエルフのクリーチャーがいた。首からロケットをぶら下げたハウスエルフは、ぶつぶつとシリウスへの呪詛を呟きながら、ハリーの手に持った雑巾を絞るためのバケツと水を用意してくれていた。

 

「クリーチャーさん、ありがとう。シリウスに頼まれたの?」

 

 

「……クリーチャーは……クリーチャーは……卑しいハウスエルフでございます。このブラック家を守るものに従います。お嬢様のお口添えによって純血が保たれるのであれば、私はお嬢様の命令に従うまででございます……」

 

「マリーダさんか。マリーダさんによろしくね」

 

「……ハリー·ポッターはスリザリンに入っている。あのお嬢様も。なのになぜ、あの男は……あの男ばかりが……どうしてレ……」

 

 クリーチャーは、シリウスに対して全く忠実ではなく、シリウスもまた冷淡でクリーチャーと会話しようともしなかった。それでもハリーはなるべくクリーチャーには礼儀正しく接しようとはしたが、クリーチャーは最近マリーダに心を開きはじめているようだった。

 

 ブラック家のハウスエルフであるクリーチャーにとって、たとえシリウスの子供だったとしても、ブラック家に後継者が出来るかどうかということはやはり気になるのだろう。マリーダが(聖28一族ではないとはいえ)純血でシリウスの婚約者であることと、彼女がシリウスをとりなして、ブラック家の歴史を肯定する姿勢を示したことで、クリーチャーは去年はじめて見た時より幾分か背筋が伸びていた。

 

 しかしそれでも、クリーチャーは悪態と不快なぶつぶつとした呟きをやめることはなかった。ハリーは雑巾で掃除を続けながら、とぼとぼと歩いていくクリーチャーの背中を見送った。

 

 

(……少しずつでも、いい雰囲気になっていければいいんだけど。やっぱり難しいのかな)

 

 クリーチャーの心中を思いながら掃除を続けるハリーは、どうしてスニーコスコープが反応したのかについて思考を巡らせることはなかった。

 

 




どうしてスニーコスコープが反応したのでしょうね……?
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