リーマス·ルーピンはダンブルドアとの面談の後、着任の挨拶として先輩教師たちのもとを訪れて回った。
一年限りの雇われ教師だからこそ、先輩教師たちを立て、その協力を得なければ生徒たちの万全なケアなど望むべくもない。リーマスはやって当然のことをしただけなのだが、マクゴナガルやフリットウィック、スプラウトをはじめとした教授陣の評判は悪くはなかった。不思議に思い理由を聞くと、前任と比較して常識的だというなんとも残念な理由からだった。
「キングズリーは良かったのだよ、キングズリーはね……リーマス」
フリットウィック教授は小柄な体で小さめの椅子に座りながら、リーマスが持参した菓子を嬉しそうにつまんでいた。
「ただ、その前があまりにもね……」
「はははご冗談を。私は当然のことをしているだけですが……」
リーマス自身、ここでの評価が次の仕事に繋がりかねないので気が抜けない。ホグワーツ内部での評価はダンブルドアの耳にも当然伝わってくる。ダンブルドアに対して不義理を働くわけにはいかないリーマスは、教授陣に挨拶をして回りながら、特に注意を払うべき生徒について話を聞いて回った。
最後にリーマスが訪れたのは、地下にあるスネイプ教授の部屋だった。
(…………)
リーマスがかつてこの部屋を訪れたとき、部屋の主は別の人間だった。時の流れと共にその主は変わったが、まさかセブルス·スネイプがそこに居座っているとは思わなかったし、自分がこの部屋を訪れることになるとは思っていなかった。
二度、三度と深呼吸をして、リーマスは部屋を軽くノックする。少しの間があってから、ギィ、という音を立てて研究室の扉は開かれた。
「……こんな時間に誰が何の用件だ?…………どうしてここに来た、ルーピン」
果たして、セブルス·スネイプが姿を現した。脂ぎったベトベトの黒髪を頭に乗せている姿はリーマスの記憶していた学生時代のそれを、そのまま大きくさせたように見えた。学生時代よりも皺が刻まれた顔は、スネイプが歩んできた年月の重みを感じさせた。
「夜分にすまない、セブルス。着任の挨拶にと思って持参した」
「不要だ」
リーマスは教師陣に配った包みを、セブルスに渡そうとすする。セブルスは中身を見ようともせずにリーマスにそれを突き返した。
「ルーピン。貴様は私と違って、随分と暇を持て余しているようだな。わざわざご機嫌を取るために時間を費やすとは」
そう言いながらも、セブルスは仕方なくといった態度でリーマスを招き入れた。セブルスの研究室では、調合を終えたばかりの薬品が、大鍋の上で毒々しい紫色の湯気を立ち上らせている。
「これが誰のための薬であるのか、愚鈍な魔法使いでなければ察することが出来るだろう?」
お前のためにやっているのだぞ、とセブルスは釘をさした。
事前にリーマスが差し出した自らの身体的情報をもとに、ポンフリー校医との綿密な打ち合わせのもとでスネイプが煎じている薬。それは紛れもなくリーマスのための薬であることに相違なく、セブルスが一年間だけの同僚のために、貴重な時間を費やしているという事実に変わりはなかった。
「それは済まなかった、セブルス。……私のためにここまでしてくれるとは、本当に言葉もない」
リーマスは素直にセブルスに対して非礼を詫びた。セブルスはリーマスを睨み付けるような顔になったあと、仏頂面のままリーマスに椅子に座るように促した。
「……それで?本題は何だ?貴様はわざわざ私のところにご機嫌取りのために訪れるような人間ではないだろう」
セブルス·スネイプは、その人柄を知る人間が見れば驚くほど丁寧にリーマスに対して対応した。それに対して、リーマスは居たたまれないような表情のままだった。
「……ああ。私は今のホグワーツについては寡聞にしてなにも知らないからな。教授陣に、特に気を付けるべき生徒について聞いて回っている。時間を取らせるかもしれないが、心当たりのある生徒は居ないだろうか?」
「……」
リーマスの言葉に、セブルスは微かに眉を動かし、じっと次の言葉を待った。リーマスはそれを同意とみなして言葉を紡いだ。
「私が担当する科目はDADAだ。生徒たちのトラウマを刺激するような闇の魔術や闇の魔法生物について教えることになるし、感情や理性によって制御しなければならない高度な魔法も教えることになる。極力事故を起こさないためにも、スリザリンで特にそういったものにトラウマを持っている生徒について教えてくれないだろうか?」
リーマスはそう言ってセブルスに白髪交じりの頭を下げた。セブルスにどんな感情があったのかは分からないが、暫くの沈黙の後、セブルスはリーマスに対して話し始めた。
「……最低限、教師らしく行動する気概はあるようだな。いいだろう、話してやる」
「ありがとう、セブルス。……メモを取っても構わないか?」
「記憶しろ。これから話すのは生徒の個人情報だ。外部に漏れでもすればどうなる?まずは上級生からだが、七年生にわざわざ注意すべき愚図は残ってはいない。だが六年生には一人、マクギリス·カローという阿呆な生徒がいて……」
セブルスはスリザリン生徒の中で問題のある生徒や、学力的に授業についていけていない生徒、家庭環境に問題のある生徒について話し始めた。リーマスにとって意外だったのは、セブルスが饒舌に、時には愚痴っぽく生徒たちについて話したことだった。
自分の寮の生徒に対して甘く接するセブルスであっても、生徒の持つ欠点が認識できていない訳ではない。過去に何かしらの問題を起こした生徒や、自分の担当する魔法薬学の授業についていけていない生徒にはたとえスリザリンの生徒であっても容赦がなかった。
「……次は三年生だが、今まで話した問題のある生徒について正しく記憶は出来ているか?」
「カローやフリントやケロッグという生徒の話しはインパクトがあって印象に残ったよ」
話しながら、リーマスはかつてホグワーツに居た頃のことを思い出していた。
ホグワーツ時代、リーマスはスリザリン生との交流はなかったが、監督生として最低限話す機会はあった。その時監督生たちから抱いた印象を思い出し、セブルスから話を聞いたことでリーマスはひとつの推測を得た。
……問題のある生徒というのは、スリザリン生として振る舞おうとするあまり空回っている生徒が多いのではないかと。
中途半端に適性があって寮に染まることは出来たものの、時と場と相手を選ぶことが出来ず、また選んだ上で切り捨てることを選択した生徒。
リーマスがセブルスから伝え聞く上級生の問題児たちから抱いた印象はそんなものだった。既に偏見と差別心が根付いた生徒が、特定の疾患を抱えたリーマスの指導をよしとするとは到底思えない。
「ならばいい。次は長いぞ」
そう言うと、セブルスはゴイルとクラブという生徒については今までのどの生徒よりもひどく貶した。リーマスを驚かせたのは、セブルスが生徒の指導についてリーマスに忠告までしたからだ。
「どれだけ手を尽くして教えても、聞き入れない生徒というものはいる。君が己の時間を大切にしたいのであれば、そういった生徒を切り捨てる覚悟を持つことだな」
「忠告には感謝する、セブルス。しかし私は一年限りの雇われだ。生徒を全て水準まで引き上げられると思うほど傲慢ではないつもりだが、DADAに興味を持って貰えるよう手は尽くすつもりだ」
リーマスの言葉に、セブルスはねっとりと嘲るような笑みを浮かべた。
「その心意気がいつまで続くか見物だな。……次に、三年生のハリー·ポッター。そう、貴様も知っての通り。あのポッターだ」
そしてセブルスはハリーについての話になると、ねっとりとリーマスを睨み付けながらハリーの素行について話した。
「ポッターは父親と瓜二つだ。それに加えて、シリウス·ブラックの感情的な一面まで受け継いでいる。規則など、奴にとっては何の意味も持たないのだ。ご存知だろう?」
「……私からそれについて言及することは控えよう」
リーマスの内心に、様々な葛藤が沸き起こった。リーマスはまず、自分の中でセブルスへの怒りが沸き上がったことに驚いた。自分にまだジェームズに対する友情が残っていたことや、そんな自分を浅ましいと思う気持ちで居たたまれないまま、リーマスはハリーの行動についてセブルスから話を聞いた。セブルスは、ハリーが闇の魔術を行使したことについてもリーマスに打ち明け、怒りを滲ませた。
「ポッターは闇の魔術を冒涜している。闇の魔術とは、愚鈍な学生風情が安易に手を出していいものではない。法律で禁じられているという理由もあるが」
セブルスは怒りで自分の拳を強く握りしめた。
「それ以上に許せんのは、闇の魔術という、神秘の真髄に迫るための技術を無知と好奇心にかられて濫用するその浅はかな思考回路だ」
(……ダンブルドアはスネイプは改心したと言ったが本当か?こいつは本当に改心しているのか?生徒の前で闇の魔術を賛美しているんじゃないのか?)
リーマスはセブルスが闇の魔術を賛美するともとれる発言をしたことに内心で動揺したが、ここはセブルスを立てることにした。闇の魔術を賛美していることを除けば、セブルスの発言は間違ってはいない。閉心術でセブルスの発言を肯定しつつ、論点を微妙にずらす。
「君のいいたいことは分かる。使用するリスクに対して、生徒たちに確実に安全だといえる環境を確保できないからな」
「……ああ。ポッターは己の力量を弁えていない愚か者だ。魔法が暴発する可能性を考えていない」
闇の魔術の訓練は、本来は闇の魔術を抑止できる上位者の監視のもとで行わなければならない。かつて闇の魔法使いだったセブルスは、皮肉にもそれをよく知っていた。そしてセブルスに言わせれば、ハリーの行動は誉められる部分が何一つとしてなかった。
独学で闇の魔術について学んだ挙げ句。たったひとりでそれを訓練し習得した。たまたま、あまりよいことではないがハリーに闇の魔術の才能があったから良かったようなものの、そうでなければ魔法を暴発させてハリーは焼け死んでいただろう。ハリーの行動はそれほど非常識で危険なものだったのである。
セブルスはその後も、ハリーの行動についてリーマスに語った。語り続けた。
(……)
(…………おい)
(……おい……スネイプ……お前はいつまで話すつもりだ……?)
リーマスはハリーの行動について問題のある箇所は素直に相槌をうっていたが、次第にセブルスの愚痴はハリーの些細な行動にまで及びはじめた。
流石に長い。リーマスの体感でしかないが、ハリーに関する愚痴だけで既に20分は経っている。
リーマスは、セブルスに対してハリーに関するダンブルドアからの依頼を打ち明けるべきか迷った。ダンブルドアは当初、リーマスにハリーに対する厳しい指導を行なうように指示し、セブルスにはそのフォローとしてハリーに対するケアを行なうという計画を立てていた。だからリーマスは、セブルスとハリーとの間に最低限教師と生徒としての信頼関係が構築されているものと思っていたのだが。
(これは……不味いな)
セブルス·スネイプには、ハリーから信頼されようという意志が感じられない。ホグワーツの寮生は通常、自寮の教授に対して絶対に近い忠誠心を持つものだ。自分の少年時代からずっと寮監として君臨し、やがて就職活動のアドバイスを受ける存在なのだから当然なのだが、セブルスにそれが出来ているのだろうかとリーマスは不安になった。
最悪なのは、セブルス自身がハリーと信頼関係を構築する気がないように見えることだ。セブルスはハリー自身の行動からハリーを嫌っているというよりも、過去にセブルスに対して屈辱を与えたハリーの父親とハリーを同一視し、過剰に嫌悪しているようにリーマスには見えた。
とはいえ、リーマスはそもそも他人からの評判でしかハリーの人柄を知らない。ハリーがセブルスの言動通りにジェームズの悪癖を引き継いでいる可能性もないではないし、その場合セブルスには同情の余地があるとリーマスも理解はしている。過去の件に関してはリーマス自身も加害者でもある上に、過去について今さら謝罪しようとは思っていない。セブルスたちとリーマスたちは互いに加害者同士という間柄で、今さらそこに触れても何一つ変わりはしないからだ。
(ハリーに対して精神面のケアを行なうのは、セブルスでは不可能なのではないだろうか……?)
リーマスは不安を感じながらも、セブルスにダンブルドアからの依頼について打ち明けることにした。セブルスに対しては話しても良いというダンブルドアからの許可も貰っているので、今話しておいた方がよい。
「……セブルス、ポッターが前学期に闇の魔術を行使したことについてだが……」
リーマスはついに、セブルスが一息ついた瞬間を見計らって言った。
「ダンブルドアは、それを快くは思っていない」
「当然だろう。闇の魔術は、ポッターごときに扱えるような力ではない」
セブルスは何を当たり前のことを、とリーマスを睨み付けた。リーマスは軽く頷いた後、セブルスに問いかけた。
「ダンブルドアは、ディメンターはポッターを狙ったと考えている。闇の魔術を使ったポッターを、闇の魔法使いと見なしていると。ディメンターは闇の魔法使いを見分けると言うが、どうやって認識しているのか知っているか?」
リーマスからの問いを、スネイプはどう受け取ったのか。セブルスは少し考え込んだあと、リーマスにこう言った。
「…………少し待て、ルーピン。私は魔法生物飼育学を受講していないし、魔法生物の専門家でもないが……しかし、闇の生物に関する書物は買った覚えがある」
セブルスはそう言ったあと、自らのトランクの中に消えた。
(……分からない、と言うのはプライドが許さないか、セブルス·スネイプ)
リーマスは自分の知らないセブルス·スネイプという人間の一面を知った。だからと言って特に感慨があったわけでもないのだが。
セブルスの研究室となっていた場所をぐるりと見渡し、整髪剤の材料や胃腸薬の小瓶を発見してはどの学年の授業で用いるものかあたりをつけた。流石と言うべきか、セブルスの研究室は整理と整頓が行き届いていて無駄がなく、どの棚を見ればどんな素材があるのか大体の検討がつくようになっていた。
リーマスが戸棚を見回して四年生の授業で使った覚えがある発髭剤の素材を発見したとき、スネイプはトランクの中から這い上がってきた。
「これを見ろ。ディメンターの生態と、連中の行動について記載されている。『連中は獲物から吸収する幸福感から魔力を生成し、獲物の魔力を吸収する。闇の魔法使いに対してはその吸収量が少ない』と書かれている」
「……ああ、確かに書かれているな。これに従えば、ハリーを狙ったというわけでは無さそうだが……」
セブルスがリーマスへと渡したのは、学術的に闇の生物の生態を纏めた貴重な本だった。現在のリーマスでは手が届かないような値段に恐れを抱きながらも、リーマスは本を手に取りセブルスが指定したページを読み込んだ。
「アズカバンにて、闇の魔法使いと軽犯罪者がディメンターに接した場合の単位時間におけるディメンターの魔力吸収量の比較、か。魔法省も随分録でもない研究をしている」
「闇の魔法使いは、ディメンターが近づいた時、ディメンターに吸収される幸福感そのものは少ない。その少ないとされる原因は、度重なる闇の魔術の行使によって精神が磨耗し、ディメンターの食糧である『幸福な感情』の絶対量そのものが少ないためだ」
「……なるほどな。わかりやすい。だが、疑問があるので聞いてもいいか?」
「構わん。つまらない質問でなければな」
セブルスは、リーマスの知る限り最も闇の魔術に魅せられた人間だった。話題がディメンターと闇の魔法使いとの相関々係になったとき、薬学教授は当初の不機嫌さが嘘のように饒舌に話し続けた。
「その資料には、ディメンターが吸収する幸福の感情が闇の魔法使いは少ない、と書かれているのか?」
「ああ。欠けた魂の持ち主から得られる幸福感では、ディメンターの足しにならないというのが最新の学説だ……異論があるようだな?」
リーマスは話の後半に関しては信用しなかった。魂の観測という分野は闇の魔術に両足を突っ込んでいて、闇の魔術の専門家ではないリーマスにその真贋を判定することはできない。リーマスは、話の前半部分、つまりディメンターが幸福感から闇の魔法使いを見分けている部分についてセブルスと議論した。
「セブルス。揚げ足を取りたくはないが、食事後のディメンターの魔力増加量から、ディメンターが吸い取った幸福の量を比較するというこの研究は……無理があるんじゃないか?闇の魔法使いであるかそうでないかは抜きにして、元々持っている幸福感には個人差があるだろう。相対的な量の多い少ないを他人が推し量ることは無理があるし、ディメンターにその判断が出来るというのが、私は疑問だった」
「『食事』として考えてみろ、ルーピン。貴様は肥えた豚と痩せた豚ならばどちらを好む?品種だけでなく、環境や育ちで味が変わるという程度の知識はあるだろう。ディメンターにとっては闇の魔法使いは普段食べている豚に過ぎん。しかし、ディメンターにとっては抵抗されることなく食べられる餌なのだ」
「……闇の魔法使いはパトロナスを出せないからか」
リーマスはこれを言っていいのかどうか迷った。セブルスは元闇の魔法使いで、パトロナスを出せないとリーマスは認識している。しかし、セブルスは気にした様子もなく話を続けた。
「パトロナスを出すために必要な幸福な記憶、幸福を幸福として認識する感受性。それらが欠乏している人間に-」
セブルスの言葉を、リーマスは引き継いだ。
「パトロナスは出すことが出来ない、いや……より悲惨な結末を迎える」
リーマスは暫く黙って考えた後、セブルスに聞いた。
「しかし、私は昔パトロナスを出せるにもかかわらず邪悪さを持った人間を見たことがある。闇の魔法使いは出せないという法則から言って、そいつは闇の魔法使いではなかったということだが……一体、どうやってその差が生まれているんだろうな」
「……ほう」
その人間とは、あえて明言は避けたが、ピーター·ペティグリューであった。
ジェームズとリリーが死亡する四日前に、リーマスはピーターと行動を共にしていた。デスイーターとの戦闘のとき、共同戦線を張っていた闇祓いたちが死亡しディメンターが制御不能になったことがあった。
その時、リーマスだけでなくピーターも有体のパトロナスを使用したのである。この事はリーマスが未だに抱え続け、そして悩んでいる秘密だった。
「話がディメンターから少し逸脱している気もするが、まぁいい。闇の魔法使いとそうでない人間との差が何か、あえていうならば……体験と罪悪感の差だ」
「体験、というのは闇の魔術を使うことか?」
「そうだ。闇の魔術を行使し、明確な意思を持って生命を殺害する。が、これだけではディメンターが闇の魔法使いだと認識する要因にはならん。それは貴様もよく知っているだろう」
「……」
「問題は犯した行為に対する罪の意識だと、私は考える。それがある人間は、闇の魔法使いとしては不適当なのだ」
「罪悪感、か」
リーマスは自分自身、先の戦争において生き抜くために行なった闇の魔術や、いくつかの犯罪的な行為に罪悪感を抱えながら生きている部分もある。しかし、セブルスの考え方には賛同しかねていた。裏切っていたピーターに罪悪感があったのか、それとも他責的な思考回路でいたのか、リーマスには判断できなかったからだ。後者だとすれば、ピーターがパトロナスを召喚できるのは疑問が残る。しかし、セブルスは自らの推測に自信があるようだった。
「訓練された闇祓いたちは、公的な意思のもとで『正義』や『秩序』、あるいは『市民の安全』のためか。それらのために己の罪を認識した上で覚悟のもとに手を汚すと聞いている。それは、貴様の方が詳しいだろうがな」
「……ああ。確かに、闇祓いは法律に従って行動している」
「あるいは貴様たちのような不死鳥の騎士団の団員たちも、親しい友人や家族のために戦っていただろう。正義のための行為というわけだが、そこに罪の意識は持っていたと思う。だが、闇の魔法使いが何を考えていたのか教えてやる」
スネイプはほとんど感情の読み取れない顔で、リーマスに言った。
「己のためだ。己にとって都合のいいもののためだけに行動する。……そしてその行為の一切に罪悪感を持たない。それが闇の魔法使いの本質だ」
「…………罪の意識の有無が、闇の魔法使いとそうではないものを隔てる壁だというのか?」
リーマスは理不尽さを感じ取っていた。暗黒時代、闇の魔法使いとして開き直った人間の屑は何人も見てきたし、死ぬべきではない人たちを殺されもした。それでもジェームズたちは、相手は人間で、自分達が同じところに堕ちないためにと殺害ではなく無力化という手段を取れる時は取った。
しかしながら、一切の罪悪感を感じないような怪物たちを相手にしていたとなれば、寒気がする。そのために何人の尊い命が犠牲になったことか。
何より、かつてはそんな連中と行動を共にしてきたセブルス·スネイプが教師をやっていることにも理不尽さを禁じ得なかった。セブルスはリーマスの内心の葛藤には気が付かなかったようで、リーマスに冷静に言った。
「この知識は防衛術の授業で言う必要はないぞ。はっきり言えば、無駄な知識だ。この知識が一般化された日には、罪の意識を抱えているから己は闇の魔法使いではないと言い張る輩が出てくるだろう」
「勿論だ。……ありがとう、セブルス。曖昧だった認識が整理された気がする」
「この程度はどうということはない」
闇の魔術について議論できてどこか満足げなセブルスに対して、リーマスは思い悩んでいた。ハリーを闇の魔法使いから更生させるというダンブルドアの試みの難しさを改めて思い知っていた。
(ダンブルドアの推測が正しければ……ハリーは心の底の底では、闇の魔術に対する嫌悪感は消失している。その上、状況的に殺害が肯定されるような体験を二度もしている。ハリーに挫折感を与えろとダンブルドアは言うが……)
リーマスはいくつかの不安要素を抱えたまま授業に臨むことに、危機感を覚えた。最悪の中の最悪の事態を想定して、リーマスはセブルスに言った。
「……ダンブルドアは私に、ハリーが闇の魔法使いでは無くなるよう指導しろと仰った。セブルス。もしもわたしが防衛術の呪いで依頼を果たせなかったときは、君にその役目を頼んでも良いだろうか?」
リーマスの言葉に、セブルスは先ほどまでの上機嫌な様子を一変させて唸った。やがて、忌々しそうに頷いた。
「あの方はいつも私達に無理難題を押し付ける。それがどれだけ難しいのか、考えもせずに……」
「それだけ君を信頼しているということだろう、セブルス」
リーマスは暫くセブルスの愚痴に付き合わされたあと、セブルスといくつかの取り決めをかわした。
「……ポッターの精神状態に関しては、互いに気付いたことを共有する他あるまい」
「分かった。何か違和感を感じたら話そう」
一つ、ハリーの精神状態については共有すること。
「貴様はブラックから聞いているだろうし、私の話でも察したとは思うが。ポッターは無能な働き者だ」
「学生ならそんなものだろう。怠惰であるよりはまだマシだと思うが……」
「奴に武器を与えるな。これ以上力を与えて増長させれば取り返しがつかなくなるぞ」
一つ、戦闘技術の指導をしないこと。
そして最後の一つ。これは、ハリーとは関係がなかった。
「……ルーピン。貴様のために煎じた薬を、必ず全て疑い無く飲み干すと誓え」
「生徒の安全のためだ」
それはリーマスの持病に関するもので、リーマスにそれを否定する気はなかった。リーマスは一も二もなくそれを了承した。
スネイプ(ルーピンを下手に貶めると後が怖いなあ)
スネイプはアンブリッジと違って最低限のリスクの計算が出来る男……
やっぱり学生時代に失敗して学ぶべきことってありますね。