蛇寮の獅子   作:捨独楽

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愛じゃよ。愛。


LOVE (1)

 

 

***

 

 はじめての決闘クラブから一夜明けたとき、魔法薬学教授の苛立ちは頂点に達していた。

 

 ルーピン教授のDADAの授業で出現した、『女装したスネイプ教授』……ネビルの祖母の姿に女装したスネイプ教授のボガートの噂が学校中に広まり、この度めでたくスネイプ教授本人の耳にも届いてしまったのだ。

 

 スネイプ教授が味わった屈辱は相当のものだったに違いない。スネイプ教授はその鬱憤を、あろうことか生徒にぶつけた。もしかしたらルーピン先生本人にも何かをしたのかもしれないが、それはハリーたちの知るところではない。哀れな実行犯となったネビル·ロングボトムは、魔法薬学の授業で上手く薬を煎じることが出来なければ愛するヒキガエルのトレバーを『縮み薬』によって殺害すると脅されてしまった。

 

(流石に可哀想だな……)

 

 ハリーはスネイプ教授の薬学の腕を尊敬しているし、自分の寮の先生としてハリーなりに尊敬している。それでも、ペットを愛する飼い主として今回ばかりはネビルの味方をしてあげたいと思った。ネビルがハーマイオニーに泣きついている間、ハリーはスネイプ教授に薬品の質問をした。

 

「…………ポッター。どうやら君は薬学の貴重な時間を無駄にすることが好きなようだ。わざわざ答えてみれば出来ているではないか!!」

 

 スネイプ教授はハリーが無駄な質問をしたとして一点を減点した。

 

「はい。ファルカスが困っていたので、代わりにと思いまして」

 

「スリザリンは更に二点減点!」

 

 ハリーは減点されたところでどうということはなかった。これまでもハリーはスネイプ教授から減点された後は、それ以上に他の授業で発言することで取り返していた。

 

 結局その日、ネビルのヒキガエルは縮み死ぬことなく解放されネビルの手元に戻った。スネイプ教授はハーマイオニーがネビルを助けたところを目にしていたようで、難癖をつけてグリフィンドールから五点を減点した。

 

***

 

 レイブンクローの髪飾り探しを翌日に控えたその日の放課後、端正な顔立ちをした黒人のスリザリン生は決闘クラブに行く前に、ホグワーツで最も高い場所である塔の上に向かった。いつも一緒にいるハリーたちの姿はない。ハリーもアズラエルもファルカスもまだ授業中なのだ。選択科目の数が少ないザビニは、友人たちよりも空いた時間を自由に使うことが出来るのである。ヒソヒソと囁きあうレイブンクロー生の青いローブを無視し、鬱陶しいポルターガイストを糞爆弾で撃退して一気に塔の天辺へと向かった。

 

「……やぁ、ミスターザビニ。元気そうで何より」

 

 塔の屋上は珍しく青く晴れ渡っていた。ザビニの目は一瞬、待ち合わせをしていた男性の澄んだ青い瞳と、男性の肩で美しく炎を滾らせながらさえずる不死鳥に魅せられ、息を呑んでいた。ザビニはこれまでの経験から美しいものだけが素晴らしいわけではないと学んでいたが、それでも尊ぶべき『美』というものがあると確信していた。

 

「……あ、はい!ありがとうございます、校長先生!!」

 

 ザビニは不慣れながらもしっかりとお辞儀をしてダンブルドア校長に向き直った。

 

「いや、そう固くならなくても良いよ、ミスターザビニ。今日は晴れたよい日だ。こんな日は、レモンキャンデーでも食べながら紅茶を呑んで寛ぎたいと思っていた」

 

 ダンブルドアの言葉が終わった瞬間、一瞬にしてテーブルと椅子、そして紅茶がザビニの前に現れた。ザビニはまた言葉も忘れて圧倒されていた。

 

(……うわー、どうやったんだこれ。杖は振ってなかったよな。透明化か?テレポートで持ってきたのか?でも、ホグワーツじゃ使えない筈だよな)

 

「あ、ありがとうございます。それで相談の件なんですけど」

 

「ああ、手紙で教えてくれた魔法についてかな」

 

「……はい」

 

 ザビニは夏期休暇のとき、ハリーの部屋で『悪霊の火』や『死体操作』といった、許されざる呪文の次くらいには危険で、気持ち悪い魔法の理論を発見した。その場で理論の紙は焼却しザビニの脳内にはもうそれは残ってはいないが、ザビニが心配していたのはハリーについてだった。ハリーがもしそれを使ったとき、友人としてどうすればいいのだろうと思った。

 

 シリウス·ブラックなり、ザビニを一時保護してくれたユルゲン·スミルノフなりに相談するという手段もあった。しかし、ある意味でそれは意味がないことでもあった。

 

 ハリーは自分から厄介ごとに突っ込んでいくが、前学期の日記などは明確にハリーを殺しに来ていたと後でわかった。そして今も、推定でハリーを狙っているかもしれないドロホフというデスイーターが英国を徘徊しているのだ。

 

 ハリーが生き残るために、そして出来ることなら、闇の魔術で人を殺さずにすむようにするにはどうすればいいか。ザビニは夏期休暇が終わる寸前まで悩み、英国最高の善の魔法使いだと言われているアルバス·ダンブルドアに手紙を出した。驚いたことに、ダンブルドアはすぐにザビニへと返信をくれた。手紙には、新学期が始まったあとすぐに直接会って話を聞いてくれるというダンブルドアのありがたい言葉があった。

 

 

(本当に良かったぜ……ちゃんと話を聞いてくれるなんて思っても見なかったけど、ダメもとでも相談しておくもんだな……)

 

 実際のところ、ダンブルドアは暇ではない。一学生と会うよりも重要な雑務、ファッジという、ダンブルドアの知恵を求める存在との会談の予定もあったが、無理を言ってそれを後にずらしたのである。ザビニはそんなことは露知らず、尊敬と期待の目をダンブルドアに向けていた。

 

(ハリーはダンブルドアを嫌ってるけど、一番強い善人の魔法使いなんだからダンブルドアに頼るのが安牌だろ)

 

 ザビニは、ハリーがどういうわけかダンブルドアを嫌っていることを知っている。大方ドラコあたりに根も葉もないことを吹き込まれたのだろうと思っていた。だから真っ先にダンブルドアを頼ったのである。

 

「夏休みに魔法の紙を燃やして以来、ハリーは闇の魔術とかには手を出してないと思うんです。ですけどもし、ホグズミードとかでドロホフと出会ったら……」

 

 ザビニは意を決して言った。これを言うことで、ダンブルドアのハリーに対する心証は悪くなるかもしれない。だがザビニはダンブルドアを、ある意味でその評判の通りの人間に違いないと盲信していた。

 

 善の側にいる存在で、最強の魔法使いで、色んな人から頼られているんだから。

 問題児であったとしても、ハリーを守ってくれる筈だと。

 

 

 

「ハリーはそれを使うと思います。何とかあいつが使わなくてすむように出来ませんか?……その、先生がドロホフを捕まえるとか……」

 

「私もそうしたいのは山々なのだが……」

 

 ダンブルドアはザビニに申し訳なさそうな視線を向けた。しかし、校長ならばドロホフにも勝てるということは否定しなかった。

 

「ドロホフの居所が分からない以上は手の出しようがない。脱獄してから、あの犯罪者は尻尾を見せてはくれない。肝心なときに役立たずの校長ですまない」

 

「そりゃそっすよね。……あ、いや、それはそうですよね」

 

 ザビニはがっくりと肩を落とした。当たり前の話である。

 

「……私はそこまで悲観してはいないよ、ザビニ」

 

「ドロホフは凶悪な魔法使いだ。闇の魔術の中でも炎の魔法の扱いを熟知している。しかし、ドロホフという魔法使いのことを、英国中の闇祓いたちは血眼になって追っている。彼らの総力をもってすれば、ドロホフ一人を捕らえることはそう難しいことではないと信じている」

 

「……」

 

 ザビニはこくりと頷いた。

 

「ハリーについても、闇の魔術そのものに興味があった訳ではないのだろう。君の話を聞く限り、ハリーは勤勉な普通の学生だ。自衛のために学んだ知識である以上、格上であるのを分かっていて挑もうとするほど愚かではないと信じる」

 

「いや……まぁ……ハリーも一応スリザリンなんで勝ち目のない相手に向かうほどアホじゃないとは思うんですけど」

 

(でもなんか、ハリーは目の前で何かあったら絶対ドロホフを殺そうとするだろうし……)

 

 ザビニは歯切れが悪くなりながらも頷いた。ハーマイオニーが石にされてからのハリーの狂気を思い返して、果たしてハリーが目の前にドロホフが出現したとき、冷静でいられるだろうかと思った。しかし、面識のない校長先生にそれを言うにはザビニには度胸が足りなかった。

 

「期待に応えられない代わりと言っては何だが、君に渡しておきたいものがある」

 

「え?……俺に、ですか?」

 

「うむ。火消しライターというマジックアイテムだ」

 

 ダンブルドアが懐から取り出したライターをカチカチと鳴らすと、燃え上がっていたフォークスの炎は一瞬のうちにライターへと吸い込まれた。

 

「スゲー……」

 

 ザビニが口笛を吹くと、ダンブルドアはザビニに微笑んだ。フォークスは自身の炎を奪われたことで、不満げな顔を見せているように見えた。

 

「これは本来、ノックス(闇よ)という魔法で街灯の明かりを消すためのものだが、このように炎を消すことも出来る。『悪霊の火』であろうと、これがあればどうということはない」

 

「ドロホフの炎をこれで消せってことっすね!」

 

「ドロホフには、それ以外にも強力な魔法がある。君に期待しているのは、これのもう一つの使い方だ」

 

 

「別の使い方…ですか?どんな?」

 

「テレポートだ。これがあれば、ドロホフが命を狙い近寄ってきても『逃げる』ことと『逃がす』ことが出来る」

 

「……!!」

 

 ダンブルドアは、穏やかな目でザビニを見た。ザビニは、汗が背中をつたうのを感じた。

 

(……そ、そんなすごいものを貸してくれるって……?俺に?何で!?)

 

「い、いいんですか、本当に?ハリーじゃなくて俺で?」

 

「ハリーに持たせたら、周囲の皆を逃がして自分だけ残ろうとする可能性もあると思ったのでね。これは君に持っていて欲しい」

 

 ザビニは恭しく校長から火消しライターを受け取った。ザビニの手の中にあるライターは、マグルの世界で売ってある普通のライターとそう変わらないように見える。

 ザビニは何度か試しにライターを使わせてもらい、不死鳥の炎が吸い込まれていくさまを存分に楽しんだ。ダンブルドアは抗議の声をあげるフォークスを撫で、火消しライターを面白がるザビニをにこにこと見たあと、ザビニに対して話しかけた。

 

「ところでザビニ。君は何か、悩み事などはないかね?」

 

「ハリーですか?まぁ……今のところはないんじゃないですかね。夏休みに無茶苦茶勉強したお陰か調子がいいみたいですよ?」

 

「いいや、君だよ」

 

 ザビニはまさか自分が気にかけられたとは思わなかったようで、まじまじと校長先生の顔を見た。校長先生はのほほんとした顔のままだった。

 

「っあー……悩みっていうか何ていうか。つまんない話なんですけど」

 

 ザビニはダンブルドアの瞳を見ていると、心が落ち着いていくような気がした。ザビニの話を無条件で信じてくれた上に、貴重なアイテムまで貸してくれたとあって、ザビニの中でのダンブルドアに対する心証は非常によい。

 

 

 ザビニは自分の母親の問題については、ダンブルドアには話さなかった。話したところでどうなるものでもないと割り切るしかなかった。

 

「友達の友達にすっげー嫌な奴がいて、そりが合わないんですよ。だけど今度そいつとも遊ぶことになっちまって」

 

 ザビニは誰がそうなのかまでは話さなかった。ダンブルドアはザビニの話にしっかりと耳を傾けた。

 

「なるほど、良くあるがそれゆえに『面倒』だと思っているのだね」

 

「まぁそうです。あいつ、自分が悪くても絶対謝らないんすよ。その上で滅茶苦茶なことばっか言ってくるからストレスが溜まるっていうか……」

 

 ザビニは一度愚痴をこぼすと、それを止めることはできなかった。ザビニが嫌なのは、『友達の友達』であるドラコがハリーたちの集まりに入ってきて、ザビニにまで大きな顔であれこれと指図することだった。

 

 

 ザビニはドラコが自分の母親を貶めたことを赦さない。自分の母親がどうしようもない人間であることをザビニは良く理解している。

 

 

 ……他の誰に言われても我慢するだけの分別はあるつもりだったのだ。しかし、よりによって親が人殺しかもしれないドラコが、その事もわきまえずにザビニの地雷を踏んできた。

 

 ファルカスやアズラエルと組み、ドラコに陰湿な嫌がらせでもして排除するという手もあるのだが、ハリーの手前何とか自制している。しかし、まかり間違ってこの先もドラコが顔を出してくるならばそういう手段にも出ようと思っていた。

 

「そういう『友人未満』の他人に対しては、同じテーブルでゲームをしてみるのもいいのではないだろうか」

 

「ゲームっすか?俺、あいつと仲良く遊びたくないんですけど」

 

 ザビニは悩んだ。そもそも、ドラコなんかと仲良くなりたくはないというのがザビニの悩みなのだ。ダンブルドアの口からゲームという単語が出たことは意外だった。

 

「仲良くなろうとする必要はないのだよ、ザビニ。ゲームはゲームだからこそ、気楽にやることが出来る。相手のそれまで知らなかった一面が見えてくることもある。まず相手を知ってみて、それからつきあい方を考える、ということだよ」

 

「……友達にそういうのが詳しい奴がいるんで、いいのがないか聞いてみます。ありがとうございました、校長先生」

 

「うむ。下り階段はよく消えるので足もとに気をつけて帰りなさい、ザビニ」

 

 ザビニはダンブルドアに深くお辞儀をしたあと、ニヤッといたずらっぽく笑ってかちりと火消しライターを使った。フォークスは自分の炎がまた奪われたことで抗議の声をあげたが、ザビニはけたけたと笑いながら廊下を駆け降りていった。

 

(……ミスターザビニの精神状態はひと安心、といったところか)

 

 ダンブルドアは空になったティーカップを魔法で片付けながら、ザビニの話す『友人の友人』について検討をつけていた。

 

(しかし、彼らの間に構築された関係が、新しい人間関係によって破綻すれば、たとえザビニが善側であっても、ハリーの善側に傾いている精神の均衡はまた崩れる……か……)

 

 ダンブルドアは、ハーマイオニー·グレンジャーやブルーム·アズラエルから受け取った手紙を見返し、またため息をついた。

 

(ハリーの精神状態は、夏期休暇の度に闇に近づいている。シリウスに憧れてくれると思っていたのだが……)

 

 

 ダンブルドアは、ハーマイオニーやアズラエルからも相談されていたのである。ダンブルドアはシリウスに預けた自分の采配が間違っていたのか、少しの間自問自答した。

 

(ハリーはシリウスを間違いなく慕っている。しかし、これほど早く闇の魔術へ傾倒するとは…)

 

 実際のところ、ダンブルドアの誤算は、ハリーの友人に闇の魔術に対して寛容な生徒が紛れ込んでいたことにあった。

 

 ハリーがスリザリンに組分けされたとき、スネイプに寮の部屋割りを任せた結果として、ハリーのルームメイトはデスイーターとは無関係の両親を持つ生徒で構成された。しかし、闇の陣営とは距離を取っていたとしても闇の魔術に対する興味や関心を持つ生徒はスリザリンに入りがちである。ダンブルドアの誤算は、闇祓いを祖父に持ち闇の魔術に対しても寛容なファルカス·サダルファスという生徒がハリーの友人になったことなのだ。

 

 ハリーは純血主義を信仰することこそなかったものの、結果として高い攻撃性を持ち、憎悪や怒りを消費する魔法を多く身に付けることになった。同年代の少年たちの中では過剰とも言えるハリーの才能が悪しき方向に成長すれば、ハリーの人生はとても忌まわしいものになるであろうことは想像に難くなかった。

 

 しかし、この時、ダンブルドアは自らの力を発揮し魔法省のドホロフ追跡捜査に協力するという選択も、ハリーに対して直接面談し、回りくどい手を使わずに彼を指導するという手も取らなかった。その選択が正しかったのかどうかは、これから明らかになる。

 

***

 

 その日、ハリーはルーピン先生の個人指導を受ける予定だった。薄暗い廊下を杖の明かりを頼りに進んでいると、ルーピン教授の部屋の前で待ち構えていたロンに遭遇した。

 

「ロン?どうしたのそんなところで」

 

「あー、ハリー。実は思い出したことがあってな」

 

「占い学の授業で不吉なお告げでも出たの?」

 

「そうだったら気にしねーよ。だって俺預言者じゃないし」

 

「そりゃそうだ」

 

 ハリーとロンのどうでもいい漫才はすぐに終わり、ロンは真面目な顔になってハリーに言った。

 

「例のルナが探そうって言ってたレイブンクローの髪飾りなんだけどさ。『被るとアイデアをくれる』っていうのがどうも怪しくて、気になって」

 

 ハリーが続けてほしいという目で見ると、ロンはそう思った根拠を言った。

 

「ほら、ゴーストとか肖像画は色んな魔法とかの知識が内包されてても、本人が知らないことはわからないんだ」

 

「……なるほど、それなのにレイブンクロー本人が知らないかもしれない知識をくれるっていうのはおかしい?」

 

 ロンはこくりと頷いた。

 

「そう。ハリー、去年キングズリー先生が授業で言ったこと、覚えてるか?」

 

「『脳ミソが何処にあるかわからないものは信用してはいけない』。闇のアイテムを見分けるときの鉄則だったね」

 

 

「うちの親父も同じことを言ってたんだ。レイブンクローの髪飾りも、もしかしたら闇のアイテムかも」

 

 ハリーは困ったように頭をかいた。

 

「……まぁ。宝さがしの最中にルナに話を聞いてみるよ。詳しい言い伝えが残ってるかもしれない」

 

 

「俺が闇のアイテムかもって言ったのは内緒にしてくれよ。レイブンクローへの侮辱になるし」

 

「スリザリンよりは全然マシだよ。レイブンクローが闇の魔法使いだったって話は聞いたことがないし、多分僕よりもマシだね」

 

 ハリーの自虐にロンは吹き出しそうになったが、こらえた。

 

「……まぁ、レイブンクローの髪飾りなんて見つけたって奴は聞いたことないし、どうせ見つからないだろうけどさ。ちょっとだけ気をつけておいた方がいいと思う」

 

「……そうだね。教えてくれてありがとう、ロン。用心して君がくれたスニーコスコープを持っていくよ」

 

「……あれ役に立つのかなぁ。安ものだぜ?」

 

「ディメンターに反応したから大丈夫さ。髪飾りのことは期待しないで待っててよ。どうせ見つからないだろうし」

 

 ハリーはロンと別れ、ルーピン先生の部屋を三回ノックした。一瞬の間のあと、穏やかそうな防衛術教師が扉を開いてハリーを招き入れた。

 

 

***

 

 ルーピン先生に対して深くお辞儀をし、軽い挨拶のあとハリーはボガート退治のために杖を構えた。準備万端という様子で身構えるハリーに対して、ルーピン先生は微笑みを絶やさずに言った。

 

「ハリー、そうやって緊張して身構えるのはよくない。リラックスして、恐ろしいものに対して笑える姿をイメージするんだ」

 

「そんなに緊張してましたか?」

 

「ボガートっていうのは不思議な生き物でね。気の持ちようと、イメージの明確さで難易度が大きく変わるんだ。目をつむって深呼吸をして、すきま風に耳を澄ませよう」

「……」

 

 ハリーは言われたとおりに目をつむり、じっと周囲の音に耳を傾けた。振り子時計の音だけが、ルーピン先生の部屋に響き渡っている。ハリーは自分の張り詰めていた魔力がいったんほどけていくのを感じた。

 

 

 

「いい兆候だ。肩の力が抜けてリラックスできている。……ハリーは、どんなものが恐ろしいと思った?」

 

 ルーピン教授の問いに、ハリーは少し声を上ずらせながら言った。

 

「……バーノン叔父さんです」

 

「……そうか。それでは、その叔父さんはどんな格好かな?」

 

「上等のシルクハットに、茶色のスーツを着ています」

 

「うむ。それではその叔父さんの。ハリーにとって一番笑える姿をイメージしよう。言ってごらん、ハリー」

 

 ハリーはバーノンの帽子が脱げて髪の毛ごと吹き飛ばされた姿を話した。ハリーが少し笑っているところを見て、ルーピン先生はハリーに目を開けてもよいと言った。

 

「オーケーだ。しっかりとイメージできているようだね、ハリー。ボガートの馬鹿馬鹿しい姿は、曖昧なものより明確で、より笑える姿である方が望ましい。考えてきたのかい?」

 

「はい」

 

 

「勉強熱心なのはいいことだ。その姿でやってみよう、ハリー」

 

 

 そして出現したボガートは、ハリーの前でバーノン·ダーズリーの筋肉質な巨体へと変貌した。ハリーは手に汗を滲ませながら、イメージした姿をボガートに押し付けた。

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

 ハリーは手応えを感じた。バーノンのシルクハットは吹き飛ばされ、ついでに髪の毛は禿げていた。

 

 しかし。

 

 バーノンの目を見て、ハリーはたじろいだ。

 

「この親不孝者が!!どの面を下げて私に杖を向けているっ!!!」

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい!!)!!」

 

 ルーピン教授の部屋に、ボガートの怒号が響き渡った。ハリーは無視してバーノンのスーツのポケットを全て外そうとした。

 

 しかし、バーノンの服は何の変化もない。バーノンはまたハリーを罵倒しようと口を開いた。

 

「お前を引き取ったのは失敗だった!!お前のせいで私やペチュニアやダドリーの人生は滅茶苦茶だ!!ええ?どう説明すればいい?ご近所様やマージやお得意様に、お前のいかれた魔法のことをどう説明しろというんだ!」

 

(そんな筈はない!!)

 

 ハリーはバーノンの声を聞きたくなく空いた左手で耳を塞ぎながら、リディクラスを唱えようとした。しかし、バーノンの罵倒がハリーの耳元に届くよりも先に、ルーピン先生のリディクラスがバーノンを丸い球体へと変化させた。ハリーはそれがスニッチに見えた。

 

「ハリー、すまない。大丈夫かい?」

 

「せ、先生。もう一度、もう一度お願いします。今はイメージが上手く行かなかっただけで……」

 

 ルーピン先生は、仕方なく、もう一度ボガートを出した。ハリーは失敗した。今度はまたイメージを変えて挑んだ。ボガートは弱るどころか、ハリーの恐怖を感じ取って膨れ上がった。また挑戦し、そしてまた失敗した。五回目を頼もうとしたとき、ルーピン先生はついにハリーの挑戦を禁じた。

 

「ハリー、無理をするのはよくない」

 

「無理じゃありません!僕はまだイメージができていないだけで……!!」

 

 ルーピン先生は、悲しそうな顔でハリーを見ていた。ハリーはルーピン先生のその視線に耐えられなかった。

 

「ハリー。自分の手を見てみなさい」

 

 ハリーは思わず杖を握っていた手を見た。杖はハリー自身の嫌な汗で滲んでいる。

 

「……ハリー。ボガートに勝てないということは、誰にでもあることなんだ。私も、私の友人も昔はそうだった。本当に恐ろしいものに遭遇したとき、人はそれに打ち勝つことはなかなかできないものなんだ。それを恥じる必要はないんだよ、ハリー」

 

 ルーピン先生の声は、教室の中で聞いたものと同じ穏やかな声だ。ハリーはルーピン先生の指示に従うべきだと自分に言い聞かせようとした。自分は、スリザリン生であってグリフィンドール生ではない。勝算のないことに無為に挑むのは蛇寮のやり方ではない。

 

「…先生。僕は、どうすればボガートを越えられますか?今は、無理だとしても……」

 

 ハリーは閉心術を使えず、ただ背筋を伸ばしてルーピン教授の指導を待った。

 

「君が、心の底から面白いと思えるものをイメージするんだ、ハリー。理屈ではなく、心の底から」

 

 ルーピン教授の言葉をハリーは心に刻み込んだ。ハリーは屈辱で震えていた。今までハリーは、努力で乗り越えてこれた。DADAは誰よりも得意な科目だった。これだけはハーマイオニーにも負けないという自信があった。

 

 しかし、それでも越えられない壁に、ハリーははじめてぶち当たったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




おめでとう。
ハリーのLOVEが上がった。
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