ハグリッドとスリザリン生の関係についてですが、スリザリン生(マルフォイ)からの受けが非常に悪い一方でハグリッドが帰って来たことを喜ぶスリザリン生もいるんですよね
スリザリンの女子寮で、豊かな黒髪を持った少女、ダフネ・グリーングラスは上級生に複製してもらった日刊予言者新聞の一面をじっと見つめていた。そこには、痩せ衰えた骸骨のような男が欠伸を噛み殺し、顎をかいている姿があった。
シリウス・ブラックがポッター一家への友情のために、己の全てを捧げたという事実は、たちまちのうちにホグワーツ中に広がった。ダフネをはじめとして大勢の生徒が、上級生に記事や写真を複製してもらってシリウス・ブラックを見ていた。
シリウス・ブラックは、大勢のホグワーツ生の脳を焦がしていた。それはあまりにも美しい友情への憧れであり、正義のために己の全てを捧げたシリウスのあり方に対する尊敬が入り交じっていて、ホグワーツの低学年の子供たちにとってシリウスはヒーローになった。それは、スリザリンの子供たちも例外ではなかった。
(……なんでシリウス・ブラックはグリフィンドールなんだろう)
ダフネはシリウスの写真を見て、シリウスについての素朴な疑問を友人のミリセントやパンジーらと話し合った。
「シリウスも親のほうのポッターも、スリザリンに来るべきだったのよ!ハリーはうちに来たじゃない!!」
ミリセントはそう言った。
「そうよそうよ!スリザリンだったら牢獄入りなんてさせなかったわ!」
「そうね。愚かな選択……」
ダフネはパンジーに頷くしかなかった。自分だってスリザリンの魔女だ。純血の魔法使いが一番正しくて、それ以外はゴミなのだという家族の言葉を信じてきたし、そういう姿勢を取らなければ一族の命が危ないと教えられた。だから、ダフネは組分け帽子で数秒とかからずにスリザリンになった。
それが当然で当たり前だと思っていた。思っていたのに。
シリウスの行為の気高さに、自分では出来ないだろう態度に、ダフネもまた脳を焼かれた一人であった。
シリウス・ブラックは純血の名家に生まれた。当然、ダフネやドラコのような、純血主義を至上とする教育を受けてきたはずだ。新聞では、シリウスは素行不良ではあったものの非常に優秀な魔法使いだったとも書かれていて、何度読み返しても、スリザリンに入って、純血主義を掲げるべき王子様だった。
「……でも、スリザリンに選ばれる能力のない人間がブラック家の当主になれるのかしら」
ダフネは、シリウスはスリザリンに選ばれなかったのではなくて、スリザリンを選ばなかったのではないかと発言した。その瞬間、場の雰囲気は凍りついた。
「ヤダ、冗談よ。ごめんなさい」
その考え方は、親の言いつけこそが正しくて、それ以外の考え方はゴミだと思い込もうとしている純血の一族の子供にこそ深く深く突き刺さった。
シリウスのあり方は、友情や愛情といったスリザリン的な美徳を肯定しながら、現在のスリザリンにおける純血主義という美徳、もとい思想を真っ向から否定するものだった。スリザリン出身で、友人のために監獄に入ろうという気概があった人間は、皮肉にも大量殺人犯の一味として没落していたし、仲間を裏切って知らぬ顔をした一族がスリザリン内でいい顔をしていた。
ダフネの一族も例外ではなく、デスイーターにこそならなかったが、例のあの人の支持を表明していたからこそ生き延びた。例のあの人の圧倒的な力があれば、グリーングラス一族の問題を解決してくれるかもしれないという思惑もあった。
ダフネや、ダフネだけでなく、もしかしたらスリザリンのほとんどの生徒は、そんな親族のせいで自分はなにも(他の寮の生徒たちの失敗を友達と一緒にクスクスと笑うだけだ)していないのに他の寮生から厳しい視線を受ける可能性があることを知っていたし、それを恐れていた。他所の寮生に辛くあたるドラコに喝采を送っていても、心のどこかでしっぺ返しがくることを恐れていた。
シリウス・ブラックが、たまたま純血の一族に生まれただけの、まったくスリザリン的ではない人間で、遠くの世界の住人だったのなら、ダフネたちは悩みはしなかっただろう。シリウスの行動を冷笑し、ただの馬鹿だと笑い飛ばすことができた。
しかし、シリウスは生まれからしてスリザリンに非常に近い立場にいた。その一点で、もしかしたら自分達にも、シリウスのような、皆から認められるような、誰かを傷つけなくてもいいあり方があるのではないかと、そう思わせられたのだ。
ダフネがそう思った原因は。
スリザリンに組分けされ、魔法界からは英雄視されている一人の少年だった。
(どうしてポッターはスリザリンなんだろう)
ハリーはスリザリンらしい賢明さを発揮しているとは言えなかった。どちらかと言えば、グリフィンドールらしい無鉄砲さを発揮しているようにダフネには見えた。しかし、紛れもなくハリーはスリザリン生なのだ。
ハリーと同じ部屋にいる男子、ファルカスを通して、ハリーがペットの蛇を使ってピーターを見破ったことをほとんどのスリザリン生が知った。女子たちはこれをスリザリン内だけの秘密だということにして、他所の寮よりも自分達が優れているという証明だと笑いあったし、ハリーがそれを他所の寮生に隠していることが、彼のスリザリンらしい狡猾さの証だと自分を納得させた。
そんなハリーが言った言葉が、ダフネの耳に残っていた。
『友達だからだよ!』
たったそれだけの真っ当な理由で寮の仲間を止められるということが、ダフネにはたまらなく眩しく見えた。
(スリザリンの何かが変わるかもしれない)
英雄であるポッターが所属し、今年の最後までスネイプ教授の過剰とも言えるスリザリン寮への贔屓がなく優勝することが出来れば、ダフネの代のスリザリンは、真っ当なホグワーツ生として他の三寮生から受け入れられるかもしれない。
それは親から聞いていたスリザリンの形とは異なる。現状への反逆である。とても恐ろしいことのはずなのに、その変化を期待してしまう自分がいることに、ダフネは気がついていた。
***
ハリーはザビニとも離れて、一人で禁じられた森の小屋を訪れていた。ひどく臆病なハグリッドの飼い犬、ファングは、ハリーの姿を見て激しく吠えたので、ハリーはファングにシレンシオ(沈黙魔法)をかけなければいけなかった。ハリーが困ったときに相談できそうな相手は、ハグリッドしかいなかった。ハリーの愛すべきペットであるアスクレピオスはどれだけ賢くても蛇であり、友情や人間関係について相談することは難しかった。
規則を破ることに対する罪悪感はなくなっていた。今のハリーにとって、友情こそが何よりも優先するべきものだった。
「ハリー。お前さん、なんでこんなところに来とる!森には来ちゃなんねえと言われとろうが!」
「そうだったね、ごめんハグリッド。次からは気を付けるよ。どうしてもハグリッドに相談したくて」
「スネイプ教授がおるだろう?」
「僕、スネイプ教授からは嫌われているみたいで……」
ハグリッドは黒く輝く瞳でハリーをまじまじと見ながら、ハリーが紛れもなくジェームズの息子だということを実感するのだった。
「そんな風に考えるのは良くねえぞハリー。あれでも、スネイプ教授はスリザリンの寮監だ。自分の寮の生徒のことはちゃんと守ろうとする。
……まぁ、そのせいでやりすぎて、嫌われることはあるみてぇだが……」
これはハグリッドの配慮によるオブラートな言い方だった。スネイプ教授は明確にスリザリン寮生だけを贔屓しており、スリザリンが他の寮生から嫌われる原因のひとつだったからだ。それに付け加えると、スネイプ教授はスリザリン生の中でハリーだけを特別扱いしていて、ハリーから信じられる要素があまりなかった。
「うん、ハグリッドのいう通りだね……」
ハリーは適当に相槌をうったが、心はスネイプ教授ではなくハグリッドのほうを向いていた。
「まぁ、分かってくれたんならええ。そんで、何かあったんか?顔色が良くねえが……」
ハグリッドは金属のように硬いロックケーキと紅茶を用意して、今回だけだぞとハリーの話を聞いた。ハリーはハグリッドにぽつぽつと友人関係の悩みをうちあけた。
ロンと話がしたいのに出来ていないこと。ドラコとグリフィンドール生に対するスタンスの違いで対立してしまっていること。ザビニにも、暗にスリザリンらしくないと言われたこと。ハグリッドには全ての悩みをうちあけた。ハグリッドは、ハリーがシリウス・ブラックについて無関心なことに驚いたが、あえてそこには触れないことにした。
「ねえ、これって僕が悪いのかな、ハグリッド?僕はどうすれば良かったんだろう」
ハリーの言葉に、ハグリッドはいいや、と首を横にふった。
「わしはお前さんが悪いことをしたとは思わん。人として間違ったことはなーんもない。お前さんに足りんのは、自信くらいだぞ」
ハグリッドがそう言うと、ハリーの顔色は目に見えて明るくなった。そんなハリーの姿を見て、ハグリッドは昔もこんなことがあったと思い出した。
(そういえばリリーも、ジェームズとセブルスが喧嘩ばかりすると言っとったのお……)
ハグリッドの記憶のなかでそんな言葉が思い返され、そのあと何年経過しても、似たような悩みを相談されたことを思い出した。
実はハグリッドは、低学年の生徒たちから人間関係の相談を受けることがある。慣れない寮の生活で一番困るのが頼れる相手がいないことで、次に困るのが相談した秘密が漏れることだが、ハグリッドは年齢の割に純粋な心を持っていたし、普段学校の中にいるわけではなかったから秘密も漏れないだろうと、子供たちから相談されることがよくあった。
そして、ハグリッドに相談してくる生徒はスリザリンに所属する子供もいた。彼ら彼女らは、まさか高貴なスリザリン寮の生徒がハグリッドのような森番に近づこうとはしないだろうと思って、寮生活の悩みを相談しに来るのである。
ハリーの悩みをひとしきり聞き終えると、ハグリッドは一つだけアドバイスをした。
「納得行くまで話し合うほうがええぞ、ハリー。話もせんと相手はこうだと決めつけるより、目を見て話をして、相手のことを知って、気持ちいい距離を知るほうがええ」
「僕に出来るかな。友達を作ったことなかったのに」
ハリーは不安そうにそう言った。
「全部うまくはいかんかもしれん。そんでも、中途半端に煮えきらんよりはずっとええ」
「……そうか、そうだよね、ハグリッド。僕、ザビニに話をしてみるよ」
小屋を去っていくハリーを見送りながら、ハグリッドは子供たちの友情が続いてくことを願った。スリザリンの緑色のローブが、夕焼けを浴びてグリフィンドールの赤に近く輝いていた。
***
そして、ハリーはザビニをはじめとしたスリザリンの子供たちとはすぐに和解することができた。二人で話し合って喧嘩した(その度にアズラエルが喧嘩を仲裁した)末に、互いのやり方にはあれこれ言わないが、困っていたら助けるという形で落ち着いた。ドラコとはグリフィンドール生に対するスタンスで明確に溝があったが、クィディッチごっこをしているときは、諍いを忘れて笑いあった。11歳の少年にとっては、一緒にスポーツをして、その実力が近いこと以上の友情はそうそうなかった。
***
しかし、ロン・ウィーズリーとだけは、二人きりになる時間を作ることができなかった。入学してからずっと、まともな会話も出来ないまま時間が流れていき、ハリーはいつしか、ロンとの友情を諦めかけていた。
そんなある日、転機が訪れた。