ルーピン先生、これがホグワーツだ。
昔の自分達を思い出してくれたかな?
ハリーはレイブンクローの髪飾りをルナに持たせ、ザビニの持っていた火消しライターによって医務室へと送られた。ハリーはザビニが見覚えのないものを持っていることに驚いた。
「……ザビニ、それはどうしたの?さっきマルフォイが消えていったけど……」
「ダンブルドアが貸してくれたんだ。ハリー、お前は医務室で診てもらえ。報告は俺らでやっとくから」
「え?ちょっと待ってザビニ。どうしてダンブルドアが出てくるの……?」
「……医務室でちゃんと治してもらえよ、ハリー」
ハリーの疑問には答えず、ザビニがかちりと火消しライターを鳴らすと、ハリーは炎に包まれた。フルーパウダーの青い炎とも異なるオレンジ色の光りに包まれたハリーは、気がつくと医務室にいた。紅茶を飲んで一息ついていたポンフリー校医が飛び上がってハリーを診察し、杖の一振りで足を治す間、ハリーは頭のなかでぐるぐるとダンブルドアについて考えていた。
(…………どうしてダンブルドアが出てくるんだ?何でザビニがダンブルドアからアイテムを借りてるんだ?)
ハリーは、自分の友達がダンブルドアとそこまで親しいとは思わなかった。ダンブルドアについて、ハリーは複雑な憎しみを持っていた。とにかくダンブルドアがもう少しなにかをしていてくれれば、バーノンたちもあそこまでしなかったのではないかという気持ちがいまだにある。
しかし、ハリーはその憎しみの理由までは友達に打ち明けることはできなかった。ハーマイオニーを筆頭に、ハリーの友達は大なり小なりダンブルドアのことを世界で一番凄い魔法使いか、一番凄い善人だと思っている。ロンやファルカスですら、陽気で親しみやすい校長先生だと思っているだろう。だからハリーはダンブルドアがザビニにアイテムを貸したと聞いて、浮かない顔のままポンフリー校医の治療を受けた。
「……はい。もう終わりましたよ。今回はたいした怪我でなくて良かったですね、ポッター」
「いつもありがとうございます、ポンフリー先生。それでは僕はこれで帰ります。明日のための予習もしなくちゃ」
「いいや、君は今日はここで眠るのだポッター。寮に戻ることは許さん」
「まぁスネイプ教授?一体どうされたのです?例の魔法薬の件ですか?」
ハリーは治療を終えてすぐに医務室を去ろうとしたが、スネイプ教授はそれを許さなかった。スネイプ教授は例によってハリーに厳しい視線を向けていたが、今日はそれだけではなく、どこか落ち着きがないような気がした。良く見ると、スネイプ教授の後ろにはくたびれた紳士服のルーピン先生の姿もあった。
「マダム。ポッターは『クルーシオ』を受けました」
「……?……!!馬鹿なことを!そんな魔法がホグワーツで繰り出されることなどあり得ません!」
「『あった』のです。それが。……あってはならないことですが」
「一体どうして……?」
「それは……」
ハリーが説明しようとすると、スネイプ教授がハリーの言葉を遮った。
「君に発言を許可した覚えはない、ポッター。安静にしていたまえ、ポッター」
「説明はダンブルドアが。……ハリー、君は本当に、誰よりも良く頑張った。だから今日はもう、休んでもいいんだ」
苦虫を噛み潰したようなルーピン先生の言葉を聞いて、ハリーは押し黙った。ハリーはルーピン教授から、ボガートに勝つ必要はないと言われたことを思い出した。
ポンフリー校医は、震える声でハリーに命令を下した。
「今日一日は絶対安静です、ポッター。この医務室で大人しく眠るのです。それから、それから……」
ポンフリー校医の瞳に、今までにないものが浮かんだようにハリーには見えた。
「……少しだけ待っていなさい。いいですね?」
「はい、先生」
ハリーはスネイプ教授がハリーに対してなにも言わないことが気になって仕方がなかった。クルーシオというのは、恐らくはハリーがルシウスの姿をしたボガートから受けた呪いで、カースだろう。受けた時は死ぬほどの苦しみを味わったが、今のハリーは全く問題ないというのに、どうしてそこまで気にするのかハリーにはわからなかった。
(今日のスネイプ教授はどうしたんだろう。……こっちを見ないし、叱ってもこない)
もしかして、ハリーが闇の魔術を使ったことを、スネイプ教授は知っているのだろうか、とハリーは思った。
(ファルカスとザビニが必要の部屋での出来事を全て話したとして……ダンブルドアと親しいザビニは全てを話したかもしれない。なら、僕は退学になるのか……?)
これから退学になる人間に、かけてやる言葉はないということなのだろうか。そんなことを考えながら、ハリーは医務室で一夜を過ごした。ポンフリー校医から貰った睡眠薬の効果で、ハリーはすぐに眠ることができた。
その晩、ハリーは夢を見た。すぐに夢だと気がついた。
夢の中のハリーは、ダーズリー一家に対して杖を向けていた。ハリーが杖を一振りすると、ダーズリー家はのたうち回って苦しんでいた。ハリーは夢だと思った。そうでなければならなかった。そうでなければ。ハリーは杖を奪われて魔法使いではなくなってしまう。法律は、マグルを迫害することを許していないのだ。
あるいはこれもハリーにとって都合のいい妄想なのかもしれなかった。ハリーはホグワーツを退学になれば、杖も没収されるか、折られるだろう。そうなれば、ハリーの持っている杖は柊の杖ではないはずなのに、ハリーは柊の杖を持ち、楽しそうに魔法でダーズリー家に痛みを与えていた。夢の中のハリーは、クルーシオをペチュニアにかけていた。
悪夢は終わらなかった。バーノンたちの姿が消えると、ドラコ、ザビニ、ロンやハーマイオニーらがハリーを責めた。どうしてあんなことをしたんだ、と。ハリーは彼らから逃げた。杖はハリーの手にはなかった。少しずつ、ハリーの周囲には人が居なくなっていく。アズラエルたちはハリーとは会おうとせず、ハリーはひとりぼっちだった。夢だとわかっているのに抜け出せない。
飛び起きたとき、ハリーはびっしょりと汗をかいていた。小鳥のさえずりを聞きながら、ハリーは深呼吸をしてもう一度眠りについた。あれは夢だと自分に言い聞かせながら。
***
セブルス·スネイプ教授は深刻な様子で、リーマス·ルーピンとポンフリー校医と共にダンブルドアの前にいた。ダンブルドアの机の上には、サファイアの宝石が輝く髪飾りが乗っていた。
「……ハリーの様子はどうだったかな?」
ダンブルドアがハリーの様態について訊ねると、ポンフリーはきびきびと報告した。
「直接診察し、治療を行いましたが、肉体的には健康そのものという状態まで戻しました」
肉体的には、という部分を強調する。そのポンフリーの様子が、クルーシオという魔法の恐ろしさを物語っていた。セブルスはそんなポンフリーのことを大袈裟だとは言わなかった。
魔法使いの呪文は、一般的なマグルの観点で言えばどれもこれもろくでもないものばかりだ。クルーシオという闇の魔術は、対象の脳に働きかけ電気信号を操り、苦痛を与えこそするが、呪文を解けば肉体的には何の問題もなく、端からは健康そのもののように見える。にもかかわらず、この魔法が魔法使いの間で禁じられるにはそれだけの理由がある。
クルーシオという呪文は、生物の脳だけではなく、魂にも作用するのだ。
一般的に言って、人間は多少の苦痛に耐えることはできる。我慢強い人間であれば痛みを与えたとしても、怒りや復讐心を燃料にして耐えることはできる。魔法使いであればその許容範囲は一般的な人間よりも広い。大抵の怪我は魔法で治るし、魔法族自体が一般的なマグルよりは耐久力があるからだ。
しかし、この世に絶対に割れない風船など存在しないように、許容量を超えた苦痛を与えられれば壊れない人間はいない。訓練を受けた闇祓いですら、複数人から長時間にわたりクルーシオを受け続ければ痛みは限界を超える。脳という肉体の器を壊され、魂を破壊された廃人となってしまうのだ。まだ13歳の少年が、どうしてそれに耐えられるだろうか。
セブルスはハリーが好きなわけではない。しかし教師として、スリザリンの寮監として自分の寮の生徒が拷問を受けたという事実を重く受け止めねばならなかった。
「ハリーの精神状態はどうだったのだ、セブルス?」
「ポッターの心中には、極度の高揚感と達成感がありました。彼のなかではちょっとした冒険を成し遂げた、とでも思っているのでしょう。……我々の気も知らず」
例によってセブルスのハリーに対する評価は低い。闇の魔術に対する知識も経験も、間違いなくこの中で誰よりもある専門家であるにも関わらず、その性格だけで周囲からの信頼を損なっていた。
「リーマスから見て、ハリーの状態はどうだったかな?」
セブルスに対して、ポンフリー校医は非難するような視線を投げかけたが、セブルスにそれを気にする様子はない。
「ハリーには罪悪感と恐怖があったように見えました。クルーシオの影響か、感情に偏りが見られます」
「偏りとはどういう意味ですか、ルーピン先生?」
ポンフリーの疑問にも、リーマスは教師らしく答えた。
「……以前の戦争で目にした被害者にままあったことで、クルーシオをかけられた大半の人間は痛みへの恐怖から萎縮し、弱気になり、己の尊厳を否定されたような状態になります。闇の魔法使いはそうして魔法使いを弱らせ、従順にさせるためにクルーシオをかけます」
「……」
ポンフリーはチラリとセブルスを見た。かつて闇陣営にいた男は、黙ってリーマスの言葉に頷いた。リーマスの発言は正しいのだ。
「また、クルーシオにかけられてなおかつ強くあろうとする人間は、かけた相手への強い怒りによってその恐怖を吹き飛ばそうとする。今のハリーは後者の状態です」
「その……後者がポッターだと言うのですか?13歳の少年にしては……その精神力はあまりに強すぎると思いますが」
ポンフリーの言葉に、リーマスは頷いた。
「強くあろうとする気力がまだ残っている。かけられた時間が短かったこともあるでしょうが、13歳としては異常なほど強い子です」
「貴様はポッターを過大に評価している。ポッターにそんな高尚なものはない。単に恐怖を感じる能力が著しく欠如しているに過ぎない」
セブルスの言葉に対して、リーマスはあえて反論しなかった。客観的に見て、ハリーは魔法に触れて三年で命の危機に遭遇しすぎている。大抵の命の危機に対して鈍くならなければやっていけない目にあっているのだ。しかしそれを言えば、ハリーのため、というよりは生徒の命を護るために尽力しているセブルスをはじめとした教授陣を侮辱することになる。リーマスはだからこそ、闇のアイテムやレイブンクローの髪飾りが生徒の手が届く場所にあったことを指摘しなかった。
「……なるほど。二人とも、よくハリーを気にかけてあげてほしい。マダム、貴女にもいつも苦労をかけるが……ハリーが明日起きたとき、診察を頼みたい」
「当然です」
ポンフリー校医は強い決意を持って頷くと、その代わりとばかりにダンブルドアの説明を求めた。
「……その代わりに教えてください、校長先生。なぜポッターが医務室に運ばれたのかを。またスリザリンの継承者が現れたとでも言うのですか?」
「……ダンブルドア。可能ならば私にも教えてください。セブルスから呼び出されたかと思えば、『ポッターがクルーシオにかけられた』という言葉だけです」
「では、一から順番に説明しようか。実はセブルスにも全てを説明していたわけではないのでね」
そのダンブルドアの説明こそ、セブルスが待ち望んだことだった。セブルスですら、ダンブルドアからの緊急連絡でハリーがクルーシオを受けたので様子を確認しろと命令を受けただけだったのだ。
「では、話そう。ミスタマルフォイや、ミスタサダルファスが語った彼らの冒険を」
***
ダンブルドアが語ったところによると、ハリーたちはルナ·ラブグッドの呼び掛けに応じてレイブンクローの髪飾りを探索した。探索の最中にボガートが出現し、あろうことかボガートは人間の姿になって魔法を使いだしたというのだ。ボガートのクルーシオ(拷問)を受けて、ハリーは気絶したのだと聞いて、ポンフリーは悲鳴に近い声をあげた。
「それを……信じるのですか?そんな荒唐無稽な話を?」
ポンフリーはその話を信じなかった。ボガートはあくまでも人間が恐怖するものに化けるだけで、化けたあと直接的に危害を加えたり、魔法を使ったりすることはない。そういう生態であることは、大人の魔法使いならほぼ誰でも知っていることだった。
「信じるとも。彼らの言葉に嘘はない。この髪飾りがそれを証明している。髪飾りが保管されていたキャビネットにボガートが紛れ込み、ボガートは魔法という知恵を得たのだ。それによって、人間から恐怖という糧を得るためには……人間を魔法で苦しめれば良いと『学習』したのだ」
「……ダンブルドア校長。他の生徒に怪我はなかったのですか?」
「不幸中の幸いにして、クルーシオをかけられたのはハリーだけだったようだ」
「……本当に、不幸中のと言うべきですね」
リーマスが力なくそう言うと、ダンブルドアはリーマスを労った。
「不幸中ので済んだのは、君がリディクラスの呪文をよく指導してくれていたお陰だ。そうでなければ、今頃七人の生徒が魂を奪われていたかもしれぬ」
事の重大さを改めて認識した三名のうち、最初に発言したのはセブルスだった。
「一つ疑問があります。なぜボガートは最初からクルーシオを使わなかったのです?最初からルシウスに化け、近い人間にクルーシオをかけていけばよい。その方が、効率よく恐怖の感情を得られたでしょうに」
リーマスはその問いに対して、起きた現象について一つ一つ考察を深めながら話した。
「ボガートの行動を、ボガートの生態と結びつけて考えると辻褄が合う。ボガートは恐怖を与える手段として魔法を使ったが、実際に使ったのは今回が初めてだったのではないだろうか」
「……ボガートにとって魔法はあくまでも手段にすぎなかったということか?」
「ああ」
「……?言っている意味がよく分かりません。説明してくださる?」
セブルスの問いに、リーマスはそうだと言った。ポンフリーが少し拗ねて訊ねると、リーマスは言葉を重ねた。
「失礼、マダム。ボガートは髪飾りによって、杖なしでも魔法を行使できるほどの知性と魔力を得た。しかし、それを使ったのは今回だけか、あるいはもっとずっと昔か。とにかく、ボガートには経験がなかったのだと思います」
「経験……人間を襲う経験?」
「ええ。ボガートは暗がりを好み、多くは不意に遭遇した人間から恐怖を奪いますが……『必要の部屋』という場所で人間に遭遇する確率はどれほどでしょうか」
「ほぼ0ということね?」
リーマスはポンフリーの言葉に頷いた。
「……必要の部屋を生徒や教師が訪れても、ボガートが遭遇するには、闇のアイテムが存在する場所を想像して入室し、さらにたまたまボガートの居る棚を開かなければならない。ボガートが人を襲ったのも今回が初めてでしょう」
「そしていざ人間に出会い化けてみれば、魔法を使うまでもなかった。わざわざ魔法を使わなくとも恐怖を得ることはできていたんです。途中までは」
「……途中というと、リディクラスを向けられるまではということ?」
「そうです。リディクラスをプロテゴで防げば消滅はしない。次第にリディクラスを使う人間が増えてきたところで手当たり次第に化けてみたら、それが元闇の魔法使いだった。ボガートに人間の判別ができたかどうかは定かではありませんが、ルシウス·マルフォイの姿をしているときに子供たちから恐怖を吸収しやすいと悟ったのは、ほぼ終盤だったのでしょうね」
セブルスも無言でリーマスの言葉を聞いていた。
(自分の仮説と照らし合わせて齟齬がないか検証しているのだろうな)
とリーマスは思った。仮にリーマスの意見が間違っていると思えばセブルスはそれを指摘するだろう。それはそれで、有意義なことだった。様々な視点から原因を検証して対策を検討した方が、突然変異のボガートがまた生まれた時に対応を誤らずにすむからだ。
「そして、ルシウス·マルフォイの姿でクルーシオを唱えた。そうすることで恐怖を煽ることが出来るから」
「……変身術は複雑で、解除にも魔力を消費する。ボガートが化けるにしても、イメージが明確であった方が魔力消費も少なく済む?」
「ええ。……あるいは、あの場で最も恐怖を感じていた人間の恐れるものに化けたのかもしれません」
リーマスの推測は推測でしかなかったが、一定の説得力はあった。
「君にしては筋の通った仮説だ。ルシウス以上に優れた魔法使いなどドラコには想像もできないだろうし、魔法を使いこなすボガートなど前代未聞だ。ドラコたちが混乱に陥るのも無理はない」
「……よく分かりましたわ。校長先生、ルーピン先生。ありがとうございました。スネイプ教授、ポッターのことは心配なさらないでください」
「…………本当に、お手数をおかけします、マダム」
珍しく、セブルスもリーマスの仮説を支持した。これは自寮の、それもお気に入りの生徒を護るためにである。
ダンブルドアもそれに頷き、ポンフリー校医は納得した様子で校長室を去っていった。去り際に、ポンフリー校医に対してセブルスは深々と頭を下げた。
後に残ったセブルスとリーマスは、部屋を出ようとするとダンブルドアに引き留められた。ある意味では、ここからが本題だった。ダンブルドアがあえて伏せた話を聞いて、リーマスは胃に痛みが起きた。
「…………ダンブルドア校長先生。ハリーが闇の魔術を使ったというのは本当ですか?」
「ああ。エクスパルソ(爆破)、プロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)、そして……フィンドファイア(悪霊の火)を用いた。ハリーは闇の魔術の……力によって、敵を征服するという道を選んだようだ」
ダンブルドアがハリーに対して好意的でないことは明らかだった。リーマスは胃の痛みを感じながら、今後の対応策についてダンブルドアに提案した。
「校長先生。ハリーに挫折を与えるという話ですが。今のハリーにそれはあまりにも重荷なのではないでしょうか」
「……与えられた役目を放棄するというのか、ルーピン」
セブルスの声に一段と厳しさが増した。ルーピンは、頚を横にふって言った。
「挫折はもう与えたんだよ、セブルス。ハリーはボガートを退治したいと私に相談した。私はそれを聞いて、ハリーが上手く行くように指導したが……ハリーはリディクラスが出来なかった。昨日の話だ」
リーマスはセブルスの方を見ていたので、ダンブルドアの目の輝きが強まったことに気がつかなかった。
「何だと?昨日?そして今日ボガートに遭遇したと?」
「ああ。……ボガートは人の内面にも深く関わる存在だ。無理をして笑わせようとすれば歪みが生まれる。だから、出来なくてもいいと教えたが……」
「ハリーはリディクラスに成功した、と聞いた」
「……何ですって?それは本当ですか?」
「うむ。先程は省いたが、ミスターマルフォイやミスターザビニが話をしてくれた」
リーマスの表情は曇った。ダンブルドアの瞳に冷酷な光が宿っていたことに気がついたからだ。リーマスは、役割を果たせなかったのだ。ハリーが闇の魔術を使うに至った経緯が、リーマスには想像できた。怒りや羞恥心に突き動かされ、最悪の精神状態だったはずだ。
「……ポッターのボガートは何なのだ、ルーピン」
「……それは……セブルス、今言うことではない。しかし、ボガートの話を聞いて確信しました」
ルーピンは深く恥じ入りながらもダンブルドアに言った。
「今のハリーに挫折感を与えて、闇の魔術は良くないと言ったところで、受け入れるだけの心の余裕があるとは思えません。怒りで恐怖をかき消すという行為は、人の心を頑なにさせるんです。無論、時間を置いてから闇の魔術の危険性については教えなければならないし、ハリーの友人たちには今すぐにでも指導をするつもりです」
「……分かった。ハリーへの指導のタイミングはリーマスの判断に任せる。セブルスも、リーマスと共にハリーを支えるのだ」
「……それが校長先生のご命令であれば」
セブルスは苦々しい不本意さを隠さずに言った。
「ご理解頂き、ありがとうございます校長先生」
ダンブルドアに対して、リーマスは深々と頭を下げた。リーマスは、ハリーの内面を考えて指導のタイミングを後に見送った。これは闇の魔術自体が、ハリーの悪意を糧にして発動されていることに起因する。ハリーの精神を適切にケアした上でなければ、挫折させた後そのまま闇の魔法使いとして更なる覚醒をしかねないとリーマスは考えた。
教師は生徒に対して好かれる必要も、媚を売る必要もない。しかし人間関係において、信頼関係というものは必要なのだ。リーマスがハリーからの信頼を得なければ、挫折による成長など促せるはずもなかった。
「……しかし、ダンブルドア先生。私には一つ気になることがあります」
セブルスは苦々しい気持ちを顔に出しながらリーマスを睨んでいたが、やがておもむろに口を開いた。
「何かな?」
「誰がポッターに悪霊の火を吹き込んだか、ということです。ポッターが闇の魔術を知るには、誰かの入れ知恵がなければあり得ない。それを潰さなければ、今後も同じことが繰り返されます」
セブルスは、強い決意を携えた瞳でダンブルドアに言った。
「監督生のマクギリス·カローか……あるいは、シリウス·ブラックがうっかり闇の物品をポッターに見せたのではないでしょうか?」
リーマスがセブルスの言葉に抗議する前に、ダンブルドアが首を横にふってそれを否定した。
「それについては本人から話を聞いている。ハリーに闇の魔術を教えたのは、友人のファルカス·サダルファスだ」
「……!?」
あまりの事実に絶句するスネイプ教授にかわって、リーマスが聞いた。リーマスもすくなからず驚いていた。ファルカスが普通に優秀な生徒であったということも理由の一つだし、セブルスはファルカスという少年については特になにも言ってはいないことを思い出したからだ。それはつまり、彼がセブルスから見て問題のない優等生だったということだ。
「な、何故です……?何故、闇の魔術を……?」
「ポッターに感化されたのですか?」
セブルスの言葉を、ダンブルドアは否定した。
「いいや。純粋にハリーの力になりたいという一心で、祖父の書物をハリーに見せたのだそうだ。ハリーは夏休みの間に、悪霊の火と死体操作の闇の魔術を理解してしまった」
ダンブルドアが冷静なことが、逆にリーマスには恐ろしかった。そしてセブルスは、頭にデパルソを受けたような気分になっていた。
ハリーのルームメイトを決めたのは、セブルスである。ハリーの個人情報が闇陣営に漏れないよう、闇陣営からも純血主義からも遠い家の人間を配置した筈だった。それが、全くの裏目に出たのだとセブルスは苦々しく思っていた。
「……では、そのミスタサダルファスも闇の魔術を……?」
「理解しているだろう。あるいは理解した気になっているか。いずれにせよ、リーマスにはミスタサダルファスについても配慮を頼む。……セブルス。きみはただでさえ仕事を抱えすぎている。ミスタ·サダルファスについては、あまり気に病むな」
ダンブルドアらしからぬ物言いだとリーマスは思ったが、セブルスの表情が動かないことを見て何かを察した。セブルスの怒りか、ストレスかが許容限界を超えようとしていることは明らかだった。
校長室を辞したリーマスは、セブルスが忌々しげに呟く声を聞いた。
「…………マローダーズめ……!」
その呟きに対して、リーマスは怒ろうとした。怒ろうとして、自分にはその権利も、資格もないと思った。リーマスとセブルスは一言も会話しないまま、それぞれの部屋へと足を運んだ。
推定闇の魔法使いなハリーたち四人をマローダーズ呼ばわりはマローダーズに対してあまりにも失礼な気もするが。
あくまでもスネイプ視点で見たハリーたちなので許してください。スネイプも大変なんだ……