ザビニ「いやあいつの本命はチョウだぞ」
ファルカス「チョウって誰だっけ?」
ハリーの知らないところで交わされた会話である。
今回はアズラエルによるハリーのメンタルクリニク回です。
数日後、ハリーはアズラエルからデートの誘いをかけられていた。アズラエルが彼女と一緒にデートスポットを回るので、ダブルデートとして彼女を連れてきてはどうかと言ったのだ。
「週末は僕らもホグズミードデビューってやつじゃないですか。気分転換にハーマイオニーでも誘ってみたらどうですか?」
「どうしてハーマイオニーが出てくるんだい、アズラエル?」
ハリーはほとんど面倒くさそうに、展開していた魔法の炎を止めた。赤い炎はハリーの杖に向けて収束し、やがてちりちりと音を立てながら鎮火した。ハリーはデートなどする気分ではなかった。
ドラコはあの後、ハリーと行動を共にすることはなかった。今までは朝会ったとき挨拶をしたり、何だかんだで二人で協力することもあった授業も受けず、ハリーとドラコの距離感は、単なるクラスメート以上のものではなくなった。ハリーはドラコに、また友達になってくれとは言えなかった。言って拒絶されることをハリーは恐れた。
ハリーは週末までの期間、ロンやハーマイオニーになるべく以前と同じように接することを心がけた。それは心の底からのものではない。二人に嫌われたくないという思いがハリーの心をちらついて、楽しむことができなかった。
ハリーの頭には、ドラコの声がこびりついていた。
(確かに、最低なやつだ。ダーズリーと同じだ。人を傷つけることを楽しんだ、それが今の僕だ)
(心の底から僕と仲良くしたいとは誰も思ってない……)
ハリーは恐怖で、誰かを従えたいと思ったわけではなかった。ドラコの言葉は間違っているはずだった。
ファルカスにしろザビニにしろ、ハリーが昨年、スリザリンの継承者だと学校中から疑われているときも変わらずハリーと行動してくれた。ただ、功績やスリザリンの名誉を求めているというだけで、どうして友達を続けられるだろうか。
ロンもそうだ。ハーマイオニーを石に変えた敵を倒すため、妹のジニーを助けるためにプロテゴ·ディアボリカを越えてくれたことをハリーは覚えている。友情は本物のはずだ。
だが、当のハリー自身が彼らを裏切っていたのである。闇の魔術にまた手を染めたばかりか、最も最悪な形で失望させてしまった。期待に応えられなかった。英雄らしく行動できなかった。ハリーは自分自身の恥を払拭するために、こう考えた。
(僕が強いからついてきてくれているのなら、もっと強くなればいい。
二度と失望させないように)
ハリーは決闘クラブでの魔法の練習に打ち込み、自分の醜態も、ボガートのことも、ドラコの言葉も忘れようとした。それは逃避だった。ハリーはプロテゴ ディアボリカよりも難易度の低い合法的な魔法の、プロテゴ インセンディオを習得した。悪魔の守りのように広範囲に展開することは出来ないが、炎の防壁によってプロテゴとほぼ同等の防御力を維持したまま、焔に触れた術者の守りたい対象以外を燃やすというNEWTレベルの魔法だった。
魔法の訓練に明け暮れるハリーを心配してか、金曜日のクラブ活動の後でアズラエルがハリーへと声をかけてきたのである。
「ま、ハーマイオニーを例に挙げたのは冗談ですけどね?君たちが髪飾りを探索しているとき、僕はミリセントに誘われてお茶会に参加していたんです。彼女からホグズミードにはいい雰囲気のデートスポットがあるって聞いたんですよ。折角ホグズミードに行くのなら、君も女の子と一緒に気分転換すればいいじゃないですか」
「デートしたいわけでもないから断るよ。今はそういう気分じゃなー」
「おや、そうですか?残念ですね……ザビニもファルカスも彼女持ちなんですが……」
(い、いつの間に……!?)
ハリーはアズラエルの言葉に動揺した。ザビニがトレイシーと付き合っていたのは知っていたが、母親の一件があった後も付き合いが続いているとは知らなかった。ファルカスもモテないというわけではないだろうが、もうデートの約束を取り付けるような特定の相手がいたとは思わなかった。
「……へえ。それは知らなかったなあ」
(ま、まずい。まずいまずい。どうしよう?!)
「いや、皆でデートスポットを回るのも楽しいなあと思ったんですけどねえ」
(お、やっとハリーが魔法以外のことで動揺してますね……!!)
ハリーは友人たちの中で自分だけが取り残されているような感覚に襲われた。みんなはいつの間に大人になったのだろうか、と焦った。
「日曜日の九時半に、ホグズミードの噴水広場に集合の予定なんです。良ければ好きな人を誘ってみたらどうですか?」
「…………考えておくよ。ありがとう、アズラエル」
「気が変わってくれて良かったです」
アズラエルはハリーを煽るだけ煽ると、颯爽と部屋へと引き返した。ハリーの様子がおかしかったのを気にかけていたアズラエルは、見事ハリーの思考を魔法から引き離したのである。
***
そして日曜日の朝九時に、ハリーはホグズミードの入り口で待ち合わせをしていた。拙いファッションセンスのまま直毛剤で髪を整えたマグル的な装いをしたハリーに対して、その女子は魔女らしく三角帽子を被り、緑色を基調とした落ち着いた色のローブを着ていた。
「おはよう、ダフネ。付き合ってくれて嬉しいよ」
「あなたが前に言ったことを覚えていたから、仕方なく付き合ってあげたのよ。感謝しなさい」
「君みたいな子と外を歩けて光栄だよ」
ハリーの世辞に、ダフネは当然でしょうと言って鼻を鳴らした。どうやら彼女はその手の称賛は聞き飽きているようだった。
ハリーは土曜日のクィディッチの練習後、ドラコの応援で競技場に来ていたパンジー一味を発見した。パンジーの友人であるダフネにはハリーは以前茶会に招かれたことがあった。そのお礼がしたいと頼み込んで、何とかOKを貰えたのである。ハリーはダフネには頭が上がらなかった。
ハーマイオニーはそもそもロンと町を歩くのがわかりきっている。チョウはセドリックに首ったけで、アズラエルからの話を聞いた後で誘ったが丁重に断られてしまった。ハリーの交遊関係にいる女子と言えばあとはルナくらいだが、ルナは二年生でホグズミード行きを許可されていない。友人たちのなかで一人だけぼっちというのはなかなか精神的に厳しいものがあったハリーにとって、ダフネだけが最後の頼みの綱だった。
「直毛剤でもその髪は真っ直ぐにならないのね。安物なんじゃなくて?」
「考えてみるよ。……あ、ザビニたちも来た」
ザビニの彼女はなんと、あのトレイシーだった。彼女はザビニの母親の悪評も気にせず、ザビニを選んだようだった。ハリーは内心でトレイシーとザビニの評価を上げた。
(流石に二人とも見る目があるなあ……)
そういう子を選んだザビニに対しても、ザビニを見捨てなかったトレイシーに対してもハリーは敬意を抱いた。
アズラエルがミリセントと共に合流し、最後にやってきたファルカスの彼女はレイブンクロー生のパドマ·パチルだった。学年一の美人と名高いパドマが居るとは一体どういうことかとザビニが詰めよったが、パドマ自身が言った。
「ファルカス君は下級生への虐めを止めてくれたでしょう?あの時私もいたの。かっこよかったわよ」
何とも言い難い表情で照れているファルカスを冷やかしながら、ハリーたちは皆でホグズミードを探索した。デートと言っても健全なもので、ペットショップを見て回り、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスやミリセントの愛猫用の玩具を購入したり、女性陣のお菓子や化粧品などの買い物に付き合ったりというのどかなものだった。ハリーはダフネへネックレスを贈り、ダフネはハリーに目薬をくれた。目薬は一時的に瞳の色を変えるというもので、一同はハリーの目がいつもの緑色から青色へと変わったことに驚いた。
魔法でふわふわと購入したものを漂わせながら、ハリーたちはホグズミードのあちこちを見て回った。
「……ねぇザビニ。あれってバナナージ先輩だよね」
「隣に居る人は……誰だっけ?名前が出てこねーな」
「六年生のオードリー先輩よ。あの二人が付き合っていたなんて知らなかったわ……」
「げ、あっちのボートに居るのはマーセナスじゃないですか。セルウィン先輩もいます。ファルカス、ちょっと僕の姿を隠してください」
「アズラエルは本当にマーセナスがトラウマなんだね……」
ホグズミードでは、見知らぬ顔も多かったが見知った人たちが余暇を満喫している姿を目にすることができた。アズラエルが嫌いな先輩を見て意気消沈している時、ハリーはガーフィール·ガフガリオンがアグリアス·ベオルブと釣りを満喫している姿を目撃した。
「……あの人たち、今年はNEWTの試験と就職活動があるはずだよね?大丈夫なのかな」
「推薦で就職先が決まってるらしいわ。ガーフィール先輩は成績がいいっていう噂よ」
ダフネによると、就職を決める面接にはNEWTの成績は関係ないのだという。NEWTの成績で重要なのは、所属したあとの配属先なのだそうだ。
「興味のない部署に配属されないように、手を抜けるところでは手を抜くつもりなんじゃないかしら」
ハリーたちは様々な見知った顔ぶれや、ゴーストが出没する心霊スポットに面白がりながらホグズミードを見て回り、歩き疲れたと文句を言うダフネやトレイシーにアイスクリームを渡して、木陰で涼んだ。
「ハリー、息抜きの筈が気を遣ってばかりじゃありません?」
「いや、こんなのは気を遣ってるうちには入らないよ」
木陰で涼んでいたハリーは、マクギリス·カローが一人で人気の少ない通りへと向かっていくのを目にした。カロー先輩は筋肉質であり、なおかつ長身でもある。体格が良いので、フードを被っていてもすぐにわかるのだ。
(…………怪しい)
ハリーは、カロー先輩が闇のアイテムを探していたことを思い出した。木陰から立ち上がり、カロー先輩が行った先をよくよく観察する。
「……気になるね」
カロー先輩を追おうとしたハリーを、ザビニが手を掴んで止めた。
「今日は休みだ。そうだろ、ハリー」
「……ザビニ。いいんだね、それで?」
「いつもいつでも良いことやれるって訳じゃねえじゃんかよ。休みの時は休めば良いし、ちょっと悪いことだってやっていい。……少なくとも今はそーいう気分なんだよ」
そう話している間に、マクギリスの姿は見えなくなった。ハリーたちは木陰から立ち上がると、三本の箒に向かって歩いていった。
三本の箒で女子たちはバタービールを頼み、ハリーたち男子はノンアルコールのミルクやジュースを注文した。八人は上機嫌で三本の箒の店主から箒を四本借りると、男子たちの後ろに女子を乗せてホグズミードの空を飛んだ。
「……きゃ!?ポ、ポッター!!大丈夫!?これ大丈夫よね!?」
「揺らさないように細心の注意を払うよ。でも心配ならしっかりとしがみついていてね、お嬢さま」
「お、落としたら承知しないわよ!パパに訴えるからね!」
「クィディッチ選手としてそんなへまはしないよ」
夕暮れ時のホグズミードの空をゆったりと箒が浮かぶ。女子たちは束の間の空中遊泳で、ホグズミードの夕焼けと酒の影響で赤く染まった女友達の顔を楽しんだ。
指定された箇所に置いた箒が、アクシオ(来い)によって三本の箒へと戻っていくのを眺めながらハリーたちはホグワーツへと帰還した。ハリーはダフネにお礼を言いながらも、マクギリス·カローの怪しげな行動が頭の隅に残っていた。
別れ際、ハリーはダフネに呼び止められた。
「……ねえ、ポッター。あなたに相談に乗ってほしいことがあるの。今日はもう遅いから、日を改めて聞いてくれない?」
「……?わかった、いいよ。君の頼みなら喜んで」
ハリーはアルコールの影響でほんのりと頬を赤く染めたダフネとミリセントをアズラエルと共に女子寮まで送り届け、自分の部屋に戻った。部屋に戻る途中。アズラエルは、
「……こうなるとは正直予想外でした」
と言った。
「……?うまくいったのならこれでいいだろ?」
「ええ。まぁ……」
ハリーは変なアズラエルだなと思いつつ、自分達の部屋へと真っ直ぐに突き進んだ。その足取りは朝よりもしっかりしていた。
オリジナル魔法 プロテゴ インセンディオ(炎の護り)
ディアボリカより難易度は低く、他人依存のディアボリカとは違い己の意思で焼く相手を選ぶ魔法。他者依存の傾向がある今のハリーにとって精神的に必要な魔法であると考えたフリットウィック教授が教えた。七年生のDADAで教える魔法としては難易度は低め(ちなみに悪魔の護りも悪霊の火も闇の魔術であるため、使用方法は授業では教えない)。