ハリーはアズラエルから、マクギリスについて警戒するようにと強く言い含められていた。
「大袈裟だよアズラエル。マーセナスならともかく、あの人は身内には手を出さない。ちょっとノリについていけないところはあるけど」
「本当にそうでしょうか……?そうだったらいいんですけどねえ」
アズラエルは半信半疑といった様子で腕を組んでいた。ハリーはマクギリスが夏休みに闇のアイテムを探していたことを覚えているし、純血主義に関してマクギリスが過激派であることも知っている。とはいえ、後輩思いのスリザリン愛に溢れた人であることも事実だ。直接的に他人を害するような人間ではなさそうな以上は、ザビニの言う通り放っておいて問題はないのだろうとハリーは自分を納得させていた。
「距離感を間違えなければいい先輩だよ、あの人の方はね。でも、アズラエルの方こそ最近どうしたんだい?何か心配ごとでもあるの?」
ハリーは何か悩みでもあるのかと思いアズラエルに尋ねると、アズラエルは複雑な顔でハリーを見た。
「……いや君にそれを言われるのは屈辱ですねえ……」
「どうして?」
「とにかく、マクギリスには注意してください。あの人は君を、純血主義の旗印にしようとしているかもしれません」
真面目くさってそう言うアズラエルがハリーには少しおかしかった。リディクラス(笑え)もまともにできないハリーを過大評価しているのだから。ハリーは困ったように笑って言った。
「僕が純血主義に頷かなければいいだけだよ。アズラエルは細かいところを気にしすぎさ。……っていうか、僕にそんな価値はないだろ?」
ハリーは本気でそう言うと、アズラエルはまぁそうですね、と言った。
「君がナルシストでなかったことには安心しましたけどね。一応、ポッター家の生き残りという意味で君の存在には……言い方は悪いですが利用価値がありますから」
ハリーはアズラエルの言葉を受け入れられた。もっとも友人の言葉だったからで、初対面の相手にこれを言われたら頭に血が上っていただろう。
両親に生かされたこと以外に価値がない、『生き残った男の子』。それが重たくて、誇らしくて、そして時に嫌だったからこそ、ハリーは頑張ってきた。ハリー自身の努力を見てくれる人はいるはずだと思った。
ハリーは二年生のとき、パンジー·パーキンソンから受けた仕打ちを思い出してアズラエルの言葉に無言で頷いた。仮に、ハリー自身のことを考えている人間であったとしても、それがハリーにとって好ましいものかどうかは別だ。マクギリスがハリーの家に価値を見いだしたとは思いたくはないが、スリザリンの価値観ならそういう動機で動くことは充分あり得ることだった。
「こういうのは君がどう思っているかじゃなくて、周囲が見てどう思うか、なんです。去年の秘密の部屋のときもそうだったでしょう?変なレッテルが貼られる前にもっとロンやハーマイオニーと話した方がいいですよ、ハリー」
アズラエルの言葉はいつも正しい。それができるかどうかは置いておいて。
「……それはアズラエルの言う通りだろうけど。自分の評判のためにロンやハーマイオニーを利用するのは気が引けるよ」
ハリーは正直にぼやいた。ハリーはまだリディクラスの一件を引きずっていた。あの時のことを隠しながらロンとハーマイオニーに普段通りに接することができるようになるまで、もう少し時間を置きたかった。
「利用じゃないです。これは必要なことですよ、ハリー」
しかし、アズラエルは必要の部屋でのボガートの件を詳しくは知らない。なのでハリーの気持ちよりも、政治的な立場を優先すべきだと強く主張した。
「また今度、二人と遊んでみてはどうですか?週末に三人でホグズミードを回るとか」
ハリーは腕を組んだ。土曜日はクィディッチの練習があり、ホグズミード休暇は日曜日だけだ。しかし、今週はその日曜の予定も埋まっていた。
「……ハーマイオニーは毎日忙しいし、僕も土曜は動けない。今週の日曜は先約があるんだ」
「おや?どなたとですか」
「ダフネ」
ハリーは普段通りの調子で言った。ダフネの相談に乗ると約束している以上、それを破るのは人としてどうかと思う。ハリーはダフネを優先するつもりだった。
アズラエルは、さすがにダフネと付き合うべきではないとは言わなかった。アズラエル自身、ミリセントと交流を深めている真っ最中だったからだ。ハリーがハーマイオニーのことが気になっていたわけではなかったのはアズラエルにとっては誤算だったが、友人としてハリーがうまく行くことをアズラエルは望んだ。
「へぇ、グリーングラスさんですか。いいですね。どこに行くかは決めてるんですか?」
「いや、それがまだなんだ。下見に行く時間もないし、目立たないスポットがないかガーフィール先輩に聞いてみようと思ってる」
アズラエルはぽんと手を叩いて言った。
「それなら僕、先週のデートの前に先輩たちから聞いておきましたよ。マダム·パティフットの店がおすすめらしいです。詳しくは知りませんが」
「……そうか!ありがとうアズラエル。助かったよ」
ハリーはアズラエルに感謝しながらその日の勉強を終えた。多忙な日々はあっという間に過ぎていった。
***
ホグワーツ魔法魔術学校では三年生を境に、徐々にカップルが成立し始める。生徒たちの頭の中が急にピンク色に染め上げられたかのようなこの現象を、ミネルバ·マクゴナガルは『恋患い』と呼んだ。ホグワーツという家からホグズミードという外に出る機会を得た生徒たちが、それまでの鬱憤を晴らすように意中の人に思いを告げたり、思春期ゆえの焦りと恋愛への憧れ異性と付き合ってみたくなるという、一種の魔法にかかるのである。
日曜日に、ハリーはマダム·パティフットの喫茶店でダフネを待っていた。ハリーの瞳の色はいつもの翡翠色ではなく、微かな青色だ。ダフネから貰った目薬をハリーは使うことにしていた。何となくそれを使った方がダフネは喜ぶだろうと思ったからだ。
暇潰しに、ハリーはファルカスから借り受けたタロットを引いてみた。歴とした占い学である。絵柄の書かれていないタロットを引くと、その日の人物に最も近いアルカナを示すのだ。もっともその精度は使用者の才能に依存する。ハリーに占い学の才能はないので、完全にお遊びだ。
ファルカスから借り受けたタロットを引いてみると、タロットはは『愚者』の正位置を示していた。悩みなどないという顔で空を見上げる男の姿を眺めていると、そのタロットがすっとハリーの掌から離れた。
「ロコモータ。待たせたわね、ポッター。……あら?」
「ああ、ダフネ。もう来たんだ。全然待ってないよ、僕も今来たところだ。いい帽子だね。どこで購入したの?」
「エイブリー洋装店よ。あそこは魔女向けの服も多くあるの。ここと違って、落ち着いた店よ」
「店選びのセンスがなくてごめんね」
ダフネ·グリーングラスも先週と変わらないローブだが、三角帽子のデザインは緑色から紫へと変わっていた。簡単な社交辞令のあと、ダフネは店への不快感を示した。
この店ははっきり言ってハリーの趣味ではなかった。カップル向けの店なのだがとにかく演出がくどく、時折店の中を舞う紙吹雪が紅茶に入り込んで紅茶を台無しにしようとする。ダフネは店の中をちらつくピンク色の光に不快そうな表情を浮かべた。
「……場所を変えようか?ここはなんだか雰囲気が良くないし」
「また外を歩くのは面倒よ。ここでいいわ」
ダフネはハリーの正面に座ると、向日葵茶を注文してハリーの目の前のタロットに興味を示した。
「あなたは『愚者』。ねえ、それは愚者のカードがこちらにあっても問題ないのかしら?」
「ああ。今日の君が『愚者』の運命なら、アルカナはそれを指し示してくれる。一枚引いてみる?」
「こんなもの、あてにならないわよ」
そう言ってダフネはタロットカードを引いたが、絵柄を見たあとしばらく沈黙した。
「どうだった?悪い絵柄だったなら、その回避方法もファルカスから教わっているけど」
ハリーが尋ねると、ダフネはきつい目でハリーを見た。
「私がこんなものを信じると思う?これを信じるのなんて、グリフィンドールやハッフルパフの生徒くらいよ。『女帝』の正位置よ。回避する必要はないわ」
「そうか、それは良かった。……それじゃ、そろそろ本題に入っていいかな。君の相談っていうのはどんなことなんだい?」
「実は……妹のことで悩みがあるの。あの子、学校に馴染めていなさそうなのよ」
ダフネが語ったところによると、妹のアストリアは典型的な純血主義者で、そのために周囲の生徒と衝突してしまっているらしい。
「……そうなんだ。それは大変だね」
(ダフネの家も、純血主義の風潮はあるんだな)
ハリーは慎重に言葉を選んだ。純血主義をどうこうするのは、ハリーのスタンスではない。ハリーや、ハリーの周囲の友達……例えばロンやハーマイオニーの迷惑にならないなら、勝手に信じて貰って構わないというのが、ハリーの信条なのだ。
「私も止めたのだけれど、あの子は私の話を聞いてくれなくて。反抗期なの。姉が圧政者だと思ってるんでしょうね。人の気も知らないで……」
「はじめてのホグワーツで気負ってるんだよ、きっと」
「そうかしら……」
ダフネの愚痴は長かった。妹に対する不満は相当あったらしく、ハリーは十分ほど聞き役に徹しながらダフネの心労を慰めた。
「ねえ、アストリアを決闘クラブで引き取って貰えないかしら。他所の寮生と問題を起こしてばかりなのはあの子のためにならないと思うの。……正直に言うと、私まで極端な純血主義だという目で見られるのは困るし」
「決闘クラブで今すぐ引き取るというのは賛成できないよ、ダフネ」
ハリーはまず、最初に断った。
「どうして?あなたは一年生だったラブグッドを部活に誘ったと聞いたわよ」
頬を膨らませて怒りをあらわすダフネに対して、ハリーは穏やかになだめるように言った。
「部長の方針でね。純血主義を大っぴらに押し付ける人はあの部でも嫌われるんだ。最低限、そういう話は部活が終わったあとでするのが暗黙の了承になってる」
「……他所の寮生たちと交流する意味でいい考えだと思ったのだけれど、無理かしら?」
「順番が逆で、本人が最低限そういうのを外に出さないってマナーを身に付けなきゃ決闘クラブでも孤立するよ」
「うっ」
「そもそも、アストリアが他の寮の友達なんて欲しくないって気持ちなら僕らの考えを押し付けるのは良くないことだし」
「ううっ!」
ダフネが恨みがましい目をハリーに向けるのを、涼しい顔で眺めつつハリーは紅茶を飲んだ。清涼感のある香りがあたまをスッキリとさせてくれた。
「……僕からアストリアと話してみてもいいかな、ダフネ。アストリアが本気で純血主義が大事ならそれを変えるのは良くないことだし、尊重すべきだと思う。けれど、もし変わりたい、決闘クラブに入りたいって意志があるなら、その手助けはしてあげられる。入ったあとのバックアップをするって約束する」
ハリーは一縷の望みをかけてダフネに言った。ダフネは数分間悩んだあと、ハリーの目を見て言った。
「……なら、頼んでもいいかしら?」
「いいよ、ダフネ。交渉成立だ」
そしてハリーとダフネは上機嫌で喫茶店を後にした。二人は自分達を監視する視線に気がつかなかった。
***
そしてハリーは、アストリア·グリーングラスと話をした。アストリアは上級生でありながら純血主義ではないハリーには、全く敬意を示さなかった。
「先輩に私の思想についてとやかく言われる筋合いはありません!『混血』の癖に『純血』の私に声をかけないで下さいます?」
「君がそういう考えなら否定はしないし、ここは寮の談話室だからそれでいい。でもね、寮の外ではそれが通用しないことだってあるんだ」
ハリーの言葉に、アストリアはうっと目をそらした。思い当たるふしはあるのだろう。
「知った風な口を!あなたは他所の寮生と仲良くしているではありませんか!」
「仲良くしてるけど、それは『絶対』じゃない。失礼な態度を取れば仲のいい友達だって怒るし、魔法をかけることもある。実際、ぼくはグリフィンドール生にナメクジの魔法をかけられたよ」
「!?」
「……そうなる前に……世間の渡り方、知りたくないかな?」
ハリーは自分も世間が渡れているわけではないにも関わらずそう言った。アストリアはふるふると震えながら叫んだ。
「よ、余計なお世話ですわ!とっとと失せやがれ~っ!」
「何か困ったことがあったら相談してね、アストリア」
数日後、ハリーはアストリアが女子監督生のジェマ·ファーレイに泣きついているところを目にした。ダフネは、ハリーのお陰で素直になったとハリーを労った。
「あれで良かったのよ。素直にならずにずるずると意地を張ってもいいことなんてないわ」
「いや。ぼくはちょっと意地悪だったかもしれない」
「……ポッター、我が妹を侮ったらいけないわ。女子の涙は最後の手段なのよ。信じたらおしまいよ?」
ハリーはダフネからお礼のティーカップを貰い、スリザリンにおける純血主義の難しさを改めて実感した。純血主義者は、そもそもホグワーツでは数が少ない。レイシストが生きていけるほど世間は甘くはない。変わらなければ生きてはゆけないのだ。
***
スネイプ教授「ポッター?何だその目は?瞳に対する魔法薬の濫用は視力の衰えに繋がる。スリザリンから20点減点」
ダフネ「!??」
ちなみにダフネの引いたタロットカードは『恋人』の正位置でした。