パンジー→女帝
ハグリッド→法王
決闘大会が終了したあと、グリフィンドールの英雄となったフレッドとジョージ·ウィーズリーは決闘クラブを出入り禁止となった。妥当な判断だというのがパーシーの主張だった。
「あの二人は隙あらば悪戯をして風紀を乱しかねないからな……」
決闘クラブに入らなければ入らないで、パーシーは悪戯を起こした双子の後始末のためにフィルチ管理人に頭を下げて回ることになる。ホグワーツ首席に安寧の時間は存在しなかった。
ハリーはといえば、十二の科目に追われながらクィディッチの練習をし、決闘クラブへは一週間のうちに二回ほど訪れて魔法の練習をするという生活パターンに移行していた。セドリック戦の敗北を機会に、ハリーは自分の戦闘パターンである飛行して上空から優位を取るという戦法自体を改善すべきだという気になっていた。上空から攻撃することは格上相手でも通じるが、他人の戦法、具体的にはセドリックのような部員たちの戦法も取り入れられるように、練習自体を見直した。
上空から狙い撃つという練習をしなかったのは、クィディッチシーズンの開幕が近づいてきたからだ。箒に乗る感覚が体に染み込む度に、飛行魔法の精度は上がる。飛んで戦うイメージはいくらでも沸いてくる。決闘クラブでわざわざ飛ぶよりは、魔法自体の正確さや発動速度、射程、何より立ち回りを見直した方が自分の技量を向上させることができるとハリーは踏んだ。
(……フィレンツェの預言は、一応相談はしておくか。信じる訳じゃないけど……)
賢者の石の時は、ユニコーンが襲われ殺害されるという実害があった。今回はまだそのような出来事はなく、ホグワーツは平穏そのものだ。しかし、ドロホフの脱獄を知った闇の帝王が動き出すか、あるいはドロホフが闇の帝王を探し出すか、ホグワーツに賢者の石を奪いに来るという可能性は否定できない。闇の帝王もドロホフも、賢者の石が破壊されたことを知らない筈だから。
預言について、ハリーは決闘クラブでいつもの六人に相談した。ザビニやロン、ハーマイオニーはケンタウロスの預言を信じなかったが、ファルカスは深刻な顔でハリーに警戒するように言った。
「ハリー、『火星』っていうのは、大きな闘いや災害の隠喩なんだ。直球で『火事』という解釈もできる。もしかしたらドロホフのことかもしれないけど、流石に安直すぎるかな」
ファルカスの一家はケンタウロスとも親交があったようで、ケンタウロスの預言には信頼を置いていた。トレローニ先生の授業を馬鹿にすることもなく熱心に受講している生徒の一人でもあり、ファルカスは女子たちに占いの解釈について聞かれることも多くなっていた。
「『冥王』はそのまま、『例のあの人』かな」
ハリーが聞くと、ファルカスはまた頷いた。
「そうとしか思えないよ。『火星』のドロホフと『冥王』のあの人が近付いて、冥王が輝きを取り戻したりしたらこの世の地獄だ。そうなる前にドロホフが捕まらないとー」
その時、ハーマイオニーが口を挟んだ。
「ねえファルカス。ケンタウロスのフィレンツェがとても聡明で、私たち魔法族にも友好的な人だということは分かるわ。けれど占いを信じるのは非現実的ではないかしら」
ハーマイオニーは少し苛立っていた。ハリーには何となくその理由が理解できた。
ハリーたちの中で12科目を受けているのは、ハリーとハーマイオニーだけだ。選択科目である占い学は受講しないこともできるし、事前に先輩たちからどういう授業かは説明を受けていた。
それでも、占い学に蓄積された知識を全て学んだとしても、たとえ試験でO(優)の成績を取れたとしても、ハリーたちは本物の預言者になることは出来ない。タイムターナーを使ってまで受ける価値があるのかと言えば、預言者の才能がある人間以外には価値はないかもしれない。聡明なハーマイオニーは占い学の根本的な問題点に気がついてしまった。だからこそ苛立っているのだ。ハリーはハーマイオニーの気持ちが分かるだけに、ハーマイオニーに怒る気にはなれなかった。
「占いって、あえて明言を避けてどうとでも解釈ができるようにされているものよ。そんなものに左右されるなんて、はっきり言って馬鹿馬鹿しいことだわ」
(言ったよ……誰もが思ってることを……)
(……そこが楽しいんですけどね……ハーマイオニーは理系なんですねぇ)
ハリーとザビニは顔を見合わせ、アズラエルはハーマイオニーの弱点を見たような思いで興味深そうに会話の流れを見守った。ルナはザ·クィブラーのルーン文字占いの記事を読んでいた。
ファルカスは少しムッとしてハーマイオニーに言い返した。
「それはそうだよ。占いっていうのはそういう神秘的なものなんだ。本当にあたる預言者なんて今の魔法界には一人も居ないかもしれない。けれど、ケンタウロスの神秘でそういう予兆があったのなら無視していい筈がない」
「まぁまぁ二人とも。バナナージ先輩にエクスペクトパトローナムでも教えてもらおうぜ?」
ロンはハーマイオニーとファルカスとの雰囲気が剣呑になる前に、二人を誘ってバナナージ·ビスト部長のもとへと足を運んだ。
「センパイ、この間の試合でやってた呪文を教えてください!!」
「エクスペクト·パトローナム!!すごくかっこ良かったです」
「君らも来たか。んー、そうだな、どうしようか」
バナナージは新しく加入した部員たちの対応で忙しそうだった。決闘大会によって、自分も魔法を使いたいという物好きが数人ではあるが加入していたのだ。
バナナージは腕を組んでハリーたちを見回したあと、諭すように言った。
「あれってそこまで役に立つ呪文じゃないぞ?」
「えー、何でですか?かっこいいじゃないっすか、パトロナスって」
「あれはNEWTレベルの魔法なんだ。今使えてもあまり意味はない。プロテゴを鍛えた方が発展性があるぞ?」
バナナージによると、パトロナスは幸福な感情のエネルギーが形になったものであって、本来は盾にするようなものではないのだという。
「いろんな人からの魔法を防いでたじゃないですか。利便性ありますって!!」
「普通にプロテゴの範囲を広げた方が守る範囲は広がるし、パトロナスは魔力消費も多い。それでもやるか?」
ザビニをはじめとして、男子たちはバナナージの試すような言葉にも退かなかった。ハリーは自分のパトロナスがどんなものなのか確認してみたかった。アズラエルもそうだったようで、いつになくキラキラした後輩たちの視線を浴びて、バナナージ先輩は頭をかいてから、フリットウィック教授に掛け合ってみると言った。
「うーん、じゃあフリットウィック教授に掛け合ってみよう。パトロナスチャームの練習は指導者のフォローができる環境じゃないと駄目だからな」
「流石NEWTレベル……てっことですか?」
フリットウィック教授はパトロナスより、まずはプロテゴを完璧に習得することを部員たちに課した。ブーイングでも発しそうな顔の部員たちに、フリットウィック教授は諭すように言った。
「エクスペクト パトローナムを使いたいというなら、まずはエクスペリアームス、プロテゴ、そして五年生レベルのコンジュレーションを習得することを奨めます」
「それはどうしてですか?」
「この魔法は、君たちの心身の成長と密接な繋がりがある魔法だからです」
「己が一番幸福と思える、暖かく素晴らしい記憶を、己の最大の魔法力で一気に放出する。それがパトローナス チャームの極意ですが」
ここで、フリットウィック教授は生徒たちがちゃんと自分の言葉に耳を傾けているのかを確認した。ハリーたちはもとより、その場にいたセドリックやアンジェリーナ、新しく加入した部員たちも真剣になって耳を傾けており、マクギリス·カローがどこかばつの悪そうな顔でフリットウィック教授をみていることを確認した上で、教授は言葉を続けた。
「幸福な記憶というものは、道具として軽々しく用いるべきではないと私は思います」
フリットウィック教授にしては良く分からない言い回しをする、とハリーは思った。
「皆さんはまだ若い。己が何を幸せと思い、どんな幸福を糧にするのかはまだ定まっていません。だから、この魔法はOWLレベルではなくその先のNEWT レベルで学ぶのです。自分自身の本当に大切なものが何か、それが分かってからこの魔法に取り組んでも遅くはないと思います」
フリットウィック教授はそう言ってから、さらに言葉を続けた。
「どうしてもエクスペクト パトローナムが学びたいという人は、エクスペリアームス、プロテゴ、ステューピファイ、そして五年生レベルのコンジュレーションをマスターした上で、私がテストをします。それに合格できたなら、合格者にこの魔法を教えることにします」
フリットウィック教授は(自分や周囲の生徒を嘲笑あるいは中傷しない生徒であれば)誰にでも優しく魔法を教えることに定評がある先生だったが、ことパトローナス チャームに関しては教えることを制限した。ザビニはがっかりしたように言った。
「なんでもかんでも教えてもらえるほど甘くはねーか……そりゃあそーか。六年生とか七年生がやる魔法だもんな」
「バナナージ先輩は五年生だったときに教わったんだ。頑張れば僕らだって教えてもらえるようになるよ」
ハリーはフリットウィック教授が出した条件に喜んだ。ステューピファイは未習得だったが、逆に言えばそれを習得してテストに合格すれば教えてもらえるのだ。むしろいい機会が来たとさえ思った。
「でもさ、アズラエルまでパトロナスに熱心になるのは珍しいよね。効率重視でプロテゴを極めると思ってた」
「ファルカス、僕だって男子ですよ?自分のパトロナスがいったいどんな動物なのか、興味が沸くじゃあないですか。みんなもそうでしょう?」
アズラエルの言葉に、ロンはうんうんと頷いた。
「分かるわー。どうせ出すならライオンみたいなかっこいい動物がいいもんな」
「逆にかっこわりー動物だったらちょっと嫌だよな」
「それな」
ロンとザビニの言葉に、ハーマイオニーはぷりぷりと頬を膨らませた。
「動物の種類はパトロナスの性能には関係ないわ。幸福な感情のエネルギー体なのだから」
「確かに動物の種類はパトロナスの性能にさほど影響を与えませんね。ようはメッセージを伝えて、ディメンターを追い払えればそれでいいわけですし。でも、動物の種類によって、その人の一面が垣間見えるという謂れもありますよ?みんなで自分のパトロナス予想をしてみませんか?的中したら蛙チョコレート一箱でどうです?」
アズラエルの言葉に、ハーマイオニーはうーんと唸った。
「それは少し面白そうね……」
「それってナルシスト判定みたいになるんじゃないかな?」
ファルカスがポツリと呟いたが、みんなあえてその言葉を無視した。自分の思う素晴らしいパトロナスは何か、ハリーたちは夢中になって話し合い、全く成功しないステューピファイの練習をしながら決闘クラブでの時間は過ぎていった。
***
週末の日曜日、ハリーはダフネ·グリーングラスと待ち合わせをしていた。ハリーにはデートのつもりはない。友人の相談に乗る代わりに、ダフネを通してドラコと二人きりになれる時間を作るよう調整してもらいたいと思い、二人で会う時間を取り付けたのだ。ハリーが直接話をしたいと言っても、ドラコはハリーと距離を置こうとしている。ならば、ドラコと親しい人間にドラコと話せるよう取り計らってもらう他ない。そこでハリーが白羽の矢を立てたのがダフネだった。
クラブかゴイルのどちらかに頼むことも考えたが、あの二人ではドラコに気付かれずハリーと二人きりになれるよう誘導するという真似は難しい。そのため、そういうことにも頭が回りそうなダフネを頼ったのである。
待ち合わせの場所はロサ・リー・ティーバッグという喫茶店で、この間訪れた喫茶店とは全く異なり、客で溢れかえって繁盛しているものの、下品とも言える紙吹雪や目に痛いような演出はなかった。ハリーは約束の十分前にこの喫茶店に入り、奥側のテーブル席でダフネを待った。深く帽子を被ったレイブンクロー生の一団と、グリフィンドールのローブを着た女子生徒や男子生徒ががハリーの方を見た気がしたが、ハリーは無視した。
入店してから五分で、ダフネもやってきた。ハリーのプレゼントした玩具のネックレス(いざというときのルーモス(照光)機能付き)をつけている以外はこの間と変わらない服装だ。ダフネもこの場所を気に入ったらしく、満足げに笑うとハリーのいる席まで来たが、ハリーの前の席に座ると開口一番で自分の渡した目薬を注すようにハリーに言った。
「もうあの目薬を使いきってしまったのかしら。それとも、あれはお気に召さなかった?」
「いや、ごめんねダフネ。君がそこまで碧眼を気に入ってたとは思わなくて」
ハリーは言われるがまま目薬を注ぎ、瞳の色を翡翠から蒼へと変えた。ダフネは満足げに頷きながら、ハリーに悩みについて相談していった。
***
「……結構いい雰囲気ね、あの二人。心配していたんだけれど良かったじゃない」
ロサ・リー・ティーバッグのテーブル席では、グリフィンドールの深紅のローブを着た女子三人が固まって、奥にいる眼鏡をかけた男子と黒髪の地味そうな女子を見守っていた。
「え、ええそうねパンジー。ポッターとダフネがうまくいくのか心配だったけれど、何事もなさそうでよかったわ……」
三角帽子を被ったパグ犬のような少女に、かつらで変装した体格の良い女子が頷いた。彼女はミリセント·ブルストロード。ダフネのルームメイトであり、パンジー共々ダフネとは幼少期から交流がある親友だった。
(いくら友達だからって、デートを尾行するなんてやめた方が……)
ミリセントはそんな常識的な一言をついにパンジーに言うことが出来ないまま、ダフネの尾行に参加してしまった。ドラコと親しいパンジーの機嫌を損ねれば、どんな目に遭うか分かったものではない。ミリセントの心中はダフネへの罪悪感で一杯で、今すぐにここを離れたいと思いながらトレイシーの帰還を待った。
ミリセントは今すぐここを出てアズラエルに相談したかった。ミリセントがアズラエルを誘った理由は、集団のなかでの立ち位置にシンパシーを感じたからだった。
女子たちはそれぞれ店の中だというのに三角帽子を被ったり、変身術を使って顔のパーツを変えたり、かつらをつけたりして変装していた。狡猾なスリザリン生らしい立ち振舞いといえよう。
「でも、ここからじゃどんな話をしているのかは分からないわね……ねぇトレイシー。あんた、トイレに行くふりをして近付きなさいよ。どんな話をしているのか調べて頂戴」
「ええ!任せてよパンジー!ダフネがうまく行っているかどうか、ちゃんと見極めてあげるから!」
「ポッターがダフネを虐めてたりしたら承知しないわ。すぐに私のところに来るのよ」
「分かってるって」
「頑張ってね、トレイシー」
(……ああ、止めなきゃいけないのに私は何をやってるんだろうか……)
トレイシーに対して、ミリセントはニコニコと笑顔を浮かべたまま、応援の声をかけた。ミリセントやダフネはパンジーを止めたことはない。止めて自分が虐めのターゲットにされることを何よりも恐れているからだ。アズラエルとミリセントの違いは、寮のルームメイトの中でリーダーになったハリーか、パンジーかという違いがそのまま差になっていた。
トレイシー·デイビスという少女は、パンジーの指図に目を輝かせて従い、喜々としてハリーたちの側を横切った。彼女もダフネやミリセントと同じくパンジーのルームメイトだ。しかし、トレイシーは二人とは違い、パンジーと幼少期からの付き合いがあったわけではない。もっと言えば、純血でもない。ハリーと同じ、不安定な半純血の生徒なのだ。しかし彼女は、内向的なダフネや良くも悪くも普通の域を出ないミリセントとは別に性格面でパンジーと気が合い、パンジーからとても重宝されていた。
トレイシー·デイビスは噂好きで、他人のゴシップに弱い年頃の少女だ。そのため、こうした時にパンジーの手足となって動くことに躊躇いはなく、わくわくしながら話に夢中のハリーとダフネの方に向かって気取られないように近付いた。
***
トレイシーがこっそり近付いていくと、ダフネは妹についての愚痴をひとしきりハリーに語り終えた後だった。ハリーが紅茶に口をつけている一瞬の隙を見て、トレイシーはハリーたちの側を通りながらトイレの入り口に入ると、内側から鍵をかけてハリーたちの言葉に耳をそばだてた。
「……ねぇ、ポッター。貴方は恋ってしたことがある?」
「さっきの話とはうってかわって、随分とまた哲学的な質問が来たね」
(……?!)
トレイシーは耳を傾けてハリーたちの話を聞こうとする。音を立てないよう慎重に、されど冷静に。
「正直なところ、僕には恋はまだよく分からない」
ハリーは迷うことなくそう答えた。
(こ、こいつ!そこは『君に夢中だよ』とか『答えるまでもないよ、ダフネ!!』とか言うところだろうがぁ!濁すってどういう神経!?)
トレイシーは地団駄を踏んだ。トレイシーにも年頃の少女らしい感性と、友人を心配する心があったのだ。
半分以上は、娯楽感覚で。ゴシップを楽しむように面白がっている気持ちもあるのだが。
ハリーの言葉は続く。
「ほら、一年前にパンジーに薬を盛られただろ。あれで僕は、正直、恋ってものはそう良いものでもないんじゃないかって思ったんだ。大切なものをその恋愛感情為だけに歪めてしまう、危険なものだと思った。だから僕にとっては、ちょっと怖いものだってイメージがある」
(…………げ)
トレイシーの地団駄はピタリと止んだ。代わりに、冷や汗がトレイシーの頬を伝う。
(や、やなこと思い出しちゃった…)
トレイシーの脳裏をよぎるのは、ハリー相手に毒、もとい愛の妙薬を盛ってハリーの交遊関係をずたずたにしようとしたパンジーの姿。トレイシーはパンジーの手足としてあくどいことは散々やってきたものの、良心がないわけではないし、後に尾を退くほどのことをした覚えはなかった。
しかし悪事というものは、やった方が忘れていても、された方はそれを覚えていて傷になるのだ。トレイシーは自分が報いを受ける日を恐れながらも、好奇心に負けてダフネとハリーのやり取りを見守った。
(ど、どうパンジーに説明しようかな……ってゆーかダフネも引いてない?)
トレイシーはドアの隙間からダフネの姿を覗き見る。頬杖をついて不貞腐れながらハリーのお菓子をふんだくるダフネの姿がそこにあった。
(……あれ……?)
(何、ダフネっち。いつもは澄ました顔でニコニコしてたじゃん?)
トレイシーは普段のダフネとは違う姿を目にして戸惑う。ダフネはもっと地味でお淑やかだった筈なのだが。
(……ま、まぁ気にしないことにしよう。ポッターに怒ってるだけだきっと)
もしかしたら、ダフネはハリーの前で自然体になっているのかもしれなかった。友達が自分達の前であまり心を開いていない可能性に思い当たって衝撃を受けていたトレイシーは、ダフネとハリーの一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いた。
「あれは気にしてないって、貴方も前に言ってたじゃない。恋心がどういうものかについて、はぐらかす気ね」
「あはは、そうだねダフネ。ちょっと意地悪な言い方だったかな」
ダフネは流石というべきか、ハリーと親しげに会話ができていた。トレイシーはほっとしながら、耳をそばだてる。
(こういう時、集音魔法でも使えたらなー!)
トレイシーはその手の魔法を習得していないことを悔やんだ。ゴシップを聞き逃さず集めるものとして、集音系統の魔法を習得しておこうと心に定めた。
トレイシーの思いにも気が付かず、ハリーは少し考えてから、ダフネに言葉を紡ぐ。
「……そうだな。僕にはまだ本当の恋なんて知らないかもしれないけど、もしもそんなものがあるとするなら。他の何を犠牲にしても、それ以外目に入らなくなるような感動とかときめきとか……あとは、それを邪魔するものを鬱陶しく思う気持ちとか。そういうものが恋なんじゃないかな」
「……ときめき……」
ダフネはハリーの言葉に、しばらくの間押し黙っていたようだった。
「……どうしたの、ダフネ?」
「ハリー、私、恋をしているのかもしれないわ」
「ふうん、それは凄い。どんな人?」
(う、うおおおおおっ!ここで攻めるの!?ダフネってそこまで積極的だった!?)
トレイシーはドアノブをひっつかみながら、ダフネの一言一句を聞き漏らすまいと耳をそばだてた。そこで、トレイシーは決定的な瞬間を見た。
ハリーと向かい合って座っていたダフネが、ハリーの側に来てハリーの耳元に顔を寄せる。
トレイシーの頬から緊張の汗が流れる。
(ああっ!何て言ってるのか聞き取れないっ!!)
トレイシーはたまらずトイレから出て、ダフネの言葉を聞こうとする。
そしてトレイシーが扉を開けたとき、ハリーはダフネの手を取っていた。
「……する。ダフネ」
トレイシーは満面の笑みでハリーと手を取り合うダフネを見て、ダフネが賭けに勝ったことを悟った。
(……良かったねぇ……)
トレイシーは、パンジーに対して、ダフネとハリーが付き合うことになったと説明した。感動でちょっと涙ぐみながら。パンジーは友が賭けに勝ったと喜び、心の底からダフネを祝福した。
後日、『ハリーとダフネが付き合った』という噂を流そうとするトレイシーとパンジーを、ミリセント·バルストロードがダフネのために全力で止めにかかることになる。
***
ダフネ·グリーングラスは、ハリーから恋心についての説明を受けていた。
「それ以外目に入らなくなるような感動とかときめきとか……」
「ときめき……」
ダフネは自分の中にある思いが、恋心なのかどうか判断がつかないでいた。
一目見た時から、ダフネはその人のことを自然と目で追うようになっていた。使い込んで古ぼけたスーツに、苦労の刻まれた皺だらけで、白髪交じりの顔。節くれだった手。そして、ダフネたちを包み込むように指導してくれるカリスマ。
ハリーと仲良くなっておくように、と父親に言われたとき、ダフネは悪い気はしなかった。何と言っても『英雄』で、入学したときからほとんどずっと華々しい活躍をしているハリーたちのファンは多い。純血主義だから表立って支持を表明できないだけで、ハリーたちが思っているよりは、ハリーやハリーの友人たちに好意的なスリザリン生は多いのだ。もちろん、ダフネだってその一人だ。ダフネは自分が、成績も性格も取り立てて目立ったところのないスリザリン生だと自己分析できていたし、そんな一人としてハリーを見守るつもりだった。
そして、三年生になったあるときハリーから誘われ、悪い気はしなかった。ハリーに自分の好みの目薬を贈ったのも、それをハリーが使ってくれたのも、悪い気持ちはしなかった。
しかし、ハリーに悩みを相談したり、ハリーと仲良くなる度に、ダフネの中でもう一人の自分が囁くのだ。
(お父さんの言いなりよね。私って、本当にハリーのことが好きなの?)
自分がハリーに抱いているのは、有名人のファンとしての好意や同じ寮のクラスメートとしての好意であって、恋愛的な気持ちではないのではないか。ハリーと近付く度に、ダフネの中でそんな気持ちが大きくなるのだ。
そして今、ハリーの言葉を聞いて、ダフネは確信した。自分の感情が何であるのかを。
「……どうしたの、ダフネ。どこか悪いの?店を変えようか?」
「ううん。その必要はないわ。……ねえハリー、今の話を聞いて、私、自分の気持ちに気がついたみたい。恋をしているのかもしれないわ」
「ふうん、それは凄い。いいことだね、ダフネ。どんな人?」
「…………」
ダフネは少し黙った。
ハリーはフラットにダフネと接してくれている。ハリーの姿を見て、ダフネはハリーにとっての自分は、恐らくは友達以上ではないのだろうと思った。
ダフネは自分の思い人について、自分の心の中に秘めておくつもりだった。
(付き合いも短いし……寮のルームメイトとか、ウィーズリーとか。グレンジャーやラブグッドと同じなのよね)
そう思ったとき、ハリーはダフネの顔を見て、穏和な顔で言った。
ハリーはダフネの前で穏和な、余所行きの顔を見せてくれたが、友人たちに見せるような砕けた顔を見せてもらったことはないと、ダフネは思った。
「何か悩んでいるなら、相談に乗るよ。僕で良ければ力になる」
ダフネはふと、ここで自分の思い人を告げたら、ハリーはどんな顔をするのだろうかと思った。席を立ち、ハリーの耳元に顔を近づけて囁く
「ルーピン先生」
ハリーはダフネの方をまじまじと見た。ダフネが渡した目薬によって青く染まった瞳が自分だけを見ていることに、ダフネはなぜか満足感と達成感を感じた。
ダフネは再び、ハリーに合図をして、耳元に顔を近づけて囁く。
「先生の好きなものを知りたいの。貴方なら、魔法を習うついでに聞けるでしょう?私を助けると思って、協力してくれない?」
ダフネは自分の中にこんな積極性が眠っていたことに、自分でも驚いていた。心臓はどくどくと脈打っている。
ハリーははたして、満面の笑みでダフネの手を取った。
「分かった。協力するよ、ダフネ。その代わりと言ってはなんだけど、僕からも君に、一つ頼んでもいいかな?」
「ええ、喜んで」
ダフネもハリーの手を握り返した。二匹の蛇たちは、こうして互いの目的のために突き進んでいった。
この二次創作でのハーマイオニーは原作よりは大分精神的に余裕があります。それは
1.自分と同じように12科目受けてる人(この二次創作でのハリー)が居て、愚痴ったり定期的にストレスを発散できる決闘クラブがあること。
2.ピーターイベントがなくてロンとは細かいケンカ程度で、原作のような険悪な関係ではないこと。
3.決闘クラブで走り込んだりしてたのでそもそも原作より体力があること(地味に重要)。
4.ヒッポグリフイベントがなかったりパンジーの虐めがハリーがダフネと付き合ったことで減ったなどで原作よりは差別されてないこと(精神面ではめちゃくちゃ重要)。
などが原因です。それでも12科目を受けて生活リズムが乱れているのでストレスは蓄積しています。クルックシャンクスとロンが癒し。