デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※ジェントルがよく喋るので長めです
※最後のシーンで、出生に関連する、強い不快感を覚える表現があります。
※該当するシーンを「※※※※」の記号で区切ります。(ちょっと長めの間隔を空けました)
※三話タイトル変更(2023.05.17)



第三話 ジェントルvsマスキュラー(2)

 

 

出久(いずく)はリュックサックを前掛けにして、その人を背負って歩いていた。

すれ違う人々の注目を集めているのが少し恥ずかしい。

その人の暑苦しい英国紳士風コスチュームは高い確率で二度見されていた。

 

「いやあ、これは助かるよ。君はなかなか健脚だね」

「陸上部ですから」

「運動部か……殊勝なことだ。あ、そこを右に曲がって」

「はい」

 

出久は指示されたとおりに進む。

その人に事情を聞いたところ、すでに助けは呼んでいるものの、相手側も混雑と渋滞で往生(おうじょう)気味らしい。

そのためこちらから移動して合流したいとの事だった。

 

「そうだ、申し遅れた。私の名前はジェントル・クリミナル! ジェントルと呼んでくれたまえ」

「ジェントル……僕はみ」

「おおっと! 君もハンドルネームを名乗りたまえ!」

 

ジェントルと名乗ったその人は、は出久の名乗りを遮って捲し立てた。

 

「……ハンドルネームですか?」

「フフ……少年、かつて人の本名は真名(まな)(いみな)と呼ばれ、節目の時以外は隠されていたのだよ。どうしてかわかるかな?」

「えーと、それは名前のことですよね。僕の苗字は緑谷(みどりや)です」

「ハッハッハッ! これは塩対応! おっと……と」

 

ぺちん、という音が聞こえたと思ったら、背中のバランスが崩れ、出久は慌てて持ち直した。

ジェントルが自分の(ひたい)(たた)いたのだろう。

 

(いみな)を口にすることは、霊的人格に触れる行為として忌避された。辞書などにはそのように書かれていることだろう。それに加えて、もうちょっと俗な理由があるのだよ」

「何ですか?」

「名前というものは、自分のものではあるが、他者が創作したものでもあるからだよ」

「……」

「名前とは新しく生まれた命に、他者が与えるものだ。必死に考えたかもしれないし、そうでもなかったかもしれない。創作なんてしたこともない親が、その時だけは作家に目覚めて、子どもの幸せや自分の願いを込めてつけたかもしれない。それは(つたな)かったり、キラキラと突拍子もない名前になったりしたことだろう」

「……でしょうね」

 

出久は、自分の名をつけた両親のことを想像した。

 

「だからって、馬鹿にされたら自分は腹が立つし、名をつけてくれた人に申し訳ない気持ちにもなるじゃないか。何も自分が悪いわけでもないのにね」

「だから、お互い隠すことにした、ということですか? それは、なんだか優しい理由ですね」

「いや? 自分の名前ひとつとってもそこまで世間様に配慮しないといけない。そんな空気が()()あったということだよ」

「うっ……」

「フフ……グッと身近になったと思わないかね?」

 

闇を感じるなぁ、と思いながら出久は少し息をついた。

 

「じゃあ、僕はグリーンバレイ・ザ・ヒーローフリーク(ヒーロ大好き緑谷くん)ですかね」

「……君、隠し事が下手だってよく言われない?」

「ええー……」

 

出久は遺憾の意を表明した。

 

「隠すこと、曖昧にすることは大事だよ。それだけで人に心配や警戒をさせずに済むのだから」

(よくしゃべる人だなぁ……)

 

その人はペラペラと喋りながら、全く下半身に力が入っていない。

自分に(つか)まる両手を離しただけでずるりと後に垂れ下がるだろう。

 

すっかり参っているのにこれだけ喋るなら、元気なときは一体どのくらい喋るのやら。

 

どうでもいいことを考えた、と出久は思った。

息も上がり、若干しんどくなってきたせいだろうか。

 

「ふむ、そういえばこの道の交通量は注意があったな……」

 

広い道路に出た。

両側二車線の道路で、通行する自動車が途切れる気配もない。

信号のある交差点まではそこそこ距離があった。

 

「そこの歩道橋渡りますね」

「いやいや、背負われている身で言うのもなんだが、そこまで苦労をかけるのも……」

「いえいえ、大丈夫ですから」

 

お互い遠慮しながら、出久は背負う側の優位でずんずん階段を登った。

歩道橋の上に出ると、もう少し広く街並みが見える。

 

「この街は落ち着いているね。ヒーローが仕事をしている証拠だ」

「……わかるものなんですか?」

 

「幾つも街を見ていると、なんとなくね」

「なんとなく」

「人々の顔つき。店頭に置かれる小物。価格案内の明朗さ。街路樹や街灯の根本。ごみ箱。集合住宅一階の窓。案内板の大きさ。看板。割れ窓理論に基づいた、公安の努力の跡……予算だけでは解決できないところと、手入れの偏り具合がチェックポイントさ」

 

なんとなく、と言う割には。

 

「……えっと、ずいぶん細かいですね」

「それが仕事の一環だからだよ。いや、実はまだ収益化できてないから、ほぼ趣味なんだけどね」

 

出久は地道なフィールドワークのようなものを想像した。

 

「大変なんですね」

「ハッハッハッ、いや何、私がこうして歴史に残る偉業へ取り組むことができるのも、この世の中に巨大な『正義』が横たわっていてくれるからさ。ありがたいことだよ」

「正義……」

 

出久はちょっとモヤっとした。

ネットの言論は社会への罵倒に溢れているし。

学校ではそれほどではなくとも、授業で習う個性黎明期の歴史の影響でモラルは荒廃しているとみんな毒づいている。

それはそういうもんで、言われる程には悪くない、とは、わかっていても。

こうしてきっぱり言われてしまうと、出久もちょっとクサいなと思ってしまう年頃なのだった。

歩道橋の階段を降りたときに、つい口に出てしまう。

 

「正義……あるんですかね」

「おや、疑問を持つのは良いことだが、あまり主語を大きくしてはいけないよ。人それを高二病と……」

「ええ、僕、中学二年生なんで……」

「大変失敬! あ、そっちの道を抜けよう。きっと近道だ。すまないね、もう少しだよ」

「はい」

 

出久は少し歩調を早めた。

 

「安心したまえ。()()()()()()()()だよ。みんな当たり前過ぎて言わないだけさ」

「……そういうもんですか」

「だからこそ見逃しがないか確認し、紳士的でない行いに是非を問う者が必要だがね」

「それはそうですね」

 

「フフッ……すっかり心の距離が近づいてしまったね。初対面なのに。まるで気の合う友人のようじゃないか」

「いえ、別にそこまででは」

「ぐふっ、塩反応!」

 

そのバラエティ番組のような反応に出久は少し笑ってしまう。

 

「……まあ、ジェントルとは、何だか話しやすいです」

「ああ、今晩のディナーは、この話題で(はかど)りそうだ。パートナーに嫉妬されてしまうかな」

 

出久はパッと顔を上げて無表情になった。

 

「あっ、今、だいぶ遠ざかりました!」

「何とっ!?」

 

 

 

──「血狂い」マスキュラー。彼は()()そう呼ばれる男だった。

 

彼は自らに備わった、限りなく強くなれる『個性』を心の底から誇っていた。

だから、その力をそこまで持て(はや)さなかった社会が理解できなかった。

 

ある日、自分より明らかに恵まれていない者たちが、自分より先のステージへ行くことに嫉妬した。

それは、いつしか血を見なければ気が治らない程の、別の何かに変わった。

そして、最悪なことに、彼には一時の怒りや憎しみに捉われない優れた克己心(こっきしん)が備わっていた。

 

恨みや、憎しみ、そんなマイナスな感情で己を慰めることなど無益だ。

時間は有限だ。そんなことに費やすくらいなら、もっと人生を楽しもう。

この『個性』でより多くを踏み(にじ)り、嘲笑(あざわら)ってやろう。

より強い敵と殴り合い、勝利しよう。

その流れる血と悲鳴をゆっくりと鑑賞しよう。

 

彼がそう思えば、それはもう彼の日常となった。

今日もその延長線上のつもりだった。

 

その日、車通りの多いストリートをぼんやり歩いていたマスキュラーは、突然大人数に取り囲まれた。

そのうち何人かは2メートルある自分よりも体格の良い異形型だった。

 

そういう(やから)からの恨みは好んで買っている。なんなら金を払ってでもだ。

その十数秒後には、そこに血の海を作って遊んでいた。

 

ストリートの車道には壊れた自動車の部品、瓦礫(がれき)、あるいは血の滴る赤黒い何かが散乱し、自動車の通行を阻んでいる。

周囲には人だかりができはじめていた。

 

「た、たしゅけて……」

「何だよお、テメェら、ずいぶん強気だからちょっと期待しちまったじゃねェか」

「ひぃぃ……」

「そんなイキリ散らしてさァ、今までよく死なずにいられたなァ! オイ! 社会は厳しいぞォ?」

「ひぎゃっ!」

 

自分の拳で顔がひしゃげた男を(つか)み上げ、その男たちが乗り付けたセダン車のボンネットに投げつけた。

ボンネットが紙のようにたわみ、エンジンルームに詰まった中身が隙間からはみ出る。

 

周りには数人が倒れ伏し、流血した顔を苦痛に(ゆが)めていたり、血溜まりに顔を突っ込んだまま、ぴくりとも動いていない者がいたりする。

 

マスキュラーはその中の一人の背中を踏み抜いた。

 

「ギャッ!」

「あーこりゃ、この辺のヒーローがクソ雑魚なパターンかなぁ……」

「頼む、もう、どうか、これくらいで」

「はっはは、ま、イイ感じでグシャグシャになってくれたから許してやるよ」

「はひぃ」

 

マスキュラーは足に(すが)りついてきた男の頭を(つか)んで、商店のガラスのディスプレイに突っ込んだ。

ガラスが割れる大きな音に、周囲から悲鳴が上がる。

 

腕をガラスに突っ込ませたまま、それを横に引きずりはじめる。

(つか)んだ頭の後頭部でガラスを砕きながら、マスキュラーは進んだ。

 

「アッギャアアアッ!」

「だからあとワンゲーム遊ぼう! 血ィ見せな! ノルマは1リットルだ! 俺の目分量でな!」

 

「ひ、ひぃぃぃ、助けて……」

血を流す男たちは、(おび)え、言語を忘れたかのようにうめきながら、破壊された体を無理押して逃げ惑うばかりだった。

 

「あーあ! あーあ! つまんねェよ! なんでかヒーローとか警察とか来ねェしさァ!」

 

その無様な光景に萎え始めたマスキュラーは、落胆を怒りに変換しながら近くの道路標識を(つか)んだ。

草でも抜くかのように、地面に固定しているコンクリートごと、それを引き抜いてしまう。

 

「……期待させといてこの仕打ちはさぁ、ちょっとガッカリしてるぜ俺は」

 

取り囲んで彼らをスマートフォンで撮影していた群衆が、ようやく状況に気づき、逃げ始める。

 

「お前らもそう思わねェ? なァ!?」

 

マスキュラーは、引き抜いた鋼鉄製の円筒を周りの群衆に向かって投げつけた。

 

それは横向きに回転しながら逃げ惑う人々を襲ったが、横から男がそれに割り込み、がっちり両手で受け止めて、地面に落とした。

 

「よう、ずいぶんイキがいいな」

「ああ?」

「確かに街の反応が鈍い……まあそういう(トコ)もあるか」

 

その男は当たり前のようにポケットからナックルダスターを取り出し、両手に握り込んだ。

 

「お前、運が()かったな」

「おお? 何だよジイさん、もしかしてアレかァ! 戦え(ヤれ)るヤツかよ!」

 

明らかに使い込まれたそれを見て、マスキュラーは笑顔を取り戻した。

頭頂から目元までを隠す、黒いマスクを巻いたその男もニッと歯を見せる。

 

「今、この街には、通りすがりの俺がいる!」

 

超常黎明期、まだヒーローとヴィランの線が引かれたばかりの世代。

その時代の流れを汲む者たちの中には、罪や悪を恐れず、誰よりも先に行動する者たちがいる。

彼らの非合法な活動は、ヒーロー飽和社会における社会問題のひとつとして残っていた。

 

自警団(ヴィジランテ)! そういうヤツ俺ぁ大好きだぜ!」

「帰ったら娘と外食の予定なんだ。渋滞の原因になるヤツはとっとと消えてもらうぞ!」

「ハッハァ! それは俺が代わりに食ってやるよォ!」

 

マスキュラーが飛びかかり、拳を振るう。

男はそれを片腕でいなしながら殴り返すが、マスキュラーは首を振ってその拳を避けた。

そこから同時に膝蹴りが飛び出し、互いの(すね)がぶつかり合って不発に終わる。

 

「おお!? イキった(ツラ)でなかなか使うじゃないか?」

「そりゃこっちのセリフだァ!」

 

マスキュラーが太く鍛えられた両腕を上げる。

肩の付け根から前腕まで、いくつもの赤黒い筋繊維が飛び出して伸び、腕にまとわりついた。

 

「オラ、難易度アップだ!」

「痛そうだなそれ」

「痛ェのはお前さ!」

 

マスキュラーのより速く重い右ストレートに対して、男の方は前傾して足に(つか)み掛かろうとするタックルの姿勢に変化する。

男の頭が下がるのを見たマスキュラーは左脇に構えた腕をショートフックに変えて迎撃しようとするが、男の変化はフェイントで、ナックルダスターが相手の左腕を巻き込むような角度で大振りの右フックの軌道を描き、マスキュラーの左脇腹を(えぐ)った。

 

マスキュラーは肋骨に響いた衝撃で息を吐いたが、足は止めず、互いに額をぶつけ合うような距離を保ちながら、打ち合いを続ける。

その打ち合いは互角のように見えたが、男の方は息が上がり始めた。

 

「はぁー、もうちょっと遊びたいけど、相手はジイさんだしなあ……太く短くって感じで行くか」

 

マスキュラーの全身から無数の筋繊維が生えては巻き付いていく。

 

「待つわけないだろ」

 

男は膨れあがろうとするマスキュラーを躊躇(ちゅうちょ)なく繰り返し殴った。

マスキュラーは頭を庇う防御姿勢でその連打に耐え抜き、最後は両腕で力任せに男をはね飛ばした。

飛ばされた男は路上を転がり、三回転目で膝をつく姿勢になって止まった。

 

「はっはは! 悪いなジイさん! 遊んで失礼って気持ちはあるんだぜェ? でもわかるだろ? 自慢さ! こう『個性』があまりにも強えとつい、なぁ?」

 

全身を覆う筋繊維により、マスキュラーの身体は大きく膨張していた。

拳ひとつ分程度だった身長差は二周り大きく拡張し、横幅に至っては三倍近い。

 

「まあ、わからんでもない」

 

男は立ち上がって拳を上げ、笑顔のまま、迎え撃つ姿勢を見せた。

 

 

 

──ジェントルを背負う出久が通りがかったのは、ちょうどそのタイミングだった。

 

「えっ……(ヴィラン)だ!?」

「なるほど、混雑の理由はこれか……」

 

肥大化した両腕が特徴的な(ヴィラン)と、それを迎え撃つ何者か。

破壊された自動車の部品が散乱する道路に、足止めされた自動車の車列。

 

逃げ惑う人々の中に、まだ遠巻きにしながら野次馬に立つ人もいたりして、その周辺は混迷を極めていた。

 

「何という事だ……私の警鐘(けいしょう)が遅れてしまった……危惧していたとおりの事態になってしまった……」

 

ジェントルが嘆く。

その動揺と震えが出久の背中にも伝わった。

 

「危惧って……どういうことですか?」

「見たまえ、暴力の現場を。違和感がないかね?」

 

出久がその様子を見る。

(ヴィラン)が大きく飛び上がり、両腕を自動車に(たた)きつけた。

その相手をする男は、転がるように動いてそれを避けた。

 

自動車はその一撃でスクラップとなり、(ヴィラン)はさらにそれをひっくり返して投げ飛ばしたため、ガラスやらフレームの破片やら、管のような部品やらが飛散し、その一部は出久とジェントルの周辺まで降ってきた。

 

「危ないな。しばらく()()()()()()()()()()

 

ジェントルが片手を動かして何かをしたようだが、出久は聞いていなかった。

 

「警察官が……来ていない」

「ヒーローもだ」

「えっ? でも、あの人は……?」

 

出久は(ヴィラン)と向き合う男を指した。

ジェントルは小さく息を()いた。

 

「彼は……善意の一般市民というものだろう。ヒーローについては、君の方が詳しいのではないかね?」

「そんな……!」

 

確かに出久が抜き出したデータの中に、あのように凶悪な様相で、なんでもカチ割れそうなゴツいナックルダスターを握って躊躇(ちゅうちょ)なく相手の顔面を殴りつけようとするようなヒーローはいなかった。

 

「決して、駆けつける時間が足りなかったわけではない。こんなにも野次馬が集まって、逃げ惑っているのがその証拠だね」

「どうして……」

 

「ヒーローの飽和と、その過当競争が、こういった状況を生むこともある」

「まさか……」

「この街の治安は、ヒーロー『ウォーターホース』に依存している」

 

出久は息を飲んだ。

 

「他のヒーローはどうしているんですか?」

「待っているだろうね。『ウォーターホース』が到着するのを」

 

「警察が動かないのは?」

「事態を誤認しているんだろう。『ウォーターホースが動かない程度の案件』だと」

 

「そんな、でも、ウォーターホースはっ……」

「知っているよ。まだ負傷しているそうだね」

 

ジェントルは内ポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「あの二人の動画を視聴して、背景に違和感があったんだ。少し調べただけで確信を得た」

 

出久にも見えるように画面を開いて見せた。

 

「動画?」

「これが私の『仕事』だよ、緑谷少年」

「……怪盗紳士……?」

「私は今日、ウォーターホースの活躍にタダ乗りして、ヒーロー手当を受け取っているヒーロー達を晒すつもりで来たんだ」

 

ジェントルはスマートフォンをしまい、言葉を続けた。

 

「あわよくば説教もしてやるつもりでね。しかし、残念ながら、危惧していた事態の方が先に起きてしまった、というわけさ」

 

金属のひしゃげる音。

二人がその音に反応すると、(ヴィラン)の拳が男を捕らえ、ガードレールにめり込ませたのが見えた。

 

「さあ、我々も避難しよう。緑谷少年。あの(ヴィラン)は暴れ足りない、という仕草をしている」

 

しかし、出久はジェントルを背中から歩道の隅に降ろしてしまった。

ジェントルは慌てた。

 

「少年、どうした?」

(たす)けないと」

 

出久はそう言うと、周りを見て何かを探し始めた。

 

「誰をだね?」

「あの、(ヴィラン)と戦っている人を」

「それはやめておきなさい」

「この場にヒーローがいたなら、邪魔なんてしませんよ! でも今ここにはヒーローも、警察すらいないじゃないですか!」

「あの人はああなる覚悟も当然決めて、ひとり、あの場所に立っているのだ。君に同じ覚悟があるのかね?」

「そんなの、わかりませんよ!」

 

出久が何かを見つけて駆け寄り、拾い上げた。

それは細い鉄製のパイプだった。

 

「よし、少し大きいけど、重心も問題ない。グリップがないけど……距離も……20メートル、当てられる!」

「だめだぞ、少年。()()()()()()()だめだ」

 

出久の肩に手がかかった。

彼の背後にジェントルが、足をプルプルと頼りなく震えさせながら立っていた。

 

「自衛ならまだなんとか。だがヒーローの資格なしに、自らの意志で(ヴィラン)と相対し暴力を行使する。これは自警団(ヴィジランテ)と定義された明確な違法行為だ」

 

ジェントルが肩を(つか)む手に力を込める。

 

「将来を失うぞ。ヒーローや公安はともかく、行政と企業は()()()()に甘くない」

「ジェントル……」

「ほら、向こうの御仁(ごじん)もまだまだやる気だ」

 

見れば男がすでに立ち上がり、肉を削ぎ取る形をしたアレコレがついたとても危険そうなスクラップを両手で振り回し、笑いながら(ヴィラン)の背中を滅多打ちにしていた。

(ヴィラン)は罵声を飛ばしながらそれを振り払おうとしている。

 

「あっ!?」

 

出久が視線を戻すと、ジェントルの手が鉄パイプにかかっていた。

あわてて振り払うと、鉄パイプがゴムでできた棒のようにぐにゃりとしなった。

 

「ええっ!?」

「ハッハッハッ、引っかかったね。それが私の『個性』だよ。元に戻るまで時間がかかる」

「ジェントル……よくも!」

「君は決め込むと荒っぽいし、人の話も聞かないね。紳士的でないぞ」

 

ジェントルは腰を下ろしながら言った。

 

「私は君の行為を(とが)めるつもりはない。自警団(ヴィジランテ)、上等じゃないか。やればいいさ」

「えっ?」

「だが、その覚悟の無さは問題だ。そんな雑な認識で人生をふいにしてはならない」

「覚悟……そんな」

 

出久は下を向いた。

そう言われても、どうしたらいいか全くわからないのだ。

 

「やるなら覚悟を持ちたまえ。まだ無いなら、()()()()()()()()()()()()

 

出久は今度こそ初めて、ジェントルの顔を、目を見た。

 

「とは言え状況がアレだし、手短にいこうか」

 

その目は後悔と悲しみに満ちていて、やはり困っている様だった。

 

「このジェントル・クリミナルが法と正義の所在について説教(レクチャー)しよう」

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

『──うわ、ヤバ、ラッキー。さすが私の子。じゃあな!』

 

 

その意味はわからないまま、その言葉だけを記憶に留めて。

 

彼は暗いヘドロの底でおよそ五、六年を過ごした。

そこは彼にとって、とても安全で、生きていくのに何の不足もない、完璧なゆりかごだった。

 

だが、徐々に増えていく食事の量が(しきい)値を超え、やがて枯渇する。

その頃には、彼は自分の『寄生』する能力を扱いはじめていた。

 

始めは虫やネズミで練習し、その次は迷い込んだホームレス。

さらにその後は、定期的に現れる清掃員。

 

奪った体を駆使して、下水道の外に出た彼は、渇き切った外の世界を知った。

そこは不快なものがありふれて、彼の生命を脅かし、全ての生物が自分に敵対しようとする危険な世界だった。

 

彼はあの、生まれ育ったヘドロのゆりかごに戻りたかった。

だが糧を得るためには外の世界に出て、奪っていくしかなかった。

 

そうして彼は長い間、その世界と関わり合い、やがて言葉と自意識を覚えた。

 

彼は、自身を他の人間達とはステージの異なる存在だと認識した。

彼だけが汚泥を忌避せずそこで暮らせる。

彼だけが生きたまま人間の尊厳を奪い取れる。

彼だけが打たれ、切られても傷つかない。

彼だけが人より多くを与えられている。

 

このような恵みを与えてくれた存在が愛おしかった。

だが、想像するに、母親は同じステージにはいなかったのだろう。

 

だから、この恵まれた肉体をくれたことだけに感謝を込めて。

彼は最初に与えられた祝福の言葉だけを偶像とし、誇り高くタダ乗り人生を送っていく。

 

そのつもりだったのに。

 

 

「もど……してぇ」

 

彼は(うな)されていた。

気づけば肉の体に入れ替えられていたから。

治療のためだったのだろう、それはわかる。でも。

彼は全てが不快なその空間で、全てを奪われたことに嘆き苦しんでいた。

 

「なんでも……するから……もどして」

 

必死で訴える。もがく。

泣いてもがいて、そうすれば少しだけ体が湿り、安心するから。

 

「大丈夫。戻れるようにするよ」

 

黒い異形がこちらをのぞき込んでくる。

ぼそぼそと、繰り返し言葉をかけてくる。

 

『だからマジアベーゼに全てを委ねるんだ』

『マジアベーゼを信じて』

『彼女だけがキミを戻せる』

『彼女だけがキミを(いや)せる』

『彼女だけがキミを(たす)けられる』

『彼女だけがキミを愛してくれる』

 

「ちくしょう……信じるからなぁ……」

 

呪詛(じゅそ)のように頭に鳴り響くその声を、彼は必死で受け入れようと努力した。

 

(でも……悪ィけど)

 

ひとつだけ、全く共感できない言葉があった。

 

(俺は愛には不足してねぇんだよ)

 




(2024.01.19 追記) 最近のまほあこ原作見る限りヴェナリータさん邪悪路線で問題なさそうで安心するとともにみち子が不憫すぎて泣いた
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