デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

12 / 55
※原作キャラ改変が入ります
※ジェントルがよく喋るので長いです(今回まで)
※後半に流血描写があります
※三話タイトル変更(2023.05.17)


第三話 ジェントルvsマスキュラー(3)

「しゅごい……かわいぃぃぃ……ハァ……ハァ……アリスモチーフは女の子の憧れぇぇ」

「なにこいつキモい」

 

マジアベーゼは膝から崩れ落ちた。

 

「あぁ、どうしたんだ?」

「ストレートに拒絶されて撃沈したんだよ」

「なんだそりゃ」

「それより体の調子はどうだい? ()()()()()()()

「……」

 

マジアロートスと呼ばれた少女は、すぐには返事をせずに自分の体を確認し始めた。

 

身長は百四十センチにも満たない細身の少女だった。

 

袖にフリルのついた淡い青のブラウスに、白いUネックのジャンパースカートを羽織っている。

レースと黒いリボンの装飾が施されたスカートは前側が大きく割れており、その間から青色の短いパニエと白黒ボーダーのニーソックスが見え隠れしていた。

 

特徴的なのは髪の色で、ふわりと明るい砂色の間に、しっとりとしたダークグリーンに染まったアクセントが混ざって、砂漠にヘドロの川が流れるような違和感を成している。

くせ毛の長髪は、大きな蓮の花のアクセサリーがついたカチューシャで抑えて、後頭部に流されていた。

首には星形のアクセサリーが埋め込まれた太めのチョーカーが巻かれている。

 

雑にまとめるとパンキッシュな意匠の入った、アリスモチーフのコスチュームであった。

 

そこは防水シーリングがされたタイルに囲まれた、二十畳程の広さがある部屋だった。

天井は一般的なオフィスに比べて倍近い高さで、背の高い機械やコンソールがいくつも詰め込まれている。

人間が一人入れそうな大きさの、ガラス製のシリンダーもあった。

そこはヴェナリータが建設した彼専用の研究室で、質問を受けている少女の最終調整が行われた場所だった。

 

「服がサラサラして気持ち悪い。脱ぎたい」

「それはもう我慢してよ。言う程不快じゃないはずだよ? ヘドロ形態(フォーム)になったときは一緒に溶けるからさ」

「ちっ……」

 

マジアロートスは不満そうに口を尖らせ、両手を腰に当てた。

 

「まぁ、体の動かし方は慣れたよ。で、オレはいつヘドロに戻れるんだ?」

「次は『魔力』の扱いに慣れてもらわないとね。ベーゼが頑張り過ぎたから、ここで安易に魔法少女形態(マジアトランス)を解くと体が爆散するよ」

「うひぃ、おっかねぇ……」

 

マジアロートスの正体、それは昨年の春、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツと交戦したときに拾ったヘドロ状の異形型『個性』を持つ男であった。

 

死に瀕していたその男を救命するため、ヴェナリータは(はす)の花の使い魔とその男の『個性因子』を融合させた。

マジアベーゼの個性『支配(ドミネイト)』は条件が揃えば他人の『個性』も支配の対象にできる。

もともとその男に備わっていた『魔力』を栄養源に、マジアベーゼが『個性因子』と混ざった(はす)の花の使い魔を成長させ、ヘドロの肉体からヒトの身体を分化させたのである。

 

その際、ヴェナリータが改造しやすいという理由で身体の性別が女に変わったが、稀有な異形に生まれた所為(せい)なのか、ヘドロの男は元来そこまで強固な性自認を持っておらず、特に気にしていなかった。

 

「まあ、それでもベーゼの外付け魔力タンクとしては物足りないんだけど」

「いまメチャクチャ不穏なこと言わなかった?」

 

ヴェナリータに詰め寄るマジアロートスの背後で、床に崩れ落ちていたマジアベーゼがふらふらと起き上がる。

 

「ううっ……お二方は仲が良いですね……」

「今日の君はなんでそんなに情緒不安定なのさ?」

 

マジアベーゼは、がばっと大袈裟に両手を広げ天を仰いだ。

 

「足りないんです! 栄養素が! ヒーローの!」

「こいつが何言ってるかわかんねぇんだけど?」

 

マジアロートスがヴェナリータに尋ねた。

 

「ベーゼはヒーローの活躍を鑑賞したり、直接戦ったりするのが趣味なんだ」

「まあ(ヴィラン)としては居るほうだな」

「ついでにレズでサディストだし自己破壊願望もあるんだ」

「クソヤバ女かよ!?」

 

思わず後退りした少女を、後からマジアベーゼが抱き上げる。

 

「だから! 私! ロートスちゃんを摂取したい! 仲良くしたいです!」

「離せ! やめろ! 吸うな!」

 

二人はじたばたとじゃれ合いを始めた。

ヴェナリータの声にわずかな(あき)れの色が混ざる。

 

「ベーゼ、キミ、先週ずいぶんと暴れたはずだけど?」

「足りないんです……推しを摂取できていない……つらい……できれば毎週土曜日の午後十八時までには摂取したい……」

「いよいよ欲望を隠さなくなってきたね。でも我慢しないとダメだよ。この計画を考えたのはキミじゃないか」

 

「そうですけどぉ……」

「この計画には、キミの『魔力』の中長期的な温存と、ロートスが『魔力』の扱いに慣れるのが不可欠だよ。なんせ、No.1(ナンバーワン)ヒーローと正面からやりあうんだからね」

「ええ、お前らそんなこと考えてるの……」

 

抱かれたままの少女は嫌そうな顔をした。

 

「設備充実してるから、もっと堅実な組織だと思ったのに……」

「ボクらは見ての通り堅実で慎重さ。大丈夫、付け入る隙はあるんだよ。だってオールマイトは……」

「ああああああっ!」

「うひゃぁっ!」

 

マジアベーゼが叫び声を上げてヴェナリータを遮った。

耳元で叫ばれたマジアロートスも悲鳴をあげた。

 

「ちょっと、ネタバレ、やめてくれませんか?」

「ええー、話が進まないんだけど」

「ダメです! せっかく悪の女幹部になったんだから、そういうのは自分で直接確認します!」

「ああ、オレ、選択間違えたかも……」

 

マジアロートスはこの組織(エノルミータ)の一員になったことを早くも後悔しつつあった。

 

 

 

「──私は暴力が嫌いだ。理由は醜いとか、痛いとか、いくつもあるがね」

 

ジェントル・クリミナルを名乗る、その男はふん、と鼻から大きく息を()いた。

 

「一番の理由は、相手をそこまで()()()()()()()からさ」

 

それは自分の、最大の失敗の原因でもある。

ジェントルは目の前にいる少年の存在に困っていた。

あまりにも過去の自分と重なるからだ。

このままでは少年もまた、失敗してしまうだろう。

しかし、「救けよう」と決意するその姿を見て、止める勇気も無かった。

だから、同じ失敗をすでに犯した先達として、ただ伝えようと思った。

 

「さて、君はこれから法を侵犯して暴力を振るうわけだが」

「いや、僕は救けたいだけで……あっ……すいません」

 

言い返そうとする少年を見つめると、にらまれたと思ったのか、少年は黙ってしまった。

やはり、少年は護られて、愛されて生きてきた側の人間だと思った。

ジェントルは少年を護り育てている大人たちに対して、申し訳ない気持ちになっただけだ。

 

「手短に伝えよう。本当はもっと知識を付けてもらいたいが……君に必要なのは『糾弾(ただ)されない』ことへの覚悟だ」

「正されない覚悟……?」

「まず前提として、人と人は分かり合えない。だから法も、ヒーローも、人間(じんかん)の正義を体現しない。いいね?」

「ええー?」

 

少年はうさんくさいものを見るような目をした。

彼自身、今は極論の(たぐい)だと思っている。

想いを交わせる相手がいる今となっては、特に。

 

「だが、正義という共同幻想は確かに望まれ、この世に存在する。なぜか?」

 

それでも、その前に人生を変えてしまう失敗をして打ちひしがれた自分が、これからどういうつもりで息をしていこうかと悩んだとき、その前提を必要とした。

 

「人間とは、自らの正しさを他人に押し付けることで、助け合う生き物だからだ」

「正しさを、押し付ける」

「そうだ。『余計なお節介』とも言うね」

「あっ」

「まず外堀を埋め、そして誰よりも早く、自分の正しさを押し付ける。そういう競争だ。その行いは正義ではない。だが、正義はその競争の中で確実に成立する」

 

少年に対して自分の意見を投影していくことで、不思議と彼自身も、それまでの懊悩(おうのう)が整頓されていくような気分になった。

 

「覚悟が必要なのは、ここからだ」

 

ジェントルは少し呼吸を整えた。

ここからはできる限りを以って、淀みなく伝えたい。

 

「法も、ヒーローも、正義ではない。正しさを巡る競争の参加者(プレーヤー)に過ぎない」

 

それは彼自身が、まだ最後の望みを諦めない理由でもある。

 

「法は強い。人間の孤独に寄り添い『私は悪く無い』と担保してくれる力がある。それは巡り巡って正義を担保する」

 

だから、彼も犯罪学に傾倒した。孤独を紛らわすために。

 

「法に(おもね)ることを止めた時点で、君の精神は、法の庇護を失うだろう。もちろん社会的制裁(ペナルティ)社会福祉(セーフティ)はある。だが、法とはいわばそこに特化した存在でしかないのだ」

 

だから、自分も加担するのだ。法と道を共に()き、その正義を問いかけるために。

賢くない人間なりのやり方で。

 

「それを踏み越えてしまえば、もはや君は()()()()()()()()。そうなってしまえば、後はもう、追うか降りるかの世界だ」

 

それはかつて、幾人もの英雄志願たちが、その覚悟もなしに挑んだ道。

その後、線を引かれた世界。英雄(ヒーロー)と、それ以外に。

 

「その世界では、もう誰も、君自身を除いて、君の行いを(ただ)せる者はいないのだ……」

 

そして、最後はその孤独に耐えられず、(ヴィラン)に成り果てるのだ。

 

きっと例外はある。彼にはその確信があった。

この少年も、せめて、そんな運命と出会ってからにするべきだと思った。

だが、彼自身、まだ確かめられてはいないそれを、人に伝える勇気は無かった。

 

「この怖さがわかるかね。緑谷(みどりや)少年?」

 

少年はすぐに答えた。

 

「正直、解りません。僕は修行が足りなさすぎて、その重さを測れない」

「今は、それに気がつければいいさ」

 

少年は少し寂しそうな笑顔を見せた。

彼の十年越しの煩悶(はんもん)を容易に()み砕いたその若さと賢さに、少しだけ嫉妬する。

 

「ちょっとがっかりしました。大人はもっと確信を持っていると思っていたので」

「それは、そうかもね」

「でも、ホッとしました。僕は()()を正しいと思っていいんだなって」

「やるんだね?」

「やります」

 

ジェントルは目を閉じた。

伝えることは伝えられた。

そして、自分自身も新たに覚悟を決められたかもしれない。

今日、告白しようと。

 

「なら、いいさ。そろそろ()()()()()も効いてきた」

 

ジェントルは少年が手に持っている細い鉄パイプを指差した。

先ほど自分の『個性(エラスティシティ)』でデロデロに柔らかくしたやつだ。

 

「いい頃合いだ。よく握れるだろう?」

 

彼の『個性』の弱点。発動した後は自力で解くことができない。

時間をかけることで、徐々に力が失われていくに任せるしかない。

ただし、逆にそれを利用できることもある。

それは例えば、つるつるした鉄パイプに、強度と弾力によるグリップ性を両立させる場合とか。

 

「それを投げても、それは()()()()()()だ……と、言い訳ができない……こともない」

 

少年は、彼が言わんとしていることを悟った。

 

「ジェントル、もしかして最初から……」

「これもまた紳士の務めさ」

「ありがとうございます。でも、僕、正直に言うつもりですから」

「存分にやりたまえ。槍だけに」

 

「……もうちょっと空気読んでくださいよ」

「それはこちらのセリフなのだが!?」

 

そもそもなぜあのヤバいお二人さんに割り込もうとするのだ。

ジェントルはそう思いながらその方向を見て、二度見した。

 

「あれ、(ヴィラン)、敗けてない?」

「ええっ!?」

 

 

 

──全身を覆う筋肉(マスキュラー)を破壊された(ヴィラン)が、その場に(うずくま)っている。

 

「ブハァッ!」

 

その男は荒々しく息を吐いて、手に持っていた消火斧(ファイアアックス)を放り出した。

地面に倒れてカラリ、と音を立てたそれの側には、折れ曲がったバールのようなものやスレッジハンマーまで転がっていた。

 

増殖する筋肉、一本一本は常人のそれだとみなした男は、その上からでも打撃の通りそうな道具(ぶき)を手当たり次第振り下ろして相手を沈黙させた。

もうスタミナを搾り尽くし、これ以上は戦えない。

多少でも時間稼ぎになればいいと、柄にもなく割り切ったところだったが、その願望は届かなかった。

 

その(ヴィラン)は健在だった。

 

「まあ……認めるし、反省もするさ。ちょっと受けに回りすぎたってな」

 

(ヴィラン)が立ちあがろうとするその腰に、男は前蹴りを入れたが、(ヴィラン)はびくともしなかった。

 

「でもよ、普通あるだろうが。こうあからさまなラッシュが来たら、止めの一発とか、そういうアレをさァ。警戒するのが普通だって」

 

(ヴィラン)が立ち上がり、筋繊維を体内に収納する。

 

「まさか、『無個性』だとは思わねェよ、なァ!?」

 

(ヴィラン)の全身から再び大量の筋繊維が飛び出し、全身がそれに覆われた。

 

「悪ィなジイさん。俺の『個性』は息継ぎできるんだよ」

「ふん、なかなかいい『個性』じゃないか」

「ハッハッ、頃合いだなぁ。んじゃ、いい感じに潰れてくれよォ?」

 

(ヴィラン)が筋肉でできた拳を握りこみ、振りかぶる。

男の方は片耳に小指を突っ込みながら会話を続けた。

 

「いいや、多分、お前はこっからだぞ?」

「何がだよォ?」

「バトンタッチさ」

 

男はニヤリと笑った。

 

そう、逃げもせず、微妙な距離で問答をしているその二人が、チラチラと視界の端でかなりウザかったのだ。

目の前の(ヴィラン)がこうも強く危険でなければ、最優先でブン殴りに行くところだ。

だが、ようやく()()()()()()()()()なのでもう許した。

 

「こっち向けよ(ヴィラン)!」

「ああ?」

「暴れ足りないならずっと走り込んでろよ、バカヤロー!!」

 

(ヴィラン)がその声の方角に振り向いた。

その向こうで、少年が、叫びながら何かを投げた。

 

それは、いくつもの偶然が重なった、というのは事実だった。

 

出久が槍のように投げた鉄パイプは、ジェントルの『個性』による補助もあり、正確な弾道で、その(ヴィラン)、マスキュラーの視線と正対した。

その弾道の美しさが、マスキュラーに弾き返すタイミングを正確に予測させた。

そのタイミングは正確すぎて、振り払おうとする腕はその弾道に対して限りなく垂直に重なった。

その鉄パイプにはまだ、ジェントルの『個性』による弾性が残っていた。

 

結果、マスキュラーが弾いた鉄パイプはその太すぎる腕にぐにゃりと巻きつき、輪ゴムのように弾かれてマスキュラーの左目に飛び込んだ。

 

「ぐあぁぁぁっ!!」

「でかした!」

 

その男もさすがに、その街の空気に気付いていた。

いまだに警察も、ヒーローも増援がないという異常。

おそらく街全体で何かが起きている。

かつての鳴羽田(なるはた)市のように。

 

(通りすがりの気晴らしだったが、厄介な事件(ヤマ)に首突っ込んだかもしれん)

 

自分から関わる以上、多少なら協力してやるつもりだったが、今夜の予定に間に合わなくなるのはマズい。

愛娘に対して、彼は十数年ぶんの負債があるのだ。

この機会を逃せば、それを返済する機会すら失われるかもしれない、という危惧がいつもあった。

 

なので、その(ひとでなし)がその決定に至ったのは、ある意味必然的だった。

 

(よし、あとは若人(こいつら)に押し付けて(ロートル)は帰るか!)

 

 

 

──顔面に鉄パイプが突き刺さり悶絶(もんぜつ)する(ヴィラン)を見て、その二人が真っ先に思ったことは「やらかした」であった。

 

「しょ、少年、あれはやりすぎだと思うけど」

「や、やっちゃった……」

 

二人でガッツリ踏み抜いてしまった法の重みに両足がプルプルと震え始める。

 

「どどどどうしましょうか?」

「わ、わ、私に聞かれてもだね!?」

 

『あら、ジェントル。新しいリアクション芸の練習かしら? 素敵ね!』

「おお、ラブラバ! 来てくれたんだね!」

 

二人の側に、いつの間にか一台の小さなドローンが浮遊していた。

小さなカメラがジェントルの顔に向けてぴったりと固定されている。

 

『遅くなってごめんなさい、ジェントル。私、体小さいし大荷物だしでなかなか近づけなかったの』

「気にしないでくれ。それより、そのドローン、試作品ではなかったか?」

 

『そうなの! 移動は問題ないんだけど、撮影がちょっとね……4K画質で60FPSが限界なのよ……これではジェントルの勇姿を十分に収められないわ!』

「うーん、よくわからないが、撮れれば画質は別にいいんじゃないかな……」

 

「ガアァァァッ!」

 

(ヴィラン)が全身を大きく反らし、空に向かって獣のような雄叫びをあげた。

 

「少年、あの(ヴィラン)に謝る気はあるかね?」

「ないです!」

「よろしい。では後は私が受け持つ。ここを離れ……」

 

ジェントルが言い切る前に、何かがゆったりと通過した。

それは先ほどまで(ヴィラン)と戦っていた男だった。

 

その男はビルの壁面に引っ掛けたワイヤーフックを巻き取りながら、ふわりと宙にぶら下がっていた。

そのままワイヤーを巧みに操り、その巨体からは信じ難い身軽さでビルの壁に取り付くと、ジェントルの方を向いて歯を見せた。

 

「後は任せた!」

「「ハァッ!?」」

 

言われた二人は顎が外れそうな勢いで驚いた。

 

「逃ィがすかァコラァッ!」

 

迫る(ヴィラン)の姿に、ジェントルは焦りながらドローンに向かって、上昇のハンドサインを送った。

 

「ラブラバ! 離れろ! ()()をしたまえ!」

『了解! でも気をつけて!』

「テメェらも来い!」

 

(ヴィラン)が一瞬で十数メートルの距離を詰めて飛びかかってきた。

その顔面には鉄パイプが刺さったままである。

ジェントルと出久はその凄まじい速さに全く反応できず、筋繊維でできた巨大な腕に(つか)まれた。

二人を(つか)んだ(ヴィラン)はそのまま跳躍し、ビルの合間を伝って逃げようとする男を追いかける。

 

ワイヤーにぶら下がり、重力頼りに移動する男も(ヴィラン)からは逃げきれず、そのまま4人はもつれ合って雑居ビルのガラス窓に突っ込んだ。

 

「少年、無事か!?」

「はい! ちょっと擦り傷くらいです!」

 

ジェントルはその巨体の(ヴィラン)を視界に収めながら、飛び込んだフロア内を見回した。

この争いに巻き込まれる不幸な人はいなさそうで、安心する。

 

そのフロアは日光が入り明るかったが、無人だった。

会議室として使うフロアのようで、窓から人間が飛び込んだことで折り畳み式のデスクやチェアが薙ぎ倒されていた。

 

天井は低く、全力で飛び上がれば届くくらい。

 

(悪くないロケーションだ……)

 

「隙を見て逃げなさい。いや、逃げられるようにするので、それまで、壁のどこかに捕まっていなさい」

 

出久は答えなかった。

(ヴィラン)がこちらを向いたからだ。

 

「くそ、ジジィがもういねぇ……でもあいつ確か、車だったよなァ……」

 

その男はブツブツと自問自答しながら、その目に刺さった鉄パイプを(つか)み、 ()()()とねじった。

ブチブチと何かがちぎれていく音がして、男の目から血が噴き出した。

ジェントルはその苦痛を想像して顔をしかめる。

 

「後からでも追いつけるかもしれねぇ……じゃあ先にこっちだ」

 

男が鉄パイプを引き抜く。

真っ赤に染まった眼球が、パイプの先端に刺さったまま、共に引きずり出された。

ジェントルは背後の少年が嘔吐(えず)く音を聞く。

 

「うっ……」

 

男はパイプの先端に刺さったそれを口に運び、一気に飲み込んだ。

 

「お前らを褒めも(けな)しもしねェ……ただ、自分への怒りだけだ……」

 

男の腕や背中からさらに筋繊維が飛び出し、そのシルエットを膨らませていく。

その姿は窓から差し込む光とその影で無機質に際立ち、まるで巨大な隕石(いんせき)のようだった。

 

()()()やる。一分は持たせろよ」

 

そう言って男が飛び出そうとしたが、その踏み込みは床にぐにゃりと沈み込んでしまい、その体を中途半端に浮かせて、転ばせた。

 

「なっ!?」

 

男はそのまま周囲の机や椅子と一緒に、トランポリンの上にいるかのように弾んでしまう。

 

「……その姿、確かに大きく、強く、そしてなにより速い」

「てめェの『個性』か!」

 

ジェントルは、割れた窓の(さん)に手をかけながら、揺れる床の端を慎重に歩く。

彼の個性『弾性(エラスティシティ)』は、物体にその材質特性を無視した強力な弾性を与える能力だ。

その弾性を与えられた物質は、並大抵の衝撃では破壊不可能となる。

ジェントルはその個性を今いるフロア全面に対して発動していた。

 

「ヒトの筋肉の生理的限界は断面積、1平方センチにつきおよそ5キログラムだ。実際はその15パーセントが精々らしいけどね……おっと!」

 

「チィッ!」

 

男は床の状況を理解し、逆にその反動を利用して天井を突き抜けようとしたが、阻まれた。

天井も弾性を与えられていたためだ。

 

「これは超常黎明期以前の成人男性なら五百キログラム程度の力を引き出せることになる」

「お前よく喋るなァ! 何が言いてェ!」

 

素早く体勢を立て直し、男は今度こそジェントルの方向に飛びかかる。

今度はジェントルが床の弾性を利用してそれを回避した。

 

「キミは明らかに常人の何十倍も筋肉があるけど、その割には大したことないね?」

「あぁ?」

「増えた分の筋力、実は5パーセントも引き出せてないんじゃないか?」

「ハッハッ、てめえを潰すにはそれで十分だろ!」

「まあね? で? キミ自身も納得していると?」

「てめェ!」

 

男が苛々としながら右足を上げ、地面に突き入れた。

震脚は文字通りフロア全体を揺らす。

 

ジェントルもそれに足を取られ、自分と同じくガタガタと音を立てて揺れるデスクにしがみつく。

早くも自身が作った場を利用されつつある。

やはり、戦いのセンスでは及ばない、ジェントルはそう思った。

 

「筋力を引き出すには訓練が必要だよな。キミの肉体にも凄まじい鍛錬の(あと)が見える」

「黙れ!」

 

だが、彼が少ない手数を振り絞って稼いだ時間は、その(ヴィラン)の柔らかい場所を(つか)みつつあった。

 

「その鍛錬は、筋肉の量を増やすたびに課せられるのではないか? それは肉が骨と関節から遠ざかる程に厳しくなるのではないか?」

「俺の『()()』は最強だ!」

「悲しいね。()()()()()では、キミの『個性』は、キミが生きているうちには()()()()()だろう」

「どうでもいいんだよォ!」

 

男が飛びかかり、その拳がジェントルを捉えようとしたが、その拳は紳士の顔面を砕く前に、見えない何かに弾かれた。

 

()()()かっ!?」

「君が絶望したのは社会に対してではない。自分自身に対してだ」

「うるせェッ!!」

 

拳を弾かれ耐性を崩した男の横を、ジェントルが飛ぶように通過し、窓際に着地した。

 

「なんで解ったかって? その口癖のように言う、『遊び』と『本気』だ。犯罪学を(たしな)んでいてね。行為にルーティンを組み込む者に共通する心理傾向(マインド)がある」

「オオオッ!!」

 

男はそれを裏拳で追撃したが、ジェントルは窓の外に飛び出した。

 

「『自分はもっとやれるはず』だ」

「オラァァッ!!」

 

その身を包む筋肉を震わせて、獣のように叫び声をあげながら、(ヴィラン)の男もビルの外へと跳躍した。

それを空中で眺めながら、ジェントルはストールの下にあるネクタイの位置を直す。

 

「ふふ、身に覚えもある話だがね……」

 

向かいの背の低い建物の屋上に着地する。

 

「さて、だいぶ(あお)れたし、そろそろ始めるか。ラブラバ、カメラを回せ」

『とっくに準備完了よ、ジェントル!』

「よろしい、ならば始めようか。いつもの通り、任せたよ、ラブラバ」

『任せて!』

 




※やってしまいました。緑谷くん。この後でご都合主義発動します。ごめんなさい。
※ヘドロさんのように性別を改変されてしまう、原作男性キャラがあと数名います。みんなマイナーキャラです。
(ひとり雄英生徒がいますけど、二次創作だといなくなる時もあるから、別にいいかなって)
※ジェントルの主張、なるべく思想が強過ぎにならないよう努力しましたが、まだ鼻につくようであればごめんなさいです。

(2024.01.19 追記) すいません、性別改変する雄英生は二人になりました。言い訳ですが、もう一人は入試落ちるし変身後だけ魔法少女の予定でしたん……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。