デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※誤字報告いただきありがとうございます。
※三話タイトル変更(2023.05.17)


第三話 ジェントルvsマスキュラー(5)

「ほらー、ハットかぶれば大丈夫でしょう? ちゃんと髪もキレイキレイしましょうねー♪」

「ぐぬぬぬぬ」

 

うてなとヘドロ(ロートス)は入浴を共にしていた。

 

改造魔法少女『マジアロートス』こと元ヘドロの男は、悪の組織エノルミータの一員となり、外向けの立場としては、(ひいらぎ)うてなの義理の妹、ロートスを名乗ることになった。

 

血のつながらない義理の姉というたいへん都合のいい立場に納まったうてなは、さっそく姉の権限を濫用(らんよう)し、ロートスを入浴に誘い、浴室に連れ込んだ。

 

「くせ毛だから犬みたいにしぼむかと思いましたが、これはなかなかの毛量……」

「もういい! 自分で洗う!」

「あはは、これは大変ですよう。次から挑戦してみましょうねぇ」

 

最底辺の社会に()まれて育ったその男は、性や風俗の知識について、あるにはあったし、目にしたこともあった。

しかし、その特殊な肉体ゆえに実の体験を得ることもなく、風聞から察するに、一緒に飲み食いしたり薬物をキメたりゲームで遊んだりするのと同程度の遊興だと認識していた。

 

入湯の習慣など全くなかったため、物珍しさと、慣れ親しんだ水にようやく入れるという誘い文句に釣られてホイホイと付いていってしまった。

 

エノルミータのアジトに作られた共同浴場。

その脱衣所に入り、うてなが目の前で鼻歌混じりに服を脱ぎ始めたとき、ようやく自分の尊厳が脅かされる可能性について気がついたのである。

 

それに気づいた少女は、まずうてなに補助されての脱衣を嫌がった。

なぜか顔が紅潮するが、それが裸を見られる気恥ずかしさだというところまでは自覚できず、うてなに「何が嫌なのか?」と問われて少し悩んだ。

しかしそういえば目の前の女は、一皮()ければ害意の塊(サディスト)だったと気がつき、接触は断固拒否して、脱衣所の片隅に逃げ込んで一人で脱いだ。

 

「ぬあっ、変なトコ触んな!」

「おっとこれは失礼、不幸な事故です。ええ事故ですとも」

「絶対ウソだろお前!」

「お肌は意外と乾燥しそうな感じですねぇ、ちょっと保湿しないと荒れちゃうかも」

「やめろくすぐったい!」

 

次のトラブルは身体を洗うときだった。

肉の身体のケアなどほぼ人生初である元異形の少女に対して、それらしいアドバイスをしつつもペタペタと身体的接触を仕掛けてくるうてな。

 

このドキドキはなんなのか。

ロートスは必死で入浴の作法を学びつつも、そのハラスメントフルな攻防で生じる謎の情緒の揺らぎに困惑していた。

この場ではそれが羞恥心と結びつくところまでには至らず、それを自覚するには、少女の肉体とヘドロの精神の両方に、もうしばらくの安定と成熟を必要とした。

 

一方で、うてなの方はシャイな思春期にありがちな内弁慶ぶりを発揮してグイグイ押しまくっている。

その小さな少女に対し、元男という情報はあってもその事実を裏付けるほどの視覚情報がなかったので、単純に不慣れで困っている子のお風呂を助けてあげて、あわよくばもっと仲良くなろうというつもりであった。

義理の妹に対していかがわしい感情など微塵(みじん)もないが、ラッキーなんちゃらとかいう不幸な事故からは身体を張って守護(まも)らなければならぬ、などといったいかがわしい煩悩も大いに抱え込んでいた。

 

「さあ一度流しますよ。熱かったら言ってくださいねー」

「むうう……」

 

現在は洗髪の際、シャンプーが目に入るのを嫌がったロートスに、うてながシャンプーハットの使い方を教えつつ、そのまま髪を洗ってあげている最中であった。

シャワーを浴びて、頭から流れ落ちていく泡をシャンプーハット越しに眺めながら、口を尖らせる。

 

「でもさぁ、洗ってもどうせ汚れるんだから、汚れるに任せたほうがラクじゃね?」

「そういう思想の方もいますけどねぇ。それって汚れが中途半端な間はずっと不快ですし、たまに洗う程度だと、かえって洗った後の方がかゆかったり、荒れたりして辛いらしいですよ」

「そういうもんかねぇ」

 

衛生観念が非異形(ノーマル)と真逆だった元ヘドロには想像が難しかった。

 

「お掃除と一緒で、毎日繰り返してちょいちょいで済ませるほうが結局は楽なんですよー」

「掃除なぁ……それもしたことがねぇや」

「ロートスちゃん、わりと壮絶な過去ですよねぇ……はいコンディショナーはこんなもんですかね。もっかい流しますよー」

「ぬうう……」

「ふふふ、毎回息止めなくても大丈夫ですよー」

「勝手がわかんねぇんだよチクショウ!」

 

 

──二人は身体と頭を洗った後、浴槽に入る。

 

「ほぁ……」

「はぁー、気持ちいいですねぇ」

 

全身に供給される、優しく絶え間のない熱量に、思わず声が漏れた。

 

水に帰還すること自体、ヘドロ(ロートス)にとっては一年半ぶりの待ち望んだ瞬間であった。

そこからさらにこの想定外の温もりである。

 

「どうですかロートスちゃん、お湯加減は?」

「うむ、納得した」

「ぷぷ……なんですかそれ」

「くるしゅーない!」

 

この温かさは遠い記憶を呼び起こすものだった。

それは、かつて汚水の腐敗により発熱していた、下水の底で過ごしていたときの感覚に似ていた。

その心地よさに、非異形(ノーマル)には入浴が必要だという観念にようやく納得がいったのである。

ちなみに、元ヘドロにとって非異形(ノーマル)とはヘドロ人間であった自分以外のほぼ全ての人種を指している。

 

そうしてようやく人心地がついたロートスは、この機会に、意識を取り戻してからずっと気になっていた事をいろいろと聞いてみることにした。

 

「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか?」

 

この浴槽が少女の体格には少々深いと気づいたうてなはスルッとその下に滑り込み、少女を自分の腰の上に抱きこむ姿勢で、役得の回収に勤しんでいる。

 

「結局、この組織(エノルミータ)は何がしたいんだ?」

「うーん、大きな目標としてはヴェナリータさんを元の世界に返すことですけど……」

「いや、あいつの言うこと本気で信じてるのかよ……」

「えー? 魔法が使える時点であきらかにアレじゃないですか」

「アレってなんだよ」

 

ゴムバンドで束ねた髪がずれているのを直しながら、うてなが質問に答える。

 

「平凡な少女の前に突如現れ、変身する力を与えてくれるマスコット的なヤツですよ!」

「お前……アホだろ」

「なんかストレートに罵られた……」

 

うてなは傷ついた表情で、少女の髪に顔を突っ込んだ。

 

「ちゅるるるー」

「吸うな! 汚い!」

 

「じゃあロートスちゃんはなんでいるんですかぁ?」

「オレは元の体に戻るまでだよ。戻ったらどうするかはわかんねぇぞ」

「一緒にお仕事しましょうよ。『魔力』使えるだけでお給金もらえるんですよぉ」

「うっ、現金収入は確かに捨てがたい……」

「ヴェナリータさんは『こんな低賃金で汗水垂らしてくれるなんてポストアポカリプス最高』って言ってましたよ」

「やっぱあいつ胡散臭(うさんくせ)ぇわ!」

 

やや前屈みだったうてなの重心が後ろに傾いたのを、背中越しに感じた少女は足を伸ばして少し身体を浮かべた。

 

「今は名前を売って、『魔力』が扱える人や、物を調達できる人をもっと増やす計画ですね。適当に目立っておけばそのおこぼれに(あず)かってお金儲けしようとする人は必ず現れるそうです」

「まああいつの目的は全部(カネ)だよ。オレにはわかってんだ」

「あはは、どうでしょうねぇ」

 

浴槽を満たす大量の湯が小さな波を作っている。

その揺れに身をまかせて揺蕩(たゆた)う少女の様子を見て、うてなはほっこりした気持ちになった。

お風呂は初めて、とのことだったが、楽しんでくれてるようでよかった。

 

「んー、質問変えるかぁ、うてな、お前はどうしたいんだよ?」

「私がやりたいことですか?」

「こんな派手な組織、すぐ潰されちまうぞ。お前強いからどうでもいいかもしれないけどさ」

 

まだ付き合いの短いロートスから見ても、うてなの『個性』と『魔力』は異常に見えた。

『魔力』だけなら特別の素養があるとされる自分(ロートス)と比べてさらに五、六倍。

さらにデタラメに強い『個性』と『魔力』の相性が良すぎて実力の底が全く見えない。

No.1(オールマイト)を倒すというのは眉唾(まゆつば)モノだったが、記録に残る大物(ヴィラン)たちと同程度の健闘はできるんじゃないかとは思っていた。

 

「そうですね、わたしはもっと強くなって、全力でヒーローと戦い、良い感じで苦しめつつ良きところで撤退とかして悪役ムーブをかましたいです!」

「……」

「さあ、そろそろ上がりましょうか」

 

うてながロートスを抱きかかえたまま湯から上がった。

 

「嫌だ! オレはまだ残る!」

「だめです。のぼせちゃいますよ!」

「おいコラ離せ! せめて降ろせ!」

 

聞きたかったのは、それをした結果としてどうなりたいのか、だったのだが。

多分本当にそれがやりたいだけなんだろうな、と察したヘドロ(ロートス)はそれ以上聞かなかった。

 

 

──結局、二人は翌朝まで一緒に遊んで寝て過ごした。

 

翌朝、その二人の前に、ヴェナリータが女性を連れてきて、紹介した。

 

「彼女は主に物資の調達関連のお手伝いをしてくれる人だよ」

筒美(つつみ)だ。よろしくな」

 

ダークブルーとピンクの二色が入り混じる長髪。

高めの身長から、さらに高々とまとめられたポニーテールが特徴的な女性だった。

ベージュのツナギに使い込まれた黒い安全靴を履き、腰には様々な工具が入ったレザーの工具差しを巻いて、見るからに作業員といった服装をしている。

 

(ひいらぎ)うてなです! こっちは妹のロートスちゃんです! よろしくお願いします!」

「あばばばば……」

 

二人の反応は対極的だった。

一方はその美貌に照らされてお目々キラキラ。

もう片方はそのまま泡を吹いて失神しかなねないほどの白目であった。

 

「仕事で『転移』するときがあるから、手伝ってあげてね。逆に彼女の手を借りたいときはボクに声をかけてね」

「はーい!」

(オイ、うてな)

 

ロートスはうてなの背中に隠れながら小声で話しかけた。

 

(あいつにあんまちょっかい出すなよ。セクハラなんて以ての他だぞ?)

「えー、フリですかぁー?」

「オレは親切で言ってんだよおっ!」

 

ぎぃーっ、と歯を()く少女と、それにじゃれつく少女。

その様子を見て、ヴェナリータが両手を広げるなんとかざんまいのポーズをした。

 

「ちゃんと仲良くなれたみたいだね」

「フン!」

「えへへ……」

 

「うてなには言ったけど、今後はアルバイトとか、出入りの業者も増えてくるから、そのつもりでね」

「ここでアルバイトに何させる気だよ……」

「このアジトもずいぶん大きくなりましたからねぇ」

「そもそもこの空間はどこにあるんだ……って聞かないほうがいいんだろうなぁ……」

 

事務机が二列並んだ、とにかく普通のオフィスのようなその部屋に添えつけられた、これまた普通のスライド式の窓から見える光景は、ひたすらに灰色の岩と砂の荒野だった。

空はひたすら闇だったが、月夜のようにわずかな明るみを抱いて、ほのかに夜空の雰囲気を漂わせている。

もしも、水と空気がない死の星の地表が、豊かな月明かりに照らされていたら、こんな光景かもしれない。

 

エノルミータのアジト『ナハトベース』はそんな夜の空間の中でぽつりと、数階建ての豆腐建築(キューブ)がいくつも雑に積み重ねられたような構造で建っていた。

 

「まだほとんどガワしかできてないけどね。魔力の供給が増えたらホテルとかも作る予定だよ」

「客入れる気かよ」

 

女性がヴェナリータを見下ろしてツッコミを入れた。

 

「でも中身に使う資源がぜんぜん足りないから、これから筒美さんに集めてもらうんだ」

「錆びついたほぼゴミみたいなのでもいいって話なら、まあアテはあるぜ」

 

それで生計立ててた時期もあるからな、と話す女性に、ヴェナリータは歓迎のジェスチャーをしながら答える。

 

「質より量で問題ないよ。よろしく頼むよ」

「了解」

 

女性が返事をしながら、つかつかと、うてなの方に歩み寄ってきた。

そのまま許可も取らずに、側にいたロートスの脇を(つか)んで持ち上げる。

 

「うひゃぁ!」

「おちび、私の事を知ってるようだな?」

「め、め、滅相もない!」

 

その少女は(おび)えながらぷるぷると首を振った。

女性は少女の反応を無視して身体をまさぐったり、胸元の匂いを嗅いだりしている。

 

「やめろ! ()むな! くすぐったい!」

「裏社会育ちか……可愛い顔の割に話し方が男っぽいから、もしかしてと思ったが……ただのガリガリの女の子だなぁ。ちゃんとメシ食えよ」

「もしかしてアンタ、うてなと同類なのか!?」

 

女性が横を向くと、うてなが両手をあげてニコニコと「次は私!」とアピールしていた。

それを見て、女性はどこかバツの悪そうな顔をする。

 

じたばたしていたロートスは、降ろされると、ビュっと逃げ去ってしまった。

それを追ってヴェナリータも退室してしまい、部屋に二人だけが残される。

 

女性は微笑みながら、残ったもう一人の少女の頭を撫でた。

 

「……ま、よろしくな」

「えへへ……」

 

その女性の、思っていたよりも柔らかな反応に驚き、うてなの(ほお)に朱いものが差した。

 

 

 

──小さなオステリアのテラス席で、ひと組の男女がスマートフォンを囲んでいた。

 

「10万再生おめでとう、ジェントル!」

「ありがとう、ラブラバ」

 

テーブルのワイングラスに男性の方は赤ワイン、女性の方は赤い色をしたオレンジジュースが注がれている。

互いが持ち上げたグラスを軽く合わせて、口をつけた。

 

とある怪盗紳士が、長野の小都市で(ヴィラン)と追いかけっこをした、あの夏の日から数日後の夜だった。

 

あの日、その男性が予約していたホテルのラウンジは事件の影響で臨時休業。

日取りを変えて、さらにその事件の映像を編集してアップした動画の再生も伸びたことから、その小祝いも兼ねて。

二人は自宅近所のイタリア料理店に訪れたのだった。

 

トマトとチーズのオードブルをつまみながら、女性が話す。

 

「決め台詞も、『偉業』も見せられなくて残念だったわ!」

「偉業とは行動の意味。時代への問いかけさ。ラブラバ。確かにいつもよりは小規模で、アドリブだらけではあったが、あの日、私が行った問いかけは視聴者(リスナー)に確かに届いたのだ。感無量だよ」

 

静かに微笑む男性に対して、女性の方はぷりぷりと少し不満そうな顔を見せた。

 

「ドローンも壊れちゃったし、ジェントルの衣装もボロボロで、次回はクオリティを取り戻すのが大変よ!」

「ははっ、時には、こういうはっちゃけで何かを失うときもあるものさ。切り替えて前向きにいこう」

「そうね、頑張る!」

 

そのまま、二人が飲み物と、軽めの食事を楽しんだ後。

男性の方が少し緊張した声で切り出した。

 

「今日は、少し話したいことがあるんだ」

「まあ! 何かしら?」

愛美(まなみ)くん」

「!?」

 

女性が目を見開いて男性をめっちゃ見る。

珍しい反応だった。

 

「ずっと伝えたかった気持ちがある。ジェントル・クリミナルとしてだけではなく、飛田弾柔郎(とびただんじゅうろう)として」

 

「ジェントル……?」

 

「一度、君を相棒にすることを断ったときがあったね。あのとき、私は怖かったんだ……あ、いや、そっちの意味じゃなくてね。どうどう。落ち着いて」

 

ちょっと女性のトラウマに触れかけてしまい、慌ててその手の上に自分の手を重ねながら、続ける。

 

「怖かったのは、私自身が紳士の擬態を解けば、ただの冴えないアラサーだったという現実の方さ。その立場で(とお)以上も離れた女性の人生を大きく占めてしまうのが、果たして人として正しいのかとね。でもあの日、ようやくその時の迷いを振り切れたんだ。そう、先ほど話した少年との遣り取りだよ」

 

重ねた手が握り返された。

 

「お願い、気にせず進んでいいのよ。あなたは、ずっと、私の、光なのだから」

 

「ああ、そうだったんだ。私は私の本性など気にしている場合ではなかった。これは、私の人生が(つか)み取った断絶なのだから。だから今はとにかく、()()伝えてしまいたい」

 

その手に黒い箱を乗せた。

 

「私の全てを肯定しようとしてくれる君を、飛田弾柔郎としての私は愛している。そして、ジェントル・クリミナルとしての私は、だれよりも君を頼り、そして君の光になりたいと願っている。これからもずっとだ」

 

箱を開けて見せる。

男性はじっと女性の顔を見ていた。

 

「このふたつの気持ちは、完全に断絶されている。けれど、分かち難いのだ。だから、できれば両方とも受け取って欲しい」

 

「ずるいわ……」

「すまない……」

 

「……迷っている時間が、惜しいの」

 

箱をそのまま受け取り、女性が涙をこぼした。

 

「あなたを知らずに引きこもっていた時間が、私をずっと駆り立てているの」

 

涙を流しながら、笑顔を見せてくれた。

 

「だから、いつも困るあなたを差し置いて、私はこれからもきっと、何より先にあなたを想ってしまうわ。ごめんなさい。重かったら、言ってね」

「いいとも、それはきっとお互い様だ」

 

互いに笑顔を見せ合った。

 

「これからもよろしく、ラブラバ」

「ええ、ジェントル。愛しているわ」

 

月明かりが満ちて、どこかで虫が申し訳なさそうに鳴いている、静かな夜だった。

 

 

 

──人は彼を、「速すぎる男」と呼んだ。

 

「ホークスやん! 普通に歩いとうとか珍しか!」

「どもです。あ、ハンカチ落としたよ」

「ありがとう!」

 

『もう戻ったの? 早いわね』

「俺はずっと福岡(こっち)にいましたよっと、『はい君、そのまま。取ったものは俺が戻してやっから、お店の人に謝って叱られて』」

「ご、ごめんなさぁあああい」

 

見慣れた街を歩きながら、ヒーロー活動をしながら、彼……ホークスは、ある場所に秘密の報告をしていた。

 

『データは受け取った。博多に人を送るので、押収品の受け渡しはそちらに』

「了解です」

『レディ・ナガン、一体どうやってここまでの情報を……』

「エノルミータと組んだんでしょうね。あ、おばちゃん、サガリ三本焼いてよ。あとで取りに来るけん」

「あいよ、十分で来なよ!」

 

通りすがりの屋台に顔を出して、昼食を注文する。

 

『エノルミータ?』

「おや、ご存知ない? 去年からあの辺で暴れてる(ヴィラン)組織らしいですよ」

『……』

「現地で噂話になる程度には有名でしたが」

『……おかしい、そんな情報、こちらには無いわ』

「うまいこと隠れてやってるみたいですねぇ」

 

「あっ、食い逃げ、あっ、逃げれんやった!」

逃げようとした男の背中を個性『剛翼』で狙撃した。

 

『これはそういうレベルでは……』

「あーすいません、うろ覚えなんで俺、名前間違えたかも?」

『……いいえ、把握したわ。対策を検討したら、追って連絡する』

「了解です。あーそこの外国人さん、えーとそれニセモンだよ(Es ist ein gefälschtes Produkt)……えっ、まさにそれが欲しかったと? ごめんごめん(Entschuldigung)

 

何もかもに気を回し過ぎて、失敗することもある。

 

「これは俺調べですけどね。こいつら組ませておいたら厄介ですよ。粛清とコネクション。利害が一致しすぎてる。()を得て、近いうちに大きく動きますよ」

 

『メリットもある、現地組織の事情に拘束されるなら、こちらも捕捉しやすい』

「それは確かに」

『動向を(つか)み、先手が取れるチャンスを見つけ次第、仕留めなさい』

 

足を止めて、上を見た。

 

「今やるなら、なぜ前にやらなかったんですか?」

『望まない仕事を強いるのは当然……だが、こちらの考えに賛同してくれたヒーロー達を、ただ使い捨てるような真似は、今でも間違っているとは思っている』

「俺としては、そのおこぼれで育てていただいたようなモンですから、感謝しかないですけどね」

 

そのまま翼を広げて飛翔し、隣のブロックの交差点の中央に降り立つ。

そこでは自動車による交通事故が発生していた。

そのまま両手信号と、大きな紅の翼を駆使して、ちょっとコミカルなポーズで見物客を楽しませつつ、機能しなくなった交差点の交通整理を始める。

 

『彼女自身が(ヴィラン)としてその名を上げてしまったら、過去の功績と名誉は踏みにじられるだろう。彼女は心を病んでいる。間違いなく再び牙を()く』

「つまり、何ですか? 厄介な存在となる前に、仕留めるべきだと?」

 

『……そう()()()()()()()という流れがある』

「それ、俺に言って大丈夫なヤツですかね?」

『救けられる?』

「……」

『……失礼、独り言よ』

 

おっとり刀で警察官が駆けつけてきたので、状況を引き継いでパトロールに戻る。

周辺の対応もおおかた片付いたので、そろそろ帰ろうとする。

 

「で、俺一人で? 詳細不明の(ヴィラン)組織とレディ・ナガン両方相手をしろと?」

『無理とでも?』

「ええ、まったく自信無いですねぇ」

『……いけしゃあしゃあと。けれど、確かに保険は必要か。その組織については一ヶ月で情報を揃えさせる』

「お願いしますよ」

 

スマートフォンのバイブレータが振動する。

メッセージが届いていた。

 

「なんです? 休暇取得のご連絡、来年の4月?」

『……()の予定。滞在場所は愛知、静岡方面。目的は雄英学園への訪問。彼の母校ね。うまく使いなさい』

「エグいですねぇ……ゴールデンウィーク前ならギリいけるかな。では、俺も偶然同じ時期に休暇をいただきます」

『やり方は任せる。必要ならあの名前も出していい』

 

返事をせずに通話を切った。

 

「No.1とチームアップか、楽しみだな。おばちゃんサガリ焼けた?」

「もう包んであるよ! 九百八十円ね! 鳥モモもおまけしといた!」

「ありがと、ってモモん料金まで入っとうばい!」

「よかよか! 焼き鳥好きやろう、あんた!」

「そりゃそうだけど……あーいっぱい包んでくれたのね、ありがと!」

 

彼は、速すぎる男と呼ばれていた。

誰もそこに追いついてこないがために、自らの翼のみを頼りに、正しさを示すしかない男。

空を自由に飛ぶということは、その翼に全ての責任を負わせるということでもあった。

 

彼を先導すべき男は、まだ遠い後方で(くすぶ)っている。

 

 

 

 

「──特定非営利活動法人からボランティア活動の話が来てる。緑谷(みどりや)、キミはこれ受けときなさい。期間は十ヶ月だ」

「ええ、勘弁してくださいよ……」

「無個性の問題児め。正直に言うからだ」

 

担任の教師は笑って生徒を(ののし)った。

 

出久(いずく)は秋の大会を前に陸上部を辞めた。

 

ホークスの名前は出さなかったが、夏の出来事を教師たちになるべく正直に話した結果、隠されたトラブルを他の生徒へ波及させないようにするため、そういうことになった。

表向きには「学業の方が振るわず、推薦の目がなくなったため、受験対策に専念する」という名目になった。

 

やる気に満ちていたチームメイトが急に辞めてしまうことで、陸上部内ではひと騒ぎあったが、最終的には受け入れられた。

今もチームメイトたちとの親交は続いている。

 

いや、言ってくれて助かったけどなと、担任の教師が独り言のように言う。

 

本当は生徒に伝えてはいけないことなんだろうに、こうして伝えてくれるし、内申点のフォローも考えてくれている。

自分が卑屈になってはいけない、と出久は思った。

 

教師はそこからさらに、口に手をかざして、小声で伝えてきた。

 

「ちなみに、ここだけの話だが、寸志はあるらしい」

「やります!」

 

そして、趣味のカメラで出費の多い出久は、中学生ではありえないはずの収入の機会に手放しで食いついてしまった。

 

……なお、後に寸志は確かに出たが、その趣味のために母親と激しいお小遣い交渉を繰り返していた出久は、それを差し押さえられてしまう。

母親に口座を抑えられていてはどうしようもなかった。

 

 

 

──こうしてまんまと(だま)された出久は、多古場(たこば)京浜公園で、業務用冷蔵庫をロープで引きずりながら砂浜を歩いていた。

 

「うおお、ちくしょう、なんでこんな立派なものを捨てるんだ!」

 

砂に沈む足を無理やり引きずり上げて、這いつくばるような角度で前へ進む。

 

この活動を出久の中学校に打診したのは、特定非営利活動法人『えのるみいた』。

その正体はお察しの通りである。

 

海岸清掃プロジェクトという名目で、集まったのは出久一人であった。

どういう仕事かは現場の状況を見れば一目瞭然。

つまり本来なら「見えている地雷」な案件だった。

 

その公園の海岸は、見渡す限りのスクラップの山で覆われていた。

プロジェクトの内容は、これを十ヶ月かけて清掃しようということだった。

 

ずさんな計画書で提出されたこの非営利活動プロジェクトは、行政側に雑に受理された。

どうせこの手の雑なプロジェクトは完遂されないため、どちらもだいぶ適当な仕事であった。

 

その実態は、悪の組織による、なるべく安い労働力でたくさん資源を集めよう、でもマネジメントにもそれなりの工数がかかるから見込みのないところは適当に(さば)いてしまおう計画である。

 

「こ、これは、もしかして、僕、(だま)されたのか!?」

 

当然、無茶振りのクソ重労働であった。

 

しかし、彼の未熟な経験ではその判断が困難だった。

こんなに重労働に感じるのは、本当に無茶振りだからなのか、自分の無個性ゆえの虚弱が原因なのか。

 

陸上部の先輩達の、天に愛されし異形スペックをその目で見ていた出久は、人類の標準体力の基準がだいぶ上方向にズレてしまっていた。

 

限界を超えてブチブチの筋肉。

週三回の放課後と休日半日の地獄。

 

しかし、出久にはそれをどうしても続けようという理由があった。

 

(この海岸が綺麗になったら、最高のジョギングコースだ!)

 

当然、それは自分のくじけようとする心をなだめ納得させるための美辞麗句。

その本当の理由は、海岸の入り口で待つトラックにあった。

 

「おう、この辺まででいいぞ」

「うっ、らあああっ!」

 

出久は絶叫を上げながら最後の力を振り絞った。

トラックの手前にたどり着いた出久を、荷台の上にいる女性が笑顔で労った。

 

「やるじゃねぇか」

「へへっ、やった……ハァ」

「日も落ちそうだ。今日はここまでだな」

「お、お疲れ様です」

 

二色の髪が特徴的な、長身の女性。

一年前の春、自分が桜の花と共にカメラに収めた女性その人だった。

 

その人は出久のことに気づいていない様子だが、出久の方はそれどころでなかった。

 

出久にとって、いまだに最高傑作であるその写真は彼の自室の引き出しの奥に、額縁に入れて密かに飾られている。

(なおその部屋を掃除する出久の母親はそれを発掘済みであった)

 

その趣味への情熱の根源(オリジン)と運命的な再開をした出久は、どうにかお近づきになれないだろうかという、初恋に近い感情を労働意欲に変換していたのである。

 

「おい、ロート、それ乗っけてくれよ」

「うぃーす」

 

荷台の端っこに座って漫画を読んでいた少女が、荷台から飛び降りた。

グレーのワンピースを着た、こちらも砂色と深緑の二色の髪が特徴的な、十歳くらいの女の子だった。

 

その子は嫌そうに顔をしかめて、砂浜をザクザク歩いてくると、出久の足をぺしんと(たた)いて転ばせた後、彼が必死で運んできた冷蔵庫をガツンと持ち上げてしまった。

 

「すっげぇ……」

 

出久としてはその怪力に対抗心すら覚えなかった。

その人の『個性』によってはこういうこともよくあるのだ。

 

少女の小さな両腕に抱き上げられ、あまりにも支点が偏った冷蔵庫はミシミシと金属的な悲鳴をあげている。

 

そのまま少女は冷蔵庫をトラックの荷台に乱暴に載せた。

女性の方が不満そうな声を上げた。

 

「おいおい、もうちょっと優しく載せてくれよ」

「オレの体格じゃ無理だよ! そんなこと言うなら手伝ってくれよ!」

「私の手はM2より重いものを持ったことがねぇんだ」

「まぁたまたご冗談を……ってバケモンじゃねぇか!」

「あはは……」

 

それはその、さっぱりしつつも女性的で、ちょっと(かしま)しいその性格だったり。

それはたまに付いてくる少女がこちらを気さくにいじってくれることだったり。

それはときどき、帰りにラーメンを(おご)ってくれることだったり。

それはその女性が出久から見ても無防備で、ラインの出やすい服を好んでお召しになることだったり。

 

要するに、こうして、出久は中学二年の秋冬春を、己のスケベ心に全振りしたのであった。

 

 

 




※次回からオールマイトvsヘドロヴィラン開幕。
時間軸がようやく原作第1話に辿り着きます。
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