デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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(2024.01.19 追記) ※出久くんはすでに独自ルート入ってます。彼はかなーり後で合流します!


第四話 オールマイトvsヘドロヴィラン(2)

「えーお前らも三年ということで!! 本格的に将来を考えていく時期だ!」

 

春のある日。

年度始まりの興奮がゴールデンウィークへの期待に移り始めた頃。

折寺(おるでら)中学校の三年生の教室ではホームルームが行われていた。

始まったばかりということもあり、黒い学ランに身を包んだ生徒達は、全員大人しく教師の話を聞いている。

 

「今から進路希望のプリント配るが、皆!! ……だいたいヒーロー科志望だよね」

『ハーイ!!』

 

教師はそう言って、配ろうとしたプリントを自分の後ろにばら撒いてしまった。

生徒達は一斉に自分の個性を使って見せながら、そのパフォーマンスに挙手で応えた。

 

「うん、うん、皆良い『個性』だ!」

「ケッ」

 

爆豪(ばくごう)勝己(かつき)はその騒ぎを冷めた気分で眺めていた。

椅子は後に引き、その両足を机に乗せての伝統的な不良生徒(バンカラ)スタイルである。

 

高校の学科をヒーロー科にすることが学歴のステータスとなっていた。

もちろんその全員がヒーロー免許の取得に至るわけではない。

公立高校のヒーロー科は、その地方の高偏差値生徒の受け皿としての役割も担うようになった。

その偏差値に届かないヒーロー志望の生徒達は、それぞれの学力に合わせた私立のヒーロー科を受験していく。

 

これは超常黎明期以前であれば、普通科が担っていたポジションである。

長い平和による予算編成の効率化、言い換えれば実質的削減の(あお)りを受けて、普通科は公務員試験または進学特化としての地位を残しつつも、その数を減らしていた。

 

新学期直後に一度、進路希望のプリントは配布され、回収されている。

勝己はその時点で志望校まで記入済み。

つまり彼にとって、もはや無用のやりとりであった。

 

「あー、爆豪は『雄英(ゆうえい)高』志望のままでいいな?」

「オウ」

「国立の!? 今年偏差値79だぞ!?」

 

ざわつくクラスメイト達の注目に、動じないことで肯定の姿勢を見せつつ、勝己は密かに右後ろの動向を(うかが)っていた。

教師が自分でばら撒いたプリントを拾い集めながら言う。

 

「では、残りの時間はみんなで進路について語り合いなさい。志望校に追加や変更のある人はプリントを渡すから声掛けてくれ」

「はい。先生」

 

その生徒が挙手をすると教室のざわめきが半減した。

背筋をぴんと伸ばして挙手をする生徒に、教師は笑顔で返事をした。

 

「うん、緑谷(みどりや)、例の件考えてくれた?」

「はい。親と相談しました。第三希望で雀銅羅(じゃんどら)高受けます」

 

言いながらその生徒は立ち上がり、教師からプリントを受け取ろうとする。

 

勝己はむっすりと姿勢と表情を固めたまま、その後ろ姿を見送る。

全体的には細身であり、身長は自分より(わず)かに低い。

しかしその腕と肩周りだけは自分よりひと周りもブ厚くなっており、制服が少し窮屈そうだった。

 

「う〜ん、第一第二はやっぱダメ?」

「すいません。大学は国公立目指してるのと、見ての通り『無個性』なので」

 

担任教師は、その生徒がヒーロー科を第一志望としないことに不満の表情を見せた。

この教師は自分の教育実績を誇示するために、あからさまに生徒全員にヒーロー科進学を勧めていた。

 

練場(ねるば)大附属はどう? ここなら三年から特進コースに切り替え可能だけど」

「遠すぎて無理ですね。()()()()()()なるべく多古場(たこば)周辺が良いんで」

「そっか〜」

 

その生徒は教師と軽い攻防を交わした後、プリントを受け取って席に戻った。

 

(緑谷は普通科かー)

(そりゃそうだよな、無個性だし)

(おい、今はやめとけ)

 

勝己の機嫌を伺いながら行われる、周囲のひそひそ話。

彼はそれに少しイラっとした。

 

爆豪勝己と緑谷出久(いずく)は学年でも特に「性格の強い生徒」のツートップに君臨していた。

本人達の実情を無視した校内カーストの話である。

 

爆豪はその傍若無人な態度から言わずもがな。

緑谷の方は入学当初、無個性であることしか特徴のない、何も目立つところを持たない男と認識されていた。

しかし、二年の秋に陸上部を辞めた事、その理由がどうやら校外で流血沙汰を起こしたらしいことが噂されると、流れが変わった。

 

この時期から、受け答えが強く、自分の意見を押し通そうという圧力を出すようになったこと。

その態度が大人びていて、教師に対しても遠慮なく発揮されること。

運動部を辞めたにも関わらず、その上半身はむしろ鍛えられていること。

表向き成績優秀にも関わらず、教師が緑谷にボランティア活動を強要したという噂。

 

そのうちにこの()()()()()()()()も、暴力的という程ではないが腕力的な方向性らしい、と憶測されるようになった。

本人の交友関係が非常に狭く、憶測を否定する材料に乏しかったというのもある。

つまり切っ掛けはともかくとして、校内で緑谷がそのような立ち位置に定着したのは、だいたい勝己の振る舞いのせいであった。

 

とどめに、この二人が入学時からずっと、互いに消極的無視、言い換えれば冷戦状態を続けていることが拍車をかけてしまった。

やがて生徒達は自主的に、片方と接する際に、もう片方の話題が伝わらないように気を使い始めた。

 

(やっぱ普通科か。それでいい。アイツは俺の遥か下にいるクソナードだ……)

 

勝己はそう持念するが、彼自身も緑谷から、周りの生徒達と同じ圧力を覚えていた。

 

(それでいいはずだ。なのにどうして俺は)

 

残念に思っているのか。

彼は内心に残っているわずかな引っ掛かりを鬱陶しく感じていた。

 

 

 

──ホームルームが終わると、生徒達は会話、あるいは帰宅のために銘々(めいめい)席を立ち始めた。

 

「なー爆豪、今日カラオケいこーぜー?」

「オウ、ちょっとメッセージ打つから、お前ら行き先決めとけ」

「あ、俺ゲームセンターあるとこ行きたい!」

「えー、いつもんトコで良くねぇ?」

 

二人のクラスメイトが勝己に近寄り、遊びに誘った。

爆豪はそれを受けつつ、スマートフォンを操作する。

 

たまたま来ていた、母親からの買い物と早期帰宅指示に罵倒の添えられたメッセージに「断固拒否」のアイコンを返した。

その後もスマートフォンを操作するフリをしながら、ある方向の様子を探る。

 

 

「緑谷殿! 例の件!」

「例の件! 新情報!」

 

見るからにオタク(ナード)っぽい二人の同学年の生徒が教室に入り、出久の机を囲んだ。

出久は進路希望のプリントを記入しながら返事をする。

 

「あー、例の(ブツ)の話? 帰ったらいつもの手順で共有するよ」

「キタコレ! ではなくてですな!」

「新情報だよ! そっちもアレだけど!」

 

そう言いながら他クラスの二人は出久の机の前にバラバラとプリントを置き、ノートを開いて見せた。

机の上の事情におかまいなしのそれを迷惑そうに眺めながら、出久は自分のプリントをずらして記入を続ける。

 

「拙者の提唱する、犯人オクロック説を補強する情報が出てきたのでゴザル!」

「ロックダウンの件?」

 

出久の声が弾んだ。興味が向いたようだ。

 

「この話はスカイエッグまで遡るんだ」

「またすごい事件と(つな)げてきたね」

「この官報を見るでゴザルよ」

 

片割れが興奮した様子でバンとノートを(たた)く。

出久は何らかの記事の切り抜きが貼り付けられたノートに顔を寄せた。

 

「証人出廷……雄黒(おぐろ)(いわお)? おお! 同姓同名の別人な可能性あるけど、これはもしや直近の生存情報では?」

「すごいでしょ!」

「倒壊したビルの借主が貸主に賠償請求した民事裁判でゴザル。土地の権利関係が複雑で長引いている模様」

「この倒壊、スカイエッグと同じ日に起きてるんだ」

「それで、これとロックダウンに何の(つな)がりが?」

 

出久の質問に、他クラスの二人が揃ってニヤリとしながら眼鏡の位置を直した。

 

「フフフ……爆発!」

「キーワードは爆発だよ緑谷君!」

 

「爆発だぁ……?」

「「ヒエッ!」」

 

勝己は聞き慣れた単語に思わず鸚鵡(おうむ)返しをした。

その眉間に(しわ)が寄っている。

脈絡が飛び、専門用語が飛び交うその会話を聞き取るのに苦心していたせいだった。

 

それを不用意な発言で絡まれたと勘違いした他クラスの二人は縮み上がった。

出久はそれに気づかず、何かブツブツ言いながら、皿のような目をして記事を読んでいる。

 

勝己は舌打ちをした。

 

「クソが! 行くぞコラァ!」

「あ、オイ、いきなりどうしたんだよ?」

「待ってー」

 

勝己は乱暴に鞄を持ちながら席を立つと、不機嫌そうに足音を立てて教室を出ていった。

 

(……あいつらが何を喋ってんのか全然わからん!)

 

これが消極的無視の現実。

爆豪勝己にとって、緑谷出久は話しかけづらいタイプの オタク(ナード)になってしまった。

 

 

 

──夜の帳が下りた、砂混じりの大地に岩が転がる荒地にて、二人の少女が戦っていた。

 

頭上には巨大な月。

灰色の戦場はその月光をたっぷりと浴びて、その輪郭と無骨に際立たせている。

 

二人の少女のうち、よりイカれた姿をしたほうの少女が、戦場でもひときわ大きな岩の上に立ち、その手の鞭を振り下ろした。

 

蝙蝠(こうもり)、あるいは小悪魔を思わせるシルエット。

各パーツを注視すれば、それぞれ荘厳かつ高貴さを思わせる繊細な意匠が施されている。

しかし残念ながら、それらはその淫靡(いんび)な内側をほとんど何も覆わず、隠しもしていなかった。

(いつく)しむように、(もてあそ)ぶように、そしてほんの少しだけ申し訳なさそうに相手を見下ろすその顔にはいくつもの黒い星が浮かんでいた。

 

巌窟(がんくつ)の野獣よ、かかれ』

 

声に従い、黒い少女の足元の岩がひび割れながら(うごめ)く。

岩は一度、心臓が脈打つかのように膨れ上がり、萎んだかと思うと、その中から灰色の巨大な(ましら)が飛び出した。

 

「はン……!」

 

もう一人の少女は不敵な笑みを浮かべながらそれを迎えた。

 

対手が黒なら、こちらは白だろうか。

小柄な体をふわりと包んで主張する白いジャンパースカートの下には、黒の刺された青いブラウス。

前側で割れたスカートの下から、にょきっと元気よく飛び出したストライプのニーソックスとレザーのローファー。

色素が無くて透けそうに白い顔から、体の面積と同じくらいにぶわりと広がって伸びる髪は砂色に緑のハイライト。

その不安定なトリコロールは少女の有り様の複雑さと繊細さを思わせた。

 

白い少女は腕を組んで仁王立ちの姿勢。

少女の髪がぶるりと震え、さらに広がったかと思うと、髪の一本一本が渦を巻きながら溶けるように混ざり合い、一対の腕のような形に変わった。

 

(つか)み掛かろうとした猿の両腕を、少女の髪から伸びた両腕が受け止めた。

猿は(つか)み合いを避けてその腕を弾き上げ、自らの腰を捻ると、その背から伸びた太い尾が少女を襲った。

 

「うわっ!?」

 

少女は逃げる間もなくその尾に潰されたかに見えたが、その下から流動的な何かずるりと音を立てて這い出した。

その陸に打ち上げられたヘドロのような流動体は一塊(ひとかたまり)になるとスッと少女の姿に戻り、振り下ろされた尾を両手で(つか)んだ。

 

そのまま猿とその尾を相手に綱引きをしながら、白い少女は不満そうな顔をして叫ぶ。

 

「おいベーゼ今の! ヘドロ化間に合わなかったら怪我してたぞ! ていうかでっか過ぎるし速過ぎる! 加減しろおっ!」

「大丈夫ですよお」

 

ベーゼと呼ばれた少女はその猛抗議を受け流しながら、ふわりと飛んで近づいてきた。

抗議したほうの少女はぎりりと歯を見せる。

 

「なら同じメに遭わせてやるうっ……!」

 

白い少女の砂色の髪の中から、深緑色の何かが射出され、べとりと猿の背中に当たった。

それを見送った後、ぱっと猿の尾から手を離すと、猿はそれに構わず顔や首を()きむしって苦しみ始めた。

 

ぶっぱなしシュート(メナス・ヴァルナー)

 

飛来したベーゼが気の抜けた掛け声で鞭を振り下ろすと、鞭の先端から黒い帯のような何かが生まれた。

それは鞭から離れて少女に向かって飛んでくる。

 

あれは可視化されるほどに圧縮された魔力と悪意の塊。

かすっただけでもすこぶる痛いやつ。

その威力をその身で覚えていた少女は回避しつつ距離を詰めることにする。

 

「よいっ……しょっ!」

 

髪から生やしたヘドロの両腕をびたんと大地に打ち付ける。

その腕の反動に逆らわず少女はその身を跳躍させ、黒い帯を飛び越えた。

 

「せぇい!」

 

そのままくるくると前転しながら空中にいるベーゼの眼前まで飛び込み、(かかと)落としを放った。

 

「動きが良くなりましたね! ロートス!」

 

少女の(かかと)を鞭の柄で受け止めて、ベーゼは嬉しそうに声をかけた。

ロートスと呼ばれた少女は、それに応えるように、にたぁ、と笑顔を見せた。

 

「……あっ!」

 

含まれた意図に気がついて首を動かすもすでに遅く、ベーゼは背後から振り下ろされた猿の尾と衝突し、地面に(たた)き落とされた。

 

「ヒヒヒッ! 新技、『寄生分体』だ! 寄生に特化したこいつを十秒以内に振り払えなかったバカはオレの意のままよ!」

 

巨大な手の平が落下中のロートスを受け止めた。

 

「ベーゼ! お前の『使い魔』は飼い主に似て頭空っぽだ! 奪い易いったらねぇぜバーカバーカ!」

 

そのまま猿の背中に導かれたロートスはここぞとばかりに罵詈雑言(ばりぞうごん)を振り撒きながらその頭によじ登る。

岩でできた巨大な猿の頭部は緑色に染まっていた。

 

「やっちまいな!」

 

猿はその場に座り込み、両腕で交互にベーゼの落ちた場所を(たた)き始めた。

腕が振り下ろされることに岩と岩の重く低い衝突音が轟き、地面のヒビが増えていく。

 

「オラ降参しろっ! 早くしないと『身代わり』のストックが……」

 

不意にその破裂音が上から聞こえた気がしてロートスは空を見上げた。

月光を反射する板状の物体が三枚、こちらに落下してくるのが見えた。

魔力探知でその板のサイズが足元の猿と同じ十メートル超級だと知ったロートスは悲鳴をあげながら飛び降りてヘドロ状態に変身した。

 

「うひゃああああ!」

 

板は三枚とも地面に着弾して猿をバラバラにし、共に砕け散った。

巨大な構造物が崩れ落ちてできた砂埃(すなぼこり)が、着地したロートスの周囲に広がっていく。

 

「くそ、ベーゼはどこだ? (い゙)ッ!?」

 

身体がビリっとして思わずその方向を向くと、しゃがみ込んだベーゼの手の平から黒い稲光が放たれ、ヘドロの身体に触れていた。

砂色と深緑色が混ざった泥は、稲光に触れてビビビと振動している。

 

「わたしの勝ちですね」

「ズルいぞ! さっき『使い魔』は一体までって決めただろ!」

「あれは巌窟の野獣ヒッチコック君のメイン兵装、ワイヤレスフィンポッドです。岩に封印されていたけど持ち主の危機に過敏に反応して勝手に飛んできてしまったんですよ」

「メカ設定が雑! 持ち主と心中してんじゃねーか!」

 

 

 

──ここは悪の組織エノルミータの亜空間アジト、ナハトベース。

 

その近くにあるだだっ広い荒地で、マジアベーゼとマジアロートスは模擬戦闘に明け暮れていた。

今日のトレーニングを終えた二人はアジトに戻ってくつろいでいた。

 

その部屋に最初からいた黒い悪魔、ヴェナリータが缶コーヒーのプルトップを開けた。

 

「ロートスもだいぶ仕上がったね」

「ふふふ、今日は惜しかったですねロートスちゃん」

「あれは実質オレの勝ちだよ」

「えぇー」

 

マジアベーゼが冷蔵庫から二本のペットボトルを取り出した。

 

「ちょっとロートスちゃん、ヘドロ形態(フォーム)をやめてくださいよ」

「嫌だ。床は汚さないようにしてるからいいだろ」

 

元ヘドロの男はようやく自由に改造前の姿へ変われるようになっていた。

ただし、その体色は色素が抜けてしまい、少女形態の髪の色と同じ砂色に変わっていた。

砂色一色ではなく、元の毒々しい緑色の部分も僅かに混ざっている。

 

「可愛くないです! それにジュースこぼさずに飲めますか?」

「……ちっ」

 

ヘドロ状態で床に広がっていたロートスは、舌打ちしながら少女の姿に戻った。

ペットボトルのジュースを受け取るとその場にどかりと胡座(あぐら)をかいて蓋を開けた。

 

「足! はしたない!」

「うるせ、休ませろ」

 

マジアロートスは元の姿に戻った途端、そのままヘドロ形態(フォーム)で過ごそうとしたが、これにマジアベーゼが抵抗した。

平行線を辿る話し合いにヴェナリータが体の一部だけヘドロ化できるように練習することを提案すると、少女は渋々とその案を受け入れた。

 

その過程で、自身を構成するヘドロの質感をある程度コントロールできることに気がついた。

這いずったときに床が汚れないようにする技術も、戦闘中に髪だけヘドロ化して腕を増やす技術も訓練の賜物であった。

 

「『寄生分体』はいい技だけど、あまり多用しないでね。ロートスの肉体は明確な核を持たない分散型だけど、その分欠損回復に時間がかかるんだ」

「そうだな」

 

身体の一部を失ったせいで半年以上起き上がれなかった経験から、そのアドバイスを素直に受け入れた。

 

「そろそろいけそうだよね。例の作戦を実行しようよ」

「んむ」

「おおっ、ついにオールマイトと対面ですね!」

 

マジアベーゼが目を輝かせた。

その紫色の髪がモサっと伸び、側頭から生える一対の角もそそり立った。

この少女はテンションが上がるとこうなるタイプの異形だった。

ついでに禍々しい『魔力』もダダ漏れになるので、魔力を知覚できるロートスとしては底なしの渦に飲み込まれてしまいそうな気分にさせられ、なんか怖い。

 

「オールマイトを釣る方法は大丈夫なのかよ」

「そっちはカイナの仕込みなんだよね」

 

スマートフォンを操作しながらヴェナリータが答えた。

 

「あ、ネタはもう揃ってるから、なんなら今からでもやれるってさ」

 

ロートスは見せられたスマートフォンの画面をのぞき込む。

そこ表示されていたのは、悪の組織の協力者、筒美火伊那(つつみかいな)からの進捗が記された長文メッセージだった。

 

「……なんか手が込んでるなぁ」

「ああ、楽しみだなぁ、何をお話ししようかなぁ」

「おいベーゼ、その状態で天を仰ぐポーズするなよ、顔怖い!」

「はははははは!!」

「ぎゃーっ! 魔力抑えろバカ!」

 

「そうだ、役に立つかわかんないけど、アイツも呼んでおこう」

 

そう言いながらヴェナリータがどこかにメッセージを発信した。

 

 

 

──トラックを海沿いの道路に停めて、筒美(つつみ)火伊那(かいな)は双眼鏡で海面の様子を調べていた。

海からの風は強く、彼女が来ているツナギを(たた)くように通り過ぎ、背中まで伸びた二色のポニーテールを激しく揺らした。

 

「……この公園がもうちょっと広かったらなぁ」

「何かいいことあります?」

 

彼女はその声に振り向かなかった。

聞き覚えがあるし、そうなる期待もしていたからだ。

 

「喉の調子が悪そうだな? 二日酔いか?」

「ヤケ酒ばい」

 

双眼鏡を下ろし、振り向いてトラックの荷台に向かう。

運転席のルーフに、紅の翼にイエローのコスチュームを着たヒーローが立っていた。

 

「やり方は何でもいい。オールマイトを逃がせ。そうすりゃ私がお前とタイマン張ってやるよ」

「あなたはもう逃げられないし、オレも倒せませんよ」

 

ひときわ大きな羽根を手に持ち、あきらかに臨戦体制のヒーロー。

それを意に介さず、彼女は荷台からペットボトルを二本取り出し、一本を投げ渡した。

ヒーローはそれをもう片方の手で受け取った。

 

「オールマイトを逃してからだ。ここで私かお前、どちらかが潰れるのはよくない」

「俺が? それともあの人がやられるとでも? 自分が逃げたいだけだろう?」

 

翼を広げたまま、そのヒーローは彼女を見下ろした。

少しにらみ合った後、火伊那の方が目を逸らし、海の方を向いて荷台にもたれかかった。

ペットボトルの蓋を開け、ミネラルウォーターを一口飲んだ。

 

「今日はオールマイトに同伴する予定じゃなかったのか、ホークスさんよ」

「フられました」

「そりゃ御愁傷様」

 

ホークスと呼ばれたヒーローは翼をたたんでルーフの上に座った。

 

「確かにやられはしない。だが確実に()()()()。単純にそれができる物量とハメ手を持ってる」

「なるほど……よくそこまで潜れましたね」

「私はモテるからな」

「参考にしたいです。ハメ手とは?」

「先駆けは(おとり)(おとり)にして本命」

「それ脳筋ゴリ押しって言いません?」

「そういう組織なんだよ」

 

ホークスもペットボトルの蓋を開けて、中身を(あお)った。

二人はしばらく無言で海を眺めながら水分を補給した。

 

「あとはちょっとした善意だ。とんでもねぇ物的被害が出ちまう。あの人を一時逃すだけでそれが阻止、または一年保留できる」

「そもそもなぜあなたは……いや、やっぱいいっす」

「浮世の(しがらみ)、それだけだ。そう伝えておいてくれ」

「わかりました」

 

空きボトルはこっちによこせ、と言うとホークスは空のボトルを放りだした。

器用に潮風に乗せられたボトルは火伊那の手の中に収まった。

 

「お前も進んで一人になろうとするなよ」

「あ、オレそういうの大丈夫なんで」

 

ホークスは嫌そうな顔をして手を振った。

 

「オレは、『待ってる側』なだけですんで、問題ないです。もっと付いてこいよ、むしろ追い越してくれよ、とは思いますが……」

 

そう言いながら立ち上がった。

 

「基本的に好きなんですよ、ヒーローが。いいやつ限定でね」

「そうか」

「いや、話せてよかったです。手遅れでした、でも染まっていません、と報告しておきます」

「明日どちらかが死ぬかもな」

 

ホークスが火伊那の方を見た。

その眉間に(しわ)が寄っている。

 

「突然口が羽のように軽くなるのは会長の受け売りですかね?」

「はは、あの人も変わってねぇのな」

 

ホークスは唇を突き出しながらまた海の方を向く。

そして口に手を当ててから喋った。

 

「こっちも止めてはみますが、おそらく無理です。近すぎる」

「そうか、じゃあ仕方ねぇな」

 

火伊那は淡々と答えながら、ペットボトルを片付けている。

 

「次善の策は?」

「オールマイトが戦い始めたら、お前はもうちょっかいを出すな」

「出したらどうなります?」

「史上最()(ヴィラン)の誕生かな」

「おーこっわ。では人来ますのでこれで」

 

ホークスが翼を広げた。

彼女も表情だけで応えた。

 

「……この浜辺が去年までスクラップで埋まってたって信じるか?」

「おや、ボランティア活動に目覚めました?」

「いや、浪漫(ろまん)にだよ。じゃあな、後輩」

 

 

 

──訓練の翌朝、ロートスが朝食後の腹ごなしにいつもの公園へ『転移』すると、海沿いの道路から、双眼鏡をのぞき込んでいる出久を見つけた。

 

「おい、オマエ、何探してんだ?」

「あれ、ロートスちゃん? おはよう ! どうしたのこんなに朝早く痛ったぁ!」

「ロートスさんだバカ野郎!」

「ごめんなさいロートスさん!」

 

少女はハイキックで出久の尻を三度蹴り上げた。

出久は空色のワンピースの中を見ないように背を向け尻を突き出してそれを受け止めた。

 

この少年は何度言い聞かせても自分を年下扱いするのだ。

反復教育が必要だと身を以って理解している少女は根気強く尻を蹴ることにしていた。

 

「で、何探してるんだ?」

「今日の課題。海にエロ本浮かべといたから遅刻する前に見つけてみろって……」

「あの女はオマエに何を期待しているんだ……?」

「はは……修行の成果かな……」

 

少女が見上げると、話しながら、出久の大きな眼球がキビキビと動いているのが見えた。

あれは戦闘訓練に付き合ってくれているときの火伊那の眼の動きと同じだ。

ということは、そういう訓練なのだろうと少女は納得した。

 

砂浜は大嫌いだが、波の音は好きだった。

少女はしゃがんで道路のガードレールに(つか)まり、ぶら下がりながらその音を楽しんでいると、いろいろなことを思い出す。

 

「約束の話だ」

「ん、何?」

 

出久は双眼鏡から目を離さず、また何か言い始めたぞ、という顔をした。

にらみつけるとさっと表情を固くする。

 

「守ってもらった約束が、ちょっと期待してたのと違うときって、普通はどうするんだ?」

「変えてもらえないか聞いてみる」

「相手が聞く耳を持ってくれない場合は?」

「相手が本当に聞く耳を持っていないか確認する」

「お前なぁ……」

 

もう一度にらみつけると、今度は出久の方が見つめ返してきた。

 

「争いたくないなら大事なことだよ」

「それだと、堂々巡りになるじゃねぇか」

「なるだろうね。人と人は分かり合えないから問い続けろって、僕も教えてもらったよ」

「はー、どうすっかなぁー」

 

出久は少女の隣に座り、目線の高さを合わせてきた。

 

「争う方向で考えるのは?」

「どういうことだ?」

「たとえば、その相手ともめて、嫌われたくないとかある?」

「それはねぇな」

「相手が怖いとかは?」

「それはある」

「危害を加えられたりする可能性は?」

「めっちゃある!」

「うーん、まさかの最悪パターン」

「そう、うてなは最悪なんだよ!」

 

出久はうてなという名前を初めて聞いたが、とりあえず「最悪なやつ」と自分の頭に入力した。

 

ロートスは座り込んで腕を組んだ。

まだ日が昇り切っていない湾岸の強風は、小さな身体から体温を奪い、少々堪えた。

 

「話聞いてもらえなくて、踏み込むこともできないなら、いっそ諦めるのはどう? 別のところで補填(ほてん)するとかできないかな?」

「それはすぐにはわかんねーな」

「あとは、()めるのが嫌じゃないなら、自分が安全なところからいけるチャンスがあったらそこで一気に詰め寄るしかないね。そこだけ人に頼るとかね」

「やっぱそんな所だよなぁ」

 

出久に質問する形を取ったが、これは少女自身の頭の整理に近かった。

「その手段」以外の道がないかの検討だった。

 

「僕的には自分が『譲ってやってもいい自分』にレベルアップするのが一番いいと思うけど」

「ええー、ちょっとでも譲ると(タカ)られちまうよ」

「子どもの世界も世知辛いね……まあ場合によりけりだよ」

 

そう言って苦笑しながら出久は立ち上がり、再び双眼鏡を構えた。

 

「いつでも相談に乗るよ」

「おう」

 

少女も立ち上がった。

潮風がワンピースの裾を巻き上げようとするのを押さえ込む。

すっかりこういった仕草にも慣れてしまった、と閉口する。

 

「あ、見つけた! エロ本!」

「マジで!? どこだよ!」

「やっぱり波の高さから水深と海底の地形を測れってことだったのか……こんなの複雑過ぎて無理だよ……」

「見して! 見して!」

 

少女はぴょんぴょんと飛び上がり、出久の背中越しに双眼鏡をのぞき込もうとした。

 




※学校や進路の辺りについては特に本筋に絡まない独自設定です。
※オタク達の話題の真相はスピンオフ(ヴィジランテ)の通りです。
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