デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

18 / 55
※ちょっと長いです。ヘドロさんわからせターンまで詰め込みました。


第四話 オールマイトvsヘドロヴィラン(4)

「ホークス、避難誘導を!」

(ヴィラン)撃退が先です!」

 

(やれやれ、なかなか言うこと聞いてくれません)

 

13号は内心で不満の感情を消化しつつ、現状では彼が正しいと理解していた。

 

(明らかに故意の放火だ……なんということを)

 

青空を雲が覆い始め、そこへと合流しようとするかのように、辺りから煙が立ち昇っている。

その煙を吐き出している建物はいずれも工業設備で、その設備はこの区域の海側に満遍なく点在していた。

 

「ヒョォッ!! いいねお前! 殺意十分じゃねぇか!」

 

目の前の(ヴィラン)の名はマジアベーゼ。

その少女は下卑た笑顔でホークスが放った数枚の羽根を回避しながらはしゃいでいる。

 

(聞いた話より品性に欠ける気がします……なんというハレンチな服装!)

 

13号は少女の肌を(あら)わにした大胆極まりないコスチュームに動揺しつつも観察を続けた。

その回避の動きだけ見てもとても発動型の『個性』とは思えない身のこなしであった。

13号はその不条理な運動ぶりにとても見覚えがあったが、いったん頭の隅に置いた。

 

(『支配』か……厄介な個性ですね)

 

頭上には背を伸ばして辺りを見回す、巨大な蜥蜴(とかげ)の頭が見えた。

その表面は粘液に塗れ、その奥には毒々しい緑色をした泥のような皮膚が脈打っている。

まるで生き物のように見えるが、『個性』で海岸に堆積していたヘドロを操作してそういう形にしているようだ。

ホークスの羽根が飛び回り、その巨体を削りながら往復しているが、蜥蜴(トカゲ)は被弾を意に介せず破壊活動を続けていた。

 

「この鳥野郎は合格! んでドンくさそうなオマエは退場!」

「!?」

 

少女の小さな身体が十数メートルの距離を飛んで肉薄してきた。

まるでゲームのフレームが飛ばされたかのような速さだった。

13号はマジアベーゼの横蹴りを真正面から受けてふっ飛ばされた。

一秒足らず続いた浮遊感の後、ガラスを突き破って建物の中に放り込まれる。

 

「13号さん!」

「無傷です。こちらはお構いなく」

 

蹴られた場所を確認するが、スーツに大きな損傷は見られなかった。

ただし、表面の装甲に足の裏の形でくっきりとへこみが出来ていたが。

 

「【羽根】から聞こえていますね? すごい力でしたが、押されただけです。もしかすると彼女はそこまで体術に慣れていないかも」

 

ホークスの個性『剛翼』は、その硬くしなやかな羽の一枚一枚を思いのままに操れる能力だ。

羽根の枚数が決まっている鳥の翼とは似て非なるもので、『剛翼』はほとんどが羽根で構成されている。

飛ばした羽根は超常の推力でそれぞれ自在に飛び回り、種類ごとに個体差はあるものの、羽根一枚で人間一人を運べる力がある。

さらに羽根が受けた音などの振動はホークス本人が知覚可能で、条件が揃えば人の声を聞き取ることも可能であった。

 

救助活動向きですね、と評価しながら13号は立ち上がった。

そのヘルメットの側面に紅い羽根が一枚引っかかっている。

 

(これが『速すぎる男』……ものすごいマルチタスク処理能力だ)

 

ホークスの『剛翼』は現在、三つの脅威に同時に対応している。

ひとつ目は人間離れした動きを見せるマジアベーゼ。

ふたつ目は突如現れた大蜥蜴(トカゲ)。ただしこれはあまり成功していないように見える。

そして三つ目、自身のヘルメット、シールドの半面を割った狙撃手。

 

その銃弾が自身のヘルメットに命中したとき、13号は生きた心地がしなかった。

その後ここに到着してからも、空では間隔を開けて銃声が響いている。

おそらくホークスの放った羽根が狙撃手に接近しており、それを撃ち落とそうとしているのだろう。

 

13号はシールドのひび割れた部分に手を当て、めりこんだ銃弾を引き抜いた。

パキ、と音が鳴り、シールドの破片が少しだけこぼれ落ちる。

手の中には、ダークブルーとピンクの二色で綺麗に螺旋を描いたライフル弾頭。

 

「僕らの世代の憧れでした。同期には同じ色に髪を染めてた子もいるんですよ、レディ・ナガン……」

 

思わず強い気持ちを口にして、弾丸を握りしめた。

そして浸った感情はすぐに押し流してヒーローの顔に戻る。

 

(考えろ。やることが多い。ホークスの処理能力を最適化する方向にアシストしなければ)

 

13号は『個性』の事情もあり、重装備とならざるを得ず、そのために素早く動けない。

 

しかしヒーローとしては特に災害救助活動において定評がある。

救助活動における障害を乗り越えるための知識と技術に長けているからだった。

そしてその思考も、じっくりと大局を見据えて問題解決の最善手へ落とし込む方向に特化している。

のんびりしてると言われても、急がば回れを信条としていた。

 

「ホークス。君にばかり負担を掛けてしまいますが、お互いもう少しだけ無理をしましょう」

 

13号は考えをホークスに伝えるため、そばにある羽根の方へ語りかけた。

 

「事前情報から推定される避難者、および要救助者は百五十名前後。火災は海側に集中していますので、海から離れる方向へ避難移動をしたと思われます」

 

窓に近づくと、二人が戦っているのが見えた。

ホークスは周囲を飛び回りながら羽根を操作し、マジアベーゼは余裕の表情でそれを回避している。

 

「ですが、その途中で銃撃を受けたせいで、皆さんどこかに隠れたまま頭を出せなくなっている状況と思われます。銃声に(おび)える人、撃たれてしまった人、撃たれた人を救護した人、さらにそれを救けに来た消防隊とヒーロー達も……」

 

信じ難い状況だが、射手があのレディ・ナガンであれば可能かもしれなかった。

それに(ヴィラン)組織『エノルミータ』がどの程度の組織力があるのかも未知数だ。

 

「最優先は狙撃手の排除ですが、これは難しいでしょう。よってホークス、あなたの能力リソースを救助に回していただきたい。要救助者を見つけ出し、現在の状況を口頭で説明して回る必要があります。狙撃手を圧迫しつつ、動ける人には動いてもらう方向で」

 

13号は少し苦労しながら割れた窓を乗り越えた。

 

「その間、マジアベーゼの相手は僕がやります!」

 

 

 

──ホークスは『剛翼』でその作戦を聞き、納得もしたが、従うにはまだ躊躇(ちゅうちょ)があった。

 

(13号さん、こん速さに付いてけるか?)

 

「ほら、ほらぁ! 反応遅れてるぞぉ。いくぞぉ、いっちゃうぞぉー?」

 

マジアベーゼは子どもらしい挑発を混ぜて手を出してくる。

ホークスも『剛翼』の中でもっとも大きく強靭(きょうじん)な初列の風切羽根を抜いた。

剣を持つように構えて接近戦に移行する。

 

『剛翼』を背中から切り離す数が増える程、ホークス本体の飛行は遅く不安定となる。

現在、『剛翼』はレディ・ナガンへの空襲と大蜥蜴(トカゲ)への牽制、そして目の前の少女との高速戦闘で目一杯となっていた。

 

「ひゃあっ! クソ速えなオイ! やっぱお前イイ! でも見てから回避できちゃう! マジアベーゼちゃんマジ最強!」

「きたねーラップばい」

 

得意のスピードが通用していない。

牽制(フェイント)を入れて翻弄(ほんろう)はできているが、それでも相手の反応速度に潰されている。

 

上空ではレディ・ナガンを狙った二十枚の風切羽根が半壊しつつある。

狙撃を回避し、接近と包囲まではできているが、距離が百メートルを切ると音もなく移動されて見失う。

そして接近した羽根が不意打ちで落とされてしまうというやり取りを繰り返していた。

 

13号の言うとおり、羽根のリソースを割り振りし直すのが最善策だった。

しかし立場上、できればマジアベーゼをここで仕留めておきたい、という欲が出てしまった。

 

「オラァ!」

迂闊(うかつ)ばい! その蹴りはもう見た!)

 

ホークスはマジアベーゼの挙動から先読みした右足のハイキックを刀で掬い上げるように流し、返す刀で少女を肩口から袈裟懸けにした。

 

()った!」

「ざーんねぇーん!」

「!?」

 

斬ったはずのマジアベーゼは無傷だった。

 

(馬鹿な、確実に手応えがあった!)

 

ホークスは動揺しつつもすぐにもう一度斬りつけようとする。

 

「髪を『支配』して増強したうえで『ヘドロ』化して上乗せだァ……!」

 

マジアベーゼの()()の髪がぶわっと伸びて渦を巻いた後、ドロリと溶けて集約し、巨大で力の強そうな腕の形を成した。

斬撃のために前のめりの飛行姿勢となったホークスは、少女の背中で起きたその現象に気がつくのが遅れた。

 

「しまっ……」

「必殺! ヘドロスマッシュ!」

 

巨大なヘドロの腕が振り抜かれた。

ホークスはこれを鉢合わせ気味に受けてしまい、空中に大きく跳ね飛ばされた。

 

「いぇーい! 質量は大正義! これも漫画で見た!」

「ホークス!」

(いてて、腕折れた……13号さん、丸投げですいません)

 

痛がる気持ちを抑え、翼を広げて姿勢を立て直しつつ、折れた腕を隠して健在をアピール。

そしてそのまま上昇していく。

 

「あっ、待て、逃げるな!」

「待つのはそっちだぞ! 次は僕が相手だ!」

 

 

 

──13号はマジアベーゼに近づいていく。

 

(さて、久々の捕りものです。ノープランですが、うまく注意を引きつけなければなりません)

 

目の前の少女は「強さ」へのこだわりを見せている。ならば。

 

「テメェはお呼びじゃねぇんだよ!」

「素晴らしいパワーとスピードですね。確かに君は強い」

「ああ、敗北宣言かよ!」

「だけど、そのように限られた任意の指標で誰が最強かを決めていいのなら、それは僕なんだぞ」

「ならコイツをなんとかしてみなぁ! ヘドロドラゴン! あいつを潰せ!」

 

少女の命令に従い、13号の左手側からヘドロで出来た蜥蜴(トカゲ)がゆっくり近づいてきた。

左前足を大きく持ち上げて、こちらを踏み潰そうとする。

 

「可愛くない名前ですね」

 

13号は迫りくる巨大な足に向かって、左手の指先を突き出した。

 

()()にかけられたロックは意識するだけで外すことができる。

スーツに組み込まれた高度な電子装置が反応してくれるのだ。

ロックを外せば指先の封印も外れて、その『個性』が外の世界と接続された。

 

その瞬間、蜥蜴(トカゲ)の左前足が変形し、掃除機に吸い込まれた紙切れのように消失した。

蜥蜴(トカゲ)がバランスを崩して13号の方に倒れ込む。

その勢いでさらに頭の左半分も削り取られたように消失した。

 

「うわあああ、俺のヘドロドラゴンがあああっ!」

「僕の前では、大きさも、重さも、速さも関係ない。距離だけの問題だ」

 

倒れ込んだ蜥蜴(トカゲ)の断面からヘドロがこぼれ落ちては、13号の左手に吸い込まれていく。

蜥蜴(トカゲ)はそれを嫌がり、残った足で離れようともがくが、そこから動けない様子だった。

 

「な、なんだよそれぇ……」

「ブラックホール、僕の『個性』だぞ」

 

左手をマジアベーゼの方に向けた。

スイングする左手の軌道に沿って、コンクリートの路面がガオンと削り取られる。

 

「この手の中にあるのは時空間の絶壁。これに近づき過ぎたものは()()()()()()()()()()んだぞ」

「わぁ、わわ……」

 

マジアベーゼの身体が少しずつ13号の方向に引き寄せられていく。

少女はそれに慌てて尻もちをついてしまい、そのまま後ずさった。

13号はそれを追ってずんずんと前進を始めた。

 

「さあ、さあ、挑んできなさい、僕を倒せば最強に一歩近づけるぞ!」

「うわあああ、オレに近寄るなああーッ」

 

そのまま追いかけっこを始めようとした13号を、横っ面を(たた)かれたかのような衝撃が襲った。

 

13号のヘルメットがバラバラに砕けて破片が舞った。

遅れて銃声が聞こえてきた。

13号の身体が被弾の衝撃に負けて左側に倒れ込んでいく。

 

(い、いけない……)

 

13号はとっさに左手のロックを戻し、指先の開口部を閉じてブラックホールを封じた。

この『個性』はある程度の指向性はあるものの、巻き込まれれば自分も傷つける。

無数の安全装置を組み込んで、ようやく人助けの為に使える危険な個性。

不用意に向けた指先が大事なものを傷つけた事故は思い出したくもない程にたくさんあった。

 

「でかしたぁ! そのままやっちまえ!」

 

(まずい、いや、()()()()、レディ・ナガンの照準がこちらに向いた!)

 

倒れた13号はそのままごろりと身体を回転させ、その勢いですぐに立ち上がった。

 

(これでホークスは自由に動ける。救助は進む。でも僕は……)

 

自分の耐久スーツの中でもっとも頑丈な装備が破壊された。

次にあの銃弾を受けたらただでは済まないだろう。

 

13号は両手の封印を外し、左手をマジアベーゼに、右手を狙撃手がいると思われる方角に向けた。

 

「そりゃそうするよなぁ、そこで『ヘドロチンアナゴさん』だ!」

「魚類!?」

 

マジアベーゼが指を差すと、左手の海の中から何か長いものが飛び出してきた。

ヘドロでできた、胴の長い魚とも蛇ともつかないようなものが13号に向かって口を開ける。

とっさに左手をそちらに向け、その頭部を消失させた。

海を見たとき、視界の端に背後から迫る巨大な影が映った。

 

『合わせろ、ヘドロドラゴン!』

『シャアアッ!』

「くっ、再生するのか!?」

 

今度は前からマジアベーゼ、後ろからは先ほど頭を半分削ったはずの、ちょっと小さくなった蜥蜴(トカゲ)咆哮(ほうこう)と共に迫った。

 

(こ、これは詰んだ!? いや、諦めない!)

 

左手をそのまま後方へ、右手を正面へ向ける。

マジアベーゼはニヤニヤしながら足を止めた。

そして、それを待っていたとばかりに13号の背中から前へ衝撃が突き抜けた。

 

「まあ無駄だよな。あいつ弾道変えられるから」

「カハッ……!」

 

思っていたより血は出ないんだな、と13号は思った。

銃弾の衝撃は身体の中を()()()()()()()()いき、13号はその場から全く動けなかった。

視界が端から徐々に真っ赤に染まっていく。

 

(まだだ……まだ動かなければ……)

 

思考に逆らうように膝は地面に落ち、左右に向けた両腕が脱力していった。

スーツの自動安全装置が作動し、静かな電子音でブラックホールを封印したことを伝える。

 

「やれ! 今度こそトドメだ!」

 

(まだ……)

 

視界が赤から黒へと変わっていく。

音が遠くなっていく。

 

TEXAS SMASH(テキサス・スマッシュ)!!』

 

子どもの頃からずっと。

ディスプレイ越しに聞き慣れた、いつも自分を元気づけてくれた掛け声。

その声を遠くで聞いて、13号は意識を失った。

 

 

 

 

──その蜥蜴(トカゲ)は動物園でも見たことのないような大きさだった。

しかしそこまで強度は無いのか、拳を(たた)き込んでみると、それは拳の風圧だけでバラバラに吹き飛んで海に還っていった。

 

残心、自信、そして笑顔。

平和の象徴としての姿勢を保ち、少女の方に向き直る。

片手で握っていた、ちぎれた()()の一部を放り捨てた。

 

「ヒヒ、あいつ(ナガン)やられたのか、ざまぁ……オールマイト、待ってたぜぇ……」

 

オールマイトはその少女の瞳が憎しみに染まっていると感じた。

 

(身に覚えは……無くもないか)

 

目の前の少女は、二年前、ショッピングモールにて自分が()()()()()少女だった。

 

あの日、自分は吹き飛ばした(ヴィラン)の側にいた少女の存在に気が付かなかった。

後日蓋を開けて見ればあの少女こそが首謀者の(ヴィラン)だったという。

 

オールマイトがその事実を知ったのはつい最近の話だった。

自分が少女を、(ヴィラン)を取り逃したという事実はヒーロー公安委員会により消極的に隠蔽され、オールマイトが自ら知ろうとしない限りは知らされないようになっていた。

 

(不覚……あの時は、ウワバミたちの命を救えたことで安心してしまった。おっと、これ以上はいかん)

 

オールマイトはコンマ一秒で後悔を振り払った。

 

「ホークス! 13号の救護を!」

「もうやってます、他の現場はどうですか?」

「ありがとう! 高速道路は上下線とも片側開通! 第二現場の(ヴィラン)はかなり手強いらしい、十分で(ヴィラン)とセットでこっちに合流予定!」

「了解!」

 

すでに駆け寄っていたホークスが13号を抱き抱えて空を飛び去った。

 

セメントスと共に向かった高速道路は、オールマイトが往復20キロ区間にばら撒かれた鉄骨を五分で全て撤去し、さらに五分かけて動けない乗用車を片方の車線に寄せ、次にセメントスを運んで損傷した道路の一部を応急補修したことで交通を取り戻した。

まだ渋滞は残るだろうが、救命救助という意味では対応が完了していた。

 

そのままオールマイトはセメントスを残して海の方角へと駆け出した。

二十キロの道のりを二分で走破し、火災が収束しないまま一時間以上経過している危険な現場に到着。

 

途中で銃撃を受けたため、狙撃手を特定かつ襲撃してライフルを破壊し、その持ち主に一撃を入れて昏倒させた。

見覚えのある顔だったが、拘束だけ行い確保と追求は後回しにそのまま海へと向かった。

 

そこで最初に見たものは、銃弾に倒れた13号の姿だった。

 

(また衰えた……二年前なら間に合っていたかもしれない)

 

後悔は尽きない。だが振り切らなければいけなかった。

まだ救けを待っている人達がいるのだから。

 

13号の無事を祈りながら、オールマイトは少女に語りかける。

 

「一線を超えたな、(ヴィラン)の少女よ……だが、これで終わりだ」

 

腕を腰にあて、胸を張って胸筋を盛り上がらせる。

キラリと笑顔で歯を見せつけてやる。

 

「なぜって? 私が来たからさ!」

 

その姿を冷ややかに見つめながら、(ヴィラン)の少女はボソボソと恨み言を放つ。

 

「毎度、毎度、お前が来るたびにオレの平穏は乱された……隠れ(みの)がなくなって、オレは河岸を変える羽目になったもんさ。オレにとっちゃお前こそが平和の破壊者だったよ、オールマイト」

 

少女はオールマイトを指差した。

 

「今日はその仕返しに来たんだ。テメェをブッ殺せりゃあ、オレが(ヴィラン)の王だよなぁ」

「OH! 若いね、夢があるってのはいいもんだ!」

「言ってろ。あとは()()()()()あとだ」

「同感だ! こちらから行くぞ!」

 

オールマイトは自身の戦闘スタイルとして足技をほとんど使用しない。

『平和の象徴』として人を救うための戦いにおいて、個人的に不適切だと思っているからだ。

それに、救け続けるためにも、この足が止まるような手段はなるべく使用したくない。

 

拳は象徴的なオブジェクトだ。

この握った拳の造形が(ヴィラン)を恐怖させ、(ヴィラン)と戦う人を奮起させ、(ヴィラン)(おび)える人を安心させる。

何よりどんなに強い相手でも、鼻先まで近づいて拳を突き出せばだいたい打ち倒せるものだ。

『平和の象徴』を印象付けるものとして、拳以上のものは無いと思った。

 

よって、オールマイトの戦術はその拳を使った最初の一撃で決着をつけることに特化していた。

 

SMASH(スマッシュ)!」

 

最初の一撃で目的を果たせなかった場合はどうするか?

もう一度、前提条件を更新したうえで最初の一撃を繰り出せばいいだけだ。

 

SMASH(スマッシュ)!」

 

オールマイトの拳が二度空振りした。

少女は拳が生ずる風圧をものともせず、こちらの拳を小さく避けて踏みとどまった。

オールマイトは二度目の打撃で、少女の瞳が拳の軌道を捉えて動くところまで確認した。

 

(これは手加減できん)

 

なるほど増長するわけだ。観察の結果、少女の強さをそう結論づけた。

いつもの横綱相撲の姿勢を少しだけ崩し、より実戦的な構えで右拳を振りかぶる。

 

少女はそれだけで最初の二発とは訳が違うと悟ったらしい。

表情を変えると同じく右拳を振りかぶって踏み込んできた。

 

(カウンター狙いか? だが姿勢(フォーム)がなっていないぞ!)

 

SMASH(スマッシュ)!」

 

三度目の一撃は正確に少女の左(ほお)を撃ち抜いた。

しかし少女はそれを物ともせず、更に一歩踏み込んで拳を突き出した。

 

その身長差により、少女の右ストレートは彼の古傷のある左脇腹に突き刺さる。

 

(いてて、そこは弱いんだ)

 

しかし、長年鍛え上げられた外腹斜筋はその一撃を受け切った。

 

「キャハッ!」

 

少女の顔が喜悦に(ゆが)む。

今の攻防に手応えを感じたのだろう。

確かにこのセットだけなら少女の方にポイントが付くだろうが、しかし。

 

(あー、これガン! じゃなくてガガン! のパターンだわ)

 

オールマイトの方は戦意が萎え始めていた。

 

彼の四十年に渡る戦績、特に()()()と繰り返された激戦の数々は、初見殺しの『個性』に対する統計的な判定能力を与えていた。

それはサンプリング手段と判定方式が本人の感覚であるため、確かに根拠があやふやではあったが、それでも()()()がいつしかそういった『個性』による搦手(からめて)を諦めてしまう程度には正答率が高かった。

 

調子に乗ってさらに殴ろうとした少女の左手首をびょんと(つか)み上げると、ぶら下がる形になった少女の両(ほお)を右手でびびびと張り、最後に少し振りかぶってばちーんと少女を張り倒した。

 

「ああああっ! (いて)ぇぇ! なんでぇぇっ!?」

「愛の指導的ビンタだ! 最初の二発を(かわ)したよね? いちど『受け』たら、次までインターバルが要るんだろ? 一秒くらいかな?」

 

そういう手合い(ヴィラン)とは何度もやり合ったことがあった。

 

(今ので脳震盪(のうしんとう)も起こさないのは強いな! いや、まだ何か『個性』が関わっている気がする!)

 

少女が腰くだけに座り込んで痛がる様子を見るのは心が痛む。

だが指導続行だ。

オールマイトは一足早く教師になった気分で臨むことにした。

 

 

 

──マジアベーゼに『寄生』したヘドロの男は動揺していた。

 

「ちくしょう、痛てえ、なぜだ、なぜこのオレがダメージを!?」

 

確かに『身代わり』の仕組みはオールマイトの読み通りであった。

『支配』したものを身代わり(スケープゴート)にして、一撃を無効にする能力。

しかし連続した攻撃をまとめて受け切るといった運用は難しく、一度発動すると心拍数一回分のリロード時間が必要だった。

さらに支配物のストックにも限りがあるため、あまり信用のおけないチョイ技である。

 

だが、マジアベーゼ本人の耐久力もまた常人のレベルを遥かに超えているはずだった。

あのまま殴り合いを続ければ、『魔力』による再生能力もあるこちらが優勢になるという自信があった。

 

ヘドロの前提が狂ったのはオールマイトの連続ビンタを喰らったときだった。

思えば『寄生』をした後、『身代わり』を突破されたのはあれが初めてだった。

 

ヘドロが『寄生』しても、寄生した体が受けた痛みやダメージをヘドロ側が受けることはない。

なぜならそもそも身体の構造が違うからだ。

ヘドロは打たれ、切られても痛痒(つうよう)など覚えない。その感覚器がない。その筈だった。

 

「少女よ! それが痛みだ! 身体が硬直するだろう? 心が(すく)み上がるだろう? 皆そうなんだ! 誰だって痛いんだ!」

「うっせぇわ! 今取り込み中じゃボケェ! ちょっとだぁっとれや!」

「うわ……思春期の逆ギレ怖っ……」

 

ヘドロは人を大きく離れた異形だが、人の痛みというものが少しだけわかるようになっていた。

少女の身体を与えられてから1年足らずだが、折檻(せっかん)に全く躊躇(ちゅうちょ)がない二人の女に囲まれて、痛みは何度も思い知らされてきた。

だが、いまその痛みを受ける(いわ)れはない筈だった。

 

「でも先生負けない! 人は痛みや苦しみを知るからこそ、お互いを傷つけないよう努力できるのだ! 少女よ、君もこの痛みでそれに気が付いてくれ!」

「うわぁぁっ、来るなぁぁぁ!」

「マイト式生徒指導SMASH(スマッシュ)! 二連!」

「ぐがはぁっ!!」

 

オールマイトの拳が二度連続でマジアベーゼの横隔膜に突き刺さった。

なおこの技は一年後、校長直々に「絶対やるな」と厳命される当然完全イリーガルな体罰である。

 

横隔膜が裏返る激痛に、肺が無理やり押し上げられる激痛も同時に襲いかかり、ヘドロは意識が飛びそうになった。

 

「あああっ、痛い、クソ、どうなってやがる! ちくしょおおおっ!」

 

『マジアロートス、マジアロートス、聞こえますか、あなたのマジアベーゼです』

 

その時、ヘドロの脳内で聴き慣れた憎たらしい声が響いた。

 

『ようやく【寄生】にも慣れてきましたね。おかげで私の声を届けられるようになりました』

『やっぱりてめぇの仕業だな、ベーゼ! オレに何をした!』

『もう、私の話を聞かずに始めるほうが悪いんですよ』

『いいから早く説明しろぉ! ()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

ヘドロは時間を稼ぐために『支配』を発動し、周囲の瓦礫(がれき)を使い魔に変えた。

 

「かかれ!」

「むっ、例の『支配(ドミネイト)』か? こんなに早く操作できるのか!」

 

瓦礫(がれき)の塊は5メートル大の人形に変化し、オールマイトに襲いかかった。

 

『あなたの個性はもはやただの【寄生】ではありません。寄生した相手に完全に浸透し、【魔力】による力を与え、その力を増幅する能力があります』

『そうだ! お前の力は全部オレのモンだ! もう絶対返してやらないからな!』

『うふふ、それですよそれ。()()なんです』

『どういうことだ!』

『私は以前の【寄生】がどうだったか知りませんが、寄生した体への支配は、不完全だったのではありませんか?』

 

ヘドロはオールマイトに次々と使い魔を繰り出したが、ほとんど一撃で処理されてしまった。

 

「まだ近くに要救助者がいるかもしれないんだ、あまり物を壊すのはやめたまえ!」

「知るかよ!」

「うーん、まだまだ元気だな!」

 

ヘドロは飛び上がって逃げようとしたが、オールマイトが建物を垂直に駆け上がって回り込んできたので地面に引き返す。

そのまま転がりながら着地し、手で持てるサイズの瓦礫(がれき)(つか)んではオールマイトに投げ始めた。

 

ヘドロの内面に響くマジアベーゼの声がなにやら昂ってきた。

 

『今のあなたの【寄生】は完璧です。うふふ、もう感じてくれているのでしょう? 私の身体、わたしの【個性】、わたしの【魔力】、わたしの記憶、わたしのこころ、わたしの五感、わたしの傷、わたしの死。今、全てがあなたのものなんですよ。でも、おかげでちょっとデメリットもできちゃいましたね』

『ま、まさか……』

『乗っ取った体が受ける痛みとダメージはすべてあなたが肩代わりすることになります』

 

「クソじゃねぇか!」

 

ヘドロはあまりにもあんまりな仕打ちに思わず悲鳴が出た。

 

「指導パート2だ、物を粗末に扱わない!」

「ぎゃんっ!」

 

オールマイトのワンツーパンチが顔面に直撃した。

その超パワーで縦方向に二回転したマジアベーゼの体はそのままうつ伏せの姿勢で地面に激突した。

 

「うあああ、痛い、痛い、ちくしょおおお……」

 

ヘドロは足を震わせ、涙を流し、顔をこすりながら立ち上がった。

 

「えっ、君、それでノーダメってどういう事なの……」

「滅茶苦茶ダメージあるわボケェ!」

 

マジアベーゼの身体には擦り傷ひとつ出来ていなかった。

脳内のマジアベーゼも絶好調だった。

 

『ああ、聞き慣れたわたしの声で聞く、聞き慣れないあなたの苦痛の叫び……ここからしか摂取できない栄養素というものが確かに』

『あるわけねぇだろ! もう嫌だ! 助けてくれ!』

 

オールマイトが再び戦いの構えをとった。

 

「私は君を侮っていたようだ……その耐久力ならば、その戦いぶりは確かに脅威に値する。やはり全力で沈めさせてもらう」

「ヒィッ!!」

 

(そうだ、『寄生』を解除すれば……)

 

ヘドロは寄生した身体を手放して、自分だけ命乞いをしようと考えたが、できるはずの動きが出来なくなっていた。

 

『あ、寄生した相手の同意がないと解除(パージ)できないですよー』

『何の意味があるんだよそれ!』

『フルアーマーユニットってそういう感じでしょう?』

『それが本音だなテメェ!』

 

内面と外面の両方で四面楚歌に陥ったヘドロは心が折れた。

 

『頼む、ベーゼ、オレが悪かった! もう逆らわないからぁ! もう寄生を解除させてくれ!』

『あと一発耐えてください♪』

『その一発で死にそうなんだよぉぉぉ!』

 

オールマイトが今までにない速度で踏み込んできた。

マジアベーゼの動体視力はそれを捉えていたが、動揺するヘドロは反応が遅れてしまった。

 

「行くぞ少女、歯ァ食いしばれ!」

「うわあああっ! やめてやめて降参」

 

オールマイトの全身の筋肉が隆起し、その必殺の一撃が放たれる。

それはただの右ストレート。

最強の男が放つ、最悪の初見殺し。

 

DETROIT SMASH(デトロイト・スマッシュ)!!」

 

「ア゛ッ」

 

ヘドロの脳がこれ以上の痛みを拒否し、意識と共にその処理を手放した。

 

『はい、よくできました』

 

意識を失う瞬間に聞こえたその声は、生まれた直後に一度だけ聞いた、母親の声に似ている気がした。

 

 

 

──やったか。

 

オールマイトは振り抜いた右腕を元に戻した。

あまりにも強い踏み込みで、海岸を埋め立てたコンクリートの大地は割れ、一部が大きく陥没してしまっていた。

 

(後でセメントスに頭を下げよう。まずは救助活動だ)

 

オールマイトはまだ燃えている建物の方を向いた。

 

すると、目の前に、本当に目の前に、先ほど殴り飛ばしたはずの少女が立っていた。

オールマイトは戦いの場で(ヴィラン)相手にその距離を許したことは一度もなかった。

 

少女は当たり前のように無傷だった。

 

「は、はじめまして、ですかね、オールマイト」

 

その少女は緊張しながら、はにかみながら自己紹介をした。

 

「いつも応援しています。わたしは悪の女幹部、マジアベーゼです」

 




※クロスオーバー開幕!
※四話は残り三回になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。