デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※後半に残酷な描写があります。




第四話 オールマイトvsヘドロヴィラン(5)

「オールマイト……本物……本物だぁ……生だとやっぱり画風が全然違う!!」

「ち、近い、近いぞ少女! 私、今汗かいてるから……」

「あっ、す……すみません……!」

 

オールマイト目線だと胸筋で顔が見えなくなりそうな程に接近していた少女は、慌てて後ろに下がった。

 

オールマイトはその少女の顔を見て一瞬、逃げ遅れた市民の一人だと勘違いした。

だが、その下の破廉恥なコスチュームを確認してやっぱりさっき殴ったばかりの(ヴィラン)だと識別した。

 

(いや、同じコスチュームの別人か? いや、そんなまさか)

 

そう迷ってしてしまう程にその少女、(ヴィラン)、マジアベーゼの顔はなんというか平和的だった。

困惑したときこそ声を出す、話をするのが鉄則だ。声帯は心の加湿器であり乾燥機である。

 

「HAHAHA! どうしたんだいマジアベーゼ! 随分と人が変わったじゃないか? お灸が効きすぎたかな?」

「あっ……その、えっと」

 

オールマイトの思考はこの違和感を、『個性』による何らかの幻覚を受けたと推測した。

しかし、彼の長年の経験が育てた無敵の戦闘感覚はそれを否定する。

むしろ、この感覚は少女を見てこう訴えてくるのだった。

これは危険だ、戦えと。

 

オールマイトはその感覚に従い、少女を(ヴィラン)と認めてにらみ直した。

 

「なるほど、そっちが『本性』ってことでいいな? 悪の女幹部よ」

「えっあっ……は、はい!」

 

マジアベーゼはぱぁっと笑顔になり肯定した。

 

(つまり……少女は二重人格!)

 

ほぼ正解に近いものの天然な結論に至ったオールマイトは戦闘姿勢を取り直した。

身体の向きは正面、息を吸い込み、上半身の魅せ筋を膨らませ、両腕を上げて拳を頭の横で固め、そして新鮮なスマイルにアップデート。

 

「第二ラウンドでいいかな? それともギブアップするかい?」

「いえ、殴り合いでは無理だとわからせていただきましたので」

 

少女は朗らかな表情のままオールマイトの戦意を受け止めた。

胸の前で握っていた両手を離し、左右に広げる。

スッとその右手に滑り込むように、先端が星形をした鞭が現れた。

 

「ゲームを変えましょう」

 

鞭が振るわれると、二人の周囲に四つの黒い穴が空いた。

その中からゆっくりと凶暴そうな顔面をした灰色の巨人が浮かび上がる。

 

「オーケー!」

 

オールマイトはすぐさま飛び出し、その四体が全身を見せる前に顔面を殴って穴の中に(たた)き返した。

苦悶(くもん)と、少しだけ寂しそうな叫びと共に黒い穴が閉じていく。

 

「モグラ(たた)きってことでいいな!?」

「ああっ、今の子達、デザインと設定結構頑張ったのに……」

 

残念そうな顔をするマジアベーゼの懐に飛び込み、先ほどやった横隔膜への二撃を撃ち込もうとしたが、その少女は頭からどろりと溶けた。

打ち込んだ拳が覚えた感触は溶けた(ろう)

 

(デコイ)!?)

 

拳についた(ろう)を払い落としながらオールマイトが振り向くと案の定、鞭を振りかぶった少女の姿が。

後の先を取ってその(ほお)に裏拳を入れると、こちらもまたどろりと溶け落ちた。

 

地面から溶けた(ろう)がいくつも湧き上がり、薄い蒸気を上げながら人の形を成していく。

その向こうの地面に先ほどより小さな黒い穴が数十箇所現れ、そこから何かが這い出そうとしていた。

 

(物量か、らしくなってきたじゃないか)

 

(ろう)人形達はマジアベーゼの姿に変わり、一斉に飛びかかってきた。

 

「この程度! 待ってやったのはこのためだ!」

 

殺到する人形をワンステップで引き離し、オールマイトは空中で拳を振り抜いた。

 

TEXAS SMASH(テキサス・スマッシュ)!!」

 

拳から生まれた風圧が渦を巻き暴風に変わっていく。

その猛威に負けた(ろう)人形が崩れながら吹き飛ばされた。

崩れずに残ったマジアベーゼ本人もまた吹き飛ばされながら、ニコニコと上を指差すのが見えた。

 

オールマイトが見上げると、曇天(どんてん)を背景に巨大な黒い穴が生まれ、そこからゆっくりと灰色の巨岩が顔を出していた。

穴は直径およそ30メートル、それを窮屈そうに潜り抜けようとする岩。

それが地面に落下すれば建物も押し潰されるかもしれない。

まだ要救助者がいるかもしれない建物を。

 

「いやまた急に難易度上げてきたな!」

 

地上からは数十体の犬とも猫ともつかない四足歩行の獣が殺到する。

 

(『支配』『増強』『超反応』『転移もしくは召喚』……)

 

空に向かって跳躍しようとするオールマイトを押さえ込むようにマジアベーゼが頭上から飛来した。

 

(そんでもって『飛行』!)

 

予想外の動きに面食らい、わずかに反応が遅れた。

その隙に獣が飛び込み、(すね)(かかと)(かじ)り付いてきた。

マジアベーゼは全身を大きくしならせて両手を振りかぶり、オールマイトの両肩に手刀を(たた)き込んだ。

 

「ぬん!」

 

オールマイトは両拳を胸の前でかち合わせ、盛り上がった僧帽筋(そうぼうきん)で手刀を弾き返した。

そのまま腕を十字に組み、弾かれ着地する少女に向かって踏み込み、組んだ腕を解放する。

 

CAROLINA SMASH(カロライナ・スマッシュ)!」

「うぐぅっ!!」

 

両手の手刀が振り抜かれ、マジアベーゼの右脇腹から左肩に向かってひとすじの真っ赤な打撲痕ができた。

その余波に巻き込まれた獣達がバラバラになり、土くれに戻っていく。

 

(ようやく一撃入った! だがこの『頑丈』さよ!)

 

少女本人は健在だが、そのギリギリのコスチュームは手刀が通過した部分から綻び破れ始め、際どいところがさらに瀬戸際になっている。

老紳士の顔面が、背後に集中線が走りそうなくらい強張った。

 

(平和の象徴としてはもっとしっかりしたコスチュームを着てほしい!)

 

衣装のはだけた少女は脇腹を押さえ、大きく息を吐いた。

 

「はぁ……届かない……もうふた手間くらいかな……」

「君、『個性』は本当に『支配』だけか? 随分と物理法則をぶっとばすじゃないか?」

「ええと、たぶんそうです?」

「『個性』診断受けてきなさい!」

「あっ、待って!」

 

オールマイトは少女が質問に答えている隙に思い切り跳躍した。

納品物(デリバリー)(たた)き返す為に頭上の大穴へと向かう。

それを追ってマジアベーゼも飛び上がった。

 

(空中戦は久しぶりだ!)

 

問題なく倒せる感触ではあった。

先ほどよりパワーだけでなくスピードも落ちているようだ。

しかし厄介さは三倍増しになっていた。

 

「複合『個性』か……思い出したくもない(ツラ)がチラつくぜ!」

 

 

 

「──結局、あんたらは何がしたいんだ?」

 

ホークスは『剛翼』を駆使し、火災現場の全域で避難および救助活動をほぼ完了させていた。

あとは火を消すのと、()()()()被害者が残っていないか、人海戦術で探していくしかない。

13号の読み通り、(わな)と狙撃に追い込まれ、身動きが取れなかったヒーローと消防隊がすでに行動を再開していた。

 

幸い、判明している限りで死傷者はゼロである。

しかし重症者は二十名を超えていた。

 

その全員が目の前の女に撃ち抜かれていた。

特に13号は意識不明の重体だ。

 

「どうして、13号さんを撃ったんだ……」

 

現場からわずかに離れた場所にある、雑木林と呼ぶにもささやかな範囲で広葉樹が生い茂る一角。

レディ・ナガンはオールマイトの手で自慢の『ライフル』を破壊され、ロープで木に縛りつけられていた。

木に登っていて、そこから転落したのか、全身は擦り傷だらけで、髪や服には木の枝葉が引っかかっていた。

 

その女はぼんやりとした表情で話し始めた。

 

示威行為(デモンストレーション)だ。勝とうが負けようがオールマイトに対抗しうる組織が存在することを社会に示す」

「対抗どころか、今まさに壊滅しそうですがね?」

「ま、これはヴェナリータの目的に過ぎない。あいつの見積もりがどこかズレてるのはいつものことだ。()()がいなくてもあいつは動き続けるだろう」

「そいつが黒幕ですか?」

「どうだろうな。皆ひと(かたまり)になってはいるが、目的はてんでバラバラだった」

 

下を向いて(せき)をした後、レディ・ナガンは話を続けた。

 

「ヴェナリータ。あいつは基本ただの暇つぶしだ。なるべく人任せにして、悪の組織とか世界征服とか、そういった企み事をするのが大好きな性格(タチ)だが、本音はよくわからねぇな」

「『認識阻害』はそいつですね?」

「そうだ。ヤツは『結界』と呼んでいたが、そっちの方が分かり易いな。マジアロートス。あれは根っからの悪党だ。あれは底辺でしか生きられねぇ奴だな。今日騒いだのもどうせくだらねぇ目先の要求なんだろう。顔は可愛いのに残念なヤツだよ」

「また知らない名前が出てきた。後で詳しく吐いてもらいますよ」

 

ホークスの横槍を無視して、女はうわごとのように話し続ける。

 

「マジアベーゼ。黒幕かと言われたら否定したいところだが、()()はあの子だよ。いてもいいし、いなくても別にいい。けれど、あの子がいるから皆ここにいる。そういうヤツさ」

「……悪のカリスマ」

「はは、それも大袈裟だなぁ。ヒーローを好きで好きで仕方がなくてメチャクチャに虐めたい。そういうミーハーな普通の女の子だよ」

「そいつが一番いかれてるように聞こえますが……」

 

「そしてレディ・ナガンだ。今日のこれを計画したのは私だよ」

「……先輩、何言ってるんですか」

 

言葉とは裏腹に、ホークスは疑念を深めていた。

 

思えば、この女の行動はずっとちぐはぐだった。

こちらに決定的な情報を提供してくれもするが、街中でも平気で発砲する。

会って話してみれば熟年のヒーローのように頼もしく振る舞うのに、裏社会での評判はコミックに出てきそうな程に恐れられた地獄の殺し屋。

 

「ベーゼが言ったのさ。私達は転がる岩、なんだとよ」

 

高潮する声とは逆に、レディ・ナガンの顔色はどんどん悪くなっていた。

 

「誰だって平和に生きたい。後ろめたさを持たずに、正しくありたいさ。けど、そうするとどうしたって鬱屈は溜め込んでしまうものだよな」

 

(様子がおかしい……)

 

ホークスは密かに『剛翼』の展開を始めた。

 

「マメに片付ける余裕なんてなくてさ、みんな積み重ね過ぎて岩みてぇになっちまってんだよ」

 

女はホークスの方を爽やかな笑顔で見た。

 

「だから、今日は、本当に挨拶に来ただけなんだ。よう、元気か、気分はどうだい、みんな憂鬱して(ためこんで)ないか? ってな」

 

女が笑顔でべっ、と舌を出した。

その先端が赤、紫を通り越して黒く染まっていた。

 

ホークスはヒーロー公安委員会からの情報共有で、かつて世に出回った、その無認可薬の()()を覚えていた。

 

個性改善薬(トリガー)!?)

 

銃声と共に、レディ・ナガンを縛っていた木が根本から折れ、彼女は拘束を脱出した。

その右腕の『ライフル』は、オールマイトに破壊されたはずの銃身を半ばまで取り戻していた。

 

「私は()()()()を覚えたのさ」

 

レディ・ナガンはふらふらと立ち上がった。

 

「まさか……」

 

ホークスの『剛翼』は即座に全方位からの攻撃体制を整えた。

 

(ヴィラン)支配(ドミネイト)』を殺す。十年来の標的(ターゲット)だ。隙は少ないが絶対に諦めない。ヒーロー『レディ・ナガン』として」

「悪の象徴『マジアベーゼ』を守る。ハリボテの平和がブッ転がるその日まで。流れの殺し屋『レディ・ナガン』として」

 

その銃口がホークスに向けられた。

ホークスはその銃口よりも、その殺意の視線に戦慄していた。

 

「どっちが先に()()()()()のか競争してんのさ……」

壊れ(ぱげ)ちまったんか……」

 

 

 

──空は、泳げる。

 

どこぞの国のNo.1に憤慨されそうなフレーズだが、最高速度だけなら余裕で音速に到達するオールマイトにとって、空気とは粘り気のあるものであり、空力は心強い味方だった。

 

二本の触覚のような前髪を揺らして、オールマイトが飛ぶ。

 

「ウソ! どうして追い付けないの!?」

「HAHAHA! 推力に頼るな、空力を活かせってね!」

 

オールマイトが反転し、拳を振りかぶった。

 

「うわぁっ!?」

 

背後に追従していたマジアベーゼがその意図を察し、慌てて方向を変える。

 

New Hampshire SMASH(ニューハンプシャー・スマッシュ)!!」

 

拳から新たな推力を得てオールマイトは一気に上昇し、空からこぼれ落ちようとしている大岩に到達した。

その灰色の表面は岩らしくごつごつとしているが、その形状は全体的に見れば人工的だった。

 

「よし、間に合ったな!」

 

球体に例えるならまもなく半球を露出しそうなところだが、まだ重力に引かれるには引っかかりがあるらしく、黒い穴の中からゆっくりと移動を続けている。

オールマイトは上昇の勢いをそのままに、ぐぐっと右腕を振りかぶった。

 

「悪いがこいつはキャンセルだ! 私が返しておくので送料は勘弁な!」

「うわーん、待ってくださーい!」

「本日二度目の大っサービス!」

 

岩の中心に全力の拳を(たた)き込む。

 

DETROIT SMASH(デトロイト・スマッシュ)!!」

 

拳が岩にぶつかった瞬間、岩はべこんと大きく陥没し、一瞬遅れて岩全体に亀裂が走った。

大岩は形を崩しながら黒い穴の向こうへと逆走し、その後一気に砕け散った。

 

そして、その中から爆炎と共に無数の黒い飛行物体が飛び出した。

 

「何っ!」

 

それらは空中のオールマイトを避けながら高速で通り過ぎていく。

ぞれぞれがひと抱えほどの大きさをしており、三角錐型で虫の胴体を思わせる形状をした鋼鉄の機械だった。

彼にはそれがラジコン飛行機の群れに見えた。

 

「うあああやっちまったぁー!」

 

その様子を見ていたマジアベーゼが頭を抱えて涙目になった。

 

「もう三割近くやられちゃったぁぁ! 毎日三体ずつ半年かけてコツコツ用意したのにぃ〜!」

「何だと!?」

 

見れば、黒い穴から、空を覆う渡り鳥の群れのような数がごっそりと飛び出していた。

オールマイトに殴られた影響を受けているようで、群れの中からはときおり爆発が起こり、それに巻き込まれて数体が脱落していく。

秒と経たず地面と激突したそれらの機体は小規模な爆発を起こして炎と破片を撒き散らした。

 

(『支配(ドミネイト)』! 放置すればするほど、資源の限り戦力を増していくというのか!)

 

オールマイトはこの瞬間、この(ヴィラン)が「組織(エノルミータ)」を名乗る理由を理解し、そして個性『支配(ドミネイト)』を最大級の脅威として認識した。

 

落下しながらマジアベーゼに向かって叫ぶ。

 

「戦争でもやる気か! マジアベーゼ!」

「あなたを追い込むには、これくらいは必要だと知っていますから。空中で遅れを取ったのは想定外ですが……リサーチ不足でした」

 

そう答えた少女はゆっくりと腕を上げてオールマイトを指差した。

 

『モスキート全機、目標オールマイト(アルファ)

 

その声に反応し、バラバラに飛んでいた機械の群れがいくつかの編隊に別れて整然と並んでいく。

 

「わたしの方はこれで打ち止めです。後は死力を尽くして挑みます」

 

マジアベーゼは鞭を取り出して身構えた。

 

「ちなみにあの使い魔たちはわたしが倒れたら適当に飛び回ったあと自爆しますので、わたしより先に倒すことをお勧めします」

「そいつはさすがにCrapGame(クソゲー)だと抗議するぜ!」

 

言葉とは逆に、オールマイトはその顔を笑顔と戦意で溢れさせた。

平和の象徴として、礎として、柱として、絶対に避けられない戦いだと覚悟を決めた。

強固な意思が込められた青白く光るその瞳に、マジアベーゼは思わず(ひる)み、その後満面の笑顔になった。

 

「行きます」

「いくらでも来い!」

 

 

──このラウンドにおけるオールマイトの敗因は、地上への被害を避けるために空中戦を選んだことだった。

 

そしてマジアベーゼに従う『使い魔』達が『個性』の理を超えた存在だと知らなかった。

 

TEXAS SMASH(テキサス・スマッシュ)!!」

 

使い魔の一体を踏み台にしてオールマイトが放った拳の風圧は、それを真正面から受けた二体を爆発させた。

しかし、残りは余波を避けて散開した後、すぐに隊列を組み直して飛来してきた。

 

戦闘再開から三分が経過したが、オールマイトは自身を取り囲む三百機の群れを一割も削れていなかった。

 

その『使い魔』達は巧みに主の攻撃を支援した。

自機の余計な損耗を回避する。

『使い魔』同士で連携する。

それが有効であれば身を呈し、もしくは僚機を盾にし、主すらも盾にした。

 

(中に人でも入っているのか!)

 

そしてそれらをかい潜ろうとしたところでマジアベーゼがするりと懐に入り込み、その鞭を振るうのだった。

 

「届いて!」

「なんのっ!」

 

鞭はオールマイトの右肩を強く打ち据えたが、彼の体に傷はできなかった。

 

世界最高の英雄、オールマイトが着るコスチュームの性能もまた世界最高である。

そのボディスーツはオールマイトの腕力を以てしても容易には破損せず、彼の筋肉を活かした鉄壁の防御をサポートし、皮膚に到達しようとするあらゆるダメージを軽減する性能があった。

マジアベーゼはまだスーツの性能を超えて彼に傷を与えることができていなかった。

 

(サンキュー、デイブ!)

 

オールマイトはスーツの開発者の名に感謝を捧げながら反撃の拳を突き出した。

 

SMASH(スマッシュ)!」

「がっ! ぐうぅぅ!」

 

その拳をマジアベーゼは両腕で防御したが、それでも衝撃に耐えかねて悲鳴をあげる。

腕がしびれ、握っていた鞭を取り落とした。

 

「ダメだ、わかってたけどスーツまで完璧だ! ほんの少し届けばいいだけなのに!」

「諦めろ、マジアベーゼ! 君の防御のカラクリはもう解った! 加減はできん、直撃すれば死ぬ可能性もあるぞ!」

 

この空中戦で少女を何度も殴ったことで、オールマイトはその極端な打たれ強さの仕組みを見切っていた。

 

確かに体も頑丈だが、これは少なくともそういう『個性』ということであれば常識の範囲内だ。

その秘密は動体視力と飛行能力にあった。

おそらく少女の瞳にはこちらの動きがコマ送りのようにはっきりと見えているのだろう。

その類稀な動体視力で攻撃を捉え、その飛行能力で反射的に三次元での回避運動をすることで、避けられないまでも確実に衝撃(インパクト)をずらしているのだった。

 

「……いいえ、まだです!」

「……ならばやむを得ん!」

 

マジアベーゼの戦意は衰えていなかった。

オールマイトはそれを認めて己の拳がもたらす最悪の結果を背負う覚悟を決めた。

そして覚悟を決めれば行動は早かった。

 

DETROIT SMASH(デトロイト・スマッシュ)!!」

「ああ、それでこそ! お願い! 届いて!」

 

オールマイトの選択を確信していたかのように、マジアベーゼはそれをぴったりと合わせた。

スーツにも、そして筋肉にも守られていない場所。

ほんの爪の先程度でもこの手で傷をつけられそうな場所。

その右ストレートの拳に向かって、左手での貫手を合わせた。

 

当然のようにマジアベーゼの左腕は力負けし、肘の関節が逆に曲がり、肩が外れた。

そして、その中指の爪が()がれ、オールマイトの右拳に刺さっていた。

 

「届いた! いけっ、『寄生分体』!!」

 

その声と共に、その爪は紫色の粘液に変わり、オールマイトの皮下へと潜り込んだ。

オールマイトの右腕に激痛が走った。

 

「ぐっ!? 毒か?」

 

オールマイトは予期せぬ痛みに動揺しながらも残心を解くことなく元いた海岸に着地した。

 

痛痛痛(い゙い゙い゙)ーっ!!」

 

マジアベーゼは腕を破壊された激痛により、声にならない悲鳴をあげながら海に転落した。

 

「痛みが引いた……いかん、少女を回収せねば」

 

右拳は中指と薬指の間に小さな切り傷ができていたが、痛みもなくなり、経験上起きそうな毒の自覚症状も全く無かった。

オールマイトは念の為、毒を想定して右腕を圧迫しながら海の方を探し始めた。

 

その横で、大鍋の水をぶちまけたような音と共に、ずぶ濡れになったマジアベーゼが現れた。

 

「やはり『転移』か……便利そうだな」

 

左腕の激痛に耐えているのだろう。

右手で左肩を押さえ、歯を食いしばり、呼吸は荒れ、膝立ちで震えている。

 

「もう……いいんじゃないか?」

 

オールマイトは居たたまれないような気持ちになり、そう尋ねながら、半身の姿勢は崩さなかった。

頭上ではまだ使い魔の群れが旋回している。

今は主の様子を伺っているようだが、彼はいつでもそれを迎撃できるように身構えていた。

 

「呼吸器半壊」

「!?」

 

マジアベーゼが立ち上がった。

 

「胃全摘出、軽度膵炎(すいえん)、食道炎」

「なぜそれを……」

「なぜ、そこまでして戦うのですか?」

 

少女は泣いていた。

男の眼を真っ直ぐ見つめながら泣いていた。

 

「平和の象徴とは、そこまでして守らないといけないものなんですか?」

 

オールマイトは彼女の涙が自分の惨状に対する悲憤だと気がついた。

 

「それは、私の原点(オリジン)さ。皆が笑って暮らせる世の中にしたい。そう人を想って立ったことではある。でもこれはだれの為でもない。私の為に必要なんだよ」

「ぐすっ……」

「私がオールマイトであるために必要なのさ」

「ぐすっ……でも……それなら、ひとりでやらなくてもいいじゃないですか……」

 

嗚咽(おえつ)するマジアベーゼを目の前で見ながら、オールマイトは緊張の糸を切れないでいた。

結果として、それを選ばせた四十年の経験が彼の未来を(つな)ぎ止めた。

 

「一人じゃないさ。私はいつだって皆の応援に支えられて……」

 

『う そ を つ く な』

 

突然、マジアベーゼの口調が変わった。

 

『あなたはひとりです。何者も寄せ付けていない』

「そんなことはない」

『ならばなぜ、あのサイドキックとのバディを解消したのですか』

「……」

『なぜ、奥さんや子どもをお作りにならなかったのですか』

「それは……無理だろ」

『確かに、狙われたかもしれません。でも他人なんて、いくらでも消費すればよかったんです』

「さすがに怒るぞ」

 

オールマイトの原点(オリジン)()()()()()を倒すために築いたものだから。

 

『言い方が悪いかもしれません。けれども、それでもいいからと、あなたに手を伸ばした方々がいたはずですよ』

「確かに、いた。いてくれた」

『まだエンデヴァーの方がちゃんとやってます』

「……」

 

さすがにそこはノーコメントだった。

 

『あなたは、ひとりなんですよ』

「それでも、私はひとりではない!」

 

マジアベーゼは顔を逸らした。

 

『ええ、そうですね。議論をしたいのではありません、確認がしたいのです』

 

話を続ける間にも、マジアベーゼの容姿がどんどん変わっていた。

 

『理由がありますね?』

「根拠なんてないさ……」

『ある』

 

肩にかかる程度だった紫色の髪は腰の下まで伸びていた。

前方に小さく巻いていた角は顔よりも長く伸び、天に屹立(きつりつ)していた。

 

『誰にも承認されなくとも』

『誰とも交わらなくとも』

 

傷ついた肌の上にいくつもの黒い星が浮かび上がっては消えていた。

 

『その志が、血の献身が、永遠に純粋であると、確信できる何かがありますね? あるんですね?』

『人が、苦しみもがいてようやくそうかもしれない、と見出すものを、すでにお持ちなんですね?』

 

オールマイトは絶句した。

それは、彼が命を賭して、何を引き換えにしてでも絶対に守らなければならないものを暴こうとしていた。

 

『あなたは()()()()()()()のですね?』

 

マジアベーゼはオールマイトを()()で指差した。

 

()()をください』

「あげられないよ」

 

オールマイトは笑顔を戻しながら、少し嘆息した。

その左手が修復されているのを見て、少し安心した。

 

「『再生』か。それにいよいよ言動までダブってきたぞ。『オール・フォー・ワン』を知っているか?」

『御伽話の怪物ですよね?』

「……ちょっと思っただけさ。きっとそいつだけじゃなく、これから何度でも現れるモンなんだろうなって」

 

なればこそ、この道でよかった。

この生き方でいいんだ。

オールマイトは再び拳を握った。

 

「まだやる気だろう? 今度こそ終わりにしよう」

「いいえ、もう終わりそうです」

「?」

『寄生分体・神喰らい』

「ぐっ!?」

 

オールマイトの身体に再び激痛が走る。

今度は腕だけではなく全身だった。

歯を食いしばり、脂汗を流しながら、マジアベーゼを見る。

 

「何だ、これは!?」

「……ありがとう、ロートス。ここまで辿り着けたのは、あなたのおかげです」

 

オールマイトの全身から蒸気が吹き出し始めた。

内面に満ちるエネルギーが急速に失われていくのを感じる。

 

(馬鹿な! 活動限界までまだ一時間以上……)

 

「さあ、ロートス、あなたの技をもうひとつお借りしますよ」

 

マジアベーゼの背中から、髪の先端から、紫色の流動体が渦を巻いて膨張し、巨大な腕の形を成した。

 

「ぬうっ……」

 

オールマイトは痛みをこらえて飛び出した。

しかし抜けていく力に踏み込みは浅く、それは一歩遅れてしまった。

 

「ヘドロスマッシュ」

 

結果、オールマイトの拳は届かず、マジアベーゼの偽物の拳が彼の上半身に打ち込まれた。

オールマイトは真っ直ぐ海に向かって飛ばされ、海面で三度バウンドした後、大きな水飛沫を上げて海中に落下した。

 

『ただ純粋であればいいと言うのなら、造花でもいいではないか』

 

『オールマイト。これで立てないというのなら、あなたはもう休んでください』

 

『その()はわたしが貰い受ける』

 




※ベーゼ様がヘドロ技を使える理由:
(地味に物語中盤の伏線)まだ寄生が解けてないヘドロを支配して使ってます。ベーゼのダメージを肩代わりするヘドロのダメージを逆身代わりで分散するというどっかのハクスラのビルドみたいな状態でベーゼ様は頑張ってます。
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