「あこがれるなぁ。私もあんなふうになれたら……」
今日は小学校の卒業式。
式典が終わり、卒業生は校舎の周りで両親と記念写真を撮ったり、友達と語り合ったりしている時分だった。
今年はちょうど桜も満開で、白とピンクの花びらが少し強い風に吹かれて宙を舞い、生徒達の思い出に色を添えている。
うてなも在学中に務め上げた美化委員の最後の仕事として、顧問の先生と語らいながら、花壇の手入れをしていた。
「柊さんも将来ヒーローになりたいの?」
「ううん、自分がなるのはちょっと違うような気がするんですけど……」
顧問の先生の問いに、少女ははにかみながら答える。
恥ずかしがりで人見知りするうてなだが、顧問の先生はそんなうてなに何ヶ月も根気強く声をかけてくれた。
うてなが最低限のコミュニケーション能力を獲得できたのは確実に先生のおかげだった。
「卒業式で、『将来ヒーローになります』って言ってるひとがいて、なんかいいなぁ、って」
節目の日だからなのか、いつになく興奮している少女。
顧問の先生は彼女本来の性格を見据えて、やんわりと向き不向きがあることを伝える。
「ヒーローを側で支える、裏方専門のお仕事もいろいろあるのよ。柊さんならサポート科か経営科がいいかもねぇ」
「そんなのもあるんですか?」
「私は経営科が向いてると思うんだけど、それだともうちょっとお勉強できるようにならないとダメかもしれないね?」
「えへへ……」
そんな教師と生徒の朗らかな会話に割り込む、無粋な黒い影がいた。
「なってみるかい? ヒーローに」
それは小さな小動物のような容貌で、ふわふわと宙に浮かんでいた。
表面的に見れば濡羽色の生地に金糸で星形の
だがもう少し見ればそういう布を被っているだけだとわかる、見るからに怪しい生き物だった。
その生き物にとっては無害を装い、無知で警戒心の薄い少女に努力不要の
しかしこの時は想定外の、しかし
「えっ……変質者!?」
「ひぇっ!?」
二人がずささー、と変質者から距離を取る。
「ひどいなあ」
変質者は人形じみた動きで困惑のポーズをした。
「柊さん私の後ろに!!」
「せっ、先生!」
真剣な表情でうてなを庇い、両手を構える顧問の先生。
変質者はあわてて、萌え袖のような両手を広げて釈明する。
「大丈夫だよ、こんなに可愛い無害なマスコットだよ?」
「子どもに近づく低身長の異形はみんなそう言うんだよォッ! 食らえ筋肉大旋風!」
「うわあ」
顧問の先生の個性は『旋風』。
筋力に応じて腕から強風を巻き起こすエアダスターいらずの能力だ。
職業柄、ときにはこのように敷地内に入ってくる変質者と修羅場になる場合があり、彼女は日々の筋トレを欠かしていなかった。
桜の花びらを盛大に巻き上げながら20メートル近く吹き飛ばされた黒い変質者はぽてりと地面に落ちた。
周りの卒業生やその保護者達も騒ぎに気づいて遠巻きに眺めている。
「こんな日なのにごめんなさいね、柊さん。先生あの変質者を警察に突き出してくるから、親御さんのところに行ってちょうだい」
「あの……先生……」
うてなが顧問の先生の袖を引き、おずおずと黒い変質者を指差す。
土で汚れたその手には、卒業生の保護者が胸ポケットに収める赤い花が握られていた。
「ごめんなさい……あれ……おじさん? なんです」
「あらま」
十数分後。
うてなと黒い変質者のおじさんは並んで帰路に就いていた。
ふよふよと浮かぶおじさんの頭頂部には赤い花が突き刺さっている。
不幸な事故を謝罪した顧問の先生による渾身の三秒コーデであった。
「いやあ、異形への当たりがきついよね。ネットで把握してたつもりだったけど、想像以上だったよ」
「……」
「挨拶がまだだったね。
「柊うてな、です」
「──確認しておこうか。柊うてな。君は『転生』したのかな? それとも魔法で『
「え……?」
ヴェナリータを名乗る黒い異形の変質者おじさんの質問に、うてなは窮した。
率直に、何を聞かれているのかよくわからなかったのだ。
困惑するうてなの瞳をのぞき込むような姿勢で、ヴェナリータは言葉を続ける。
「演技じゃなさそうだね……へんなこと聞いてごめんね」
ヴェナリータはへにょりと垂れ下がるように頭を下げた。
うてなはよくわからないまま首を振る。
「ボクとしても
「……?」
「年齢が違うだけで、名前に顔つき、素養まで同じ……転生したけど記憶がない、もしくはパラレルワールドの同一人物といったところか……」
「……あの?」
「まあボクの事情はおいおい話すよ。それよりなおさら聞いてみたいかな」
ヴェナリータがこてり、と首を傾げる。
「
「……!」
「ボクみたいな変質者を? あんないい先生を
「えぅ……」
うてなの表情に影が差す。いまさらながら罪悪感に苛まれているようだ。
うてなにとってヴェナリータは初対面だった。
ヴェナリータの言葉に興味を引かれ、とっさに保護者だと偽ってしまったのだ。
初見で変質者と判定した顧問の先生が正しかったのである。
うしろめたい行為をしてしまったという自覚がうてなにもあった。
ヴェナリータは内心ほくそ笑みながら、さらに問い詰める。
導入は変則的だったが、これは少女を
次の次の台詞まで準備済みだ。
「うてな、キミは悪い子だね……そんなにしてまで、ボクにナニをして欲しいのかな?」
完全に少女を食い物にするド変態の台詞だった。
うてなは、にへら、と笑顔を作り、初めて言葉を発する。
「……あの、ヒーローになれるって、ほんとうですか?」
ヴェナリータは大仰に両手を広げてそれに答えた。
「大丈夫さ。君には選ばれし力がある」
緑谷出久は自転車を漕いでいた。
小学校指定のヘルメットを被り、その体格に合った小さなリュックサックを背負って。
首にはベルトで
わずかに汗ばむその
小学校の卒業式の日、桜の木の枝を折ろうとした
「うるせぇ! 無個性の
「誰が出しゃばるとか関係ないじゃないか! いいからやめろよ!」
その喧嘩は衆人環視の状況だったこともあり、それなりの騒ぎにはなった。
しかし、その日は卒業式ということもあり、そして当事者とその親御さんが全員ご近所の知人同士だったこともあり、その場はなあなあに済まされてしまった。
勝己本人については、母親からあれで自尊心が保たれているのが信じられない程の過剰な
本人から謝罪の言葉は出なかったし、出久の母親も勝己の母親の謝罪を受け入れ、勝己には何も言わなかった。
それで片がついてしまったことに、出久はどうにも納得がいかず、苛ついていたのだった。
そもそも個性を使って悪いことをしたらいけないのではないのか。
無個性と個性持ちが喧嘩をしたら、無個性が怪我をするのは当たり前ということか。
ルールはルールを守るために存在するのではないということも、どれだけ平等を
そんな折に、アメリカに単身赴任中の父親から卒業記念のプレゼントが届いた。
それは最新型のデジタルカメラだった。
初めて自分のものとして手に入れたカメラ──それは子ども向けの玩具とは一線を画する
このカメラで綺麗な景色でも撮影すれば、気分も晴れるだろう。
そう思った出久は自分の住む街からひとつ山に近い隣街へと漕ぎだした。
なんだか無性に、自分を知っている人が誰もいないような場所に行きたかった。
卒業したばかりの小学生の狭い行動範囲の中で、自転車で行って帰って来られる一番遠い場所を選んだ。
天候は晴天。
天は高く、青空にわずかな雲が流れる。
風を受ければ冷たく、日差しを浴びれば暑く。
絶好の行楽日和に出久の気持ちは尻上がりに高揚していく。
目的地まではまだ遠い。
けれども昼までには辿り着きたい。
なぜならお弁当を作ってもらっていないから!
「うおーっ! ◯×市に、私がきたーっ!」
出久は遅まきながら春休みの開放感を覚え、ペダルを漕ぐ足に力を込めた。
──結果を先に記すと、彼はこの日、ヒーローへの道を自ら閉ざすことになった。
顧問の先生:
名前は
Q .うてなちゃんの親御さんはどうしたの?
A .本作世界のうてなちゃんは既に個性 『