デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※いまさらですが独自解釈盛り盛りです


第四話 オールマイトvsヘドロヴィラン(6)

『人を助けるってことは、つまり、その人は怖い思いをしたってことだ』

 

本当に助けが必要な人ほど、自ら救いを求めることまで恐れるようになる。

 

もうこれ以上失敗したくないから。

これ以上裏切られたくないから。

傷つくのはもういい、でもこれ以上傷つけたくないから。

ここからもっと惨めになってしまうくらいなら、もう助かりたくないと。

 

人は行き詰まってしまえば、弱り切ってしまえば、助けを求める行為にすら命懸けの勇気を必要とするようになるのだ。

 

『命だけじゃなく、心も助けてこそ真のヒーローだと私は思う』

 

古今、英雄、もしくは救世主と呼ばれる者達はそんな人々を漏れ無く救う方法を探し求めた。

 

 

「──ここは……」

 

気がつくと、オールマイトは立ち昇る黒煙で満ちた空の中にいた。

 

「懐かしい……」

 

この黒煙は、オールマイト以上の世代、特に都市部で生まれ育った人々にとっての原風景だった。

街を見渡せば、いつもその煙がゆっくりと昇り、空に消えていた。

 

炭素を含む物体が不完全燃焼することにより生じる煙。

その源ではいつも、全てを奪われ、これ以上奪われることの無い人たちが無言で横たわっているのだ。

 

悪徳の時代の末期。

この手で取り去ってやった風景。

 

「これが、走馬灯なのか?」

 

黒い空の中をゆっくり降りていくと、黒煙の中に、一筋の白煙が見えた。

彼はその煙が生まれる場所を目指そうと思った。

 

思った瞬間にゆらりと景色が(ゆが)み、元に戻るとそこに辿り着いていた。

 

「それとも、夢なのか……」

 

地に降りたオールマイトはその場所へと歩いていく。

 

その場所は、三方を打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた、廃墟(はいきょ)の一室だった。

壁の半ばから上は崩壊し、黒煙の漂う空が丸見えになっている。

 

白煙を生み出していたのは、その部屋の中央に設置された小さな焚き火だった。

 

「そうか、これがワン・フォー・オールの中心か」

 

部屋には七つの玉座が、焚き火を取り囲むように設置されていた。

人の背ほどに大きな、立派な玉座だが、それしか座れるものがなかったからとでも言うように、それらは乱雑に置かれていた。

 

その全てが空席だった。

そして、それらの玉座を含めて、部屋の全てが紫色の粘液に(けが)されていた。

 

パチパチと音を立てて、焚き火の炎が頼りなく揺らめいていた。

 

「私は消えようとしているのか……受け継がれてきた七代の意志と共に……」

 

この火が消えれば、終わるのだろうか。

 

「ここまで追い詰められて、ようやく気がつくとは」

 

焚き火を前に腰を下ろし、正座で座り込んだ。

 

「申し訳ありません……私は……笑顔が足りなかった」

 

平和の象徴となりたい。それが原点(オリジン)だった。

そうなることで、窮した人たちが、もう一度だけ平和を望み、救いを求めて手を伸ばす勇気を与えたかった。

 

その顕現としてひたすらに力を望み、そして示してきた。

無理やりにでも世の中に平和をもたらし、それを支える力を。

それは成せたかもしれない。だが。

 

『どんだけ怖くても、【自分は大丈夫だ】っつって、笑うんだ』

 

笑顔のポーズで言ってくれた、師の言葉が、いまさらになってこの身に突き刺さっていく。

 

いつからか、救われた人々の笑顔が負担となっていた。

この手からこぼれ落ちた、救えなかったという悔恨よりも、守った笑顔が消えていくのが怖くなった。

 

でもいつか必ず、それは消えていく。

人が(はばか)る事なく笑い、泣き、怒り、悲しみ、憎しみ、喜び、絶望する。

その屈託のない、豊かなる混沌こそが平和の正体だったのだ。

 

「心から、笑えなくなっていました……」

 

いつのまにか擦り切れていた。

平和を支えることに。

それが必ずしも心の平穏を意味するものではないという現実に。

 

『世の中、笑ってる奴が一番強いからな』

 

傷が、衰えが、老いが、心を(さいな)んだ。

いつの間にか、命を救うことだけを優先するようになった。

その純粋さだけしか信用できるものが残っていなかった。

 

そうして自らが支えを失っているにも関わらず、ひとりでいることに拘り続けた。

自身もまた、窮していながら、助けを求めることを恐れる者達の一人となっていたのだ。

 

「なんということを……」

 

人が人と手を取り合う意味を。

笑顔の意味を。

心を救うために戦うことを忘れていた。

 

「忘れてしまった結果が、この最後なのか……」

「バカだな。違うだろ」

 

後ろから、肩に手がかけられた。

 

「いいんだよ。俊典(としのり)

「お……」

「お前はお前の原点(オリジン)を掲げればいい」

「おおっ……」

 

オールマイトは思わず立ちあがろうとしたが、肩を強く握られた。

 

「まだ振り向くな」

 

少年時代の思い出が蘇る。

心では、いまだに人生の前半を占めている。

ほんのわずかな期間のはずなのに、かけがえのない日々。

その中でも特に忘れ難い、この手の温かさは。

 

「ちゃんと、(たす)けてきたんだろう? 平和の象徴になったんだろう?」

「はい……ですが」

 

もう片方の肩にも、手がかけられた。

 

()()()も抱え込んで。バカか。真面目か」

 

ああ、何度、あの闇の向こうへ辿り着きたいと思っただろう。

過去の闇を超えて、敵を撃ち倒し、その人を救けだすことを夢見ただろう。

 

「まだ早いと言われたが……お前を呼んでしまった」

 

何度願っただろう、時を越えられたらと。

もしもこの手に世界を救う力があるのなら、それと引き換えにしてでも戻りたかった。

この眼に焼き付けられた過去を、彼女の最期を書き換えられたらと。

 

「お前、バカだから悩んでるかもと思ってな。真っ先に伝えてやりたかったんだよ」

 

どんな逆境に置かれても、この身に力を与えてくれていたその声。その笑顔。

 

原点(オリジン)はひとりひとつずつでいいじゃないか。でも」

 

ああ、またこの声が聞けるなんて。

 

「それでも、覚えていてくれてありがとう。笑顔を、私の原点(オリジン)を」

「お師匠……」

 

振り向かなくともわかる。きっと笑ってくれていると。

 

「違うんです……それだけが支えだったんです、私には……」

「まだ泣くなよ。火はまだ消えていない。終わっちゃいないんだ」

「はい……」

「言ったろう? また会えるって」

「はい……!」

 

「ロマンだよ」

 

道半ばで倒れたとしても、ワン・フォー・オールの中で。

 

 

 

「──悪いが時間がない。お前も溺れかけているしな。ちなみに水深二十メートルくらいの海の底だ。覚悟しておけ」

「やっべぇ……」

 

オールマイトはすぐに気を引き締めた。

そうだ。感傷に浸っている場合ではない。

まだ終わっていないのならば、すぐにでも戦いに戻らなければならない。

 

「この粘ついたいやらしいヤツは、私を含めて()()()()()でブチのめしているから安心しろ」

「これは一体……」

OFA(ワン・フォー・オール)の核を取り込もうとしてきた。しかしヤツは失敗した。ここに()()があると思わなかったんだろうな。逆に私達が目覚めるきっかけを作った」

「そうか、それで力が抜けてしまったのか」

「悪い、緊急事態だったんだ。ちょっと()()()ぞ」

「はい、問題ありません」

「問題は、この目覚めが一時的であることだ。私達はまた、もうしばらく眠る必要がある」

 

奇跡の邂逅(かいこう)もまもなく終わるということだった。

でも、いつかまた会えるのなら。

 

「お師匠、また助けてくださるのですね」

「もちろんだ。その時、お前には六つの『個性』が発現するだろう」

「えっ?」

「最初は私だ。立て」

 

彼の肩を(つか)んでいた手の力が緩んだ。

 

「どういう理屈でそうなったのかはわからない。だが器が生まれ、そこに力が満たされた」

 

オールマイトは促されるままに立ち上がった。

 

「誇れよ。きっとお前がOFA(ワン・フォー・オール)を完成させたんだ。これからしばらくの間、お前に私の『個性』が宿るだろう」

 

パァン、と小気味良い音を立てて肩を(たた)かれた。

その懐かしい力強さによろめいた。

 

「お師匠!」

「畳み掛けて悪いな。詳しくは次の機会に話そう。その時は()()で」

「ありがとうございます!」

 

後ろが見えないように、ビシッと十五度の立礼をした。

女性が小さく笑う。聞き慣れたその声に、オールマイトも思わず笑った。

 

「気をつけろよ。私の『個性』は今、最高にじゃじゃ馬だ。また会おうな」

 

最後は七人の男女の声が重なった。

 

『負けるなよ。オールマイト!』

 

 

 

「──おししょっ……ガボボボボ!!」

 

オールマイトが目を覚ますと、暗い水の底にいた。

海底に堆積したヘドロがその身にまとわりついている。

海面と思われる方向からわずかに明るみを感じるものの、水圧は重力を相殺し、そっちが上だという感覚が失われていた。

 

(危なかった。夜なら溺れてたかもな)

 

オールマイトは経験に基づいておおよその状況を察した。

息苦しさの感じで三十秒ほど気を失っていたと推定。

呼吸器に問題があるので、実際はもう少し短いかもしれない。

そして季節は春の半ば。海水の冷たさが非常に身に染みる。

 

その身体は力が抜けてしまい、痩せ衰えた本来の姿(トゥルーフォーム)に戻っていた。

しかし内側の力は充分に(みなぎ)っている。

 

何より、オールマイトは自分の身に今までと異なる『何か』が宿っているのを感じた。

 

(そうか、『個性』とはこんな風に体の一部として感じられるのか)

 

ああ、夢ではなかった。

オールマイトはニヤリと笑い、全身の筋肉に力を込めてマッスルフォームに変化した。

この程度の水圧に力負けはしない。そして。

 

(よぉーし! 早速使って見ようじゃないか!)

 

気分と感覚で、新しく生まれた何かに力を込めると、その何かに熱が籠ったのを感じた。

 

(『浮遊』発動! 浮けぇぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

そのようなガバガバで念じた瞬間、彼に水圧をかけていた周辺の海水が一滴残らず浮かび上がり、単純計算でおよそ十万トンの海水が雲の上まで巻き上げられた。

 

 

 

「──あはは……!」

 

工業道路を駆け抜ける彼の頭上で、宙に浮かんだ半裸の少女(マジアベーゼ)が笑っていた。

 

嗚呼(ああ)、分かる! わたしには分かる! オールマイト! 見せてください! あなたの【個性】の底力を! Plus Ultra(プルス・ウルトラ)を!」

 

彼が駆けつけたときと状況は打って変わっていた。

空は完全に黒い雲に覆われ、高いところで雲よりも黒い何かが何百機も編隊飛行をしている。

炎は勢いを絶やさず、ついに延焼が始まっていた。

そして何より自分の身体に穴が空いていた。

 

「バックドラフト! いい加減にしてください! あなた撃たれてるんですよ!」

 

そう叫びながら、大きな救急バッグを抱えた救助隊員(レスキュー)の女性が力強いスプリントで彼に追従している。

 

「大丈夫! まだ動ける! 行かなくてはならないんだ!」

 

バックドラフトと呼ばれた男は荒い呼吸で懸命に走り、目的地に辿り着くと、その腕に生じたポンプとホースを(つな)いで、『個性』による放水を開始した。

 

「延焼が早い! 風が強い! これは火災旋風になるぞ!」

 

彼は責任を感じていた。

彼が最初に駆けつけたとき、その火災はまだ小規模だった。

しかし、凶弾が彼と仲間達を襲い、その身動きを封じられてしまう。

結果、その炎を一時間以上も放置してしまうことなった。

火元となった建物は全焼し、焼き尽くした熱と炎はさらなる侵略に向けて風を生み、渦を巻き、新鮮な酸素と火種を追い求めていた。

 

たとえ妨害を受けたからと言っても、プロヒーローとして、火に対してこれ以上遅れを取ることは己の矜持(きょうじ)が許さなかった。

 

「諦めましょうよ! もう全員救助したってホークスが!」

「人命は前提! 消火が本命だ! 火が奪うのは、被害者や戸数、損害額なんていう数字じゃない! 失われる資産に関わる人の営み全てだ!」

 

だから、時には周囲を破壊してでも消し止めなければならない。

放火は何よりも罪深い行為なのだ。

 

(頼む、雨よ降ってくれ!)

 

状況の悪さは理解していた。

己の『個性』で全力を尽くしながら、彼は内心では頭上の暗雲に向かって祈っていた。

 

「バックドラフト、海が!」

 

彼の背後で救急隊員が叫んだ。

つられて海の方を見ると、海面が小山のように盛り上がっており、仰天した。

 

「な、なんだぁ!? 津波か?」

「きゃああっ!」

 

大きく地面がひと震えした後、滝のような轟音と共に海水が空へと吹き上がり、海は割れてその底を露にし、空を覆う雲が吹き散らされた。

曇り空を円状に切り取って生まれた青空から、突如差し込む太陽の光の中で、キラキラと乱反射する水滴を吹き上げながら、光を纏った巨体が割れた海の中から空へとゆっくりと浮上していった。

 

周囲にぽつぽつと何かが降り始めていた。

 

「え……ウソ……雨? あれは、オールマイト? 浮いてる……」

「ははっ、天気が変わっちまった! すげぇ、これが……オールマイト、あんた最高だよ!」

 

バックドラフトは歓喜した。

その数分後、その現場にいた全員がスコールのような()()を浴びせられ、違う意味で絶叫することになる。

 

 

 

──オールマイトはとんでもないものを巻き込んで『浮遊』した。

 

(お、お師匠ォー!! じゃじゃ馬ってレベルじゃねぇよ!!)

 

強すぎる『浮遊』の力が、周辺の海に無差別で破壊の限りを尽くした。

彼を海底に押さえつけていた海水を全て浮かせ、浮かせた端から流れ込む海水もまとめて、彼の浮上を邪魔しようとした全てを空まで噴き上げてしまったのだ。

 

今もその不可視の力は彼の手を離れて働き続けており、彼の「下」に取り返しのつかない何かを起こし続けている。

それに巻き込まれた空気が急速に分解され、彼の足元からピンクに近い紫色の窒素プラズマが吹き上がり、腰、背中を抜けて翼のように拡散していた。

 

「美しい……!!」

 

それを目の当たりにしたマジアベーゼが息を荒げながら、満面の邪悪な笑顔で叫んだ。

 

「なんですかそれは!! そんな姿……わたしは知りませんよ!?」

「HAHAHA! それは当然さ! なぜなら初めてお披露目したからね!」

 

(ピクリとも動けねぇ……)

 

一方、オールマイトはいきなり詰んでいた。

かつて、墜落する数万トンの巨大建造物を受け止めたこともあれば、宇宙空間へ飛び立とうとして、その方角を間違えたロケットを軟着陸させたこともある。

が、それらも児戯と思わせるような超常的で巨大なエネルギーが、ただただ自分の身体を地面から浮かせてその場所に固定するためだけに働いているのをオールマイトは感じていた。

 

(どうなっているんだ? お師匠はここから普通に滑空していたはずだが……)

 

新しい『浮遊』の使い方、その感覚を(つか)むまで、オールマイトは小粋なトークでマジアベーゼを翻弄することにした。

 

「どうだ、驚いたかい? これが私の新フォームだよ?」

嗚呼(ああ)……嗚呼(ああ)……」

「大丈夫かい君、顔やばいけど?」

「はい! これがデフォです!」

「デフォなの!?」

 

「えっと、実はこれ……試運転にもう少し時間がかかるんだ……それまで少しお話に付き合ってくれるかな?」

「ええ、ええ、喜んで!」

 

(うおお全部バカ正直に話しちまったぁーっ!)

 

立ち昇るプラズマで視界がチカチカして集中が乱された。言い訳である。

足元で揺らぎもしない超パワーに困り果てて虚仮威し(ブラフ)が思いつかなかった。

相手が乗ってくれたので結果オーライということにする。

 

(落ち着け……)

 

実際の所、彼もまた奇跡を目の当たりにして、気分が舞い上がっていた。

特段メンタルが強い部類ではないのだ。

心が上がり目を保ち続けていられたのは、ただひたすら、強くありたいとストイックに願い続けたからであって。

 

(そうさ、思えば最初からこんなモンだったじゃないか。私は強くも、弱くもなっちゃいない)

 

ならばもう、これからはなりふり構わずいこうじゃないか。

オールマイトは開き直ることにした。

まずは無理していい格好をしようとするのをやめてしまおう。

 

böse(ベーゼ)、悪か……私は、駆け出しの頃、(ヴィラン)と悪を安易に等号で結ぶことをよくやらかした」

「ブロンズエイジ後期、宮崎の件ですね」

「スッと出てくるの怖っ……そう、やらかした結果、起こさなくてもいい事件に(つな)がることもあったんだ。だから気になるときは、なるべく聞くようにしている」

 

マジアベーゼを指差した。

 

「君は、なぜ、こんな真似をする? なぜ悪を掲げる? 何に背を向けて私の前に立っているんだ?」

 

指した指を、握り拳に変える。

 

「もう一度殴る前に聞かせてくれ!」

「ヒーローは、強くて、優しくて、かっこいいです」

 

(よし! 喋らせてる間に調整だ!)

 

だが、マジアベーゼは満面の笑顔で結論を述べる。

 

「だから、めちゃくちゃにしたいだけなんです」

「それだけかよ!」

『あはは、そうですねぇ、もうちょっと理由を教えてあげます』

 

(急げ!)

 

オールマイトは過去の経験と知識を総動員して、糸口を探し始めた。

 

個性『浮遊』。

地面から体を浮かせるだけの能力である。

それは位置エネルギーとも運動エネルギーとも異なる超常的な力が加えられることにより、対象を浮上させる。

ある程度力が強くなると、先ほど彼がガバっとやってしまったように、周囲の一定範囲の物体を浮かせられるようになる。

それをさらに超えて強くなると、今度は自分を浮かす力が重力に依存しなくなる。

つまり地面から『浮かせる力』に対し、体を『これ以上浮かせない力』が現れる。

強過ぎて、抑え込む力がないと浮上が止まらなくなるからだ。

 

オールマイトの体は現在、『浮遊』が発するふたつの力の均衡により、その位置に『固定』されていた。

だが、この個性はそれでも『固定』ではなく『浮遊』なのだ。

 

 

──わたしは、惜しむ。

 

夢を諦めた人を。

燃え尽きた人を。

最後のバスに乗り遅れた人を。

運命とすれ違ってしまった人を。

未来を貪り尽くした人を。

全ての手札を失った人を。

 

人の世にはいつも、限りがありますね。

パイは適切に配分され、その結果、誰かが必ず取り残されるのです。

 

そして無駄にするのです。

その強さを。

その技術を。

その心意気を。

その支払い能力を。

 

前を向いてその場を去る人達を、見送る者達が、それに取り残される者達が、わたしは惜しい。

 

 

 

──問題は『浮かせる力』と『これ以上浮かせない力』どちらも強すぎることだ。

 

そこにグッと力を込めると両方の力が強くなり、生じるプラズマの量だけが増えていく。

そして動けないし元にも戻らない。

 

(溜まってる、溜まってるぞぉこれ……)

 

『彼らはもうどこへも行けない。何も作れない』

 

(DAMN……よく分からないが、それは、なんだか自分自身の事を言っているように聞こえるぜ? マジアベーゼ)

 

その深い憎悪の言葉が、焦る彼にシンプルな発想の転換をもたらした。

 

(あ、これ、『解除』したらどうなるんだ……?)

 

そして、ずっと昔、師が『個性』を使い戦う姿を思い出した。

確かにあの人──お師匠も()()が必要なときほどそうしていた。

拮抗(きっこう)したふたつの斥力が失われ、そこに残るものとは何だ?

 

『救いたいのではない』

『奮い立たせたいのでもない』

『報われて欲しいわけでもない』

『それは勝手に自分ですればいい。だが、それが叶わなかったとき、納得くらいは、させてやりたい。その身に、その心に、この世に、この結末に』

 

マジアベーゼの目つきが変わった。

彼女が両手を振り上げると、彼女の周囲を旋回していた使い魔達の尻に火がついて加速した。

 

(戦いの準備はお互い様か。いいね、遠慮なくいける)

 

『そこで、おぼろげながら浮かんだのです。それならばわたしがそれを導いて、()()()()()()のはどうかと』

「導くだと? 誘惑するの間違いじゃないか?」

『悪に囚われて悪を成し、そして正義に討たれて終わる。これはきっと納得しか無い!』

「HAHAHA! らしくていいと思うぜ?」

 

(ええい、ままよ)

 

言葉は投げやりだが、おそらく正解は見えた。

 

「ふふ、叶うならば、彼らの最後をどうか、あなたが送ってあげてください。オールマイト」

「悪は成らぬさ!」

 

即答してやり、その隙に大きく息を吐いて深い呼吸を繰り返す。

想定通りなら、この後しばらくまともな()()()()()()()

 

(できれば……こんな寂しく虚しい言葉合戦なんかではなく)

 

『悪を阻もうとする、あなたを阻みましょう。そして世に知らしめましょう』

「だいぶ喋ってくれたのに悪いね。答えは変わらないんだ」

(ベーゼ)は、いずれ必ずおまえの前に現れて、おまえを悦楽の底に沈めるだろう』

「誰もそんな心配をするものか! みんな大丈夫だって笑い飛ばすのさ! なぜって?」

 

(じっくり落ち着いて語し合えないものか)

 

オールマイトはそう思いながら、次の口上へと(つな)いだ。

それは不思議と同じ言葉で、そして同時に発せられた。

 

『私は必ず来る!!』

 

(『浮遊』解除!)

 

その『個性』を解除した瞬間、ふたつの超常力に挟み込まれ、圧縮されていた厚さ数ミリの空間が亜光速で復元し、オールマイトを上空へと弾き飛ばした。

残留するプラズマが空間に光の線を残し、やがて消えていく。

 

「ええっ!?」

 

ときおり衝撃音を放ちながら超音速で飛翔していくオールマイトを、マジアベーゼが呆然(ぼうぜん)と見送る。

 

(おお、これは……懐かしいな!)

 

体のところどころに断熱圧縮が生まれ、その体表が熱を帯びた。

 

十数年ぶりの全盛期の速度。

かつて自分は全力で踏み込めばこの速度を出せた。

地面が大変なことになるので、苦情もよく出したものだ。

だが、この速さでしか救えなかった命が確かにあった。

 

オールマイトはそのまま空中遊泳し、空を旋回する使い魔の群れの中を両腕を広げて通過し、薙ぎ払った。

多数のそれが逃げる暇もなく熱を帯びた拳に巻き込まれて膨張し爆発四散する。

 

「あ、あれは、まさか、伝説の黄金時代(ゴールデンエイジ)の速度? 空を飛んだままで!?」

 

マジアベーゼは目を皿のようにしてそれを眺めていた。

 

(だが、まだだ、まだ遅い)

 

この程度ではまだ目で捉えられる。

 

(私は甘かった……そして老いた。ここはとっくに私と()だけの領域ではないのだな)

 

『浮遊』を再発動し、さらにもう一度解除して方向を変える。

超音速の相対速度でマジアベーゼとすれ違う。

だが、互いの視線は外れることなく向き合った。

 

(人類は、個性は、特異点へ、さらなる超人の領域へと踏み込みつつある)

 

マジアベーゼもまたその領域の超人だった。

その()()()()()()ためにはその認識を超えた速度で踏み込み、気づかれる前にその意識を刈り取る必要がある。

 

必要なのは全盛期以上の速度。

そして『浮遊』にはそれができる。

まだ、さらにもう一歩先がある。

 

「すごい……すごいすごいすごい!」

 

歓喜するマジアベーゼを置き去りにして、二度、三度。

オールマイトは『浮遊』の発動と解除を繰り返し、使い魔の群れをおおかた蹴散らしてしまった。

それはコツを(つか)むのに最適な練習相手だった。

 

「これで締めだ。DETROIT(デトロイト)……」

嗚呼(ああ)、オールマイト! 挑戦します!」

 

オールマイトは相手から百メートル離れた位置で左腕を大きく振りかぶった。

その構えに反応してマジアベーゼも身構える。

主を守る盾になろうと、生き残った使い魔の群れが渦を巻くようにマジアベーゼの周りに集まっていく。

なんとしても受け切り、そして反撃しようという姿勢。

 

試したのは上下左右、好きな方角に跳べるかかどうかだった。

オールマイトはたった数回の試行でその調整の仕方をマスターした。

 

『浮遊』を解除した瞬間、体を支える「下」の空間が圧縮から開放される。

僅かなタイムラグの後、(ゆが)んだ空間は圧縮から復元に反転し、本来あるべきゼロ点に遷移(ゼロ・シフト)していく。

そのタイムラグの間に方向を決め、空間の膨張を利用したカタパルトからの射出に己の踏み込みを合わせて飛ぶのだ。

 

そして停止地点で『浮遊』を再発動すれば、その力の均衡が再稼働し、身体は新たに設定されたゼロ点に遷移(ゼロ・シフト)する。

 

オールマイトはそうしてマジアベーゼが反応できない速度で通過し、彼女の真横で急停止した。

空間の圧縮現象は影響下にある物質の慣性を殺すクッション効果をもたらすが、それでも急減速により体内の古傷が裂け、口から血が漏れ出た。

 

そして振るうのは、振りかぶった腕とは逆の腕。

 

「すまっしゅ、と」

 

マジアベーゼの目が全く反応できない様子を観察しながら、右の拳でそっと、その小さな顎にジャブを入れた。

顎先を打たれ、脳震盪(のうしんとう)を起こして崩れ落ちる少女を受け止める。

彼女の盾になっていた使い魔達が遅れて爆散した。

 

もう何度も(だま)されているため、念入りに少女の眼球反応をチェックしながらオールマイトは『浮遊』を使い、一度ゆるやかに跳躍した後、少女を担いで着地した。

 

『HEY! オールマイトォォォ! (ヴィラン)がそっち行ったぜ!!』

 

その時、遠くから大音量で自分を呼ぶ声が届いた。

おかげでオールマイトは奇襲に反応できた。

 

それは天と地から同時に襲ってきた。

直上から飛来する巨大なライフル弾頭。

背後からは何者かが鋭い身のこなしで接近し、跳躍して日本刀を振り下ろした。

その狙いは、両方とも彼の肩の上にいるマジアベーゼだった。

 

オールマイトは少女を手放し、右手で頭上の銃弾を(つか)み取り、左手でその刃を(たた)き折ろうとした。

 

しかし、その刃の持ち主は空中で体を捻り、刃の軌道を変えた。

その男が刃で掬い取ったのは、オールマイトの口からあふれ、空中にわずかに舞った一匙(ひとさじ)にも満たない血液だった。

 

血液は刃の上を滑り、再び宙を舞い、その男の舌に乗った。

 

「!?」

 

オールマイトは右手を上げて仁王立ちしたまま硬直した。

 

「うおお!? 何が起きたんだぁ!?」

 

彼の肩から落ちた()()()()()()()マジアベーゼが目を覚まし、何か喚きながら四つん這いでかさかさと這うように地面を移動した後、海に飛び込んだ。

 

「見事だった」

 

刀を持った男は、それだけ言うと、マジアベーゼを追うように海に飛び込んだ。

こうして(ヴィラン)達による最後の襲撃は、オールマイトが着地し、舞い上がった水飛沫が晴れるまでの数秒間で完結した。

 

 

 

『──オールマイトです! 火災現場にオールマイトがいます! いつもの勝利のスタンディングポーズです! またオールマイトがやってくれましたぁ!』

 

報道のヘリが飛来し、右腕を上げたまま硬直するオールマイトの姿をテレビカメラが納めていた。

 




※こじつけゼロシフト!

※明日の夜にもう一回投稿します。
(2023.05.21 21:00) すいません、深夜に食い込みます
(2024.01.24 追記) 今後も進行が拙いせいで、こういう前言撤回みたいなのが多いです お話の中までそうならないように、気をつけてます……
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