デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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たいへん間隔が空きました。言い訳は活動報告の方に。
しばらく不定期になりますが、徐々に週一ペースまで詰める予定です。

(2024.01.24 追記) 今話から大幅に書く事が増えていくのですが、なるべく1話を10投稿以内にまとめたく、1投稿に複数のシーンをまとめる形式で進めております。それぞれ5kから10kくらいのボリュームになりますので、もくじを活用いただいて、ご自身のペースでお読みいただけたらと思います。

【もくじ】
01.多古場海浜公園:緑谷出久 
02.雄英高校:入試会議
03.田等院:女神の朝
04.雄英高校:入学初日 

※各シーンにつき文字数7k~9kです。しおり代わりにご利用ください。



第五話 Mt.レディvsマジアベーゼ
(1)入学初日


01.多古場海浜公園:緑谷出久   

 

梅雨明け間近とされる空は徐々に雲が高くなってはいるが、まだぶ厚く陽光を遮り、降雨の不安を(あお)り続けている。

そんな季節の頃、緑谷(みどりや)出久(いずく)は積み上げられたスクラップの山を背に、海に向かって叫び散らしていた。

 

「ああーっ! チクショーめ! やってやったぞ! 軽トラを海に捨てんなバカヤロー!」

 

かつて歩行もままらないレベルで汚れていたその海岸はすっかり綺麗になっていた。

 

多古場(たこば)海浜公園にて、彼は九ヶ月間強いられていたボランティアという名の低賃金労働に決着をつけようとしていた。

最後の一ヶ月は毎度腰まで海に浸かり、凍えながらの海中清掃となった。

スケジュールでは中学二年の秋から十ヶ月の予定だったが、それより一ヶ月早く終わらせた。

 

「暑い!」

 

陸に上がった途端、噴き出す汗。

砂浜に打ち付けられる波は荒く、気温の上昇もイマイチな今日はとにかく湿気がきつい。

波飛沫に濡れた服はとっくに吸水能力を喪失しており、そのぬめった不快感に耐えかねて上半身は裸になった。

 

周囲には彼一人しかいなかったので、存分に脱ぎ散らかし、叫び散らしてやった。

そんな不審者のいる海浜公園がデートスポットとして復活するのは、この梅雨が明けて、夏も終わろうとする頃になるだろう。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

そうして発散すると、蓄積した疲労を自覚し、息が上がる。

ふらりと足の力が抜けてしまい、出久は砂浜に膝と手をついた。

頭を下げれば、ボタリ、と音を立てて大粒の汗がこぼれ落ちた。

 

(まだこっちが片付いただけだ)

 

顔を上げて、海岸を見れば、遠い先にうすらぼんやりと建物の群れが見える。

清掃作業の視界にいつもあった白亜のそれは、二ヶ月前にその半分が形を変えてしまい、今も一部が黒く焦げついていた。

 

 

──その破壊は二ヶ月前、彼の近隣で起きた(ヴィラン)による騒動、『多古場火災事件』で起きた。

世間からすれば久しぶりの大事件、しかもNo.1ヒーロー、オールマイトが活躍したということもあり、当初はお祭り騒ぎとなった。

しかし、報道が繰り返され、事件の経過が明らかになってくると、その反響は白から灰色へと変わっていく。

 

最初は訃報からだった。

事件と同じタイミングで市街地に『ヒーロー殺し』が出現し、二名のプロヒーローが殉職した。

 

そこから畳み掛けるように事件に対する疑問が噴出していく。

 

海を割ったというオールマイトの豪快な消火活動が、実は差し迫った状況に対する緊急避難に近く、むしろ総合的な被害を拡大したのではないかという専門家の意見。

 

火災による民間人の死傷者はゼロ。負傷者のほとんどは避難中に銃撃を受けての負傷で、しかしながらこちらも死者なし。

これはあまりにも作為的で、実は(ヴィラン)は目的を達成したのではないかという憶測。

 

そして、この事件に関わる(ヴィラン)達を、ヒーローは一人も逮捕できなかったというスキャンダル。

 

オールマイトが参加していながら、この体たらく。

誰かのミス、あるいは背任があったのではないか?

 

紛糾する世論に(あお)りを加えるかのように、『エノルミータ』を名乗る(ヴィラン)組織がマスコミに向けて犯行声明を送りつけた。

 

その目的は『世界征服。その障害となるヒーロー、オールマイトの打倒』

今日日(きょうび)フィクションでもあんまり出てこないような頭の悪い主張であった。

 

 

また、この一件は、別の方面から緑谷出久を脅かすことになる。

 

彼が活動していたボランティア団体の名前も『えのるみいた』である。

ロクな活動実態がないその団体はどう見てもその組織のペーパーなカンパニー的なやつだった。

出久はもうちょっと隠せよと思ったが、ネット界隈は「よく見つけた」とばかりに糾弾に奔る。

 

その日、ストリーミングされたその記者会見は謎の緊張感が漂っていた。

 

会見の場に現れたのは特定非営利活動法人『えのるみいた』代表、筒美(つつみ)火伊那(かいな)

グレーのビジネススーツを身に着け、黒髪ロングのカツラを被り、黒縁眼鏡の下には紫の暗く濁った強い視線。

 

彼女は「団体名の一致は偶然である」と、堂々と、しれっと関与を否定していた。

そして、そんな彼女の元プロヒーロという経歴を、当然把握しているだろうに、なぜか()()()()()()()()()報道陣。

 

突然現れた、消息不明だった元ヒーロー。

被害者の証言と、その元ヒーローの『個性』のあからさまな符合。

消息筋なるものがでっちあげて語る、彼女の裏の経歴。

 

緑谷出久は事件の数日後、その動画を何の気なしに自室で見てひっくり返った。

見覚えのある顔を背景に、憶測と極論が飛び交うコメント欄の荒れ模様に胃痛を覚えそうな気持ちだった。

 

思い起こせば事件の翌日、彼の担任が一瞬、怪訝(けげん)な表情を向けたのを思い出した。

そういうわけで、現役の中学生でありながら、出久の社会的生命はだいぶ風前の灯火だった。

 

 

「──行くか」

 

出久はその辺りの件を『えのるみいた』に問いただす機会を窺っていたのである。

この状況では、筒美火伊那に直接会える機会はもうないかもしれない。

ボランティア活動終了の報告、これが最後のチャンスなのではないか。

 

勝ち取りたいのは、自分は何も知らずにボランティア活動を終了しただけの一般生徒であるという証明。

そして、できれば彼女が本当に無関係だという言質。

前者はともかく、後者は希望的観測だと出久も分かってはいた。

それでも確認したいのだった。

 

少年が立ち上がる。

震える足は疲労か、筋肉痛か、武者震いか。

太ももを(たた)いて震えを抑え込み、砂を踏み込んだ。

 

「雨降らないといいな」

 

どんよりとした空は強風をはらみながら色を濃くしていき、遠くで同じ色の水平線と混ざって曖昧になっている。

海岸から見るその風景は彼の心情そのままだった。

 

 

──そうして飛び込んだ『えのるみいた』事務所。

 

「これで海岸のゴミ拾いも終わりか。寂しくなるね」

「なんで当たり前のようにいるんですか!?」

「当たり前だからだ。私はここの代表者だからな」

 

出久が彼なりに覚悟を決めていった突撃は、総大将に単騎で迎え撃たれて頓挫してしまった。

 

代表を名乗るその女性は白いブラウスに黒いアームカバーをつけて、いかにも事務員ですという出立ちでカウンターに座り、ちょっと胸を張って出久を迎えた。

 

記者会見でつけていた黒髪のウィッグは着けておらず、その特徴的な二色の髪は短めのボブに切り揃えられていた。

 

筒美火伊那、あるいはレディ・ナガン。

今年の春に起きた火災事件の主犯と噂される、(ヴィラン)その人であった。

 

いくつかの産業設備に放火し、全焼させ、その中で百人近い人々の身体に『個性』の銃弾を撃ち込んだとされる人。

ヒーロー公安委員会はいまだに彼女の関与を否定しているが、それを嘲笑うかのように堂々とマスメディアの前に姿を見せた剛毅ぶり。

 

特にネットにおいては彼女の過去の活躍を知る人、彼女の現在の惨状を知る人らの意見や憶測が入り混じり、虚構の怪物『復讐(ふくしゅう)の狙撃手』を生み出しつつあった。

 

一方で出久がこの数ヶ月、実際に見てきたその姿は、背が高く鍛えられた肩から二の腕のラインに目を奪われる事を除けばとても落ち着きのある壮年の女性であった。

なにより、不甲斐ない自分に対し、生活に何かと役立つ稽古をつけてくれる師のような人であった。

 

「よく頑張ったな。この書類のコピーの方を担任教師に渡しなさい。原本と間違えるなよ」

「はい」

 

活動証明書を受け取り、丁寧にクリアファイルに挟んでリュックに仕舞った後で、出久は尋ねた。

 

「あの……ひとつ、いいですか?」

「何か?」

 

「ええと、その、上から三番目のボタンが弾け飛んで僕に直撃しそうです」

「遠回し過ぎてかえってやらしいぞお前!」

「だって言わずに帰ったらそれはそれで気まずいですし!」

 

彼女はその活動的な性格故か、どうにもギリギリまたは小さめのサイズの服を選ぶ傾向があった。

胸元に手をやりながら出久をひとにらみした火伊那は席を立つと、いそいそとチェックのベストを羽織って戻ってきた。

ブラウスのボタンは外しただけらしい。

 

(それはそれでどうなんだ……?)

「女は目線に見て見ぬ振りをしてやる程度の度量はある。野郎はそれを前提に紳士として振る舞えばいいんだよ」

「とてもそうとは思えませんが……?」

「なんでさっきより凝視してんだよ!」

 

何が、とは言わないが外れたボタンの向こう側へ、妄想は()き立てられるわ危険な豊満さはむしろ強調されているわで大変であった。しかし、出久はもう目の保養と割り切ることにした。

 

出久が九ヶ月の間、その女性と共に活動してわかったのは、彼女が問題解決の為に平気で膨大なコストを投じるということだった。

 

彼女はその行為により生じる自分への損害を全く(いと)わない。

たとえ泥水に身を濡らそうと、虫に肌を喰われようと。必要なら平気でその場に身を投げ出して、そのままじっと待ち構える。

それが目的と引き換えになるのであれば、犠牲はいくらでも払う。

それが当然だと考えているようだった。

 

彼女のスタンスは見ようによっては英雄的だったが、出久にはなんとなく空恐ろしかった。

確かに、見返りを期待するものじゃない、というのは理解できる。

けれども、それはここまで自分自身を道具のように振り回さないといけないものなのか。

 

(心配する側の気持ちを何も考えていないじゃないか)

 

彼女のそういった振る舞いは、出久本人の悪癖に対する完璧な反面教師となっていた。

 

「それと、ですね……」

 

椅子に座り込んだ出久は、まっすぐに彼女を見つめた。

 

「どうして()()()()()()()んですか? レディ・ナガン」

「今更かよ」

「とっくに『通報』はしてたんですよ。身元も、事情も全部、警察に」

 

受け流されそうになった出久は自分のやらかしを開示することにした。

 

「でもその後、僕には何も声がかからないし、あなたは当然のように此処にいる」

「ずいぶん思い切ったな。もうちょっと社会的な保身を考えろよ」

「考えたつもりで、だから頼るべきところに頼ったつもりなんですが……」

「アホか」

 

はー、とため息をつきながら立ち上がった女性は、側にある冷蔵庫からピッチャーを取り出して、中の麦茶をふたつのグラスに注いだ。

出久は問いかけた緊張のまま、それを眺めていた。

 

女性は麦茶の入ったグラスを出久に差し出す。

そしてそのまま椅子に座り直して自分のグラスに口をつけた。

 

「まず質問に答えてやる。それはアレだ、無能で説明できることに悪意を見出すなってやつだ」

「……それは誰の事を言っているんですか?」

「全てだよ。私という(ヴィラン)がいまだにのさばっている。今在るのはこの事実だけだろう?」

 

それは、彼女が件の犯人であるという自供だった。

さらりと言われてしまったせいか、衝撃はなかった。

その本意を探り当てようと、出久は今自分に言われたことを頭の中で反芻(はんすう)した。

 

証拠不十分で目の前の犯人を摘発できなかった司法。

おそらく不祥事の発覚を恐れて、非営利団体の認可撤回まで決められない行政。

彼女の居場所をおおよそ把握していながら、なぜかいまだに彼女を確保できないヒーロー。

それらを何もわかっていないまま、身の安全だけも確保しようと、各所に突撃してしまった自分。

 

「人は期待を裏切られてようやく『悪意』の存在を問い始める。だが、その裏で『善意』も同じく()()されるのさ」

 

話しながらデスクの隅に押しやっていた書類を手に取り、目を通し始めた。

どうもポーズではなく本当になんらかの事務処理をしているらしい。

 

「人は世間で言われる程には『悪意』で行動しない。それがなんだかんだ善いと思い込むからやっちまうんだよ」

 

格子状のテンプレートに日付印を繰り返し押していた火伊那は、印を置いて手を降った。

 

「そして、やっちまったと気づけばごまかして被害を軽くしようとする。そんなつもりじゃなかった、これは『善意』だったってな」

 

ニヤリと表情を(ゆが)めて見せる。

 

「みんなで優しくごまかし合って、偽り(ハリボテ)の平和を繕うんだ。本当に失われたものからは目を逸らしてな」

「そんな……」

「その結果、この私まで手が届かなかった。この件はそういうことだ」

 

職員室で教師が生徒に話すような、当たり前のような口調でそんな事を言われて、出久は挫けそうになった。

 

別に彼女の心情を揺さぶりたかったとか、責める気持ちがあったわけではない。

だた、もうちょっと危険な、あるいは湿った会話になるものだと、未成年の少年なりの覚悟はしてきていたのだ。

 

「そんで、こっからは説教だアホめ」

「うひっ」

 

皮肉めいた笑顔がぱっと怒り顔に変わる。

びっ、と右手の人差し指を差されて出久は思わず上半身を引いた。

 

「お前が周りから(ヴィラン)の片棒担いだんじゃないかという『悪意』を問われなかったのは、お前がその人達から見て、期待を()()裏切っていないからだ」

「うっ」

「善意と悪意はどちらも()()()()()()される。結局のところ、お前という人間がどれだけ信用に値するかが全てだ」

「はい……」

「信用は(もろ)い。むやみに『悪意』をつつくな。『善意』を疑うな。どちらもお前を信じない理由を作るために仕掛けられたトラップだと思え。言っている意味はわかるな?」

「はい……」

「ま、今手が後ろに回っていないなら、日頃の行いは良かったんだな?」

 

出久はしゅんと縮こまった。

自分自身も関与を疑われる可能性が高いとは思っていた。

通報の内容としては一般市民のそれではなく、実質、密告に近いものだったから。

 

それでも、どうにかしたいと思ってしまったのだ。

出久は不満を込めてにらみ返した。

 

「でも、僕は、あなたがどうして()()()()()()()()()を聞きたいんです」

「ああ?」

「筒美さんは、こうやって保身と要求ばかりの僕なんかとは比べ物にならないくらい、優しい人だ」

 

火伊那の片眉が上がった。

 

「あなたのような人は、人を傷つけて、自分も無傷じゃいられないでしょう?」

 

そのままにらみ合う。

結局のところ、ただの中学生である出久にできる抵抗、あるいは()()()()()()()()としてはこの程度が限界だった。

 

「どうにか、やめるわけにはいかないんですか?」

 

そう、ダメ元で聞いてみるしかなかった。

彼女はその強引さに押されるように椅子を回転させて横を向いた。

 

「……私は、以前プロヒーローだった」

 

知ってる、とは茶化さず出久はうなずいた。

 

「ヒーローとは称号であり、資格であり、職業であり、概念だ。ヒーロー制度はそれを全部ごちゃまぜにした」

「また、はぐらかそうとしている」

「いいから聞け。陰からでもいい。支えてやりたい。私がなりたいヒーローとは、いわばそういう営みだった」

 

火伊那は椅子の背にもたれて、目を閉じる。

何かを思い出しているようだった。

 

「だが、実際の所、社会がヒーローに求めるのは、もっとシンプルな人的資源」

 

それはもう、出久にはわかっていた。

物事には時間の制約がある。

問題をより積極的に解決するためには、優先順位を決めて、順位が低いほうを切り捨てなければいけない。

 

「それは『犠牲』だ」

 

ヒーローという存在は、ヒーロー免許制度はそれを効率良く運用するのにとても都合(タイパ)が良いシステムだった。

 

『個性』がもたらす災害のような破壊の意思を、人は、ヒーローは、人災として対処しなければならない。

そんな状況で人を救うという行為は、当然、ヒーロー本人の身体と心を犠牲とする方向にシワ寄せが来る。

出久はかつてショッピングモールで(ヴィラン)事件に遭遇し、ヒーロー達の献身をその目で見て知っていた。

その現場に立ち会ってしまった出久は、そこで自分の不適格を思い知り、そこから目を背けたのだった。

 

「何かを善くするために、何か悪いことをやろうとするのは、善意か? 悪意か?」

 

出久には答えられなかった。

ただ、彼女がそこで何を『犠牲』にしたのかは、なんとなくわかってしまった。

 

「私はそれを受け入れて、少し頑張った後に気がついた」

 

火伊那は膝丈のスカートを履いた足を伸ばし気味に、さらに背を大きく預けて、上を向いた。

 

「そんな救け方、()()()()()でも納得できるっていうのなら、別にヒーローとかヴィランとかどうでもいいんじゃねぇかって、な」

「そんな事は……」

「だから私はこれからも、あるがまま、思うままに殺し、そして救うだけだ」

 

姿勢を戻して、再び出久をにらむ。

 

「これが今も()()()()()()()()理由だ。納得したか?」

 

出久は首を振った。

 

(だって、あなたの顔が納得してない……)

 

さすがに直球では無理だったが、言い返すことにした。

 

「僕は、あなたの行いに、善悪をつけられる立場じゃない」

 

貰ったグラスを一気に飲み干す。

 

「でも、いつか、そう遠くないうちに、あなたをどうにか止めてやりたいと思ってます」

「好きにしろ」

 

火伊那は再び書類を取り出し始めた。

話は終わりということだろう。

出久も帰ろうと立ち上がる。

 

「で、今日の『課題』だが」

「は?」

 

出久は思わず聞き返した。

『課題』とは、出久が火伊那に趣味のカメラについて話した翌日から、毎日のように課せられる訓練のような何かだった。

最初は体のいい小間使いにされているのではと思った。

だが、続けるうちに自分のどこかが研ぎ澄まされていくことに気づいてから、出久は無心で従うようになった。

 

彼女が自分に本意を伝えてくれたことはない。

出久からそれを尋ねる勇気もなかった。

なんらかの合意があったわけでも、なんでもない。

それでもなぜか、この二人の間には師弟関係のようなものが出来上がっていた。

 

出久としては、そんな日々も今日までだと思っていたのだが。

 

「何だ?」

「いや、この話の流れでまだ僕が(ヴィラン)の手伝いすると思います?」

「練習は続けないと意味ないだろうが」

「それはそうですけども!」

「ホイホイ引っかかった安い労働力をそう簡単に手放すかよ」

「そっちが本音ですかね?」

「とりあえず撃ち殺されたくなかったら、二時間以内にロートスを見つけて連れてこい。あいつ最近街遊びを覚えやがった」

「シンプルに脅迫だぁ……」

「くくく、(ヴィラン)だからな」

 

火伊那は書類から目は話さなかったが、その口元はにやにやと緩んでいた。

 

「活動証明を取りに来たな?」

「うっ!」

「口ではヒーローだ(ヴィラン)だ、私を止めるなどと言いながら、内申点も天秤にかけている。中学生は大変だなぁ」

「うぐぐ……」

「アホめ。終了当日に飛んでくるからだ。郵送でもよかったんだ」

 

飢えた獣にも劣る失態。

出久は自ら弱みを晒していた事に歯()みした。

でもしょうがないじゃないか。中学3年の夏。

趣味(カメラ)のクオリティ、もとい生涯年収を決めるであろう戦い(じゅけん)はとっくに佳境なのだ。

紙一枚分、一教科の十分の一点でもいいから、土台に厚みが欲しいと思うのだ。

 

「あーなんか肩凝っちゃった。気分転換にその辺の逃げ惑う中学生でも狙撃しよっかなー?」

「ちくしょう、行きますよ、行けばいいんでしょうが!」

「いい返事だ。ご褒美に次のボランティア活動(ネタ)も手配してあげよう」

「嫌だぁぁぁぁっ!」

 

これ以上はダメだと思った出久は事務所を飛び出した。

文字通りの涙目敗走であった。

 

 

「──あのぉ……火伊那さぁん……」

 

入れ違いに奥のドアが開き、紫色の髪をした少女がそろりと顔を出した。

 

「……来てたのか」

「お忙しい所すみません、お勉強の件で、ちょっとお聞きしたいことが……」

()()()()()()っつっただろ」

「いやー、でもヒーロー科受験するなら、やはり経験者から教えを頂くのが良いかと思いまして、ワハハ」

「ワハハじゃねーよ」

 

書類から目を離さない火伊那に、拒否されそうな雰囲気を感じてか、その少女は這うようにして忍び寄ってから足元に(すが)りついてきた。

 

「うちの学校ダメなんです! 雄英、毎年何十人も受験してるのに合格実績ゼロだったんです! もはや記念受験の卒業旅行集団で!」

「倍率知ってるか? それが普通なんだよ。周りに絆されず自分だけと向き合って乗り越えるんだ」

「周りがユルいと不安なんですうぅぅぅ!」

 

火伊那はため息をつきながら視線を上げた。

 

「……わかったよ。これ終わったら見てやるからテキスト開いとけ」

「ありがとうございます!」

 

泣き顔からぱあっと笑顔に変わった少女は制服のスカートを翻して奥に戻っていく。

火伊那は書類に目を戻す前に、ちらりと少年が去ったほうを見て、つぶやいた。

 

「……期待している」

 

「あっ……えへへ、わたし頑張りますね!」

「お前じゃねぇ」

「えぇー?」

 

 

 

02.雄英高校:入試会議  

 

 

年は明けて二月のある日、雄英高校のとある講堂に教師達が集まっていた。

相澤(あいざわ)消太(しょうた)もそれに参加する教師の一人だった。

 

長机には各々常用のノートパソコンがずらりと並べられ、その画面には無数のドキュメントと動画のウィンドウが展開され、潤沢なはずの物理メモリがPuls Ultra(スワップ)に到達しつつある。

 

三日でおよそ二十時間、投入された人的資源はのべ百八十人日に迫る。

その大会議は大詰めの段階で、合格ラインのきわどい位置にいるとされる受験生の合否について、最終レビューが行われていた。

 

「では次。受験番号0-93-88、(ひいらぎ)うてな。私立多古場女学院中等部」

 

画面に制服を着た少女の写真と入試願書が表示される。

 

多古女(タコジョ)って、地元じゃ名の通ったお嬢様学校ですよね」

「制服はこの辺でも見かけますけど、レベル的にはどうでしたっけ?」

「中の下だな。近いから受験生は多いけど、ほとんどが記念受験。合格ラインに入ってきたのは初かも」

 

司会進行を担当するのは雄英高校とは別の行政機関に所属する職員。

公務員、しかもそこそこの高官ではあるが、公平な選考を期するため、この会議のために呼び出された第三者である。

 

「学科はギリギリ合格です。特記事項としては校長が仕込んだヒーロー倫理学問題に全問正答」

「塩崎さん、泡瀬くんに続いて三人目だね。今年は豊作だ」

「点数はギリギリなんでしょう? 学力だけなら合格水準より下ということでは?」

「将来性込みで見込みのある子を掬い上げるためのボーナス問題なのさ! 彼女の回答はヒーロー制度の本旨に迫る良い小論文だったよ……解答用紙の裏までミッチリ埋まってたから減点したけどね」

「では学科は可のままですかね」

 

雄英高校が『ヒーロー科最高峰』を冠するのには理由がある。

一般的なヒーロー科では、ヒーロー免許の取得を()()()()とした、試験に合格するための学科、実技を中心としてカリキュラムが組まれる。

 

一方、雄英高校ではヒーロー免許の取得()()()目的とした授業は、カリキュラムとして存在しない。

教師がほぼ全員現役のプロヒーローであり、彼らからプロになった後の常識、慣例、法律、経理、そしてメディア対策を含めた実践的なノウハウを時間の許す限り(たた)き込まれる。

その違いは最終的に卒業後のヒーローとしての仕上がり具合に現れる。

 

ヒーロー科卒業直後からランキング入りできるのはごく一部の例外を除けば、雄英高校の卒業生のみであるといわれる。

 

そんな「トップヒーロー育成機関」といえる雄英高校は試験の評価も独特であった。

 

そのひとつを挙げれば、実技試験は毎年、生徒に公表する基準とは別に「隠し評価基準」が仕込まれる。

今年は(ヴィラン)討伐試験の中に救助(レスキュー)ポイントが隠されていた。

 

「実技は(ヴィラン)ポイント34、救助(レスキュー)ポイント26で七位」

 

部屋の壁一面を覆う大型スクリーンには、AIにより観察対象の受験生がマーキングされた実技試験の映像が再生されている。

 

「個性は……えーっと、『使い魔創造(クリエイトファミリア)』でいいのかな?」

「あはは、オカルト寄りの『個性』は命名にも()()が出るね」

「すごいな。ロボットの残骸から新しいロボットが生まれたぞ」

 

まず当然ながら『個性』の評価。

重要なのは優れているか、使いこなしているかどうかよりも、それをどう使おうとしたか。

受験生の中には自分や他人の『個性』を利用した事前準備、時には薬物まで使用するなど、試験向けに「ブースト」をかける生徒もおり、単純な能力の優劣だけで評価するわけにはいかなかった。

仕上がり具合も評価はするが、やはり伸び代に注目する。

 

「お、出たな『土魔獣』もどき! この『個性』なら当然ピクシーボブは意識するよな」

「戦闘中にここまで発動できるなら、万能型と言っていいかな」

「くけけ、俺としてはソフトウェア、使い魔(ファミリア)の自律性能を評価したいね。ちょっと鈍いが、うちのAIロボと遜色無いよ。正直サポート科に欲しい」

「まあサポート科教師としては毎年のジレンマであり嫉妬ですな」

「万能といえば、推薦にそういう個性の子がいなかった?」

八百万(やおよろず)さんですね。個性は『創造』で、更に高度で万能です」

 

次に『実力』の評価。

ここで問われる実力とは、ヒーロー試験の合格に至れるかではなく、ヒーローとして活動するために最低限必要なものが備わっているかである。

要件はむしろ一般のヒーロー科高校より緩い。

一方で、要件に届かない受験生の足切りは極めて厳格に行われた。

 

どれだけ優れた『個性』を備えていても、本人に不可能なことを要求していくのは不幸であり不毛である。

それは憧れだけでは乗り越えられない壁であるから。

 

「ロボからの反撃、貰い過ぎじゃない? 緊張しているのか……」

「この『個性』ならもっとやりようがあるとは思うね」

「僕は落ち着いていて良いと思います」

「うん、実際、要領を(つか)んだのか後半は安定してたからね」

 

最後の評価基準は『ヒーローとしての素養』であった。

良く言えば、ヒーローに相応しい善性。

直接的に言ってしまえば「無茶な要求をまず受け入れてみる」資質があるか。

そして悪く言えば、己を顧みない資質。

 

目立った反応はなさそうだと判断した司会者が、カンペを見ながら場面を切り替えた。

 

「では、問題の0ポイント出現後へ……」

 

巨大なロボットが建物を破壊しながら侵攻する映像に変わった。

その足元でわたわたしている女子がハイライトされる。

 

瓦礫(がれき)使い魔(ファミリア)に変えて下敷きになっていた子を救出するまではよし」

「その後使い魔と一緒に零点ロボットの足を受け止めようとしてペシャンコと」

「普通受け止めようとするか? いや鉄哲くんもやってたけども」

「その後、試験終了後に無傷で這い出てくる、と……」

 

『避けるべき強敵』として配置した巨大ロボット。

試験の評価点のひとつである救助(レスキュー)ポイントを生産するための舞台装置であると共に、ヒーローの資質である『勇気』と『判断』を試すエクストラターゲット。

 

ただし受験者に対して取り返しのつかないことが起きないよう、ある程度の安全対策はしている。

例えば、この受験生を踏み潰した足の裏にはブ厚く柔らかいポリウレタン性のクッションが挟み込まれており、下敷きにされても即死はしないものとなっている。

しかしながら、決して無傷では済まないはずだった。

 

「リカバリーガールの診断も無傷でした」

 

司会者が目を向けると、校長の隣に座る老女が無言でうなずいた。

 

「自己治癒能力……あるいは耐久能力……いや両方だな」

「これは『個性』の申告に漏れがありますねぇ」

 

現在の『個性』社会では、五歳までに漏れなく「個性把握検査」が行われ、専門医師により診断される。

この診断は現状、高い精度を保っており、そこから『個性』の内容がブレることは滅多に無い。

『個性』の申告とは通常、この診断内容をそのまま提出するだけである。

 

一方、本人が認識していなかったり、成長に伴う発現という理由で、新しい複合型個性が確認されることはある。

それは()()()はいまだ数千人に一人のレアケースだったが、『個性』の内容が強力かつ複雑化している第四世代以降では、その数は確実に増えていた。

 

だからこそ『個性』の申告漏れ、あるいは隠蔽の発覚は大きな減点対象だった。

『個性』を問われる本試験においてフェアではないという理由もあるが、単純に危険だからである。

 

その扱いが難しくなり、講堂全体がしばらく沈黙する。

相澤も手元の端末で動画を始めから再生し直した。

彼の隣の席ではオールマイトがその巨体を丸めながら「うーん、どっかで見たような……」とつぶやき考え込んでいた。

オールマイトは配属が内定しているが、今期はまだ教師ではないため、この場での発言権もない。

本日はこの雰囲気を知ってもらうために、ラスト数時間だけ参加してもらっていた。

 

相澤(あいざわ)は挙手をして発言の許可を求めた。

 

「もう一点、懸念が」

「私モ」

 

向いの席に座っていた教師、エクトプラズムが後追いで挙手をした。

彼は見た目通りのおどろおどろしい『個性』の影響で、発声も独特ではあるが、織り目正しく理知的な人物である。

指摘する内容が同じであるという確信を持っているのだろうか、相澤に向かってうなずいた。

議長である校長も、小さな身体をこちらに向けたので、自分から発言することにする。

 

「仮想(ヴィラン)ロボットとの交戦内容についてです。率直に言って、戦い慣れ過ぎてます」

「えっ?」

「そうは見えませんが……」

 

向いに座る何名かが首を傾げるが、エクトプラズムが追認した。

 

「私モ同ジ印象ヲ受ケタ」

「近接戦闘を得意とする二人が同じ感想ね。どのあたりがそう見えたんだい?」

 

校長の質問に、相澤は肩を(すく)めながら答える。

 

「動きはご覧の通りド素人ですよ。ただ、ものすごく殴られ慣れてますね。まるでプロボクサーだ」

「明ラカニ見切ッタ上デ受ケテイル」

「そう、あれは殴られるというより受けてるんですよ。持ち味としてはアリだと思いますよ。でも、何のスポーツ経歴も、後援者もいないはずの女子中学生が、あのレベルまでコソ練できるもんなのかって話です」

「コソ練……」

 

「なるほど、それは不可解だね。一般生徒らしい動きの中で見え隠れする、戦闘経験の跡か」

 

校長も腕を組んで考え始めた。

だが、合否はこの場で見極めなければならない。

求められるのは万全制よりも公平制であり、どんな事情があろうと一人の生徒にだけ追加調査するような余地はない。

 

そして何より日程(スケジュール)はそれこそ天変地異でも起きない限り絶対にブレない。

あと一ヶ月あまりのうちに合格者を新入生として受け入れなければならないのだ。

逆算すれば二月のこの時期というのはとっくにカツカツである。

 

納期は必達だが、その中で、生徒の、ひいては社会の未来は守りたい。

そして生産性なぞクソ食らえであると憲法第三章十二条にて定められている。

よって稼働時間は物理的限界まで投入する。

 

こうして教師達はその矜持(きょうじ)に従い、ブラック労働の日々を強いられることになる。

 

「すまん、俺からもいいか?」

 

部屋の隅から手が上がった。

犬井(いぬい)、もしくはハウンドドッグと呼ばれる長身長髪の教師だった。

犬っぽくマズルの張り出した口には黒光りする、頑丈そうなセーフティーマスクが着けられており、それがファッションなのか本当に抑え込むべきものが存在するのか、見た目からでは判断の難しい男である。

 

「二人に反論するわけではないんだが……俺にはこれ、本能的というか、ただの反射に見える」

「なるほど、持って生まれたものであると?」

「否定ハ出来ナイナ」

「うん、隠してる『個性』はなんらかの『異形』なのかもしれないのさ」

 

校長の発言で再び各自の検討が始まった。

犬井のフォローはあったが、その場の結論が転ばぬ先の杖、つまり不合格に傾こうとしていたその時に、もう一人がはしゃぐように手を上げた。

 

「ハイ! ハイ! 私からも!」

「無視を推奨します」

「ちょっと相澤君!?」

「あれは絶対にロクでも無いこと考えてる顔です」

「そんなことないわよ!」

「ハハッ、いいよ、ミッドナイト先生、どうぞ」

 

発言の許可を得たその教師はガタッっと勢いよく立ち上がった。

彼女は香山(かやま)(ねむり)、18禁ヒーロー・ミッドナイトとも呼ばれる妙齢の美女である。

タイツで全身を包んではいるが、コスチュームと呼べる部位は胸も露わなハイレグのコルセットのみ。

身体のラインどころかその下の性的な柔らかさまで強調して無闇矢鱈(やたら)に見せつける、法令ギリギリ、CERO:D確定の痴女であった。

 

これで校内では、相澤の隣に座るブラド先生同様、ステレオタイプな熱血教師として生徒達に慕われているのだから納得がいかない。

ともあれ、何かと思うところはあるが、相澤にとって尊敬に値する先輩ではあり、義理はあれど頭は上がったり上がらなかったりする対等な関係だった。

 

そんな彼女の人物評は自分よりも優れている。

表面上は否定的な態度をとりつつも、相澤は内心、彼女が推すので受け入れる用意もあったのだが。

 

「この子には優れた素質があります! そう、私に続く『18禁ヒーロー』の!」

「「「はぁ……」」」

 

彼女の意見は相澤の想定より三倍以上ロクでも無かった。

周りの教師達もそうきたか、という反応をしている。

そんな周囲の落胆に構わず、彼女は目力ギンギンで柊うてなの素質を捲し立てていた。

 

「間違いなく十年に一人の逸材だわ!」

「じゃあもう十年後にしませんか」

 

相澤はちょっとどうでもよくなってしまい、おざなりなツッコミを入れた。

室内の雰囲気もブレインストーミングと称した小休止モードに変わっていた。

 

「他にも根拠がありまぁす!」

「ハイハイ」

 

香山が言いたいことは理解できているつもりなのだ。

動画の中で、多数の僕を()()()進軍する柊うてなは常に先頭に立っていた。

それが合理的かどうかはともかく、この子にはまず自分が矢面に立とうという気概がある。

確かに今年、他の合格者達の中にはないユニークな精神性だと相澤も思った。

 

「この3点ロボットをズタボロにしたときの顔にビビっときました! 彼女は生粋のサディストよ!」

「そっちかよ」

 

それなのになんでこちらの共感ポイントを確実に外してくるのか。

学生時代から、彼女が見ている世界が、相澤にはよくわからないときがある。

 

それでも指導者としてはいつも彼女の方が正しい結果を出す。

相澤は教師として、人を導く者の責任として、いずれはこの先輩と自分の違いを理解し、それを上回りたいと思っていた。

今のところまったく成功していないのだが。

 

「……香山」

「!? ふあぃ!」

 

そこで、それまで置き物のように過ごしていた老女、リカバリーガールが初めて声を発した。

香山も意外なところからの一声に背筋を伸ばす。

 

「お前、『AAA(トリプルエー)』の事、忘れてないだろうね?」

「くっ……!」

 

言われた香山が顔をクシャっとした。

 

「「「ああー……」」」

 

他の教師達がいろいろ察している様子なので、相澤はオールマイトとは逆隣のブラド先生に事情を聞こうとしたが、その向こうで猫背になっているプレゼント・マイクこと山田に割り込まれた。

 

「Hey, ブラドティーチャー。AAA(トリプルエー)って何だい? 俺らも知らんといかん案件?」

「ああ、君と相澤が来たのはあの子が卒業した翌年度か……」

 

そう答えながら、ブラド先生こと(かん)赤慈郎(せきじろう)は、自分と山田を左右に見て、腕を組み椅子に背を預けた。

 

彼は相澤にとって、ヒーローとしては同期であるが教師としては先輩だった。

生徒の前ではその血気盛んな『個性』そのまんまだが、そうでなければ落ち着きのある理性的な人物である。

そんな彼は快く事情を教えてくれた。

 

相澤が教師になる以前、ミッドナイト先生は担任として受け持った女生徒の一人に今回と同じようになんらかの素質を見出し、個人指導を含めた厳しい教育が行われたという。

だが、先生本人の趣味と嗜好(しこう)が十分に込められた、というかいきすぎた熱血指導の結果、その女生徒は逆方向に開発されてしまった。

 

結果、誕生したのはあらゆる攻撃をその身で受け止め、その愛を堪能した後で返す脅威のドMヒーロー。

その卒業生のヒーロー名は『愛のアバランチ・アズール』という。

略してAAA(トリプルエー)である。

 

相澤は今度こそゴミを見るような視線で、香山に圧をかけた。

 

「なんつーバケモノ生み出してるんですか?」

「ち、ちょっと指導に熱が入りすぎたといいますか……おほほ」

 

そんだけやらかしていた時期によくもまあ自分と山田を教師に勧誘できたものである。

いや、もしかして失点回復のためのヘッドハンティングだったのか?

 

そのやり取りを聞きながらお茶を楽しんでいた校長が口を挟んだ。

 

「ミッドナイトの後継者ね。いいけど、()()()()()理由としてはまだ弱いかな?」

「あら、そんな事おっしゃいます? 校長先生の()()はわかっているつもりですよ?」

 

自信満々の笑顔で香山は校長をにらむ。

 

「推薦の彼と、実技一位の彼、競わせるおつもりでしょう?」

 

なにやら話が飛躍したぞ、と相澤は思った。

 

「でも二人とも難しい性格だわ。このまま無策でカチ合わせるなら、クラスメイトが犠牲になりますよ?」

「……」

「私は新学期から二人を()()()インパクトのある存在が必要だと愚考します。推薦の骨抜くんが最適ではありますが、クラスが偏ってしまいますし……そこでユニークな柊さんを推すわけです」

「柊さんはメンタル面の資質に欠ける。私はその役割を飯田君に期待しているのさ」

「そうですねぇ〜。そのように整うのは、早ければ三学期以降かしら? 本当にそれまで待つおつもりで?」

「……なかなか分かってきたようだね。柊さん、本当に潰しが効くというのなら、その線は有りだね」

「ふふっ、恐れ入ります」

 

なんかまとまったらしい。

まだ新人教師の範疇(はんちゅう)である相澤としては、基準に則ってその場の合否判断をするのが精一杯である。

が、この二人の議論はすでにその後の教育プランにまで及んでいた。

 

仮に、根津(ねず)校長が職を辞したとき、現時点で彼の後継者になり得るのは誰か?

相澤から見た限りでは彼女、ミッドナイト先生しかいないと考えている。

彼女以外にも優れたベテラン教師は何人もいるが、彼らは専門分野に特化し過ぎているからだった。

 

根津校長の本意は計り知れない。

たまに相澤の懐に潜り込んでくるが、彼は人間に対しては分け隔てないというか、誰に対しても一定の距離を置く。

だが、リカバリーガールの方はすでにそのつもりで「指導」しているように見えた。

 

その老女(ガール)はいつのまにか香山の横に立ち、彼女の足を杖でビシビシと(たた)いていた。

 

「後継者の育成、おおいに結構。でも香山、お前はすぐ度を越すから、課外での個人指導は厳禁だよ」

「そんなー!」

 

再び立ちあがろうとした香山はさらなる杖の一撃で阻止された。

 

「体育祭までは接触も最低限に! お前、今年一年の審判だからね。贔屓(ひいき)は無しだよ!」

「はぁい……」

 

ミッドナイトはしおしおと身をかがめながら姿勢を直し、リカバリーガールも席に戻った。

その後、会議の総司会を務める職員が話をまとめた。

 

「それでは、柊うてなさん、実技は良、学科は可。個性申告漏れで大減点、ミッドナイト先生の推薦で加点。差し引き、可で合格ということで?」

「「「異議なし」」」

「はい、それでは次に参りましょう、鎌切(かまきり)(とがる)くん。彼なんですが、学校の方から申告がありまして……」

 

こうして、受験生達の最後の選別は進められていく。

だが、大きな山場であった、合格ラインの直下に集まる生徒の確認はもう終えた。

このうえツッコミどころの多い柊うてなが「可」であれば、番狂せはもう無いだろう。

気を抜くつもりはないのだが、残りは消化試合といえる。

 

相澤は冷め切ったコーヒーを口にしながら、彼の個人用フォルダにある、とある生徒の資料を眺めていた。

この生徒は、優れた学科成績を収めながら実技試験を辞退していた。

 

(……なぜ受けなかった?)

 

この『個性』で合格は厳しいだろう。

だが、個性の相性だけで切り捨てるには惜しい。

だからこそ温めていたのだが。

手に取ったプリントの氏名欄には「心操(しんそう)人使(ひとし)」と書かれていた。

 

(内容次第だが、柊みたいにねじこむチャンスもあったんだぜ)

 

それから数時間後の、夜遅く。

雄英高校史上ベスト10入りの長尺となった、本年度最後の職員会議は終了した。

 

 

 

03.田等院:女神の朝  

 

 

『ビッグになりたい』

 

──誰よりも大きな身体の私は、これからずっと、みんなに合わせて縮こまらないといけないのか?

 

世の中の流れに合わせる程度なら、別にいい。

人を力で従えたり、搾取したり、傷つけたりしたいわけじゃない。

私だって誰かと触れ合いたいのだから。

 

でも、世の中にその余地がないからって、そんな理由で自分の夢や希望、心まで小さく押し込められて、それで生きられる訳がないじゃないか。

 

かつて──数ヶ月しか持たなかったが──社会に()まれて気づいたことがある。

世の中に、社会にそのキャパシティがないわけじゃない。

ただ合理性や費用対効果といった自分の都合で私に()()()()()()()()だけなのだ。

 

だから、()()()()()()やる。

私の方がビッグな立場になってやればいいと思った。

(はばかる)る事なく大きくなって、それで称賛される女になろうと。

 

それが、私、岳山(たけやま)(ゆう)が、ヒーローの道を選んだ理由。

かつて『個性』が原因で高校受験に失敗し、そのままズルズルと社会に飲まれた女をヒーロー・Mt.(マウント)レディに変えた源点(オリジン)だ。

 

 

……夜の(とばり)が幕を下ろした、安らぎの時間が終わろうとしている。

暁がほんのり近づく頃。

戦いの日々が呼び起こす、抜けきらない熱量が私のねむりを妨げる。

 

そんな時、私は電子の海に身を浮かべる。

 

『ヒーロー』

『マウントレディ』

 

検索バーにそう打ち込めば、承認欲求不満の怪物(モンスター)達が「GOOD」を稼ごうとリア充アピールを繰り返す姿。

 

どこか……かつての自分を思い起こさせる。

けど私はそういうステージにはもういない。

 

なぜって? そりゃあ……私はもう、一週間連続でトレンドのトップリストを飾った女だから。

昨日も激戦で、かつ華麗な勝利を決めて見せ、いくつもの報道の取材を受けた。

今朝のトップニュースもきっと私……

 

 

『リューキュウ無双! 不法取引船団を空襲し(ヴィラン)百五十名を一挙制圧(動画あり)』

『ミルコ、賭博格闘ネット「近道ランキング」を摘発。参加者全員KO重傷』

 

 

「──こんっ……のババア共があぁぁっ!!」

 

岳山優は叫びながら、上半身の筋力だけでベッドから体を跳ね上げ、器用に身体を捻ってぼふん、と枕にスマートフォンを(たた)きつけた。

 

「うっそ、マジで選外なの……?」

 

ナイトキャップを取り、手入れされた長い髪をかき乱しながらスワイプする。

 

「あーっ、そういうシステムってわかってても、けっこうクるわぁー」

 

スマートフォンを拾い、脱力してベッドに墜落した。

 

「もう用済みって言われたみたい」

 

寝返りを打ち、仰向けになる。

 

「ちっ、そりゃずっと同じ内容じゃあ飽きられるわよ。そろそろ目新しいネタを提供しないとね……」

 

季節は春分の前。時間は午前五時四十分。

夜明け前の寝室はまだ冷えこんでいる。

彼女は再びシーツにくるまった。

 

横になり、エゴサーチを再開する。

お次は大衆向けの電子掲示板。

誰かに勝手に作成された自分の専用スレッドだ。

 

「あっ、またやられてる」

 

 

143:GV the Herofreak◆CdgFY0ze2 NN22/03/09 21:47:13 ID:Y7Tlbd9kx

ptcl//abone.nullpo.tv/uploda/825951538ab136e37038e52a709e570fea25184706c352ed64dbbf88eaba9fab

 

昨日の朝のMt.レディ。

コンマ秒露出でもっと激しいブラーを狙ってたんだけど、ケツしか揺れなかった。

Mt.レディの滞空時間をなめてた。本当にすごいぞ、これは生で見たほうがいい。

 

144:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:47:52 ID:UZHaawBLJ

キタコレ!

 

145:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:48:34 ID:erQhfT9xU

かっけえええええ!

 

146:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:48:46 ID:VLBQcSzB3

キタコレ!

 

147:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:50:00 ID:iGWX7k2N4

キタコレ! ケツだけブルブルで草www

 

148:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:51:07 ID:FjFwcY29F

だれも見てないだろうけど……

 

 

ヴィランの首から上も消失寸前やぞwww

 

149:GV the Herofreak◆CdgFY0ze2 NN22/03/09 21:53:05 ID:Y7Tlbd9kx

>>148

あっ、ほんとだ

 

150:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:54:17 ID:pwXnAxPIc

うp主もシリしか見てない件

 

151:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:54:30 ID:xBwSi7g5s

 

152:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:55:02 ID:VLBQcSzB3

いつ見ても見事なシリであります

 

153:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:55:11 ID:SHG1rUK11

マウントレディ初めて見た……オオッ、ホントにでけえな、オオッ、ホントにでけえな!

巨大化ヴィランって雑に括られてるけど、自分より倍でかい人の蹴り食らって無事で済むもんなの?

 

154:名無しのサイドキック NN22/03/09 21:57:11 ID:3gAwd3cTR

拙者カメ小歴40年のローアングル大好き侍じゃ

これの真下からの接写を所望いたす

 

>>153

なんで二回言うのよ

どういう理屈か『巨大化』はでかくなる程、脳震とう、失血、脱水への耐久性も増すのじゃ

10メートル超級ならこの程度はぜんぜん後遺症とかないぞ

 

155:名無しのサイドキックNN22/03/09 21:57:58 ID:iGWX7k2N4

おじいちゃん下からのアングルは取り巻きのキタコレボーイズに頑張ってもろて

 

156:名無しのサイドキックNN22/03/09 22:00:01 ID:ojnDgqC9x

あいつら足元に群がって、地味に命知らずだよな

 

157:名無しのサイドキックNN22/03/09 22:02:35 ID:pBas8sg7R

むしろ踏まれることがステータスらしい

 

158:名無しのサイドキックNN22/03/09 22:03:12 ID:08Qx5smXi

なにそれ怖い

 

159:名無しのサイドキックNN22/03/09 22:03:30 ID:kusoyaba0

わかりみが深い

 

 

 

昨晩、掲示版に投稿されたその写真は、昨日の朝、ビルによじ登って暴れていた(ヴィラン)に彼女、Mt.レディが通信空手仕込みの飛び膝蹴りを決めた瞬間だった。

 

どういう技術なのかわからないが、写真は臀部(でんぶ)の肉だけがブレて躍動感のある映像になっている。

センターに収まったそれは、彼女自身も誇るアピールポイントに対する撮影者の執着を思わせた。

 

事件の度に現れて、流れて消える、その投稿写真。

以前、彼女は、この盗撮犯を特定できないか、その道のプロに分析してもらったことがある。

その者が言うには、これは百メートル以上離れた場所から両手で抱えるような大きなカメラレンズを使って撮影しているということだった。

 

「キタコレ」と叫びながら自分の足元で撮影している連中にも、そのようなレンズをつけている輩はいたけれども。

その距離では到底不可能なアングル、とのことだった。

 

「……本当、こいつ毎回どこからどうやって撮影しているのかしらね?」

 

プロも称賛するレベルのそれをうっとりと眺める。

いまにも朝靄(あさもや)が漂ってきそうな、薄明るい空を背景に、飛翔する自分の姿。

まるで彼女がそこでそうすると確信して待ち構えていたかのような安定感。

 

悔しいことに、こいつの写真だけ段違いに写真映りが良いのだ。

顔ではなくシリをセンターに収めるスケベ野郎の所業ではあったが。

 

(待てよ……こいつ、使えないかしら?)

 

ふと、ひらめきが、頭をぱっと照らした気がした。

しかしそれを遮るようにスマートフォンが着信画面に切り替わる。

 

「今日も早いわねぇ」

 

事務員の人からの電話だった。

夜間の緊急通報への応対を引き受けてくれている。

雇われ事務員の枠を超えて、実質マネージャーとして活動してくれる彼には本当に頭が下がる気持ちだ。

 

「ハイ、オハヨ」

『……また出ました。20メートル級の巨大化ヴィランです』

「オッケー。二分で出ると伝えて」

『お願いします』

 

時間外労働、しかも早朝なんて最悪だ。

しかし、この体が求められているというのならば……望むところでもある。

 

「ああもう!」

 

シーツを景気良く蹴飛ばし、ベッドから飛び出す。

ぱっと脱ぎ捨てたナイトローブの下にはすでに、いつものヒーローコスチュームを纏っていた。

 

「毎朝ご苦労なことね、()()()()()()!」

 

マスクを手に取り、気勢をあげてずんずんと部屋を出ていく。

そんな彼女の顔は笑顔、そして気迫に溢れていた。

 

「今日も私の名声の糧となれ!」

 

 

──『個性』による巨大化能力は、単純なサイズアップではなく、ある超常現象を伴う。

 

それは巨大生物に望む、人類の空想。

例えば昆虫が「もしもそのままの強さで大きくなったら」を想像し、その強さに戦慄したことがあるだろうか。

『個性』による巨大化能力とは、その空想を人間へ当てはめたものになる。

 

本来、体重はその体積と相関し、体の大きさの三乗の勢いで増大していく。

これに対して、それを支える強さはベクトルを生じる構造の断面積で決まり、せいぜい大きさの二乗が限界となる。

生物とは本来、その肉体を大きくすればするほど、それを支え動かすものの割合を増やしていき、それと引き換えの生き難さを背負っていくものなのだ。

 

だが『個性』による巨大化能力はその制約を無視し、幻想をそのまま具現化する超常の能力である。

その中でも、プロヒーロー、Mt.レディの『巨大化』の性能は群を抜いていた。

 

 

早朝の国道はすでに空いているとは言えない程度の交通量だった。

そこに緊急車両のサイレンが鳴り響き、リズミカルな振動音が伴奏する。

それを聞いた通行車両が次々と道路の端に停車する。

開けられた中央をパトカーが先導し、Mt.レディが駆け抜けていった。

 

その両足は時速50キロを維持しながら、百トン近い体重を支え、アスファルトを無駄に傷つけない、紙の上を走るような繊細な足の運びを実現していた。

 

先導するパトカーのスピーカーからくぐもった肉声が発せられる。

 

『Mt.レディ、協力に感謝を。(ヴィラン)は現在三丁目通りを西へ移動中、あなたから見て左手方向タワーマンションの影になります。ご注意を』

「ありがとう!」

 

その直径三百ミリの眼球は、30メートル以上離れた足元の人物の顔を識別する。

その直径12センチ、厚さ12ミリの鼓膜は人間の可聴域レベルの周波数を正確に拾うことができる。

その20センチの声帯は、長さが2メートル近い声道を通して、なお人間の可聴域における高音を発声できる。

 

小さな人間と関わる部分において、その巨体ではあり得ないレベルの繊細さを実現できる能力。

これが彼女の『巨大化』能力の中でもっとも超常的な部位だった。

 

それでいて、その大きさによる恩恵も存分に享受できる。

朝焼けを反射する(すみれ)色の瞳は1キロ近く離れた建物から、何かが姿を表そうとしているのをはっきりと捉えた。

 

(ヴィラン)を確認! このまま国道四百三号(ヨンマルサン)に入っていい?」

『大丈夫です、途中に規制線がありますが飛び越えてください!』

「オッケー! ありがと!」

 

Mt.レディはスプリントの姿勢を保ったまま方向転換し、脇道に入っていった。

 

(そう、私はただでかいだけじゃない)

 

加速する。

途中のパトカーを並べて作られたバリゲードを軽く飛び越えて、その(ヴィラン)に一気に迫る。

 

「そぉら、キャニオンカノン!」

 

減速なしの勢いそのままで飛び蹴りを入れた。

だが、待ち構えていたその巨人は太い両腕でブロックし、その場に踏みとどまった。

 

「あら、あんたは……」

 

ふわりと膝を柔らかく曲げて路上に着地する。

Mt.レディは相手の容貌に見覚えがあった。

 

息を荒げて身構える、ドレッドヘアの巨人。

その鼻先にはサイのような角がそそり立つ。

上半身は裸だが、見るからに分厚そうな表皮に包まれて、まるで(びょう)付き革鎧を着込んでいるようだった。

 

一年前、デビュー戦で蹴飛ばして、一撃で仕留めた(ヴィラン)だった。

だが、あの時は全長10メートルに満たない、彼女からすれば取るに足らない小兵だったはずだが。

 

たった一年でここまでサイズアップできるものなのか?

あと、表皮もこんなリアルに(サイ)っぽくなかったはずだ。

 

「まさか……悪の組織(エノルミータ)に魂を売って、この私にリベンジしようってわけ?」

『ブオオオオッ! 降伏セヨ人類!!』

「そんなベタで殊勝なやつには見えなかったけどねぇっ!」

 

その(ヴィラン)は答えず、鼻先の角を突き出して突進してきた。

 

 

 

──自称「悪の(ヴィラン)組織」エノルミータは、この春先から急激に活発化していた。

 

ある日、あるとき、街中に突然異形が現れて、その場に居座る。

そしてヒーローが駆け付けたら、それをぶちのめし、あるいはぶちのめされるという、ショバ代を争う暴●団の抗争そのまんまの手順であった。

それは市民の不安を人質にヒーローとの闘争を目的としていることは明白だった。

 

 

ここ数週間、エノルミータを迎撃し続けた現地のヒーロー達は疲弊し始めていた。

 

連日襲いかかる異形の(ヴィラン)達が、日を追うごとに戦力を増しているのだ。

その大半は逮捕したが、その中には話の通じない、人であるかも怪しい生き物が混じっていた。

 

それがエノルミータ総帥、マジアベーゼの使い魔(ファミリア)であると、ヒーロー達が正確に()()するためにはもうしばらくの時間を必要とした。

 

エノルミータの襲撃は昨年大きな事件のあった多古場(たこば)地区を中心に、その周辺一帯の市街地で発生していた。

彼らは漏れなく『多古場火災事件』を思い出し、そして、そこで殉職した二人の顔見知りのヒーローに、自分が並んで横たわる姿がちらつき始めていた。

 

Mt.レディが詰める田等院(たとういん)もその一帯に含まれ、特に襲撃が頻発する激戦区の一角となっていた。

ただし、彼女だけは、連日の闘争を貪欲に、自らの糧に変えていた。

 

 

──Mt.レディはその突進を正面から迎え撃った。

 

彼女の背後には商業施設。そうせざるを得なかったとも言う。

 

(ヴィラン)は鼻先の角で彼女の柔らかい肉を(えぐ)ろうとしたが、だいぶえげつないしっぺ返しを食らうことになる。

 

「当店はァ!」

 

角の突き上げを(かわ)してさらに踏み込み、眉間へ体重を乗せた肘。

だが(ヴィラン)は止まらない。

 

「十時からっ!」

 

Mt.レディは流れるように膝を相手の顎に(たた)き込んだ。

 

「開店よぉ!」

 

勢いのまま軸足を回転し、後頭部寄り側頭部へのさらなる肘。

ごしゃり、と鈍い衝突音が響き、ようやく(ヴィラン)の足が止まった。

眼球に火花でも散ったのか、(ヴィラン)は頭を抑え首を振る。

 

「あっぶな……」

 

守るべき商業施設が無事だったことに胸をなでおろす。

(ヴィラン)か自分、どちらかが建物に突っ込めばそれだけで臨時休業だ。

 

Mt.レディの戦いは、常に()()()()()()()()()

そして、そこを執拗(しつよう)につけ込んでくる狡猾(こうかつ)(ヴィラン)がいた。

 

(ちっ、急戦を仕掛けたはずなのに、このロケーション……)

 

立ち並ぶショーウィンドウ。

路上に駐車する搬入待ちのトラック。

道端に点在するオブジェクト。

 

道幅が広く、遠目では彼女が暴れられるはずのストリートは、実際来てみれば普段よりも輪をかけて動きづらい場所だった。

追い込んだつもりが、追い込まれている──この手管。Mt.レディははやる気持ちを抑えて思考する。

 

(焦るな。周囲に気を配れ。どこかに()()()がいる)

 

アイツ──その女(ヴィラン)は何も考えていないような振りをして、徹底して計画的だった。

連日戦い続けているMt.レディだけが、その女が得意とする戦法を理解しつつあった。

 

(弱みを見せるな。アイツが()()()()()()までどっしり構えろ)

 

その女は毎度、異形を従えて街に現れる。

軽やかに宙を舞い、時には自らをも餌にして翻弄し、異形をけしかけてくる。

 

そいつ本人に限ればだが、市民を傷つける意思は無い。

狙いはヒーロー。徹底してヒーロー。

 

(アイツに()()()()()()詰むと、悟られるな……)

 

今まではけしかけてくる異形がまだ小さかったのでどうにかなった。

だが、とうとう、体格だけなら互角以上の異形を連れてきた。

 

「おはようございます。Mt.レディ。今日もご立派ですね」

「でたわね」

「はぁい。あなたのマジアベーゼです」

 

自称「エノルミータ総帥」ことマジアベーゼ。

悪魔のような意匠のコスチュームを着たその(ヴィラン)はどこからともなく現れ、宙に浮かんでいた。

 

公安からの情報が事実ならば、昨年、多古場の事件現場にてオールマイトと単独で交戦して逃げ切り、その後も追跡を逃れ続けている、脅威の女(ヴィラン)である。

 

Mt.レディはすでにマジアベーゼと何度も交戦し、その都度撃退には成功していた。

しかし、空を自在に飛び回り、運良く拳が当たる程度は平気で耐えられ、さらに『転移』まで駆使するような怪物を確保する方法はなかなか思いつかなかった。

 

「おはよう、ベーゼ。あんたも大変ねぇ。これでお互い八連勤じゃない? 暇なの? 春休み?」

「ふふふ、ストレスの多い時代です。このまま朝の日課にしてしまってもいいですねぇ」

「ふん、そろそろマンネリだわ。お嬢ちゃんにはいい加減懲りてもらうわよ」

 

マジアベーゼが地面を指差すと、差された場所に巨体が(ひざまず)いた。

小柄な少女はゆっくりと降りていき、その広い肩の上に着地する。

 

「『次は二十メートル級もってこい』とのオーダーでしたので、ご用意いたしました! ツノが自慢の『犀田(さいだ)くん三号』です!」

「一号と二号も居るの?」

『ブオオオオンッ!! 降伏セヨ!!』

 

犀の顔をした巨人は、マジアベーゼを肩に乗せたまま立ち上がり、雄叫びをあげた。

その目はどろりと濁り、瞳孔はじとりと何かを見つめながら、その実何も見ていなかった。

一号と二号なるものがどうなったのか、推して知るべしであった。

 

「ヒドいことするわ。理性飛んじゃってるじゃない」

()()()はここまで育ってくれました。あなたへの復讐心(ふくしゅうしん)、その執念が、ここに結実したのですよ! Mt.レディ!』

「よく言うわ」

 

(こいつらを抑えながら、増援を待つしかないか……)

 

余裕なフリをしているが、Mt.レディはこの場所に誘い出された時点で、単独での決め手を失っていた。

彼女の『個性』は、人間に優しい繊細な挙動を実現するが、それでも動くのは全長20メートルの巨体。

全力で手足を振り回せば、旋風どころか暴風が起こる。

それが側を通過すれば窓ガラスなど容易に砕けてしまう。

彼女が戦うとき、相撲やレスリングに近い間合い、超接近戦を選ぶのは、それを好んでいるわけではなく、そうするしか無いからだった。

 

マウントレディが身構える。

 

「さあ、かかってきなさい!」

「うふふ……」

 

マジアベーゼはそんなヒーローの姿をニコニコと鑑賞していたが、突然思い出したように話を変えた。

 

「あっ、そうでした、春といえばワタクシ、この度()()()()に合格しまして……」

「あ゛あ゛ん!?」

「……はっ!? しまった!」

 

人には絶対に効くとわかっていても、やってはいけない(あお)りというものがある。

「高校受験」というワードはMt.レディ、岳山優のとびきりの地雷だった。

 

少なくとも彼女が通える範囲に、感情が昂ると巨大化してしまう彼女を受け入れられる高校はなかった。

彼女が受験しようとしたどの高校も願書の受け取りすら拒否したのである。

 

最終的に彼女を受け入れたのはたった一校。

彼女の志望とはまったく関係のない、とある農業高校だけだった。

結果論で言えばその高校生活は彼女を大いに育み、ヒーロー・Mt.レディの礎となる。

だが、それはそれ、これはこれ。

 

『個性』故に、受け入れられない。どこにも行けない。

そんな経験は何度も経験しているし、自分なりに克服してきたつもりだった。

 

だが、出願の際、彼女にそれを説明する責任を果たす人達が、あまりにも真摯で善良な態度で接したことが、かえって彼女の傷を深めてしまった。

私の『個性』はそこまでダメなのか?

彼女の心にもっとも深く入ったこの傷だけは、今でも消えずに残っている。

 

マジアベーゼは日常感あふれる雑談を投げたつもりでうっかり地雷を踏み抜いた。

ヒーローオタクの少女はあらゆるヒーローの経歴を把握しており、普段であれば配慮したはずだ。

それは受験明けで浮かれてでもいなければやらないミスだった。

 

Mt.レディは怒りを溜め込むかのように、うつむいて震えていた。

 

「よぉーし、わかったわ……」

「あわわわ……」

 

ぎん、と顔をあげて少女をにらむ。

 

「アンタの励みっぷりにはちょっと親近感沸いてたんだけどさぁ……」

「ご、ごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃあ……」

「リア充はみんなそう言うのよ!」

「ひぇっ!」

 

マジアベーゼは震え上がった。

いままで、同性からこんな激情をぶつけられる経験が無かったからである。

 

「アンタも私の中の絶許リストに入れてあげる。()()()()()

「え、ええい、私が勝てばよかろうなのだ! 犀田くん、『行け!』」

『ブオオオオッ!!』

 

巨人が突進を再開した。

だが、Mt.レディはもはやそいつを意に介していなかった。

とにかく、非常にブチ切れていたのである。

 

「ショルアァァッ!!」

「ブッ!?」

 

叫びながら突進してきた(ヴィラン)はその一撃で悶絶(もんぜつ)し、静かになった。

 

Mt.レディの幅1メートルの背足が起こした風圧で、彼女の右側、前方数十メートル向こうまでの道路に面した建物のガラス窓が一斉に砕け散り、路上駐車していた何台かの乗用車が転がった。

 

カーフキック。

普段の活動では見せない、彼女にとっては地味な()()()のひとつ。

 

地上に生きる生物の弱点は、総じて()()()()()()()()()()()にある。

それをほんの少し破壊するだけで戦士達のあらゆる前提が破綻する。

 

Mt.レディが腰より高い位置から振り下ろした右の(すね)は、相手のふくらはぎに(たた)き込まれ、骨まで衝撃を与えた。

それを自身の踏み込みに合わせられた(ヴィラン)は思わずつんのめり、姿勢の崩れた左足に全体重を乗せてしまい、自重で骨折した。

 

 

──格闘技のうち、打撃技とは自らの硬い部位をより柔らかい部位にぶつける行為である。

そうすることで相手の筋肉を潰し、ひいてはその奥にある骨、内臓、呼吸器、脳に損傷を与える技術だ。

 

それは本来、粗雑で短絡的な暴力の象徴でありながら、極みへと近づく程に繊細かつ困難なプロセス……芸術(アーツ)を要求される。

 

ただし、Mt.レディが同じような巨体と相対する場合に限り、その要件は()()()()()()する。

 

彼女の『個性』はにわか仕込みの護身空手を巨人狩りの絶技に昇華する。

20メートルの巨体をセンチ単位で運動制御できる彼女にとって、等しく巨大な相手の急所を撃ち抜くことなど造作も無かった。

 

(私はただでかいだけじゃない!)

 

その巨体にあって然るべき権能をそのままに、小さな人々と傷つけず触れ合い、そして救済できる能力。

だからこそ彼女は己の『個性』に自負と自信と、希望を込めて名乗るのだ。

 

己は巨人(ギガント)ではなく、女神(レディ)であると。

 

 

 

──その一撃が入った瞬間、道路を挟んで立ち並ぶビルの谷間の向こうに暁が生じ、二体の巨人から影が伸びた。

 

差し込む陽光に正対し、その光景を独占したマジアベーゼは思わず見惚れてしまった。

 

『美しい……』

 

だが、ぐしゃり、と何か柔らかいものが潰れたような破裂音を聞いて、現実に引き戻される。

それはMt.レディがその日、初めて、()()()踏み込んだ音だった。

 

「やっ、ばっ……!」

 

そこに途方もない大きな力が働くのを肌で感じたマジアベーゼは慌てて逃げようとしたが、手遅れだった。

 

一撃で骨と戦意を折られた異形の巨人がそのまま崩れ落ちようとするのを、Mt.レディは許さなかった。

倒すべき(ヴィラン)がもう一人いるからだ。

 

息を吐きながら、素早く姿勢を戻したMt.レディは、半歩詰めて鼻先が触れ合うような距離に潜り込む。

そして、道路という()()()()()()()()()()勢いで踏み込み、化鳥の如き奇声をあげて、逆袈裟で斬り上げるような豪快な左のハイキックを放った。

 

「キャオラッ!!」

 

足を折られ為す術もない(ヴィラン)は顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばされる。

ほぼ水平の角度で吹っ飛んだ先にはマジアベーゼが浮遊しており、そのまま激突した。

 

「ふぎゃっ!」

 

ヴィランの頭部にはねられたマジアベーゼはその相対質量でゴルフボールのようにホップアップし、そのまま空に消えていった。

 

そして、残された異形の巨体はそのままゆるりと宙を舞い、実際には重さ数十トンの飛翔体と化して建設中のタワーマンションに突っ込み、まだ鉄骨だけの上層部が見て分かる程度に傾いた。

 

「あっ……」

 

こうして、Mt.レディは翌日、損害総額の数字とセットで全メディアのトップに返り咲いた。

 

 

 

04.雄英高校:入学初日   

 

 

雄英高校、一年A組。

その教室の隅で、初対面の女生徒たちが互いに自己紹介をしていた。

 

蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「私、麗日(うららか)お茶子! 梅雨ちゃん、高校ではじめてのお友達だね!」

「待ちな! 私は芦戸(あしど)三奈(みな)! 梅雨ちゃんのはじめては私だよ!」

「あははっ、言い方ぁ!」

「恥ずかしいわ」

「あっ、お茶子ちゃんは笑顔がメチャかわキュートだね!」

「えー照れるー、芦戸さんてもしかしてほんま百合方面なん?」

「三奈でいいぜ、フッ……全員喰っちまうってのもいいな……ってなんでやねん!」

「ベタベタのノリツッコミおーきに」

「おうよ、『個性』もベタベタよ!」

「ケロケロ、二人ともよろしくね、私はみんなと仲良くなりたいわ」

 

麗日お茶子は、持ち前の笑顔を曇らせる程ではなかったが、少しだけ憂鬱だった。

 

そこが底辺校だろうと、トップ校だろうと、入学初日の高校生が集まる風景はそれほど変わらないものだ。

特別な校風のある学校でも、初日はお客様扱い。

何も知らない生徒達に突然規律を強いることはめったにない。

 

才能のある、とされる若者達はその本人のあるがままに当然の努力をし、当然の成果を仕上げてくる。

元来、そこに頑張りはあっても、無理はありえないものなのだ。

 

試験を通じて適正を測られ、その場に当然相応しい者、そこに居るべき者が選ばれる。

しかし、例外もあるのが世の常。

その場に本来不適格ながらも、並ならぬ努力、あるいは反骨精神に拠ってそこに辿り着く者達がいる。

 

お茶子の場合はそこまで極端な境遇ではなかった。それでもやはり夢と目的のために一念発起し、生来の温厚さを押し殺し、並いるライバルを蹴落とし、そこまで自分をのし上げてきた側の人間のつもりだった。

 

地元の一般校から、全国トップ校への飛翔。

彼女は合格した後、ずっと周囲から一方的な評価と称賛に晒されていたこともあり、自分は場違いのところに無理やり割り込んだんじゃないか、という不安も抱えていたのだった。

 

(まだ初日やし、わからんけど、思ってまうなぁ。「間違ってないといいな」って……)

 

それは実のところ定員わずか三十六名に対して、三百倍に達するという異常な倍率であるがゆえに、雄英高校に合格した生徒の半分以上が抱え込む心境ではあった。

しかし、その不安は授業が始まればほぼ百パーセント、雲散霧消することになる。

普通にそれどころではなくなるからだ。

 

つまるところ、この日この時間が、彼らが中学時代の残滓(ざんし)を捨て去りヒーロー科の生徒になる寸前、最後の瞬間であった。

 

「じゃあ、次は私ね?」

「わぉ、いつの間に!」

 

お茶子の席は教室の廊下側、一番後ろだった。

そこに集まって喋っていた女子三人の後ろに、いつの間にかもう一人の女生徒がぺたりと座り込んでいる。

彼女は身につけているものを除けば、身体が全て透明だった。

 

「私は葉隠(はがくれ)(とおる)。見ての通り透明人間。そして今は席を追われて漂う透明な亡霊……」

「ぷぷぷ、なんやねんそれ」

「なんでそんなしょぼくれてんのー?」

「そう、私しょぼくれ葉隠」

「ブッフォ!!」

「お茶子ちゃん、笑いの沸点低すぎない?」

「隅っこが好きなのね。私の中学のお友達にもそういう子がいるわ」

「そうじゃないんだよぉ梅雨ちゃん。私の席、こっから対角の、一番前の端っこなんだけど……」

 

三人はその方向を見て、状況を察した。

 

「「「……あー」」」

「なんか男子が()めてるの。近寄れない空気でさー」

 

 

──爆豪(ばくごう)勝己(かつき)は苛立っていた。

 

(何だよ、中学と大して変わらねぇぞ)

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ。机も本望だってよ」

「そんなわけあるか! 机は足を置くためのものじゃない!」

「俺の役に立ちゃぁいいんだよ」

「なるほど! 君はモラルとマナーが未熟なんだな!」

「どっちも下が上に(はばか)るためのモンだ。俺には必要ねぇ」

「君は何者だ!? どんな根拠があればそこまでの自尊心が持てるんだ!」

 

(こいつはまだいい、ブッ殺し甲斐がありそうだ)

 

その四角い眼鏡を着けた男は何やら説教を始めたが、勝己はそれを器用に聞き流して、教室を睥睨(へいげい)する。

 

ニヤニヤしながら手を振り返す者。

不敵ににらみ返してくる者。

おずおずと目を逸らす者。

無視する者。

嫌そうに受け流す者。

 

(フツーじゃねぇか)

 

勝己は彼なりの焦燥感を抱き、ひたむきに自分を磨いてここに来た。

 

彼は、この雄英高校に来れば、いよいよ自分を蹴落とせるレベルの猛者が集まると思い込んでいたのだ。

それらと競い合い、最終的には全て踏み台にして自分がトップヒーローへの花道を行く。

そんな都合のいい未来を思い描いていたのである。

 

だが、蓋を開けてみればこの程度、と思った。

 

つまるところ、彼はまだ天敵(母親)はいても挫折をしたことは無く、世の中にそういう限られた人物だけが集い競い合うゲームのような世界があると本気で想定していたのである。

 

そして何より彼はまだ「頼れる教師」という存在に出会ったことが無かった。

それ故に無自覚ながら、学校は生徒のもの、よってこの教室が学校の全てであるという矮小(わいしょう)な世界観に囚われてもいた。

雄英高校の真骨頂が教室の外側にあるとは、この時点では想像もできていなかった。

 

 

一方、そんな爆豪勝己とだいたい似たような心境を抱えた生徒がもう一人いた。

 

その生徒はヒーロに強く憧れてはいたが自分がヒーローになるという構想はまったくの未完成で、趣味より優先順位が低いために特に下調べもせず、きっとその学舎(まなびや)はキラキラしたヒーローの卵達がキラキラしながら優雅に過ごしているんだろうなという、ものすごくフワっとしたイメージを抱えてウキウキで登校してきた。

 

現地に到着したら速攻でパリ症候群に(かか)りそうなタイプのアレだった。

 

そんな女生徒、柊うてなは教室に入った後、自分の席──爆豪勝己の後ろである──にふらふらと向かう途中で、鞄とは別に提げていた大きなボストンバッグを無造作に勝己の机の上に置いた。

 

ずどん、とやたら重そうな落下音がした。

それに驚いてクラスメイト達の視線が勝己の席に集中する。

 

持ち前の反射神経で間一髪避けた勝己は、なんとかバランスを取り戻すとバッグの持ち主をにらみつけた。

 

紫色の髪をした、小柄な女だった。

鼻を骨折したのか、顔の中央は大きなガーゼで覆われており、表情は読めない。

だが、その目は暗く、どんよりとしていた。

 

「何しやがる」

「そうだぞ君! 危ないじゃないか!」

「……ああ、すみません」

 

そこで初めて気がついたかのように爆豪の方を見た、少女の声は緩やかで──冷たかった。

 

「あまりに汚いので床と間違えました」

「なっ……」

「フン」

 

謝罪を口にしたその少女がボストンバッグを持ち上げようとしたが、勝己はその足を高らかに振り上げると、どすんとバッグの上に足を乗せて邪魔をした。

 

「どいてください」

「間違いは気にすんな、俺も()()()()()()()()

 

にらみつけてきた少女に、勝己は凶暴な笑顔を返した。

 

「ハハッ、このまま置いといていいぞ」

「その汚い足をどかしてください」

 

目を合わせた瞬間、二人は似たような心境であることに気がついていた。

だからこそ、ひと呼吸で一触即発までエスカレートした。

 

「君達は……」

 

眼鏡の生徒、飯田(いいだ)は生来の生真面目を悪い方向に発揮しがちではあるが、決して察しの悪い男ではない。

自分を無視してにらみ合う両者の間に、何か共通の計り知れない感情が渦巻いていることは彼にも伝わっており、どう制したらいいかわからず、すっかり気圧されていた。

 

そんな二人の異物による緊張状態が暴発しようとする寸前、床から声がした。

 

「はい、ホームルーム開始時刻から、みんな静かになるまで八秒かかりました」

 

教室の備品、もしくは床に置かれたなんらかの粗大ゴミと思われていた寝袋がもぞもぞと起き上がる。

寝袋の中から無精(ひげ)と共に蛇のような視線が現れ、生徒達を射(すく)めた。

 

「全員席につけ。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

その男は、1年A組の担任教師となったヒーロー・イレイザーヘッドこと相澤消太である。

彼が寝袋を脱ぎながら教卓に着いた頃には、生徒達は全員着席していた。

周囲が彼の無精な容貌に困惑する中、()()三人の生徒だけは、何の感情も表さず、静かにこちらを見つめている。

 

(ああ、()()()()()()()なぁ)

 

存分に()()()いい。

まだ自分の気持ちだけに忠実でいられる。そういう時期だ。

思えば、かつての自分もああして好き勝手ネガティブでいられたな、などと思い出しながら彼は手短に自己紹介を済ませ、体操服に着替えるように指示を出した。

 

(さて、様子見も、特別扱いも無しだ。初日から見極めさせてもらうぞ)

 

そして、三年後には必ず全員()()()送り出してやる。

彼もまた、教壇に立ってしまえば、不可能とも、可能とも定まらない未来に向かって挑戦する側の人間なのだった。

 






【あとがき】  トップにもどる

こんな感じの布陣でアカデミア編、スタートいたします。よろしくお願いします。

以下補足。

※緑谷:お察しの通り古典的な巻き込まれ系です。

※ミッドナイト先生:存分に暴れていただきます。

※『AAA』:ミッナイ先生のやらかし事例として名前だけ出しましたが、本編では登場しません。彼女について、詳しくは、ぜひ、まほあこ原作の方をご覧ください。

※Mt.レディ:二章のメインヒロインです。すまっしゅのエピソード(と根田先生の愛)をベースラインにしつつ、独自設定モリモリ詰め込んで参ります。

※爆豪:地味に原作改変ありです。出久くんとのプチ和解で原作より小さくまとまってしまったのを、原作方面へ修正していく流れになります。

※柊うてな:Mt.レディに折られた鼻は、整形が必要なレベルの重症だったので丁寧に時間をかけて直しました。(入学時点でほぼ完治)
 まほあこ原作と違い、女子高生になっちゃいましたね。
 教室の席は姓名五十音順だと爆豪の後ろで、原作の緑谷出久と同じ。
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